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2005年12月29日 (木)

靖國神社とアメリカ人

 1時就寝。6時起床、年賀状をひたすら書く。公職選挙法では、政治家の自分の選挙区内での年賀状を含む「時候の挨拶」は禁止されているので、扱いが難しいところ。参議院全国区の政治家は、選挙区が全国なので、どこにも年賀状を出せないのであろうか。

 午前中は親戚や甥っ子の相手。朝食を食べるわけでもなく、甥っ子の残したお菓子や、親戚と話をしながら煎餅などを食べる。

DSC00047 先日、修理にだした愛用のデジカメ SONY T33(シャア専用ズゴックをイメージし、ブラウン)が、LCD本体とLCD点灯基盤の入れ替えの修理が終わり戻ってきた。保障期間内であったため、無料。早速、シャア専用をイメージして購入した携帯電話FOMA F902iを撮影してみる。やはり携帯電話のカメラの画素数があがったとはいえ、デジカメにはかなわないと思う。

 11時から12時前まで打ち合わせ。

DSC00050DSC00052 12時過ぎ、親戚とともに、近所の「うれっ子」(電話:0257-22-4648)のチャーシューメン。今日から30円値上がりであるが、かわりにほうれん草がのるようになったようだ。親戚はいつもこのラーメンを楽しみにしているようだ。シンプルさが好きだという。

 13時、車で長岡市に移動。14時近くにナイジェリアから日本に来たアンヤンウ・イケチュクさん(有限会社プラカード・ジャパン代表取締役)の会社に行き、打ち合わせ。納豆学会の市販納豆博物館を中心としたリニューアルである。世界一の納豆ラベル博物館を目指し、システムを一新した。細部はこれからつめる。

*納豆学会 市販納豆博物館 評価版

 DVD-Rのメディアなどの買い物などをし、18時過ぎに自宅に戻る。

DSC00054DSC00053 越後もち豚のモモ肉ともらったマトンがあったので、「混ぜて」豚丼を作る。せっかくなので、今年お世話になったS嬢にも食べてもらおうと声をかけ、豚丼と黒豆納豆、ポテトサラダ、自家製漬け物で一緒に夕食。

DSC00055 先日、ブログにも書いた「樺太 9人の乙女」が映画化されたときの原作『樺太1945夏 氷雪の門』が古本屋さんから届いた。23時前に仕事をやめ、ベットに入ってゆっくり読むことにした。

 靖國神社に変わる、新たな国立・無宗教の戦没者追悼施設を作ろうと、韓国・中国に言われ動いた国賊国会議員が、その調査費用を予算化しようと目論んだが、調査費用の予算化の見送りが決定した。とりあえず安心である。
 他国の人の多くが靖國神社に違和感を覚えている、と主張する活動家がいるが、本当にそうであろうか。
 参考までに、名越先生がお書きになった、あるアメリカ人と靖國神社の出会いが以下である。


靖國神社に参拝したあるアメリカ人の感想

         高千穂商科大学元教授 名越二荒之助

 平成8年6月17日、エド・アンダーウッド海兵隊大佐と、大東亜戦争時にペリリュー戦を戦った元軍人のコードリン・ワーグナー氏の二人が靖國神社に参拝した。案内役は、私と、通訳の足羽雄郎氏が務めた。

 この二人のアメリカ人は、実際に昇殿参拝までしたのだが、その際の質問や感想が実に興味深い。「アメリカ人から見ると、靖國神社はこう見えるのか」と新鮮な驚きを覚えたので、ここに二人のアメリカ人の感想を紹介したい。

 二人のアメリカ人は、九段の坂をゆっくりと登り、靖國神社の参道を進んでゆくと、開口一番、次のように語った。

「靖國神社は二百四十六万人の戦死者を祀るというが、来てみれば余りにも狭い。(アメリカの)アーリントン国立墓地は二十三万人の墓地があるが、面積は二百五十万平方メートル。墓地の中には、連絡バスが走っているほどだ。それでも、アーリントン墓地は狭くて、満杯となっている。聞けば、靖國神社の面積(十万平方メートル)は、アーリントン墓地の二十五分の一しかないという。どうしてこんな狭い所にたくさん祀ることができるのか。地下に巨大な墓地があるのか」

 そこで、私たちは、「靖國神社は、シュラインと英訳されているため、ここに戦歿者の墓地があると勘違いされているが、実際は、戦歿者の魂を祀っているのであって、遺体を埋葬しているわけではない」と説明した。

 二人のアメリカ人は「魂を祀るとはどういうことか、よく分からない」という表情で、私たちの説明を聞いていた。

 そこで、昇殿参拝をしながら、日本人が靖國神社にどのような思いを抱いてきたのかをできるだけ詳しく説明した。

 すると、彼らは次のように感想を述べたのである。

 「魂を祀るとはどうすることかと思ったら、昇殿参拝してよく分かった。日本の戦死者は、キリスト教のように、ゴットに召されて昇天するのではなく、一人ひとりが本殿の奥に『神』として祀られている。戦死すれば、『神』となって、多くの国民に拝まれる。これ以上、名誉なことがあろうか。魂を祀る方法なら、戦死者が一千万となっても二千万となっても祀ることができる。

 しかも、日本では、『死んだら靖國神社で会おう』とか『会いたくなったら、靖國神社を訪ねよ』という遺言が黙契となっているようだ。これが、戦死者と遺族や国民の心を結んでいる。そのためか、今日も特別の記念日でもないのに、ぞろぞろと参拝者が絶えない。

 それに、昇殿参拝するまでの手順がよい。手を洗い、口をすすぎ、拝殿に足を運ぶ。すると、太鼓が鳴り始めて、お祓いを受ける。身も心も清めてから本殿に進む。

 戦死者の魂が祀られているという鏡のある本殿に対面してから、二回おじぎをするのは、『英霊の心を受け止めます』ということであり、拍手を二回するのは、『参列者の心を一つにすることだ』と説明を受けた。これは、自分の魂を英霊に捧げるという意味があるらしい。

 この儀式は、いかにも日本的であり、静けさのなかで、戦死者の魂に会ったという気持ちにさせられる。なかなかよく出来ている儀式だと思う。」

 神妙な面持ちで作法に従い参拝した彼らは、敬虔な気持ちで戦死者に思いを馳せるところが靖國神社だと理解したようであった。もちろん、彼らはキリスト教徒だが、神道形式の作法に従ったとしても、そのことが自らの信仰に抵触するとは思っていないようだった。お祓いなどの儀式を、宗教儀式というよりも、慰霊をする際の日本の文化の一環だと理解したからであろう。

 彼らは次に、「では、戦死者の遺体はどこに埋葬されているのか」と尋ねてきたので、千鳥が淵戦没者墓苑のことも含め、丁寧に説明した。すると、彼らは次のように述べた。
「日本では、戦死者の遺骸は各家庭の墓に祀り、その魂は靖國神社や護国神社に祀る。そして、引き取り手のない遺骨は、千鳥が淵戦没者墓苑に納める。すべてが自然な形で整っているように思う。」

 靖國神社に参拝すれば、たとえ外国人であっても、日本人独特の戦歿者慰霊の形を実感してもらえるのである。

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