2007年日印友好年と柏崎
「世界に開かれた柏崎」へ
3時就寝。5時過ぎ、祖母に起こされる。またも電話がトイレで鳴っているとのことで、説明し、なだめるのに時間がかかる。
7時から9時まで仮眠をしたのち、市内まわり。
13時過ぎ、自宅に一回戻り、昨日の鯛のあらの潮汁、大粒納豆とかつお昆布を混ぜた納豆ご飯でブランチ。
15時から18時まで、某所で鉄道活性化に関する先進事例を某氏に色々と教わる。DMV本体の総費用がだいたい1700万円ほどで、本体を作るまでもなく、現物を北海道から借りてきて実験走行をやった自治体もあるので、さらに詳細を自分で調査し、取り組みたいと思う。
18時30分から柏崎ベルナールで諏訪町2丁目の新年会に来賓で出席。ちょうど今朝、新聞に記事が掲載された「めだか水族館」のことや中央地区の活性化を入れた挨拶をさせてもらう。
小さい頃から知っている方もおり、懐かしい話や小さい頃のお恥ずかしい話で赤面することも多かった。
諏訪町界隈は、いつも祖父に連れられてウロウロするところで、その後は必ず東柏崎駅から電車に乗って柏崎駅まで行くのが常であった。当然、祖父は電車に乗った途端にワンカップを開けていた。今思えば、孫をダシに酒が飲みたかっただけということも・・・・。
カラオケでは『夢芝居』、『異国の丘』を歌う。
新年会は萬歳三唱ののち、2次会へと進んでいった。
今年2007年は、インドと日本との日印友好年であり、日印観光交流年でもある。
日本国内の自治体でインドと姉妹都市・友好都市になっているのは、
・神奈川県横浜市とマハラシュトラ州ムンバイ市
・岡山県とマハラシュトラ州プーネ市、同州ピンプリチンチワッド市
・広島県三次市とアンデラ・プラデシュ州ハイデラバード市
のみで、日中間に比べ日印間は78分の1である。
安倍首相、麻生外相をはじめ、インドとのつながりをもっと深めていこうという政治の流れがあるなか、インドとの姉妹都市・友好都市はたったこれだけなのである。
昨年の12月14日、衆議院でインドのマンモハン・シン首相が以下のような演説を行った。
(議員、首相への挨拶、日本の国会への敬意のコメントの後)
「日本とインドは文明的にも近い国同士であります。我々の最も古い絆は、共通遺産でもあります仏教です。二つの文化は歴史を通して交流しあい、豊かさを増してまいりました。
一千年あまり前、インドの僧侶ボリセナは東大寺の大仏開眼供養に参列するため奈良を訪れております。近代におきましては、タゴールと岡倉天心が、アジアの偉大なる両国の間に理解の新しい掛け橋を築きました。
科学技術の発展に基づく、明治維新以来の日本の近代化、及び戦後の日本再建の礎となりました活力と気概は、インドの初代首相でありますジャワハルラル・ネールに深い影響を与えました。ネール首相は、インドが日本と緊密な絆を結び、その経験から学ぶことを望みました。インドが日本からのODAの最初の受益国となるようご尽力されたのは、当時の岸総理大臣でありました。
今日、インドは、日本のODAの最大の受益国でありまして、こうした援助に、我々は深く感謝しております。貴重なご支援いただいてありがとうございます。
日本の工業は、自動車や石油化学など、インド産業の発展のために、貴重な役割を果たしてきました。90年代の初頭、インドが深刻な経済危機に陥ったときも、日本は迷うことなく支援しつづけてくださいました。
1952年、インドは日本との間で、二国間の平和条約を別途調印いたしまして、日本に対するすべての戦争賠償請求権を放棄いたしました。戦後パール判事の下した信念に基づく判断は、今日に至っても日本で記憶されております。
御来席の皆様、こうした出来事は、我々の友情の深さ、そして歴史を通じて、危機に際してお互いに支えあってきた事実を反映するものであります。
日本を訪れますたびに、お国の発展を目の当たりにし、真に鼓舞され、その寛大さに心をうたれます。
私は1992年の訪日を決して忘れることがないでしょう。それはインドの財務大臣として、はじめて日本に伺ったときのことであります。1991年に、前例のない経済危機に直面した際、日本からいただいたご支援に謝意を述べるための訪日でございました。古い型を打破し、グローバル化しつつある世界での競争に備えるべく、経済を開放し、新たな前進への道に乗り出す機会を、あの危機は我々に与えたのでありました。当時、強靭な力や献身といった長所、あるいは逆境にあっても、いかにそこから機会を創造するかといったことを日本から学ぼうとし、我々は日本に眼を向けたのであります。
新生インドの首相として、今回、私は日本に戻ってまいりました。過去15年間、インド経済は、年率平均6%を上回る成長をとげてきております。近年では更に一層弾みがつき、成長率は年間8%以上に加速しております。現在、インドの投資率は対GDP比で30%になっております。90年代初頭以来立ち上げました広範な経済改革の結果、インド経済は、経済のグローバル化、そして世界の多極化がもたらした課題、及びチャンスを受け取められる柔軟性を身に付けました。インドは開かれた社会、ひらかれた経済として前進を続けております。民主的な政体の枠組みの中で、インドを成功裏に変容させていくことは、アジア、そしてひいては世界の平和と発展にとって極めて重要であります。
御来席の皆様、これまでに人間の歴史始まって以来、10億を超える人々が、民族や文化など多元的な要素を抱えた民主主義の枠組みの中で、貧困を撲滅し、社会と経済を現代化しようと試みた例は全くありません。インドは現在、持続的な高度成長の波に乗っていると思います。サービス主導型、かつ技術先導型の経済によるグローバル経済との統合という新しいモデルを開発してまいりました。今日インドは、情報技術、バイオテクノロジー、医薬品など知識を基礎とする分野で主要な役割を担う国として台頭しております。道路、鉄道、電気通信、港湾、空港などの物理的及び社会的インフラを拡大し、現代化するため、大規模な投資が行われております。こうした発展は、インドの製造業の競争力及び生産性を大いに高めるでありましょう。
インドと日本が、両国間の結びつきを急速に発展させるための土台は、こうした経過と国際的な筋書きの変化によって生れました。二つの古代文明にとって、戦略的かつグローバルな関係を含む、強固で今日的な関係を構築するときが到来したと思っております。それはアジアと世界にとって大変重要な意味をもつでありましょう。
我々は自由、民主主義、基本的権利、法の支配といった普遍的に擁護された価値を共有するアジアの二つの大国であります。両国間に存在するこの共通の価値と膨大な経済的な補完性を活用し、互いに相手国を最重要と認める強固なパートナーシップを築いていかなければなりません。
また、新たな国際秩序の中で、インドと日本は、国力に相応な均衡のとれた役割を演じなければならないという点におきましても考え方を共有しております。日印間の強い絆は、開かれた包容力のあるアジアを構築し、地域の平和及び安定を強化するための重要な要素であります。
経済関係が二国間関係の基盤となるべきであり、この分野での結びつきを強力に推し進めることが必要です。日印間の貿易や投資は到底そのポテンシャルを発揮しているとはいえません。それとは対照的に、インドと中国、インドと韓国の貿易は好調でございまして、昨年は両国との貿易がおよそ40%の伸びをそれぞれ示しております。中国との貿易は、日印貿易の3倍近くに膨らんでおりますし、韓国との貿易も日印貿易とほぼ肩を並べております。申し上げましたように、これは変えていかなくてはいけないんです。経済協力のポテンシャルを充分に生かすためには、両国の政府、経済界そして産業界の間の積極的な努力が必要であります。将来このパートナーシップを築くことができる最も重要な分野は、知識経済であると信じております。knowledge economy(知識経済)です。両国の経済構造、また様々な分野におけるそれぞれの比較優位のバランス、人口動態の違いなどを考えれば明らかであると思います。
御列席の皆様、科学技術の分野でもナノテクノロジー、バイオテクノロジー、生命科学、情報通信技術といった将来の成長分野での提携も加速させていくことが必要であります。インドのソフト産業と日本のハード産業は相乗効果を活用し合いながら、発展していかなくてはいけません。
国内の賢人同士のパートナーシップは人事の交流をより盛んにすることを意味します。私は、インドにおいて、日本語を学ぶ学生の数が増えることを願っています。日本語は既にインドの中等教育で外国語の選択科目として導入されています。明日、安倍総理大臣と私は、将来への投資構想を立ち上げることになります。今後数年の間に何千人ものインドの若者が、日本語が学ぶことができるようにしたいと望んでいます。
相互が関心をもっているもう一つの分野は、エネルギーの安全保障です。アジア地域全体として、エネルギー供給の安全を保障し、エネルギー市場を効率的に機能させることが必要です。我々は貿易とエネルギーの流れを確保するために、シーレーンを保護することを含めた防衛協力の促進に同等の関心を寄せています。
日本と同様にインドも増加するエネルギー需要に対応するため、原子力が現実的で、クリーンなエネルギー資源だと考えています。これを実現させるために、国際社会による革新的で前向きな取り組みが軌道に乗るよう、我々は日本の支援を求めます。
そしてここで確認をさせていただきます。インドは、国際的に核軍縮を進めていく、そのコミットメントは変わりません。
テロは、平和に対する共通の脅威です。また開かれた我々の社会の調和と組織を脅かします。テロには多くの側面があり、その原因も多様で、地理的な境界も無視されるという複雑な問題なのです。我々が力を合わせない限り、テロとの戦いには勝てません。
私は、国連と国連安全保障理事会が、今日の情勢に対応できるものになるよう、その活性化と改革に向けて両国が協力してきたことをうれしく思います。両国は、国連と様々な国連関連機関の効率強化に関心をもっています。この意味において、今、我々がおかれているグローバル化された世界で各国の相互依存関係を秩序正しく、公正に運営していくべく、両国の協力関係を強化しなければなりません。
ご列席の皆様、アジアで最大の民主主義国と、最も発達した民主主義国である両国は、お互いの発展と繁栄に利害関係を有しています。我々はインドの経済環境が投資しやすいものとなるよう努める決意です。日本企業に、是非インドにおけるプレゼンスを拡大していただきたいと考えています。安倍総理大臣と私は、二国間の投資、貿易、テクノロジーの流れを増大させるべく、包括的経済連携協定の締結につながる交渉を開始いたします。
ご列席の皆様、我々のパートナーシップは、アジア全域に優位と繁栄の弧を創出する可能性を秘めていると確信しています。それはアジア経済共同体の形成の基礎となるものです。こういった日印間のパートナーシップを拡大させたいという希望や抱負は、あらゆるレベルでの交流を増やすことによってのみ、現実のものとなると考えます。我々はハイレベルでのエネルギー対話を設置することで合意していますが、このような機会が更に多くの分野で設置されるべきであり、とりわけ貿易と産業分野では不可欠です。
ご列席の皆様、いかなる戦略的パートナーシップにおいても、その礎となるのは人々の友情です。日本の若者の間で、映画『踊るマハラジャ』が人気を博していると聞き、うれしく思っています。インドの子供たちは、日本のロボット『踊るアシモ』を見て、歓声をあげていました。また日本ではインド料理店の数が驚異的に増えているようですし、インドでも寿司と天ぷらへの人気が高まってきたことは、間違いありません。
2007年は日印友好年であり、また日印観光交流年でもあります。更に、両国を結ぶ航空便の大幅な増便も望んでおります。老いも若きも多くの日本人の方々がインドを訪れ、古代と現代のインドが放つ数多くの輝きをご自身の眼で見て欲しいと願っています。
ご列席の皆様、インドと日本の新たなパートナーシップという構想は、本日その決定的瞬間を迎えました。私の訪日はこの構想を具体化するためであり、21世紀をアジアの世紀にするために我々が努力して演じている役割に、将来の世代が感謝することができるようにするためなのです。
ご静聴ありがとうございました。」
*演説内容についてはこのサイトとインド大使館を参考にさせていただきました。
原子力の平和利用という観点、そしてインド独立のためのインパール作戦に関連したナカランド州コヒマと柏崎刈羽の元・軍人との交流など、日本とインドとの古くて新しい関係を構築するため、我が柏崎市ができることは大きい。
「世界に開かれた柏崎」
の最初の一歩は、インドだと思う。
国で予算が用意されている、インドとの物語がある、このチャンスを逃す手はない。
しかし、その前に他国からの贈りものを売ってしまう感覚があるうちは、「世界に開かれ」るわけはない。
ちなみに、インパール作戦については1998年1月20日、ニューデリーにおいてインド国民軍大尉で、インド国民軍全国在郷軍人会代表のS.S.ヤダバ氏が次のような声明を発信している。
「われわれインド国民軍将兵は、インドを解放するために共に戦った戦友として、インパール、コヒマの戦場に散華した日本帝国陸軍将兵に対してもっとも深甚なる敬意を表します。インド国民は大義のために生命を捧げた勇敢な日本将兵に対する恩義を末代に至るまでけっして忘れません。我々はこの勇士たちの霊を慰め、御冥福をお祈り申し上げます。」
WE THE MEMBERS OF THE lNDlAN NATIONAL ARMY PAY
OUR HIGHEST AND MOST REVERED TRIBUTES TO OUR
COMRADES-IN-ARMS MEMBERS OF THE JAPANESE
IMPERIAL ARMY WHO LAID DOWN THEIR LIVES ON THE
BATLLE FIELDS OF IMPHAL AND KOHIMA FOR THE
LIBERATION OF INDIA.THE INIDIAN NATION WILL EVER
REMAIN GRATEFUL TO VALIANT MARTYRS OF JAPAN AND
WE PRAY FOR ETERNAL PEACE OF THEIR SOUL.
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<はじめに> 今月14日にインドのシン首相が国会で演説されました。 インドは経済興隆著しく,かつ親日的国家であり,我が国が将来良好な関係を結ぶべきアジアの大国の一つです。にもかかわらず,その演説の内容についてはほとんどのマスコミが無視し,伝えることはあ...... [続きを読む]
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TBありがとうございました。
遅ればせながら,ヴェトナムの件とあわせてこちらからもTBさせていただきました。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: 小市民 | 2007年1月19日 (金) 10時24分
小市民さん、インド、そしてヴェトナムとテキスト化、お疲れ様でした。
大変参考になり、アジアが見る日本をご紹介することもできました。
誠にありがとうございました。
今後とも宜しくお願いいたします。
投稿: 三井田孝欧 | 2007年1月28日 (日) 17時15分