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2006年3月31日 (金)

インドとサンフランシスコ講和条約

 2時就寝。7時起床。柏崎トルコ文化村関係の問い合わせや激励、そしてご批判のメールへの返事やブログの整理などを行う。

_1_3  朝食をとる間もなく、午前中に2組の来客。良い意味でも悪い意味でも、「世界最大の原子力発電所基地」となっている柏崎市なのに、この4月から市役所内の担当課のなかから「原子力」の文字が消えることに対し、いまの市議会はどうなっているのか、というご意見であった。現在の市議会の勢力は反原子力であり、その点のお話をし、力不足をお詫び申し上げた。
 そもそも原子力立地自治体として、柏崎市はこれまで牽引役となってきた。市長は、そのことを否定するかのように、組織改正するのである。たかが名前、という人がいるかも知れないが、賛成も反対も含め、「原子力」に真剣に向き合ってきた柏崎の歴史やプライドがあるはずである。「原子力」は柏崎市にとっての「武器」であり、今回のことはむざむざ強みでもあった「武器」を捨てることになろう。

F1000001  12時、妹がケンタッキーの「ツイスター 388円」を買ってきたので、1本もらう。どうも愚妹は、これが好きなようである。私も小麦粉のトルティーヤとチリビーンズ、チェダーチーズなどで作るブリトーは大好物であり、アメリカ(タコベルで)やメキシコに行くと食べまくり、必ず太って帰ってくる。

 13時、仕事関係で市外からの来客。15時、政治関係での市外からの来客。16時過ぎ、18時近くの来客はともに柏崎トルコ文化村関係であった。遠回しではあったが、もしかすると、柏崎トルコ文化村に関して、私が利権構造のなかにいるのではないか、つまり今回の件で騒げば金銭の授受などがあるのではないか、との問いかけがあった。トンデモないデマゴギーであり、勘ぐりである。どこをどう切ってもらっても、私に金銭などが入るような利権構造などはない。

Dsc01357 21時、ほうれん草の胡麻よごしと玉葱を多めに入れたシャキシャキ手作りハンバーグで夕食。居間にあるプラズマテレビが故障してしまい、静かな環境のなか、ビールを飲みながら、モクモクと食べる。いつも、テレビや本などを身ながら情報を頭に入れつつ食べることが多く、静かな環境のなかで食べるのは久しぶり。

 『月刊 日本』『Will』『論座』などを読みながら、長風呂に入る。

India インド訪問まであと2週間となった。
 日本とインドとの誇るべき歴史として、これまでタゴールと岡倉天心ビハリ・ボースチャンドラ・ボース象のインディラなどを書いてきたが、まだINA(インド国民軍)と日本軍のインド独立をかけた戦いであったインパール作戦、そしてパール判事が東京裁判でくだした「日本無罪論」をはじめ、まだ書き足りていない。
 そんななか先日、トルコ共和国の宣戦布告について、自分の資料不足もあって、あらためて公文書図書館の資料を見る機会があり、ついでにインドと日本との戦後処理についても再確認の意味で調べてみた。
 インドは、サンフランシスコ講和条約への署名を拒否。それは日本を対等な独立国として扱っていないという抗議の拒否であった。1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ講和条約が発効となる直前、インドは日本との戦争状態終結を宣言し、両国の連絡事務所は大使館、領事館に昇格した。
 そして、1952年(昭和27年)6月9日には、日印平和条約が締結。条約の主立った内容は、サンフランシスコ講和条約と同じようなものであったが、より日本に対し友好的であった。

 1.賠償請求権 占領費取立権などを放棄。
 2.条約の適用、解釈
   両国間で問題が起こった場合の最終的解決を
   国際司法裁判所への付託ではなく、仲裁にした。
 3.友好の表現
   サンフランシスコ講和条約には「和解と信頼」と
   だけあったが、日印平和条約には
   「堅固なかつ永久の平和および友好関係」
   強力な友好関係が強調されている。

flag

 これだけではない。まだ日本が占領下にあった1951年(昭和26年)、インドのニュー・デリーで開催された「第一回アジア競技大会」へ、日本が一国として参加するようインドは便宜を図ってくれ、ニュー・デリーの空高く日の丸の旗を掲げることができた。
 これらのことは、イデオロギーは別として、一緒にインドに行く地方議員の仲間にも是非、知ってほしいことと思っている。
 さらには、昭和64年1月、昭和天皇が崩御された際、インド政府は日本国民より長く、三日間の喪に服して、哀悼の意を示したという。

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