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2006年2月10日 (金)

昭和天皇、終戦の「ご聖断」

F1000002 3時就寝。8時起床。カプセルホテルのサウナで酒を抜き、9時過ぎにホテルをでる。ホテル近くの「富士そば」で、「コロッケそば」の朝食。お約束で、コロッケを丼の底に沈めてから、かけ蕎麦状態で食べ、最後に汁を吸ったモロモロのコロッケを頬張る。

F1000003 急遽、講演会の依頼に関する打ち合わせが入り、世田谷に移動。実験中という納豆入りバジルチーズパン、まるごと里芋が入ったパンを昼食に頂く。小粒納豆とチーズ、バジルはなかなか良い組み合わせ。しかし、里芋はパンに合わないのではないかと思う・・・・・。バター醤油あたりで味付けすれば別であろうが。

F1000005 東京から柏崎に移動。インドに進出した企業に関するJETROの資料を読む。インドへの企業進出もさることながら、インド企業の日本への誘致、取引先としてのインドに興味が沸く。
 18時、自宅に戻る。
 妹と母で作った、「変わり揚げ」と大粒納豆ご飯で夕食。粗挽きウインナー、プロセスチーズのスティック、いんげん、人参を春巻きで巻いて、揚げたもので、酒のつまみにもよく、ついビールも飲む。甥っ子が「おじちゃん、ウマウマ」と寄ってきたので、食べさせるも、人参ははずされてしまった。

 ある方からのお葉書が届いており、皇室典範の改正に対することもさることながら、天皇には先の大戦の責任もあるので、もう皇室には好意はないとのことであった。
 しかしながら、大東亜戦争終結においては天皇陛下による「ご聖断」が大きかった。
 昭和20年8月14日の御前会議、陛下はこう言われたという。

「(ポツダム宣言を受諾せず、そのまま戦争を続行したいとする)反対論の趣旨はよく聞いたが、私の考えはこの前言ったことに変わりはない。
 私は、国内の事情と世界の現状を充分考えて、これ以上戦争を継続することは無理と考える。
 国体問題についていろいろ危惧もあるということであるが、先方の回答文は悪意を持って書かれた物とは思えないし、要は国民全体の信念と覚悟の問題であると思うから、この際先方の回答を、そのまま、受諾してよろしいと考える。
 陸海軍の将兵にとって、武装解除や保障占領ということは堪えがたいことであることも良くわかる。 国民が玉砕して君国に殉ぜんとする心持も良くわかるが、しかし、私自身はいかになろうとも、私は国民の生命を助けたいと思う。
 この上戦争を続けては、結局我が国が全く焦土となり、国民にこれ以上苦痛をなめさせることは、私として忍びない。
 この際和平の手段にでても、もとより先方のやり方に全幅の信頼をおき難いことは当然であるが、日本が全くなくなるという結果に比べて、少しでも種子が残りさえすれば、さらにまた復興という光明も考えられる。
 私は、明治天皇が三国干渉のときの苦しい御心持ちをしのび、堪えがたきを堪え、 忍びがたきを忍び、将来の回復に期待したいと思う。
 これからは日本は平和な国として再建するのであるが、これはむずかしいことであり、また時も長くかかることと思うが、国民が心を合わせ、協力一致して努力すれば、必ずできると思う。私も国民とともに努力する。
 今日まで戦場にあって、戦死し、あるいは、内地にいて非命にたおれたものやその遺族のことを思えば、悲嘆に堪えないし、戦傷を負い、戦災を蒙り、家業を失ったものの今後の生活については、私は心配に堪えない。
 この際、私のできることはなんでもする。
 国民は今なにも知らないでいるのだから定めて動揺すると思うが、私が国民に呼びかけることが良ければ、いつでもマイクの前に立つ。
 陸海軍将兵はとくに動揺も大きく、陸海軍大臣は、その心持をなだめるのに、相当困難を感ずるであろうが、必要があれば、私はどこへでも出かけて親しく説きさとしてもよい。
 内閣では至急に終戦に関する詔書を用意してほしい。」

        半藤一利著『日本のいちばん長い日』より

 この陛下の「ご聖断」ののち、ポツダム宣言を受諾し、国民に周知されることが決定される。
 しかし、陸軍の一部には、クーデターによって玉音放送を中止させ、「本土決戦内閣」を樹立しようという動きがあった。そのため、「玉音放送」の録音版を奪取しようとNHKへ乗り込む「8・15事件」、「宮城事件」が起こるのである。また、これとほぼ同時刻に陸軍大臣 阿南惟幾が「一死をもって大罪を謝し奉る」との遺書を残し、割腹自殺をしている。
 なお、この事件については、昭和42年(1967年)東宝で映画化されている。

 ちなみに、開戦前の1941年9月6日の御前会議においても、発言しないことが通例となっていた昭和天皇が、対米戦争やむなしの草案を見て、

 「この草案は、戦争が主で外交が従ではないか」

と軍部を非難。明治天皇がお作りになった以下の和歌をもって、平和愛好の意思を表した。

 「四方の海 みな同朋(はらから)と
     思う世に など波風の 立ちさわぐらん」

(四方の海はみな兄弟と思うこの世に
    
なぜ波風が立ち、騒ぎが起こるのであろう。)

「大東亜戦争終結ノ詔書」

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*Windows Media Playerは無料でダウンロードできます。


大東亜戦争終結ノ詔書(昭和20年8月14日)

 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
 抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
 朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ


現代語訳:
 私は、深く世界情勢と大日本帝国の現状とを考慮して、非常の措置によって事態を収拾しようと考え、ここに、忠良なるあなた方国民に告げる。
 私は、アメリカ・イギリス・支那・ソビエト連邦に対してその共同(ポツダム宣言の意味)を受諾することを、大日本帝国政府に通告させた。
 そもそも、国民の平和と安寧を図り、世界との共栄を喜びとすることは、代々の天皇の遺範であつて、私も常々心にとどめて来たことである。先に、アメリカとイギリスの二カ国に対して宣戦したのも、ただ大日本帝国の存続と東アジアの安定とを願ってのことであり、(ポツダム宣言に書かれているような)他国の主権を排除したり、領土を侵したりというようなことは、もとより私の考えていたことではない。しかしながら、戦争が始ってから既に4年を経過して、我が国の陸海軍の将兵の勇戦、多数の官僚の励精、一億の国民の奉公、いづれもが最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢は我々にとって有利ではない。さらに、敵は新たに残虐なる爆弾(原子爆弾)を使用して何の罪もない市民を頻りに殺傷し、惨害が及んだ所は誠に測り知れない程になっている。それでもなお戦争を継続しようとすれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明までも破壊してしまうだろう。そのようになったら、私はどのようにして、億兆もの赤子(国民)を守り、代々の天皇に謝罪すればよいだろうか。これが、私が帝国政府に対し共同宣言に応じるようにさせた理由である。
 私は、大日本帝国とともに終始東アジアの(欧米列強からの)解放に協力して来た諸国に対し、遺憾の意を表さざるを得ない。大日本帝国の国民であって、戦場で戦死し、職場で殉職し、悲惨な最期を遂げた人々やその遺族に想いを巡らすと、我が身が引き裂かれる思いである。また、戦傷を負い、災禍を被り、職を失った人々の再起については、私が深く心配している所である。思うに、今後帝国が受けるであろう苦難は、非常に大変なものである。あなた方国民の(降伏に対する)無念の気持も、私はよく理解している。しかし私は、事態の趨勢に従ひ、堪へ難いのを堪へ、忍び難いのを忍んで、将来の為に平和への道を選ぼうと思う。
 私はここに、国体(天皇を中心とした国の形)を守り通すことができ、忠良なあなた方国民の忠誠を信頼し、常にあなた方国民と共にある。もし激情のままに無用の混乱を引き起こしたり、あるいは同胞と分裂して争う等をして時局を乱し、その為に大道を誤り、世界の信用を失うようなことは、私が最も強く戒めることである。国民皆が子孫に至るまでも、神州(日本)の不滅を固く信じ、(国民それぞれに課せられた)責任の重さと長い道程を自覚し、総力を将来の建設に傾け、道義を重んじ志操を堅くし、必ず国体の精華を発揚し、世界の発展に遅れることのないよう努めるべきである。あなた方国民は、どうか私の意思を理解して欲しい。

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