元脚本版『男たちの大和/YAMATO』、ホリエモン逮捕
7時起床。いまだ熱下がらず、喉も痛いままである。本来であれば、今日は「日本再生の会」(西村議員の真意を聞くこともしたかったが・・)やチャンネル桜での打ち合わせがあったのだが、
キャンセル。外も大雪なので、良かったと言えば、良かったとも言える。
昨夜、妹が飲み会でお土産にもらってきた地の鯛の塩焼きがあったので、鯛飯にする。11時、鯛飯、イカと大根の煮物、かき混ぜた挽き割り納豆を豆腐の味噌汁に入れて、ブランチ。さすが荒波にもまれた鯛で、ご飯もほんのりピンク色になり、身は引き締まって味わい深い。
またも大雪は凄く、上田尻では線路で立ち往生した車に快速電車が突っ込んだという。死傷者がでなかっただけでも幸いである。
20時過ぎ、さすがに食事を作る体力がないので、母から鶏のササミのカツ、サラダを作ってもらい、納豆ご飯で夕食。食べてながら『世界まる見え特捜部』を見ているとニュース速報。
「ライブドア 堀江氏逮捕」であった。企業倫理の無い企業の行き詰まりをみるようである。粉飾もさることながら、時価総額を基準にして、本当の意味での企業価値を高める努力がなかったという一言に尽きると思う。通知票の点数を高くすることはするが、本当にその点数をとるだけの実力(儲けのシステム)が追いついてこなかったとも言える。
今日は、先日買った『月刊シナリオ』2006年1月号に掲載された、野上達雄氏による本当の『男たちの大和/YAMATO』の脚本を読んでみた。野上氏が脚本から降りた理由についての詳細は省くが、思想的な立場は別として、当時のことを当時のままに描きたい、という思いからすれば野上氏の方が正論のように思う。野上氏はこう書いている。
「60年たった今、なすべき鎮魂は『大和』に憧れ、その乗組員であることに誇りを持ち、『出て来い、ニミッツ、マッカーサー!』と無意味に、『大和』ともども海底に沈んでいった若者(子供)たちをそのまま描くことだ。それが人間のみならず、『戦艦大和』そのものの鎮魂にもなるのだ」
その死が無意味かどうか、また戦争がどうであるのかの思想的なものは別として、当時のことを描くのであれば、『出て来い、ニミッツ、マッカーサー!』の方が自然であろう。先日、チャンネル桜に出演された元「戦艦 大和」乗組員で艦橋にいた方も、
「『自分たちが死んで、負けて日本が目覚める』
なんて思うはずもない。
ほとんどの兵は一人でも多くアメ公を倒し、
本土に来ないよう、死を恐れずに戦ったんだ」
とおっしゃっていた。
野上版の脚本では、他の艦では当たり前だった釣り床ではなくベット、そして冷房やエレベータが配備という、「戦艦 大和」が日本の工業技術の集大成であることも描かれている。もちろん、世界最大の46センチ主砲にしても、アッパーブリッジの防空指揮所からの指示からカットが入り、46センチ主砲、一番、二番、三番、それぞれを一斉に発射。その轟音に若い兵が驚き、不沈艦「戦艦 大和」の表現もしている。
また、出撃前に『君が代』を全員で歌うシーンは、是非、映画に入れてほしかったところである。
野上版脚本でも映画でも、「戦艦 大和」最後の出撃に際して、一緒に行動した艦に触れていないのが残念に感じる。当時、「戦艦 大和」以外に日本帝国海軍に残っている艦は、「軽巡洋艦 矢矧」他、駆逐艦8隻(「冬月」「涼月」「磯風」「浜風」「雪風」「朝霜」「霞」「初霜」)だけ。その最後の戦力を使っての海上特攻作戦への想いは、伊藤整一中将の訓示に表れている。
聯合艦隊指令長官訓示
「帝國海軍部隊は、
陸軍と協力、
空・海・陸の全力を挙げて、
沖縄島周辺の敵艦隊に対する
総攻撃を決行せんとす。
皇国の興廃は、まさに此の一挙にあり。
ここに海上特攻隊を編成し、
壮烈無比の突入作戦を命じたるは、
帝國海軍力をこの一戦に結集し、
光輝ある帝國海軍海上部隊の伝統を発揚するとともに、
その栄光を後世に伝へんとするに外ならず。
各隊はその特攻隊たると否とを問はず、
いよいよ殊死奮戦、敵艦隊を殲滅し、
もって皇国無窮の礎を確立すべし。」
人命尊重の立場からアメリカの強大な武力に屈するか、それとも祖国の命運の前に身を鴻毛の軽きに比して殊死奮戦し、後世に伝えんとするか、の選択であった。
本当に平和を願うのであれば、現在の「歴史を知った」視点からではなく、できる限りその当時の視点で描く方が良いのではないか、と思うのは私だけであろうか。
伊藤整一中将は、「戦艦 大和」と運命を共にした。
そして一人息子、伊藤叡中尉は、父の戦死の報を聞いた後、4月28日特攻機に搭乗し、沖縄に出撃し未帰還となった。
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