柏崎フロンティアパーク売り出し
佐賀県玄海町 町長、議会懇親会
出張にでるために溜まっていた仕事をなるべく消化しようと結局、徹夜。
7時、熱いシャワーを浴びたのち、大粒納豆、ほやの塩辛、もずくの味噌汁でご飯2杯の朝食をとる。
8時50分、柏崎駅に会派の議員とともに集合。
北越1号で長岡駅まで、とき316で東京駅まで移動し、浜松町からモノレールに乗り換え、羽田空港に移動。
モノレールのなかで、柏崎フロンティアパークの広告を発見した。
今後の柏崎の経済は、企業を育成することもさることながら、企業誘致も重要な柱となる。
電気料金の割引や産官学連携などが書かれていたが、どんな人材をとることができるのか、2つの大学を研究機関としてだけではなく、貴重な人材を得られるといったアピールも欲しいところである。
羽田空港第二ターミナルにて、フライトを待つ間、「東京ラーメン天」(電話:03-6428-8558)にて、「全部のせラーメン 1200円」と「焼き餃子 580円」で昼食をとる。
「全部のせラーメン」は、炙りチャーシュー、半熟煮玉子、ワンタン、煮メンマ、のり、白ねぎが入っており、細麺の醤油味で量も少なめ。
さっぱりしていることもあり、一気に食べきった。また、餃子はラーメンとは対照的に六個入りでニンニクたっぷり。食べている最中から自分でニンニク臭を感じるほどであった。
ANA987便で、一路福岡空港に向かう。
福岡空港に到着したのち、地下鉄で博多駅まで行き、電車にて唐津駅まで向かう。車窓から見える海が美しい。
ありがたいことに唐津駅まで玄海町議会の上田利治議員が自家用車で迎えにきてくれ、18時、宿泊先の唐津第一ホテルにチェックイン。
その後、懇親会の会場である「割烹 すぎ山」(佐賀県唐津市町田2855−2 電話:0120-72-4535)に移動。
会費制での懇親会である。
佐賀県玄海町は、炭鉱のまちとして栄え、石炭から石油へとエネルギーの転換が進むにつれ衰退。そして昭和40年春には、原子力発電所の誘致が持ち上がり、昭和46年から九州電力玄海原子力発電所の建設が始まった。
我が柏崎市が石油から原子力に移行してきたと同じように、玄海町もエネルギーのまちとして発展してきた。
ちなみに唐津・東松浦1市7町2村との合併協議会からは離脱し、自主独立を模索している。
懇親会には、玄海町議会定数12名中の8名の議員からご参加頂き、冒頭に岩下孝嗣議長からご挨拶を頂戴した。
玄海町議会は、柏崎市議会が言い出しっぺである原子力発電所立地自治体の議会で構成する全国原発議長会の設立に、一番最初に手を挙げ賛同してくれた議会である。
少し遅れて岸本英雄町長も到着。町長は県議3期目途中から町長選に出馬し、現在1期目。
柏崎でも導入を予定していたものの頓挫したプルサーマル計画を玄海町議会、佐賀県知事とともに推進し、プルサーマル最初の自治体となる予定である。プルサーマル導入に伴う国の交付金が玄海町に30億円、佐賀県と唐津市に15億円が交付される。
お土産で持参した原酒造「復興祈願酒」2升があっという間に空き、原子力政策に関する熱い議論が続いた。
地元で「チューチュー貝」と言われる貝をはじめ、たまり醤油で食べる刺身がうまい。
一次会終了後、商店街を抜けて二次会の会場に向かう。
時間が時間ということもあるが、商店としては既にやっておらずシャッターには「売物件」と書かれた店舗が何店もあった。
唐津市内中心部でも商店街の活性化という課題があるようである。
唐津市内のスナックで二次会となる。
玄海町議会原子力対策特別委員会の委員長である渡辺一夫議員、副委員長である脇山伸太郎議員と別行動をし、スナック「DAnKE(ダンケ)」にて、さらに意見交換。
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