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2006年12月16日 (土)

同和本を購入しろ?
台湾との交流開始 いまこそ本間雅晴中将を!

Img_0013 かなり飲んだので、2時過ぎに「ホテルルートイン 長岡駅前」にチェックイン。寝る前に歯を磨こうと歯ブラシをもったものの、そのまま寝てしまった。
 8時に起床、9時に朝食ビュッフェでご飯2杯の朝食。

 10時までには旧巻町に行き、拉致解決の日米同時集会に出席したかったものの、事務所に来客とのことで、柏崎まで戻る。
 午前中は来客の対応、そのうち「同和問題の理解がないようなので、4万9800円の本を買え」との内容の電話が入った。ほうほう、そう来ますか、と応戦する。
Img_0014 13時過ぎになり、やっと時間があいたので、コンビニで買った「和風あさりと山菜のスパゲティ」とカップの納豆汁で昼食。
 食後、某所で政治関係の打ち合わせで、なんと18時までかかった。本来の予定であれば、現職の自民党県議の後援会総会に出席予定であったが、どうしても政治的理由から欠席させてもらった。

Img_0016 20時から事務所にて、酒を飲みながらの懇談。手作り餃子をもらったので、片栗粉を溶いた水で蒸し焼きにし、パリパリ餃子を作る。
 酔ってきたスタッフNが、前回選挙の際にスタッフの曲?とした『宇宙海賊キャプテンハーロック』のエンディングテーマである『われらの旅立ち』(保富康作詞/平尾昌晃作曲 横山菁児編曲/歌:水木一郎)を歌っていた。この名曲は忘れがたい。

 君が気に入ったなら この船に乗れ
 いつかなくした夢が ここにだけ生きてる
 どこへ行ったのか かわいい野の花は
 どこへ行ったのか やさしい魂は
 君が生きるためなら この船に乗れ
 いつかなくした夢が ここにだけ生きてる

Ka 柏崎市内の新潟産大附属高校が台湾の高校との本格的な交流をはじめたとの報道があった。
 新潟県と台湾も秘話が多い。
 現在でも台湾で歌われ、靖國神社に台湾の元軍人の方が参拝にこられると必ず歌う、「台湾軍の歌」を作ったのは、わが新潟県の佐渡出身、本間雅晴中将である。
Honnnmamasaharu 2003年11月19日に亡くなった台湾先住民・タイヤル族の女性長老リムイ・アベオ(周麗梅)さんの義兄であるターナ・タイモ氏は元・高砂義勇兵であった。高砂義勇兵を指揮した本間雅晴中将との絆は深く、フィリピン戦線で大活躍し、密林の戦闘では最強と言われた。
 日本が大東亜戦争に敗れ、アメリカの不当な軍事裁判によって、昭和21年4月3日午前0時53分、ちょうど4年前に本間中将より米軍への総攻撃の命令が下された同じ月日、同じ時刻にあわせて、本間中将は処刑された。

*この裁判の際にも奥様の証言など感動的な物語があり、さらには、この証言に感動したマッカーサーが支援を申し出るも、奥様はその一切を断り、戦勝国に大和撫子の魂を見せつけた。

 このことを知ったリムイ・アベオさんは、1992年、多額の借金をし、本間中将が一緒に戦い密林に散っていった高砂義勇兵のことを想った歌を「台湾高砂義勇隊戦没英霊記念碑」として、故郷・烏来(ウーライ)に建立した。
 歌碑のまわりには、いまも台湾の青天白日旗と日本の日章旗がはためいている。

 『かくありて許さるべきや
    密林のかなたに消えし
          戦友をおもえば』

 『硫黄島からの手紙』硫黄島で戦った栗林忠道中将が取り上げられることが多くなったが、新潟県人であり、台湾、そしてフィリピンで感動を残した本間雅晴中将を歴史から掘り起こしていきたいものである。
 佐渡と柏崎も無縁ではない。


「台湾軍の歌」

 太平洋の空遠く 輝く南十字星
 黒汐しぶく椰子の島 荒波吼ゆる赤道を
 にらみて起てる南の 護は吾等台湾軍
 嗚呼厳として台湾軍

 胡寧の戦、武漢戦 海南島に南寧に
 弾雨の中を幾山河 無双の勇と謳われし
 精鋭名ある南の 護は吾等台湾軍
 嗚呼厳として台湾軍

 歴史は薫る五十年 島の鎮と畏くも
 神去りましし大宮の 名残りを受けて蓬莱に
 勲を立てし南の 護は吾等台湾軍
 嗚呼厳として台湾軍


平成18年12月11日『柏崎日報』

産附 台湾の高校と交流促進へ
 修学旅行で協定結ぶ

 産大附属高校(五十嵐夷広校長)の二年生がこのほど、
修学旅行で台湾を訪ね、二年前から訪問している台北市
の私立高と交流協力の協定を結んだ。
 台湾旅行は4回目。3泊4日で名所見学などを楽しみ、
現地大学生のガイドで班別行動も行った。メーン行事と
して、04年から交流している泰北高級中学校を訪ね、
124人全員で「柏崎おけさ」「柏崎甚句」を踊った。
交流委員の生徒は事前に比角コミュニティセンターの
関係者から指導を受け、クラスの仲間と練習を積んだ。
相手校はギター演奏に合わせ合唱を披露した。
 協定は生徒の相互理解などを目指し、交流促進、情報
交換をうたう。附属の担当教諭は「交流会では班ごとに
片言の日本語、中国語を交えて会話をし、写真を撮り
合ったりしていた。互いの文化を知る良い機会だった」
と話した。

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