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2007年5月11日 (金)

柏崎出身者が書くインパール作戦

Img_0963 インパール作戦に出征した方の手記を読み進み、6時就寝。3時間ほど仮眠し、今年初の筍ご飯に小粒納豆、もずくの味噌汁で朝食をとる。

 10時から17時過ぎまでひたすら市内まわり。番神海岸の件をはじめ、柏崎ぶどう村問題など、市議会は何をやっているのか、とお叱りを受ける。
 お茶やコーヒーを頂きながら、出されたお菓子も食べるので相当なカロリーの摂取である。

Img_0969 18時30分過ぎから事務所にて懇親会。持ち寄りの酒、つまみに加えて、何故か急に食べたくなった鯖の味噌煮の缶詰、横浜市会の工藤裕一郎議員から頂戴した崎陽軒のシュウマイ、筍の煮物、チョリソー、わらびと油揚げの酢の物など。
 話は盛り上がり、現在資料を集めている最中の日本軍幻のジェット戦闘機「秋水」にも及ぶ。この戦闘機が使うジェット燃料の開発に理化学研究所が関わっており、戦争とかうんぬんは別として、技術、そして技術開発にかける熱い男のドラマとして非常に興味がある。

 先日、ご逝去された鈴木信雄氏をはじめ、柏崎市内で直接インパール作戦に関する体験談をお聞きできる方が少なくなった。あれほどの悲劇、そしてその意味合いの評価が分かれる戦闘だっただけに、ただ念仏のように「平和、平和」と叫ぶ平和教育ではなく、語り継ぐべき事柄である。
 インパール作戦に出征した3個師団(第15師団<通称:祭>、第31師団<通称:>、第33師団<通称:弓>)のうち、米山山荘に「日印友好親善の碑」を建立した歩兵第58連隊は第31師団に属している。
 昭和19年4月5日、第31師団宮崎支隊歩兵58連隊(高田、現上越市)第3大隊(島之江少佐)がコヒマを占領し、一気にインパールへの道が開けると思いきや、ビルマ方面軍の決断ミスにより、補給ラインが途絶え、飢えと病との闘いになっていく。名将・宮崎繁三郎少将をして、「コヒマの勝機は逃げて敵の方についてしまった」である。
 柏崎出身者でその模様を著したのは上村喜代治氏。反骨精神あふれる氏であり、軍での面白い体験にも引かれるが、インパール作戦の現場の切実な声が残してある。

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