2009年7月31日 (金)

カレンダーの日付クリックでご覧頂けます

(薬にみせかけた毒)人権擁護法案
(国民固有の権利の売り渡し)外国人参政権
            
断固反対です。


Bbs 色々な議論は柏崎を真剣に考える掲示板で行なっております。匿名でも書き込めますのでお気軽にご利用下さい。
>>柏崎市議会インターネット中継
 議場のなかで何が起こっているのか?現柏崎市政の本当の姿を是非、皆様ご自身でご確認頂ければ幸いです。
KingendaisiTV出演『日本文化チャンネル桜』他、多数 自衛隊番組『防人の道 今日の自衛隊』、『世界に開かれた日本近現代史』などの出演分はSo-TVにて、ご覧頂けます。
*「三井田」で検索。


・7月18日(土)、19日(日)
 大観光交流年第10回どんGALA!祭り


・民主党は「第二社会党」!?


<報告作成中>インド:インパール、コヒマ慰霊
アップ 1/312/12/22/32/52/62/7
<未> 2/4

・7月21日(火)10時~
 第5回臨時議会

【議会報告】
平成21年第4回定例会
一般質問→ブログ
平成21年第2回定例会
一般質問→ブログ
インターネット中継でもご覧頂けます。

・内部資料のレポートを本ブログに掲載していることについて、副議長である柏崎市議会議員・中村明臣氏、柏崎市議会議員・入澤徳明氏より、弁護士を代理人として、削除をしなければ法的手段に訴えるとの警告が届きました。【経緯】←クリック
 これに対し、なぜそのような行為にでるのか明確なる法的根拠の説明、また書かれた政治的な内容については、代理人である弁護士と私ではなく、レポート発行代表者を含めた公開討論会で決着をつけるべきと、平成20年11月8日を回答期限として、公開質問状を送りました。【公開質問状】←クリック
 まさか2期目のぺーぺーの私からの挑戦を、3期目以上(副議長、常任委員会委員長)のベテラン議員が逃げる事とはないとは思いますが・・・・・
平成21年6月11日現在 返答なし

中越沖地震 平成19年7月16日10時13分
・「沖縄新証言の旅」、陸上自衛隊第一混成団
 1月25日~28日 報告執筆中

・台湾(議会、李登輝閣下、外交部など)
 5月25日~28日 報告執筆中

|

2009年7月 6日 (月)

「国旗・国歌、嫌いなら辞めよ」
国歌斉唱で起立しない教員

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鯖の塩焼き、煮卵でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から12時過ぎまで、会社関係の支払いや集金、市役所での資料の整理などを行う。

 13時、一旦自宅に戻り、冷やご飯にひきわり納豆、丸美屋「家族のたらこ茶漬け」で納豆たらこ茶漬けを作り、昼食をとる。

 14時、事務所に来客。昨日、ご要望を頂いたので、早速、結婚支援の出会いの場作りイベントができないものか、相談する。

 16時から18時まで市内まわり。現場の写真を撮ったり、周辺の方から話をお聞きする。

Cimg0594  19時、事務所に来客。せっかくなので、頂き物の「株式会社あるぺん村 寿し工房 大辻」(電話:076-463-5065)の「ますの寿し」、野菜コロッケ、川海老の唐揚げなどを食べながら、懇談しつつ、夕食をとる。
 ます寿しは、ますが良いのか、今まで食べた市販の中でも上位ランクに入るものであった。

flag 柏崎市議会では、トキめきにいがた国体を目の前にしても、国旗・市旗の掲揚が否決されたが、国旗・国歌についての埼玉県・上田清司知事の正論が話題となっている。


平成21年7月2日『時事通信』

「国旗・国歌、嫌いなら辞めよ」
=起立しない教員に-上田埼玉知事

 上田清司埼玉県知事は1日の県議会本会議で、県立学校の式典で君が代斉唱時に起立しない教員がいることについて「式典のルールに従って模範を示さなければならない教員が模範にならないようでは、どうにもならない」と述べた。その上で「そもそも、日本の国旗や国歌が嫌いだというような教員は辞めるしかないのではないか。そんなに嫌だったら辞めたらいい」と強調した。
 君が代斉唱時に起立しない教員がいることへの解決法を民主党県議からただされ、答えた。これに対し、共産党県議団は「思想と良心の自由を定めた憲法19条の規定をないがしろにするもので、700万県民の代表にふさわしくない危険な発言だ」とし、撤回を求める談話を団長名で発表した。


 正論であり、そして「当たり前のこと」である。
 職業選択の自由があるなか、公務員を自らが選択した以上、職務に忠実に従うのが当たり前。いざ公務員になってから「思想と良心の自由」を理由に拒否するとは、まったく筋が通らない。「どうしてもイヤだ」というなら、上田知事がおっしゃるように、他の職業を選択すれば良いだけである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 5日 (日)

北朝鮮、ミサイル精度向上
有機栽培米、2回目草取り

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、辛子明太子、もずく酢でご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎ、お泊まりしていた甥っ子と姪っ子を連れて、愛車にて市野新田に向かう。

Cimg0580 8時30分、前回も草取りをした、有機農法にチャレンジしている市野新田の田んぼに到着。
 まだ他の参加者は到着していなかったが、身支度をしたのち、できる範囲から草取りを行う。
 甥っ子、姪っ子はさすがに田んぼの中に入ることはできず、周辺でお遊び。虫や蛙を探していた。
 順次、 柏崎市消費者協会の皆さんやブルボンの社員の皆さんも集まり、作業に参加。
 農作業をしながらの話で、柏崎市としても結婚支援の政策を行うべきとの強いご要望を頂いた。自分自身も対象になりそうなだけに、言い出しっぺになって良いか迷うところである。

Cimg0588 昔のお百姓さんの体力はハンパない、と実感しつつ草取りをし、12時40分、やっと終了、昼食時間となった。
 昼食時間が目的といえるほど、美味しいもの揃いで、塩むすび、小ぶりのジャガイモも醤油煮、特製味噌の豚汁、煮物、きゅうりの漬け物など。大量の汗をかいた後の体に、塩気のあるものがしみじみ美味い。

Cimg0590 働いた分以上に食べたのではないかと思うほど食べたのち、甥っ子、姪っ子を連れて、田んぼ近くの「不動の滝」に行く。
 地元の方のお話では、中越沖地震以来、大雪が降っていないこともあるのか、水が極端に少なくなっているとのことであった。実際、現場に行ってみれば、水は少なく、滝のかたちでは見ることができなくなっていた。しかし、水はかなり冷たく、1分と入っていられないほどであった。

 14時、自宅に戻り、甥っ子と姪っ子を寝かしつけ、そのまま長岡市に移動。

 15時から18時まで某ファミリーレストランで、グレープフルーツジュースをガブ飲みしながら、打ち合わせを行う。

 19時、一旦自宅に戻り、シャワーを浴び、その後、某町内会の懇親会に出席させてもらう。市政に関する色々なご批判の声を頂戴しつつ、昼間の農作業時と同じく、結婚支援の政策を行うべきとの強いご要望を頂いた。

 21時、帰宅。事務仕事があるため、風呂に入って気分転換しようとしたところ、湯船で1時間ほど熟睡してしまった。

 23時から事務所にこもり、事務仕事。

 昨日(平成21年7月4日)、またも北朝鮮がミサイルを発射した。今回は7発のうち、5発がほぼ同じ地点に着弾したという。


平成21年7月5日『時事通信』

北、ミサイル精度向上
=約5発が420キロ地点に着弾-韓国通信社

 【ソウル5日時事】聯合ニュースは5日、北朝鮮が4日に日本海に向けて発射した7発のミサイルのうち、約5発が発射台から約420キロの同じ地点に着弾したと報じた。北朝鮮のミサイルは誤差が大きいとみられてきたが、命中精度を高めたことが確認された。
 韓国政府筋によると、約420キロの地点に落下したのは短距離弾道ミサイル「スカッド」の改良型と中距離ミサイル「ノドン」とみられるが、正確な分析にさらに数日が必要という。北朝鮮が発射した7発のうち2発は飛行速度が速く、ノドンの射程を短くして発射した可能性がある。


 ミサイルの精度も上がってきており、いい加減、 「憲法9条さえあれば、平和です」といった宗教のような状況から、日本は早く目を覚ますべきであろう。
 「日本に手を出すとヤケドしますよ」ということを見せ、そして我々自身がそれを強く覚悟する時期にきている。
 ちなみに、こういったミサイルに対応するためPAC3配備計画にも反対する方々がいるようである・・・・まったく意味が分からない。
 PAC3で完全とは言わないが、いまの日本の立場ではこれができうる精一杯である。
 それにしても、 「PAC3の危険性」とは意味不明。日本を攻撃するミサイルの危険性は頭に無いのであろうか?


平成21年6月19日『毎日新聞』三重版

ミサイル防衛:「PAC3」配備中止を申し入れ
--津市長に市民団体 /三重

  航空自衛隊白山分屯基地(津市)への地上配備型迎撃ミサイル「PAC3」の配備計画に対し、市民グループ「戦争をしない・戦争協力もしない三重ネットワーク」の伊藤一幸さん(63)ら5人が18日、配備中止と市民への説明を求める申し入れ書を津市の松田直久市長あてに提出した。
 
市役所を訪れた同ネットは、市防災危機管理課の松永桂一課長へ申し入れ書を提出した。ネット側はPAC3が白山基地に配備された場合の市の対応について質問。市側は「市としての対応は考えていない」と回答し、ネット側は「市民の財産や命を守るためにも、PAC3の危険性をもっと周知すべきだ」と強く訴えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 4日 (土)

第57回自民党新潟県連大会

 癌治療に関する資料を読み込み、3時に就寝。

 7時、起床。シャワーを浴びたのち、大粒納豆、塩鮭、シラスおろしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、愛車で新潟市に向かって移動する。

Dsc00169 9時過ぎ、本日開催の「第57回自民党県連大会」の会場であるANAクラウンプラザホテル新潟に到着。
 自民党新潟県連青年部のメンバーとともに、大会の準備を行なう。
 準備が一段落したところで、1階のレストランで小休憩をとろうということになり、「グレープフルーツジュース 650円」を飲む。
Dsc00167 テーブルに面白いグッズがあったので、思わずチェック。
 ボールペンのようなノック式で岩塩や胡椒の粒を適量かけられるというスグレものである。メーカーはminosharpで、「ミノシャープ ワンハンドペパー&ソルトミルセット」 という商品。早速、自分でも購入しようと思う。
 休憩中、稲葉大和衆議院議員も秘書の方とお越しになったので、新潟県内の縦貫高速鉄道網や高速道路、そして原子力発電所があることによる医療施設への取り組みなどを直接、10分ほど熱く陳情。

Dsc00170 11時20分、ちょっと早い昼食として、ホ テル名物のカレーを食べる。昨年は「シーフードときのこのカレー」であったが、今年は「ビーフカレー」。
 おかわりしようかと思ったら、ホテルの体制が変わったのか、注文の仕方が違ったのか、おかわりはダメであった。ビーフだからであろうか。

Cimg0570 12時過ぎから、受付業務や出席者の誘導し、13時に「第57回自民党県連大会」が開会。
 国歌・党歌斉唱、関係の物故者への黙祷、開会の辞ののち、大会成立の資格審査報告のために登壇した。

 「ご報告します。
 大会構成員の資格審査をいたしましたところ、代議員総数・・・以上、県連規約第二十二条の『2分の1の出席』であることを確認しました。
 以上、ご報告申し上げます。」

Cimg0571  一仕事を終えたのち、自民党本部からの出席となる細田博之幹事長の案内とマスコミのぶら下がり防止のため、会場の外に出て準備。
 会場の外にいるとはいうものの、会場内の声は聞こえてきており、細田博之幹事長の講演では、北朝鮮の弾道ミサイル発射について

「『何とかに刃物』と言って、そんなものいい加減に撃たれたらかなわない。」

との発言に会場は反応。

 15時過ぎ、無事大会が終了し、帰り際、お話できる代議士にはそれぞれに

 「絶対!外国人参政権だけは反対してください!」

とお願いし、吉田六左ヱ門衆議院議員、高鳥修一衆議院議員は明確に「反対だから、大丈夫」とのお答えであった。

Cimg0572  16時から同ホテル内の会議室で自民党新潟県連青年部のメンバーでの会議。
 来週の比例区候補者である長島忠美衆議院議員の街宣活動をはじめ、今後の青年部の活動をある程度決めるも、結局のところ衆議院議員選挙が終わらなければ確実なスケジュールは決められないというところで、落ち着いた。

 17時、慰労会を兼ねた懇親会の案内もあったが、祖母の事もあり、申し訳なく失礼させてもらい、帰路につく。

Cimg0574  途中で買い物をし、病院に寄ってから自宅に戻る。
 18時30分、魚を食べたかったが調理する時間もなく、和牛のモモ肉を焼き、ニンニクと魚醤をきかせたタレをかけ、ひきわり納豆、ご飯、水菜のサラダで夕食をとる。

 食後、今週忙しくてできなかった掃除やこれから使うであろうクーラーのフィルター清掃など家のなかを仕事を一気に片付ける。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

中央地区町内会長会
国産ウラン現実味

 伝票整理に追われ、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、イカの塩辛、ほうれん草のおひたしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、事務所に来客。新商品開発に関する打ち合わせを行う。まずは試作品を作り、ウケるようであれば、地元企業での製造という段階方式とした。

 10時、郵便局をはじめ、市内で雑用。

 12時、一旦自宅に戻り、冷やご飯、ひきわり納豆、自家製の海苔の佃煮、こぶ茶で冷やし納豆茶漬けを作り、昼食をとる。

Cimg0567  13時過ぎ、中央地区コミニティセンターに移動し、13時30分から中央地区町内会長会の全体会議にオブザーバー出席させてもらう。
 
 開会の挨拶ののち、以下の事項が協議された。

(1)「自主防災組織・震災経験伝承支援について」
 防災・原子力課

・自主防災組織:市内246組織(241町内会、5コミニティ)、組織率85.5%(全国平均は71.1%)
 *中越大震災前は組織率30%、中越沖地震発生前組織率40.9%
  補助10/10で、補助金の上限額は100万円となってるため、利用してほしい。中央地区は組織率が一番低い。
・震災経験伝承支援
 中越大震災復興基金事業。平成20、21年の2年間で、10/10の補助となり、上限は100万円。

(2)「市のコミュニティ施策について」
 市民活動支援課

「配布資料」(pdf方式)

・地域懇談会の調整(復興、安全・安心の市長からのテーマを話したあと、地域の意見を受けたい)
町内会の合併をすすめたい。合併を考えている町内会から何が支障となっているか教えてほしい。合併した場合、翌年には2倍の補助金をだす。
・中央地区のコミュニティ組織ができたのは旧市内では24番目で一番最後。25番目は剣野だが、分割によるもの。
・地域コミュニティについて、条例化を考えている。柏崎市と地域コミュニティは対等。

Cimg0568 (3)「ゴミの有料化について」
 クリーン推進課

 外国人への対応(英語、韓国語、中国語)として、タイ語もお願いしたい、飲食店が多いことによる対応など、中央地区らしいご意見があった。

(4)「夏の交通事故防止運動について」
 柏崎地区交通安全協会中央地区


Cimg0569  協議ののち、連絡事項。その後、休憩をしてから懇親会となった。
 冒頭、ご挨拶をさせて頂く機会を頂いたので、中央地区に関わることとして、駅周辺の開発、えんま市のゴミ対策、ぎおん柏崎まつりの対応など自分の意見を入れつつ、市政報告をさせてもらった。
 酒を注ぎつつ、各町内会長さんのご意見を聞けば、色々であり、大変参考になる時間となった。
 18時、会場の掃除をして、終了。帰宅し、郵便物の処理など酔っていてもできる仕事を行う。

 20時から市内某店の懇親会に出席。ここでも色々なご意見を頂戴し、現市政に対するご批判や、指摘すべき情報などを多く頂戴した。

 23時、帰宅。

 以前にも本ブログで紹介したグラフト重合による新素材の開発により、海水からウランを採取する方法が確立しつつある。
 あとはコストダウンだけがネックであるが、原子力発電所を有する自治体としては、今後の成り行きに注目する必要があろう。


平成21年6月29日『産経新聞』

国産ウラン現実味
原子力機構海から採取、コスト減

 原子力発電の燃料となるウランを海水から採取する技術が実現に近づいている。日本原子力研究開発機構は、最大の課題である採取コストをウランの実勢価格の3倍弱に引き下げる技術を確立した。さらにコストダウンを進め、平成29年の実用化を目指す。日本には年間8千トンのウラン需要があるか、全量を海外に依存している。実現すれば、国産ウランに道を開き、日本のエネルギー安全保障にとっても朗報となる。
 ウランは海水1トンに3.3ミリグラムの割合で溶け込んでいる。海水中のウランを合計すると、ウラン鉱山の埋蔵量の1千倍にあたる45億トンに上るとみられている。
 同機構は、放射線を当てることで素材にさまざまな機能を付加するグラフト重合法の応用を進めてきた。その結果、布状のポリエチレン製捕集材を海中に漂わせるだけで、ウランを取り出す技術を確立した。捕集材1キログラム当たり4グラムのウランを採取できる。
 最大の課題であるコストは捕集材を8回繰り返して使うことで低減し、ウラン1キログラム当たり3万2千円程度に引き下げた。ウラン価格は1キログラム=1万3千円程度で推移しており、採取コストは3倍弱。耐久性の面で、これ以上、捕集材を繰り返して使えないが、捕集材の改良などでさらにコストを引き下げられるとみている。同機構では90億円の費用をかけ、来年からの5年間で100キログラムのウラン採取を目指す実証実験を沖縄で行う計画だ。

グラフト重合法
 繊維などの素材に放射線を当てることで、接ぎ木(グラフト)のように、さまざまな性質を付け加える技術。特定の有害物質を付着することもでき、クリーンルーム用のケミカルフィルターなどがこの技術でつくられる。日本原子力研究開発機構はポリエチレン素材にウランを吸着する性質を持つアミドキシム基と呼ばれる機能を付け加えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

全員協議会(原子力安全・保安院)
今になって、枇杷島小学校から遺跡

 積んでおいた新刊の本を通読し、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、野菜薩摩揚げ、キュウリとキャベツの浅漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎ、入院中の祖母に顔を見せたのち、長岡市に移動。

 10時から長岡駅近くの某店で、東京から出張できてもらった担当者との打ち合わせを行う。

 12時、自宅に戻り、干し納豆と煮干しでダシをとった醤油ダレでつけ込んだ卵、越後もち豚のモモ肉、梅干しのおにぎりで昼食をとる。

 食後、市役所に移動し、会派室で会議。
 今日の午前中に行われた議会運営委員会で報告されたようであるが、臨時議会が平成21年7月21日に開会され、枇杷島小学校の改築に関わる追加予算措置があるという。
 先日閉会したばかりの議会で予算を決めたはずであるが、何が必要になったかといえば、鎌倉時代の遺跡がでてきたという。

「枇杷島小学校改築に伴う遺構確認調査について」(pdf形式)

 遺跡は遺跡で大切であるが、

 「何をいまさら?今まで何を調査してきたのか?」

という思いである。平成19年に我々の税金を使い、地質調査を行ったのは何だったのか、市民にどう説明するのであろうか。場所が違うだの、プレハブを建てた場所がうんぬん等の理由をつけてくるであろうが、まったく話にならない、いい加減な行政である。

Cimg0564  13時30分から全員協議会に出席。
 今日の議題は「柏崎刈羽原子力発電所7号機及びその他の号機の安全確認の状況について」として、原子力安全・保安院からの説明である。
 内容は以下の通り。

1.7号機の機能健全性評価について
・プラント試験計画書の妥当性
・保安規定遵守状況
・プラント試験の状況
・プラント試験中に発生した不適合事象への対応状況
・プラント試験終了後の特別な保全計画の検討状況

→継続的、安定的な運転が可能。安全上の問題なし。

<今後の取り組み>
・設備健全性評価の結果を踏まえ、柏崎刈羽原子力発電所7号機の法令に基づく定期検査を引き続き実施し、これを終了させる。
・今後、東京電力より届出がなされる特別な保全計画を厳格に確認した上で、当該計画に基づく保全活動が的確に実施されることを確認していく。

2.6号機の耐震安全性及び設備健全性の確認状況について
(1)新しい基準地震動に対する6号機の建物・構築物、機器・配管系の耐震安全性評価結果の概要
(2)原子炉建屋等の基礎地盤の支持能力、津波等の地震随伴事象に関する評価結果の概要
(3)6号機と7号機の耐震安全性評価結果の比較
(4)中越沖地震において6号機の上下動が大きかった要因とその影響について
・解析モデルは妥当。解析結果は評価基準内であった。6号機と7号機の評価は同型原子炉であり、概ね同じものであった。6号機の上下動については、原子炉建屋のロッキング振動の周期が7号機(減衰定数も違う)に比べ大きくなることが原因と推定。耐震安全性については問題ない。

→6号機の起動に安全上の問題なし

<今後の取り組み>
・保安院は、プラント全体の機能試験の実施に当たっては、保安検査等により厳格に確認していく。
・今後、プラント全体の機能試験の各段階における評価に対する確認結果については、順次お知らせ、公表する。

3.原子力発電所の火災防止対策強化について
(1)原子力発電所における火災リスクの把握と対策の徹底
(2)火災の発生防止のための現場管理・組織の強化
(3)火災の発生防止に関する教育・訓練の充実
(4)火災事例、良好事例等の水平展開の推進
(5)火災対策に特化した事業者相互による確認の推進
(6)原子力安全・保安院による火災防止対策の指導の徹底

 約1時間の説明ののち、質疑応答となったが、またも反対派の独壇場となった。特に社会クラブの矢部議員は

 「7号機を再開して、しばらくお休み頂いて、
  6号機を再開して、しばらくお休み頂いて
  また再開して・・・・・」

などと、順次再開を認める、反対派としては訳の分からない事を言い出す始末。議場外で活動するように、廃炉を望むのであれば、そのような発言をすべきではなく、そして原子力財源が入った当初予算にも「反対」すべきであろう。
 議事録が残るような正式な議会の場では、廃炉は発言せず、原子力財源だけはしっかりともらうという態度であり、まったく筋が通らない。

 15時過ぎに終了し、その後は情報公開請求していた公文書や他の調査などを市役所内をウロウロ。

Cimg0565  16時30分、郵便局に用事があったので、窓口に行ったところ、「週刊少年マガジン」創刊50周年の記念切手が売っていたので、思わず購入。
 よく読んでいた『1・2の三四郎』、アニメ版を見ていた『The かぼちゃワイン』をはじめ、『コータローまかりとおる!』、『バリバリ伝説』、『ミスター味っ子』、『はじめの一歩』、『金田一少年の事件簿』、『GTO』、『RAVE』、『ダイヤのA』が切手となっている。

 17時から祖母が入院している病院に行き、洗濯物の回収や声かけをする。話しかけても、自分の孫であることすら認識できていない。

Cimg0566  買い物なども済ませ、20時近くに帰宅。
 しけてしまった海苔を煮詰めて作った自家製の海苔の佃煮を卵豆腐にかけたもの、鯖の塩焼き、きんぴらごぼう、ひきわり納豆汁で夕食をとる。
 食後、事務所にこもり、事務仕事。会社の決算時期であり、伝票類などを整理する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 1日 (水)

朝鮮戦争で戦死した日本人
桜林美佐:朝鮮動乱特別掃海史

 会社の決算資料の整理が終わらず、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、鮎の甘露煮、トマトサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎ、市役所に移動し、会派室内の資料の整理。

Cimg0562 10時から議会だより編集委員会に出席する。
 次回に発行する『市議会だより』の内容確認とともに、一つ提案をさせてもらった。現在のインターネット中継は蓄積されたデータの扱いが、2年程度保存といったあいまいなままであり、かつ予算措置を行政側で行っている。本来であれば、保存領域の予算は議会側が負担し、そして映像も出来る限り、少なくとも一期の4年以上は保存・公開すべきであろうということを提案させてもらった。次回の議会だより編集委員会までに、当局からのコスト計算、各会派の意見が集まることとなった。

 12時、自宅に戻り、冷凍うどん、生卵、桜エビかき揚げ、干し納豆で特製天ぷらうどんを作り、昼食をとる。

 13時からテレビや屋根裏のアンテナ分配器などの入れ替えのため、業者さんに来てもらい、作業。プレミアム商品券を使って、地デジ対応のテレビを一台購入した。

 16時から市内某所で打ち合わせ。新商品開発に関わるアイデア出しという苦しくも、楽しい時間となった。

Cimg0563  19時、柏崎市民プラザに移動し、「2009どんGALA!祭り 第3回実行委員会」に出席する。
 当初の予定ではニコニコ通りの担当であったが、かき氷担当がいないため、かき氷担当にまわることとなった。気合いを入れた?かき氷を作ろうと思う。

 21時過ぎ、買い物をしたついで購入したパンで手早く夕食をとり、その後は事務所にこもって決算作業を行う。

 戦後日本の経済復興において、安全保障をアメリカに頼り、ひたすら経済発展に勤しんできた以外にも、朝鮮戦争での特需があったことは否めない。
 その朝鮮戦争において、日本の海軍として、機雷を除去するために活躍した掃海部隊、そして戦死した英霊がいる。その歴史を紐解いた本が、桜林美佐著『海をひらく』である。
 海にまかれた機雷は、海洋国家である日本にとって脅威であり、大東亜戦争においても同様であった。

 さらなる悲劇は、この機雷による「飢餓作戦」によって、すでに窒息寸前であった日本に対し、原子爆弾が落とされたことである。この実被害の大きさもさることながら、この原爆によって、日本を真の敗戦に追いやった原因である海洋政策の不備・不足は将来の戒めとして分析されることがなくなってしまった。またそれが議論されるときは「陸軍が悪い」「海軍が悪い」といった犯人探しに終始しがちである。いつまでも終わらない言い争いに終止符を打つために「原爆投下」は、言うなれば敗戦の原因や責任を突き詰める上で、日本にとってもいい言い訳になってしまったのだ。原爆が落ちるより以前に、機雷によってすでに日本は敗れていたのである。この「海上封鎖」の恐ろしさを忘れさせるためにも、原爆の力は大きかった。そして戦争は終わる。
 その時、日本には、えも言われぬ虚脱感と無数の機雷だけが残っていた。日本海軍が敷設した五万五千個の防備用係維機雷と、米軍残存機雷六千個あまりが不気味に漂っていたのである。何はともあれ、ますはこの「戦争の落し物」を大掃除することから、日本の戦後は始められなければならなかった。

と著者は説明する。
 戦死者まで出しながらも、いまだに顕彰すらされない朝鮮戦争での掃海部隊は苦労の連続であったという。

 朝鮮戦争における掃海部隊の活躍は、上陸作戦に先んじて行なわれた元山の掃海が最も緊迫した状況であったが、その他の水域でも苦労のほどは同様であった。
 いずれも貧弱な木造船で、船体や機関は戦後の日本周辺の連続掃海によって老朽化しており、その整備は困難を極めた。掃海現場は、冬の季節風が吹き荒れる悪天候、極寒の日本海や黄海であった。補給も十分とは言えず、真水がなくサイダーで米を炊くこともしばしばであったという。

 隠れた昭和史として、是非、ご一読をオススメしたい本である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

重粒子線装置導入に進む自治体
佐賀県に続き、神奈川県も

 読みたかった本を一気に読んだのち、3時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、しらすおろし、生卵でご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、祖母のお見舞いにきた親族を連れて病院を往復。

 13時、ひきわり納豆と生クリーム、ウニの塩漬けで作った納豆パスタで昼食をとる。

 14時過ぎ、市役所に移動し、調査活動。

Dsc00163  15時、市役所第一委員会室にて、議長、平成会、整風会で打ち合わせを行う。打ち合わせの目的は、先般より「謝罪」を要求されている議員定数削減に関する報告チラシの件である。議長による斡旋ということになり、とにかく議員定数削減に関する議論を行うための打ち合わせ。
 結論としては、報告チラシを出したことに謝罪はしない、ただしより正確に

 「議員定数削減に○×」

ではなく、

 「継続審議にして、委員会審査にしながら、委員会の場では一言も議論しないうちに(継続審査にした議員たちが)審議打ち切りを申し出て、打ち切りにした。」
*本会議場で賛否を問えば、インターネット中継にも映像記録が残るが、委員会は残らない。

ことを詳細に発言した議員名も含めて、報告を再度、出すこととした。

 17時から市内某所での市政報告会。ここ最近の市政に関する情報交換のほかに、次期の市議会議員選挙に関わることなどを話す。

Dsc00166  18時30分、市内某飲食店にて、懇親会。
 あまり地元で食べることができない、地場産の大きな車エビを食べることができ、あまりの美味さに、背わたや頭のなかのミソまでしっかり味わった。こういった食材をもっと柏崎市内でだせるようにし、日本海の味を堪能したい観光客を呼び込みたいものである。

 21時、帰宅。熱いシャワーを浴びて酔いを覚ましたのち、事務所にこもって、依頼されたビデオ編集を行う。


平成21年5月14日『原子力産業新聞』

重粒子線装置導入で協力
放医研 佐賀県に次ぎ神奈川県と

 放射線医学総合研究所(放医研)と神奈川県は四月十四日、「研究・医療協力に関する協定書」の締結式を行い、米倉義晴・放医研理事長、松沢成文・神奈川県知事をはじめとする関係者が出席した。この協定により、重粒子線治療装置の導入や治療に関し相互協力を推進していく。放医研と自治体との協力協定の締結は、今年一月の佐賀県との協力協定に続き二件目。
 神奈川県は三月、神奈川県立がんセンター総合整備の一環として「重粒子線治療装置整備基本構想」を取りまとめた。今年度に重粒子線治療装置の調査設計、来年度以降に基本・実施設計を行い、約三年間の工事期間を経て、二〇一四年度中の治療開始を予定している。重粒子線治療施設は現在、横浜市旭区で建替中の新がんセンター敷地内に設置され、病院棟と地下通路で接続する。完成すれば年間千人の患者を治療可能となる。放射線治療装置(リニアック)を四台設置するほか、高性能のCTやMRIを導入するなど最新のがん医療体制を整備していく。
 重粒子線治療は、従来の放射線治療に比べ、正常な組織への損傷を低く抑えながら身体の深い部分にあるがんにピンポイントで照射が可能。従来のⅩ線では効果が上がりにくい肉腫等への治療効果が期待でき、肝臓がん、肺がん等の難治性がんへの高い効果も実証されつつある。副作用が少ないため、患者の生活の質を確保でき、手術が困難な高齢者等に対する治療法としても期待が寄せられている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月28日 (日)

日本の原発51基をミサイル攻撃すれば
朝鮮労働党中央党副部長

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、笹かまぼこ、たまご豆腐、大根おろしでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、病院にもっていくための祖母の荷物や部屋の掃除などを家事全般を行う。

Cimg0531_2  11時、柏崎市社会福祉協議会に移動し、「ガンダムミーティング」のメンバーに映像素材を渡し、その後、事務所に戻ったところで、来客。お子さんも一緒だったので、お気に入りのアルパカ(Alpaca)のぬいぐるみで一緒に遊ぶ。

 13時、事務所に来客。差し入れでもってきてくれた、焼きそばとたこ焼きで昼食にする。

Cimg0532  19時、頂き物の自家製鯖寿司、これまた頂き物の料理の折り、ひきわり納豆汁で夕食をとる。
 きちんとして米酢と昆布でシメたという、厚い身の鯖は脂ののり方と言い、酸味と旨味のバランスといい、これまで食べた鯖寿司のなかでも5本指に入るものであった。

 22時から23時過ぎまで色々な方から電話をもらい、先日、応援にいった魚沼市議会議員選挙の情報が分かった。
 投票状況は、

有権者数:34,180人
投票者数:28,170人
投票率:82.42%
 

で、とにかく一番若いということで、応援に入った28歳、車イスの五十嵐茂昭候補は、343.229票で、29名中の27位。定数は25名であるため、残念ながら落選ということとなった。今回の挑戦は意義あることであり、結果にめげず、是非、次回は万全を期して挑戦してもらいたいと思う。

 北朝鮮の高官が日本の原子力発電所を攻撃するといった内容の発言を、講演でしていることが分かった。
 原子炉建屋、原子炉格納容器等を木っ端みじんにするのは、ほぼ不可能であるが、実際に北朝鮮からミサイルを撃たれた場合には、「撃たれた」事自体で周辺住民がパニックになる恐れがある。
 世界最大の原子力発電所である柏崎刈羽原子力発電所を抱える我が柏崎市としても、見過ごすことはできない発言であるため、直訳部分も多く、非常に読みづらいが以下にご紹介したい。
 柏崎市に海上自衛隊が必要という、市議会議員になって以来、ずっと私が言い続けている事もご理解頂けるかと思う。

*以下の引用記事にでてくる「チョッパリ」は、「豚足」の意味で、鼻緒のある下駄を履く日本人に対する侮蔑語。


平成21年6月12日『統一日報』

「日本の原発51基をミサイル攻撃すれば」

06年核実験に対する朝鮮労働党内部講演録音
(日本関連部分) 


張ヨンスン(朝鮮労働党中央党副部長)

(*脱北者たちが運営する自由北韓放送(www.fnkradio.com)は、第1次核実験後、金正日の特別指示で党幹部らを対象に行われたという講演の録音テープを入手した。講演は2006年12月以降で、この内容は日本に関する部分を抜粋したものである。)

 ブッシュが大統領の椅子に座るや否や、それまで進行した「朝・米会談」も打ち壊したではありませんか? 2002年10月3日、ケリー(James Kelly)が来る時も、我々はブッシュがぶっ壊した「朝・米会談」の再開か、何かの意見を提起すると期待したのです。ところが、ケリーは我々を威嚇し始めました。何と言ったのか。彼らとの朝米関係が改善されないと、今我々と良くなりつつある南北関係、朝日関係も全部破綻させる、こういう形で威嚇したということです。

 それで、対座していたわが外務省の副相が、あまりにも腹立って、「オイ、核兵器がお前らだけが持てるものか、我々も持つ権限がある、出て行け!」と追っ払ったのです。これもわが外務省の副相が自分の考えで言ったものではありません。偉大な将軍様が、わが外務省副相に、なぜアメリカのやつらに(我々が)核兵器がないと度々言うのか。アメリカの奴らに核兵器がないと言うのは真実を教えてやることではないか。どうしてアメリカの奴らに真実を教えてやるのか。いっそ我々も持てると言ってやれ。こういう意味のお言葉を下さったのです。それで、わが外務省の副相が図太く、核兵器とはお前らのみが持てるものか。我々も持てる。出て行け。その上に自分の意見を付け加え、それ(核)よりもっと強力な武器も我々は持つ権限ある。出て行け!と言って追っ払ったのです。

 ケリーは、10日間一言も言えずじっとしていて、十一日目の10月17日、北朝鮮が核を開発したと認めた、とその時嘘をついたのです。なぜ嘘をついたのか。我々の周りの国々が、我々が強くなるのを望みません。だから、我々が核を開発したと認めた、と嘘をついておけば、我々の周辺の国々が一斉に我々に悪態口を浴びせるだろうと思ったということです。ところが、我々の周辺の国々が一斉に、米国に騒ぎ始めたのです。なぜか、これから情勢が悪化し戦争が勃発する場合、自らの屋根に先に火が付くから,,,

 これがどういう意味か。仮に、アメリカの奴らがこれから情勢を悪化させ、第2の朝鮮戦争が起きれば、我々は、米国本土、日本本土、南朝鮮を同時に打撃します。打撃できる力があるのか? いくらでもあります。米国の本土を打撃するには13,000キロあればできます。13,000キロ!(我々が)衛星を発射した。これでは十二回も打撃してもあまります。

 偉大な将軍様が、米帝国主義者などの侵略策動を看破され、「苦難の行軍」の時、「先軍政治」で、先軍政治をされながら、我々の核科学者たちを自ら育成されました。わが核科学者たちは、将軍様が育成された30代、40代の青年科学者たちです。わがロケット発射基地が、東海岸の海辺に添って少し上がれば咸北道花台郡の舞水端里に我々のロケット発射基地があります。

 (その基地は)何度も火の海がなったことがあります。そのたび、科学者らは慌てて途方に暮れ、将軍様は大丈夫だから続けろと。率直に申し上げると、ロケット一発を開発するためには、あの「金策製鉄連合企業所」のような大きな工場を、およそ50個を売ってもその金額を補填できないほど、それくらいの多くのお金が掛かります。そのため将軍様が「苦難の行軍」の時、胸の痛いお言葉も下さったことがあります。「工場は回らず、人民たちが飢えているのを彼自身がよくご存知ながらも、お金がちょっと入ると、ここに全部注ぎ込んだと...こうやったから我々が奴らにやられなかった、そうでなかったら、すでにかなり前に奴らに押されたはずだと、わが人民たちはこれを理解する時が必ずあると,,」このように胸の痛いお言葉を下さったことがあります。

 ついに、わが科学者たちがロケットを開発しました。去る(2006年の)7月5日の明け方の4時、7発のミサイルを一挙に発射したのを含めて、我々は4度も発射試験しました。一番初めに550キロを発射したのです。この通信(情報)には日本の下駄らがちょっと早いです。この野郎らが潜水艦で近づいてこっそりと観察して、その時何と報道しまくったのか。「朝鮮民主主義人民共和国」がロケットの発射試験をした。550キロを撃った。目標を正確に打撃した。そして何と言ったのか。半径をそのまま東に回せば、日本、大阪を打撃できると報道したのです。

 その次、今度は将軍様がより射程距離の長いロケットを開発せよ。1,000km、3,000kmをわが科学者たちがまた取組んで開発しました。二番目の発射試験の時、日本チョッパリたちの頭越しに、わが国から3,000km離れているグアム島、6,000km離れているそこのハワイ、これと同じ距離の公海上に、太平洋上に、3,000km、6,000kmの二発を発射したのです。その時まで日本チョッパリらは、自分たちの頭越しに我々が試験発射したロケット二発が飛んで行ったのも知らずにいました。米国の奴らが教えてやったのです。

 「オイ、お前らの頭越しに共和国の試験発射したロケット二発が飛んで行った」と。その時、日本の奴らが何と言ったのかご存知ですか。私たちの探知機が故障していた。そう言いながら、これは意地悪さが、粉を炒める日に風が強く吹いたのと同じ現象だ、と報道したのです。今度このようにして開発された運搬ロケット三個を連結して衛星を付けて、1998年8月31日の12時07分に衛星を打ち上げたのです。ここの先生たちは皆ご存知でしょうが、三個のロケットには、9個の「高速機関」が入っています。1個当り3ヶずつ。この高速機関は、発射すると秒当たり8km速度で飛んで行く高速機関です。

 秒速8km、3,500度の熱にも耐えるこういう高速機関ではありませんか。見て下さい。我々が何かを作れないため作らなかったのではないでありませんか。今でも我々ちはロケット工業をはじめとする軍需工場を、人民のほうへ回せば、甚大な経済強国になります。しかし、そうはできないということです。なぜ、米国野郎が我々を食おうという条件では、軍需工場を人民のほうに回すわけには行かないということです。それで、私たちがしきりに品銭(品物とお金)を節約し腰のベルトをきつくしめようということです。

 ここに歳を老いた先生たち、あの人が正気なのか。戦争直後から「品銭」を節約し、腰のベルトをきつく締めろと言って、もうこれ以上締められベルトの穴もない。いったいどこまで締めろというのか。私が、ここの先生たちに明白に申し上げられることは、祖国が統一される日まで締めよう、(ベルトに)穴がなければ突き開けながらでも...

 結局、この思想が何ですか?わが将軍様が、今日のための今日を生きず、明日のための今日を生きよう、われわれの現世代の基本任務は何でしょうか?必ずや統一された祖国を後代に譲ってあげることではありませんかか。見て下さい。我々が良い暮らしをしたくなくて、しないではないということです。誰のせいなのか。米帝国主義者らのためだということです。そう、我々が米帝国主義者らは我々と一つの空の下では生きられない、不倶戴天の敵だ、こう言うことです。

 その上に、我々のミサイルはどの奴も迎撃できません。今、アメリカのミサイル専門家という人々が何を言っているのか分かりますか? ミサイルを迎撃する方法は三つある。一つはミサイルが発射される前に発射基地を叩き壊すことだ。二番目の方法は、発射されたミサイルが水平飛行する時叩くことだが、これは技術的に不可能だ。弾丸が弾丸をどう叩けるか。これは技術的に不可能だ。三番目の方法は、ミサイルが目標に向かって下降する時、向い撃つことだが、これは技術的に可能だ。だが、ミサイルが地面に落ちて被害を被るか頭のてっぺんでさく烈して被害を被るか、被害を被るのは同じでないか。これも迎撃と言えるのか。こう言っています。絶対に迎撃できません。これを米国の地に落とせば良いのです。

 そうですから、米国の巷に、人々の中に、わが共和国のロケット・アレルギーにぴったり罹っているということです。我々がロケット発射の試験したニュースを聞くだけで、角度がずれて彼らに飛んできて爆発して死ぬかと心配したあまり、なかった神経痛が生じ、全身にじんましんが出て、今アメリカの巷がそうです。小さな子供もアン、と泣くのをなだめてみて最後の方法が、オイ、そう泣いたら、共和国からロケットが飛んでくる。そうしてこそ、泣いた子供も恐くて泣くのをぴたりと止むということです。

 日本のチョッパリらを見ましょう。北海道、本州、四国、九州の島の塊りではありませんか。あれは北海道から九州の南端までの日本全域を打撃するには、1,500kmあれば充分です。率直に申し上げると、我々は1,500kmまで飛ぶロケットは、坑道(トンネル)の中に系列生産されています。その上、日本チョッパリらは、土地も狭いのに、原子力発電所がちょっと多いです。51個あります。今、我々が、ロケット一発で日本の原子力発電所一つを打っ壊した時、2次大戦の時、広島に落ち20万も殺した原子爆弾の破裂の320倍の破裂が出ます。原子炉一つが壊れた時。狭い日本の地に50個の原子炉を我々が打っ壊した、と想像してみて下さい。どれくらいの破裂が出て、どんな現象が起きるだろうかを。

 万一、日本チョッパリらが補償もせず、あのように悪く居直り続けたら、我々は地球上から日本という国を跡もなく消せます。だから、日本チョッパリらが、わがミサイルやロケットを見て喚きたてるのです。

 分界線(休戦ライン)に配置されている一万門あまりの砲。今アメリカの奴らが何と言うのかご存知ですか?30分で、南朝鮮の全域を灰の粉にするということです。1時間の間に、彼らのほうへ50万発の砲弾が飛んでくるといいます。50万発! もう一度申し上げますが、アメリカの奴らが情勢を悪化させ、第2の朝鮮戦争が勃発する場合、我々は米国本土、日本本土、南朝鮮を容赦なく同時に打撃をするのです。だから、我々の周辺の国々が(彼らの)屋根の上に火が先に付くではありませんか?そのため、我々の周辺の国々が一斉に、アメリカに喚き立てたのです。オイ、共和国がいつ核を開発したと認めたのか。持つ権限があると言っただけを、お前らはなぜ嘘をついて、我々の屋根に先に火が付くようにするのか、と騒ぎ立てたのです。

 本来、アメリカの奴らが嘘を付いたことで、そういう形に周辺の国々から我々を孤立させようとしたが、彼らが孤立したのではありませんか? だから、この奴らが困って、2003年の4月9日、国連の安全保障理事会で北朝鮮の核問題討論しよう、と国連に持って行ったのです。それで、4月6日、わが外務省の代弁人声明で、その時、糺したのではありませんか?お前ら国連というものが、われわれの核問題を置いて決議案というものを紙の上に何文字かを書いて見ろ!。我々は、我々に対する宣戦布告と見做して相応する対応対策を取ると闡明しておいたということです。4月9日、国連の安全保障理事会が開かれました。

 ここ、常任理事国は5個国あるではありませんか。これは皆さんがご存知のように、「一時可決」(満場一致)の原則でありませんか。我々が、2003年4月に、労働新聞に米国ともう一つの国だけが反対した、こう表現しておきました。少なくないわが人民たちが、これは名前を書かなかったのを見ると、ひょっとして中国ではないか、こういう考えがあったそうですが、実は、それが中国でなく英国だったということです。
 ところが、なぜ、英国という名を書かなかったのか。我々は「主な敵」であるアメリカの奴だけを孤立させれば良いということです。それで、我々がアメリカともう一つの国と、こう表現しておいたら、その時英国の人々が我々に何と言ったと思いますか。自分の名を書かなかったと、これ本当にありがとうございます、すみません。こう言ったのです。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年6月27日 (土)

「東京大空襲」が意味するもの

Dsc00161  0時過ぎ、2軒目として某スナックに移動。「宇宙海賊キャプテンハーロック」「home」「ウルトラマンレオ」などを歌う。
 途中、何回か電話があり、見慣れない番号だと思ったら、海外在住の某氏からで、日本食の輸入の仕事をはじめたいとのことであった。

 2時、帰宅。シャワーを浴びたのち、3時過ぎに就寝する。

 7時、起床。発売されたばかりの週刊誌や月刊誌をもって2時間ほど、長風呂に入る。

 大粒納豆、目玉焼き、もずく酢でご飯2杯の朝食をとり、その後、病院に向かう。
 祖母に話しかけても反応はなく、まぶたを開けている時間も短くなってきた。

 12時、一旦、自宅に戻り、冷やご飯とひきわり納豆、永谷園「さけ茶づけ」で作った納豆茶漬けで昼食。

Cimg0519 14時、商店街活性化のため、NPO全国防災・災害支援ネットワーク会議柏崎駅前ニコニコ通り商店街の皆さんが協力した、駄菓子屋「駄菓子えんまねき」がオープンしたとのことで、さっそく現地を見せてもらう。
 氷水のたらいに入ったラムネ、カタ抜きなどお約束のレトロ感たっぷりのお店で、親子連れで賑わっていた。あとは、社会勉強のため、子供を「たらかす」おじさんがいれば完璧?である。
 とにかく開店までこぎ着けた関係者の皆さんに敬意を表したい。

Cimg0525  14時30分、柏崎市社会福祉協議会に移動し、昨年に引き続き、「わいわいがやがやフェスティバル」。今年も柏崎市内のガンダム好きのメンバーが「ガンダムミーティング」のコーナーを設置したが、昨年とは場所が変わって和室された。今回、事前にグッズなど提供することはできなかったが、ファーストガンダムの1年戦争を別角度で描いた作品の映像を明日、提供することになった。

Cimg0529 15時、地元町内の集会場に移動。遅参したが、町内成年会での子供御輿づくりに参加する。
 少子化の流れで、地元町内会も子供が少なくなっているが、今年は子供御輿を決行。キャラクター御輿を作成することになった。

Cimg0530 作業の一区切りがついたところで、愛車で長岡市に移動。
 18時から「健康の駅ながおか 高齢者センターしなの」にて、車イスレクダンス普及会「矢車草の会」の役員、長岡支部の皆さんとの懇親会に出席する。今年10月、長岡市で開催される全国大会のことや、理事長に触発され歴史に関することで盛り上がる。柏崎をはじめ、周辺自治体でのボランティア募集の協力をお約束した。

 20時過ぎ、先日、選挙応援にいった五十嵐茂昭氏の状況が気になってので、選挙事務所に向かって移動。途中、今日も応援に入っていた十日町市議会の庭野茂美議員と連絡がとれ、無事、選挙戦を終えたことが分かったため、帰路につく。

 途中で買い物などを済ませ、22時、帰宅。

 今日の懇親会のなかで、近現代史に話しがおよんだとき、当然のことながら、長岡市の方から長岡大空襲のお話がでた。戦争の悲惨さ、という一言で片付けるのは、最近のマスコミの風潮であるが、本当に伝えるべきことは、悲劇だけではなく、その本質である。
 本来、戦争は軍人と軍人が行うべきものであり、女性や子供などの民間人を狙ったアメリカによる空襲(原爆も同様)こそ、まさに戦争犯罪。この事は、キチンと後世に伝える必要があろう。


平成21年3月12日『産経新聞』

【正論】
「東京大空襲」が意味するもの

       拓殖大学教授・藤岡信勝 

木造の家屋狙った焼夷弾

 アメリカが日本の人口密集地に焼夷(しょうい)弾を使用することを考え始めたのは「パールハーバー」よりもはるか前のことである。日米戦を想定して、「木と紙」でできている日本の家屋を攻撃するには、焼夷弾のような火炎兵器が最も効果的だと分析した。
 アメリカが日本の空襲用に開発した焼夷弾は「M69油脂焼夷弾」とよばれ、本体はゼリー状のガソリンである。開発責任者のR・ラッセルはスタンダード石油会社の副社長だった。焼夷弾1本の形状は、野球のバット半分程度の鋼鉄製の筒である。これを38発、鉄バンドで束ねたものを上空から投下すると、バンドが空中ではずれ、広い範囲にバラバラと落下し、家屋を燃やし、あたりを火の海にする。アメリカはテキサスの砂漠にわざわざ日本式の家屋を建てて実験し、効果が抜群であることを確かめていた。
 南太平洋のサイパン島を基地として、アメリカは昭和19年11月からB29による日本本土への空襲を開始していた。
 しかし、それは、(1)飛行機工場などの軍需工場を目標に、(2)日中、(3)高度1万メートルの上空から爆弾を投下するもので、命中率は平均5%程度にすぎなかった。 同年12月29日、ホワイトハウスでルーズベルト大統領、マーシャル参謀総長らを含む秘密の作戦会議が開かれ、日本本土爆撃作戦を再検討した。そこで決まったのは、 (1)民間人を直接の対象とし、(2)夜間、(3)低空飛行で焼夷弾を投下する、戦時国際法違反の「無差別爆撃」だった。

最大の戦争犯罪のひとつ

 この作戦変更に伴い、マリアナ3島の司令官のクビがすげ替えられた。民間人の家屋を焼く焼夷弾攻撃に反対していたハンセル少将にかわって、ドイツ・ハンブルクの絨毯(じゅうたん)爆撃をやり遂げたカーチス・ルメイ少将が任命された。
 ルメイは江戸時代の大火の50%が3月上旬に集中していることを調べ上げた。春先の強風が吹くこの時期が作戦には最も効果的だと分かった。3月10日は日露戦争の奉天会戦で日本が勝利した陸軍記念日だった。
 前日、マリアナ諸島を飛び立った325機のB29は、少量に抑えた燃料と満載の焼夷弾を抱えて東京を目指した。作戦計画に従ってまず、正方形と2本の対角線のライン上に焼夷弾を落として火の壁をつくり、住民の退路を断った上で、1平方メートル当たり3発、総重量2700トンの焼夷弾を、雨あられと無辜(むこ)の市民の頭上に降り注いだのである。
 ルメイは戦後、「もし、アメリカが戦争に負けていたら、私は間違いなく戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」と述べている。一夜にして10万の市民を焼き殺した「東京大空襲」は、第二次世界大戦の最大の戦争犯罪の一つであろう
 東京都江東区で家具店を営む滝保清さん(現在80歳)は、64年前の3月10日、空襲による業火の中を逃げ惑っていた。当時16歳の中学生で、早くに父を亡くした保清少年は、数日前に運悪く足にけがをして歩けない祖父を背中に背負い、安全な方角を目指した。だが、火の勢いは激しくなる一方で、やがて祖父の背中のドテラが燃えだし、煙と熱風の渦に巻き込まれた。
 目の前で燃えている祖父を残し、「後ろ髪を引かれる思いで、生きたいという本能と窒息の苦しさから逃れたい一心で」(私家版冊子『赤い吹雪』より)逃げ出さざるを得なかった。

国立慰霊碑の建立を急げ

 長い年月がたち、つらい地獄の体験をやっと他人に語る心境になった滝さんは、平成3年、東京大空襲の犠牲者を追悼する慰霊碑の建立を求める署名運動を地元の仲間とともに始めた。
 本業をそっちのけで奔走し、3月10日の犠牲者の数を超える11万5000人の署名を集めきった。
 願いは国会に通じ、平成17年11月1日、衆議院本会議で国立慰霊碑建立の請願が採択された。昨年12月、自民党の国会議員からなる「戦災犠牲者の国立慰霊碑建立を目指す議員の会」(下村博文会長)が設立された。
 しかし、所管の総務省は、兵庫県姫路市に昭和31年に民間の寄付で建立した「全国戦災都市空襲死没者慰霊塔」があり、国が新たに慰霊碑をつくる予定はないという。滝さんは、個人や民間や自治体ではなく国が慰霊碑を建ててほしいと切望する。
 空襲犠牲者は、東京都のために死んだのではなく、国のために命をささげた点で戦死者と同じではないか、と言う。
 滝さんたちが署名運動を始めてからすでに18年の歳月がたつ。残された時間は少ない。政治と行政は、一刻も早く決断すべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月26日 (金)

NHK相手を8400人が集団提訴
JAPANデビュー捏造問題

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、辛子明太子、鯖の塩焼きでご飯2杯の朝食をとる。

 町内の仕事ののち、祖母が入院している病院に向かう。

 担当医と祖母の状態を相談し、延命措置はしないということで確認のサイン。88歳という年齢もあるが、元気なときに話していた本人の希望でもある。
 すでに何を話しかけても答えず、目も虚ろになってきており、それなりの覚悟をもつよう母親にも伝える。

 13時、自宅に戻り、冷凍うどん、ひきわり納豆、生卵で納豆ぶっかけうどんを作り、昼食。

 15時、来客。事務所で企画書についての打ち合わせを行う。

 16時から18時過ぎまで、市内まわりや市役所内で議事録や過去の議案などを調査。

 19時から市内某所で市政に関する意見交換会に出席する。貴重なご意見や今後、こうしたら良いのでは、との提案を多々頂く。政治活動に生かすとともに、次の議会での一般質問、委員会審査に反映したい。

Dsc00159 23時、「やきとり大吉 柏崎店」(電話:0257-21-4655)に移動し、某氏とともに懇親。好物の「鶏のレバー刺し」をまず2人前(一皿に盛ってもらい)を生ビールで流し込み、2、3本の焼き鳥(ハツ、皮、砂肝)ののち、再度、「鶏のレバー刺し」を食べる。

 渋谷でもデモ行進を行ったNHKの捏造番組問題に対し、原告団の一人となって、提訴に踏み切った。
 8000人を超える原告団は異例とのことであるが、いかにNHKの報道が偏っているのか、より多くの国民に伝わればと思う。


平成21年6月26日『産経新聞』

「番組で台湾統治証言歪曲」精神的苦痛

NHK相手を8400人が集団提訴

 NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの“一等国”」に出演した台湾人や日台友好団体などから番組内容に偏向・歪曲(わいきょく)があったと批判が相次いでいる問題で、視聴者約8400人が25日、放送法などに反した番組を見たことで精神的苦痛を受けたとして、NHKに計約8400万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。

 問題の番組は日本の台湾統治時代を取り上げたもので、4月5日に放送された。放送直後から「日本の台湾統治を批判するため、証言をねじ曲げている」などの批判が相次いだ。
 原告は訴状で番組について、「取材に応じた台湾人の話を、一方的に都合良く編集して使っている」などと指摘。具体的には(1)台湾統治下の暴動を「日台戦争」と表現(2)「日英博覧会」でパイワン族の生活状況を実演紹介した企画を「人間動物園」と表現などを挙げ、番組にはやらせや事実の歪曲・捏造(ねつぞう)があり、放送法に違反する番組だった-などと主張している。
 原告には、約150人の台湾人も含まれている。原告側は今後、出演した台湾人や友好団体の関係者の証人申請や、出演者らがNHKに出した抗議文などの提出も検討している。また、東京、大阪、名古屋では、放送に反発する地方議員や有識者ら有志が抗議デモを行った。
 NHK広報局は「訴状を受け取っていないのでコメントできない。番組の内容には問題がなかったと考えている」としている。
 
「シリーズ・JAPANデビュー」

 NHKによると、近代国家を目指し世界にデビューした日本がなぜ国際社会で孤立し敗戦を迎えたのかを考え、未来へのヒントを探るのが企画の狙い。テーマは「アジア」「天皇と憲法」「貿易」「軍事」の4つで、うち「アジアの“一等国”」は、その第1回。近代日本とアジアの原点を台湾統治に探る内容としている。

責任見失う公共放送

 批判が相次いでいたNHKスペシャル「JAPANデビュー アジアの“一等国”」はついに法廷で争われることとなった。番組の取材方法や編集の在り方に、これほど注目が集まったのは極めて異例だ。
 「南京大虐殺」「従軍慰安婦」「強制連行」など、これまで俎上にのぼった近現代史の代表的論点をたどると、もともとの発端は今回の放送に使われた「日台戦争」という言葉同様、後に一部学者や出版物から編み出された造語に始まったものが多い。
 日本のメディアが盛んにこれを取り上げ、定着した後に、計り知れない禍根をもたらす。同盟国の米国で可決された「従軍慰安婦」をめぐる対日非難決議のように、外交の足かせとなったり、日本の国が不当におとしめられていく。
 そうした悪循環の構図やメディアの悪意にすでに多くの国民が気づき、真剣に憂慮している。公共放送の番組作りに厳しい目が向けられる理由だ。
 平成13年にもNHKは「ETV2001 問われる戦時性暴力」と題した番組を放送した。「女性国際戦犯法廷」という名の模擬裁判を取り上げたものだが、この模擬裁判の企画趣旨は「東京裁判では裁かれなかった旧日本軍の性奴隷制を裁く」として、日本政府や昭和天皇に有罪判決が出される-というものだった。
 政治家の圧力と番組改変にばかり注目が集まったが、そもそも歴史検証に名を借りたわが国を貶(おとし)めるような番組作りだったのではないか、という疑問は今も根強くある。
 今回の訴訟は8000人を超える大規模提訴となった。批判がこれほど広がった背景には、インターネットの発達がある。メールやメルマガなどさまざまなデータが瞬時に駆けめぐり、多くの国民が自らの考察や意見を自由に表明できる。
 その多くがNHKに懐疑的だったり批判的な内容で、それらは次々と広がっていく。なかには粗暴な言葉遣いや中傷、邪推もあるが、共感できる指摘や豊かな学識に基づく適切な考察、核心をついた推理も少なくない。
 これほど多くの視聴者が違和感を覚え、訴訟提起に至ったことは、さらに多くのサイレント・マジョリティがいることを意味する。NHKはそうしたことを肝に銘じ、公共放送としての番組作りがいかにあるべきかをあらためて問い直す必要があろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月25日 (木)

09魚沼市議選応援
車イス、28歳の挑戦!

 3時、就寝。

 7時、起床。ゴミ出しをしたのち、大粒納豆、目玉焼き、コタマ貝の酒蒸しでご飯2杯の朝食をとる。
 食後から町内会費やぎおん柏崎まつり協賛金を集めるため、町内をまわる。

 10時から11時過ぎまで市内某所での会議にオブザーバー出席させてもらう。

 会議終了後、コンビニで買った納豆巻き2本、低脂肪乳、グレープフルーツジュースで昼食をとりつつ、魚沼市の小出まで移動。

Cimg0511  12時過ぎ、現在、選挙期間中である魚沼市議会議員選挙(平成21年6月21日告示、同28日投票 )の応援のため、五十嵐茂昭(いからししげあき)候補の事務所に入る。
 全国若手市議会議員の会の先輩でもあり、日頃からお世話になっている十日町市議会の庭野茂美議員が既に応援に入っており、午後から一緒になって、候補者の街宣活動を行う。
 定数24名に対し、29名が立候補している激戦の選挙。激戦ついでに、天気も気温30度を超える猛暑でかなり手強い。
 五十嵐茂昭候補は、若干28歳の一番若い候補者であり、車イスでの生活をしている障害者でもある。17歳のときの交通事故がもとであるが、それがゆえ健常者と障害者の両方の気持ちが分かる人間であり、街頭からの訴えは福祉の充実を基本に行った。
 気合いの入ったプロのウグイス嬢での流し街宣に加え、市内十数カ所で街頭演説を行う。

Cimg0514  17時40分、選挙事務所に戻り、「大沢調理センター」(電話:02579-2-0884)の仕出し弁当で夕食をとりながら、候補者と演説内容を含めたブラッシュアップ。
 できれば最後まで街宣活動に参加したかったが、地元に戻る用事があるため、19時過ぎ、事務所を後にした。

 20時30分、シメの挨拶ギリギリのタイミングになってしまったが、市内某所での懇親会に出席。あまりの遅刻に、いきなりの日本酒ジョッキ一気飲みをするハメになった。本当は危険な行為である。

 21時、二次会として市内スナックに移動。このブログを読んでくれている方と出会い、なぜかウルトラマンシリーズの話で盛り上がる。「ウルトラセブン」ファンはかなり濃ぃいことが分かった。

 23時、帰宅。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«どんGALA!祭りお天気祈願祭
プルサーマル交付金制度打ち切り