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2006年2月 1日 (水)

麻生太郎外相とインド:象のインディラ

 2時過ぎに開放され、車のなかで仮眠。毛布をもってくるのを忘れたので、酔いも覚める寒さであった。6時から柏崎で倫理法人会のモーニングセミナーであったが、酔いの抜けないこともあり、柏崎には戻らず欠席。

DSC00591 8時、自宅に戻り、鮭フレーク、中粒納豆、鰹節で納豆巻きを作り、朝食。今日はひたすら資料の作成。1月には、かなりの打ち合わせをこなしたものの、議事録をおこす時間がなく、切れっ端のメモを見ながら議事録を作成。

DSC00592 12時過ぎ、出産のために病院に行っている妹が帰ってきたので、一緒に「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューメン」で昼食。3月1日に帝王切開という。3月になれば2人の叔父さんになってしまう。独身の三井田家・家長としては、またプレッシャーである。

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 午後もひたすら議事録作り。体調が悪かったとはいえ、打ち合わせと同時か1日、2日で書かなかったことをことさら反省。細かい内容を思い出して書くのがなかなかやっかいである。20時、湯豆腐を中心にした夕食。

 また今日も麻生太郎大臣の発言がTVで取り上げられていた。
 4月にインドに行くので、インド関係の資料を見てるが、ここにも麻生大臣がでてくる。

 話は、大東亜戦争が激しくなった昭和18年までさかのぼる。
 この頃になると、本土防衛のための最終ラインが破られ、民家や民間施設をも含んだ無差別爆撃が始まる。
*民間人への無差別攻撃は戦争のルール違反
 東京の上野動物園では、ライオンをはじめ、動物が町へ逃げ出したら危険と判断し、子供たちの人気者であった動物を、それも可愛がった飼育係が殺さなければならず、涙の日々。毒殺される動物が多いなか、毒入りのエサも賢さから判断して食べず、注射もその大きな巨体に効かない象は、餓死させることになった。何も食べず、刻々と死に迫る象。しかし芸をすればエサをもらえると思った象は、人が近づくと、弱った巨体を残った力を振り絞って一所懸命に芸をする。それを為す術もなく、涙ながらに見つめる飼育係。結局、人気者の象三頭は次々と死ぬことになる。

 大東亜戦争が終わり、上野動物園は再開したが、象やライオンのいない動物園となっていた。大好きな動物が見られると楽しみにしていたのは子供である。なかでもまた大きな象を見られると期待していた台東区の子供たちは落胆の思いだったという。
 そして、台東区子供議会は「上野動物園に象がほしい」と決議し、直接、インドのネール首相に象への思いやお願いの作文、象を描いた図画1500点を集めて送ったのである。
 こうした子供達の象へのひたむきな思いを受け取ったインドのネール首相。普通の外交であれば、簡単なコメントを発表するだけのようなものだが、なんと象一頭を日本にプレゼントすると発表したのである。
 この頃は、サンフランシスコ講和条約もなく、日本が主権を回復せず、まだGHQによる占領下にあった時代。子供たちの思いがいかに強かったのかと、政府、インドの英断に驚くばかりである。

1 昭和24年、ネール首相は愛娘インディラ・ガンジーと同じ「インディラ」と名付けた象を日本に贈った。贈呈式には、都知事のみならず、吉田茂首相も参加。そして、この写真が、祖父である吉田茂首相に連れられ、象の「インディラ」に会いにきた少年、当時9歳の麻生太郎外相である。
 象の「インディラ」は昭和25年4月から、約半年間移動動物園の人気者として全国17都市を巡回。以来、34年間、日本の子供たちに夢を与えた「インディラ」であったが、昭和58年、老衰のため死亡(49歳)。まさに日本とインドの架け橋であった「インディラ」の死は、「象のインディラ物語」として全国のニュースや映画になり、涙を誘った。その骨格標本は国立科学博物館に展示されている。
_2 *写真は、昭和24年9月11日、象の「インディラ」にエサをやるネール首相と娘のインディラ・ガンジー

 日本人も「インディラ」の恩を忘れなかった。
 昭和40年から41年にかけ、インドは大飢饉におそわれ、多くのインド国民が困っていた。それに対し、台東区の区町会連合会はその年の3月定例会において、インド飢餓救援の募金を決定。集まった救援募金は総額で343万1403円にものぼったという。

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 まだ話は終わらない。
 「インディラ」死去のニュースを知ったネール元首相の娘、第3代インド首相となったインディラ・ガンジーは、昭和59年、再び日本に二頭の象をプレゼントしたのである。
*写真は、左からインディラ・ガンジー、ネール、チャンドラ・ボース
 二頭には、【希望】を意味する「アーシャ」、【慈悲】を意味する「ダヤー」と名付けられた。
 さらに平成13年、「日本国民への親善の印として贈呈したい」とのインド政府から申し出により、【昇る太陽】を意味する「スーリア」が寄贈された。
 現在、上野動物園では、「ダヤー」と「スーリア」の元気な姿を見ることができる。

 インディラ・ガンジーは、1984年、首相在任中に2人のシーク教徒の警護警官によって暗殺された。首相の後任に、長男ラジブ・ガンジーが就いたが、同じく1991年に暗殺され、インドでは「ガンジー家の悲劇」と言われている。

写真及び参考:
「日本・インド国交樹立50周年をお祝いする実行委員会」冊子より

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