2023年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月

2007年9月25日 (火)

政治力のなさの限界
耐えられるのか、年間8.5億円

 2時、就寝。6時、起床。企画書などを2時間ほどで一気に仕上げてから、シャワーを浴びる。ひきわり納豆、海老のマヨネーズあえ、もずくの味噌汁で朝食。

 9時過ぎ、市役所に移動し、10時から建設企業常任委員会に出席。

 砂防事業の採択や住宅応急修理制度(年内に応急修理を終了するという要件)などの議論があり、委員から市当局への質問が続いたは、結局のところ、これらの問題はすべて

 「政治力のなさ」

である。県や国にこちらの要求をもっと通せ!と行政職員に迫ってみたところで、可哀そうであり、こういった特例を認めろ、立法せよ、という声は政治の場から言うべき であろう。
Img_0176  つまり、市役所のなかで唯一、選挙の洗礼を受け、行政職員のトップであり、政治家である市長の動き次第である。国会議員、県会議員とうまく連携し、いかに政治力を発揮するかにかかっている。
 市長として、自身に近い社民党の某参議院議員のところに行くのもいいだろうが、市民のため、自分の政治信条は別にしても、与党である自民党、公明党をはじめ、積極的にでかけ、とにかく協力者を増やすことをすべきであろう。

 同様に、ガス、水道の問題にしてもそうである。
 今回の災害による復旧はかなりの借金、つまり起債をすることになった。ガス水道局の4会計合計での起債の償還、つまり借金の返済は期間10年間であり、金額は利子分を償還する2年目を超えた3年目から10年目までは、なんと毎年約17億円の支出であり、国による半分の特別交付金を受けたとしても、毎年約8.5億円になる見込みである。
 この8.5億円は、柏崎市の一般会計、つまり通常の財布からの支出となる。尋常ではない金額である。であるからこそ、政治力を発揮し、また原子力財源の有効活用案などを真剣に議論すべきであって、原発反対派と一緒になってパフォーマンスしている余裕はない

 12時過ぎ、一度、自宅に戻り、冷凍うどん2玉と大粒納豆で昼食をとったのち、相談依頼があったお宅を二軒まわる。
Img_0182  案の定、住宅応急修理制度についてのお叱りがあった。応急修理は、災害救助法の基準によれば災害発生の日から1ヶ月以内に完了することとされている。しかし、罹災証明の発行自体が1ヶ月以上かかっている現状があり、また柏崎が配布したチラシにある、

 「年内に応急修理が完了しない場合は、
    支援が受けられない場合があります」

の文言が不評を買っている。

 住宅応急修理制度

 これは新潟県が事業主体であり、まさしく政治の力で調整してくる問題である。
 「もぉー勘弁してくれ!」と担当者や国会議員、県会議員に言われるほど、市長はしつこく出向くべきであり、極論すれば、市役所にいなくても良い。とにかく、営業マンとして、外に出てくるべきであろう。

 

2007年9月23日 (日)

自民党本部前で麻生コール

*写真、動画はのちほどアップします。

 2時、就寝。6時、起床。シャワーを浴び、大粒納豆と生卵で朝食をとる。新米のコシヒカリ4俵をなんとか愛車に積み込み、都内に向かって出発。

 12時過ぎ、某氏と待ち合わせ、永田町の某店にてミックスサンドとカフェオレで昼食にする。

 13時、自民党本部前に移動し、麻生太郎応援部隊、ジャーナリストの水間政憲氏と合流。
 とにかく若い世代からの麻生コールは凄まじく、SPや秘書連中のヒソヒソ話でも

 「本当かよ・・・」

といった、驚きの声が上がっていた。
 民間からの応援に負けてはいられないとばかりに、自民党本部の歩道に陣取り、通りかかる国会議員に声をかける。柏崎にも被災視察でお見え頂いた「ヒゲの隊長」佐藤正久参議院議員山梨1区選出の赤池誠章衆議院議員をはじめ、

2007年9月19日 (水)

原発は反対しますが、お金下さい?

 1時、自宅に戻り、そのまま仮眠。4時、起床。柏崎準倫理法人会の準備を行ったのち、長岡市に移動する。
 6時から某ホテルのモーニングを食べながら、打ち合わせ。バターではなく、マーガリンがついてきたので、

 「すいませんが、バターをもらえませんか?」

申し出るも、「バターです」と同じマーガリンを持ってこられた。20代前半の女性であったので、優しく?マーガリンとバターの違いを説明。ドン引きされる。

 9時過ぎ、柏崎に戻ったのち、市役所に移動。
 自民党総裁選の新潟県連選挙に関しての会派の打ち合わせを行う。地元選出の近藤もとひこ衆議院議員は福田代議士支持であるが、先に当選した塚田一郎参議院議員は麻生太郎代議士の元秘書である。また個人的には、断然、麻生太郎支持である。
 次の内閣が選挙管理内閣となるであろうことから、福田代議士で中継ぎ、本命はあとでという議論もあり、紛糾。

 10時から本会議、一般質問である。
 社会クラブからは、柏崎市の職員を増員しろとの質問があった。<柏崎市のため>に、現在行っている定員適正化計画を見直し、職員の増員を希望すると・・・・まったく理解できない。公務員だからこそ、民間の会社並みにクビにするような事ができず、人員調整が困難なのである。復興で忙しいから職員を増やします、をやってしまっては、復興後には暇になった多くの職員を抱えたままとなる。市長も市職労の支援を受けた立場はあるだろうが、それこそ本当に<柏崎市のため>を考えてほしい。

070919_f10000121  12時過ぎ、休憩時間になるも電話での問い合わせが続いたため、「カップヌードル カレー味」、「カゴメ 野菜生活100」で昼食にする。白いワイシャツにカレー味のスープは危険である。

 13時から議会再開。14時45分から全員協議会として、東京電力から「中越沖地震における原発施設の被災状況と今後の対応について」を協議。
 社会クラブ、共産党をはじめ、原子力反対派から多くの質問がでたが、酷かったのは共産党の

 「東京電力に損害賠償を求めたい」

というものであった。東京電力があることによって風評被害が起きているからお金を請求したい・・・・これまでも反対運動をしながら、しっかりとお金はもらいます、さらにお金を下さい、とはムシの良い話であり、柏崎の市民性を疑われることになろう。安全、安心を求める議論ならまだしも、情けない話である。

070919_f10000132  22時30分過ぎから「千年の宴 柏崎店」 (電話:0257-32-0288)での懇親会に合流。

2007年9月18日 (火)

日本国民統合の象徴を見下ろす
あ然!県とのパイプなし

 4時、起床。会社の決算に関する資料をまとめる。

 9時過ぎ、大粒納豆、ひじき煮、ロースハムで朝食をとったのち、市役所に移動。

 10時から本会議、一般質問。今回は、市当局側から「地震に関する質問のみ」「会派代表のみ」という意味不明の申し出があり、その条件を議長をはじめ、議会側が飲んでしまった。非常に情けない話であり、議会と行政は違う立場であることを理解していないうえ、議員がもつ権利を放棄してしまったことにも等しい。
 色々な提案、意見がでることも踏まえれば、市当局もより多くの議員からの質問を受け付けるべきであった。
 会派代表ということで、所属会派の整風会を代表して丸山議員が質問を行った。そのなかで、

 「復興基金の創設と規模はどれぐらいになるのか。
  県の動きは掴んでいるのか。」

との質問に、会田市長の答弁は、

 「9月中にはできると思われ、
  規模は1600億円ぐらいになると
 
『新潟日報』の記事にある。
  この記事の情報以上はない」

であった。一自治体の首長が県の動きを新聞で知り、それ以上の情報はない・・・・それが実態であれば誠に情けない。県とのパイプがないということであろうか。さらに言えば、議事録も残る議会のこの場で柏崎市のトップたる市長が口にする言葉でもない。

 ガックリして午前の議会を終え、12時過ぎ、カロリーメイト(チョコ味)で昼食をとっていたところ、NHKニュースで泉田知事の発表が放送された。

 「中越沖地震復興基金は1600億円、
    年20億円を活用、10月に創設する」

・・・・これで県の情報がまったく柏崎市に入っていないことが分かった。少なくとも、この事を決めた復旧・復興会議が本日午前中に開催されることすらも答弁にはなく、また方向も見えていなかったことになる。

 13時から再開。しかし、他の会派からの復興基金に関する同様の質問に対しても、同じような答弁であった。昼の時点での情報も耳に入っていないのであろうか。
 このような状況で、本当に県、国とも手をとって復興に力を発揮できるのか不安である。

Img_0133 17時過ぎ、自宅に戻る。来客2件。また電話を3件ほど頂戴し、FMピッカラで議会中継をお聞きになっていた方から、復興をやる気があるのか、といったお叱りの声などであった。
 19時、卵焼き、鯛のあらの塩焼きなどで夕食をとったのち、某懇親会に出席。

Heikamikudashi 先日来、8月の天皇皇后両陛下のご訪問に際し、問い合わせを頂いていた。一部のマスコミ関係者や市民の方から柏崎市側の態度が悪いとのご連絡があったためであるが、当日、給食サービスのお手伝いをしていたため、現地で確認はできなかった。実際の新聞報道も天皇皇后両陛下のみが御写りになっている写真だったため、そちらでも確認できなかったが、ある方から

 「これ、いいんでしょうか?」

と、お持ち頂いた報告文書を見て、驚いた・・・・。

  報告文書(pdf形式)

 そこには、両陛下よりも高い段から見下ろしている市長が写っていた。校長及び副市長が、下の段にて両陛下にご挨拶していることから、たまたまという状況ではないだろう。
 お付きにいたであろう宮内庁もよく許したものである。

2007年9月 8日 (土)

見舞金:被災ポイント制を検討すべき

 3時就寝。8時、起床。大粒納豆、シラス、頂き物の薩摩揚げで朝食。

070908_f10000011 9時から震災関係の議員勉強会。中越大震災における長岡市、長岡市議会の対応、国会議員との意思疎通などについての調整や議論を行う。
 集まった議員、誰もが市民からの相談を受けており、圧倒的に多いのが罹災証明に関するものであった。私もそうであるが、一部損壊でまったく補助がないものと、半壊では雲泥の差である。これは半壊と大規模半壊の間でも同様。例えば、被災の度合いが10で半壊となるなら、2も9もその一つ下の一部損壊で補助制度はない。しかし、2と9では明らかに被災度合いが違うのである。やはり細かいポイント制を用いるべきではないかと思う。

070908_f10000022 12時過ぎまで議論したのち、一応、散会。
 一度自宅に寄り、冷凍うどん、焼きサバ寿司で昼食をとる。1時間ほど遊びに来ていた甥っ子、姪っ子と遊んだのち、ご相談を受けているご家庭を7件ほどまわる。
 一部損壊であるものの、実際には土台が外れ、大規模修理が必要になっているご家庭もあり、まざまざと現実を見せつけられる。

 18時、市内某店で、ウインナ・コーヒーを飲みながら、テレビ企画の打ち合わせ。柏崎の自然と食をフューチャーするような内容で提案する。

 20時、事務所にて、明日の準備を某氏としつつ、ビールを飲む。その後、長岡駅に送ってもらい、都内に移動。

2007年9月 7日 (金)

やはり納得いかぬ原水禁への出費
中越沖地震災害対策特別委員会役員会

20070816016 2時、就寝。6時、起床。依頼されていた資料や映像などを作業を行う。腰はだいぶ良くなってきたが、腰が特定の角度になるとビンビンと痛くなる。腰を痛めた際には「ヘタこいたぁ~」ポーズで固まったので、完治した際には「おっぱっぴー」ポーズをとってみたいと思う。(意味不明)

 10時、映像などが完成し、納品のためにパッケージングしようとしたものの、地震で在庫品がすべてつぶれてしまったため納得いく出来にならず。今回は紙でパッケージを作成した。

 11時過ぎ、来客。12時を過ぎたところで、差し入れでお持ち頂いた幕の内弁当に大粒納豆1パックを加えてブランチにする。久しぶりの馬鹿話に花が咲く。

 15時から市内某所にて打ち合わせ。中越沖地震災害対策特別委員会役員会の会議結果は以下の通り。


1.意見書の発案について
  中越沖地震からの復興に向けた意見書(案)(仮称)を9月定例会初日に提案、即時議決することで9月12日開催の議会運営委員会で了解を得ることとした。(内容は8月29日に中央要望したもの)発案者は役員会のメンバー。
  意見書は郵送でなく、議長ほか各議員が手分けして政府関係機関、県選出国会議員等に直接手渡す。そのほか要望活動・意見書等はこれからも検討。

2.原発立地議会サミットに代わる決起大会(仮称)の開催について
  柏崎市議会・刈羽村議会を主体に開催する方向で検討を進める。(刈羽村議会とも協議。原発議長会とも協議・連携)会派代表者会議で協議し、実行委員会を組織、そして、企画立案にあたる議員3人くらいを選出し、開催に向けて準備を進める。

3.特別委員会と市当局との意見交換会の開催
  (1)日  時 9月27日(木)午前10時
  (2)場  所 4階大会議室
  (3)内  容 その時点における市当局からの報告を受け、意見交換

4.その他
  被災者生活再建支援法にかかわる要望事項については、各小委員会でまとめ、役員会で協議する。


 8月末に予定されていた原発立地議会サミットにかわり、原子力発電所立地自治体が災害に見舞われた際の特別措置法などを国に要望する決起大会の開催が決まった。
 今回の震災は柏崎市と刈羽村ではあるが、今後同規模の災害が原子力発電所立地自治体に起こる可能性も十分にある。これを機に特別措置法の制定まで議論を行う。

 18時、一旦、事務所に戻り、サンマの塩焼き、一口ひれかつで軽い夕食をとり、再び打ち合わせにでかける。

 それにしても、イヤがらせのようなメールが多い。
 震災当日から閻魔堂周辺が多くテレビ中継されたことによって、色々な団体からボランティアの申し出がインターネットや電話を通じてあり、拒否することなく、とにかく受け入れをした。どこの団体がどうの、支援物資を頂戴し、さらにお手伝いをしてもらってから、今になって、何癖つけるようなメールがあるたびに、人としての良心を疑う。

 昨日のブログに書いた「ソ連の核は良い核」をはじめ、社会主義をとる国の核の肯定を巡って、社会党系などが反発し、原水爆禁止日本協議会(原水協)から原水爆禁止日本国民会議(原水禁)として分裂している。
 さすがの『朝日新聞』でも批判の記事が掲載されたこともある。


平成14年9月2日『朝日新聞』

 分裂続く原水禁・原水協

 「えっ。もう一つの世界大会?それは何?」原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧総評系)などの大会に仏領ポリネシアから招かれた核実験被害者エチエンヌ・テフムさん(34)は驚いた。運動分裂の経緯などを説明すると、「僕の住んでいる島は人口100人。別れて喧嘩なんかしていたら核実験反対もできない」。「先進地」日本の反核運動を学びたいと思っていたテフムさんは戸惑いを隠さなかった。
 今年の世界大会は「テロ撲滅」を理由に、「先制核攻撃」まで示唆する米国への非難一色に塗り込められたといえる。
 原水禁系大会に招かれた米国最大の平和団体ピース・アクションのケビン・マーチン代表は、「米政府は第2第3のヒロシマ、ナガサキを作ろうとしている」と指摘した。昨年の9.11同時多発テロで弟を失ったリタ・ラサーさんも、原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)などの世界大会で、「ブッシュ大統領はアフガンの人々を殺す理由に弟の死を利用している」と自国の政府を厳しく批判した。
 太平洋の旧植民地などで核実験を繰り返した米、英、仏政府は、動員兵士や住民の被害を長い間否定し、情報を隠してきた。が、原水禁や原水協の現地調査による被害者掘り起こしや今大会の証言で、その実態がようやく浮かび上がった。
 禁、協ともに核兵器が実験・開発の段階からヒバクシャを生み出すことを世論に訴え、核保有国を包囲していく考えだ。
 それだけに、運動が分裂していることは、海外の活動家や一般市民に運動への距離感をもたらし、反核の力を削いでいると言わざるをえない。長崎では昨年から高校生たちが核兵器廃絶を求める「一万人署名運動」に取り組んでいる。代表は今夏「高校生平和大使」として国連欧州本部を訪れ、目標を大幅に上回る4万人の署名簿を提出した。
 昨夏の平和大使の一人、堤千佐子さんは、「日本の運動は組合や政党で色分けされ、特別な人がやっていると思っていた。そう思われている限り、普通の人々にはなかなか広がらないのでは」と心配する。
 
広島大会では原水協系が参加者7千人、原水禁系が3500人、海外代表は原水協系が24カ国68人、原水禁系が9カ国17人。この数字は、そのまま両者の動員力、財政力の差を反映している。
 両団体にこれだけの差がついたのは、主張の「中身」とはあまり関係がない。旧総評系労組を基盤にした原水禁は、主要労組の弱体化や相次ぐ脱退で先細ってきた。
 しかし、 「社会主義国も含め、いかなる国の核実験にも反対」と訴え、「核に平和利用などない」と脱原発を打ち出してきたその主張は、欧米の反核運動の主流が反原発を強める中で、「正統性」を高めた。反核平和運動が主として左翼運動として展開されてきた日本では、社会党‐社民党の衰退が、相対的に共産党による原水禁運動への影響力を強めた。
 「共産党首長のいる○○町からやってきました」登壇した発言者が冒頭、こうしたあいさつを繰り返す原水協系大会に、共産党支持者以外の人が参加するのにはかなりの勇気 がいるだろう。
 反核運動は共産党だけのものではない。運動をさらに広げようとするなら、党はまず一歩下がることを考えるべきではないか。海外代表をこれだけ呼べる実績を積んできた原水協にはそれができるはずだ。
 2年後には第5福竜丸の水爆被爆50周年、原水禁運動半世紀の節目が迫る。禁・協の組織統一は無理でも、まずい一日程度の共闘は目指せるだろう。それもできなくて、核保有国に廃絶を迫れるだろうか。


 記事にもあるように旧社会党系の原水禁では、核兵器廃絶に加え、「核に平和利用などない」と脱原発を打ち出してきた。実際に、原水禁のホームページでは「原水禁-原発をやめよう」という主張のページがある。

 その原水禁に今年も市長は交際費から賛助金としてお金をだしている。「市長交際費の情報公開基準に関する要領」によれば、賛助金は

 「賛助金等:公益性が高く趣旨に賛同できる事業等への賛助金、公益性のある各種大会に対する協賛金、市長賞の提供、協賛広告に係る支出。」

である。
 金額の問題ではなく、原子力発電所を抱える自治体として、首長の行為としても、原子力発電に関わるお金はもらいます、反対する団体に賛助金だしますは筋が通っていないと思う。
 市職員組合との付き合いのなかで、賛助金をこれまで支出してきているのであろう。
 試しに、福井県敦賀市をはじめ、他の原子力立地自治体の首長交際費を聞いてみたところ、支出しているところも、支出していないところもあった。
 今後、柏崎市としての整理が必要なのではないかと思う。

2007年9月 6日 (木)

インド訪問で平和の流れに逆行?

 2時、就寝。6時、起床。まだすぐには起き上がれないので、腰が動くようになるまで事務仕事を行う。

 8時、ひきわり納豆、イカの塩辛、目玉焼きで朝食。

 午前中、復興イベントを開催したいとのご相談などで来客。12時過ぎ、そのまま某飲食店に移動し、親子丼で昼食にする。玉葱の甘味が印象的な親子丼であった。

Img_0002  13時過ぎ、県内の若手議員の仲間でもあり、先の中越大震災でも活躍した長岡市の桑原望議員とご友人が事務所に見えられたので、震災復興に関しての意見交換を行う。
 お土産として、桑原議員のお母様が作られた「卵焼き」を頂戴する。「たまご焼き」(原材料:たまご、きび砂糖、塩、黒砂糖、日本酒、醤油、他)というステッカーが貼られ、いかにも美味しそうな一品である。

 15時過ぎ、17時にそれぞれ来客。復興や罹災証明に関するご相談や柏崎市政の問題点などを話し合う。

 21時、桑原議員から頂戴した「たまご焼き」を中心に、納豆うどんなどで夕食にする。

 熱烈に?愛読している『しんぶん赤旗』に、安倍首相のインド訪問に関する記事が掲載された。


平成19年9月2日号『しんぶん赤旗 日曜版』

 インド訪問で見えた安倍外交
 
平和の流れに逆行

 東京裁判否定 パール判事の長男と面会

 「日本の首相って中国嫌いなの?」。安倍晋三首相のインド訪問(8月21~23日)が終わっ翌日、地元記者からこんな質問を受けました。安倍首相はインドでいったい何をしたのか-。

”中国包囲”の思惑

 安倍首相は8月22日、インド国会で演説し、日米豪印による〝中国包囲網″外交を唱えました。
「従来の地理的境界を突き被る拡大アジア」だと力説しました。しかし、国会議員からは、米欧の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)になぞらえて「アジア版NATO」と警戒されました。
 「Love With Tokyo」(日本と仲良く)との題名の社説を掲げ、日米豪印協力に肯定的なインディアン・エクスプレス紙(8月24日付)でさえ、「インドがアジア版NATOを是認したことはない。インドと日本が合意したのは、米豪とともに政治的対話の場を持つことだけだ」タイムズ8月24日付は「安倍首相は、終戦の日に靖國神社に参拝せずに失望させた右翼へのジェスチャーとして、パール判事の息子と20分間懇談した」と指摘し、「アジアの批判を無視したものだ」と報じました。
 安倍首相の訪印日程が明らかになると、アジアからは「戦犯無罪のアピールをもくろむもの」、「日本の首相の度重なる『吐き気がするような』言動には、あきれかえるはかない」(韓国紙朝鮮日報8月16日付)といった批判がでました。
 安倍首相は著書で「A級戦犯は日本の国内法上は犯罪者というあつかいではない」と書いています。
 外交で点数を稼いで巻き返しを図ろうとした安倍首相でしたが、思惑ははずれました。首相の「主張する外交」は戦争に無反省、〝敵づくり外交″と、国際社会から冷ややかな目で見られただけでした。と書きました。
 「拡大アジア」構想の底辺には、特定の価値観を共有する国だけでまとまろうとする安倍政権の〝価値観外交″があります。これには、米国でさえ「中国に予期しないシグナルを送る可能性がある。慎重に」(ライス国務長官)とたしなめるほどです。
 中国の新華社通信は8月24日、「勝手に敵をつくりあげて、しゃにむになり、大方の失笑を買う」と批判しました。
 アジアでは政治、経済体制の違う国々が、価値観にこだわることなく、平和と繁栄を求めて協力していこうという流れが強まっています。東南アジア諸国連合(ASEAN)と中韓印豪、ニュージーランドは、東アジア首脳会議を開催し、地域の共同体づくりを進めているのです。


 外国の記事引用をメインにした、お約束の突っ込みどころ満載の記事である。
 A級戦犯が日本国内で裁いたものではなく、昭和28年8月3日第16回国会 衆議院本会議  第35号「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」では社会党、共産党の議員を含め、全会一致して名誉回復している。さらにいえば韓国は日本と戦争したわけでもなく、一緒に戦った仲間であった。
 今回のインド訪問が中国を刺激し、平和の流れに逆行すると訴えたいようであるが、年10%以上のスピードで核ミサイルをはじめ軍備を拡張する中国こそが平和の流れに逆行している。
 共産党はかつて「ソ連の核は良い核」と言っていたが、今度は「中国の核は良い核」だとでも言うのであろうか。

*1962年『前衛』10月号 上田耕一郎元副委員長論文など

2007年9月 5日 (水)

震災経験より、ガスか電気か?

 2時、就寝。5時、起床するも腰の痛みで歩けず、柏崎準倫理法人会のモーニングセミナーには欠席させてもらう。そのまま、這って机に行き、手紙やメールの返信などの作業。

 7時、大粒納豆、ハムエッグ、とろろ芋でご飯2杯の朝食。動けない分食べる量が減りそうだが、ストレスなのか食事量が多くなる。

 9時から市役所に行き、某社の若手社員2名と待ち合わせての視察対応。水と電気の融合商品について、震災現場ではどうであったのか調査を行う。
 途中、会計課に寄り、預かっていた義援金などを納入する。

 2件ほどのボランティアの手配をしつつ、震災のインタビューを3件。
 今回の震災で一番最後となったのはガスの復旧であった。中央地区では8月中旬以降になったご家庭が多く、私自身を含め、風呂をはじめ苦労をされていた。反対にオール電化のご家庭は、電気の復旧(電気はケーブル1本で仮設も容易にできるので)が早く、水道の復旧とともにほぼ普段と同じ生活に戻られていた。
 ガスを使うか電気を使うかは微妙な判断ではあるが、インタビューを通じて分かったことは、水のタンク機能を含めて、「<倒れない処理をした>エコキュート+補助としてのプロパンガス」がベストに近いということであった。

070905_f10000021 12時過ぎ、通り道の「らーめん処 潤 柏崎店」 (電話:0257-32-1523)に行き、「つけめん 680円」を100円追加で大盛りにして昼食。2名の若手社員にはせっかく新潟県に来てもらった?ということで、「岩のりちゃーしゅーめん 1050円」を、5mm以上の脊脂が振りかけられる「鬼油」にして食べてもらった。

070905_f10000032 大規模半壊となったご家庭の震災インタビューをしつつ、「かき氷 150円」。味は、いかにも体に悪そうな色をした「ブルーハワイ」をチョイスした。食べながら、「トイレにセボン」、「ブルーレットおくだけ」を思い出す。

 福祉施設などもインタビューしたのち、視察の2名と別れ、復興プログラムに関する打ち合わせに出席。

070905_f10000043 19時、帰宅。米山町の某氏から頂戴した新鮮な烏賊を使っての塩辛、秋刀魚の塩焼きで夕食にする。一日歩き回ったこともあり、同じ体勢がきつくなったので、立ったり、座ったりしながら、食事をとる。
 あまりの痛さについビールも追加。酔いで痛みをごまかす。
 ますます体が悪くなるような気がする・・・。

 今日も、イヤがらせメールが多く、削除だけでも時間をとられた。また何かのタイミングかと思うが、それにしても暇で、電波系な発想をする人がいるものだ。

2007年9月 4日 (火)

復興の証拠?自衛隊での誹謗・中傷

 3時、就寝。8時、起床。まだまだ腰の痛みがとれず、ゆっくりとした動作になる。大粒納豆と生卵で朝食。

F1000006 10時から13時まで、倒壊した家屋から荷物を拾い出すお手伝い。腰の痛みから、あまり前かがみにはなれず、急遽、ホームセンターに行き、ゴミ掴みを購入する。
 現場で携帯バーナーで熱湯を作り、韓国の辛いカップラーメンで昼食をとる。

 14時過ぎから17時まで事務所にて、事務仕事。会社の決算が7月であったが、いまだに書類が片付いていないため、すべての証書類がそろわず。
 腰の痛みをおして、郵便局に大量の郵便をだしにいったものの、帰ってきたところで痛み再発。

F1000008 20時、さすがにスーパーへの買い物も料理もする気力が起きず、ほっかほっか亭の「シャケ スペシャル弁当 580円」で夕食。味噌汁もひきわり納豆汁のインスタントを食べる。あまり豊かではない夕食である。

 掲示板に以下のような書き込みがあり、また同内容の大量のメールが届いた。(プロバイダはDionをお使いのお暇な方から)

[94] 回答求 - 2007/09/04 13:11
157 :専守防衛さん:2007/08/31(金) 23:15:20
柏崎での疑問
中部方面隊の一員として市役所近くで給食支援活動に従事したさいの疑問。

活動の場所が裏通りの一方通行の奥の民間駐車場であった。
場所が狭く、車両の出入りに不便を来たし、また配食にあたっては住民の列でさらに混雑を極めた。
もちろん露天であり、虫が飛び回り、近所の瓦礫撤去作業の粉塵飛来等で衛生上も問題があった。
近隣には部隊を展開するに最適な場所はいくらでもあったのに
何故このような最悪の場所が選択されたのか?とそれとなく聞くと、
この場所は地元の市会議員の家の前であり、政治的な理由であると示唆された。
地元政治化の近隣住民にとっては便利かもしれないが、その反動として
本来展開すべきであった地区の住民にとてはその分遠距離となる。
また地元政治家の要望とはいえ、衛生上の問題は住民に危険をもたらすものである。
特に今回のような夏場においておや。
自衛隊が特定の政治家の人気取りに利用されることがあってはならない。
今後の災害支援活動でこのようなことが繰り返されないことを希望する。

 そろそろ、お約束の誹謗・中傷の動きがでてくると思ったところであり、それだけ復興してきたということであろうか。
 上記の内容のように「市会議員の家の前だから自衛隊を展開」がもし事実なら、私は市長よりも強い権力をもっている ということになり、逆に指示した側もその責任は問われる。
 そもそも自衛隊の部隊の展開にはそのような事は許されていない。もし上記内容が、本当に活動した自衛官であるなら自衛隊のシステムを知らない、そして部隊展開の経緯を聞いていないことになる。
 明確な<嘘>は以下である。

1.炊飯所の場所
  閻魔堂横の駐車場は、被災当日より近所が集まり、民間自助努力で材料を持ち寄り炊き出しをしていた。炊き出しを求める周辺住民が多くなり、被災者が被災者の面倒をみる範囲を超えたため、地元5町内会で駐車場を負担、借り上げ、自衛隊を配備。
  書き込み(今回の民有地への展開の意味合いが理解できていない)にあるような自衛隊を展開してよく、かつ十分な広さのある中央地区の土地はない。

2.夏場の暑さなど衛生上、狭さから混雑、最悪の場所?
  本ブログに順次、掲載している写真が事実。
  そもそも自衛隊の炊飯車が露天ではなく、室内で炊き出しするようなことはない。

 ずい分とお暇な方が、タイミングを見計らったかのように誹謗・中傷にいそしんでいるようだが、周辺5町内会の町内会長をはじめ、被災者である地元住民もボランティアを行いながら運営した事実を知らないようである。
 また、市職員が本来の業務に戻れるよう、市職員が常駐しないですむ運営をしたことも理解できていないので、現場にはいなかった人間と思われる。
 仮に、書き込みをしたのが、本当に作業をした自衛官であるなら、単なる理解不足であろう。
*中部方面隊とあるが、そのうち閻魔堂駐車場を担当したのは第3師団、そして第37普通科連隊。彼らは配備の経緯を申し送りしている。

 このような誹謗・中傷は、私へのみならず、周辺5町内会(東本町2丁目、東本町3丁目、諏訪町1丁目、諏訪町2丁目、東学校町)の住民をも巻き込むものであり、許されるものではない。
 電波系の「かわいそうな」人であろうが、卑怯なこと、やっていいこととやっていけないことの区別ぐらいはほしいものである。

2007年9月 3日 (月)

栃尾市の味わい

 2時、就寝。7時、起床。ひきわり納豆、目玉焼きで朝食をとる。

 9時から12時まで、某自治体の商店街組織の災害視察対応。月曜休みという商売人で、商店街が被災したときに

F1000004 17時、M氏の車に乗せてもらい、8号線を通って、栃尾市に向かう。
 途中、夕食をとろうと「イタリアン」にするか、「トンかつ」にするかと話し、結局、牛丼に落ち着いた。「吉野家 8号線長岡店」にて、「牛焼肉丼 420円」、「ごぼうサラダ 120円」、「みそ汁 50円」にて夕食。

F1000005  19時過ぎ、栃尾市内の旧商工会のビルに到着。昔の柏崎商工会議所の建物のような感じで懐かしい感じがする。
 4階の会議室にて、日本青年会議所・北陸信越地区・新潟ブロック協議会のアドバンス新潟創造委員会のスタッフ会議を開催。21時近くまで、道州制についての発表の打ち合わせ。

Akr024 打ち合わせ終了後、栃尾市内で少し迷ってしまった。グルグル市内を回ってしまったが、これがまた新しい発見もあった。「あぶらあげ」ではなく、あくまで「あぶらげ」の看板。「フレッシュつる」といった味わいのある地元スーパーの存在、商店の多さとその分散具合、雁木が醸し出す雰囲気。昭和の香りがそのまま残っている。今度は、昼間に来て、じっくり歩いてみたいと思う。

2007年9月 2日 (日)

自民党豊島区議団視察
井上和彦氏vs田嶋陽子女史

 2時、就寝。しかし、昨日と同様にあまり眠れず。7時、姪っ子に起こされたので、「とろーりクリームプリン」とひき割り納豆という意味不明の組み合わせで朝食。

 9時から打ち合わせ1件。クシャミや咳をしても腰に響くので、小さな声で話ながら静かな打ち合わせとなった。

F1000007_2  12時近く、自民党豊島区議団が柏崎市役所に到着。議員団及び区長からの義援金を頂戴する(明日に柏崎市に納入)。
 視察にお越しになったメンバーは、里中郁男議員、竹下ひろみ議員、磯一昭議員、河原弘明議員、村上宇一議員、本橋弘隆議員、小峰博議員、遠竹よしこ議員、 堀宏道議員、そして前区議会議員の戸塚由雄氏、議会事務局長、前防衛大臣・小池百合子衆議院議員の秘書さんである。また、村上議員の本業でお作りになっている美味しいお菓子も頂戴した。
 東本町2丁目(えんま通り)から閻魔堂、錦町、鏡町、仮設住宅と市内を視察いただいた。

 都心である豊島区が何故視察する必要があるかといえば、通常の災害対策以外にも商店街の存在がある。密集した商店街が震災に襲われた場合どうなるのか、アスベストを含む建物はどう扱うのか、現行の法整備では商店への援助が限定的である事などである。

070902_f1000001  13時30分、ポテトサラダとチキンロールで昼食。『たかじんのそこまで言って委員会』を見ながら食べる。
 今回の『たかじんのそこまで言って委員会』は、30分延長のスペシャル版でテロ特措法の延長問題などを取り上げられたが、そのゲストパネラーとして、柏崎にもお越し頂いた(8月13日)、元陸上自衛隊イラク先遣隊長の佐藤正久参議院議員、そしてチャンネル桜『防人の道 今日の自衛隊』のキャスターでもある井上和彦さんが初登場した。
 盛り上がったシーンは、憲法9条に関する井上さんと田嶋陽子女史とのやりとり。

田嶋:日本はヨーロッパに比べてすべてのものが一巡遅れてるんだけど、憲法だけに関しては日本はヨーロッパとか他の国の一巡先に行っているのっ!

井上:冗談じゃないですよ。(ヨーロッパで)憲法9条の存在を知っている人間なんか誰もいませんよ。

田嶋:そんなことないっ!向こう行ってみてごらんなさいよ。アタシらだって、さんざん日本は偉いねってそういうこと言われているんだから。

井上:憲法9条の存在なんか知っているのは、田嶋さんのようなそういう思想の人だけですよ。普通の人だったら、そんなこと知りませんよ。

田嶋:そんなことない。安心してるって、それで言われるじゃないのぉ~。

井上:そんな馬鹿な話を・・・よくそんな事で国会議員やってましたね。びっくりしたなぁ~。へぇぇ~。

 18時過ぎ、松戸市役所のMさんが拙宅にお寄り下さった。昨日、顔を合わせることができなかったので、お詫びをしつつ、雑談。今回も土日を利用して、軽トラックで松戸からボランティアに駆けつけてくれた。ありがたいことである。

070902_f1000002 21時、スーパーで半額になった刺身の盛り合わせとビール、焼酎。どうしても痛みから集中力がなく仕事が進まないことなどもあり、結局、酒を飲む。
 シメは、干し納豆を入れた納豆茶漬け。

2007年9月 1日 (土)

自治体独自の「教育基本条例」

 2時、就寝。しかし、寝返りを打ったり、足が動いたりするたびに痛みが走り、ほとんど眠れず。
 7時、7月末にボランティアのため1週間、柏崎に来てくれた松戸市役所のMさんが名物の落花生を持って訪ねてきてくれたにも関わらず、起き上がることができなかった。大変、申し訳ないことをした。

070901_f1000001  9時、なんとか這い上がり、冷凍庫になったサーモンの切り身を使ったソテーにトマトケチャップをかけたものと大粒納豆で朝食をとる。フライパン使いが不安定になり、身が少し崩れてしまったのが残念。
 甥っ子と姪っ子が昨夜から泊っており、姪っ子に抱っこをせがまれるものの痛みのため、抱っこもできない。

 11時から2件の視察の対応。途中、途中、抜け出て、ブログやメールの返事を書く。

 13時、幕のうち弁当をお土産に頂戴したので、昼食にする。食後は事務所でひたすら事務仕事。ただ、同じ格好が長時間続かないため、集中力も途切れ途切れとなる。

 18時、震災当日に救出したYさんのお祖父ちゃん が御家族と拙宅にお見えになった。ご不自由な体をおして、ご丁寧にも御礼にみえられ、こちらも大変恐縮した。救出した際、右腕の皮がべロリと剥けてしまっていたが、現在はほぼ完治されており、安心した。

070901_f1000001f1000002 20時、一口ヒレカツ、納豆汁で夕食をとる。
 ご飯だけを食べればいいものを、あまりの腰の痛さに結局、ビールを飲んでしまった。飲んでいるうちは、痛みはないが、酔いが覚めてくるほどに余計に痛くなっていた。反省。

 インド視察でご一緒した東京都杉並区の山田宏区長「教育の基本は人づくり」とする、区独自の教育基本条例を制定する方針を決めたとの情報が入った。


 国の教育基本法の自治体版に当たる条例は全国で初となる。
 同区の教育基本条例等に関する懇談会(会長・小松郁夫国立教育政策研究所教育政策・評価研究部長)がまとめた条例に関する提言では、前文で「大人も含むすべての区民を対象とした人づくりを地域ぐるみで進める」と条例の基本的な考えを明記。家庭と地域と行政の役割と責務のほか、就学前教育や郷土愛をはぐくむ政策の充実など、行政が取り組むべきことなどを条例に盛り込むよう求め、
「教育の原点は家庭」「地域ぐるみの教育推進」を謳っている。また教育基本条例には、「教育の原点は家庭」「郷土愛」など、昨年12月に施行された改正教育基本法に通じる内容も多数盛り込まれる予定だ。
 杉並区では山田氏が区長に就任して以来、教員養成塾「杉並師範館」の設置や、区立学校教員による「杉並教育研究会」の設立、地域との連携を密にするための副校長2人制など、全国的にも先進的な教育改革を独自に打ち出してきた。


 杉並区議会での議論、そして議決がどうなるのか楽しみである。
 子供にもっと自由を、もっと権利をといった「子供の権利条例」のようなものではなく、原点となるこういった教育基本条例こそ柏崎も取り組むべきと思う。

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »