« 講演会、チャンドラ・ボースの遺骨 | トップページ | 広島・原爆慰霊碑とパール判事 »

2006年2月17日 (金)

頭山満生誕150年祭

 早朝4時過ぎに池袋に到着。そのままマンガ喫茶に入り、資料の作成や仮眠。

 8時過ぎ、知人の会社に遅ればせながらの新年の挨拶にいく。

 11時、チャンネル桜に行き、若干の打ち合わせ。12時から近くの定食屋にて、サーモンの西京漬け定食(時間がなく、写真取り忘れ)で昼食を取りながら、若手保守議員の今後の活動についての打ち合わせ。食後に、喫茶店に移動し、カフェ・オレを1杯。

 13時、外交評論家の加瀬英明先生、杉並区の松浦芳子議員、チャンネル桜水島総社長以下のスタッフとともに、外務省に行く。もちろん、インド訪問に関しての協力依頼である。加瀬先生クラスの人物であれば、通常、外務省の課長クラスは逆に訪ねてくるとのこと。しかし、今回はお願いする立場である。玄関の厳重なチェックを受け、担当課と打ち合わせ。快く、協力してもらえることなり一安心。

 15時、新宿に一度でて、紀伊国屋で参考書籍探し。地方自治体間の競争の時代である。どの自治体がどんな事に挑戦し、成功もしくは失敗しているのか、情報をより多く集めることが重要と思う。

_1 18時30分から信濃町に移動し、徒歩で明治記念館に移動。
 移動途中に。かの東横イン社長の自宅があり、あまりの豪華さに驚く。
 今日は、「頭山満生誕150周年祭」である。
*写真は、孫文と神戸にて会談している頭山満
DSC00703 頭山満は、「立雲」を号として、自由民権運動を立ち上げ、金玉均、孫文、ビハリ・ボースなどのアジア独立運動家を支援した人物である。
 現在、反日を国策としている中華人民共和国。その国の父と言われる孫文を物心ともに支援したのが頭山満をはじめとする日本人であったことを現在の中国政府にはよく理解してもらいたいと思う。
DSC00710 今回の会の代表発起人は、平沼赳夫衆議院議員をはじめ280名余。保守系と言われる政治家から民族活動団体など多種多様な人間で会場は1000名を超える人数となり、立食パーティながらも料理の近くにもいけず。会場も一つではおさまらず、第2会場のモニターを見ながらの参加となった。
 会場には、名越二荒之助先生や国民新党代表代行となった亀井静香衆議院議員もいらっしゃりご挨拶をさせてもらう。
 伊藤好雄氏にもお会いした。話には聞いていたものの、ご本人に会うとは思わなかった。伊藤好雄氏は、三島由紀夫の「楯の会」創設メンバーであり、解散まで実動部隊班長。昭和52年(1977年)には、故野村秋介、森田忠明、西尾俊一氏とともに、経団連を襲撃した人物である。現在は、NPO法人モンゴル緑化日本協会などで活躍されているとのこと。ちなみに、新潟刑務所に服役後、1982年に出所している。

DSC00706 食事をとれなかったので、杉並区の松浦芳子議員、チャンネル桜のS嬢と明治記念館の本館「憲法記念館」のラウンジ「Kinkei」で軽食。
 ヒレカツサンドセット、コーンポタージュ付きを注文した。
DSC00707 この建物は、明治14年(1881年)に建てられ、明治21年には明治天皇ご臨席の大日本帝国憲法草案審議の御前会議が開かれた、歴史あるものである。
 明治40年(1907年)、伊藤博文に下賜。大正8年(1918年)に明治神宮(奉賛会)に奉献され、現在の場所に「憲法記念館」として移築された。昭和22年11月1日「明治記念館」の名称となり、「明治神宮」の結婚式場として開館したそうである。
 松浦議員は、この場所で結婚式を挙げるのが夢だったとのこと。
 話はいつの間にか私の結婚話になってしまい、耳に痛い時間となった。
 ちなみに、軍事ジャーナリストであり、チャンネル桜『防人の道 今日の自衛隊』キャスターでもある井上和彦さんは、靖國神社で結婚式を挙げたそうである。ある意味凄い。

 「頭山満生誕150周年祭」は、評論家 松本健一氏による講演「大アジア主義と頭山満」、憲法・皇室法研究家 田尾憲男氏による講演「頭山・葦津の精神継承と現下の危機」ののち、帰りに配布資料を頂戴し、終了。資料は以下の書であった。

 頭山満著『南州遺訓』、没後40周年特集「小日本」
 葦津珍彦著『大亜細亜主義と頭山満』


DSC00711アジアと日本の魂
       
武士道精神の継承を

頭山満翁生誕150年祭趣意書

 「日本の明治維新は中国革命の第一歩であり、中国革命は第二の明治維新である」と日本亡命の孫文が語ったごとく、明治維新はまさに西洋列強からの東洋開放の序幕でした。
 幕末そして明治維新に始まる日本の近代の歴史は、アジアの諸国民に対して大きな衝撃を与え、民族の独立と維新変革への覚醒をもたらしました。アジアの諸地域からは、多くの青年や革命の志士たちが、日本に学ぶために留学し、あるいは日本人を頼って亡命してきました。とりわけ中国大陸や韓国、それにインド、フィリピン、ベトナムなどから、革命の志士や独立運動家が次々に日本を訪れ、当時の東京は、あたかもアジア諸国の革命と独立運動の亡命基地の様相を呈していました。
 アジアの同朋として彼らの志を受け入れ、明治維新の尊王攘夷の精神に基づくアジアとの連帯意識と、日本の武士道精神でもって彼らを庇護し、協カと支援の手を差しのべ、時に革命の同志として中国大陸などで生死の行動を共にしたのは、日本の在野の志士浪人たちでしたが、その中心的人物だったのが頭山満でした。頭山は、亡命者らを温かく援護しただけでなく、犬飼毅らとともに辛亥革命後に自ら中国に赴いて、革命の援助も行いました。
 また頭山は、維新の英傑西郷隆盛の精神と理想を継承し、明治政府に対する自由民権運動や不平等条約の改正から、昭和の満州問題や日華事変で日中の全面和平を求めて尽カするなど、明治・大正・昭和の三代に亘って大きな影響カを行使した存在でした。昭和19年に没して後は、敗戦で歴史観が大きく転換しましたが、戦後においても、頭山と彼の同志たちが抱いた理想と行動は、多くの人々の心に受け継がれてまいりました。残念ながら表の歴史からは故意に遠ざけられてきましたが、日本の近現代史の再評価が問われる現在、再び歴史の光を当てられて、必ずや甦る日が近いことをわれわれは確信するのです。
 今年は戦後60年になりますが、世界は既に14年前に、戦後の東西冷戦体制の崩壊ですっかり変わってしまいました。世界の各地で民族や宗教対立による新たな地域紛争や国際テロ戦争が続発しております。アジアの近隣諸国もその例外ではなく、しかもそのことが新たな摩擦の種ともなっております。こうしたなかで、我が国のみは未だに主権を失った占領時代につくられた憲法のままで、内外の危機への対応不全をきたし、今日、国民は漸く憲法の全面改正の緊要なることを痛感するに至りました。さらに、二千年以上にわたって堅持してきた、男系男子の皇位継承の大原則をも崩そうとする政府による皇室典範改変の危機も、既に生じております。
 このような困難な時代に遭遇する我々日本国民は、一体何を指針とし、どう行動するのが国家の為になるのか、その自問を繰り返す度に、政治家や官僚も含め、常識ある国民が、本来離脱の対象とされるべきいわゆる「戦後的価値」の呪縛から解き放たれずにいるのを自覚させられます。
 本年は、頭山満翁生誕150年を迎えます。この機会をとらえ、われわれは改めて我が国の近現代史を回顧し、本来の日本人としての魂を取り戻したいと思います。そして、アジア諸国民との魂に基づく関係を再び築き、日本の国柄に相応しい皇室典範と憲法体制を築く上で、西郷・頭山といった優れた先人たちが国家の危機に直面して苦闘した歴史を学び、そのなかから我々が堅持すべき指針と精神を掴み取って、我が国の誇りとする高貴なる武士道精神を継承していきたいと考えております。


 21時から東京電力勤務時代に知り合った某社営業マンと久しぶりに「飲み飲み」。大手メーカーも色々と大変のようだ。

 23時、近くのカプセルホテルに宿泊。

|

« 講演会、チャンドラ・ボースの遺骨 | トップページ | 広島・原爆慰霊碑とパール判事 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/114726/8348782

この記事へのトラックバック一覧です: 頭山満生誕150年祭:

» JAPAN!官僚万歳大国 [やんちゃなおやじ!]
官僚  ちょっと見た〜聞いた〜怒った〜〜 『05年4月時点で、3987団体、2万2093人に上る。これらの団体への補助金は年間約5兆5400億円(05年度)で、文部科学省の場合、省の定員を上回る天下り・出向者がいた。政府は02年から課長級以上の単年度の新規の天下りは公表しているが、外郭団体への天下りの全体像が判明したのは初めてで、公表制度の限界も示した形だ。』(とある新聞のパクリ)ですって・・�... [続きを読む]

受信: 2006年2月16日 (木) 11時52分

» これが本当に元ト─ダイ総長!/なぜ伝えない「女帝・女系」批判世論 [悪の教典楽天市場店]
 今日は旧暦一月二十一日、初大師。睦月、魚氷をいずる。 本日は「正論」平成十八年二月号、中村粲 元濁協大学教授・昭和史研究所代表の「NHKウォッチング」より「これが本当に元ト─ダイ総長!/なぜ伝えない『女帝・女系』批判世論」をご紹介する。 東大が左翼の...... [続きを読む]

受信: 2006年2月19日 (日) 14時33分

« 講演会、チャンドラ・ボースの遺骨 | トップページ | 広島・原爆慰霊碑とパール判事 »