2023年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月30日 (月)

異常な県高教組:国体で国歌やめろ?

 1時過ぎに店をでて、自宅に向かったところ、某集まりの2次会帰りとバッタリ会ってしまい、そのまま3次会にお付き合い。

 3時、自宅に戻る。

 8時、起床。酒を抜くため、月刊誌3冊を持って1時間以上の長風呂に入る。風呂上がりに、大粒納豆、山芋とろろでご飯2杯をかっ込んで朝食にする。

 10時過ぎ、愛車で新潟市に移動。

 12時近くから、新潟市内の某店でランチを取りながらの打ち合わせ。目玉焼きのせハンバーグセット大盛りとヴィシソワーズで満腹となる。

Mirif  眠気と戦いながら、15時に帰宅。そのまま、姪っ子が入院している病院に祖母とともにお見舞いに行く。お土産に、豆柴犬のぬいぐるみを買っていく。今は亡き、愛犬・美里の事を思い出す。

 18時から21時まで市内某所で選挙に関する打ち合わせなど。

Img_3958  22時、自宅に戻り、長ネギのみじん切り、ひきわり納豆、中落ちマグロで納豆トロマグロを作り、どんぶりを作る。
 食後、ひたすら事務作業。色々な打ち合わせに出るのは良いが、結局、議事録を作ることになり、ドンドンと時間が無くなっていく。

 来年2009年開催の「トキめき新潟国体」のため、新潟県以下、県内各自治体が準備作業に入っているが、そんな県民一致で努力しているなか、こんな情報があった。


平成20年6月25日『新潟日報』

 トキめき新潟国体 開会式の「君が代」
 生徒不参加を要請
           県へ県高教組

 県高等学校教職員組合は二十四日、県に対し、トキめき新潟国体の開会式などで式典音楽を担当する高校生に「君が代」の演奏や合唱をさせないよう求める要請書を提出した。 要請書は「演奏を生徒に強制するのは憲法の思想・心情の自由を侵害する」などとして、式典音楽から君が代を外すか、高校生に演奏・合唱させないよう求めている。
 県国体業務課は「希望者にお願いするものであり、強制ではない」としている。


 まったくもって非常識であり、「国民体育大会」自体もしくは天皇杯・皇后杯の意義を全然理解していないのではないかと思う。
 どんな要請書なのか、早速、新潟県庁に対し情報公開請求をだしたので、公開文書が届き次第、公開したい。

2008年6月29日 (日)

2008自民党「全国一斉街頭行動」
新潟県連青年部・青年局

 4時、就寝。

 8時、起床。大粒納豆、キムチ、板わさ、らっきょでご飯2杯の朝食をとったのち、新潟市に向かって愛車で移動する。
 途中、燕市で会社の仕事を1件。

Img_3948  10時30分、自民党新潟県連本部に到着。打ち合わせののち、街頭演説にでる。今年で5回目となる自民党本部主催の「全国一斉街頭行動」である。今年の全国統一テーマは、 「北朝鮮による拉致問題の全面解決」
 流し街宣に加え、11時30分から新潟駅前、12時15分から古町十字路という2カ所で行った。
Img_3949  参加したのは、塚田一郎参議院議員、新潟県議会から岩村良一議員、小林一大議員、そして青年部、青年局の精鋭。
 雨のなかの演説となったが、皆さんかなりヒートアップしていた。
 北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除したアメリカもさることながら、もっと批判すべきは、自民党の国会議員でありながら、拉致問題の解決より北朝鮮との国交正常化を目指すべきという
「売国奴」 である。
 演説のなかでも、つい「売国奴」と言ってしまい、多くの方が振り向くほどの注目度を浴びてしまった。

Img_3952  13時30分、街頭演説を終え、新潟グランドホテル1階レストラン「ベルビュー」で、反省や懇談を兼ねて、ローストビーフとライスを中心にしたランチで昼食をとる。
 塚田一郎参議院議員も出席されたので、現在の国会内部で起こっていることなど、現状を色々とお聞きする。

 昼食後、柏崎に戻り、16時30分から社会福祉協議会で「ガンダムミーティング」コーナーの後片付け。チャリティ募金のために、ガンダム・グッズを提供し、集まった募金は5000円。早速、寄付してきたい。

Img_3953  18時から「船栄 柏崎店」 (電話:0257-22-0288)で、打ち上げ兼今後のガンダム企画の相談など。
 その後、市内某スナックに移動し、カラオケ大会?となる。
 同世代のアニメ好きということもあり、ガンダム系やウルトラマンシリーズなどを熱唱。はじめて『ウルトラマンメビウス』の主題歌を歌ってみたが、かなり難しい曲であった。

2008年6月28日 (土)

廃炉デモ、柏崎市職労も参加

 中越沖地震を経験してのエッセイなどを頼まれており、資料を確認する上で地震発生からの新聞各紙を追う。6時から8時まで仮眠。

2008waigaya  8時過ぎ、大粒納豆、目玉焼き、あさりの炊き込みご飯2杯で朝食をとったのち、ガンダム・グッズをもって、柏崎市社会福祉協議会に移動する。

 今日は「わいわいがやがやフェスティバル」というイベントで、柏崎市内のガンダム好きのメンバーとともに「ガンダムミーティング」というコーナーを設置した。
 昨年に続き、ファースト・ガンダムの映画上映当時のポスターをはじめ、プロ級のモデラーが作成したモビルスーツのプラモデルなどを展示。

Img_3927 個人的には、プロジェクターやウーハースピーカーを持ち込み、映像を紹介するとともに、岩手・宮城内陸地震への義捐金のため、

 「岩手・宮城内陸地震への義捐金のため、
 ガンダム関係の人形、どれでも1個 100円」

Img_3930という張り紙とともに、不要になった?ガンダム・グッズのチャリティ・コーナーを作った。集まったお金は後ほど、義捐金の一部にまわす。
 昨年に引き続き、だんだんとマニアックなコーナーになっていき、さらには新しいガンダムではなく、ファースト・ガンダムを中心にするあたりが、1970年代生まれのおじさんそのままである。 

Img_3931  10時、よさこいソーランの踊りによるオープニングがあり、「わいわいがやがやフェスティバル」がスタート。
 しばし会場の入りなどを見つつ、11時前に移動。

 一度、自宅に戻ると姪っ子が喘息で入院とのことで、バタバタし、祖母の昼食を作ったり、復興基金の使用についての相談などの来客があった。

 生卵とひきわり納豆2パックでご飯をかっ込んで移動し、13時30分から自民党柏崎支部で打ち合わせ。
 今秋の市長選挙に向け、自民党柏崎支部としての選挙対策組織について話し合う。

Img_3939  15時近く、市内でデモ行進をしている「柏崎刈羽原発を廃炉に!安全なくらしを全国集会」を視察。いわゆる廃炉を訴える団体の集会である。
 地元の市民から「ありゃ何だ!」をはじめ、「うるさい!」との苦情の声が相次いだ事もあり、どんな団体が参加しているのか、そのやり方も含めて見にいった。
Img_3944  昨年までは原水禁等こういった反原子力の集会が柏崎で行われる際には、会田市長が挨拶やら市長交際費から金を出していたが、今回は選挙があることもあり、さすがに表立っての活動はなかった。
 今回、公人で参加していたのは、社民党の近藤正道参議院議員であった(選挙期間中、拉致問題の解決などとホームページに掲げられていたが、今はなし)。
 どんな団体が参加しているのかデジカメで撮影してまわったが、スパイが来たと思ったのであろう、向こうからも私を一所懸命撮影していた。
 それにしても、参加していた教職員組合などに加え、柏崎市の市職労も参加していた事は残念である、というよりは柏崎市民は怒るであろう。

 柏崎市役所の平均職員給与は、政令指定都市である新潟市を除けば、新潟県内で一番高い。



総務省資料全職種での平均給料月額(諸手当月額+平均給与月額)

1位 新潟市 432,808円(政令指定都市)
2位 柏崎市 431,134円
3位 長岡市 420,472円(中核市)

であり、余談ながら上越市(中核市)は394,884円。


 これまで長岡市、上越市より柏崎市職員の平均給与が高いのは、原子力発電所の存在があるからとされてきた。しかし、原子力発電所があることによって柏崎市が得られる財源には感謝もせず、反原発活動に勤しみ、廃炉活動を展開をしているのである。
 原子力発電所を有しない同規模の自治体と同じレベルまで職員給与を下げてから、反原発活動をするのが人としての筋ではないか。

 16時過ぎから19時まで市内某所で打ち合わせ。やはり今日の廃炉デモが話題となり、近くで見ていた方からは、デモのなかから

 「原油高騰ー!市民の生活を守れー!」

などの声もあったという。
 原油が高騰するからこそ、電気料金をはじめ、生活物資(輸送にも原油は関わる)の値段も上がる。だからこそ、我が国は原子力発電を選択せざるを得ないのである。
 どうして矛盾したことを平気で言うのであろうか。

 20時、差入れでもらったチーズフランスパンと納豆汁という意味不明な組み合わせで腹を満たし、あとは事務所で事務仕事。

2008年6月27日 (金)

小池寛氏旭日小綬章受章祝賀会

 酔いが残った勢いで資料整理を3時まで行ってから就寝。

 8時、起床。大粒納豆、とろろ、オクラで「納豆とろとろ丼」を作り、朝食にする。

 9時から11時まで市内某所での打ち合わせ。無線LANが使えたので、その間にメールやブログの編集など色々な作業を同時に行う。

 12時、自宅に戻り、八つ切り食パンで作った卵ハムサンドイッチと低脂肪乳、野菜ジュール、プリンで昼食をとる。

 食後から15時過ぎまで市内まわり。会社関係や柏崎青年会議所、柏崎準倫理法人会の活動などを行う。

Img_3917 16時、柏崎ベルナールに移動。
 今日は、大先輩である前柏崎市議会議員の小池寛氏の旭日小綬章受章祝賀会。
 小池氏が柏崎市議会議員に初当選したのは昭和46年。私の生まれる一年前であり、以来、市議会副議長、総務文教常任委員長などの要職を歴任され、9期36年間の議員人生を過ごされた。
Img_3919 小林治助市長から今井哲夫市長、飯塚正市長、西川正純市長、そして現職の会田市長と5代に渡る市長と議論されてきており、機動隊が投入され、まさに大荒れとなった原子力発電所の誘致決議における柏崎市議会の生き証人。
 同じ会派になったこともあり、色々とご指導頂くことが多かったが、何よりも強く教えてもらったのは「ブレないこと」である。
Img_3922 小池氏のお人柄もあり、現役はもとより、歴代の市長、助役、収入役、市議会議員がお祝いに参加。
 議員については、旧社会党、社民党をはじめ、共産党など、皇室に反対する議員でも、旭日小綬章の受章のお祝いに集まったのも、お人柄であろう。

 18時近く、大盛り上がりのなか、萬歳三唱でお開きとなった。

 19時、事務所に戻り、資料やメールの整理、本の読み込みなど。

 21時過ぎ、突然の来客があり、泊めてほしいとの事だったので、祖母の深夜徘徊もあるので、事務所のソファをお貸しする。

2008年6月26日 (木)

全員協議会(原子力安全・保安院)
調査対策委員会の検討状況

 2時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、山芋とろろ、生卵、野菜薩摩揚げでご飯2杯の朝食をとる。

 食後は、書評を書かなければいけない本を中心に2時間ほど、集中して読書。途中、携帯電話に何回か電話があり、集中力が途切れるので、今後は電源を切っておこうと思う。

 10時から霜田議長のご母堂様の葬儀に参列。

 12時近く、自宅に戻り、ひきわり納豆と去年の冷や麦、麺つゆで作った「納豆冷や麦」で昼食をとる。

080626_dvc00001  13時過ぎに市役所に移動し、13時30分から市議会全員協議会。

 霜田議長はご葬儀があり、副議長も入院しているため、議長が不在となる。こういう場合は、地方自治法第106条第2項の規定(議長及び副議長にともに事故があるときは、仮議長を選挙し、議長の職務を行わせる)により、仮議長の選挙が必要になる。
 仮議長の選挙を仕切るのは、臨時議長であり、副議長がダメなら、地方自治法第106条第3項の規定(議会は、仮議長の選任を議長に委任することができる)により、出席者中の最年長議員が臨時議長となる。

 今日の全員協議会は、原子力安全・保安院から「中越沖地震における原子力施設に関する調査対策委員会の検討状況」の報告である。
 現在、この議論は、

1.今回の地震を受けて、
  発電所自体の健全性はどうか

2.地震による揺れが
  設計で想定した揺れを大きく上回った要因

3.今後の耐震安全性を確認するため、
  どのような基準地震動を設定するのか?

4.新たに設定した基準地震動に対して
  耐震安全性は確保されるのか?

の1から3であり、4についてはこれからである。
 案の定、反原発である社会クラブの矢部議員をはじめ、1から4に設置許可の取り消しの話を織り交ぜたような的を外した質問が繰り返され、説明者には申し訳なかったが、議事録に残すためにも、要望の発言をしておいた。
 その要点は、

 ・ガルは加速度であることなど、感覚的に分かるように分かりやすい説明を心がけてほしい。
 ・原子力発電所は安全に停止したのであり、停止しなかったという廃炉活動に市民が惑わされないようにしてほしい。

である。
Img_3915 廃炉活動のチラシには、このようにある。

 「それでも、東京電力は「安全に止まった」とうそぶき、国の調査委員会でも推進派委員は「耐震余裕度があり壊れなかった」「大きな被害はない」として再開議論を進めようとしています。」

と、誹謗中傷のような書き方をしている。まさに『うそぶき』と嘯いている。
 こういった事をしていては、真剣な議論はできない上、原子力発電への賛否は別にしても、市民を欺いていることになろう。

 15時過ぎに全員協議会、終了。

 事務所に戻り、18時まで資料整理など。

 19時から市内某店で懇親会。特に話そうと思ったのではないが、座が盛り上がってくるほどに市長選挙の話になり、激しい議論となった。

 22時、仕事もあるので2次会は遠慮させてもらい、帰宅。

2008年6月25日 (水)

どんGALA!まつり晴天祈願祭
橋下大阪知事と組合

 3時過ぎ、チャイナタウン構想でモメている池袋に到着。マンガ喫茶に深夜料金で入り、ブログを書いたのち、仮眠する。

 6時、起床。マンガ喫茶内のコーンポタージュ、ソーセージ揚げパン、たまごサンドイッチで朝食をとるも、ご飯と納豆ではないため、力が沸かず。食後、しばらく週刊誌を何誌か読んだ後、店をでて永田町に向かう。

 8時30分過ぎ、某国会議員事務所、某政治評論家事務所への訪問。1カ所はかなり情報の行き違いがあり、某秘書と言い合いにもなってしまった。

 用事が済んだので、10時12分の新幹線に飛び乗り、長岡まで移動。途中、立ち食い蕎麦にて、「天玉そば 大盛」で昼食にする。デジカメを忘れてきてしまい写真を撮れず。

 14時過ぎ、自宅に戻り、作業服に着替え、市内まわり。柏崎青年会議所や会社の銀行関係の雑務などを行う。

Img_3910  17時30分から駅前通りのイトーヨーカドー前で、今年7月19日、20日に行われる「2008どんGALA!まつり」の晴天祈願祭に出席。
 昨年は、地方車の出だしタイミングをはじめ、色々なお手伝いをさせてもらったが、その翌日に中越沖地震が発生した。
 今年は晴天を願うこともさることながら、もうあんな地震が起きないことも願って玉串を献げた。

 18時過ぎ、市内で色々な方にバッタリお会いしたので、相談や最近の市政などについてお話する。

 19時から市内某所での仕事関係の打ち合わせ。

Img_3914  21時、自宅に戻り、手作り餃子をモチモチ系になるようダシで溶いた片栗粉を多めに入れ、綿実油で焼いてみた。
 いつもならパリパリに焼いた餃子であれば、ビールとご飯がほしくなるが、今回のモチモチ焼きではご飯もビールもいらず、黙々と餃子を楽しむことができた。

 今日、市内を自転車で移動している際、お名前までお聞きできなかったが、元公務員(種類は不明)という方から声をかけられた。
 話の内容は、市長選挙をはじめ政治全般に関してであったが、どうしても相容れない部分は、

 a)市長が変わると公務員のやる気も落ちる。
               
市長は現職で!
 b)憲法改悪などもってもほか。今の憲法を守るべき。

の2点であった。なぜか護憲のことも付け加えるあたり、思想的傾向も分かるところ。
 20分程度の話で、大阪府の橋下知事を見れば、府職員に嫌われているため、仕事もまともに進まず、いずれ大阪府はダメになる、とまでアツくおっしゃっていた。
 事例としてだされた橋下知事については、以下のような事であろう。


平成20年6月12日『朝日新聞』関西版

橋下知事と職員がバトル「職変えて下さって結構」

 「橋下さんは尊敬できない」「ならば職を変えて下さって結構」――。大阪府庁で12日朝開かれた「知事と職員の集い」で橋下徹知事と職員がやり合う一幕があった。
 集会には46歳以上の職員約140人が参加、意見交換は非公開だった。参加した複数の職員によると、男性職員が知事批判を展開。府の財政再建案で345億円の人件費削減が盛り込まれていることについて、「知事は給料カットになってもテレビに出て出演料をもらえるが、私たちは兼業できない」と訴えた。
 さらに橋下知事の政治手法に「ことあるごとに『自分は選挙で選ばれた府民の代表者』といって正当化する。橋下さんは人として尊敬できない」とまくし立てたという。
 これに対し、橋下知事も反論。「ここは団体交渉の場ではない。上司に対するものの言い方もある。私のやり方があなたの意に沿わなければ、職を変えてくださって結構です」と切りかえしたという。
 対話集会は非管理職が対象。「改革姿勢を共有してほしい」との知事の意向で始まり、今回で8回目になる。(春日芳
晃)


 反論するのも一瞬迷ったが、一応自分の考えを次のようにお伝えした。

 1)5兆円にものぼる大阪府の借金をどうするのだ。
   大阪府の職員人件費はこれから退職金でもっと増える。
   現実を見た方が良いのではないか。
 2)知事や市長が替わって、職員に嫌われると仕事が困る
   というが、議員も同様、嫌われて当たり前。
   選挙で選ばれた以上は首長=民意であり、嫌いだから
   仕事をしないなどとは、公務員として失格。

 また憲法改正についても、先日ブログに書いた通りの反論をしたが、護憲のお立場は変わらないとのことであった。
 となると、憲法はそのままにし、遵守するということであれば、公務員としての自覚ももっと持つべきであろうと憲法第15条を引き合いにだした。

 第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、
      国民固有の権利である。
  2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、
    一部の奉仕者ではない。

  3 公務員の選挙については、成年者による
    普通選挙を保障する。
  4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵して
    はならない。選挙人は、その選択に関し公的にも
    私的にも責任を問はれない。

 これは選挙による公務員の選出について規定されたものであるが、2項については公務員全員に適用されるというのが通例である。
 であれば、個人的感情である「今の首長が嫌い」「人として尊敬できない」といったこと、つまり一部のことで、本来の業務である全体への奉仕を欠くことは憲法違反であり、公務員としてあるまじき行為であろう。
 全然関係のない2つのことと思われていたようであるが、

 「個人的感情で公務員が
    仕事へのやる気が変わるのを認めるなら、
  憲法(少なくとも第15条)の改正ではないですか?」

との最終反論をさせてもらい、その場は終わった。

2008年6月24日 (火)

平成20年6月倫理経営講演会
柏崎準倫理法人会

 2時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、茄子と獅子唐の味噌炒め、シラスおろしでご飯2杯の朝食をとる。

 「日本会議」「日本政策センター」「鉄道友の会」の会報などを持ち込んで、1時間ほどゆっくりと湯船に浸かったのち、自民党柏崎支部に異動。

 9時から12時近くまで打ち合わせをし、その後、市内の某飲食店で「かつ丼 並」をとりながら歓談する。

 14時から16時まで事務所にて事務仕事。17時から来客や飛び込みの市民の方からの陳情などがあり、バタバタと市内と周辺自治体を行ったりきたり。

Img_3903 18時から柏崎準倫理法人会主催による「平成20年6月 倫理経営講演会」(pdf形式のチラシ)が、柏崎商工会議所5F大研修室で行われた。
 当初は出席の予定であったが、陳情の関係や急遽の打ち合わせなどが入り、講演会の最中、出たり入ったりで結局、ゆっくりと講演を聞くことができなかった。
Img_3902 せっかくお越し頂いた講師、そしてお誘いした市民の方に申し訳ない限りであった。
 今回の事業体験報告は、鹿沼市倫理法人会会長で法人レクチャラーの阿部真一氏と、倫理研究所法人局の研究員である田島康賢氏。
 阿部氏の名刺は8枚構成となっており、8枚揃う、つまり8回お会いするようになったら乾杯という、営業の基本を踏まえたもので、発想が面白い。
Img_3909 20時に講演が終了し、その後、懇親会となったものの、先ほどに続き、会場を出たり入ったりとなり、せっかくお越し頂いた方にも十分なご挨拶ができなかった。
 21時過ぎ、お開きとなり、片付けながら「自己責任」として残り物を折に詰めて、自宅に持ち帰る。

 残り物を摘みながら事務所でメールを整理していると、新潟日報の社説の異常さについて、グリーンピースの窃盗事件を取り上げたものがあると某氏からのメールがあった。
 早速、確認してみると倫理的な事は理解しているはずなのに、最後に何でこの結び?という内容。


平成20年6月21日『新潟日報』社説

鯨肉持ち出し 逮捕まで必要だったのか

 環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」の幹部ら二人が逮捕された。調査捕鯨船の乗組員が自宅あてに発送した鯨肉を無断で持ち出した行為が、窃盗容疑などに当たるとされた。
 事件の発端は、グリーンピースが五月に業務上横領容疑で乗組員を東京地検に告発したことだ。記者会見では、乗組員が私的に送っていた塩漬けの鯨肉を証拠として公表した。しかし、証拠品は運送会社の配送所に侵入して抜き取ったものだった。
 グリーンピースは反捕鯨などを掲げて活動する。無断持ち出しについてはこれまで「調査捕鯨船乗組員の横領行為の証拠を確保するため」と説明し、違法性を否定してきた。逮捕された二人も警察の調べに対し「盗んだわけではない」と供述している。
 団体の方針に沿った行為とはいえ、身勝手な理屈と言われても仕方がないだろう。不正告発が目的なら他人の物を勝手に持ち出してもいいということになれば、社会の秩序が崩れる。「犯罪行為」との批判が数多く寄せられたというのもうなずける。


 ここまでは理解できるが、問題はこの先である。


 だが、逮捕の妥当性については疑問がぬぐえない。グリーンピース側は捜査に全面的に協力する考えを示している。詳しい経緯をまとめたリポートを警察に送ってもいる。
 警察は違法性を否定していることについて「否認とも受け取れ、証拠隠滅の恐れがある」とするが、無理があるのではないか。グリーンピースも「不当逮捕」と訴えている。任意の捜査でなく、容疑者を逮捕して身柄を確保した理由をきちんと説明すべきだろう。
 日本では古来、鯨肉を食用にしてきた。捕鯨については反対意見ばかりではない。グリーンピースの主張や行為に異を唱える人も多いはずだ。
 ただ今回の指摘は、税金が使われている調査捕鯨で得た鯨肉の取り扱いをめぐるものだ。東京地検は告発を受けた乗組員らを不起訴処分にするとみられるが、疑念を持たれる行為を公表したこと自体は理解できる。
 気になるのは、逮捕に関して七月に開かれる主要国首脳会議(洞爺湖サミット)と絡める見方があることだ。目的のためには違法行為も辞さない、過激な市民団体への警告的な意味合いではないかというのだ。
 事実だとすれば、強い懸念を禁じ得ない。違法行為を処罰することは当然である。しかし、法律の運用はあくまで厳正になされるべきだ。政治的な意図が込められてはならない。
 相次いで発覚した食品の産地や賞味期限偽装事件は、内部告発をきっかけに表面化した。今回の逮捕で公益に資するさまざまな告発が萎縮(いしゅく)することになっては元も子もない。 


 勝手な陰謀説を立てて、懸念を感じ、そして告発が萎縮することを心配するという・・・・まったく不可解である。

 23時過ぎ、東京に行くという某氏の車に乗せてもらい、交代で運転しながらかなりのハイペースで都内に向かう。

2008年6月23日 (月)

品格なき「柏崎刈羽九条の会」
護憲なのか憲法改正なのか

 1時、帰宅。メールの整理やブログの書き込みなど、酔った勢いでもやれるものから片付け、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、目玉焼き、野菜ジュース、地元でとれた浅蜊を使った味噌汁でご飯2杯の朝食をとる。

 9時から12時まで市内某所で資料作成の会議。過去のデータや新聞などを基本に政治関係の資料づくり。途中、差入れでもらった「てりやきバーガー」2個、牛乳で昼食。

Img_3892 14時、事務所に戻り、来客2件。
 昨日、えんま通りの東本町郵便局駐車場隣の空き地で行われた復興を願う「七夕かざり」に、憲法9条がどうのこうの、原発のない社会の実現などと、政治的イデオロギーが書かれた短冊が書いてあった件について、関係者から話しを聞けば、こういった事だったようである。
 飾り付け、竹竿の準備など「柏崎刈羽九条の会」で請け負っており、当日も10時から準備していたという。その以前に周知ポスター等に「柏崎刈羽九条の会」という文字を入れるか否かでもモメたそうである。
Img_3895 子供や地元の方達が復興を願うイベントであって、実際に書かれた短冊の多くが復興や柏崎の輝かしい未来を願う内容となっており、ここで政治活動をしようなどとは、まったくもって常識、いや品格がない
 しかも、こういった復興イベントで政治活動を行ったり、また「柏崎刈羽九条の会」のような政治目的をもった団体が絡むとなれば、復興イベント自体が震災復興の補助金対象にもならなくなってしまう。えんま通りの振興会や地元町内会にとっても迷惑な話である。
Img_3896 ただ、思想・信条を別にして、 「柏崎刈羽九条の会」のメンバーの立場になってみると、
可哀想な面
もある。
 当初、この七夕は「柏崎刈羽九条の会」で主催することになっていたそうで、彼らも自分たちの活動としてメンバーに周知していた。
 途中で、えんま通りのイベントの一環として行うようになったものの、その経緯などはメンバー間に説明不足のまま。
 当日、メンバーとして参加した方は、朝から竹を切ったり、準備をして、いざ始まってみると、主役ではなく

 「あれっ?俺たちの会のイベントなのに・・・」

Img_3897という思いになったであろう。その点については、同情するところである。
 しかし、繰り返すようであるが、政治思想や宗教など自由が保障されている日本であるものの、その活動については、時と場所をわきまえるべきであり、自分が正義だと思っているから何をやっても良い、ということにはならない。グリーンピースの反捕鯨だから、窃盗もやって良いという論理と一緒であろう。
 「柏崎刈羽九条の会」をはじめ、共産党や社民党も「9条、9条」と念仏のように唱え、憲法改正に反対するが、

Img_3913 「憲法第1条にならい、
   皇室は大切にするんですね」

と問えば、

 「天皇制反対!」

などと言い、

 「じゃあ、憲法改正派じゃないですか!」

となる。最近のねじれ国会の話から参議院不要論がでて、その議員歳費をワーキングプア対策費にまわせというので、

 「それは私も賛成なので、憲法改正派じゃないですか!」

と言うと、

 「はぁ?なんでぇー」

という返答がきたことがあった。参議院については憲法第42条に規定があり、憲法第四章全体の改正も必要になってくる。こういった矛盾が多いことには、どう答えているのであろう。質疑応答ができるのであれば、一度、彼らの集会に出席してみたい。

Img_3901 18時過ぎに米山町に移動し、先輩議員とともに「府中屋」(電話:0257-26-2350)にて、地元町内会の評議委員の方との会議及び懇親会。
 色々な陳情もあったが、一番の関心は現在の柏崎市政であった。
 国に要望した特別交付金が17億円も下回ったことに、市役所OBも驚きの声があがった。どんぶり勘定をしたのか、国への陳情や説明が足りなかったのか、原因は双方であろうというのが大方の皆さんの意見だった。

 22時、自宅に戻る。

2008年6月22日 (日)

中越沖地震一周年:えんま堂
柏崎復興七夕プロジェクト

 やっと2件の原稿が終わり、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、茄子の味噌炒め、筍の煮物でご飯2杯の朝食をとり、市民プラザに移動する。

Img_3880  9時30分から柏崎青年会議所のECO活動推進委員会による事業「かしわざき子供エコ会議」。柏崎市内の中学生に集まってもらい、これからの地球環境がどうなっていくのか、そして自分自身で地球環境のためにできることは何なのか、色々と考察してもらった。

 11時前に中座し、弔問や打ち合わせなどで市内まわり。

 13時、市内某店で打ち合わせをしながら、ミックスピザ、アイスカフェオレで昼食をとる。

Img_3885  15時から、本町七丁目町内会及び東本町二丁目振興会主催の「中越沖地震一周年」復興祈願に出席。
 えんま堂境内での住職の読経に続き、えんま通り復興協議会 中村会長の挨拶、会田市長をはじめ来賓の挨拶、そして商店街で集まったえんま堂募金の贈呈が行われた。
 祈願酒(樽酒)の鏡割りののち、

 「1年前の中越沖地震発生後、
  えんま堂横の駐車場で夜を明かしたことを思い出し、
   えんま様への感謝と
    復興にかける熱い想いで献杯したいと思います」

と献杯の挨拶をさせてもらった。
Img_3883 全国が注目しているえんま通り商店街の復興である。地元の皆さんの合意ができた段階でさらにご協力したい。
 現時点では、実は一定の距離を置いている。それは、色々な市議会議員が自分の手柄にしようと住民間に割り込んでいるものの、本来、こういった住民主体のまちづくりに政治家が割り込むべきではないという、私の信念からである。

Img_3893  16時から「七夕の集い ~これまで一年間の慰労とまた明日からの復興に向けて~」として、各自実費負担でのビールパーティーと柏崎や長岡周辺の方で構成された「ラテンマニア」の皆さんによるラテン音楽の演奏。
 ビールを飲みながら、えんま通り商店街で買い食いできる食べ物とともに、ラテン音楽の素晴らしい生演奏という充実した時間になった。

Img_3894 「がんばれ!山本団地」
 「輝け!かしわざき

など、園児や地元の人々の切実なる復興への願いが書かれた、七夕の短冊が多く釣り下げられ、地元の子供達によるキャンドル点火なども行われた。
 ただし、短冊のなかには「廃炉!原発のない柏崎に」「憲法9条を守れ!」などの政治的目的をもったものが紛れ込んでおり、詳細は明日以降に調査することにした。  

Img_3900

 テントや机、生ゴミなどの片付けも終わったところで、「中華美食館柏崎店」(電話:0257-23-4530)にて2次会。
 中越沖地震で感じたことなどを、手伝ってくれた新潟工科大学の生徒さんをはじめ、主催者側の皆さんで発表しあう。
 中越沖地震発生から、あっという間の11か月であった。

 22時過ぎから市内某スナックでの3次会に突入。
 カラオケを中心に盛り上がろうということになり、復興の願いを込め、時代劇『江戸を斬る』の主題歌であった名曲『ねがい』(作曲・編曲:いずみたく 作詞: 山上路夫)を歌う。
 中越沖地震発生後、いち早く食料をもってえんま堂に駆けつけてくれた十日町市の庭野茂美議員が移動もあり、柏崎に寄ってくれたので、感謝の乾杯などをする。
 庭野議員は、全国若手市議会議員の会所属時代の仲間である高井章博さんの滋賀県日野町町長選挙の応援のための移動とのこと。私も以前、全国副会長を拝命したが、自費で全国の地方議員仲間の選挙応援にでかけるため、金は無くなるものの、得られるものが多い。

 カラオケが盛り上がり、やしきたかじん『東京』や軍歌好きの年代も参加していることから『若鷲の歌(予科練の歌)』など。

2008年6月21日 (土)

グローバル人権聖火リレーin日本

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、ウニの塩漬けをのせた蒲鉾、若筍の煮物などでご飯2杯の朝食をとる。

 シャワーを浴びたのち、自宅をでて、8時から10時まで市長選挙に関する打ち合わせ。

 10時、愛車にて長野市に向かう。

Img_3867  12時から「グローバル人権聖火リレーin日本」の長野集会に来賓出席。
 本国である中国(中共)で迫害されている漢民族をはじめ、チベット人、台湾人、モンゴル人など多くのアジアの方が参加された。
 チベット弾圧をはじめ、思想・信条の自由どころか、思想犯として捕らえられ、臓器を抜かれたり、虐待されている法輪功を学ぶ方の問題は深刻である。私自身、法輪功の組織の人間ではないが、 「国境なき記者団」と同じように、これはイデオロギーや国境の枠では済まない、基本的な人権問題であると捉えている。
Img_3868 我が新潟県在住で、拷問から救出された日本人の妻である金子容子さん(中国名はラ容。黒龍江省鶏西市出身)の体験談などは、その凄まじさを物語っている。
 何かある度に「人権、人権」、そして「平和!平和!」などと念仏のように唱える共産党や社民党の議員もいるが、案の定、こういった催し物にはまったく参加していない。これこそは日本人として、いや人間として協力すべきことであり、イデオロギーには関係ないことであろう。なぜ、体を張ってやるデモやリレーなどには参加しないのであろうか。
Img_3869  また、保守陣営も来賓出席したのは、京都議会の土屋たかゆき議員、吉田康一郎議員、長野事変でも一緒に訴えをした千葉県松戸市の桜井秀三議員に私の4名であり、地元である長野県議会や周辺市町村議会議員の参加がなかったのは残念であった。

 次の会議もあるため、リレーの途中で失礼させてもらい、一路、長岡市に向かう。

Img_3876  昼食を食べていなかったので、15時過ぎに「オアシスおぶせ」で「あんかけ揚げ焼きそば 780円」を食べる。
 熱々の揚げたて麺に、火傷の予感がする中華あんに加え、たっぷりの辛子酢が心憎い。

 途中の色々なトラブルがあり、長岡市に到着したのが17時30分過ぎ。
 2008年日本青年会議所・北陸信越地区・新潟ブロック協議会の第6回新潟交流委員会に出席するために、 「かも川 別館」に来たものの、20分程度で再度移動することになってしまった。委員会メンバーには申し訳ない限りである。

Img_3877  そのまま柏崎に戻り、18時30分からの懇親会に遅れて出席。
 遅れてきたうえ、さらに一人一品持ち寄りだったことを忘れており、あわてて一旦自宅に戻る。
 小さめのサザエの壷焼きを作り、再度、会場へ向かう。

 22時、お開きとなり、2次会は失礼させてもらい、自宅に戻る。

2008年6月20日 (金)

平成20年第3回定例会閉会
意見書の重み(後期高齢者医療制度廃止?)

 1時過ぎ、自宅に戻る。祖母が仏間で独り言を言っていたので、夜中であることなどを説明しつつ、寝るまで待つ。5時、就寝。

 9時、起床。大粒納豆、にしんの酢漬け、卵焼きでご飯2杯の朝食をとり、そのままソフィアセンターに移動。

Img_3854  10時から本会議。平成20年第3回定例会の最終日である。議案の中身としては特に議論となるものはなかったものの、コマツ跡地の売却にあたって、土地開発公社から一旦、柏崎市が買い戻す議案「議第77号 財産の取得について(土地)」については、総務常任委員会で所属会派の議員が反対(非公開での審査などに疑義)をしたため、筋を通すために反対。
 この議案については、結局、総務常任委員会の採決のあと、継続で審査していく事が決まったので、賛成しても良かったのであるが、委員会で反対、本会議で賛成、というねじれた事はできないので、この対応となった。
 その後はすんなり行くと思ったものの、意見書のあまりのいい加減さに提出者である共産党議員に質問を繰り返した。
 一つめは、「議員発案第6号 ミニマムアクセス米の輸入停止を求める意見書(案)」。意見書のタイトルには「停止」とあり、主旨文にもそうあるのに、求める措置事項としては、

「記 1 ミニマムアクセス米の輸入を一時中止し、WTO交渉の場で・・・」

とあり、完全停止なのか、一旦中止しての交渉材料にするのか意味不明な内容であった。
 たかだか文言一つという意見もあるが、議会は言論の場であり、文章表現についても正確さが求められる。現にこれまでも、文言一つの修正などで何回も議会運営委員会が開かれ、修正されたりしていた。提出者である共産党議員も、

 「意見書標題と要望事項が不一致ではありますが・・・・」

などと私の質問に答えており、普通の議会では意見書の取り下げとなるパターンである。しかし、これが何と共産党、社会クラブ、柏崎のみらい、蒼生会、市民クラブ、明友会の市長与党の賛成で可決してしまった。
 二つ目は、同じく共産党議員から提出された「議員発案第7号 後期高齢者医療制度の廃止を求める意見書(案)」である。
 まずは柏崎市の現状をどう認識して廃止を求めるのか、そして廃止ののちの制度はどうすれば良いのか、と質問をするものの、共産党議員からは

・柏崎市の現状については、市長への一般質問で私(共産党議員)が取り上げたので、それをもって代えたい。
・とにかく全国で怒りの声があるので、廃止。

というものであった。
 一般質問というのは、「議会から行政への質問」であって、意見書の賛否を問う「議会内での質問」をそれに代えるというのは、二元代表制の意味合いを理解していないとしか言いようがない。そして、廃止を求めるものの、元の制度に戻すわけでもなく、代替案もなく、とにかく廃止というのは、あまりにもいい加減である。
 実は、後期高齢者医療制度については、多少の見直しは必要なものの、この制度導入により全国都道府県のなかで保険料が一番下がったのは、我が新潟県である。共産党の議員が私の質問に答えたくない理由もそこにあった。
 さすがにこの意見書については、賛成少数で否決された。

Img_3855 本会議終了後、議会運営委員会に出席。
 9月議会の日程調整のほか、8月22日の中越地区市議会議員合同研修会や原子力サミットが議題となった。
 その他ということで、今日の意見書の文言の不一致について提案したところ、議会事務局の局長からは、

 「体裁が整っていないということで、
       普通は否決されますが・・・」

とのことであった。同じ文書内で文言が合っていない意見書でも可決してしまうなら、もう何でもありである。しかも公文書として残るもの。お恥ずかしい限り。

Img_3856 12時、自宅に戻り、焼いた餅を納豆醤油に漬け込み、海苔を巻いた「納豆磯辺もち」で昼食をとる。
 13時から市役所に行き、関係各課において、市民の方からの依頼事項などを相談する。

080620_dvc00001  15時から第一中学校の会議室、今年9月21日に予定されている歌舞伎フォーラムの打ち合わせ。
 長岡市での実施のため、柏崎市内からバスを用意し、無料にてご招待する内容であるが、バスの集合場所などを含め、詳細な詰めを2時間ほど行う。

秘話:歌舞伎を守ったアメリカ人

 18時から市内某所で、選挙に関するお願いの打ち合わせ。現職・会田市長陣営のなりふり構わない戦法を確認する。

 19時からも同じく、市内某所で、選挙に関するお願いの打ち合わせ。

080620_dvc00003 21時、自宅に戻り、解禁となったサザエを米山町の後援会長から頂戴したので、刺身と壷焼きにして夕食。
 ご飯と納豆とサザエでは少し寂しいので、シメ鯖を加え、ビール500ml4缶で楽しむ。

2008年6月19日 (木)

反原発団体の不条理
原発見学=再開を支援?

 2つの原稿がやっと仕上がり、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、目玉焼き、シラスおろしでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎ、愛車で自宅をでて、12時まで長岡市内某所にて打ち合わせ。

Img_3849 13時、自宅に戻り、スーパーで半額になっていた平打ちの喜多方ラーメン「河京」(電話:0241-22-0875)の生麺を茹で、麺つゆと干し納豆で作ったタレで昼食にする。
 ここ数年、喜多方には行っていない。朝食からラーメンを食べるという地元の雰囲気を味わいに、また行ってみたいものである。

 14時から18時近くまで柏崎市内で3件の打ち合わせや懇談。
 懇談の最中、ご本人は反原発であるが、反原発3団体で許せないことがあるとおっしゃるので、その内容をお聞きすると・・・・・・こういう事であった。
 賛成、反対は別にしても、現在の原子力発電所の見学に多く方が市外から訪れてもらうことは経済の活性化のために好ましいと思っているものの、反原発3団体の申し入れにより、経済的損失がでたという。
 掲載された新聞記事を調べてみると、以下の通り。


平成20年6月14日『新潟日報』

 原発観光地化見送り
 県観光協 批判受け視察も中止

 中越沖地震で被災し運転停止が続く東京電力柏崎刈羽原発について、県観光協会(高橋正会長)は十三日、産業観光の素材として活用を探る検討を当面は見送ることを決めた。運転再開に反対する地元団体から「再開を後押しする動きではないか」との批判が出たこともあり、時期尚早と判断。十六日に予定していた同原発の視察も中止する。
 同協会事務局は検討を見送った理由について「再開を後押しする意図はない。被災から一年もたたない中で、観光素材として検討するのは、適切ではないと考え直した」と説明。ただ、今後の可能性に関しては「地元の反応を慎重に見極めた上で、適切なのか再考したい」と含みを残した。
 同協会では、地震から一年となる七月十六日以降に被災地の視察を実施する予定。しかし、視察先については柏崎刈羽原発も含め白紙から再検討するという。
 同原発は地震で、微量の放射性物質漏れや変圧器の火災が発生。同協会は「風評被害の一因となった一方、施設への関心が高まった側面もある」(事務局)として産業観光の素材として活用を検討していた。これに対し、地元の反原発団体が「県から補助金を受けている団体が再開を後押しするような動きをするのはむずかしい」などと批判していた。


 この方のおっしゃる通りで、原子力への賛否は別にしても、せっかく柏崎の地に来てもらえるチャンスを、原発反対団体が見事に棒に振っているのである。賛成反対は別にして、柏崎に来て、宿泊・飲食してもらえれば、市税の含めて被災後の我が柏崎市の経済にとってプラス。反対であっても、現状の原子力発電所を見てもらってから、反対活動だってしても良いはずである。
 <原子力発電所を見学する=再開を後押し>などとは言い掛かりにも近い。

 また、非常に面白いお話もお聞きした。
 反原発3団体の中心人物としてご活躍の某T氏であるが、原子力発電所の防火設備や初期消火にさんざん文句をつけておきながら、自分自身は禁止されている野焼きを行い、あまりにも火が大きくなって、消防車3台を呼ぶ大事になった。
 しかも、人に知られると困るから黙っていてほしいと言われたそうで、隠蔽と違反をしているのはどっちだ!という話であった。
 まさに原発反対団体の不条理である。反対なら反対で、是非、骨ある筋の通った態度をお願いしたい。

Img_3850 18時、自宅に戻り、仕掛けておいた岩魚の炊き込みご飯を仕上げて、祖母に夕食を用意する。ダシは丸ごと入れた焼いた岩魚と干し納豆である。仕上げに細切りにした生姜を加え、ほぐした岩魚とともに混ぜ込む。
 今日は母親が気分転換のため、旅行にでかけているため、祖母に話しかけながら食べる。

Img_3852 21時過ぎ、トルコ料理店「KEBAP TIME(ケバブタイム)」(電話:0257-32-4491)にて懇親。
 トルコのお酒「ラク」(別名:ライオンの乳)で飲み始め、メゼ(前菜)二品などをつまみながら、今後の柏崎市の行く末などを意見交換する。

Img_3853 その後、勢いがつき、市内某店で二次会。
 大連出身であるお店のママ手作りの小籠包をつまみに焼酎を飲む。
 なぜかカラオケを歌うことになり、堺正章「街の灯り」、フィリピン女性のリクエストにより「ボルテスVのテーマ」など。

2008年6月18日 (水)

継続的に注視、コマツ跡地売却
岩手・宮城内陸地震職員派遣報告

 2時に帰宅。3時過ぎ、寝ようとしたところに祖母が起きてきて、意味不明な事を言うので、2時間ほど話相手となる。6時から3時間ほど仮眠。

 9時過ぎ、大粒納豆、目玉焼き、玉こんにゃくでご飯2杯の朝食をとる。

Img_3845_2  10時から総務常任委員会に傍聴として出席。市民生活部の審議においては、議案事項に特に問題はなく、すんなりと説明が終わり、岩手・宮城内陸地震に関しての職員派遣報告が行われた。

「平成20年岩手・宮城内陸地震」現地調査報告(pdf形式)

岩手・宮城内陸地震への緊急消防援助隊の派遣(pdf形式)

 現時点では特に支援の必要はないようであり、ボランティアの要請もない。要請があった際には現地まで出掛けようと思う。
 また、中越沖地震の災害時の調査結果の概要版も説明された。委託費までかけて作ったものであるが、アンケート先は誰でもできるようなもので、ご自身の自宅の事はさておいてまで、各コミセンなどでボランティアをやってくれた地元の人たちへの調査やアンケートがまるまる落ちている。

災害時行動調査 概要(pdf形式)

 午前の委員会は早めに終わったので、13時までひたすら会田市政になってからの新聞記事の抜粋作業を行う。時系列に追うことで、市長選挙の公約とは、まったく違う政策が多いことが再確認できた。

 昼食をとる時間もなく、13時から財務部、総合企画部の審査。
 東京電力が28年ぶりに赤字に転落したことによる、法人市民税の還付金(返すお金)は、2億7314万円であり、いかに東京電力の存在が柏崎市の財政に貢献してきたかを実感。
 議論が沸いたのが、コマツ跡地を含む中心市街地活性化の報告である。

中心市街地活性化の取り組み状況について(pdf形式)

小松跡地公募売却実施要領(pdf形式)

*固定資産税収入:土地用途が工業だった場合は約1900万円、完全な商業地にする場合には約2500~2900万円

 今議会の初日で何とか議論できる場にしようとしたものの、市長与党の多数により、議会の意見なしに進むことになってしまった。
 このままでは、6月議会閉会後に非公開で審査され、9月議会で結果だけ持ってこられて、賛成しろ!というパターンである。もちろん、途中経過において、多くの市民の意見が入る余地はない。
 議事進行や委員長への要望が保守系議員から出され、継続審査の申し出をすることとなった。

 勘ぐりかも知れないが、市長選挙の前にバタバタと重要案件をやる日程になっており、それなら今まで何故チンタラしていたのか不思議である。

 17時近くに委員会が終了し、その後は意見交換や打ち合わせなど2件。

Img_3846  19時、自宅に戻り、平打ち生ラーメンをつけめんにしたもの、ひきわり納豆、豚肉などの炒め物を作り、夕食にする。
 留守中、中越沖地震発生後も即ボランティアに来てくれた埼玉県久喜市の井上忠昭議員がお土産をもって来てくれたとのこと。
 ご本人からのお話に寄れば、柏崎の復興した姿を見たく、日帰りで物産品を大量に購入していってくれたという。ありがたい限りである。

 また、柏崎市役所からのFAXがあることに気付き、見て見ると「柏崎市でも採血器具使い回し」といった内容。

本市の健康事業並びに直営診療所における採血用穿刺(せんし)器具の不適切な使用について(pdf形式)

 どうして委員会審査が終了したようなタイミングで、報告するのであろうか? 

 22時から仮眠する。

2008年6月17日 (火)

教育委員会の後援基準について
やっと2区画は仮設へ!番神浜茶屋問題

Img_3837  1時、帰宅。3時間ほど仮眠したのち、4時30分から柏崎青年会議所としてのえんま市後の早朝清掃ボランティアに参加する。
 柏崎市立第一中学校の生徒、先生をはじめ、東京電力柏崎刈羽原子力発電所のボランティア、地域の方、シルバー人材センターなど多くの人が清掃活動を行った。
 とにかくタバコの吸い殻や竹串など、ポイ捨てされたようなものが多く、また食べ残しも散らかっていた。
 タバコについては、地元・柏崎で買ってくれたであろうから、税収になったはずと思い込みながら片付ける。来年からは、露天商には柏崎市内でタバコを購入するよう、地割りか何かの際に事務局から言ってほしいものである。
 余談ながら、原子力発電所を「地域の敵」としている、自称・環境を考えるという反原発団体は、どうしてこういった清掃活動、まさに環境に関する社会奉仕はしないのだろうか不思議に思う。
 6時過ぎ、柏崎青年会議所メンバーは作業終了となり、帰宅する。

 7時、大粒納豆、目玉焼き、とろろでご飯2杯の朝食をとり、愛車で長岡市に移動。

 東京から出張で来ている某出版社の担当者と、長岡市内の宿泊先のホテル・ロビーで雑談。お土産にもずくの塩漬けをお渡しし、次回は仕事でもプライベートでも夏の柏崎まで来てもらうようお願いする。

Img_3843  9時過ぎ、一旦自宅に戻ったのち市役所に移動。10時から文教経済常任委員会の審査に傍聴出席する。
 提案の議案は特に何もなく、教育委員会に報告を求めた「原発を廃炉に!」ビラの件、そして「新潟県母親大会」チラシの教育委員会後援で質疑があった。
 「原発を廃炉に!」ビラの件については、改めて教育次長、教育長から謝罪があり、そして新潟県教職員組合の本部職員を柏崎に呼び、厳しく注意したとの報告があった。
 「新潟県母親大会」チラシの教育委員会後援については、教育委員会から後援に関する事務取扱要領が配布された。

柏崎市教育委員会の共催・後援等に関する事務取扱要領

 この要領を見れば、「3 承認基準 (1)事業内容についての承認基準」にこうある。

 「イ 政治団体、宗教団体の活動又は特定の宗教若しくは政治のための活動と認められる事業でないこと。」

 生徒に配布というだけではなく、教育委員会で各学校のポストに配布された「新潟県母親大会」について、民友会の遠藤議員が質問しようとしたところ、共産党の宮崎議員が盛んに議事進行で、

 「主催は新日本婦人の会ではない訂正しろ!」

と発言を遮り、傍聴で市外からも来ていた関係者らしき皆さんも注目。共産党がやたらめったら騒ぐ時点でバレバレにも関わらず、その主張は、

 「主催は『新潟県母親大会実行委員会』であり、
             新日本婦人の会ではない」

というもの。驚いたことに、教育次長の答弁も同様であった。新潟県母親大会チラシには、

Dscn0726

主催:第54回新潟県母親大会実行委員会
    柏崎・刈羽母親大会連絡会
<連絡先>新日本婦人の会新潟県本部

*画像をクリックすると大きくなります。

とあり、これを新日本婦人の会とは無関係であると答弁したり、共産党議員が強引に議事進行で発言するのである。
 つい野次でも言ってしまったが、
あまりにも「見苦しい!」
とても教育部門を司る機関とは思えない答弁、ロジックである。これが許されるなら、何でも実行委員会形式にして、政治活動を行うことも許すことになる。
Gosankou 実際にどんな事が行われるのか、教育委員会が各学校に配布したりという状態を含めて、今後追及していきたい。
 文教経済常任委員会が休憩に入った段階で、傍聴に来ていた関係者らしき人たちが、共産党議員団の控え室に入っていったという。
 この件を追っている某関係者からの証拠写真も頂戴した。

 12時過ぎ、事務所に戻り、冷凍うどん2玉、ひきわり納豆で作った「納豆うどん」で昼食をとる。

 午後から文教経済常任委員会には委員である会派の先輩議員にお願いし、13時からマスコミ某社の中越沖地震に関する取材など。

 午後からの文教経済常任委員会では、観光交流課から番神海岸の浜茶屋問題について、二区画を従来通りの仮設にする対応と、景観について双方の協議事項を入れた覚え書きを交わした報告があったという。

番神海岸の市有地貸付けに関する覚書の締結について

 これまで平成19年第1回定例会にはじまり、平成19年第3回定例会、そして平成20年第1回定例会とこの問題を一般質問はじめ、かなり追及してきたが、やっと2区画が当分の間の仮設になった。
 やれるなら早くにこういった対応をしろ、と言いたくもなるが、まさか今年に市長選挙があるからとか・・・・。
 今後もこの問題については動向を見ていきたい。

 16時過ぎまで、打ち合わせ。

 17時から祖母の夕食の準備や来客など。祖母は間食が多く、結局はいつも食事を半分以上残してしまうので、少しずつ色々なものを用意する。

 21時まで事務所で報告書や議事録の作成などを行う。暑くなってきたので、キーボード上にも汗が落ちる。

 22時から市内某店で、タンメンを食べながら選挙関係の打ち合わせ。

 23時、自宅に戻る。

2008年6月16日 (月)

粒子線治療施設の視察提案
自衛隊出身知事の災害対応

 2時過ぎ、現場保存ということもあり、また鎮火の様相を見せてきたので、帰宅する。シャワーを浴びて、3時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、糠いわし、野菜薩摩揚げでご飯2杯の朝食をとる。

 8時30分から市内某氏宅で、後期高齢者医療制度と老人保健制度の違いについて説明する。『週刊ダイヤモンド』2008/06/14号の資料が分かりやすかったので、活用した。

Img_3813_2  9時30分過ぎ、市役所に移動し、10時から厚生常任委員会に出席。
 今回は職員人件費の一律3%カットなどが主なものであり、特に問題はなく、スイスイと審議は進み、11時過ぎには討論、採決まで終了。
 委員会終了後、委員会視察について提案した。
 現在、委員会費は震災のため、全額カットとなっており、視察にいくとすれば、各会派それぞれのお金を使うことになるが、これだけ医療の事が心配されているなか、厚生常任委員会が何もしないのも情けないと思った故の提案である。
 提案の視察先は、 「兵庫県立 粒子線医療線センター」 。まさに粒子線治療の先端の施設であり、今後、柏崎市が原子力財源を使って何をすべきかが見える視察先であろう。

*新プロトコルの採用により、治療できるがんの種類が増え、1日に40~50人も治療できるようになった。こういった機器の進歩は飛躍的であり、あとは技術者・従事者の養成が重要となってくる。

 提案は各会派の持ち帰りとなったため、視察に行くかどうかは別途議論となる。
 がん対策や医療に関することは、政治的対立、会派うんぬんは抜きにして行うべきであり、各会派の英断を願うばかり。

Img_3814  市役所庁内に自民党で作成している補助金などを使った「まちづくり政策集」などを配ったりしつつ、12時、会派室に戻って、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)の弁当で昼食。きゅうりの古漬けが入っており、これが絶品であった。

 13時、一旦自宅に戻ったのち、着替えて、市内まわり。

 14時からの会議、15時からの勉強会とそれぞれに出席。

Img_3822  18時30分からシーユース雷音での柏崎準倫理法人会の役員会に出席。
 今月6月24日の倫理経営講演会の実施など、2時間半ほどの打ち合わせを行う。
 21時過ぎ、自宅に戻り、夕食として、頂き物の生寿司セットを食べる。食事中、電話があり、2次会のみ出席するということで、市内某店に移動。

 だんだんとその被害状況が明らかになってきている岩手・宮城内陸地震であるが、当日の岩手県知事、宮城県知事の自衛隊への要請などの情報が伝わってきた。
 両知事の要請は、

 10時50分:岩手県知事は
      県内唯一の陸上自衛隊である岩手駐屯地司令
 11時10分:宮城県知事は
陸上自衛隊第六師団

それぞれ派遣要請を行ったという。担当は東北方面隊であり、師団でいえば、第六師団第九師団の管轄となる。
 日本の観測史上最高値の加速度4022ガル(中越沖地震で2515ガル)といわれる地震。1年前に大きな地震で被災した者として、一刻も早い復旧を願うばかりである。

 奇しくも、今回の地震の2日前である6月12日は、宮城県沖地震から30年を迎えた日であり、宮城県の村井嘉浩知事はその日の防災訓練の訓辞のなかで、地震対策への取り組みを語ったばかりだという。
 村井知事は防衛大学を卒業、東北方面隊での部隊勤務も含め、8年間の陸上自衛隊員としての経験がある方である。その経験を活かし、知事としてどんな対応をされるのか勉強させてもらおうと思う。


平成20年6月13日『産経新聞』

【特報 追う】教訓は生かされているか
宮城県沖地震30年

 死者28人、住宅損壊13万戸超の被害を出した宮城県沖地震から12日で丸30年を迎えた。政府の地震調査委員会の分析では、今後30年以内(平成49年末まで)に同地域で大地震が再発する確率は99%とされ、同県では建造物の耐震化、防災情報システムの整備などが急務となっている。あの日の教訓は生かされているのか-。現状を探った。(渡部一実、石崎慶一)

■ハード整備に遅れ■

 前回の宮城県沖地震は、人口50万以上の大都市(旧仙台市)が初めて経験した都市型災害といわれ、被害の特徴は住宅密集地でのブロック塀、門柱などの倒壊だった。同市では住宅損壊9万 395戸、塀の倒壊は3万 891カ所に上り、市内の犠牲者16人のうち11人が塀の下敷きで死亡。この事態を受け昭和56年に建築基準法施行令が改正され、屋外構造物の耐震基準が厳格化された。
 県が平成19年5月に策定した耐震改修促進計画によると、官公庁や病院、百貨店など県内の公共的施設計6623棟のうち、耐震化が確認されたのは4569棟。耐震化率は68.9%にとどまっている。一般家屋も約22万戸が耐震強度不足と指摘される。
 東北工業大の大沼正昭准教授(耐震建築)は「公共施設は被災時に避難所となり、復旧の拠点でもある。『どの施設がないと困るか』を念頭に優先順位をつけて早急に耐震化すべきだ」と指摘する。
 仙台市は地震2年後の昭和55年、全国に先駆け、学校周辺や人通りの多い公道でブロック塀の撤去を始めた。塀の所有者に撤去費を助成する形で協力を求めているが、今年3月末時点でまだ 142の危険個所が残る。「『お金を出したくない』『うちの塀は大丈夫』と言い張る人も多く、思うようには進まない」と市の担当者は頭を抱える。

■ソフトで減災目指す■

 県は次の地震に備え、「みやぎ震災対策推進条例」(仮)を9月県議会に提案する方針だ。条例案では、防災の基礎知識を持つ「防災指導士」を来年度中に1500人育成し、一定規模以上のデパート、病院などに配置を義務付ける。また高齢者や妊婦、障害者など「災害時要援護者」について、県が市町村にリストの作成を促す「努力義務」も盛り込む予定だ。
 こうしたソフト面の防災対策について、大沼准教授は「多くの人が知恵や情報を共有すれば初動態勢が充実し、被害を最小限に抑える『減災』につながる」と評価する。
 近い将来、再発が確実視される宮城県沖地震。マグニチュード(M)8で震度6強の場合、死者約 160人、負傷者約6170人、住宅の損壊・焼失約6万1000戸の被害が出ると県は予測している。仙台市直下で発生した場合には、死者は約4倍の約 620人、負傷者は約1万1000人に脹れ上がる計算だ。

 宮城県と県内9市町は12日、総合防災訓練を実施。最大規模となる仙台市主催の訓練には 250機関、約1万人が参加した。
 訓練の想定は「午前7時、宮城県沖を震源とするM8.0、震度6弱の地震が発生。市街地で火災が多発し、沿岸部には大津波警報が発令された」。
 同市青葉区の旧県スポーツセンター跡地に臨時救護所が設置され、地域住民やボランティアらが、けがの度合いで治療の優先度を決める「トリアージ」、倒壊家屋や車両からの負傷者救出、建物の消火などに取り組んだ。
 また、市内の小学校で避難所の開設訓練が行われ、市職員らが更衣室や仮設トイレ、プライベートな空間を確保する「間仕切り」を設置するなどした。市の担当者は「各地の地震被災地を視察し、避難所に女性の細やかな視点が必要と判断した」と話していた。

2008年6月15日 (日)

火災発生、八坂神社
ぎおん祭りは八坂神社のお祭り

 1時、就寝。

Img_3829  5時、起床。えんま堂周辺のゴミ拾いなど、ボランティアの方と行う。

 7時、大粒納豆、目玉焼き、シラスおろし、トマトでご飯2杯の朝食をとる。暑くなるような天気であるが、ときどき吹く風が心地よく、畳の上に寝転がって、原子力関係の本を2冊読む。

 10時から県外から来た2名の方をえんま市で案内する。インターネットで本ブログをご覧になり、コンタクトをとってこられた方で、震災の際にもボランティアで来てくれたという。
 えんま市は、かなりの人出で一歩ずつ歩く感じであった。
 お付き合いで買った露天商の「チョコバナナ」や「ドネル・ケバブ」などで昼食にする。

 13時、駅までお送りしたのち、自宅に戻る。

 明日、自民党・長島忠美衆議院議員をえんま市にご案内する予定であったが、岩手・宮城内陸地震のため、中止という連絡が入る。自然災害対策の専門家として、ご活躍である。

 かなりの量の新聞切り抜きや資料で歩く場所もなかった事務所の片付けをはじめる。今後必要になりそうな資料についてはPDFファイルに変換するが、スキャナが遅く、またA4までしか対応していないので時間がかかる。

 20時、事務所に来客。差入れに持ってきてくれた「牛すじ煮込み」「玉こんにゃく」「ミートやきそば」などをつつきながら、懇談する。シメはひきわり納豆とご飯。

Img_3810 23時過ぎ、西本町で火事との連絡が入り、作業服に着替え、防災セットを持って、自転車で現地に出掛ける。
 現地に着いてみると、これからの大祭、ぎおん祭りの主役となる八坂神社から大きな炎がでており、なんとも言葉に言い表せない、やるせない気持ちになった。本堂は明治28年に建てられたもので、中越沖地震で半壊し、修理したばかりであった。
Img_3812 既に現場では、消防署の精鋭はもちろん、地元消防団の皆さんが活躍されており、手伝いをする必要はなかったものの、そのまま家に戻る気にはなれなかった。
 昨年の中越沖地震に続き、またもぎおん祭りに影響がでてきそうである。
 ぎおん祭りは、本来、八坂神社のお祭り。柏崎の3大祭りは、石井神社の春祭住吉、八坂神社の夏祭祇園、柏崎神社の秋祭諏訪である。

2008年6月14日 (土)

岩手・宮城内陸地震発生!職員派遣
震災後初のえんま市

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、糠いわしでご飯2杯の朝食をとる。

 えんま市が始まることもあり、取材の車やら露天商の関係者やらで事務所のまわりも慌ただしい。そんななか、8時43分、ゆっくりとした揺れを感じたので、ニュース速報を確認すれば、岩手・宮城地方に震度6強の地震だという。

 詳細な人的被害は第一報で入らなかったが、福島第一福島第二原子力発電所、女川原子力発電所が安全に運転している旨の報を見て、安心する。
 昨年の中越沖地震の際にボランティアに来てくれた方やグリーンツーリズム企画の関係でお世話になった岩手県・宮城県の方々に電話したところ、繋がったものの、全体情報はつかめていないとの事で、ボランティアが必要になったら連絡をくれるという。

 えんま市ということで、市外からのお客さんを案内したり、甥っ子や姪っ子を連れていき、昼食らしい昼食はとらず、露天商の「玉こんにゃく」「広島焼」「クレープ」など。

 午後からは、新潟市のイベント関係者や某市の商店街関係者の「えんま市」視察対応のため、えんま堂をはじめ、柏崎の要所を案内する。個人的には、やはり昭和懐物ランド「こどもの時代館」を案内したかったが、年齢層が高く、今回は断念。

 柏崎市役所からは、今回の岩手・宮城内陸地震をうけ、岩手県奥州市に職員を派遣した旨の連絡がきた。
*復興管理監、原子力課長、都市整備課長代理の3名
 余震も続いており、とにかく被災された方、そして派遣された職員の無事を祈るとともに、我が柏崎市がこれまでに経験したノウハウをもって、被災者のお役に立ってきてもらいたい。

 また、陸上自衛隊高田駐屯地も既に災害派遣の待機状態となっており、命令さえあれば、いつでも現地に駆けつけられるとのことであった。

 中越地震以来、昨年の中越沖地震まで多くの災害を経験してきただけに、日本政府の初動は迅速で、今回の岩手・宮城内陸地震では、発生7分後、官邸に対策室を設置、1時間以内に官邸の危機管理センター町村信孝官房長官、泉信也防災担当相らが続々と集まり、甘利明経済産業相から官邸で原子力発電所に被害が出ていないと報告したそうである。

 17時から2時間ほど、市役所の会派室で事務作業を行う。

 19時、事務所に戻り、市外からこられた方と懇談。初めての「えんま市」とのことで、連れてこられたお子さんも興奮していた。

Img_3809 20時、変わったお好み焼きを作ろうと、残り物になっていた飛魚の塩焼き、シマダイの塩焼きの身をほぐし、小麦粉、とろろ、昆布粉でつないで、じっくりと焼き、夕食にする。
 かなりボリュームのあるお好み焼きになり、ビールも最初は進んだものの、途中で腹一杯となってしまった。

2008年6月13日 (金)

参院:首相問責決議の愚
拉致問題、進展とは言えない!!

 2時、就寝。

 6時、起床。原稿のために読まなければならない本が多くでてきたので、風呂に持ち込み、3時間ほど半身浴をしながら読み進む。すっかり体がふやけた。

 9時、大粒納豆、いわし明太、じゃがいもの油炒めでご飯2杯の朝食をとる。

 10時からの建設企業常任委員会のため、移動しようとしていたところで、某町内会長が事務所の前にお見えになり、1時間ほど復興イベントに関する相談。

 11時過ぎ、市役所に移動しよとしたところ、同じ会派の先輩から既に委員会が終了した旨の連絡が入った。今回は議案が少なかったため、あっという間に終わったようである。

 12時、コンビニで買った納豆巻き2本、低脂肪乳、野菜ジュースを昼食として食べながら、愛車で長岡市に移動。

 13時から16時まで長岡市内の某所で打ち合わせ。最近、長岡市内での打ち合わせが増えており、出張や旅行者にとっての新幹線の強み、そして乗り継ぎの不便さを痛切に感じる。

Img_3807 17時、事務所に戻ったところで、拉致問題の関係者からの連絡が入った。これから発表される日朝実務者協議の結果について、抗議活動を行う予定とのことで、柏崎の代表として協力してほしいというものであった。
 今回の日朝実務者協議の結果、

 1.北朝鮮が日本人拉致問題に関する再調査

 2.日航機「よど号」乗っ取り犯関係者6人
             の身柄引渡しへの協力

ということで、日本政府は「一定の前進」としている。しかし、「再調査」はこれまでも使われてきた時間稼ぎであり、暴論と言われるのを覚悟に言えば、「よど号」犯などよりは、拉致被害者の救出が先である。
 アメリカによる北朝鮮のテロ支援国家指定条件が「よど号犯」ということを考慮すれば、 日本からの返還要求があったというストーリーにし、テロ指定国家と経済制裁の解除を狙っているのであろう。
 またも北朝鮮の手の平の上で踊っているのが日本。
 いい加減にしろ!という気分であり、我が自衛隊の精鋭部隊をもって、奪還作戦を行うべきという国会議員がいないのが不思議である。

 国会議員の行動でいえば、まったく意味がない愚かなものだと感じたのが、参議院における福田首相への問責決議。
 提案理由は以下である。


○輿石東君 私は、民主党・新緑風会・国民新・日本、社会民主党・護憲連合の二会派を代表し、ただいま議題となりました内閣総理大臣福田康夫君に対する問責決議案について、提案の趣旨を御説明申し上げます。
 まず、決議案を朗読します。
  本院は、内閣総理大臣福田康夫君を問責する。
   右決議する。
 福田総理、あなたは、昨年の九月二十五日、政権をほうり出した安倍前総理に替わって第九十一代内閣総理大臣に就任しました。自民党内のほとんどの派閥の支持を受け、マスコミ各社の世論調査の支持率も軒並み六〇%を超えるという一見順風満帆のスタートでした。
 しかし、内閣発足から九か月、調査のたびに内閣支持率は下がり続け、最近では二〇%を割り込み、今や政権は危険水域に入ったと言われています。どうしてここまで支持率が低下したのか、その理由を総理は真剣にお考えになったことがあるでしょうか。
 この通常国会の冒頭、私は代表質問の中で、福田総理にあらかじめ申し上げておいたことがあります。十四年ぶりに越年、年越し延長までした臨時国会では、新給油法案を衆議院の三分の二で再可決し、成立させましたが、今後も再可決を使うつもりがおありなのか。与党側が通常国会においても再び参議院をないがしろにするようなことがあれば、私たちは総理大臣問責決議案の提出も辞さない覚悟であると。
 また、このようにも申し上げました。国政において総理大臣の問責決議案は極めて重いものであり、私たち参議院はそれだけの責任を考えて総理の問責決議を行わなければならない。したがって、総理に対する問責決議案を行う条件は、一つには、国民生活にかかわる大きなテーマであること。二つには、与党との対立について十分国会の場で議論し、問題点が明らかにされていることであり、できる修正は折り合うが、政府が無理押ししてくるならば、そのときは重大な決意をすると。覚えておいででしょうか。今がまさにそのときであります。
 以下、具体的に問責決議案を提出するに至った理由を説明いたします。
 問責の第一の理由は、参議院を軽視する福田総理の姿勢であります。
 昨年七月の選挙の結果、参議院では私たちの会派が最大会派となり、野党が議席の過半数を占めました。衆議院では与党が三分の二の議席を占めていますが、これは三年前の九月、郵政民営化一点に絞った公約で小泉元総理が獲得した議席にすぎません。国民の直近の支持は私たち野党に移ったのであります。
 このようなねじれ国会と言われる状況の下では、どうしても賛成できない点では反対するが、十分に議論をし、折り合いが付くところでは折り合うことが必要であります。このような考えに基づき、私たち野党も、国家公務員制度改革基本法を始め何本かの政府提出法案については、与野党とも修正案を取りまとめ、成立させてきたのであります。
 しかるに、ガソリン税等、道路特定財源に関する税制関連法案については、参議院が審議を続けていたにもかかわらず、衆議院でみなし否決の上、またもや再可決。そして、日銀総裁人事をめぐっても、福田総理は財務省OBの任命にこだわり続け、二十日間近い空白を生じさせました。
 福田総理は、自公政権は、参議院が変わったことの意味が理解できなかったということであります。衆参共に多数を持っていたときと同じ意識で、同じ対応を続けるという信じられない政権運営をしている。それが今の国会の実情であります。
 問責の第二の理由は、国民の生活実感を理解せず、人任せにしている総理の姿勢そのものであります。
 どんな政策を実行し、どんな国をつくるのか。福田総理は、国民に向かってビジョンや決意を何も語ることなしに、官僚の言うがままにこの九か月を過ごしてきたのであります。
 消えた年金問題の処理は、安倍内閣が私たち民主党の提案を無視した結果、いまだに二千万件が不明な状況にあります。また、大きな批判と混乱をもたらしている後期高齢者医療制度に至っては、小泉内閣のときに自公両党により強行採決されたものであります。厚生労働委員会におけるあのときのひどい有様をニュースの映像で覚えておられる国民の皆様は多いことでありましょう。
 このように、福田総理は、小泉、安倍内閣の負の遺産を引き継いだのですが、こうした負の遺産を一掃するという決意も熱意も総理にはないのであります。
 自公政権だから、やはり無理なのでしょう。医療の崩壊、生活保護等のセーフティーネットのカット、拡大する貧富の差、これらを解決するには、トータルとして本当に安心できる社会保障政策を確立するための政治の組替えが必要であります。加えて、防衛省や国土交通省、財務省を始め、種々の官僚機構、政治家と企業との癒着や税金の無駄遣いなどが次々と明らかになり、もはや政権交代がなければこのような負の遺産や癒着を断ち切ることはできません。
 したがって、この問責決議案は、直接的には総理に辞職を求めるものでありますが、むしろ我々が求めるのは解散・総選挙であります。
 歴代の総理は解散権を振り回し、政治的な求心力を保持してまいりました。ところが、あなたは絶対に解散しないことで求心力を得ようとする、非常に不思議な総理です。来年の任期満了まで総理を続けるおつもりなのでしょうか。
 今こそ、子供たちに夢を、青年が希望を、そしてお年寄りが安心できる仕組みをこの国はつくっていかなければなりません。今、福田総理に必要なのは、安全で安心な生活や地域を取り戻すために、一日も早い解散・総選挙を決断されることであります。
 何とぞ、本決議案に対して、良識のある議員の方々、明日の日本のために、それぞれの立場を乗り越えて、勇気を持って御賛同賜りますよう訴えて、趣旨説明といたします。(拍手)


 私自身も福田内閣の弱腰には、自民党籍をもちながら、ほとほと嫌気がさしてはいるが、民主党をはじめ野党の参議院議員の愚かな行為には驚く。
 そもそも、現在の福田康夫総理大臣の首班指名では、衆議院で指名されたものの、参議院で指名されなかった(平成19年9月25日)。


第168回国会 本会議 第2号
平成十九年九月二十五日(火曜日)
   午後一時三十一分開議

<中略>

○議長(江田五月君) 決選投票の結果を報告いたします。
  投票総数        二百三十九票  
  
小沢一郎君        百三十三票  
   〔拍手〕
  福田康夫君          百六票  
   〔拍手〕
 よって、
本院は、小沢一郎君を内閣総理大臣に指名することに決しました。

<中略>

○議長(江田五月君) 内閣総理大臣の指名につきましては、両議院の意見が一致いたしませんので、憲法第六十七条第二項の規定により、衆議院の議決が国会の議決となります。
 本日はこれにて散会いたします。
 午後五時十分散会


 結果、憲法67条の規定により、両院協議会を開き、衆議院の議決を国会の議決として総理大臣になった。
 参議院の過半数をとっている野党は、問責うんぬん言うが、そもそも参議院は福田首相を指名していない。
 
しかも、何の法的根拠もない総理問責決議案を参議院で可決したからといって、衆議院を解散することなどあり得ない。

*憲法第六十九条:内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 参議院で指名していない福田首相に問責決議を可決して喜び、そして衆議院の解散総選挙だ!と叫んでいるお花畑状態がこの騒ぎなのである。
 そして、審議を拒否して衆議院の本会議にも欠席するという税金の無駄遣い。
 まともな民主党議員もいるが、あまりにもお粗末。
 そんな暇があれば、後期高齢者医療制度など<ただの反対>ではなく、改正案を練るなど、もっと重要な法案を真剣に議論してほしいものである。

 19時から市内某居酒屋での懇親会に出席。市長選挙に関係する話だったため、かなりヒートアップした。保守、革新という括りで議論されていたが、私に言わせれば、

 役人か政治家か

の選択である。

 22時、自宅に戻る。

2008年6月12日 (木)

駆逐艦「雷」工藤艦長『敵兵を救助せよ!』
サムエル・フォール卿の来日

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、シラスおろし、野沢菜でご飯2杯の朝食をとり、愛車にて東京に向かう。

 9時近く、群馬県に超えたあたりで、今日の打ち合わせが急遽、無くなったとの連絡がはいり、そのまま柏崎にUターン。

Img_3805 12時近く、自宅に戻り、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューメン」の出前をとって昼食。
 具合が悪くなり、病院帰りの甥っ子が来ていたので一緒に食べる。いつもならモリモリ食べるのに、熱があるせいか甥っ子の食欲なし。

Img_3806 13時30分から第一中学校の会議室で、今年9月21日に予定されている歌舞伎フォーラムの準備委員会の打ち合わせ。
 歌舞伎を多くの子供に知ってもらおうと長岡で開催されるものの、無料で柏崎刈羽地区の小中学生、場合によっては高校生、大学生を招待しようというものである。演目は、「忠臣蔵」。

 16時、市内某所での政治に関する打ち合わせに出席。

 17時過ぎ、愛車にて長岡市に移動し、東京から出張できた某クリエイターの方と打ち合わせ、というよりは雑談。何か面白いことはできないか、という話から会うことになったが、ともに同世代ということもあり、話が弾んだ。帰り際、車内に置いてあった「ウルトラマンメビウス」のDVDをプレゼント。

Img_3808 20時、自宅に戻り、越後豚のモモ肉を使ったトンカツ、なめこ汁、ひきわり納豆でご飯2杯の夕食をとる。
 ありがたいことに、何紙からの保守系オピニオン紙からの原稿依頼が来ているものの、メールやら電話があり、じっくりとパソコンに向かって原稿を書く時間がなかなかとれないので、オフラインのノートパソコンをもって、寝室で原稿書き。

 日露戦争までは日本軍には武士道があった、というのは、かの故・司馬遼太郎氏を多く作家、歴史家が語っているが、大東亜戦争中の感動秘話についてはなかなか表にでることはなかった。
 しかし、元海上自衛官である作家・恵隆之介氏の著書『敵兵を救助せよ!』のお陰で、日本人も知らなかった、大東亜戦争中の武士道を重んじた感動秘話があったことを知り、多くのメディアが紹介するに至った。
 このほど、証言者となるサムエル・フォール卿が来日されるそうである。新たなる日英の友好関係に期待したい。

『敵兵を救助せよ!』再現ドラマ


平成20年6月8日『産経新聞』

 漂流・・・・駆逐艦「雷」が救助
 英元士官 感謝の来日 来月、艦長の墓参り

Ikaduchi  太平洋戦争はじめ、インドネシア沖で漂流中、旧日本海軍の駆逐艦「雷」に救助された元英海軍士官が、当時の艦長の行動に感謝、墓参のため7月にも来日する。
 来日するのは元英海軍中尉、サムエル・フォール卿(89)。戦後、英外務省に勤務し、駐スウェーデン大使などを歴任した。
 フォール卿は、昭和17年3月、スラバヤ沖海戦で、乗り込んでいた軍艦が日本海軍に撃沈され、約450人の乗員とともに24時間近く海上で漂流した。参戦した雷は艦長の工藤俊作中佐の号令で、全乗員が救助にあたった。感謝したフォール卿は、工藤艦長をたたえる講演を続けながら、消息を探してきた。
 来日したフォール卿と知り合った元自衛官で作家の恵隆之介さん(54)が調査。工藤艦長は妻、かよさんと2人暮らしで昭和54年に77歳で他界、2人の墓が埼玉県川口市内にある
ことが判明した。存命する雷の士官では、ただ1人確認できた元航海長の谷川清澄さん(92)=静岡県在住=が戦後も工藤艦長と親交を続けていたことが分かった。
 フォール卿は「元気なうちに艦長の墓参りをし、関係者に礼を言いたい」と再来日を決意。谷川さんとの対面も楽しみにしているという。
 恵さんは「フォール卿が話さなければ、雷の英雄的な行動は歴史の闇に消えていた。艦長や乗員の行動は日英間の新たな友情のきずなとなるはず」と指摘。乗員の慰霊・顕彰碑建立のための事務局「故海軍中佐工藤俊作顕彰会」を立ち上げ、フォール卿の来日と墓前祭の実現を呼びかけている。問い合わせは090・8839・3783。

2008年6月11日 (水)

逆ギレの匿名メール
アタチュルク像、結局解決せず・・・

 4時、起床。愛車にて長野市に向かう。

 6時から7時まで、長野駅近くの某ホテルにて、某勉強会にて講演を行う。講演の内容は「環境時代の原子力発電」として、中越沖地震での柏崎刈羽原子力発電所の被害の真相、世界の原子力発電リバイバルの流れなどを約40分間に渡り、お話する。
 終了後、朝食会へのお誘いを受けたが議会もあるため、そのまま柏崎に戻る。

 9時、自宅に到着し、大粒納豆、目玉焼き、茄子の味噌油炒めでご飯2杯の朝食をとる。食後、パソコンを見ると匿名でのメールが複数届いていた。
 昨日の一般質問で取り上げた、学校現場において配られた「廃炉運動チラシ」の件が、『朝日新聞』『毎日新聞』『新潟日報』『読売新聞』などに朝刊各紙に掲載されたからか、代表的な匿名メールは以下のような内容であった。


From:     "yy" <*****@gmail.com>
To:      
webmaster@nattou.com
Subject:  教育現場を混乱するだけ
Date:     Wed, 11 Jun 2008 06:21:00

貴方がやっていることは現場の事も分からず功名のためではないですか。
小さなことで混乱させ教師も傷ついてます。貴方のような議会人がいることを恥ずかしく思います。


*ホストは「dion.ne.jp」

・・・関係者なのか誰なのか不明(使われている言葉と言葉遣いがアヤシー)であるが、まさに逆ギレ。怒りというよりは、あきれた気持ちになり、ソフィアセンターに移動する。

 10時から本会議、一般質問二日目である。今日の会田市長の答弁はのらりくらりであり、財政健全化のための具体的なプラン、考え方はでてこなかった。

080611_dvc00002  12時から議会運営委員会に出席。
 人事案件など、すべての議題終了後、昨日の社会クラブ・矢部議員から私の質問中の議事進行(学校現場でチラシが配られたのは事実ではない、発言撤回しろ)について、ルールの確認を行った。
 議長本人から今後注意してもらうことで決着をみたところものの、今度は共産党の議員から「新日本婦人の会」が共産系という私の発言も撤回しろ、との提案がでた。しかし、他の議員から議会運営委員会は発言の内容を審議する場ではないと釘を刺され、終了。
 もし共産党がそこまで言うのであれば、現在は議員ではなくなったが、かつて共産党の議員が販売ノルマで困っているからと相談してきたので、先輩議員でもあり「惻隠の情」から婦人大会のチケットを数名購入してあげた事実も言うつもりであった。

080611_kyouiku 教育委員会から「廃炉運動チラシ」の件について、本日平成20年6月11日付けで「組合員向け文書の子どもへの配布事案について」という報告文書が届いた。
*画像をクリックすると大きくなります。
 文書の内容を読めば読むほど、ツッコミどころ満載である。
 教職員の組合に限らず、いわゆる「反原発」団体は、同時に「戦争反対」「平和、平和」と念仏のように唱えるが、戦争のない平和な社会を望むからこそ、エネルギー自給率の低い我が国は原子力発電をはじめ、安定したエネルギーの確保が必要なのである。戦争の原因の多くは、エネルギー(資源、食糧含む)、宗教対立。
 論理破綻していることも気付かないのであろうか。

080611_dvc00001 12時20分、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)の弁当で昼食。
 食事中、何件かの電話が入り、今日の新聞各紙掲載の反響の大きさを知る。電話の内容は、ありがたい激励と教職員の組合の活動(反原発)を知ったという驚きの声であった。

 13時から議会再開。
 公明党の真貝議員の一般質問において、旧柏崎トルコ文化村のその後について触れられたが、驚いたのはその答弁。

Q1.市民である民有地地権者とウェステックエナジー社との裁判において、補助参加しているが、それが適正であったか。
A1.補助参加とはいうものの、どちらか一方を応援するわけではない。

 まったく意味不明である。補助参加はどちらかを補助するのであって、独立参加、つまり三面になって参加するという選択があったはずである。

Q2.譲渡契約の際、「平成20年5月30日までに計画書にあった通りに用途に供しなければならない」とあったはずだが、結局現時点ではどうなっているのか。
A2.ブライダル、レストランについてはオープンしているが、パークゴルフ、子供公園については現時点でまだ開始されていない。進捗を確認中。裁判のこともあり、それ以上の答弁は差し控える。

 今回の譲渡契約は議会議決事項であり、その履行がなされていないということは契約違反であり、本来であれば議会側から質問がでるのを待つまでもなく、報告しなければならないことではないのか。しかも裁判のための費用は我々の血税であり、あまりにもいい加減である。

Q3.トルコ共和国から贈られたアタチュルク像については、現在どうなったのか。
A3.柏崎市へ無償譲渡してもらうよう交渉したが、なかなか理解してもらない。裁判になっていることもあり、進んでいない。

Img_1811 昨年12月議会での私の質問に対し、会田市長は「ウェステックエナジー社から柏崎市に無償譲渡してもらい、対応する」と答弁したが、半年経過した何も解決していない。しかも裁判になっているからとの言い訳付き。
 そもそも譲渡の際にも、あれだけ「銅像を売るな!」 としつこく迫ったにも関わらず、売ったものである。
 どこまで恥をかけば気が済むのであろうか。

 17時、議会終了後、市内にて打ち合わせ1件。

Img_3804 18時過ぎ、自宅に戻り、今日釣れたばかりという飛び魚を塩焼きにして、ひきわり納豆とともにご飯2杯の夕食をとる。飛び魚を塩焼きにしても、あまり美味しい魚だとは思わなかったが、子持ちの飛び魚は格別であった。
 食中、食後と電話が続き、急遽、取材を受けてほしいとのことで、市内某所で打ち合わせ。
 「第5回どんGALA!実行委員会」に出席できず。

 22時、自宅に戻り、メールやブログなどの事務仕事。

2008年6月10日 (火)

一般質問、原発財源の活用
またも議会中断?教育現場で廃炉チラシ

 一般質問の準備のため、かなり遅くまで資料を整理する。

080609_hairo 昨日、今日と「柏崎刈羽原発を廃炉に!」というチラシが、市内某小学校で生徒に配布されたという複数の情報提供があり、現物も確認した。
*画像をクリックすると大きくなります。
 配った学校からの言い分としては、

 ・本来、教職員の組合員に配るべきものを間違って、生徒に配った。

というものであった。組合員数と生徒の数は同じなのであろうか?
 原子力発電への賛成、反対は別にしても、学校現場に政治的なチラシを持ち込むこと自体が問題であるうえ、生徒に配布する際に中身を確認しなかったのかという疑問も残る。確認していないようであれば、生徒に配る配布物をチェックする業務上、当たり前のことをしていなかったのであろうか。
 ちなみに、このチラシの中身にある集会の主催は、「原発からいのちとふるさとを守る県民の会」となっているものの、問い合わせ先は「新潟県平和運動センター」「柏崎地区労働組合会議」となっている。
 新潟県平和運動センター主催の「日本人の歴史認識を考える 2.11 にいがた平和集会」という集会に突撃したことがあったが、異常な雰囲気(いかにも「動員です」「私、日本が嫌いです」など)であり、とても公務員という自覚があるとは思えないものであった。

 4時、就寝。

 7時、起床。目を醒ますためにも1時間ほど、風呂に入った後、大粒納豆、イカの塩辛、トマトとモッツアレラチーズ、スナップえんどうでご飯2杯の朝食をとる。

 9時30分、ソフィアセンターに移動。10時から本会議の一般質問一日目となった。
 自治研究会の砂塚議員の一般質問で、今年の市長選の前に会田市長は財政見通しを出すべきではないか、というものがあった。現在のかなり逼迫した財政状況にも関わらず、財政健全化のための計画は11月に出すと会田市長は計画している。つまり、市民への負担を増やすであろう計画を、市長選挙の後にしようという魂胆である。本来であれば、市長選うんぬんは抜きとして、財政健全化の計画は徹夜してでも一気に仕上げて、市民に理解を求めるのが筋であろう。
 案の定、答弁はのらりくらり。9月議会で問い質したいと思う。

Img_3796  午前中の2名の質問終了後、議会運営委員会に出席。今回から議会運営委員会のメンバーが一新するため、委員長と副委員長の互選を行った。
 また、今月26日の原子力安全・保安院による説明の全員協議会の日程などを審議。

Img_3797 12時30分、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)の弁当で昼食をとる。
 今議会は、弁当を食べる控え室がいつもとは違って会派別ではなく、一緒の部屋になっているため、直接、間接を問わず、面白い話もヒョコヒョコでてくる。

 13時から議会再開。某議員の一般質問では、原子力財源のない柏崎を目指すといった旨の内容があったが、現実に即実現というのは無理である。
 これまで柏崎市に入ってきた原子力発電所にかかわる歳入は以下のようになる。

・昭和53年から平成20年までの累計で2253億円
ピークは平成17年で単年度で153億円
      (柏崎市一般会計予算の34.5%)
   うち固定資産税が127億円(平成20年は34億円)

・平成20年度で単年度75億円
      (柏崎市一般会計予算の15.4%)
 原発停止により9億円の減で基金で対応。

 原子力財源を使って、次の財源となる一手(政策)を打つべきであって、それが結果的に原子力財源に依存しない財政状態を作るのである。廃炉にして原子力財源を無くすという考えには、まったく同意できない。

Img_3798 16時過ぎから一般質問。
 今回は大きく3点、いつものことながら一問一答形式である。

1 原子力発電所の再稼動と原子力財源の活用について
(1)与党である自民党幹部との意見交換会における市長の原子力発電所にかかわる発言の真意
(2)原子力財源を柏崎市の財政難への貢献という以外に活用する考えをもっているのか否か
(3)原子力発電所の再稼動後の次の一手について

  要旨をまとめるとこうなる。


 世界は環境技術としての原子力発電に注目が集まっており、いまや建設から運転までできる国はフランスと日本だけである。
 中越沖地震を経験した世界一の柏崎刈羽原子力発電所が再稼働することが、世界に日本の技術の高さを見せることになる。
 ただし、現在の柏崎市の状況を外から見れば、極端な財政難だから原発再稼働を望んでいる、つまり経済的理由からの再稼働ととられかねない。それは賛成派、反対派にとっても情けないことである。再稼働とセットで次の一手、夢ある政策をだすべきではないか。
 先日、柏崎市も補助して、放射線治療装置が刈羽郡病院に導入された。今後、装置自体の生産コストは安くなっていき、大量に作られることが予想されるが、優秀な放射線医療技師を早急に増やすことはできない。
 我々の敵は
「癌」である。
 いまこそ、放射線医療技術者を柏崎で養成するなどの大儀ある政策を提示すべきではないか。それこそ、原子力財源を活用するにふさわしいと思うが、市長の考えは?


 会田市長の答弁としては、案の定、のらりくらりと、

・再稼働については安全確認が重要であり、
 財政難だから早期の再稼働という話ではない

・放射性医療技師の件については、
 <参考意見>として検討する。

いうものであった。原子力発電所との共存共栄は口だけで、実際のプランなどのアイデアは無いことが分かった。
 続いての2つ目の質問は

2 市職員の業務遂行における、必要な知識や相談者である市民の立場の認識の不足。そして、再び発生した情報漏えいについて
(1)職員の知識、相談者の市民の立場になることの認識不足により発生したと見られる事案の確認と対策(震災、生活保護等)
(2)再び発生した情報漏えいについての見解と対策
(3)懲戒処分時の職員氏名等の開示について

というもので、冒頭は常識的な業務への姿勢がなっていない事例として、

(A)成人式会場前での「9条の会」パンフレット配布
 を阻止しなかったこと

(B)明らかに政治活動をしている「新日本婦人の会」
 「新潟県母親大会」のチラシを小学校、保育園などで配布
 <政治活動の証明>自衛隊への反対活動など(pdf形式)

(C)「柏崎刈羽原子力発電所を廃炉にしよう」のチラシを
 小学校において生徒に配ったこと

などを話したところ、共産党からは激しい野次、そして社会クラブの矢部議員からは「議事進行」で「発言の撤回」を求めるような発言があり、議会がストップ
 これまでも

1.柏崎市議会における支那事変

2.同和教育を新規事業に行うこと

3.旧柏崎トルコ文化村売却契約の「いい加減」発言

など、事あるごとに社会クラブの矢部議員から私へ「発言の撤回」の申し出がでてきた。もうお約束のようになってきており、「三井田の発言はいつも問題になる」というイメージ定着を狙っているのであろう。ただし、今回の矢部議員の発言は、

・成人式では私も配った。
 憲法を守れというのが悪いのか。

・学校で廃炉チラシが配られた事実など
 本当にあるのか、確認したのか。

 【内部事情】
  そんなに配ってないはずなのに・・・・と労組系議員、
 それに対し教組系T議員のもとには、当該小学校から
 報告が入っており、社会クラブ内で意見が違っていた。

・反社会的なことをやっているという
 誹謗中傷だ。

と、自分自身が廃炉チラシや「9条の会」パンフレットの配布に関わっていることを明確に露呈してしまっていた。それだけヤバいと思ったのであろう。
 「9条の会」が憲法を守るという良い政治活動というのなら、私は「改正」について書かれた「96条の会」でも作って対抗する・・・・これはギャグ。
 政治活動をやる場所、やる相手を間違えるな、常識を守れ!という話である。
 もちろんのことながら、発言の撤回はせず、質問を続行。

(A)車イスの障碍者への生活保護問題

(B)住民基本台帳の情報漏洩(議事録)
   またも発生した児童の情報漏洩

 今回、教育委員会への質問相手は、民間から選ばれる教育委員長を指名した。教育長は校長経験者ではあるものの、事務方の最高責任者であり、教育委員会のトップは教育委員長である。一般社会の普通の感覚をもてば、いかに今回の事件が異常なものかご理解頂けるものと思っての質問である。
 教育委員長からは、謝罪と今後繰り返さない旨の宣言がされた。

 生活保護などの市役所職員の窓口業務の重要性、そして専門知識の習得などについては、会田市長お得意ののらりくらり。今回の被害者は裁判の準備中というが、またも我々の血税を使って裁判に応じるのであろうか。

 最後は教育委員長に対し、

3 教育現場における人権教育としての北朝鮮による拉致問題の取り扱いについて
(1)人権問題の項目に優劣をつけるわけではないが、とりわけ現在も事態継続中であり、我が柏崎でも発生した北朝鮮による拉致問題を人権問題として、教育現場でより深く取り上げるべきではないか。現状と取り組みについて伺う。

という拉致問題に関する質問である。
 先日4月27日「北朝鮮への追加制裁を求める国民大集会」に参加した際、痛切に感じたことを基本に、柏崎市ももっと拉致問題解決を訴える場に積極的に参加し、教育現場でも拉致問題を人権問題として教えるべきだとの提案型の質問。
 教育委員長からは、力強い前向きな答弁があったため、今後に期待することで質問を終わりとした。

 17時30分、議会終了。そのまま自民党柏崎支部に移動し、市長選関係の打ち合わせを行う。

 20時、市内某飲食店で「目玉焼きハンバーグセット」の夕食をとりながら、イベント企画の打ち合わせ。

 22時、一旦事務所に戻り、ソファに寝転んだところで、そのまま寝てしまった。

2008年6月 9日 (月)

平成20年第3回定例会開会
コマツ跡地売却は非公開ですすむ・・・

 結局、徹夜。8時、大粒納豆、辛子明太子、塩鮭、トマトでご飯2杯の朝食をとる。

Img_3774  9時30過ぎ、ソフィアセンターに移動。市役所庁舎の耐震補強工事のため、今議会の本会議は、ソフィアセンター展示室が議場となる。
 10時から、全国・北信越市議会議長会、柏崎市議会から所属会派・整風会の先輩議員である、梅沢明議員(自民党)、丸山敏彦議員(自民党)の議員勤続25年表彰が行われた。
 表彰式終了後、平成20年第3回定例会の本会議。本日が開会日である。
 議案の説明があり、議会の開会に間に合わず専決処分をした案件に続き、今日、委員会への付託なしで議決がほしいという案件「議第59号 平成20年度一般会計補正予算(第2号)」の説明があった。
 この議案は、コマツ跡地を売却するため、土地開発公社から買い戻すもの。今日、委員会への付託がなく、すぐ議決せよ、ということは、コマツ跡地の売却について、議論する場がないということ。先日の説明もあくまで「市政に関する報告会」などという意味不明のものであった。
 コマツ跡地に関しては、枇杷島小学校の移転先ということで債務負担行為が設定されており、これまでの予算書上もそのように掲載されてきた。その点はどうなるのか、今までにない経験であったため、財務部長へ質問すると「来年の予算書には掲載されなくなります」とあっけない返事。そもそも公のお金で土地を取得する場合には、目的・用途が必要であり、コマツ跡地の取得目的の変更に関して、うやむやになった感がある。
 会田市長の発表でいけば、

1.<実施済み>募集要項の配付
2.<今回の議案>
  土地開発公社から市への土地買戻し(議会の議決)

3.7月1日(火)~22日(火) 申請の受付
4.8月中 選定審査会による申請審査・選定
     
【非公開】
5.9月上旬 土地譲渡仮契約
6.9月議会 土地譲渡本契約(議会の議決)

というスケジュールになっており、非公開である選定審査会にかかる前にどういった考えをもって売却するのか、非公開での審査がふさわしいのかどうか議論するには、このタイミングしかなかった。
 議長からの「委員会への付託を省略したいと思いますが、これにご異議ございませんか」の問いかけに、平成会・荒城議員から<委員会付託し、審議すべき>との動議がだされた。当然、その動議について賛否を問う。私自身、委員会付託し、審議すべきとの賛同をしたが、案の定、革新系を含む市長与党の多数により、委員会への付託なしになってしまった。約22億円の案件がである。
 これで、コマツ跡地の売却に関しては、非公開で進む。あとは9月議会での契約の締結に関する議案での議論となるが、後のカーニバルであろう。

Img_3781 11時30分過ぎに本会議が終了し、引き続き、議会運営委員会。次回から議会運営委員会の委員長、メンバーが交代となり、整風会の代表として出席することになった。
 その後、同じ会場での議会だより編集委員会に出席。

Img_3782 12時30分、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)の弁当で昼食をとる。今日の刺身には中トロが入っており、いつもながらのサービスに感謝。
 食事中、他の議員とパチンコの話になった。私自身、パチンコは一切やらないが、かなりお好きな議員もいる。
 韓国や台湾ではそのギャンブル性はもとより、国力が落ちるとして禁止になったが、日本はそのままである。

 14時、16時と2つの市内での2つの打ち合わせに出席。前回議事録をプリントアウトする時間がなかったため、パソコンを持参されない方にお渡しできなかった。CPUの能力は低くてもよいが、タッチパネル形式の軽量・安価なテキスト表示可能・USB付き、単3電池稼働のようなパソコンはないものであろうか。

Img_3788  17時45分から柏崎ベルナールで本日、全国・北信越市議会議長会、柏崎市議会から議員勤続25年表彰を受けた梅沢明議員(自民党)、丸山敏彦議員(自民党)の祝賀会。

Img_3795  祝賀会終了後、1件の懇親会に顔をだしてから柏崎青年会議所の6月例会の会場である柏崎商工会議所5階大研修室に移動。2008年日本青年会議所・北陸信越地区・新潟ブロック協議会、新潟交流委員会のメンバーと合流し、柏崎JCのメンバーにブロック事業の紹介などを行う。

 例会終了後、市内での別団体の2次会に出席。明日の議会もあるということで、カラオケ1曲を歌って勘弁してもらう。名古屋出身の方がいたので、選曲はマニアックにつボイノリオ「名古屋はええよ!やっとかめ」。

 24時、帰宅。

2008年6月 8日 (日)

2008かしわざきビーチクリーンデー
トルコ大統領、和歌山の慰霊碑訪問

 聞き取り事項の整理などかなりの時間がかかり、3時から5時まで仮眠。

Img_3760  5時30分、海浜公園の夕日のドームに集合し、今日の「かしわざきビーチクリーンデー」の下準備を行う。
 昨年に引き続き、柏崎青年会議所主催で柏崎市内全海水浴場を対象とした海岸清掃「かしわざきビーチクリーンデー」の実施である。
 担当は、笠島海水浴場、上輪海水浴場、米山海水浴場の3会場。
 7時までに受付道具などを用意、運搬し、8時からスタート。自分でも各会場でゴミ拾いを行うが、とにかく取っても取っても無くならないほどの量であった。

Img_3764  罪悪感からそうさせるのか、弁当の食べたあとやジュース缶を隠すようにもぐしてあったり、埋めてあり、取り出すのに時間がかかる。
 色々と拾っているうちに流れ着いたクルミが発芽しているのを見た。凄い生命力である。

Img_3771 この時期にしては、異常に暑い天候であり、ゴミを一括収集してもらう場所と笠島海水浴場、上輪海水浴場、米山海水浴場の3会場の往復の間、少し休憩をとろうと男3人で「ソフトクリーム 250円」を食べる。
 少しシャリシャリ感がある冷やし過ぎの感があったが、暑さもあり、ちょうど良い。

Img_3772  11時過ぎ、市民参加者を入れた総勢約1000名による「かしわざきビーチクリーンデー」終了。
 柏崎市内全部の海水浴場を1日で掃除しようという主旨ではあるが、その開催時期、手法を含め、多くの課題が残った。

 13時近くまで、各会場をまわりゴミの収集を行う。

 移動途中のコンビ二で納豆巻き2本、コロッケパン、低脂肪乳で昼食をとり、14時から遅刻したものの政治関係の打ち合わせに出席。途中、かなりの眠気が襲う。

 16時、自宅に戻り、2時間ほど仮眠。
 秋葉原での通り魔事件には驚かされた。現時点で死者7人であり、史上最悪の通り魔事件になろう。警察官もケガをされたそうであるが、こういった場合の発砲については今後議論になると思われる。あえて極論をいえば、何も関係がない善良な市民が次々と刺されていくような場合には、警察官が現場にいれば犯人を射殺してでも、被害の拡大を防ぐべきではなかったか思う・・・ここまで言うと自称・人権派の皆様に攻撃されるであろうが主張は主張。
 ただただ亡くなられた方のご冥福をお祈りしたい。

Img_3773  20時、 鯖の照り焼き、大粒納豆、なめたけおろしでビール500ml3缶の夕食。
 食後は、そのまま一般質問の内容の精査を行う。

Turky

 今議会でも話題となるであろう旧柏崎トルコ文化村にあるトルコ共和国から贈られた建国の父・アタチュルク像の問題。
 未だ銅像は元に戻っておらず、柏崎市は日本人として恥ずかしいところを露呈しているが、そんななかトルコ共和国の大統領が慰霊のため、初めて来日した。
 BRICs(経済発展が著しいブラジル (Brazil)、ロシア (Russia)、インド (India)、中国 (China) の頭文字)の一国としてもトルコ共和国と日本の関係重視が言われており、ますます柏崎市は世間様に対し、お恥ずかしい状態となっている。


平成20年6月8日『産経新聞』

トルコ大統領が和歌山の慰霊碑訪問 乗組員を追悼

 エルトゥールル号乗組員の追悼式に臨むトルコのギュル大統領夫妻=7日午後0時15分、和歌山県串本町 来日中のトルコのアブドラ・ギュル大統領が7日、和歌山県串本町にあるトルコ軍艦エルトゥールル号の慰霊碑を訪れ、犠牲となった乗組員の追悼式に参列した。
 エルトゥールル号は明治23(1890)年、帰国途中に暴風雨に遭い沈没。乗組員の一部が地元住民に助けられ、日本とトルコの友好につながった。ギュル大統領は約580人の将兵を祭る慰霊碑の前で黙とう。追悼式は5年ごとに開催されているが、トルコ大統領の慰霊碑訪問や追悼式参列は初めてという。
 串本町沖の沈没現場では、トルコの民間研究機関が1月中旬から約1カ月かけて海底調査をし、軍服のボタンなど遺品計約1170点を引き揚げた。

2008年6月 7日 (土)

日本陸軍に学ぶ
「部下を本気にさせる」マネジメント

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、辛子明太子、カニかまぼこ、長ネギのぬたでご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎ、電車で新潟市に移動。移動中は、読みたいと思っていた本をいっきに読み進む。いきなり集中モードに入ったので、乗り換えを忘れそうになってしまった。

 10時から某所で打ち合わせ。無線LANが使え、また出席者も全員パソコンでそのまま議事録をとれるので、進行が早く、サクサクと案件が終わった。

Img_3759  13時近くに自宅に戻ったところ、姪っ子がきていたので、一緒にお散歩。
 途中、諏訪町2丁目のガラクタ市などで、昼食として焼き鳥などを購入する。かなりの人出があり、活気があふれていた。

080607_dvc00003 明後日から開会の6月議会一般質問に関係して、16時から市内での聞き取り調査、18時から上越市での聞き取り調査などを行う。
 21時、自宅に戻り、移動途中のスーパーで半額で購入した刺身の盛り合わせ、ひきわり納豆汁、ナムルでご飯2杯の夕食をとる。

Img_3758  名越先生の愛弟子である、作家・拳骨拓史氏から最新のご著書を頂戴した。そのタイトルも、『日本陸軍に学ぶ「部下を本気にさせる」マネジメント』。ありがたい限りである。
 早速、電車での移動中に読んだが、敗戦までは日本最大の組織であった日本陸軍の組織を特質を突き、現代のビジネスの場においても通用するよう、分かりやすく平明に書かれている。
 本来であれば、多くの経営者の方にオススメすべき本であるが、個人的には首長など執行権をもつ政治家に読んでほしいと思う。
 また、第5章「情報を作戦に活かす」は、情報が多く、その取捨選択、活用に迷うことが多い現代においては、より広く多くの人に読まれるべきであろう。

 以下が著者による概略である。


■日本陸軍に学ぶ「部下を本気にさせる」マネジメント■

【概要】

 ヤマハ発動機の幹部が中国への無人ヘリを不正輸出して逮捕された事件や、大手コンサルタント会社「PCI」が、中国での遺棄化学兵器処理事業に絡んで政府からの補助金を水増し請求し、詐欺で逮捕されるに至った件などが最近の新聞紙面をにぎわしているが、現在の日本経済界の腐敗は、やはり国家・公人としての考えが欠落していることから端を発していると思われる部分が多々ある。
 これらの原因を学校での偏向教育による「愛国心」の欠落と切り捨てるのはたやすいが、私は少し違う視点から観る必要があるように思う。
 たとえば「中国古典に学ぶビジネス~」などの本を愛読する人は中国好きに。アメリカのMBAなどの本を愛読する人は、アメリカ好きとなる傾向があるが、「日本独自」の何かに学ぼうとするビジネス書は圧倒的に少ない印象を受ける。
 兵法を経営に用いようとする発想は、江戸時代初期、日本に商家思想が芽生えたそのときから生み出されたものであり「兵法経営=日本式経営」に他ならない。
 そして日本経営史を紐解けば、兵法経営は西洋主義の弊害が経済界に蔓延したとき、それまでの日本式経営(勘の経営)と欧米式経営(科学的経営)を中和するソフトウェア(心の経営)として活用されてきたことがわかる。
 現在の日本経済が抱える社会的不安(ニートやうつ病など)は、欧米式経営をそのまま取り入れようとしたことによる弊害だと言われているが、多くの論者はその脱出口を見出せずにいるように思われる。
 私はこの閉塞を打開するには、古来からの英知である「兵法経営」に学ぶべきであり、具体的には「日本陸軍」に学べと主張するものである。
 経営を「日本陸軍に学ぶ」という趣旨の本や論文は、これまでも数多く出版されてきているが、これらは日本陸軍の失敗から学ぼうとするものであって、その利点や長所から学ぼうという趣旨のものではない。
 日本陸軍の失敗に学ぶといった姿勢が、必要以上に「日本軍=日本人=戦略オンチ」といった印象を与え、これが日本人としての自信を喪失させているのであるとすれば、これにたいして楔を打ち込む必要性があるはずだ。
 もちろん反省は大事だが行き過ぎた反省は、世界最強ともうたわれた組織の利点や長所を一顧だに省みないことになり、先人の壮挙を無にすることにもなる。
 事実、日本陸軍のOBからは、経営者として日本の戦後復興の立役者となったような人物も多く輩出しており、世間で言われるような「日本陸軍=無能」という安直な図式では説明できないものが多くある。
 本書はこれらの動機から現在の企業を悩ませる環境を改善させる方法を、日本陸軍の長所・成功事例のエッセンスから提案し、現在の日本経済を打開するヒントは日本陸軍にあると主張するものである。


 こちらもオススメ

2008年6月 6日 (金)

ミャンマーを多面的に見る

 3次会と進み、「知っているけど、歌う人間のいない歌」という選曲テーマでカラオケ。池田聡「Before」、DEEN「このまま君だけを奪い去りたい」、そして「ウルトラマン80」は挑戦するもキーが高くて歌えず。言い訳がましく、 『ウルトラマンメビウス』第41話「思い出の先生」で、教師であったウルトラマン80こと矢的猛が、かつての教え子に会い、教え子が『仰げば尊し』を歌う名シーンがあると、一人で力説。案の定、ドン引きされる。
 2時過ぎ、帰宅。

 7時、起床。大粒納豆、シラスおろし、辛子明太子、にしん棒煮でご飯2杯の朝食をとる。

 9時から市内某所での打ち合わせ2件。2つ目の打ち合わせ場所で、ミックスサンドイッチ、モンブランケーキセットで昼食にする。

 午後から事務所にこもって、一般質問の内容の精査。この時期、同じく6月議会を迎える全国の若手地方議員仲間と質問の主旨などを電話やメールを使って比較し合い、何も事情を知らない人が聞いても、内容がよく分かる質問になっているかどうかチェックする。

Img_3749

 今年1月、沖縄へ集団自決に関する軍命令について、一緒に現地調査に行った防衛大学の某戦史教官に、先日、資料DVDをお送りしていたが、今日、ご丁寧に「防衛大学クッキー」と「横須賀 海軍カレー」が届いた。律儀な方である。

Img_3757  17時から19時過ぎまで、市内で打ち合わせを1件。
 その後自宅に戻り、スーパーで半額になっていた秋刀魚(解凍)2尾と頂き物のワラビのサラダ、ひきわり納豆でご飯2杯の夕食をとる。
 ワラビを茹でてからのあく抜き時間が短かったので、けずり節をかけたのちマヨネーズもかけたが、エグみは抜けず。再度、水にさらしてから食す。

 20時から22時までネット上での会議。なかなか意見がまとまらず、結局、来週東京で再度会うこととなった。

_1 昨日、中共(中国)への送金のことを書いたところ反響が大きく、賛否両論のメールを頂戴した。
 メールのなかには、ミャンマー(ビルマ)のサイクロン被害に関する募金について触れる方もいらっしゃり、軍事政権でも募金すべきとのことであった。
 ちなみに、サイクロンもハリケーンも台風も同じもので、発生場所によって呼び名が変わる。サイクロンはベンガル湾、アラビア海などのインド洋と南太平洋で発生したものいう。
 ミャンマーが軍事政権であることだけで「悪」と決めつけるなら、他にも軍事政権の国は多々あり、実は問題はそんなに簡単なことではない。
 高山正之氏の名物コラムに関係するものがあったので、以下に引用する。

 ミャンマーと『軍艦マーチ』


平成20年5月22日号『週刊 新潮』

 変見自在 高山正之
 不信感

 ミャンマーは北朝鮮みたいに拉致したり覚醒剤を売ったりしたことはない。
 中国みたいに隣国チベットを侵略したこともない。
 ひっそりとアンダマン海の奥で暮らしてきた。
 そんな国を英国や米国はもう何年も苛め続けている。経済封鎖もやった。マサチューセッツ州はミャンマーと関係した企業との取引を禁止もした。どうみたって村八分だ。
 そこまでやるのはただ「軍事政権だから」と説明する。軍事政権は世界にごまんとある。しかしパキスタンを軍事政権だからと苛めたりはしていない。
 そんな国をサイクロンが襲い死者が十万人出た。
 米国が救援の手を差し伸べたら「軍事政権が拒絶した」とヘラルド・トリビューン紙が書いていた。
 やっぱりあの国はへンだよとまた非難がわく。
 ミャンマーもしょうがな援助を受け始めた。
 「46年前から国際社会を拒んできた壁にやっとひび割れが入った」と同紙はその動きを評した。しかしそこまで頑なになった理由までは書いていない。
 「46年前」とはネ・ウィンが鎖国したときを指す。そのころの首都ラングーンの様子を英史家ファーニバルは「イスラム系インド人が人口の半分を占め、華僑が1割ほど、以下英国人やキリスト教化したモンなどが続き、ビルマ人は3分の1だった」と記録している。
 かつてビルマは一民族一宗教の国だった。それがこんな多民族多宗教国家になったのは、支配した英国がインド人や華僑をどしどし入れた結果だ。
 世故に長けたインド人や華僑はたちまち経済や金融の実権を握る。
 そうすればビルマ人と対立し殺し合う。つまり英国支配に楯突く暇がなくなって植民地経営はうまくいくという計算からだ。
 実際、1930年代にはイスラム教徒と仏教徒がぶつかって3000人の死者が出る暴動も起きている。
 ネ・ウィンはそれを踏まえて国を閉ざした。貿易が止まれば華僑の儲けはなくなる。かくて華僑の多くは国を出て行った。
 ネ・ウィンは次に銀行預金を制限し一定額以上は没収した。高利貸のインド人はびっくりして箪笥預金に切り替えた。
 彼はそこでデノミをやり、新札を出して旧札は無効とした。
 インド人が両替にくると上限を設けてそれ以上を没収した。ともに貧しく生きよう、というわけだ。
 デノミは毎年のように行われ、絵柄が尽きると紙幣の額を変えた。90チャット札や45チャット札など冗談みたいな札も出た。そしてインド人も出て行った。
 彼は旧英植民地が喜んで入る英連邦の加盟を拒み、さらに英国の遺した文化も処分していった。
 まず英国式の左側通行をやめた。英語で行われていた大学の授業をやめ、外語大の英語も廃止した。
 国民も英国嫌いだから英国色の脱色はスムーズに行われた。因みにその穴は「日本」で埋められた。
 街角の国父アウンサンの騎乗姿の像は昭和天皇のそれを模したものだ。
 夕方、テレビ放送が始まるときは「海行かば」など日本の軍歌がメドレーで流される。 テレビドラマでは日本軍兵士が勇敢で優しい善玉として出てくる。
 いまこの国には中国人がやたら進出してきているが、この日本兵の姿は変わっていない。
 
ビルマ人は自ら貧しくなる、という苦痛の多い、しかし誰も傷つけない方法で植民地の後遺症を取り除いた。
 しかし英国の残浮はまだあった。国父アウンサンの娘スーチーだ。
 彼女はビルマ人が英国の垢を懸命に落としているさなか、その阿漕な植民地支配をやった英大使の世話になって英国にわたり、彼の仲人で英国人と結婚した。
 そして初の国政選挙を機に、英植民地時代に利益を受けた少数民族や華僑をバックに祖国に戻ってきた。狙いはアンチ英国の動きを封ずるためといわれる。
 軍事政権はやむを得ず悪人スーチー封じのため再登場した。
 それで英国は米国と語らってミャンマーの村八分を始めたわけだ。
 こんな連中を相手に半世紀もやってくれば、この国が不信感を持たない方がおかしいだろう。

2008年6月 5日 (木)

異常な国と、朝貢外交の柏崎
復興途中で公金を中共に送金

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、わらびのおひたし、蕗味噌でご飯2杯の朝食をとる。

 8時、自宅をでて、都内まで移動。移動中にメールなど雑務をこなすものの、FOMAの電波では時間がかかり過ぎる。今後は他のアクセス方法に切り替えようかと思う。

 某国会議員事務所をはじめ、何カ所かの官公庁をまわったのち、トンボ返り。

 移動中に、天むす2個、納豆巻き、低脂肪乳、浅漬けなすで昼食をとる。

 市内に戻ってからは、政治関係の打ち合わせなど数件。スケジュールが自分でも分からないぐらいになってきており、1件の打ち合わせを失念してしまった。
 柏崎第一中学校に通っていた頃の恩師から電話があり、中学生の生徒相手に講演とのお話があったので、二つ返事で受ける。

Img_3756  20時、自宅に戻り、牛タン塩焼き、あさりの酒蒸し、ひきわり納豆でご飯2杯の夕食をとる。
 牛タンはアメリカ産のものであるが、知人が送ってくれたもので、本当は味噌漬けにしたかったものの、手間暇をかける時間がなく、シンプルに塩焼き。

 食後は事務所にこもり、報告書などを書く。

 22時から某懇親会の2次会から参加。最近は祖母と夕食をとるようにしたり、仕事も切羽詰まっているので、極力、懇親会は2次会から参加させてもらっている。
 最初に市政について変わったことがないか報告せよ、とのことだったので、共産党系のビラ配布の話や峨眉山市への送金の話などをしたところ、怒りの声があがった。
 こんなニュースが昨日、日本国中を駆け巡った。


2008年6月4日『Record China』

<四川大地震>
「感謝しても歴史忘れるな」

異例の「日本ブーム」に“待った”―新華社報道

 6月3日、新華社は四川大地震の救援活動を契機に中国国民の間で起こっている「日本ブーム」について報道、 「援助に感謝しても歴史は忘れるな」と手放しで融和的な態度をとることにクギを刺した。
 2008年6月3日、新華社通信(電子版)は、四川大地震の救援活動を契機に中国国民の間で起こっている「日本ブーム」について報道し、「援助に感謝しても歴史は忘れるな」と日本に手放しで融和的な態度をとることにクギを刺した
 四川大地震では、日本の国際緊急援助隊が発見した遺体に黙祷する姿が報道されたことで、中国国民の間に「日本に感謝する」との声が巻き起こった。
 新華社配信の記事では、こうした「日本感謝」ブームについて、「日本に対する新しい見方が生まれているようだが、こんな時こそ冷静に」と呼び掛け、 「日本人は思ったより『悪くない』という中国人が増えているが、我々が今感じているほど『素晴らしい』とも限らない」と手放しのブームをけん制した。
 さらに、「中国の民衆は、日本の援助に感謝するが、歴史を忘れることはない」と強調。日本の航空自衛隊による救援物資輸送の報道と、その後の派遣見送りについても触れ、「慎重な中国人は理性を取り戻した」と指摘した。
 このほか、日本の中国に対するODAについても言及。日本で「ODAには全く感謝の言葉を発しなかった中国人が、今回の震災でやっと感謝した」との報道があったことや、中国現代国際関係研究所の日本問題専門家、劉軍紅(リウ・ジュンホン)研究員がこれに対し、「ODAは戦争の賠償金だと誤解している中国人が多い」とコメントしたことなどを紹介している。
 今回、政府系メディアである新華社がこうした報道をしたのは、中日関係を重視しながらも、
国民が無制限の日本礼賛に流れるのは好ましくない、との政府の意向を反映したものと見られる。


Gosei

 この民度の低さは何であろうか。
 誰も恩着せがましく救助をしたり、募金などで援助をしようとしているわけではない。人として支援の手をさしのべているのである。

 さらには、四川大地震という未曾有の大災害があったなか、「[シ真]西1944」という反日ドラマを作っている。しかも、その最中に死亡事故が発生。


2008年6月4日『Record China』

呪われた抗日ドラマ?
またも撮影中事故、スタッフ1人が感電死―雲南省

 2008年6月4日、現代快報の報道によると、雲南省で撮影中の抗日戦争ドラマ「[シ真]西1944」の撮影現場で、スタッフ1人が感電により事故死した。
 
ドラマ「[シ真]西1944」は、雲南省西部での抗日軍の戦いを描くワン・シュエビン(王学兵)、スン・ニン(孫寧)主演の作品で、7月の撮影終了を予定している。先日、撮影セットの交換中にスタッフの1人が感電死したと、出演俳優の1人がメディアに漏らしたことから事件が発覚。記者がスタッフらに接触を試みたが、いずれも固く口を閉ざしたまま。また、ロケ地の龍陵県委員会宣伝部も「この件はすでに処理済み」と詳細を語ろうとしないという。
 その後、関係者が匿名を条件にメディアに語ったところによると、事件は5月18日、ロケ車が現場を運転中、照明のために張りめぐらせた電線にひっかかり、それを外そうと電線に触れたスタッフが感電したという。このスタッフはすぐさま病院に搬送されたが、およそ1時間後に死亡。事後処理には地元の安全生産監督管理局があたり、遺族には製作側から50万元(約750万円)の慰謝料が支払われた。
 同省内の保山市では4月13日と20日に、同じく抗日戦争ドラマ「わが連隊長、わが連隊(原題:我的団長、我的団)」の撮影中に、爆薬の誤爆や撮影セットの崩落と相次いで事故が起こり、合わせて3人が亡くなり、50人が負傷。撮影現場の安全徹底が呼び掛けられていたばかりだった。


Tibet もう一つ加えれば、旅行中の日本人が所持していたチベットグッズが中共政府に取り上げられ、「教育」という名の洗脳まで施されたという。


平成20年6月4日『毎日新聞』

日本人旅行者の「チベット救え」バッジ、中国当局が没収

 【北京=佐伯聡士】中国の華僑向け通信社「中国新聞社」(電子版)は4日、中国西部・新疆ウイグル自治区の国境で、6月初め、日本人旅行者2人が、荷物検査の際に、「チベット独立」派を宣伝する物品を所持していたとして、相次いで物品を没収され、「教育」処分を受けたと伝えた。
 2人はそれぞれ、インドやネパールを旅行していた時に、地元住民らから、「チベットを救え」などと英語で書かれたバッジや、宣伝資料などを受け取り、荷物の中に入れていた。
 当局が、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世「一派」による祖国分裂活動に関する「教育」を行ったところ、「2人の日本人は誤りを認めた」という。


 こんな事をやるような国でも被災者には罪はなく、個人的にも気持ちとしての募金はしている。

 では、柏崎市としての対応はどうであろうか。
 平成20年5月26日現在の友好都市である峨眉山市の被害状況は以下の通りである。

峨眉山市18郡253村で38万人が罹災、2人死亡、46人が負傷入院(うち7人重傷)
・農村家屋 1,600軒倒壊
・公共施設 30%以上の損害
・小中学校 18箇所
・医療施設 15箇所(59台の医療設備の損害)
・土木関係 道路 10.15万平方メートルが崩壊、4箇所の農村道路で寸断、河川の堤防 400メートル、水道管 14.5キロメートル、橋梁 8箇所
・企業関係 89の大企業が罹災

峨眉山市における被害総額 29億7千8百万円の見込み

 中共(中国)の自治体構成は、日本とは順序が違い、

 <日本>
   ○○県○○市
 <中共(中国)>
   ○○市○○県

となっており、峨眉山市の場合は日本でいえば新潟県のような存在であり、大きな自治体である。

 その大きな自治体である峨眉山市からは、昨年の平成19年7月16日の中越沖地震においては、 「お見舞い状」を頂いた。
080607_dvc00001  当然のことながら、いまだ中越沖地震からの復興もままならず、そして極端な財政難に陥っている柏崎市としては、今回の四川大地震に関しても、峨眉山市に対し「お見舞い状」を送り、そして市民の善意のもとからの募金などを送るかと思いきや、産業振興部観光交流課からの6月4日付けの連絡を見て驚いた。

 柏崎市から50万円の見舞金を送る

というのである。たかだか50万円、相手の被害が大きいから、という理由でもつけるのであろうが、柏崎市は日本全国、いや世界の皆様にいまだ中越沖地震の義捐金をお願いをしている立場である。そして、いくら友好交流都市とはいえ対等の原則もあろう。
 これではまるで朝貢外交

 国外なら公職選挙法の適用は受けないので、この50万円は是非、会田市長ご本人のお金から支出してもらいたいものである。
 義捐金を頂戴する立場で色々な方のご支援をお願いしてきた柏崎市が見舞金を送るという決断を市外の方はどう受けとるのか。
080607_dvc00002  いまだ復興後の財政再建も見通しがつかず、仮設住宅で苦しんでいる方がおり、自分の自治体の足下もままならない状況であることを、会田市長はよく考えるべきである。
 もちろんのことながら、善意のある方が気持ちをもって募金することには賛同し、実際私も募金をしている。
 柏崎市議会としても、柏崎市議会議員一同として10万円をお見舞いすることを議長が決定した。
 繰り返すようであるが、

 個人の善意による募金を送ることと、
  被災し、現在も義捐金を受けている立場の柏崎市が
     公のお金を送ることは明確に違うのである。

 柏崎市は自治体界のお笑いの道を走っている。

2008年6月 4日 (水)

教育委員会後援の弊害
あるPTA研究大会への疑問

 3時、就寝。

 5時、起床。大粒納豆と生卵でご飯2杯をかっこみ、長野市まででかける。

 7時から有志の企業経営者で行っている勉強会にて、「近現代史を若手政治家に」という20分の講演を行い、その後、質疑応答。
 長野の方々から見れば、新潟=上杉謙信のようであるが、近現代史ということもあり、本間雅晴中将、北一輝なども紹介する。

 10時、一旦自宅に戻り、着替えたのち、市内まわり。途中、某国会議員事務所とのやりとりなどをしつつ、雑用をこなす。
 14時、ある方からの差入れで、フライドポテトとおにぎりというちょっと意味不明な昼食をとる。

 16時から18時まで市内某所で選挙関係の打ち合わせ。その後、懇親会に顔だけだし、飲まずに失礼させて頂く。

Img_3748 20時近く、自宅に戻り、妹が作った手作り餃子を片栗粉で羽付き状態にして焼き、ひきわり納豆、サーモンのヅケとともにご飯2杯の夕食にする。
 ひき肉を少なく、キャベツとニンニクを多く入れた野菜餃子の試作品であるが、なかなかの味わい。

 22時過ぎからネット上でスカイプなどを使いながらの打ち合わせ。書籍をだそうとのお誘いがあったが、さすがに原稿を書く暇がなく、先送り。

 学校で「柏崎市、柏崎市教育委員会後援」の共産党系団体のチラシが生徒に配布された問題について、柏崎市内に住む子供をもつ若い世代の親御さんにメールなどで周知したところ、7件の報告があった。小学校としては複数である。
 いずれも学校でチラシとして子供が受け取っており、怒りの声もあった。
 配った学校側よりは、明らかに共産党系の団体と分かっていながら後援した柏崎市、柏崎市教育委員会への怒りが主である。
 地方公共団体の名義での後援というのは、非常に思い意味、信用力を持つ。だからこそ、その後援の審査は厳密に行うべきであり、後援したイベント実施時と実施後もいい加減な事が行われていないかチェックする必要があろう。

 教育委員会の後援だからこそ、いい加減な事は許されないという作家・上坂冬子さんがかかれた新潟県の事例があったので、以下に引用したい。


平成8年3月29日『産経新聞』

【正論】あるPTA研究大会への疑問
 個人攻撃や一方的批判許すな

 ノンフィクション作家 上坂冬子

講演記録にデタラメあり

 PTA研究大会といえば、小・中学生の親や教師が自由に諸問題を討議する場である。
 さきごろ、第三十六回新潟県小・中学校PTA研究大会の報告書を読んだ(一九九五・十・二九 上越市で開催)。
 記念講演で直江津捕虜収容所の平和記念像を建てる会・実行委員長が話しているからと、地元の方々が送ってくれたのである。
 話はさかのぼるが去年、戦後五十年にちなんで新潟県上越市では直江津捕虜収容所の跡地に平和記念像を建て、オーストラリアの元捕虜を招く計画をたてている。生き残りの捕虜たちが、ここで死亡した戦友のために「我々は彼らを忘れまい」と記した銅板を記念像に埋めてはしいと持ち込んだことを私は本欄で紹介した。
 戦後、この収容所で働いた日本人のうち八人は捕虜たちの訴えがもとで絞首刑になっている。その経緯を一冊にまとめた私は著者の立場から、今さら思い入れのこもった銅板など掲げず、「捕虜収容所跡地」と事実だけ記して埋めるべきだと提案した。
 結局、碑はオーストラリア側が処刑者といっしょのを拒否したこともあって日・豪別々に建った。私には除幕式への誘いなどあるはずもなかったが、プログラムによれば二つの碑の除幕式は二時間ズラして行われている。
 いずれにせよ、これで地元が納得したなら外野からとやかくいう時期は終わった。
 問題はこのあとである。
 PTA研究大会の講演記録にはかなりデタラメな部分があり、それが県および市の教育委員会後援として配布されている以上、訂正しておく必要がある。
 たとえば記念像設立の過程で私が産経新聞に「ばかで無意味な直江津捕虜収容所記念像連動」と書いたことになっているが、私はこういうことは書いていない。公正であるべき新聞が、相手を「ばか」呼ばわりした原稿を採用するはずもないだろう。さらに講師は私が雑誌中央公論に、

 「平和憲法などありがたがっている日本国民は低能だ。古い上着よ、さようなら。憲法九条をさらりと捨ててPKFにもどんどん出動できる国軍をつくれ」

と書いたとのべている。私はこのような文章を書いたことも、こういう意見を持ったこともない。「古い上着よ、さようなら」とは映画主題歌の一節ではないか。
 講師は元教育者だと聞いているが言論に対する初歩的な知識に欠け、文章を引用するときは原文通りでなければならないことすら知らないらしい。私は身に覚えのない文章を名指しで批判され、教育委員会後援の印刷物として配布されたわけで、こういうデタラメを見逃すわけにはいかない。

偏った「人権侵害」の判断

 講演内容は十六ページにわたってつぶさに記録されているが、講師は記念像を建てるために自分がいかに苦難に耐えたかという私的な回想から話題をひろげて、たとえば小・中学生の胸に名札をつけさせるのは人権侵害だという指摘にまでおよんでいる。

 「軍隊では全部アルミの認識票をつけた。このような名札は戦後直ちに取り去るべきだったのです。やめるべきだったんです。それが戦後は、悪い子供を見つけて、注意したりするために使われるようになった。管理教育的な意味で使われた。(中略)明日にで
もこれらを取っていただきたい」

という熱弁ぶりであった。
 今年もまもなく胸に名札をつけた一年生が喜々として誕生するが、その名札を軍隊の名残りだというのは判断が偏っている。まして、それを教師たちが悪い子供を見つけて注意するために使っていると断定するのは、教職にたいする冒涜である。講師はさらに話をすすめ、県下の学校で校長や教頭に名札をつけさせている理由を聞いたところ、うろたえるのみで答えられなかったと伝えて、

「明日にでもこれらを取っていただきたい。こんなもの簡単です。『名札を取りなさい』と、それでいいんです」

と、キャンペーンまがいの一方的な言葉で締めくくっていた。

いじめにつながることも

 子供のいじめをめぐる論議がさかんである。だが、私はその論議以前にPTA研究大会のあり方に疑問を抱くようになった。全国各地でこうしたデタラメな情報やキャンペーンまかいの記念講演が行われ、印刷物となって配布されているのだろうか。PTA研究大会の名のもとに、いわれのない個人攻撃や教職現場に対する一方的批判が許されているのだろうか。
 もしそうだとすれば、そのことが微妙に子供たちに影響をおよぼし、ひいてはいじめ問題につながりはしないかと私は恐れる。
 TBSのビデオ問題をきっかけにマスコミの浅はかな判断が事件につながる危険を思い知った。公共的なミニコミの浅はかさについても同じことがいえるだろう。
 第三十六回新潟県小・中学校PTA大会は例外で、一般にはたしかな事実と公正な判断による活動が行われていると信じたいが、あえてこの一件を各地のPTA活動の検討材料に供しておこう。(かみさか・ふゆこ)

2008年6月 3日 (火)

環境技術としての原子力発電
耐震力証明 柏崎の教訓

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、オクラととろろ芋もサラダ、シューマイでご飯2杯の朝食をとる。

 9時、自宅をでて、長岡市に移動。12時まで打ち合わせを行い、柏崎に戻りながら、コンビニの納豆巻き2本、低脂肪乳、コーンサラダで昼食をとる。

 14時から柏崎市内某所でイベント関係の打ち合わせ。

 15時から18時まで原稿のまとめを行ったのち、某マスコミからの取材を受ける。

 18時30分から自民党柏崎支部にて、市長選挙に関する打ち合わせ。

Img_3747  20時、自宅に戻り、マグロの血合いのフライとひき割り納豆の納豆茶漬け2杯で夕食をとる。
 健康パン粉と書いてある、あまり油を吸わないコレステロールを気にする人用のもので作ったが、結局は2人前を食べるので、意味はなし。
 食後はひたすら事務仕事。

 22時、呼び出しがあったので、市内某スナックでの某懇親会の二次会に顔だけ出す。カラオケを歌ってからお開きとのことだったので、甥っ子と一緒に見た『ウルトラマンメビウス』第34話「故郷のない男」を思い出しつつ、「ウルトラマンレオ」を歌う。案の定、店内ドン引き。
 24時、自宅に戻る。

 原子力自体に関する報道は数あれど、環境技術としての原子力発電の紹介記事があまり新聞に載ることはなかった。
 しかし、このほど産経新聞がはじめた環境技術の連載には取り上げられており、かつよくまとまっている。今後が楽しみな連載である。
*続きは、 「柏崎を真剣に考える掲示板」にて


平成20年5月21日『産経新聞』

【環境立国ニッポンの挑戦】
 第3章 原発(1)耐震力証明 柏崎の教訓

 きれいな直線であるはずのセンターラインが微妙にゆがんでいる。日本海に面した海岸沿いでは陥没の跡が今も一部に残ったままだ。出力821万2000キロワット。原子炉7基を抱え、世界最大の原子力発電所として威容を誇った東京電力の柏崎刈羽原発(新潟県)の現在の姿だ。
 新潟県中越沖地震。平成19年7月に起こったこの地震で、柏崎刈羽原発は被害の大きさを物語る象徴だった。それから10カ月。地震発生直後、黒煙をあげていた変電設備が撤去されるなど復旧作業は急ピッチで進められているが、地震のつめ跡は消えていない。 地震は東電の経営に大きな影響を与えた。柏崎刈羽原発の穴を埋めようと、火力発電を増やしたが、折からの原油高で燃料費が高騰し、平成19年度の最終損益は昭和54年度以来、28年ぶりに赤字に転落した。影響はそれだけではない。19年度の二酸化炭素(CO2)排出量は1億2000万トン強になり、前年度から約25%も増えてしまった。 原発は発電の過程でCO2を排出しない。この特性が注目され、世界でいま、原発の再評価が進む。米国では昨年、30年ぶりに新規原発の立地許可が出され、31基の新設計画が動き出した。英国も今年1月、新設容認に転じた。仏原子力大手アレバは2030年までに世界中で100~300基の原子炉が建設されると見込んでいる。
 東電も総発電量の3分の1以上を原発がまかなう電源構成だ。温室効果ガスの削減を課した京都議定書の第1約束期間が始まり、民間企業にとってもCO2削減が大きな経営課題となるなかで、柏崎刈羽原発は大きな武器になるはずだったが、いまだに再稼働のめどは立っていない。構内では工事用シートに覆われた補修中の設備も目立ち、復旧作業は道半ば。だが、それ以上に再稼働の壁になっているのが、耐震性に対する疑念が生じたことだ。柏崎刈羽原発を襲った揺れは、1号機で最大680ガル(ガルは加速度の単位)。耐震設計上の想定を約2・5倍も上回った。
 ただ、中越沖地震が柏崎刈羽原発に与えた被害は、深刻なものではなかった。

 「まったく大丈夫じゃないか」。19年8月8日。経済産業省の柏崎刈羽原発調査・対策委員会の視察で、原発の心臓部である原子炉建屋に足を踏み入れた班目(まだらめ)春樹委員長(東大大学院工学研究科教授)は目を見張った。配管に損傷はなく、原子炉建屋の鉄筋もびくともしていなかったのだ。
 原発心臓部がほぼ無傷だったのは、「耐震基準は原発が満たすべき最低水準」(東電幹部)だからだ。実際の耐震の実力は基準の3倍とも10倍ともいわれる。国際原子力機関(IAEA)も、「損傷は予想を下回った」との結論を出しており、震災は日本の原発の高い「耐震力」を図らずも証明したともいえる。
 だが設計上の想定を上回る地震が起こった事実は重い。国と電力各社はいま、全国の原発の地質調査を行い、その地域に起こり得る最大の地震(基準地震動)の策定を進めている。新たな基準地震動に対応した耐震補強は、柏崎刈羽原発再稼働に欠かせない。
 原発にとってもっとも重要なことは、放射能をいかに閉じこめるかだ。日本の原発が今後進める耐震補強は、四川大地震に見舞われた中国など、原発建設を計画する海外各国にとっても大きな知見となるに違いない。柏崎の教訓をどう生かし、どう海外に伝えるか。環境立国を目指す日本の重要な役割である。
 温暖化対策として原発が脚光を浴びている。55基の原発を抱え、世界第3位の原発大国である日本は豊富な技術蓄積を誇る一方で、原発を推進するにあたり、さまざまな壁に直面してもいる。第3章では日本の原発の現状を取り上げる。

2008年6月 2日 (月)

第56回自由民主党新潟県支部連合会大会

 3時、就寝。

 7時、起床。シャワーを浴び、足にテーピングを施し、大粒納豆、生卵、こんぶかまぼこ、かぶの漬け物でご飯2杯の朝食をとる。

 8時30分から2件ほど、市内での用事を済ませ、愛車で新潟市に移動。

Img_3733 10時、「第56回 自由民主党新潟県支部連合会大会」の会場であるホテル新潟に到着した。自民党新潟県連青年部のメンバーとともに、大会の準備を行なう。
 1000名を超える参加者のもと、泉田知事をはじめ、現職国会議員、県議会議員、市町村長、市町村議員が揃ったなか11時から開会。

Img_3736  その間に青年部メンバーとともに、ちょっと早い昼食として、ホテル名物のシーフードときのこのカレーを食べる。昨年と同様のメニューであるが、ピリ辛の特徴ある味わいで、ついおかわりしてしまった。
 受付業務やお土産品の整理などをしつつ、知っている県議や国会議員、地域の有力者の方にご挨拶をする。

Img_3738  大会への自民党本部からの出席は、選対委員長の古賀誠衆議院議員であった。
 人権擁護法案、外国人参政権など、どうしても一言を言いたいこともあり、会場内で野次でも飛ばそうと、受付から意気込んで会場に入ろうとしたところで、青年部のメンバーから、「せっかくゲストで来てもらっているから」と止められた。無念である。

 その後、会場を移動して、政経セミナーとして井沢元彦氏によるご講演、再度を会場を移しての懇親会となった。
 懇親会には、上川陽子衆議院議員(内閣府特命担当大臣 少子化対策・男女共同参画・公文書管理)、有村治子参議院議員、中曽根弘文参議院議員、渡辺喜美衆議院議員(内閣府特命担当大臣)が来賓出席された。

Img_3741 その間、色々と下働きをしていたので、小休憩としてホテル1階の喫茶店にメンバーと入る。
 普段飲んだことがないものを飲もうと、コーラフロートを注文。いつも炭酸飲料を飲むのは、カロリー0のものであったので、久しぶりのノーマルコーラの濃い味わいであった。フロートのアイスがラクトアイスではなく、本当のアイスクリームで乳脂肪が濃いこともあり、お腹もふくれた。

 16時近く、「第56回 自由民主党新潟県支部連合会大会」終了。
 片付けをしたのち、ホテルの会議室で18時近くまで、今後の活動日程など青年部の会議を行う。

Img_3746  18時20分、会場を新潟駅前の「ぶた家 新潟駅前店」(電話:025-247-8690)に移し、懇親会。
 車で帰ることもあり、ホッピー黒でホルモン鍋の味噌味と醤油味をつつく。ホルモンの脂のつき具合もちょうど良く、次回は塩味も試してみようかと思う。

 1時間ほどで中座させてもらい、柏崎に戻る。1件の弔問ののち、風呂に入り、事務仕事。

2008年6月 1日 (日)

学校で共産党系のチラシ配布

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、シラスおろし、コーンサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 昨日、強烈にねじってしまった左足が腫れてきてしまった。祖母をデイサービスにお願いしたのち、市内まわり。足が痛く、立ち話がつらい。

 12時、一度、自宅に戻り、泊まりにきている母方の祖母とともに、冷凍うどん、ひきわり納豆、とろろ昆布で作った納豆焼きうどんで昼食。

 食後、愛車で上越に向かい、1時間ほどの打ち合わせ。上越から自宅まで戻る間、政治関係のお願いや陳情などで色々な方にお会いする。

Img_3730  18時、自宅に戻り、両祖母の夕食として食べた残りものの刺身を、わさび醤油に浸し、納豆刺身丼のかたちで、丼ご飯をかっこむ。
 19時、某懇親会の冒頭のみ顔をださせてもらい、挨拶と乾杯。

 19時40分、日本会議柏崎支部設立準備会の事務的な打ち合わせ。

 22時、某懇親会の2次会に顔をだし、1時間ほど懇談。

 23時、自宅に戻る。

Dscn0726 先日の成人式会場前での、街宣車や「九条の会」パンフレット配布にあきれていたが、学校現場において、共産党系団体のチラシを生徒に配ったという情報が複数入った。
 「新潟県母親大会」には、一度、新垣勉氏の歌を聴くために参加してみたことがあるが、明らかに共産党イデオロギーが入った大会であった。


はじめまして、市内在住の●●と申します。
今、小学校●年になる娘がいるのですが、先日娘が学校から持ち帰ったプリント類のなかに、あるちらしを見つけて驚きました。
それは、新日本婦人の会の「新潟県母親大会」のちらしでした。
新日本婦人の会といえば共産党の団体ですし、国旗国歌を子供に強制するなと主張するような団体です。
さっそく、学校の校長先生に問い合わせたところ、教育委員会のほうから全学校に配られたとのことでした。
ちらしの内容も、かなり政治色の強い部分もあるような内容です。
私は、その団体の活動に異議を唱える者ではありません。そのチラシが新聞の折り込みにでも入ってきたなら問題ないと思います。
しかし、教育委員会が後援して、何も知らない子供を媒介に使うことによって、各家庭に共産党の団体のチラシが配られるということに強い懸念をおぼえます。
是非、議員もこの実情をお知りいただき、善処していただければありがたいとおもいます。


 この大会への後援として、「柏崎市、柏崎市教育委員会、刈羽村」が名をつらねており、その後援を「錦の御旗」として、学校現場での配布に至ったのであろう。
 チラシを見ても分かるように反原発や護憲など政治的イデオロギーの入ったものであり、後援依頼を受け取ったときに、柏崎市や柏崎市教育委員会委は確認しなかったのであろうか。
 私の所属する柏崎青年会議所柏崎準倫理法人会でも柏崎市や柏崎市教育委員会に後援の依頼をすることはあるが、もちろんのことながら政治的イデオロギーはない。海を綺麗にするビーチクリーンや会社経営者による講演などである。

 後援のルールはもとより、後援に関する職員の判断、そして配布するに至った柏崎市教育委員会の対応について、議会で追及したい。

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »