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2006年5月 7日 (日)

木村茶道美術館とトルコ、公文書紛失事件

F1000006_t 5時起床。朝早く目覚めたので、昨日、購入した鯛のあらを塩焼きにし、それで鯛めしを作る。ご飯が炊き上がったところで、中落ちなどはほぐし、ご飯に混ぜる。頭は大好物なので一品料理として食べる。

 ここ数週間で読まなければならない本が多くでてきたので、午前中は読書。11時過ぎ、ここ数日、泊まってもらった母方の祖母を上越市まで車で送る。
F1000007_t 祖母と一緒に外にでることも少ないので、「小町うどん」でうどんを食べたり、ペットショップで子犬や子猫などを見たりする。
 上越市は2014年に北陸新幹線が通ることもさることながら、多くのお店が出店し、賑わいをみせている。道州制の議論のなかで、新潟県から分離独立し、信州と一緒になってもやっていける、と話す人の気持ちも分かる。

Dsc01734 14時、祖母を上越の家に送り届け、自宅への帰り道、木村茶道美術館(0257-23-8061)に行き、関連の資料を頂いてきた。木村茶道美術館は全国でも珍しい茶道専門の美術館であり、柏崎市の武器である。高価な茶器を見るだけではなく、その茶器を使ってお茶を頂くことができる。
 なぜ、木村茶道美術館の資料がほしかったのかといえば、宗へん流との関係があるかどうか知りたかったのである。北条生まれ、木村茶道美術館の創始者・木村重義翁は、江戸千家流。残念ながら、宗へん流との関係はなかった。
 宗へん流八代目の宗家は、明治時代にトルコ(当時オスマン帝国)に渡り、トルコ共和国の国父・ケマル・アタチュルクに日本語と日本精神論を士官学校で教えた、山田寅次郎、その人である。
 今後も調査し、茶道とトルコという意外な接点の歴史を掘り起こしできればと思っている。

 17時から某所で懇親会。懇親会の最中にも、柏崎トルコ文化村についての話題がでてきた。

 「たまたま、題材になってんのが、
  経営的に苦しかった柏崎トルコ文化村なだけで、
  手紙が2回連続こねーなんてないんじゃない」

という意見があった。もちろん、その点だけをとってみても不思議なのである。営業の手紙などと違い、相手は一国の大使である。「届かなかったみたいですー」で終わりにする問題ではない。当初は、「ただの書簡である」と盛んに市当局から説明があったが、公的な業務内で取得した書簡であれば、公文書扱いである。
 同じケースではないが、今後、どういったレベルの文書まで公開するのか、公文書扱いとするのかなどを含めて、『自治日報』で「公文書紛失事件と情報管理」というテーマでの記事があったので、以下にご紹介する。


平成18年2月21日『自治日報』

 <自治> 公文書紛失事件と情報管理
              公認会計士 廣田達人

 平成14年3月、環境省が「存在しない」と答えていた水俣病認定検討会文書が、内閣府の情報公開審査会の調査によって発見され、後れて開示するという文書紛失事件があった。この事件は、国や自治体に情報公開制度が普及し、また、行政情報化が推進される中、役所の情報管理のあり方について重要な示唆を与えている。同様の問題は、国や自治体の大半の機関において潜在していると思われることから、若干の事例検証を試みたい。
 問題となった文書は、昭和50年に当時の環境庁が設置した同検討会の会議資料であるが、平成13年、新聞記者が情報公開法に基づいて開示請求したのに対し、環境省は、その存在を確認することができず、不存在を理由に不開示としたものである。請求人は異議を申立て、同省が審査会に諮問、審査会の事務局職員が実地に書庫等に出向いたところ、該当文書が発見され、不開示取消しの審査会答申に基づいて同省がお詫びの釈明をしたうえで事後開示したものである。
 まず問題となるのが当該文書情報の性質である。同検討会は会合を重ね、52年、その成果は、「後天性水俣病の判断条件」 (環境保健部長通知)となって関係各部に知らされた。水俣病認定基準の変更・具体化という事案の性質から、行政運営上重要な情報であることば明らかであるが、さらには、水俣訴訟に関係して、平成10年には、大阪高裁の調査嘱託に対する回答の際に参照された情報でもある。
 しかしながら、同検討会の会議資料は、同等では「担当者メモ」と位置付けられ、当時の文書管理規程がいう管理すべき「文書」には該当しないと考えられ、また、執務室の移動や法施行準備などの際に廃棄されたという。しかし、審査会は、現行の水俣病認定の判断基準の検討経緯を示す文書であり、法がいう組織共用文書(法二条)に当る重要文書であるから、「文書管理上の問題があった」とした。
 今日の情報公開は、従来の決裁供覧済文事ではなく、組織共用文書を対象とする例が多い(法や多くの条例)。今回の答申によって、それは、文書の形式や管理実態ではなく、その利用状況に照らして判断されるようになりそうである。すなわち、組織共用文書とは、組織の意思決定や事務の執行に際して参照されうる情報であるともいえる。もっとも、情報公開にかかわらず、行政運営上もそうした考え方に基づく情報管理は必須である。特に人事異動が不可避の役所においては、組織的かつ継続的に適正な行政を確保するためのインフラだからである。情報公開という意外なかたちで、役所の情報管理の課題が浮き彫りとなったといえよう。
 次に文書の分類やタイトルである。書庫から発見された文書は、「水俣病に係る打合せ会議(一)」と題されたファイルであった。このファイルは、同省が「行政文書ファイル管理簿」(情報公開目録)を検索した際にはヒットしなかったものである。おそらくは管理簿に登載されていなかったか、若しくは、単に「打合せ会議」というタイトルから、同検討会の会議資料であることが判別しなかったのかもしれない。今回の事件が示唆するのは、文書の分類やタイトルは、四半世紀後の後任職員が活用することも想定した客観的なものでなければならないということである(事務執行はもちろん、情報公開や争訟での活用に備えて)。文書を作成した担当者の主観的なあいまいなタイトルでは、事後の検索に耐えない。四半世紀後の後任担当者が検索できる分類やタイトルを考え抜く必要があろう。
 最後に、自治体職員であれ、私企業の社員であれ、読者の皆さんも身の周辺を見ていただきたい。「個人的メモ」と決め付けた組織共用文書を机上で平積みにし、引き出しの中や足元にそれを抱え込み、情報の組織的管理を怠ってはいないか。貴重な情報の組織的活用、組織的蓄積を停止させてはいないか。今回の事件は、一官庁の問題ではなく、社会で活躍する組織人一般に対する警鐘なのである。

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