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2006年5月20日 (土)

「大東亜戦争」と「太平洋戦争」

 1時起床。引き続き、郵便物やFAXの整理、ブログの書き込み。途中、納豆ご飯などかっこみながら、9時まで続ける。

 9時から弔問。11時に自宅に戻り、チーズパンをかじりながら、15時までブログへの書き込み。

F1000001_13 所用で長岡へ。22時に自宅に戻り、3割引で買った刺身セットと母が作った筍ご飯、そして久々の自作料理・卵ばくだん煮で夕食。
 油揚げに卵を入れ、醤油、みりん、砂糖、酒で甘辛く煮るだけの料理であるが、油揚げを噛みしめたときのジュワーに続く、卵の淡白な味わいが良い。本当は干瓢で袋をとじればいいのだが、ちょっと手抜きをして爪楊枝で袋をとじる。
 食後、来週の予定や選挙関係での電話が相次ぐ。

Sensen  今回の「満州柏崎村開拓団慰霊の旅」のみならず、色々な場面で「大東亜戦争(Greater East Asian War)」の呼称について、話題になる。戦後の世代は、ほぼ「太平洋戦争(Pacific War)」である。
 いつも「三井田君、大東亜戦争なんて呼び方は古いよ」「軍国主義につながる」といったご批判をうける。
 しかし、「太平洋戦争(Pacific War)」は、世界史の上で二つの戦争を意味するのである。

 一つは、1879年(明治12年)から1883年(明治16年)の5年間にわたり、太平洋沿岸の硝石採掘権を、チリとボリビア、ペルー連合軍が争った「太平洋戦争(Pacific War:Guerra del Pacifico)」である。

 もう一つが、1941年(昭和16年)12月8日にはじまり、1945年(昭和20年)9月2日で終結するアメリカ側から見た対日戦争の「太平洋戦争(Pacific War)」である。
 本来であれば、アメリカも「第2次太平洋戦争」などと区分けすれば良かったのであろう。

 では、アリューシャン列島からマダガスカルまで地球のほぼ半分の地域で日本が行った戦争といえば、「大東亜戦争(Greater East Asian War)」と呼ぶしかないのである。
 日本で「大東亜戦争」の呼称が禁止となった期間は、アメリカの占領下であった昭和20年から昭和27年。その間には、「神道指令」(昭和20年12月15日)もあり、日本の国是であった「八紘一宇」(『八紘』は四方と四隅で世界、『宇』は家を意味する。人類皆兄弟。THE WHOLE WORLD,UNDER ONE ROOF)などの言葉やラジオ体操、武道が禁止された。
 その他、言論、出版に関するGHQの規制や圧力は以下のようなものであった。

Ra1.新聞・ラジオへの検閲指令
  (昭和20年9月10日)
2.通信社、新聞社への発行停止処分
  (昭和20年9月14日~19日)
3.「太平洋戦争史」(GHQ指導)新聞連載
  (昭和20年12月8日~17日)
 と出版(昭和21年4月5日)
4.「真相はかうだ」(GHQ指導)ラジオ放送
  
(昭和20年12月9日から10週間)と出版(昭和21年8月)
*写真をご覧頂ければ分かるが、聯(連)合国最高司令部民間情報教育局編とある。
5.CCD(民間検閲支援隊)を全国4箇所に設置

 日本人に大東亜戦争の罪悪感を植えつける「WGIP(War Gilt Information Program)」を基本方針に、GHQによる日本人の精神的武装解除が行われた。
 現に今でも、「日本は無条件降伏した」と教え、そしてそう思っている人も多く、ポツダム宣言による「有条件降伏」であったことがあまり理解されていない。日本軍、戦闘については「無条件降伏」であった。
 日本が昭和27年に独立主権を回復したこと、そして「日本の自存自衛」「アジアの解放」を信じ、多くの尊い命を失った戦争でもあり、その実態を伝えるためにも「大東亜戦争(Greater East Asian War)」の呼称を使うべきと思っている。

*GHQによる占領政策
3R
 復讐(Revenge)、改組(Reform)、
 日本の組織組み替え復活(Revive)
5D
 武装解除(Disarmament)
 軍国主義の排除(Demilitalization)
 工業生産力の破壊(Disindustrialization)
 中心勢力の解体(Decentralization)
   財閥解体、警察も国家警察も地方警察とに分解する。
 民主化(Democratization)
   日本の歴史的・民族的な思想や教育を排除
3S
 セックスの解放、スクリーン、精力をスポーツに転ずる

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コメント

 大東亜戦争か太平洋戦争か。確かに戦時中の呼称
は大東亜戦争でした。
 ただ太平洋戦争という言葉は自虐史観でも何でも
なく、そもそもは海軍が提唱してきた言葉でした。
 太平洋方面での米軍機動部隊との対決が最も
重大でるとの認識からです。海軍の認識は正しく
結局、太平洋方面での米軍との対決に敗れたことが
日本の敗戦を決定づけました。

 あの戦争においては、太平洋方面での戦闘が
大部分を占めていることは周知の事実ですし、
海軍の主張こそが正しかったという思いもあり
ますので
自分的には、太平洋戦争という言葉の方がしっくり
くるのですが、いかがでしょうか。

 

 名無しさん、コメントありがとうございます。
 おっしゃる通りにアメリカとの戦闘は大きな部分であり、当時の日本海軍は「太平洋戦争」の名称を提案したと言われております。個人的には、ミッドウェー海戦が分岐点であり、落としどころではなかったかとも思います。
 しかしながら、「大東亜戦争」は日本が閣議決定した戦争名称ですので、それを他国の指示(しかも占領期間中)で変えることに違和感がございますし、戦時中、「太平洋戦争」だと思って戦った方はいないはずです。また、「太平洋戦争」とし、アジアの文字を消すことによって、「アジアの開放」という戦争目的が薄らいでしまう点があると思います。

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