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2006年11月20日 (月)

長岡への原爆投下と柏崎への空襲

 1時過ぎに自宅に戻り、シャワーを浴びてから就寝。6時、起床。各種のプレゼンテーションの最終確認など。8時過ぎから打ち合わせ2件。11時過ぎ、コンビニの納豆巻き、山崎パンの「まるごとソーセージ」でブランチ。「まるごとソーセージ」は学生時代からのお約束の味。
 午後からも仕事関係で1件、政治関係で1件の打ち合わせ。その後、病院へお見舞い。

Dsc04149 20時、スーパーの安売りで買った鯛のあらを塩焼きにし、割引になっていた鮨、納豆汁で夕食。鯛は養殖ではなく、天然もののあらだったので、脂のノリよりも身のしまり具合が美味であった。安上がりな夕食である。

 「長岡に原爆が落とされたんだよ」

と言っても信じてくれる人はあまりいないであろう。「長崎」の間違いじゃないの、という声もあろう。しかし、原爆といっても模擬弾ではあるが、実際に投下されたのである。
 昭和20年7月20日朝、アメリカ陸軍第509航空軍によって、模擬原子爆弾「パンプキン」が投下された。実際には、厚い雲に妨げられ、工業地帯に投下し、大惨劇にするという目的を達することができなかったが、4名の尊い命が奪われ、重軽傷者5名。
 同年7月26日、再度、飛来したものの、またも厚い雲に妨げられ、現在の阿賀町である鹿瀬町、そして我が柏崎市を爆撃し、帰還した
 下手をすると長岡に原爆が投下されるばかりか、場合によっては柏崎に落とされた可能性すらある。
Dsc04210  模擬原子爆弾が投下されたのは、現在の長岡市役所裏通りの左近町付近。
 平成17年7月20日、長岡市民の芳志により、「模擬原子爆弾投下地点の碑」が建立されている。

<パンプキンの投下>
 米軍第509混成群団は、1945(昭和20)年7月20日から8月14日にかけて、東京、富山、長岡(新潟県)、敦賀(福井県)、福島、島田(静岡県)、焼津(静岡県)、浜松(静岡県)、名古屋、春日井(愛知県)、豊田(愛知県)、大垣(岐阜県)、四日市(三重県)、大阪、和歌山、宇部(山口県)、新居浜(愛媛県)など44目標に模擬原爆49発を投下した。

Dsc04147 写真(クリックすると大きくなります)は、昭和20年7月から米軍が飛行機より投下した、空襲予告の伝単(ビラ)。伝単は、戦時において相手国の市民又は兵士の戦闘意欲を喪失させる目的でばら撒く。この伝単には、しっかりと「長岡」の文字がはっきりと書かれている。
Dsc04148 そして、同年8月1日、満月の夜、22時29分、空襲警報とともに焼夷弾による民間人(非戦闘員)への絨毯爆撃が始まった。1時間40分の攻撃で1400余名の犠牲者を出した。無差別大量殺人以外の何者でもない。
*写真は、翌2日、長生橋から見た市街地。『激動の長岡』長岡市立科学博物館より

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