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2006年11月 4日 (土)

市長が観光資源?クリント・イーストウッド

Dsc03986 車のなかで仮眠。ゆるゆると目覚めたところで、関越自動車道経由で自宅に戻る。郵便物が大量に届いており、整理に時間がかかるため、昼食を作れず、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューつけめん」でブランチ。
 午後から、市内での各種イベントを見て回る。

 15時から某氏と待ち合わせ、市政に関するご意見を拝聴する。最近の地元新聞を見ての率直な意見として、

 「市長は市内の企業まわりを積極的にして、
   選挙活動をしているが、議会は注意しないのか」

とのことであった。ごもっともである。
 市長は、行政のトップであり、柏崎市の営業マンである。企業誘致をはじめ、あらゆる要望事項など、助役や部長などが出向くのと、市長が出向くのでは話がまったく違う。
 市役所のなかの仕事は市長でなくとも、助役や収入役でも代役が効くが、外部への強い意志の表明は市長にしかできない。
 市役所のなかで市民の意見を聞くことも、市内企業の実態を見るのも大切であろう。まったくやらなくても良いということではない。しかし、いまの柏崎市のポジションを考えれば、自ずと優先順位が決まってくるはずである。

Dsc03988 一昨日、醤油に漬け込んだイクラがちょうどよく漬かってきた。ブチッという破裂が口中で楽しい。
 18時から、前回選挙を手伝ってくれた仲間と事務所で懇親会。
 飲んでいる最中、何本が電話があり、次々と来春の市議選に新人の出馬表明があるがお前はどうするんだ、とのこと。「三井田は市議選にでない」との話を聞いたが、という電話もあった。色々な動きをする人がいるものである。

Dsc04000 選挙といえば、大東亜戦争最大の激戦といわれた硫黄島の攻防を、アメリカの視点で描いた映画『父親たちの星条旗』(Flags of Our Fathers)と日本の視点で描いた映画『硫黄島からの手紙』(Letters from Iwo Jima)を監督したクリント・イーストウッドがカリフォルニア州カーメル市長選挙に出馬したのが1986年。見事当選し、2年間、市長職を務めた。
 保守派のクリント・イーストウッドが市長になったときには、賛否両論あり、現在もその評価は一定していないものの、多大な寄付をはじめ、とにかく「花を飾ること」にこだわるまちづくりなど、功績は大きい。
 個人的に一番の功績だと思うのは、市長が観光資源になるという事例を作ったことだ。写真は、カーメル市民が当時つけていたバッチであり、市長を市民が誇っていたというのは面白い。もっとも、市長は市民が選んだリーダーであるから、当然といえば当然であるが、なかなかできることではない。
*写真は、萩原茂裕著『第四の教育(上)』p57より

 亡父も『ローハイド』以来のクリント・イーストウッドのファンであり、その影響もあるが、『ルパン三世』でのルパンの声を演じた山田康雄が常にクリント・イーストウッドの吹き替えをやっていたこともあって、私も大ファンである。
 山田康雄が吹き替えをした『ダーティ・ハリー』シリーズをはじめ、山田康雄による日本語吹き替え版のDVDを是非、作ってもらいたい。それは『モンティ・パイソン』しかり。いまでは一部の作品でしか見ることはできないが、『モンティ・パイソン』での山田康雄をはじめ、「銭形のとっつあん」納谷悟郎、飯塚昭三、青野武、古川登志夫、松金よね子、そして「ちょん、ちょん」広川太一郎などの吹き替えは絶品であった・・・・とかなんとか言っちゃったりしちゃったりして。

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