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2006年6月 3日 (土)

閻魔堂、稲田議員、高鳥議員

 2時過ぎ、自宅に戻り、就寝。7時、起床。大粒納豆とオクラでご飯をかっ込み、7時30分に相談があった某町内の現場へ。1時間ほど相談を受ける。

Dsc02281 9時45分から柏崎青年会議所の「まちしるべ事業」、最終年度の建立式で自宅近くの「閻魔堂」へ。
 「まちしるべ事業」は、1998年の柏崎青年会議所40周年事業として、柏崎青年会議所のなかでも賛否両論があったそうであるが、とにかくスタートし、今年で計50基を柏崎市内に設置してきた。
 柏崎の宝とも呼べる歴史を伝えたい場所を選んできただけに、今後これをどう生かすかによって、柏崎市全体を歴史ミュージアムにできるか否かがかかっていると思われる。
Dsc02283 今回改めて閻魔堂周辺の石碑などを見て気付いたのが、支那事変の戦没者慰霊碑、日清・日露戦争慰霊の像などがあることだ。
 小さい頃から何の気なしに見ていたものの、歴史を知った上で、文字を読むと閻魔堂は地元から戦地に行った方々の慰霊の場所でもあったことが再認識できた。
 支那事変戦没者慰霊石碑には、皇紀2600年とあるので、昭和15年に設置されたことが分かる。

Dsc02284 日清・日露戦争慰霊の像は、明治26年に建立されたとの記載があり、戦没者の名前が刻まれている。自分の祖先の名前があるか否かを調べる人が昔は多くいたそうであるが、現在はあまりいないという。日露戦争でも既に100年を経過しているので、それも無理はない。

 閻魔堂のお堂は、何回も火災などにあっており、現在のお堂は土蔵造りで明治29年、四代目篠田宗吉によって建立されたもの。毎年6月14日~16日に行われる「えんま市」もあり、多くの人が閻魔堂を訪れる。今回設置した「まちしるべ」は「えんま市」の由来が記載してあり、今年の「えんま市」から多くの人の目に触れる。

Dsc02285

 12時、新潟市に移動。途中、「ブリトー・ウインナー」をパン屋さんで購入し、低脂肪乳とともに昼食にする。小麦粉のトルティーヤでチーズ、ウインナーを包んだもので、できればここにビリッと効いたチリソースがほしいところであった。やはり、タコベルが近くにほしい。

Dsc02288 14時30分から、県民会館小ホールで、稲田朋美衆議院議員の講演「皇室典範改正議論は一切不要でございます」に出席する。
 昨年の8月15日、靖國神社で出馬の要請を受けてから、決断。福井では、

 「私は落下傘候補ではなく、
      福井のおっかさんです」

の名言で小選挙区に勝ち、保守本流の活動をされている。稲田議員の皇室典範に関する考えにはまったく同じである。


平成18年1月7日『産経新聞』

正論:「男系維持の伝統」は圧倒的に美しい

   衆議院議員・弁護士 稲田朋美

天皇の存在は不文の憲法

 私が弁護士になったときに「空」という言葉を
哲学者の伯父が贈ってくれた。「空」とは既成の
固定概念にとらわれず、自由な魂で物事の本質
を見ることだ。
 新人議員になって、小泉純一郎総理、武部勤幹事長
からも同じことをいわれた。「既成の固定概念に
とらわれるな」 「物事の本質をみよ」と。
 さて、2650年以上も続く万世一系の天皇の
存在は、日本民族の中心であり、天皇は常に国民
とともにあられた。したがって憲法一条の象徴天皇
を憲法改正の対象とすることば許されない。
 その意味において、自民党憲法草案の「象徴天皇制
はこれを維持する」という表現は維持しないという
選択が可能であるかのようであり、適切ではない。
 日本国の憲法である以上、国民統合の象徴として
の天皇の存在(二千六百五十年以上も続くこの国の
形である)は、成文憲法以前の不文の憲法として
確立しており、これを改正することは革命でも
起こさない限りできないのである。
 昨年11月、皇室典範の改正について「皇室典範
に関する有識者会議」の最終報告書が発表され、
マスコミなどで熱い議論がなされている。
 わが自民党新人議員の集まりである83会も、
女帝、女系天皇容認の高森明勅氏と、男系男子堅持
の八木秀次氏を講師に招いて勉強会を開催した。

先人の苦労を無にするな

 女性議員の多くは、時代の趨勢(すうせい)と
いう観点から高森説を支持し、男性議員の多くは
伝統の尊重という観点から八木説を支持していた。
 皇位の継承の本質が何かは男女の平等や、
今はやりの「ジェンダー」論争とは何の関係も
ない。皇位の継承は、現行憲法や旧皇室典範が
制定される2500年以上も前から厳然として
存在した。これを伝統といわずして何を伝統という
のか。そしてその伝統の中心は男系の維持にあった。
 平成19年は、私の選挙区である福井にゆかりの
ある26代継体天皇が即位されて1500年目に
あたる。継体天皇は、25代武烈天皇とは十親等
の隔たりはあるが、15代応神天皇を共通の祖先と
する(実に200年以上さかのぼる)皇位継承者
として即位された。
 このような例は49代光仁天皇、102代後花園
天皇、109代光格天皇の即位にもあり、いかに
先人が苦労して男系維持の伝統を守ってきた
かがわかる。
 数学者の藤原正彦氏は、数学者にとって最も
重要な素質は美しいものを美しいと感じる情緒
であり、A→B→Cと論証する過程における最初の
Aは理屈ではなく、論理を超えた仮説であり、それ
を瞬時に見抜くのは情緒であるとおっしゃっている。
 皇位の継承における最初のAは、2650年以上
も厳然と続いてきた男系維持の伝統(父をたどれば
神武天皇になる)である。私はこの理屈を超えた
系譜を圧倒的に美しいと感じている一人であり、
日本人とはこれを美しいと感じる民族なのである。
 この圧倒的に美しい伝統を守るためにどうすべきか。
 皇室典範を改正する必要はない。法は成文化された
ものだけが法ではない。皇位の継承についていえば
成文化されたのは、たかだか116年にすぎない。

考慮すべきは二条の類推

 それ以前の2500年の不文の法(伝統)を明文化
したのが旧皇室典範一条、現皇室典範一条の
「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承
する」である。男系維持は一つの例外なく継承され、
歴代の女帝もすべて男系の女帝であられた。
 この一条の原則さえ堅持すれば、2650年の法を
守ることになる。
 第二条以下で定められた「皇族」の要件は、たかだか
60年の法にすぎず、第一条とはまったく重みが違う。
したがって、仮に数十年後に皇室典範上の「皇族」の
なかに皇位継承者がいないという事態が生じた場合、
二条の「皇族」を「皇族」以外の「皇統」に属する方
に当てはめる(類推する)ことにすればよい。
 これにより、第一条の皇統に属する男系男子が皇位
を継承することができ、そうすることが万世一系の
皇位の永続をになう皇室典範という法の趣旨にも
合致する。
 要は何が本質かということである。本質さえ見誤らな
ければ、皇室典範を改正しなければ皇位継承者がいなく
なるなどという誤った固定概念にとらわれることはない。


Dsc02289 講演会終了後、参加された方数名との談笑ののち、愛車にて、上越市まで移動。途中、電話が何回か入り、PAに止まったため、1時間30分以上も移動に時間がかかった。
 運転中、ふと日本海側を見ると沈みゆく夕陽が美しく、ついわき見運転になってしまった。

Dsc02291 18時から上越市、ホテルセンチュリーイカヤでの高鳥修一衆議院議員を励ます会に出席。ゲスト講師は、山本一太参議院議員。新潟市から移動してきた稲田朋美衆議院議員も代表スピーチをし、新潟県出身の水落敏栄参議院議員がスピーチ。
 多くの支持者が集まり、上越の知人にも多くお会いした。

 22時、自宅に戻る。   

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