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2008年11月

2008年11月30日 (日)

視察対応:米沢市議会 鳥海議員
講演会の嬉しい反応

 読書ののち、一般質問のための過去の議事録などの精査に時間がかかり、4時に就寝。

 9時、起床。大粒納豆、目玉焼き、薩摩揚げでご飯2杯の朝食をとる。

Dsc00027  10時過ぎ、柏崎刈羽原子力発電所サービスホールに移動。
 道路事情からか30分遅れとなったが、山形県米沢市議会の鳥海隆太議員と後援会の皆様バス2台の視察をご案内する。
 鳥海議員からは、鯉こくと「高畠納豆」、「雪割り納豆」、「元祖 南蛮納豆」など山形県らしい納豆のお土産を頂戴した。
 2班に分かれて頂き、各班で冒頭にご挨拶をさせてもらい、日本の安全保障のためにも原子力発電は欠かせなくなっていること、世界の原子力ルネサンスの流れなどをお話した。

 12時、お見送りをしたのち、市内某所でランチを食べながらの打ち合わせ。日替わり定食にしたが、冷凍食品の既製品である揚げ物が多く、残念であった。

 14時、事務所に戻り、引き続き一般質問のための資料作り。

 18時から市内某所での懇親会に出席。
 政治とは関係のない会の懇親会であったが、市長選挙において桜井氏の支援をお願いした関係上、結局は市長選挙の総括的な話しになり、激励やらお叱りやらあっという間の2時間であった。

 2次会は失礼させてもらい、事務所に戻って、酔っていてもできる資料整理などを行う。

Cimg0489 先日、「中学生のための生き方講演会」の講師としてお邪魔した、新潟市立木崎中学校の生徒の皆さんから講演を聴いての感想文を全員分お送り頂いた。ありがたい限りである。
 早速、自分が中学生時代はどんな感性であったかを思い出しつつ、ゆっくりと全員分を読ませてもらった。
Cimg0488 文章の組み立て、感じ方、それぞれに個性があり、成長の度合いも読み取れる。3年生ともなると、個性にかなりの幅があり、同じ話を聞いてもこれだけ受け取り方が変わるかと、非常に勉強になった。
 「学校生活のうちに競争し、負けること、勝つことも覚えるべき」「勉強することはカッコ悪いことではない」と、自分自身が勉強嫌いであったことからお話したことが多くの生徒さんに伝わっていたことは嬉しい限りであった。
 このような貴重な機会をくれた恩師にも感謝である。

2008年11月29日 (土)

第7回柏崎の教育を語る会

 3時、就寝。

 8時、起床。大粒納豆、シラス、生卵でご飯2杯をかっ込む。食後は、届いた月刊誌3冊をもって、2時間の長風呂。

Cimg0440  12時、柏崎青年会議所のまちづくり委員会のM委員長、総務常任委員会のH委員長とともに、大盛りのカツカレーで有名な「萬来」(電話:0257-24-1337)で昼食をとる。せっかくなので大盛りカツカレーに挑戦しようと思ったが、ラーメンの味を試してみたく「ラーメン並 550円」を注文。M委員長は、総重量2kgの「カツカレー普通盛り 1050円」である。
Cimg0441 「ラーメン並 550円」とは言いながら、麺は2玉分の大盛り。「カツカレー大盛り 1350円」は総重量が3kg以上あるとのことで今回は見送ったが、M委員長のところに届いた「カツカレー普通盛り 1050円」を見て、この判断が正しかったことが分かった。
 ラーメンを食べたのち、M委員長のカツカレーを手伝って、満腹となった。

Cimg0443  13時、「第7回柏崎の教育を語る会」の準備のため、柏崎市立教育センターに移動。本来、まちづくり委員会所属ではないが、人手が足りないとのことでお手伝いである。
 満腹ということもあり、腹ごなしがてら会場の整理をしていると、ある部屋の壁に「戦艦 大和」の絵が飾ってあり、素晴らしい教育センター!と独りでつぶやく。

Cimg0446  14時から「第7回柏崎の教育を語る会」がスタート。今回のテーマは「キャリア教育の充実にむけた学校・地域・家庭の教育力」である。
 まずは柏崎市立教育センターの山本所長からのご挨拶。

 「昨年は中越沖地震もあり中止したが、この会は今年7回目を数える。教育委員長をお迎えしてのキャリア教育は重要なことである。働く喜びを子供に教えることは重要と思う。」

Cimg0447  続いて共催の柏崎青年会議所の植木理事長からのご挨拶ののち、教育を語る会の経緯として、これまでご尽力されてきた前・柏崎市立教育センター指導主事である上越市立宝田小学校の中野教頭から説明があった。


 これまでに2回のステップアップがあった。
 2001年に教育センターが移転された年にスタートし、テーマは「柏崎の教育 未来の教育」。
 2002年は、「柏崎の教育 何が課題か」をテーマに60名の参加があり、この年より柏崎青年会議所が共催となった。これが最初のステップアップ。
 2003年は、「柏崎の教育に求められるもの~人材育成の視点から~」をテーマに60名が参加。
 2004年は、「柏崎の教育に求められるもの-何を!どのようにー」をテーマに80名が参加。
 2005年は、「子どもたちの安全を守るために」不審者による幼い命がなくなる事件が増えた年だったので、「語る」から「行動」へと変化した。これが2回目のステップアップ。
 2006年は「どうする?キャリア教育」をテーマにし、2007年は中越沖地震のため中止。
 「教育」から「協育」へテーマが変化してきた。


 続いて事例発表となり、3つの事例が紹介された。

Cimg0449 1.職場体験 柏崎市立第一中学校
   「夢・感動・トライウォーク」
   平成20年9月29日から10月3日の5日間。
  2年生が対象。昨年には新潟県内の興味のある企業に1日見学をした学年であった。
 5月にはリーフレットや職場体験受け入れの依頼、6月は保護者への説明や総合学習の時間で職場体験学習ガイダンス。7月は、職業調べ、キャリア講演会、マナー学習会などを実施。ホテルマンの方から聞いた、顧客満足度はサービス・建物10%、料理30%、そして人60%で決まるという言葉に生徒が感動していたとのこと。
 9月、事業所からの説明会、依頼文書の発送、生徒本人による依頼状作成、同じく計画書。柏崎市内46事業所で受け入れてもらい、市外はテレビ局のBSNが受け入れた。

Cimg0450 2.職業講話 柏崎青年会議所
 のべ6か校、33名を青年会議所から派遣
 地域と学校の連携が語られるだけだったことから、実際に学校現場に入り込んでの職業講話を行った。
 学校、家庭、社会の共通のミッションをもてるようにすれば、もっと事業をうまく継続できると思われ、今後の課題である。

Cimg0453 3.トレーディングゲーム 柏崎市商工振興課・柏崎小学校
 なぜ商工振興課がやるのかといえば、若者が成人したときに働く場所があるかどうか。
 
・既存の企業の支援
 ・企業誘致
 ・創業支援

の3つ目の創業の切り口必要。キャリア教育の一環として、創業を体験することが大切。
 失敗はおめでとう、答えは一つではない、得意を生かせ!を基本にしている。

 10分間の休憩ののち、7つのグループに分かれてのグループディスカッション。私はCグループでファシリテーターとなった。
 テーマである「キャリア教育の充実に向けた学校・地域・家庭の教育力~一歩進んだキャリア教育の実践のために~」を基準に、事例紹介とそのカテゴライズ、そして更に進めていく方策を話し合った。

Cimg0464  約1時間のグループディスカッションののち、全体会として発表。
 各グループからは、修学旅行をキャリア教育を目的の一つにするといったものや、価値観を作るというものが多くでた。
 当グループは、職場体験のなかでも失敗体験や実際のお金の価値を教えることも大切であり、同時に勤労観や働く意識を学ばせることとし、夢破れた方を含む講話、子供本人に適正や目標をある程度教えること、ビジネスマナーはもとより社会常識を身につけさせるべきという意見がでた。
 もっとキャリア教育が充実していくための手法として、地域の声を聞いて、それを解決するよう挑戦してみること、地元社会との関わりをもっていくとの提案。実際に、えんま通り商店街等にお店をだして起業させるプログラムの提案まで踏み込んだ。

 最後に柏崎市教育委員会の小林教育長の挨拶があり、充実した「第7回柏崎の教育を語る会」が終了。あっという間の時間に感じるほどの内容の濃さであった。

「配布資料」(pdf形式)

Dsc00020  18時過ぎ、自宅に一旦戻り、着替えたのち、お泊まりに来ていた甥っ子、姪っ子とともにお買い物。
 肉が食べたいというので、オーストラリアビーフを購入し、一旦電子レンジで酒蒸しをして柔らかくしてから、ブランデーでフランベ。ステーキと納豆ご飯とビールという不思議な夕食になった。

 食後は、甥っ子と一緒に『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』のDVDを観る。

 22時、甥っ子が寝てしまったので、読みたいと思っていたものの溜まってしまった本数冊を一気に読む。

2008年11月28日 (金)

市政に関する報告会(財政計画の見直し)
なぜ選挙前に出さなかったのか!

 頼まれていた資料作成などがあり、なんとか目途をつけ4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、魚肉ソーセージ、青梗菜の炒め物でご飯2杯の朝食をとる。

 食後、12月議会で行う一般質問の通告など作成。これまで多くの方から頂いたご意見のなかから、緊急性のあるものを中心とした質問項目にした。

Cimg0433 9時過ぎ、市役所に移動。会派室で会議を行ったのち、9時30分から市役所4階大会議室での、市政に関する報告会(財政計画の見直し)に出席する。
 いつもの事であるが、 「市政報告会」なる議事録の残らない会議を開催し、重要案件を説明する。
 市政報告会などというものは、政治家が自分の支持者や多くの有権者に対して行うものであって、我々市議会議員は会田市長の支持者・後援者でも何でもない。なぜ、堂々と公式な議会日程として、全員協議会などを招集しないのか。市長に言われて、市政報告会などを受けてしまう議会側も情けなく、本来、市長当局とはビシッと一線を引くべき議長が、市長べったりであることもおかしい。議会と首長は対等の関係であり、二元代表制であることも理解しているのかどうか不思議に思う。

Cimg0434 市長選挙後、初めて多数の議員と市当局が介したことと、財政に関することであるからか、会議室のなかにはマスコミが多数。
 冒頭、声も聞き取れないような弱々しい会田市長の挨拶ののち、財政計画の見直しに関する説明がはじまった。
 配布された内容は以下の通りである。

「財政計画の見直し 平成29年度まで」(pdf形式)

財政課「説明原稿」(pdf形式)

 さらに厳しい状況になるのは目に見えており、現在の行政サービスをそのまま続けた場合の試算で、平成21年度から赤字が拡大する。
 詳細は以下の通り。

 実質収支 平成21年度からも財政調整基金と減債基金(平成19年度の両基金合計残高33.9億円)を取り崩し、平成25年がピーク。平成27年からは積み立てができると予想。
 平成21年度からごみ有料化、平成22年4月には原子力発電所が再稼働。
 小松エスト跡地を売却したため、利子収入が減額される。
 ガス事業は民営化を推進する(平成21年から一般会計からの繰り出しをやめる)。
 あと10年の間、3年おきに水道等の公共料金の値上げ2回。
 農業集落排水事業、公共下水道事業について、10%を2回値上げ。
 平成24年度の実質公債比率は24.7%でピーク。

 質疑応答では、原子力発電所はどのような順序で稼働するのか、合併特例債はこれまで毒のある果実と言っていたものの使えるだけ使うのか、家庭ごみの有料化は平成21年10月で方針決定なのか等を質問した。

 原子力発電所は、平成22年4月から順次稼働を前提としている。
 来年度10月に家庭ごみ有料化を行う。
 あとは原発交付金の増額に期待しつつ、公共施設の見直しをする。
 2年連続赤字の東京電力であるが、平成23年度から東京電力が黒字に転化し税収があると見込む。
 第4次総合計画通りに進める。財源手当はある。実施が可能。

 最後、どうしても聞きたいこととして、

 「なぜ選挙前に
    財政見通しをだせなかったのか?」

と質問してみた。回答はあやふやなもので、

 「膨大な事業であり、不確定な部分があった。
 選挙では中間の見通しを見せ、最大の努力をした。」

といったもの。選挙という柏崎市民の審判を受けるにあたって、不誠実ではないかと思う。

 終了後、12時過ぎまで会派室で資料整理。

 13時、自宅に戻り、トースト2枚にひきわり納豆とスライスチーズ、サラミをはさんだ納豆トーストと低脂肪乳で昼食をとる。

 15時過ぎから来客。色々と情報交換をする。

 17時過ぎから市内まわり。お電話を頂戴していた方など数件をまわり、最後は米山町に行き後援会長と打ち合わせ。途中、話しながら湯豆腐、炒飯などを夕食にご馳走になる。

Cimg0435

 19時過ぎから市内某所で意見交換会。
 コーヒーやケーキを頂戴しながらの気楽な感じながら、熱いお話となり、あっという間に22時となった。

 買い物をしつつ、23時に帰宅。

2008年11月27日 (木)

平成21年度予算要望
公平・公正な市政になるか

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、八宝菜、鱈子の煮付けでご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎ、市役所に移動し、会派室で会議。各自、市長選後の報告を行う。

Cimg0429 9時から市長応接室で、平成21年度の予算要望。
 市当局側は、会田市長、副市長、収入役、総合企画部長、財務部長の5名が出席し、こちらから会派としての予算の要望を説明した。
 総論としては、以下の通り。


 中越沖地震という未曾有の震災から、我が柏崎市が復旧、復興に向かうためには、財政難ゆえの縮小方向の政策のみでは立ちゆかなくなる。震災前より、「柏崎の活力がなくなった」という市民の声も当会派には届いており、震災前からの懸案事項であった柏崎フロンティアパークへの企業誘致、北陸新幹線開通をはじめとする高速鉄道網、駅前周辺の土地利用計画は、その財源をより明らかにし、スピード感ある政治決断を願う。
また、財政健全化に対しては、原子力発電所再稼働時期をいち早く明確にし、市民に安心感を与えて頂きたい。そして、新規事業凍結ということではなく、今後10年、20年先を見据えた事業は行うよう強く望む。


 先輩議員から順に個別に要望を伝え、私からは主に次のような要望をお話した。

 ・米山地区の観光資源の時代に合わせた
                ブラッシュアップ
 ・莫大な予算をかけずにすむ
  1)粒子線がん治療施設の研究。
  2)鉄道問題への対処。
  3)育児等、やむなくリタイヤした看護士の
   再就職を支援する制度の研究及び、
   柏崎市内の実態調査。
 ・朝夕の渋滞を緩和するための
      復旧工事の工事区間の見直し

 会田市長本人からは特に政策個別の返事は「分かった」とも「できない」ともなく、いきなり

 「ゴミ有料化は賛成していただけるんですか」

と議案の中身もないのに賛成しろという押しつけ。被災後であるため、市民生活をよく考えたタイミングにする必要もあり、いきなりそんな事を言う意味が分からない。
 そもそも、要望に来たのは我々である。
 しかもその後はほとんど喧嘩腰。選挙は選挙、市政は市政として割り切る大人の配慮はないのである。半数の批判票が入ったことや、自身が「公平・公正の政治」を標榜していることは、どこかに飛んでしまったようだった。
 約30分、不完全燃焼のまま、平成21年度の予算要望は終了。

 会派室に戻り、10時過ぎまで12月議会に向けた打ち合わせを行う。

 12時、自宅に戻り、おにぎり3個(すじこ、ちりめんわかめ、塩鮭)、納豆汁、イカ墨沢庵で昼食。
 食事をしながら、国籍法改正への反対FAXなど手書きで書き、関係各所に送信。

Cimg0432 午後は所用で市内をまわる。
 中越沖地震後、柏崎に視察にこられる方に色々な説明をしてきたが、さらにもっと詳細まで説明できるよう、FMピッカラの株式会社柏崎コミュニティ放送が発行した『中越沖地震震災放送のすべて』、地学団体研究会が発行した地学団体研究会新潟支部新潟県中越沖地震調査団編著『柏崎・刈羽をおそった地震の被害と地盤~2007年新潟県中越沖地震~』を購入。
Cimg0430 一旦事務所に戻り、差入れにもらったフルーツと生クリームがたっぷり入ったロールケーキとダージリンティーで休憩しつつ、熟読。非常に参考になる中身で、早速、視察対応の際に資料として活用させてもらおうと思う。

 16時、タイヤやオイルの交換などをディーラーに頼みつつ、営業マンと懇談。市長選に関することなどを話す。

Dsc00018 17時30分から柏崎市教育センターにて、明後日に開催する「第7回柏崎の教育を語る会」の準備とファシリテーターを請け負ったため、打ち合わせ。
 キャリア教育に関する事例発表などもあり、当日が楽しみである。

 19時過ぎから、市内某所にて12月議会に向けての現地調査や情報交換。

Dsc00019 20時過ぎ、一旦自宅に戻り、青首大根で作った大根おろしで作ったなめたけおろし、鮎の一夜干し、ポテトサラダ、ひきわり納豆汁でご飯2杯の夕食をとる。

 21時過ぎ、某スナックでの2次会に顔だけだし、焼酎の水割りなど。

 23時、帰宅。

2008年11月26日 (水)

小松エスト跡地売却
アークランドサカモトと協議

 4時から2時間ほど仮眠。

 6時、愛車で長岡市に向かい、某ホテルのカフェで早朝の打ち合わせを行う。どうも眠く、頭もよく動いていないので、コーヒーではなく、ホット・ココアを注文。

 9時過ぎ、自宅に戻り、大粒納豆、豚角煮のスライス、辛味大根おろしでご飯2杯の朝食をとる。

 10時から12時まで、市内某所や自宅周辺で柏崎市長選挙関係の後片付け。なかなか億劫になっていてできなかったが、天気に乗じて片付けてしまう。

 12時過ぎ、冷凍うどん、ひきわり納豆、水菜、油揚げで納豆うどんを作り、祖母と昼食をとる。

Cimg0427 13時から16時過ぎまで市内まわり。帰宅後、モンブランとストロベリー紅茶で休憩をとる。
 市長選挙後のことで、これからの柏崎市政への不安の声をはじめ、色々なお話を聞いたが、

 ・三井田が応援したから桜井候補が負けた。
       → 保守陣営の分断
 ・誹謗・中傷文書を三井田が配布した。
       → 悪人説の流布

等、相手陣営からの謀略としかいえない情報が飛び交っていた。
 嘘を言うのは勝手であるが、どうしてそこまで私を悪のフィクサーかのように扱うのか不思議でならない。思うに、組織もない私を狙うのが楽なのであろう。

Cimg0428 20時過ぎ、スーパーで安くなっていた鱈をさばいたところ、雄と雌が丁度よく入っており、白子と鱈子を軽く煮付けにし、頭を落とした半額の秋刀魚とともに、納豆ご飯で夕食をとる。
 鱈の白子が美味しい季節になってきた。

 市内で色々な方からお話を聞くなか、小松エスト跡地売却におけるウオロク出店の話題もあった。
 柏崎市長選挙に隠れてしまったが、会田市長は「ウオロクを誘致した」と提案型公募であったことを無視するような後援会報をだし、そしてウオロク出店に関して、提案型公募の2位となったアークランドサカモト社と協議していることが明らかになった。
 我々、保守系議員が指摘していたように、小松エスト跡地売却議決の際に出店計画の中身が決まっていなかったことを証明したようなものである。通常、このようなショッピングモール建設時には、出店計画に沿った出店を確約する契約をかわす。
 このような協議に入ったことで、結果的にアークランドサカモト社にとっては良い結果となった。
 商業にこだわらず、広く色々なアイデアを募集するとした提案型公募・・・結局は何だったのかと思う。


平成20年9月30日『柏崎日報』

 ウオロク
 アークランドサカモトと協議
 小松跡地のHC

 ウオロク(新潟市)が再開発する市内宝町の小松エスト跡地の計画に含まれるホームセンター(HC)の事業者について、会田市長は三十日の定例記者会見で、県内外にホームセンタームサシなどを展開しているアークランドサカモト(三条市)と協議を進めているとウオロク側から聞いていることを明らかにした。
 小松跡地約六・二ヘクタールは市が土地利用提案型で売却先を公募し、二件の応募の中からウオロクの提案を選んだが、もう一件が日生不動産(新潟市)とアークランドサカモトの共同提案だった。最終的に入札価格差で決まった経緯がある。会田市長は「ホームセンターは当初、ウオロクが自社でやるか、他の事業者と交渉するか両面で考えているということだったが、結果として、公募で外れた事業者が改めてテナントで手を挙げることはありうる話だ」とし、「まだ決まってはおらず、ほかからの問い合わせがあるとも聞いている」と述べた。
 ウオロクの計画は、自社直営のスーパーマーケットを核店舗に商業施設と医療施設を整備するもので、ホームセンターは約一万一千平方メートルの店舗面積を予定。全体の建物建設は2010年7月に終わらせる。

2008年11月25日 (火)

柏崎市議会議場に市旗も国旗もなし
記者会見場に国旗なぜ悪い

 いまだ2週間前のメールも返信しきれないものの、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、目玉焼き、なめこおろし、イカ墨沢庵でご飯2杯の朝食をとる。

 9時から12時過ぎまで、市内某所で市政に関する苦情や陳情をうける。来年度予算においては、会田市長が新規事業が一切凍結と宣言しているため、陳情を受けての一応の要望は出すが、通らないのが実態である。

 13時、自宅に戻り、祖母の分と一緒に、干し納豆を入れた鶏雑炊を作って昼食。最近の祖母は、夜中じゅう徘徊し、昼の12時過ぎまで寝ているという生活パターンである。さすがに、朝方まで徘徊されると生活がきつい。

Dsc00017  16時まで事務所で事務仕事をしたのち、市内某所での意見交換、懇親会。
 好物のあん肝、もずく酢から始まり、飲みながらの話題が先の柏崎市長選挙ということもあって、怒りとともにビールがグイグイ入ってしまった。

 20時過ぎ、一旦、自宅に戻る。

 21時から24時近くまで、市内某スナックでの2次会に顔だけだす。

081125_sisho  先日、耐震化工事と雨漏りもしていた天井工事などが終わった柏崎市議会の議場に、柏崎市旗も国旗もないことを書いたところ、「とんでもない」とのメールを頂戴した。
 ちなみに、柏崎市の市章は昭和25年7月に制定されたもので、中心は「柏」を表す結び柏、周りに日本海の波をデザインしたものになっている。
flag 行政側である柏崎市役所(市民会館広場のポールに掲揚)はもとより、議会側としても例えば新潟市議会では議場にキチンと掲揚されていることを考えると、柏崎市議会の議場も掲揚されてしかるべきであろう。
 「先ず隗より始めよ」である。

 先月、財務省内の記者会見場に国旗を掲揚したとして、新聞記者から抗議がでたという。
 柏崎市議会に市旗、国旗を掲揚するといった議論がでてきた際、同じような反応がでないことを願っている。


平成20年10月27日『産経新聞』

【正論】 記者会見場に国旗 なぜ悪い
 
          社会学者・加藤秀俊

≪あきれる記者の質問抗議≫
 新聞報道によると、17日、中川財務・金融大臣が財務省内の記者会見場に国旗を置いたら、取材にきていた記者のなかにそのことをとりあげて「一方的ではないか」「国民の中には違和感を持つ人もいる」と質問したり抗議したりした人物がいたという。まさか産経新聞の記者ではあるまいから、この場をかりてひとこと書く。
 わたしだって、これまで各省庁の大臣室や長官室のようなところには何回か入ったことがあるが、そこにはちゃんと国旗が置かれていた。日本国の責任者たちが国旗を背にして公務をおこなうことになんのふしぎがあろうか。当然すぎるはなしである。外国だって事情はおなじ。わたしが訪問した各国の高位高官の執務室、裁判所、そしてしばしば小学校の校長室にだってそれぞれの国の国旗がかかげられていた。
 そのあたりまえのことを、日本国の大臣がおこなってなぜ問題になるのか。よくぞこんなバカな質問をする記者がいるものだ、とわたしはなかば呆(あき)れ、なかば慄然(りつぜん)とした。国家を象徴するのが国旗であり国歌である。法的にもそうきまっているし、常識からいってもそうだろう。だいいち、記者諸君が享受している言論の自由その他もろもろの保証はあの日章旗のもとにおこなわれているのである。左翼、その他の旗幟(きし)鮮明なイデオローグならともかく、日本を代表する言論人がこんなことを口にするとはなにごとか。わたしはその見識をおおいに疑うものである。

≪「日の丸」を避ける映像≫
 
おもうに、この質問をした記者諸君は小学校のときから先生たちに国歌は歌うな、日の丸なんかは無視せよ、あれはすべて恥ずべき過去の象徴である、と教えられて育ってきたのであろう。そんな先生を校長は黙認し、教育委員会も知らん顔をしてもう70年ちかくになる。ついに日本は国歌を歌うにも国旗を揚げるにも、なんだかひとの顔色をうかがうような情けない国になってしまったのである。
 オリンピックでもそうだった。これまで何回となくオリンピックの大騒ぎをテレビでみてきたが、日本の選手が優勝して表彰台にあがっても、そこで掲揚される日章旗をテレビ・カメラは写すことをしない。選手は授与された金、銀、銅のメダルをどういうわけか口にくわえておどけたフリを見せたりするが、かれらが国旗掲揚とともに演奏される国歌を歌う場面をカメラは写さない。水泳、野球その他、優勝種目の名場面はうんざりするほど「使いまわし」して再放送、再々放送をくりかえすが授賞場面は避けて写すことがない。
 そもそも日本選手が国歌を堂々と歌っていたかどうかもさだかでない。わたしは晴れがましく表彰台に立ったアメリカ、オーストラリア、以下さまざまな国の選手が顔面をやや紅潮させてそれぞれの国歌を力強く歌うのをみて、ひとごとながら頼もしい若者たちよ、と感動したが、あら、ふしぎ、我が日本国の選手は国歌を歌うことがないのである。あるいは歌っているのかもしれないが、その口元はたよりなく、いわゆる「口パク」なのではあるまいか。選手は歌わず、テレビはその場面をあまりくわしく報道しない。日の丸も写さない。

≪東京オリンピックのために≫
 あのテレビのディレクター諸君もまた大臣の記者会見に国旗があることに疑義を呈した諸君と同年配である。そして若き選手たちはその記者、ディレクターと同世代の学校の先生から「国歌、国旗に反対せよ」と教えられて成人した。あの珍妙な教育はついに初期運動家の孫の世代に及んだのである。
 松井、イチロー以下、多くの日本人選手がメジャーリーグで活躍していることはご同慶に堪えないが、かれらは試合に先立って球場に鳴り響くアメリカ合衆国国歌をききながら胸に手をあててアメリカへの忠誠を誓っている。日本のプロ野球もそれに倣って国歌を演奏するがこっちのほうは選手、観客ともにただ無言で突っ立っているだけ。大相撲しかり、学校の入学式、卒業式しかり。
 何年だか先にこんどは東京オリンピックが企画されているという。それも結構、あんまりひと迷惑にならないようにやってくださるなら文句はいわない。しかし、いやしくも主催国である以上、あざやかに国旗をテレビ画面でみせていただきたい。そして選手、関係者にはちゃんと国歌を歌えるように学校教育、社会教育のなかで教えるようにしておいていただきたい。
 そうでないと国歌、国旗反対の思想はやがて孫の代からさらに曾孫(ひまご)の代にまで伝承され、やがては日の丸をみて、あれなあに?と問うこどもたちがふえること必定なのである。

2008年11月24日 (月)

なないろの未来へ
~未来へつなぐ希望の日~

 6時、起床。ブログや溜まっていたメールの返信、「国籍法改正」に反対する要望書FAXなどを書く。

 8時、大粒納豆、おでん(ちくわ、玉子、はんぺん、厚揚げ)、イカ墨沢庵でご飯2杯の朝食をとる。

 9時から11時過ぎまで、頼まれていた冬囲いのボランティア作業。

 12時から13時まで、市内某店でランチを食べながら、政治関係の情報交換を行う。

Cimg0422  13時過ぎ、埼玉県議会・小野克典議員から劇画『ゴルゴ13』愛読者にしか分からない、

 「G型トラクター求む」

のメッセージを以前頂いていた関係上、小野議員の後援会ご一行様の視察対応。
 中央海岸の駐車場でお待ちし、北朝鮮による拉致現場のご案内をする。その後、柏崎刈羽原子力発電所サービスホールに移動し、サービスホール内展示、発電所構内などをご見学頂く。初めての方も多かったようで、発電所の大きさに驚かれていた。
 日本石油・日本石油加工OB、柏崎出身の埼玉県桶川市議会・大塩和夫議員をはじめとする柏崎にゆかりのある方、東京電力OG、埼玉県桶川市議会・佐藤洋議員とお話することができ、ご案内したこちらとしても貴重な時間となった。

081124_jc 15時過ぎ、バスのお見送りしたのち、柏崎青年会議所が主催の中越沖地震復興フォーラム「なないろの未来へ~未来へつなぐ希望の日~」に顔を出す。
 このイベントは、

第一部:紙芝居発表
「復興戦隊なないろレンジャー」
第二部:「中村真衣トークライブ」
     市民村民ぶっつけアンケート
Cimg0424     「柏刈住民100人に聞きました」
第三部:冒険家白石康次郎さんからの
     「応援ビデオレター」
  復興メッセージ「なないろの未来へ」

で構成されており、会場である柏崎市市民プラザに行った際には、第二部の真っ最中。
 少しの間参加したものの、担当委員会をはじめ、JCメンバーには申し訳なかったが、視察対応のため、失礼させてもらった。

 16時から18時過ぎまで、某大学の学生グループの視察対応。山本団地をはじめ地盤の被害のあるところを中心にご案内する。懇親会は、それぞれ5~6名ずつに別れてもらい、柏崎市内の飲食店に行ってもらう。

 長々と市内某店で懇親会をし、シメとしてラーメンか何かを食べることができないほどの満腹になってしまった。すっかり学生のペースで飲み食いしてしまい、反省。

 22時過ぎに自宅に戻る。

2008年11月23日 (日)

浅草:浅草大平和塔
陸上自衛隊広報センター

 久しぶりに新日本プロレスの中継などを見て、3時過ぎに就寝。

Cimg0392 7時、起床。ホテルの1階にある「PRONTO 大井町店」(電話:0066-967-32896)で、中華粥の朝食セットをとる。ホテルからの食券がでて、パンセットか中華粥セットかの選択であったが、今日も食べ過ぎになるであろうことを予想し、中華粥を選択。しかし、量が少なすぎて、物足りない感じであり、部屋に戻ってから納豆1パックを食べる。

Cimg0395  9時にホテルをチェックアウトし、バスで日の出桟橋に向かい、水上バスでの隅田川上りを楽しむ。「日の出桟橋」から「浅草」まで約40分の船旅となり、乗船した舟は「道灌」。アル・カポネが暗躍した禁酒法時代の1920年代のアメリカのイメージというキャッチフレーズであるが、どうして墨田川にアル・カポネなのかは最後まで理解できず。
Cimg0396  「浅草」までは12の橋があり、吾妻橋、清洲橋、そして有名な可動橋(跳開橋)であった勝鬨橋を通った。ちなみに勝鬨橋の勝鬨は、橋が架かる前のいわゆる「渡し」が日露戦争での旅順陥落祝勝記念として「勝鬨の渡し」であったことからその名前が来ている。
 途中、SFアニメの巨匠・松本零士氏がデザインした「ヒミコ」とすれ違った。是非、今度は乗ってみたいと思う。

Cimg0398  浅草に到着し、参加者一同がバラバラになり、それぞれに観光。
 勤労感謝の日(新嘗祭)の祝日ということもあり、仲見世は日の丸がひっせいに掲げられており、ゴリゴリの日教組活動家なら卒倒しそうな感じであった。

Cimg0401 途中、アメリカ人夫婦(シカゴからとのこと)に「一番クールなお土産を教えてくれ」と話しかけられたので、風呂敷で作った手提げ風のエコバックをオススメした。
 色々な出店もでており、見ているだけで楽しく、また揚げ饅頭、お約束の人形焼きに始まる食べ物系があり、誘惑も多かったが、飲み過ぎの後援会長とともにあえて「すっぽんスープ 500円」を飲む。湯葉入りでなかなか滋味あふれる味であった。

Cimg0402  また、地方からの出店ブースもあり、山形県村山市の皆さんが各種物産を販売。有限会社中里工業(電話:0237-56-2225)のダチョウサラミ、ダチョウジャーキーを購入後、しばらく見ていると「こめやかた」というブースがあり、気になって入ってみると、米作りを一所懸命やろうというやる気のある人たちのブースであった。イギリスから山形県村山市の農家に婿に入ったという男性もおり、汗をかきつつ試食をすすめてくれた。
Cimg0405  食べてみると、かなり美味しい米であり、我が新潟県もうかうかしていられないのではないかと思うほど。
 ちなみに彼については、このような説明文が掲示されていた。


「農家の婿はイギリス人」(山形県村山市

 今年8月に結婚式をあげたのは、山形の農家の娘・奈緖さんと、山形に英語講師として来ていたイギリス人のサムさん。共通の友人を通して知り合い、「農業を手伝いたい外国人がいるんだけど・・・・」と家族に引き合わせたところ、4世代同居の家族みんながサムさんのことを喜んで迎えいれました。
特に義父さんはサムさんのことが大好き。農業のノウハウを手取り足取り教えています。早起きが苦手で文化の違いも多いサムさんにとって農家の仕事は想像以上に大変。しかし、出来る限り自分の手を育てたものを口に出来る生活をしていきたい、自分たちで育てたものを食べた人に元気になってほしい、という夫婦の夢を叶えるため、仲良し新婚夫婦は今日も一家で農業に励みます。


 名刺交換をさせてもらったので、近いうちに視察に行き、色々なお話を聞いてみたいと思う。

Cimg0408  12時に集合ということであったが、少し別行動をさせてもらい、どうしても確認したい碑があったので、同じ敷地内にある淡島堂に寄ってみる。ここには、ここ浅草で戦災にあい散華された方の慰霊碑・浅草大平和塔があり、是非、訪れてみたかったのである。
 慰霊碑は、昭和38年(1963年)に建立されたもので、塔に書かれた「和」は浅草寺の管長だった清水谷恭順師によるもの。また、台座に書かれた

Cimg0409  「みたまよ とこしえに
  安らかに、
 われら守らん 世界の和」

は、ノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士の筆によるものである。
 説明文は以下の通り。


「思い出づる調べも哀し昭和二十年三月九日の夜、B29百五十機の大空襲により浅草一帯は火の海となる。地をなめるようにして這う火焔と秒速三十米をこす烈風にあふられ、親は子を呼び、子は親を求む悪夢の如き夜が去れば・・・眼にうつるものは一面の焦土にて、一木一草の生づるもなく、あわれ身を焼かれ路傍に臥す無辜の犠牲者は一万余柱を数う。
 当時どの凄惨な状況は一片の新聞だに報道されることなく、敗戦後に生まれた子供達は戦争の惨禍を知るよしもない。いたましく悲しい夜もいつしか歴史の一駒として消えて行くであろう。
 よって我々はここに当時を偲び、不幸散華された御霊の安らけく鎮まりまさんことを祈り、二度とあやまちを繰り返すことなく永遠に世界の平和を守らんことを誓い、浅草観音の浄域にこの碑を建立する。
 以て瞑せられよ。

 昭和三十八年八月十五日 浅草大平和塔維持会」


 不幸にも散華された方のご冥福を祈るばかりであるが、 「二度とあやまちを繰り返すことなく」という文言は、是非、

 戦闘員ではない、
 女性、子供を含む
 民間人を無差別に狙った米軍

に、よく理解してほしい。
 毎年、3月10日に大平和塔戦災殉難者法要が行なわれているとのこと。

Cimg0411  12時20分、 「浅草5656会館」 (電話:03-3874-5656)に行き、参加者一同で昼食をとる。メニューは、深川飯がついた蕎麦と天ぷらの定食。蕎麦はボソボソ、ご飯はネチャネチャであり、大型観光バスを受け入れる施設は仕方ないか、と思うシロモノであった。

Cimg0413  食後、観光バスに乗り、移動。
 14時過ぎ、陸上自衛隊朝霞駐屯地にある陸上自衛隊広報センターに到着し、見学となる。既にこの施設には4回以上来ているが、地下の司令部の展示にはこれまで気付かず、初めて見学する。

Cimg0426  また、改めて気付いたが、東京オリンピックが開催された昭和39年(1964年)の新潟地震でも東部方面隊は災害支援で派遣されていた。
 女性自衛官のM三曹をはじめ、中越沖地震支援でお世話になった自衛官にもご挨拶し、チャンネル桜のDVDをお渡しする。
 零戦搭乗員バージョンの限定キューピーがあったので、思わず購入。

 14時30分、再び観光バスに乗り、帰路につく。

 途中何回かの休憩をいれながら、18時30分、上信越道・上越高田ICに到着。参加者の皆さんにご挨拶したのち、柏崎まで戻る。

Cimg0414  19時30分、自宅に到着。
 郵便物やFAXなどの紙媒体の整理をしたのち、21時過ぎ、ひき割り納豆を入れたサバ節のつけダレで楽しむつけ麺を作り、夕食にする。
 まだ風邪が治っていないため、23時過ぎに就寝。

2008年11月22日 (土)

平成20年度自衛隊音楽まつり

 4時に急ぎの仕事が終了し、1時間ほど仮眠。

 5時30分、起床。身支度をしてから母親とともに愛車にて、上信越道の上越高田ICを目指す。途中、お客さんのところへ納品したり、一緒に東京に行く後援会長夫妻をピックアップする。

 7時20分、集合場所である上信越道・上越高田ICに到着。今日から2日間、陸上自衛隊高田駐屯地広報班主催による「平成20自衛隊音楽まつり」見学ツアー(費用:18000円)に参加である。

Cimg0374   参加者は総勢50名。観光バスでのツアーで、出発後、早速ビールが配られた。朝食を食べていなかったので、梅干しのおにぎり、フジパンの名品といわれる「大福みたいなホイップあんぱん」などを発泡酒、ビールとともに流し込む。後援会長は早くもウイスキーに移行し、だいぶ「メーターが上がって」いた。
Cimg0371 途中の妙高から長野近辺までは、綺麗な雪景色になっており、朝酒のなによりのツマミである。
 トンネル1本で雪景色、またトンネル1本で晴天という繰り返しで、日本の風土の荒らしさと多様性のある地域性を改めて認識した。

Cimg0377 11時過ぎ、関越自動車道に入り、三芳サービスエリアで少し早めの昼食。 「江戸まとい」 (電話:03-5666-9737)の「東京 江戸まといの弁当」と缶チューハイで、寝不足もあり出来上がってしまった。
 後援会長はすでにウイスキーをボトル半分を空け、かなりの上機嫌。他の参加者もそれぞれにビールやチューハイ、発泡酒を飲んでいた。

Cimg0378  12時、日本武道館に到着。かなりの人混みで、さすが抽選倍率38倍の超人気公演である。「高田自衛隊」の幟を目印に1時間ほど並んで会場を待つ。

 13時30分過ぎ、手荷物検査、金属探知機を通り、やっと日本武道館のなかに入ることができた。

Cimg0380  14時15分、「平成20年自衛隊音楽まつり」の第3回公演がスタート、会場は満席である。今年のテーマは、「一人の努力 明日へのチカラ」。
 陸・海・空自衛隊音楽隊、北部・東部方面隊音楽隊、自衛隊太鼓チ ーム、東部方面隊第1師団・第12旅団合同演技支援隊による『男の群れ』で決意の合唱ののち、会場内全員で起立し、国旗入場と国歌斉唱。第302保安警務中隊の機敏さは見ていて気持ちが良い。
Cimg0383  オープニング序曲は、陸・海・空自衛隊音楽隊による行進曲『儀じょう隊』。
 素晴らしい日本の四季を表現するということで、北部方面音楽隊によるドリル演奏『季節の中で』『WINTER SONG』『白い恋人たち』『北の大地から~遙かなる大地より~』、東部方面音楽隊によるドリル演奏『お江戸日本橋』大河ドラマ『篤姫』テーマ曲。そして合同ドリル演奏『TSUNAMI』『もみじ』『なごり雪』『さくら』で会場がしっとりとし、ゲストバンドである在日米軍陸軍軍楽隊によるドリル演奏『聖者の行進/星条旗を永遠なれ』の陽気な演奏で盛り上がる。
Cimg0381 雰囲気は変わり、陸・海・空自衛隊音楽隊、北部・東部方面隊音楽隊による『ドボルザーク交響曲第9番 新世界』から『第2楽章』『第4楽章』。まさに重厚であった。
 続いては、在日米軍陸軍軍楽隊が加わってのビックパフォーマンスとして、クリスマスソングのメドレー『クリスマス・イブ』『もろびとこぞりて』『トナカイに乗ったお婆ちゃん』『ジングルベル』『聖夜』『ウィ・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス』。
 ここでお待ちかねの防衛大学儀じょう隊によるファンシードリル。厳しい訓練を行った、規律正しいこの動きを柏崎の子供たちに是非、生で見せてあげたいものである。

 そして大臣直轄音楽隊による演奏。陸上自衛隊中央音楽隊と陸上自衛隊男性・女性自衛官演技隊によるドリル演奏『レイダース・マーチ』によるワクワク感、海上自衛隊東京音楽隊と海上自衛隊女性自衛官演技隊によるドリル演奏『イッツ・ア・スモール・ワールド』で愉快になり、本命行進曲『軍艦』で会場は一体になった。

 航空自衛隊航空中央音楽隊と航空自衛隊女性自衛官演技隊によるドリル演奏『ドレミの歌』『エーデル・ワイス』『私のお気に入り』『すべての山に登れ』の映画『サウンド・オブ・ミュージック』でさらに盛り上がる。
Cimg0386  クライマックスは自衛隊太鼓”POWER OF UZUSHIO”の太鼓演奏。陸上自衛隊からは北海自衛太鼓、旭川北鎮太鼓、八戸陣太鼓、船岡さくら太鼓、朝霞振武太鼓、武山自衛太鼓、北富士天王太鼓、滋賀十戦太鼓、京都三施太鼓、熊本八特太鼓、福岡防人太鼓、海上自衛隊からは八戸華炎太鼓、航空自衛隊からは芦屋祇園太鼓が参加し、『POWER OF UZUSHIO』『単独演奏』『合同演奏』があり、ただただその迫力に圧倒されるのみであった。周辺の皆さんも感激の声をあげていた。
Cimg0387  フィナーレは、アメリカ、日本の両国旗が『威風堂々 第1番』で入場し、『海を越える握手』で全出演者が入場、会場全体で『翼をください』を合唱。最後はトランペット演奏による『巡検』で締めくくった。
 今年も素晴らしい内容であり、繰り返すようであるが、柏崎の音楽を愛する子供たちを連れてきて、一流の音楽を聞かせたいものである。
 また、個人的には各駐屯地やイベントで演奏しているとは思うものの戦前、戦中の名曲も是非、伝統という部分でお願いしたいところ。アンケートでも要望を書かせてもらった。

 16時過ぎ、観光バスに集合し、宿泊先である「アワーズイン阪急」に向かう。

Cimg0389  17時、チェックインし、荷物を部屋に置いてから大井町駅周辺を散策。今日、これまで納豆を食べていないので、納豆を購入。つけ麺の激戦区であることから、「味香美」(電話:03-5460-1139)で「味噌つけ麺 830円」「餃子 370円」で夕食にする。麺は加水率の高い平打ち中太麺で、つけダレは味噌の良さ、甘みも効いた濃厚なもの。つけダレの具材として油揚げが入っているのは意外であった。
Cimg0391  残念なのは麺の水切りが甘く、せっかくのつけダレが途中で薄まってしまうことであった。最後につけダレを割る熱いダシスープでも出してくれれば、もっと良いかと思う。
 ホテルに一旦戻って、納豆を2パック食べる。

 19時、2つの大学として行った夜間大学の友人宅で懇談。残念ながら離婚したばかりとのことで、コンビニで買った納豆や缶詰を持ち込み、懐かしい話からここ最近のことまで盛り上がる。赤貝や鯖の水煮、さんま蒲焼きの缶詰で安酒を飲むのは、学生時代のまま、ある意味彼らしい。

 23時過ぎ、ホテルに戻る。

2008年11月21日 (金)

新潟市立木崎中学校での講演
「持ち続けよう知的好奇心」

 ハイビジョンビデオの編集作業のため、かなり処理時間がかかり、5時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、鯨ベーコン、しらすおろし、わかめサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 9時から10時過ぎまで、来客。本の企画などの打ち合わせを行う。

 打ち合わせ終了後、愛車にて豊栄まで移動。

Cimg0364  13時、新潟市立木崎中学校に到着し、恩師である教頭先生にご挨拶する。今日は、中学生のための生き方講演会の講師としてお招きをうけ、 「持ち続けよう知的好奇心」をテーマにし、約50分の時間を頂いた。
 地域の方と懇談をしたのち、13時30分から講演がスタート。大まかに以下のような点でお話させてもらった。

1.柏崎のこと
2.アホだった中学時代と格闘技の出会い
3.高校時代の勉強法、初のアメリカ、納豆ルネサンス
4.2つの大学に通う意味
5.なぜ政治の道に入ったのか
6.政治の道、父親のこと
7.納豆(種類や菌)、日本人の食と菌
  これからの菌利用の新しい技術

Cimg0367  最後に数人の方と質疑応答。なかなか面白い質問もあり、回答しつつ余計な事をしゃべった。
 お土産として、生徒さん一人に1パック、ちょっと遊び心ある納豆を持参。大粒の赤豆を使った納豆で、添付の醤油は伊勢醤油にした。残念ながら、材料の関係から2年生、3年生分はあったものの1年生には渡らず申し訳ないことをした。

 15時過ぎ、新潟市立木崎中学校を後にし、帰路につくものの雨風が凄く、スピードを落として走った。

Dsc00014  16時30分過ぎ、入院している某氏のリクエストにより、ハンバーガーとポテトを差入れ用に購入、自分用には寝てない事かた甘い「マックフルーリー ストロベリーショートケーキ」を買って、お見舞いに向かう。
 病院食ばかりだと、むしょうに食べたくなるそうである。

 18時、自宅に戻り、昼食と夕食を兼ねて、牛すじ入りのおでん、ひきわり納豆、イカの刺身でご飯2杯の夕食をとる。

 19時から事務所にこもって、締め切りの近い事務仕事などを行う。目先の仕事に追われて、なかなかメールに返信できないのが悩みである。
 

2008年11月20日 (木)

公選職としての自治体の議員

 ビデオ素材のレンダリングなどにかなりの時間がかかり、一通りの編集を終えたのが5時。

 3時間ほど仮眠し、大粒納豆、じゃがいもとピーマンの油炒め、ほうれん草の胡麻和えでご飯2杯の朝食をとる。

 9時に来客。政治関係の雑談を主にかなり熱い議論となった。

Cimg0346  12時、「麺の家 渚」(電話:0257-21-2770)に移動し、友人と「らーめん 580円」に「半熟玉子 90円」「岩のり 100円」のトッピングをし、無料の大盛り指定をした。
 実はこのお店でつけ麺以外を食べるのは初めてであったが、好みのこの麺は温かいスープのなかよりも、つけ麺の方がダイナミックに楽しめるようである。

 13時から15時まで市内某所で会社関係の打ち合わせ。

 17時、会社関係の仕事や甥っ子にお願いされたDVDレンタルなど市内まわり。

 19時30分過ぎ、自宅に戻り、納豆オムレツ(しょうゆ味)、カニかまぼこサラダ、ご飯2杯の夕食をとる。

 定数30名と法定定数いっぱいいっぱいの柏崎市議会であるが、先日、議員定数削減の議員発案が審議打ち切りとなった。
 議員定数に関しては、地域の声を聞くため法定定数いっぱいに議員を選出すべきという考えと、法定定数より削減し十分な活動費を与えて、より質を高め専門職にしようという、おおまかに2つのアプローチがある。私自身は、政治活動の実態、そして自治体間戦争となっていることを考えると、議員を多少減らしつつ、専門職としてより質を高めることが必要だと思っている。
 その一方、法的には議会に出席する事のみしか公務としてみられず、専門職になるにも法的根拠が薄い。命令というかたちではないものの、現実には陳情をはじめとする各種相談事や催し物など多々、議員としての仕事が山のようにあり、真面目にやれば完全に専門職である。また、命令がないゆえに、かなり手抜きをし、自分の選挙活動をしたり、サボってる議員もいるのも実態であろう。
*市民のため良かれと思って活動し、もし事故にあっても議会の出席以外は自己責任
 議員定数だけではなく、こういった実態に合わせた「本当に市民のためになる」議員の在り方についても議論していきたいと思う。


議員情報誌『シグナル』第70号

公選職としての自治体の議員
                      大森 彌

 地方分権改革推進委員会の第1次勧告 (2008年5月30日)は、「地方自治体を『地方政府』と呼ぶにふさわしい存在にまで高めていくためには、これを、自治立法権、自治行政権、自治財政権を十分に具備した完全自治体に近づけていくとともに、地域住民の住民意思を的確かつ鋭敏に反映する地方政治の舞台に変えていかなければならない」とし、「開かれた議会、討論する議会、衆知を集める議会、行動する議会」に向けた地方議会制度改革を強調している。折しも第29次地方制度調査会では地方議会制度のあり方に開し調査・審議が進められている。これまでになく地方議会に注目が集まっている。
 私は、かねがね、住民からより頼りにされる方向で自治体議会・議員のあり方を改善・改革するためには、非常勤職員の包括規定である自治法203条から「議会の議員」を切り離し、別途、公選職にふさわしい規定にすべきだと主張してきた。議員は、辞令をもらって仕事をする行政の職員と根本的に異なり、住民によって直接選挙される公選職であるからである。この点では首長も同じである。議員としての身分と活動は選挙管理委員長から当選証書を授与された時に始まる。したがって、議員としての活動が自治法の定める正規の会議に出席することに限られることなどあり得ない。しかし、203条3項の「職務を行うため要する費用の弁償」をめぐる大阪高裁の判決(最高裁確定)は、この「職務」をそのように限定して解釈している。正規の会議に出席すること以外は、議会運営・議員活動上必要であっても、議員の「職務」とは認められないというのである。これはおかしい。このたびの自治法改正により203条が規定し直されたことは喜ばしい。
 この点で、矢祭町議会が条例で議員報酬を日額3万円とし、勤務の都度あるいは勤務日数に応じて支給するとしたことは一考を要する。合併せず身を削って自立の志を示した議会・議員の行動は立派といえる。ただし、3万円の積算根拠を、町の課長職の平均日給の7割としている点は疑問なしとしない。毎日8時間勤務の職員に比べ、議員は臨時出勤で1回の勤務時間も短いため7割としたという。公選職の議員の報酬を任命職の課長職との対比で考えるのは適当であろうか。任命職は場所も時間も特定されて働くが、議員はそうではない。これまでも、203条は議員を非常勤とは決めていないのである。

2008年11月19日 (水)

第二部決算特別委員会
匿名メールの多さに驚く

 夜中に何度か徘徊する祖母の世話で起き、ほとんど眠れず。

 6時、柏崎準倫理法人会のモーニングセミナーに行こうと思うも、喉が痛く、熱も下がらないため、欠席させてもらう。

 8時、大粒納豆、山芋とろろ、生卵とご飯2杯で朝食をとる。

 9時過ぎ、市役所に移動。資料整理などを行う。

Cimg0343 10時から平成19年度決算の承認を行う、第二部決算特別委員会に出席。
 土地取得事業特別会計、墓園事業特別会計は特になし。墓園事業については、金利が6%だった昭和50年代にその運用益を見込んで始めた事業であり、金利低下の昨今、永代使用料のあり方などに今後問題になってくるであろう。
 新潟県立こども自然王国管理運営事業特別会計は、中越沖地震の影響が顕著。中越沖地震発生時は105人の宿泊者がいたが、幸い人身被害はなかった。夏の稼ぎ時に3316人のキャンセルがでたものの、復旧ボランティアの約1000名の宿泊があり、なんとか乗り切った状況である。
 国民健康保険事業特別会計については、毎年議論になる未納者の対策が最初に説明された。現在は、収納率向上のため、5月、12月に夜間訪問をし、可能であるなら納付を求め、差し押さえも検討している。
 予算の不用額として、出産育児一時金(予算28000万円、3分の2は柏崎市の一般会計から繰り入れ)で595万円がでていた。一般会計からの繰り入れが結果的に少なくなった事が財政上、良いという議論もあるが、少子化だとして見込んでいた予算よりも下回った形である。柏崎市として、今後も少子化対策を本気で考えなければならないであろう。

Cimg0344 11時45分過ぎ、切りが良いので休憩に入る。
 かなり前に昼食の弁当を注文していたことをすっかり忘れ、出前をとってしまったので、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)の弁当と「やぶ」(電話:0257-22-3482)の「カツ丼」の2食を同時に食べることになってしまった。1600kcal以上の昼食である。

 満腹と風邪薬からの眠気と戦いながら、13時から審議の再開。
 老人保健特別会計、介護保険特別会計ともに特にはなかったが、介護保険料の未納が市内で50名おり、払わない理由としては「介護は使わない」と言い張るという。こういったことが増えてしまえば、互助システムとして保険制度自体が機能しなくなってしまう。

 14時5分から討論、採決。国民健康保険事業特別会計のみ、共産党が反対したが、あとの決算は認定。
 14時30分に第二部決算特別委員会が終了した。

 議会での事務仕事をやったのち、16時過ぎ、事務所に戻る。

 17時から来客。仕事の話であったはずが、いつの間にか市長選挙の総括になってしまった。

 18時過ぎ、祖母の夕食を作り、一緒に食べようとするも、全然空腹感を感じていないので、納豆汁とチーズパンのみにする。昼食の食べ過ぎがかなり効いている。

 19時、20時からそれぞれ取引先で仕事の打ち合わせ。

 22時、事務所に戻り、ビデオの編集作業を行う。

 ここ最近、柏崎市政に関する要望をはじめ、色々なメールを頂戴しているが、なかには使い捨ての匿名メールで、しつこいくらいに意味不明な誹謗・中傷のような内容を送ってくる方もいる。こちらとすれば削除して、はい終わりである。
 そんな事をやる暇があれば、もっと建設的な議論など違うことをやれば良いと思うのだが、何が楽しくて30名もいる議員のなかから、わざわざ私を選んで「たいして効果のない攻撃」をするのかよく分からない。
 本来攻めるべきは、選挙のときだけ「情報公開」だの、「ITの活用」を言う議員ではないかと、僭越ながら思う今日この頃である。

2008年11月18日 (火)

議会運営委員会:議員定数削減案
審議打ち切りの動議

 かなりの汗をかき、夜中に何回も起きる。

 8時、起床。大粒納豆、目玉焼き、のっぺでご飯2杯の朝食をとる。食欲はあるものの、喉が痛く、飲み込みづらい。

 食後から市役所に移動し、資料の準備。

 12時過ぎ、一旦自宅に戻り、祖母にも昼食を食べさせたのち、再度市役所に戻る。昼食のメニューは、のっぺの残りで作った中華丼。

Cimg0340  13時から議会運営委員会。
 今日の議会運営委員会は、平成20年9月議会で所属会派である「整風会」から提案した議員定数削減案の審議。なぜ今頃になって審議するかといえば、会田市長与党の議員が議会運営委員会への付託というかたちで、定例議会の映像記録が残る議場で賛否を明らかにせず、「継続審査」に持ち込んだためである。イヤなら堂々と「反対」すれば良いものの、逃げの一手を打った。
 柏崎市長選のさなか、某集会では会田市長与党の市議会議員が、

 「保守系議員は利権がどうのこうの・・・」

などと話していたが、事実はまったく逆であり議員自らも定数を減らし、柏崎市の財政の事を考えるべきと提案してきたのは我々、保守系議員
 議員定数削減すれば、落ちるのは「共産党と三井田」と言われるが、いまは柏崎市全体のことが大切であり、自分自身のことは二の次である。
 さらにいえば、本来、定例議会で本案件を付託された議会運営委員会は、定例議会終了後、すぐにこの案件を審議しなければならない。しかし、議会運営委員会の委員長、副委員長ともに「継続審査」に賛成したため、本日まで付託案件を審議する議会運営委員会が開催されなかった。
 本日まで審議を延ばされたため、提案した「議員発案第8号 議会の議員の定数を定める条例の一部を改正する条例」の施行日が「平成20年10月1日から」となっていることから、定数削減の審議をするためには冒頭、私の方から施行日を「公布の日から」に修正する修正議案を提出するはめになったのである。

<修正議案>
「議会の議員の定数を定める条例の一部を改正する条例」

                      (pdf形式)

 議会運営委員会でこの議案が議題となり、修正議案について私から提案理由の説明をしたところで、

 飯塚寿之委員(柏崎のみらい)

から審議打ち切りの動議があった。審議の打ち切り動議をするぐらいなら、先の本会議の場で堂々と「反対」すれば良かったものを・・・・手口が姑息である。
 そして、審議打ち切り動議の賛否を問うことになり、打ち切りに賛成したのは以下の委員。

 ・村田幸多朗委員(自治研究会)
 ・加藤武男委員(明友会)
 ・持田繁義委員(共産党)
 ・入沢徳明委員(蒼生会)
 ・飯塚寿之委員(柏崎のみらい)
 ・笠原浩栄委員(社会クラブ)

 議会運営委員会は、11会派からそれぞれ1名が委員になっており、委員長が投票しないため、計10票。上記6名が賛成したため、賛成多数で議員定数削減のこの議案は審議打ち切りとなった。

*柏崎市議会の会派数が定数30にも関わらず11会派もあり、多い過ぎるとご批判を受ける。多いだけでなく、現実はこういったことに悪用されているのである。少数会派でも1票は1票としてカウントしているのが原因であり、大会派が逆差別される。

 会田市長与党議員は、自分たちで「継続審査」として、議会運営委員会での審議をするよう付託しておきながら、議論が始まると「審議打ち切りの動議」をだすという、メチャクチャな事をやっている。
 こういった実態をより多くの柏崎市民の皆さんに知ってもらいたいと思う。

Cimg0341 議会運営委員会終了後、改装の終わった議場に入り、工事の状況などを確認する。天井が若干低くなったが、照明が蛍光灯になり、議場内がかなり明るくなった。
 それにしても、相変わらず議場内には国旗はおろか、柏崎市旗もない。柏崎市立の学校の入学式、卒業式には市旗、国旗がちゃんと掲揚されているにも関わらず、議場自体がこの状態で情けない。現在の議会構成(革新系)では厳しいため、市民の皆さんからの声が必要となろう。

 再度、資料整理をしようと議会事務局前のエレベーターを通りかけたところ、自分で仕掛けておきながら、未だに返答をよこさない中村明臣副議長が、いきなり

 「なんだ、おい!
  議会人として正しくしてやったんじゃないか。
  えー、汚い手使って。
  市長は何で答える必要あるんだ!」

と意味不明な言葉で喧嘩腰で言い寄ってきた。ところが、応戦の姿勢を見せたところ、副議長自身は踵を返し、エレベーターの中にさっさと移動、扉を閉じて下の階に降りていってしまった。論争するならするで、キチンと話し合う場を用意すれば良いのであるが、言いっぱなしで逃げてしまった。「汚い手」などと言っていたが、本来は議員間で議論すべき政策のことを、弁護士を代理人として内容証明を送りつけて、喧嘩を仕掛けてきたのは副議長本人であり、まったく意味不明である。

Cimg0342 17時過ぎ、一旦自宅に戻り、差入れの「ちくわキムチ納豆ロール?」やチーズフランスパン、低脂肪乳、豚肉しょうが焼きで早めの夕食をとる。
 19時から22時過ぎまで市内某所で選挙の総括となる話し合い。
 帰り際に「MEGAドン・キホーテ柏崎店」で、車用の低反発クッションなどを購入する。

 23時過ぎ、事務所に戻り、事務仕事。

2008年11月17日 (月)

戦い終わって・・・
ねじ曲げられた事実

 怒りでもなく、喪失感でもなく、ダラダラと飲み、2時過ぎに帰宅。風呂に入ったのち、3時に就寝する。

 8時、起床。大粒納豆、粒うにを蒲鉾にのせたもの、かきのもとの酢の物、シジミの赤だしでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、電話やメールが相次いで仕事にならず、携帯電話のバッテリーも切れ、充電しながら会話する状況であった。
 色々な方から今回の柏崎市長選挙への総括のなかで、共通なものは「現職の被害者選挙」という分析。
 我々、保守系議員で出しているレポートを、政策上の評価・批判にも関わらず、個人への誹謗・中傷だと置き換えをして、被害者としてアピールを行い、最後には本当の個人への誹謗・中傷をしているという謀略にまで発展した。

 (議員本来の仕事である)
  政策の批判もできない柏崎市政なら
    北朝鮮や共産党一党独裁のどこかの国と一緒

である。
 さらには、現職の後援会幹部が経営する飲食店に毒を入れるなどの脅迫電話があったとのことで、それも桜井陣営がやっているなどの宣伝を行っていた。
 どっちが汚いことをやっているのか、よく市民の皆様には見て欲しいと思ったが、真実を伝えきれなかったのは我々の落ち度である。
 今後も、いかに桜井陣営及び応援した議員が汚いか、といったプロパガンダが繰り返されるであろう。事実を証明することで応戦していきたい。

 11時過ぎ、湯沢町の方から町有地に進めている重粒子線がん治療施設誘致に関しての電話があり、町民感情や利権が複雑になっていることを知る。

 13時、乾麺のそばを茹で、ひきわり納豆と昆布パウダーで作ったつゆで、「納豆ざるそば」を作り、昼食。

 14時から17時まで、選挙関係の後始末などで市内まわり。

 17時過ぎ、自宅に戻り、夕食の支度。祖母の分はゴマ豆腐などを中心にした柔らかいものにし、自分自身にはイシモチの塩焼き、鯨ベーコンと納豆汁など。
 すっかり風邪を引き、喉が腫れているので、まともに声もだせず、食後にも続いた電話での会話も苦しくなってしまった。

 22時、風邪薬を飲み、就寝。

2008年11月16日 (日)

いよいよ08柏崎市長選挙投開票
選挙は魔物 出口調査各社ハズす

 2時、帰宅。シャワーを浴びた後、風邪薬を飲んで就寝。

 7時、起床。甥っ子、姪っ子がお泊まりをしたので、大粒納豆、鰺のひらき、目玉焼きでご飯2杯の朝食を一緒にとる。

 8時から9時過ぎまで、サバイバルゲームの用意や受け入れ準備などを行う。着実にテストゲームを繰り返しており、大きなイベントまでつなげていきたいものである。

081116_sakurai 10時、気合いを入れて?柏崎市役所に投票に向かう。
 投票に行くまでの間、多くの知っている人に出会ったが、こちらで応援している候補に入れてくれたとのことであった。
 地元である中央地区は、今回の候補者が強いところであるため、郊外のローラー作戦ばかりにでていたので、不安があったのも事実であり、こういった反応は非常にありがたいことである。

桜井雅浩氏 マニフェスト(pdf形式)

 11時から15時まで市内某所でのイベント会議。途中、アメリカンドッグ2本、低脂肪乳、15品目サラダで昼食をとる。

 16時から19時過ぎまで事務所で事務仕事・・・をしたかったものの、出口調査結果やその他の情報収集の電話が相次ぎ、仕事にならず。

Cimg0330  20時、ひらたけのバター炒め、小粒納豆、筋子、マカロニサラダでご飯2杯の夕食をとったのち、選挙事務所に向かう。
 この時点で、某マスコミの読みは、

 旧柏崎 桜井7:会田3
 高柳 桜井1:会田9
 西山 桜井5:会田5

であり、自民党新潟県連「桜井勝利」という読みの情報を電話でくれた。

 選挙事務所に着き、開票を待つ。投票データは以下の通り。

・有権者数75,971人
  (男:37023人、女 38948人)
・投票者数 54258人
 
(男:26056人 女:28202人)
・投票率 71.42%
 (男:70.38% 女:72.41%)

Cimg0332 22時を過ぎても、会田洋候補、桜井雅浩候補ともに3000票。
 NHKや報道陣も出口調査の結果から、ほとんどのクルーをこちらの事務所に待機させていることからも勝利確実との思いが支持者全体の雰囲気であった。
 ところが、22時45分を過ぎ、両候補が23000票になったところから雲行きが怪しくなり、NHKをはじめ朝日新聞などのスタッフが会田洋候補陣営へ移動を始めた。
Cimg0338  結果、

 会田洋 27394票
 
桜井雅浩 26373票
 
無効 490票
 
不在者投票の不受理 1票

となり、たった1000票、実質500名の違いで、会田洋候補の再選が決定した。
 桜井雅浩候補はもとより、応援者はみな精一杯のことはやったが、まさに選挙は魔物。出口調査など知る限りのマスコミは僅差で桜井勝利であった。
 はたして、柏崎市民はこの選択をして良かったのか、今後4年の間にもっと多くの皆様にご理解して頂けるよう市議会で頑張るしかない。
 携帯への電話は会田陣営からの今後の増すであろうイヤガラセなどを心配するものから、本当に柏崎はどうなるのか、という深刻なものまで相次いだ。

 どのような言葉にしてよいか分からず、自分の気分もムヤムヤとしたまま、24時近くに自宅に向かう。
 途中、何本か電話があり、総括も兼ねての話し合いのため、某所へ移動。

2008年11月15日 (土)

あとは天命を待つのみ:08柏崎市長選挙

 毎日の選挙活動のためか、いつの間にかパソコンの前で突っ伏して寝てしまい、気付けば5時。寒気もし、喉は腫れ、すっかり風邪を引いてしまった。8時過ぎまで仮眠。

 9時、大粒納豆、薩摩揚げ、牛蒡サラダでご飯2杯の朝食をとる。

 12時過ぎまで、市内での選挙活動。

Cimg0309  一旦、事務所に戻り、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューメン大盛り」の出前をとって昼食をとる。
 食事中、電話をかなり多く頂いたがその内容は公職選挙法に関わるもの。ある候補者が公道に看板を勝手に立てている、某公共施設にポスターを貼っている、戸別訪問で本人が来たけど良いのかなど、いくら現職とはいえ、そこまでやるのか?といった内容であった。
Cimg0329 食後すぐ、市内のある方から、昨日、戸別訪問された際に渡されたという紙を一式届けてもらった。
 選挙期間中の戸別訪問は現行犯で捕まるもので、かつての柏崎市長選挙においては、J.K候補とR.K候補の一騎打ちの際、政治活動の妨害ととられないように、両候補の奥さんの戸別訪問を同時に捕まれた事例がある。

Cimg0311  15時まで市内での選挙活動をし、15時30分から選挙事務所をスタートとして、市内のパレードにでかける。
 スタート時にも100名を超えていたが、段々と人が増えていき、最後には500名ではきかないほどの大人数になった。
 相手陣営は、長岡市などの市外部隊を投入したそうである。

Cimg0317  パレード終了後、選挙事務所で夕食を食べたのち、米山小学校に移動。夕食はおにぎり3個、チャーシュー2枚、サラダ、チキンと白菜などのスープを2杯ですっかり満腹となり、移動途中の運転では眠くなってしまった。
081105_ouen 100名以上の米山地区の方にお集まり頂き、珍しく自民党員のみの応援演説となった。西川勉・元県議会議員、丸山敏彦・自民党柏崎支部長、五十嵐直樹議員、そして私の順に演説。
 この米山地区も本気で考えなければならない鉄道問題(北陸新幹線開通後の2014年問題)をはじめ、重粒子線がん治療施設のお話など、身近な話題から市長を変えなかればならない理由をお話させてもらった。

Cimg0320  演説終了後、そのまま最後の個人演説会場となる柏崎市産業文化会館に移動。
 会場は満席も満席で、熱気ムンムンとなっていた。三富佳一県議からメッセージを西川勉・元県議会議員を代読したのち、ご自身のお言葉も付け加え、会場は大爆笑。
Cimg0322  続く、西川正純・前柏崎市長からは、豊富な経験に裏打ちされた重みある現職のリーダーとしての資質、候補者への注文についての2点のお話があった。
 自民党柏崎支部長、公明党柏崎支部長からの強烈な応援演説ののち、「CHANGE」のコールなどを行い、大盛り上がりで最後の個人演説が終了。

Cimg0324  柏崎駅を行き交う方をはじめ、良い気分で酔っている皆様には申し訳なかったが、23時45分まで公職選挙法の許された範囲で、最後のお願いを行う。
 すでに勝った気まんまんなのか、毎回の議会で私にイチャモンをつけてくる、相手候補陣営である社会クラブのY議員とT議員がスナックに入っていくところとバッタリ。さらに闘志に火がついた。

Cimg0328_2  選挙戦を終えた24時近く、体も冷えていることもあり、協力してくれた友人夫妻とともに格安カラオケボックスに行き、発泡酒ジョッキ1杯ののち、熱燗。胃に染み入る。
 なぜか関西の歌から歌おうということになり、やしきたかじん「やっぱ好きやねん」からスタート。「ダッタン人の踊り」、そして明日の選挙の勝利を願って「Vincero」「栄冠は君に輝く」など。

2008年11月14日 (金)

代議士、よぉ~く分かりました。

 依頼されていたエッセイなどを書き、3時に就寝。

 6時、起床。朝イチに来て欲しいという市内の某氏宅に伺い、これから柏崎市として取り組んでほしい高齢者政策についてお話を伺う。

 9時、選挙事務所で打ち合わせ。

Dsc00011  10時、一度、自宅に戻り、大粒納豆、自家製のイクラ味噌醤油漬け、生卵で作った「納豆イクラ丼」でブランチをとる。イクラは市内米山町で上がったメスの鮭からとったもので、味噌も地元である「みそ西」 (電話:0257-21-0039)の「三階節 極上味噌田舎」を使ってみたが、まろやかながら味がしっかりと染み込んだイクラとなり、大粒納豆の力強さに負けないものになった。

 12時まで市内での選挙活動。

 12時30分から1時間ほど某所へご挨拶とお願いに伺う。

 14時から18時まで市内での選挙活動。途中、地元であるえんま通りでお年寄りの方とお話していると現職の方が某女性I市議会議員とともに、14時から14時20分までの間、白昼堂々と戸別訪問しているところに出くわした。早速、デジカメで撮影したが、ルール無用もいいところである。

 戸別訪問の禁止(公職選挙法第138条)

 19時、一旦自宅に寄り、ひきわり納豆、冷凍うどん2玉、レトルトカレーで納豆カレーうどんを作り、Yシャツに多少のカレー模様を付けながらも一気に啜り込む。

 22時過ぎまで、某業界関係者に集まって頂き、選挙のお願い。

 24時、自宅に戻る。

081114_bira  今回の柏崎市長選挙への応援として、自民党新潟県連を頭越しで、自民党本部からの応援が入っており、かなり多くの情報が入ってきた。
 政権与党であり、日本のエネルギー政策に担う自民党、公明党としては、柏崎市長選挙にかなり注目しており、結果がこれからの国策にも影響するとみている。
 そんななか、某代議士(古賀派)は自分の選挙のためなのか、国益(原子力でのエネルギー戦略)という観点からの柏崎市長選挙への立場の決定ではなく、社民党などと一緒に活動する某候補者との両てんびん」をしている。
 国会議員としての日本の国益を考えるよりも、一見中立を装って自分の選挙を考える、ということであろうか。公選ビラへの応援メッセージ掲載など、自民党の政治家として判断ミスもいいところである。
 秘書の方などこれまで親交のあった方には申し訳ないが、こういった判断ミスがこれまで代議士を応援してきた地方議員にどう影響するのか、キッチリとした反応を表したいと思う。どこまでの動きを地方議員ができるのか見せ所であり、柏崎市長選挙が終わり次第、色々な方面で動き始めたい。

2008年11月13日 (木)

謀略の行方・・・・
中傷ビラまで内部引き締めに使う

 3時、就寝。

 6時、起床。朝からいけるところで市内で選挙に関する活動を行う。

 8時、自宅に戻り、大粒納豆、牛タン味噌漬け、セロリの漬け物でご飯2杯の朝食をとる。

 9時から11時過ぎまで市内で選挙に関する活動。

 12時、柏崎準倫理法人会の拡大役員会に出席。昼食付きの打ち合わせであったが、重なっているため食べずに40分ほど打ち合わせを行う。

 13時から市内某店にて、日替わり定食を食べながら、選挙に関するお願いと最後に向けての活動の打ち合わせ。

 14時、市内某氏宅にて、某国との貿易も含めた打ち合わせ。

 16時、事務所に来客。女性団体の方と選挙に関するお願いと最後に向けての活動の打ち合わせ。

Dsc00008 18時、宮川コミニティセンターに移動。
 18時30分から、会場いっぱいになっている皆様の前で、約8分間の応援演説を行う。
 これまでと同様、候補者本人の話しを長く聞いてもらうこと、先輩議員が話す内容とは違うカテゴリーを話そうと、以下の2点に絞った。

 ・復旧と復興の違い
 ・世界の原子力政策の流れ

Dsc00009  会場の片付けを手伝ったのち、20時30分過ぎに自宅に戻る。冷蔵庫のなかにあった残りものの豚肉やキャベツ、生干し納豆、ニンジンなどをつかって、頂いたモンゴルの岩塩、インドで買ったガラムマサラを味付けにつかった「塩やきそば」を作り、夕食にする。

 夕食後、事務所で事務仕事。選挙期間中であり、議員としての仕事も会社の仕事も大幅に遅れてしまった。

080708_report

 選挙期間に入ってから、匿名メールや自宅への電話でビラがどうのこうの、誹謗・中傷するな、というご意見を多々頂戴した。
 これまでも説明してきたように、保守系議員で作成した内部資料である「新聞に載らない柏崎市政レポート~会田市政を正しく評価する」(pdf形式)や「新聞に載らない柏崎市政レポート~あなたの選択が柏崎の明日を決める!!」(pdf形式)は、発信元を明記し、そして勉強会や集会等内部で保守系市議会議員が配布してきたものである。中身も政策の事を中心に書いており、個人への誹謗・中傷などではない。
 それを今でも、個人への誹謗・中傷だとして市民に話し、保守系議員を「あいつらは汚い」とのレッテル貼りに使っているのが、見え見えである。
 さらに驚いたのが、市長選挙立候補者の不倫がどうのこうのと書かれている、本当の個人中傷ビラ。
 選挙期間中につき詳細は避けるが、比角地区にお住まいの方から情報をもらい、内容を聞けば個人の中傷が書いてあり、あたかも保守系議員が作ったようになっているという。
 我々はこれまで発信元を明確に記載してきており、この選挙期間終了後に勉強会や集会で配布予定の第3弾も発信元を明記してある。
 本日、市内某所で開催された某集会では、応援弁士が知ってか知らずか、その個人中傷ビラを説明し、「あいつらは汚い」として、組織内部の引き締めに使っていた(個人名はピー音で隠しました)。

「081113_nakasabaishi.mp3」をダウンロード

「・・・この前の市役所前、
 市役所前(出陣式の意味)でも見せましたけど、
 え~<ピー音>さんのそばで、
 不倫の話しが色々まかれているんだけど
 お前、あれはどういう意味だ。
 どういんだったてね、
 この人の顔見てて・・・・」

 現在、告示されている柏崎市長選挙へは会田洋候補、桜井雅浩候補が出馬しているのであって、保守系議員が出馬しているわけではない。
 先にも本ブログで書いたように、

 応援している人間が汚い(とレッテル貼り)
       ↓
 だから応援されている人間も汚い

という論法は、まともな選挙の戦い方とは思えない。

2008年11月12日 (水)

「国士」気取りにあきれた?とは
『新潟日報』にあきれた!

 3時、就寝。

 6時、起床。朝の選挙活動を行ったのち、7時過ぎ、倫理法人会関係者と打ち合わせ。

Dsc00002 8時過ぎ、「マクドナルド 8号線柏崎店」にて、「ソーセージエッグマフィンセット」(アイスカフェオレ)を食べながら、打ち合わせ。やはり朝は納豆とご飯を食べないと力でない感じがし、自宅に戻ってから生卵と大粒納豆を一パック食べる。

 午前中は事務所への来客や打ち合わせが相次ぎ、打ち合わせをしながらのやまぶどうジュースやコーヒーでお腹がガボンガボンになってしまった。

 13時過ぎ、冷凍うどん1玉とひきわり納豆で納豆うどんを作って、祖母とともに昼食をとる。

 14時から16時まで市内での選挙活動。

Dsc00003 16時過ぎから市内某ホテルにて打ち合わせ。普通のコーヒーやジュースに飽きたので、「ウインナコーヒー」を選択したみた。口の周りをクリームだかけにして会話をしていたらしく、周りの方に笑われてしまった。

Dsc00004 18時、柏崎市内であがった鮭を頂戴しさばいたところ、美味しそうなレバーがでてきた。鮭のレバーはまた美味であり、早速、山椒と塩を若干効かせた酒蒸しにし、小粒納豆を栃尾揚げにはさんだものと一緒に夕食にする。

Dsc00005 食後、即移動。18時30分から中鯖石コミニティセンターにて、約8分間の応援演説を行う。
 会田市政への批判だけでは何なので、1点だけ良いところを褒め、3点ほどをお話した。

 ・復旧と復興の違い
 ・政権与党との付き合いの仕方
 ・医療問題への対策と原子力財源。

 20時、一旦事務所に戻ったのち、市内某所での懇親会に挨拶だけ顔をださせてもらう。

 結局、数杯いっき飲みをする事になり、22時過ぎに帰宅。

 今日の新潟日報の社説を読んだが、いかに「村山談話」が日本の歴史にとってガンであるか、また新潟日報が社是?にしているか良く分かった。


平成20年11月12日『新潟日報』

社説 前空幕長招致  「国士」気取りにあきれた

 先の大戦などについて政府見解と著しく食い違う論文を発表して更迭された田母神(たもがみ)俊雄前航空幕僚長に対する参考人質疑が参院外交防衛委員会で行われた。
 「私が書いたものがいささかも間違ったものだとは思っていない」「国を守ることについてこれほど意見が割れるもの(憲法)は直した方がいい」。田母神氏は反省の弁を述べるどころか、自説の正当性を強調して開き直った。予想通りの展開だ。
 今回の参考人招致では、「田母神氏が持論をアピールする場にはさせない」ことで与野党が一致していた。そのせいもあってか、質問は上っ面をなぞり緊迫感を欠いた。
 「(村山元首相)談話と違った見解を書いたとは思わない」などとする田母神氏の主張を、さしたる追及もなくやり過ごしたのは解せない。何を明らかにするための招致だったのか。
 さらに問題なのは、こういう人物を航空自衛隊のトップに据えた政府の任命責任についても明確にならなかったことだ。田母神氏が偏った歴史観の持ち主であることは、つとに知られていたという。巨大な実力組織の司令官に田母神氏を就けた責任は重大である。
 明らかになったこともいくつかある。田母神氏は懸賞論文への応募について「航空幕僚監部の教育課長に紹介した」と言明した。課長が組織を通じて応募情報を流した結果が航空自衛官九十四人の応募につながったと考えて間違いないだろう。
 航空自衛隊を指揮する制服の高官が、政府見解に反する論文を公然と発表し、間違ったことはしていないと居直る。シビリアンコントロール(文民統制)の否定も極まれり、である。


 また、ここでシビリアンコントロール(文民統制)の意味が分かっていない引用である。昨日のブログにも書いたが、シビリアンコントロールの本来の姿は、そこから先を軍に任せるか任せないか、を決断するのが文民(シビリアン)という事であって、軍のなかの軍人の挙手一つ一つまで文民が入り込んで統制するものではない。そして、政府見解に反することが、シビリアンコントロールにもならない。
 さらに個人の中傷、そして「憲法が認める自衛隊の姿」などと意味不明な言葉に続く。


そのうえ田母神氏は一連の行動について「日本が正しい方向にいくために必要なことだと思っている」と強弁した。憂国の士気取りである。
 自衛隊の一部に田母神氏の言動を容認する土壌があるのではないか。そこを掘り崩し、憲法が認める自衛隊の姿を取り戻すことこそ急務だ。田母神論文をその反面教師としたい。
 自民党国防部会などからは田母神氏を擁護する声が上がっているという。政治のメッセージが自衛隊をゆがませることに気付かない論だ。党総裁たる麻生太郎首相の指導力が問われる。
 浜田靖一防衛相は懲戒手続きを取らなかったことについて「(持論を展開されると)自衛隊の士気が落ちる」と釈明した。制服トップとしてあるまじき行いをした者を処分できずに士気もヘチマもあるまい。
 理非曲直を明確にするためにも断固とした処分を行うべきだ。文民統制とはそういうことだ。高額の退職金を支払うなど論外である。


 懲戒免職になったわけでもなく、定年退職扱いである。文民で決めたルール通りに、退職金を払わない理由を作ることこそ、文民統制の否定ではないか。
 そもそも降格させ、定年退職にしたこと自体、文民統制が効いている証拠である。

2008年11月11日 (火)

参議院外交防衛委員会傍聴
田母神・前航空幕僚長参考人招致

 3時就寝。

 5時起床。シャワーを浴びたのち、大粒納豆と生卵でどんぶりご飯をかっこみ、市内まわり。

 7時過ぎ、愛車にて長岡市に移動。新幹線に乗り、東京に向かう。

081111_sangiin  10時過ぎ、永田町に到着。国会議事堂周辺では、保守系団体が抗議活動を繰り広げていた。参議院議員会館の前で埼玉県議会の鈴木正人議員、F氏と待ち合わせをし、傍聴券をもって、参議院第一委員会室に移動。途中、荷物検査や荷物の預かり、傍聴規則の確認などがあり、第一委員会室に入るまで約10分間を要した。
 参議院外交防衛委員会が開催されている第一委員会室の傍聴スペースは、すでに立ち見もでる有様で、私は鈴木議員とともに参考人席に座る田母神・前航空幕僚長の真正面となる位置に立っての傍聴。

 最初の質問者は、『Voice』2003年9月号で「1000万人移民受け入れ構想」を共同提案した、民主党の浅尾慶一郎議員である。
 最初の論点は、自衛隊法第46条

(懲戒処分)
第46条 隊員が次の各号の一に該当する場合には、これに対し懲戒処分として、免職、降任、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
二 隊員たるにふさわしくない行為のあつた場合
三 その他この法律又はこの法律に基く命令に違反した場合

の「二 隊員たるにふさわしくない行為のあつた場合 」にあたるか否か、という点であったが、浜田大臣は処分の時間がかかるのでという答弁に終始。
 続いては、自衛隊法施行規則第72条の2項違反ではないかという、浅尾議員の指摘であったものの、条文を読めば分かるように

(勤務の停止等)
第72条  懲戒権者は、規律違反の事実を調査し、又は審理するため特に必要があると認める場合には、当該隊員の勤務を停止することができる。
2 任命権者は、規律違反の疑がある隊員を
みだりに退職させてはならない。

まったく意味不明のものであった。
 今回の場合は、航空幕僚長から航空幕僚監部付に更迭された段階で満60歳の田母神・前航空幕僚長が定年退職になるのはルール通りで正しいのである。空幕長の定年は満62歳、空将の定年は満60歳。「みだり」にでもなく、ルール通りで何もおかしいことはない。更迭という処分を受け、降格したのでそのルールに従うだけである。そもそも今回のことを<規律違反の疑>があるとして、上記を適用するなら、更迭を撤回させ、航空幕僚長のままにせよ、と先に主張すべきであろう。
 その後は、これまでの田母神・前航空幕僚長の発言(今年5月の東京大学での講演など)や論文をどうして問題にしてこなかったのか、という質問に浜田大臣がシビリアンコントロールはできていると、のらりくらりと答える繰り返し。問題になった事の答えは簡単で、朝日(ちょうにち)新聞をはじめ、左がかったマスコミが騒いだからである。
 村山談話との関係については、田母神・前航空幕僚長から
 
「村山談話の見解と私の論文は別物であり、村山談話は具体的にどの場面が侵略だとかまったくいっておりませんので、私は村山談話と違った見解を書いたとは思っていない」

との答弁。
 その後は政治的発言を引きだそうとしての作戦なのか、浅尾議員は「集団自衛権の行使」まで視野において書いたのか質問。田母神・前航空幕僚長が行使までは特に訴えていないと答弁するや否や、今度は憲法改正について話しをもっていかれ、憲法改正についてはどう思うのかと論点が移行した。浅尾議員は自衛隊法第61条

(政治的行為の制限)
第61条 隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない。
2 隊員は、公選による公職の候補者となることができない。
3 隊員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

に違反するなどとイチャモンをつけるも、田母神・前航空幕僚長の答弁は意見は自由であり、憲法改正自体についても

「国を守ることについて、
 これほど意見が割れるようなものは直したほうがいい」

とズバリの正論で応戦。
 更迭に関しては、浜田大臣が政府見解と意見が違うということで、政治的には正しい判断だったのではないかと田母神・前航空幕僚長が付け加えたので、浅尾議員は手詰まりとなり、質問時間終了となった。
 浅尾議員がシビリアンコントロールうんぬんという左翼的な発言があったためか、いかにも左翼風のおばちゃんがいきなりの拍手。早速の傍聴規則違反である。鈴木議員と私もかなりいきり立っていたが、二人で小声にて

 「これじゃあ、地方議会よりレベル低いかも・・・」
 「マスコミが騒いだからって言ってんだろ!」
 「何言ってんだ、条文良く読め!」

とウイスパー(ささやき)野次を行った。

 続いての質問者は、テロ特措法の審議の際に「民主党は水か油かと言われたら水だ」という迷言をした、在日韓国人等に参政権を付与しようという民主党の犬塚直史議員。
 侵略の定義が一国で行うような定義では決まらないものであり(ここまでは正しい)、日本は侵略国家ではない、という発言は日本の立法府をないがしろにする挑戦的な行為だ!と不可解なロジックを持ち込んだ。
 それに答える浜田大臣も一部同調してしまったのは残念であり、ただの「腰抜け」のようにも感じた。
 その後は、浅尾議員のときと同じく、懲戒処分をしなかったことと定年退職の扱いについて繰り返しの議論であった。
 退職金を自主返納せよ、という追及に田母神・前航空幕僚長は拒否の発言。これは当然のことである。懲戒処分もされていないにも関わらず、返納を迫ること自体が超法規的行為になる。
 犬塚議員は民主党であり、民主主義が良いと思っているはずであるが、質問は言論統制すべきという内容までにおよんだ。統合幕僚学校の教育においても、専守防衛以外の議論もするな、と言うのである。ところが、

 「ここは民主主義の国家ですか、
  政治将校がついている、
  
どこかの国と一緒じゃないですか。」

と田母神・前航空幕僚長がやり返され、「ごもっとも」と引き下がる始末。国防を担う人材を育成するからこそ、ありとあらゆるオプションを視野に入れての議論が必要なのである。

 続いて、自民党・小池正勝議員、公明党・浜田昌良議員と政府与党の質問が続いたが、シビリアンコントロールの在り方に議論が終始。
 シビリアンコントロールの本来の姿は、そこから先を軍に任せるか任せないか、を決断するのが文民(シビリアン)という事であって、軍のなかの軍人の挙手一つ一つまで文民が入り込んで統制するものではない。
 シビリアンコントロールをはき違えているようである。
 その他、田母神・前航空幕僚長の発言の場をとにかく封じ込めるような質問が続いたが、田母神・前航空幕僚長は言論の自由と愛国心についての以下のような正論を堂々と述べた。

 「今、日本の国が悪かったという論が多すぎるというふうに思います。」

 「私も今回びっくりしてますのは、日本の国はいい国だったと言ったら、解任をされたと。そしてまた、責任の追及も、いい国だと言ったような人間をなぜ任命したんだといわれる。」

 対する浜田大臣は、言論のあり方について、再発防止のためにもう少し自衛隊・防衛省のなかで服務宣誓の見直しをはじめ、基準を作って徹底して指導したいなどと答弁。思想・信条、個人の歴史観などにどうやって基準をつくるのか、またどうやって強制するのか、それこそ憲法違反(第19条 精神の自由)であり、まったく意味不明でアホな答弁である。

 政府与党も情けない、とウイスパー野次を飛ばしつつ、「この国は終わっている」と鈴木議員とともに落ち込んでいたが、続いて【大好物】の共産党、井上哲士議員の登場で野次に力がみなぎってきた。
 最初は、アパグループとの距離感など共産党らしい人間関係の追及であったが、歴史観の在り方に議論が移ったところで、指を刺しながらの野次。警備員から「座ってください」と言われながらも、立って小声の野次を飛ばした。
 質問の内容はこうである。

 「(統合幕僚学校の)平成16年度の教育目標をみると、健全な歴史観・国家観を育成し、防衛戦略研究および将来の部下指導に資する、となっている。平成20年のものをみると、例えば『大東亜戦争史観』『日本国憲法の本質』とある。ほかの年度をみると『東京裁判史観』という項目もある。こうした呼び名自体が侵略戦争を否定する中で使われる言い方だ。」

 政府の公式な戦争名称は「大東亜戦争」であり、鈴木宗男衆議院議員が提出した「大東亜戦争の定義に関する質問」に対し、答弁書「内閣衆質165第197号」として、平成18年12月8日に安倍晋三内閣総理大臣から、昭和16年12月12日の閣議決定による「大東亜戦争」の呼称以外に「太平洋戦争」などの定義はないとある。
 その後も東京裁判史観がどうのこうの、南京大虐殺がどうのこうのと、しまいには憲法を守れなどと主張。こちらに言わせれば、天皇制解体とか言っている共産党こそ、

 「憲法第1条を守れ!」

というところである。

 共産党に続いて、こちらも【好物】である社民党の、自称・ミスター護憲という山内徳信議員が登場となった。
 ところが、山内議員はご自分が持つ<アチラ側の世界>に入り込んでしまったのか、質問の形式にもならずに、ひたすら沖縄戦での日本軍の悪行という持論を展開。もはや教祖様としか言いようがない。独り恍惚とした表情で自虐史観を語る姿に、鈴木議員と二人で瞑目し、合掌した次第である。
 その持論の一部は、

 「沖縄を経験した人間として、偏った歴史観、偏った国家観を持つと、その刃はどこに向くかは、戦前の日本の軍隊が示している。」

というもの。日本軍と沖縄県民が戦ったのではなく、火炎放射器での焼き尽くしをはじめ、焦土作戦を行ったのは米軍である。すっかり米軍のことが頭から抜けており、しまいには硫黄島の戦い、広島、長崎への原爆投下も日本軍の暴走だという。教祖様からキ印に昇格である。
 社民党の党是のような戦争呼称の変更も忘れず、

 「悲惨なアジア太平洋戦争を、
  大東亜戦争に置き換え・・」

保守陣営を「歴史修正主義者」と罵るわりには、自分たちが勝手に歴史修正しているのはお約束。
 締めくくりの段階でやっと質問になり

 「集団的自衛権も行使できない。武器の使用も制限が多い。攻撃的兵器の保有も禁止されていると、田母神氏は文章の中で強調している。私は文章を読んで思った。田母神さんは相当、不満を持っていると。」

と、いかにも戦争好きの人というレッテル貼りをしようと誘導し、

 「集団的自衛権も行使し、武器も堂々と使用したいというのが本音ですね」

と決めたつもりの山内議員であったが、

 「ええ、私はそうするべきだと思います」

とガツーーンと正論を返され、意気消沈。質問は終了した。

 今回の参議院外交防衛委員会を傍聴し、正直に感じたことは自民党のタマ不足であり、気の利いた野次すらもできない度胸と知識のなさであった。

Cimg0307  委員会終了後、参議院議員会館に行き、新潟県選出の保守系国会議員、中越沖地震の際に現地視察してもらった議員への挨拶まわり。柏崎市長選挙の様子などもついでにお話する。
 13時過ぎ、某参議院議員秘書、鈴木議員とともに参議院議員会館地下2階の食堂で「かつ重 765円」で昼食をとる。味は・・・・であるが、グリーンピースがレトロで心憎い。

 14時過ぎ、携帯電話の通話部分が故障したため、有楽町のドコモショップに持ち込んだところ、本体の交換になってしまった。データ移行や新しい同機種端末の設定などで40分ほどかかってしまった。

 15時過ぎ、東京駅から新幹線に乗り、長岡駅まで向かう。長岡で愛車に乗り換え、柏崎に戻り、18時からの選挙対策会議に出席。

081111_ouen  19時、鏡が沖中学校の武道場に移動し、約8分間の応援演説を行う。
 候補者本人の話しを長く聞いてもらうこと、先輩議員が話す内容もあると思い、これまでの会田市政への批判の視点をあえて変え、

 ・復旧と復興の違い
 ・政権与党との付き合いの仕方
 ・拉致問題

という3点に絞ってお話した。

 演説終了後、青年会議所関係の仕事をし、その後は市内某店での懇親会に出席。さすがに今日は動き回ったので、生ビールがガンガン入り、酔いも早かった。

 23時、帰宅。郵便物の整理など酔っていてもできる仕事から片付ける。

2008年11月10日 (月)

自分で喧嘩を売って逃げる?
公開質問状の回答なし

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、ベーコンエッグ、もやしのおひたしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時から11時過ぎまで市内での活動。

 12時、事務所に戻り、来客対応。スパゲティ・ミートソースを作り、一緒に昼食をとる。

 13時から15時まで市内での活動。

 事務所に戻り、16時から18時まで会社関係の仕事でネット会議や電話などをかけまくる。

 自民党の国会議員に柏崎市長選挙の情勢や復興関係の報告をするため、明日、国会議員会館に行く予定であったところ、ちょうど参議院外交防衛委員会に田母神俊雄・前航空幕僚長が参考人招致されることにあったため、埼玉県議会の鈴木正人議員とともに、急遽、委員会も傍聴することになった。
 傍聴者が発言すれば退席となるが、国会議員のアホな質問があった場合には、つい野次を言ってしまいそうである。

 19時、昼のスパゲティ・ミートソースの残り、ひきわり納豆といかの塩辛を混ぜたもの、もずく酢で夕食をとる。

 20時から市内某所で選挙に関わる打ち合わせ。

 23時、事務所に戻り、遅いスタートとなったが、若い世代のメンバーと打ち合わせ。

  内部資料のレポートを本ブログに掲載していることについて、副議長である柏崎市議会議員・中村明臣氏、柏崎市議会議員・入澤徳明氏から弁護士を代理人として、削除をしなければ法的手段に訴えるとの警告が届いたのが、平成20年10月10日
081016_res これに対し、なぜそのような行為にでるのか明確なる法的根拠の説明、また書かれた政治的な内容については、代理人である弁護士と私ではなく、レポート発行代表者を含めた公開討論会で決着をつけるべきと、平成20年11月8日を回答期限として、公開質問状を送った。
 当然、受け取りについては、代理人である高野毅弁護士が行っており、受け取り証明、そして弁護士ご本人から到着のお電話も私の携帯電話に頂戴したところである。
 しかし、期限を超えた本日、平成20年11月10日になっても回答はなかった
 自分で喧嘩を売っておいて逃げる、とはどういうことであろうか。
 ある会合で中村明臣氏は、こんな事を言っている。

「081106_nakamura.mp3」をダウンロード

「一人、訳の分からん、その議員。
 ふふ、公開質問が、え~したんだけど、私のもとにその公開質問が何も届いていない。」

 弁護士は受け取りをしており、依頼者である・中村明臣氏、入澤徳明氏に渡されているはずである。
 いまさら受け取っていないとは、弁護士の業務怠慢か依頼者の以外は考えられない。再度、文書を送付し、どうなっているのか、確認したいと思う。
 「訳の分からん、その議員」というのは、一体どちらなのであろうか。

2008年11月 9日 (日)

いよいよ柏崎市長選挙告示
ウルトラマンvs三面怪人ダダ

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、山芋とろろ、目玉焼きでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg0288 8時、みなとまち海浜公園に移動。
 いよいよ柏崎市の今後4年、いや保守派の運命を決める柏崎市長選挙が告示となり、現職・会田洋氏、新人の桜井雅浩氏が立候補を届け出した。
 海風の寒さもあったが、それ以上に500名ぐらいの多くの人が集まったので予定時刻よりも早く、「桜井まさひろ出陣式」がスタート。
Cimg0293  西川勉・元新潟県議会議員、西川正純・前市長、近藤基彦・衆議院議員秘書、長島忠美・衆議院議員秘書、塚田一郎・参議院議員秘書、自民党柏崎支部長、公明党柏崎支部長に加え、保守系の市議会議員、元市議会議員・町議会議員が応援に駆けつけた。
 参加者の熱気や気合いで寒さが吹き飛んだ感じであった。

Cimg0292 出陣後、最初の街頭演説場所であるフォンジェ前に移動。
 地元である中央地区の皆さんをはじめ、マスコミなど多くの人にお集まり頂いた。
 その後、市内での活動に向かう。

Dsc00047  12時、午後から上越市での用事があるため、ついでに甥っ子、姪っ子を連れて上越市に移動。
 12時30分過ぎ、 「ロッテリア 上越ジャスコ店」 (電話:025-521-2428)で、「絶品チーズバーガーセット 650円」に「ハンバーガー 100円」を2個注文し、3人で昼食をとる。

Cimg0294  上越市の友人との打ち合わせをし、用事を済ませたのち、13時30分からハウジングセンターが開催する「ウルトラマン・ミニショー」に甥っ子、姪っ子を連れて移動。
 二人ともウルトラマンに会うのが楽しみだったらしく、敷物の上で正座をしてウルトラマンの登場を待っていた。
Cimg0302 「ウルトラマン・ショー」がはじまり、会場の子供たちとのジャンケン大会など楽しいイベントが進んだところで、邪魔をするかのように「三面怪人ダダ」が登場。
 姪っ子は泣き出し、甥っ子は固まってしまった。
 三面怪人ダダとの数分におよぶ格闘の末、ウルトラマンがスペシウム光線で勝利。甥っ子も姪っ子も安心し、ウルトラマンに握手をしてもらった。

 15時、柏崎に戻り、市内での活動に戻る。

 18時過ぎ、コンビニで買った納豆巻きパック、ハムサラダサンドイッチ、低脂肪乳で夕食をとり、20時に活動終了。

 21時、事務所に戻り、電話やメールでの連絡を行う。

2008年11月 8日 (土)

えっ?ウオロクは会田市長が誘致した?
これが事実なら「談合」

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鯖のへしこ、なめこの味噌汁でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から10時まで市内まわり。

 10時から自民党柏崎支部で市長選挙対策会議。

 12時、一度、自宅に戻り、祖母の分と一緒にニラ玉丼を作り、ひきわり納豆汁とともに昼食をとる。祖母はかなり「先祖返り」をしており、卓上のスティック砂糖を丼にかけていた。

 13時から18時まで、市内まわり。

Dsc00046  18時30過ぎ、自宅に戻り、沼津の一夜干し鯖、差入れでもらったチーズ入りフランスパン2個、低脂肪乳で夕食をとる。
 試しに、チーズ入りフランスパンに鯖を入れてみたが、案外悪くない。鯖をフライにしてパンにはさむトルコ料理があるが、日本風の一夜干しでもイケそうな感じがする。

 20時から再度、自民党柏崎支部で市長選挙対策会議。

 24時近く、自宅に戻る。

 市内まわりをしていたところ、ある会田市長支持者の方から、

 「せっかく会田市長さんがウオロクを誘致してくれたのに
 オメさんら反対してんだろっ!」

とお叱りを受けた。
 小松コスト跡地は、提案型公募で<商業施設にもこだわらず>まちの活性化を目指したはずなのに、会田市長がウオロク誘致したとはどういうことであろうか。

Cimg0305 その理由は、「あいだ洋後援会報No.13」にあった。

「あいだ洋後援会報No.13」一部(pdf形式)

 ちなみに、この後援会報の発行日は、新潟県知事選挙最中の平成20年10月15日となっており、その市民の方も新潟県知事選挙期間中に戸別訪問でもらったという。やはり「何でもあり」である。
 本文には、このように書いてある。

「小松エスト跡地は、前市長が枇杷島小学校移転を理由に21億円で購入したものです。しかし、柏崎市財政圧迫の一因ともなっており、会田市長は、財政の健全化と柏崎の元気を取り戻す一策として、小松エスト跡地の利用を商業地にと考え、ウオロクを誘致したものです。既存の商業施設への影響を考え、売り場面積を規制するなど、地元商店との共存共栄が周れるよう配慮しています。」

 枇杷島小学校を小松エスト跡地ではなく、現地改修に政策変更したのは会田市長であり、変更した段階で売却しなければならない責任を負っていたのも会田市長である。
 これは私がこれまで予算審議の際、債務負担行為として枇杷島小学校があり続けるのは何故だ!と言ってきても、何もしなかった。
 また、マンションや医療との複合施設なども含め、自由な目的での提案型公募にも関わらず、勝手に<商業地>とし、複数の応募企業のなかから公平・公正な審査を行ったと議会に説明したはずが、一社であるウオロクを誘致したとは、どういうことか?
 これが事実なら、 「談合」である。

2008年11月 7日 (金)

パチもの?中共ウルトラマン

 四軒目のお店をでて、ホテルまでお見送りをし、自宅についたのが3時。シャワーを浴びたのち、仮眠する。

 7時、起床。二日酔い状態であったが、歩いていける地区から市内まわり。途中、コンビニで納豆巻き2本とスポーツドリンクで朝食をとる。

 午前中いっぱい活動し、12時過ぎ、自宅に戻る。冷凍うどんと激辛レトルトカレー、ひきわり納豆で激辛納豆カレーうどんを作って昼食。

 14時、16時とそれぞれ事務所に来客。選挙関係の打ち合わせなどを行う。

 17時から20時近くまで市内まわり。

 21時、自宅に戻り、干し納豆で作った納豆茶漬けで夕食。市内まわりの最中にお茶とお菓子を大量に頂戴したため、軽い夕食で十分であった。

081020_not_ultra パチもの(ニセモノ)キャラクターといえば、韓国と中国がお得意である。『機動戦士ガンダム』、『マジンガーZ』などのロボットものに始まり、有名となったディズニーのパチものテーマパークである中国の石景山遊園地などが代表的なものであった。
 今度は、「奥特曼(ウルトラマン)」のパチものというか、パクリ番組特撮「金甲戦士」(上海世紀華創文化公司)が始まるそうである。
 これまでも「奥特曼(ウルトラマン)」は、吹き替え版が中国国内で放送されており、2004年には『ウルトラマンティガ』が大人気だったという。
 しかも戦隊もの(敵や武器)やポケモンなどの要素もパクってあるそうで、意匠や著作権への意識の低さ、中国共産党一党独裁体制であるからこそできる芸当であろう。
 オリンピックを実施したとはいえ、まだまだ近代国家とは言えない国である。

2008年11月 6日 (木)

蒼柴ライオンズクラブでの講演
大阪府河内長野市議会

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、ハムエッグ、大根菜の油炒めでご飯二杯の朝食をとる。

 8時から10時過ぎまで市内まわりをし、その後、愛車にて長岡市に向かう。

Cimg0272  11時30分過ぎ、 「ホテル 長岡ニューオータニ」に到着し、蒼柴ライオンズクラブの会長をはじめ、ご担当の方にご挨拶。
 今日は、蒼柴ライオンズクラブの例会であり、ゲストスピーカーとしてお招き頂いた。ライオンズの例会は初めての経験であったが、まずは昼食をとるとのことで、ハンバーグがメインの会食をご馳走になった。

Cimg0274  12時30分より蒼柴ライオンズクラブ第1024回例会の開始。開会のゴングが鳴り、国旗並びにライオンズクラブ旗へ敬礼、国歌斉唱、『ライオンズクラブの歌』合唱などのセレモニーを行う。
 その後、連絡事項ののち、約40分間の講演。タイトルを、「納豆にみる日本人と菌の関係~環境問題の突破口~」として、以下のような内容でお話した。

1.自己紹介
2.納豆学会を主宰するに至った理由
・格闘技への思いと納豆ルネサンス
・「知的好奇心」
・TVチャンピオン、他
3.発酵と腐敗
・発酵と腐敗は何が違うのか。
4.納豆の歴史、成分
・納豆の種類、糸引き納豆と塩辛納豆
・ビタミンKと秋田の納豆汁
・ナットウキナーゼの誤解
5.発酵食品
・アジアの納豆
・世界の発酵食品
6.日本人はバイオ民族?
*灰の利用
7.環境問題の突破口としての発酵技術
・未知の菌
・IT、BT、FT

 13時過ぎ、一旦事務所に戻ってから、2時間ほど市内まわり。

Dsc00045 15時過ぎ、柏崎市役所に視察にこられていた大阪府河内長野市議会の自民党会派の竹田昌史議長、木ノ本寛議員、國領博美議員、峯満寿人議員の4名と合流し、柏崎市役所以外の柏崎をご案内する。
 拉致事件の現場、仮設住宅、続いて東京電力の柏崎刈羽原子力発電所サービスホール。中越沖地震発生時のことなどをご覧頂いた。

Cimg0275  ホテルをご案内、一度チェックインしてもらってから、18時から「割烹 乃佐和」(電話:0257-22-4177)にて懇親会。鱈の粕汁、おけさ柿のワイン漬けなどで、酒が進みかなりのハイペースとなった。
 やはり地方議員同士であり、酒が入った場とはいえども、自民党所属、さらに青年会議所OBということもあって、議員定数、こどもの権利条例、同和教育など地方議会の問題点を真剣に話し合う。

 その後、某アジアンスナック、ラーメン屋、カラオケができるスナック、再度の某アジアンスナックなどをまわり、柏崎をご堪能頂いた。カラオケでは、関西ということもあり、こちらもやしきたかじんの曲を歌う。

2008年11月 5日 (水)

桜井まさひろとW西川大集会

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、粒雲丹を蒲鉾にのせたもの、もやしの酢の物でご飯二杯の朝食をとる。

 8時から午前中いっぱい市内まわり。地元の元気なおばちゃん、いやお姉様と一緒にまわったため、主目的よりもおしゃべりの方が多くなってしまった。
 また、老人がさらに高齢の老人介護をする実態を見て、そして介護者の直接の声として、お聞きすることができ、大変勉強になった時間でもあった。

Dsc00044  13時過ぎ、 「無尽蔵 柏崎家」 (電話:0257-32-2811)で「野菜塩らーめん 819円」と「ヒレカツ丼 441円」で昼食をとる。
 無尽蔵の柿渋を練りこんだ極太麺は好みであるが、もろ冷凍既製品、しかも衣が半分以上の自称・ヒレカツにはがっかり。丼に付いてきた漬け物も既製品。ラーメンはこだわっても、周辺はこだわらないのが不思議である。

 15時から事務所に来客。市長選挙に向けての活動の状況確認などを行う。

Cimg0270 18時、柏崎市産業文化会館に移動。準備のお手伝いをし、19時から、西川勉・元新潟県議会議員、西川正純・前柏崎市長をお迎えしての「桜井まさひろとW西川大集会」を開催する。300席近い席を用意したが、足らなくなり、次々と席を補充するほどの盛況。
 自民党柏崎支部長、公明党柏崎支部長の挨拶ののち、柏崎市長選挙に立候補予定である桜井雅浩氏とW西川との腰をすえた政治対談となった。
Cimg0268 西川勉・元新潟県議会議員からは、

  「現職を応援する気はない。あと6日で八十二歳を迎える自分が立ち上がった事を理解してほしい」

としたうえで、現在の柏崎市の置かれている状況を

「小林治助市長と『陸の孤島である柏崎』をどうするのか毎日話し合ったあの頃のようであり、時代が変わった分もっと悪い。人口も減る一方。人口こそはその自治体の力であり、市長の交代を!」

とのご挨拶。
Cimg0269 西川正純・前柏崎市長からは、

「市長に向いていない人はすぐに変えるべき」

とし、

「4年前の選挙後、市長就任までの準備期間、市の現状を職員から聞いて『楽しみだ!』とコメントしたことは何だったのか。今では『負の遺産』などと発言している。今では市幹部職員が決裁が遅い現状を嘆いている」

と、市長経験者にしか言えない厳しい内容のご挨拶であった。
 会場からの質疑応答を行った第二部も充実し、21時で終了。選挙前のイベントとしては珍しく腰の据わった大人の政治の時間という雰囲気だった。

Cimg0271  21時30分過ぎ、自宅に戻る。イカの軟骨辛子マヨネーズ和え、黒豆納豆を使った納豆オムレツ、ビール500ml3本で夕食をとり、食後はひたすら原稿の推敲を行う。

2008年11月 4日 (火)

日教組よ、まず自己批判せよ

 原稿の推敲に手間取り、3時過ぎに就寝。

 8時、起床。大粒納豆、山芋とろろ、生卵で大盛りご飯をかっこみ、桜井雅浩選挙事務所に向かう。

 9時、一緒に行動する方と待ち合わせ、市内まわり。途中、『議会だより』をよく読んでくれているという方から、ありがたいことにお声がけ頂き、ご声援を頂戴した。誰が嘘を言っているのか、見破ってくれているのは本当にありがたい。

Dsc00038 13時、コンビニに寄り、納豆巻きを探すものの残念ながら在庫がなく、「にんにく醤油味焼きうどん」、「マヨネーズチキンサンドイッチ」、「牛乳 骨元気」を購入し、某社会議室にて昼食。久しぶりにコンビニの焼きうどんを食べたが、モチモチというよりはダレダレ具合が、縁日風でB級感を醸し出している。

 食後、再び15時過ぎまで市内まわり。

 15時過ぎ、事務所にて打ち合わせ。証拠書類などをお渡しする。

 16時から自民党柏崎支部で選挙関係の打ち合わせ。

Dsc00041 18時過ぎ、友人と打ち合わせがてら、「とみ家」(電話:0257-23-8300)に行き、「唐揚げ 500円」、「ジャンボえびフライ定食 1500円」で夕食。タルタルソースをたっぷりとかけ、えびフライ単体をかじってご飯をかっこむか、キャベツとともにウスターソースをたっぷりかけた、シャリシャリ感ありのキャベツ&えびフライにしてご飯をかっこむか、悩みどころである。結局は、2本あるえびフライで両方を楽しんだ。

 20時過ぎ、事務所に戻り、届いていた郵便物やFAXの整理など。メールとともに、紙媒体もかなり溜まっており、返信が遅くなってしまっている。

Dsc00039 市内まわりをしている最中、民主党支持者という初老の方から教育問題についてどう思っているのか、というご質問を受け、そのうちに雑談となり、中山成彬前国土交通大臣の「日教組批判発言」の話題になった。
 もちろんの事ながら、発言の真意は支持する旨をお答えしたが、より分かりやすい資料として、ちょうど愛車のなかにあった平成20年10月21日『産経新聞』の切り抜きをお渡しした。
 初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏による【正論】である。


平成20年10月21日『産経新聞』

【正論】佐々淳行
日教組よ、まず「自己批判」せよ

≪政治信念貫いた中山氏≫
 中山成彬前国土交通大臣が、日教組(日本教職員組合)が日本の教育に及ぼした害悪を批判し、舌禍事件として騒がれた。確かにTPOが悪い。唐突で、麻生新内閣にはマイナスだった。だが中山氏は政治信念を貫いて日教組批判を撤回せず大臣を辞め、堂々と自らの責任をとった。その出処進退は九州男子らしく見事である。
 中山氏の日教組批判は、表現はちょっと粗いものの、国民の大多数が日教組に対して内心で抱く気持ちを代弁したものだ。もちろん、文部科学省(旧文部省)も悪いが、日教組は教育現場で半世紀にわたり、子供の教育よりイデオロギー闘争を優先させ、初等・中等公立学校教育を今日のような荒廃に陥れた。明らかな日教組の弊害である。
 反体制的な自虐史観、日の丸・君が代反対、全国学力テスト反対、デモ・座り込みなどの校外での政治活動優先…と、いちいち、中山氏が指摘した通りではないか。
 日教組関係者は、道徳教育は反対ではないという。しかし彼らが半世紀にわたり、道徳教育の導入に時には集団暴力で、時には陰湿な抵抗運動で反対し続け、児童・生徒たちの公共心やモラル、愛国心の低下をもたらしたこと、これまた歴史的事実である。日教組が文科省との協調に路線転換したのは1995年。だが、公共心、愛国心、道徳教育を謳(うた)った一昨年の教育基本法改正を「改悪」といっているではないか。

≪教育講習を暴力で妨害≫
 岡本泰良書記長はじめ日教組は中山氏を批判する前に、まず自ら犯した半世紀の過ちを反省し、謝罪すべきである。黙っていれば、言いたい放題。筆者は歴史の生き証人として、中山氏が言わなかった2つの事例をあえて証言し、日教組の反省と総括、自己批判を強く求める。
 第1は、日教組が文部省の道徳教育に暴力で反対した事実である。昭和33年、全国7つのブロック別に校長・教頭を対象にした「道徳教育講習」が実施されたが、当時の小林武委員長率いる日教組は数千人を動員して実力妨害した。全国7番目、九州地区の別府道徳教育講習には、全国を転戦してきた日教組武闘派2000人が大分県職組、大分全学連と組んで、デモや反対集会を展開した。会場旅館での座り込み、校長・教頭の参加実力阻止と、別府に騒擾(そうじょう)状態をもたらした。
 当時大分県警1300人の警備部隊を指揮したのは、筆者である。
 その渦中で、W巡査部長が日教組の闘争本部に監禁される事件が起きた。筆者は部下のU警備部長らを伴い、警察官の即時解放を求めて、制服で交渉に赴いた。すると、闘争本部では、筆者らを武装解除して人質に、と騒ぎ出すしまつだ。筆者は腕時計をみながら「県警の機動隊には、30分たってわれわれが帰らなければ、突入し、全員検挙せよと命じてある。その時は二宮武夫県議(故人・のち社会党代議士)、貴方に私が手錠をかける」と告げた。間もなくW巡査部長は解放された。


 ここまででも驚くべき内容であるが、さらに驚愕するのは以下である。


≪警官の子を立たせる体罰≫
 第2は、当時警視庁警備課長だった筆者の息子が世田谷区立小学校で日教組闘士の女性教師Sから、警察官の子というだけの理由で、長時間居残り、立たされるという体罰を受けた事件だ。この教師は授業中、「お父さんが警官、自衛官の子は立ちなさい」と命じた。数人がオドオドしながら立つと、クラス全員に「この子たちのお父さんは、ベトナムで戦争し、学生を警棒でなぐっている悪い人たちです」といい、「立っていなさい」と理不尽にも放課後、夕方まで立たせていた。
 帰宅した息子からこれを聞き激怒した筆者はN校長に抗議の電話をかけた。ところが校長は「相手は日教組、争わない方がよい」と応えた。筆者が「公立小学校で親の職業による差別・いじめ教育と、罪のない子供に『立たせる』という体罰について教育委員会に提訴する」と迫ると、校長は当の教師を拙宅によこした。そして彼女は日教組を盾に、「組織をあげて警察の権力的弾圧と闘う」と息巻いた。
 筆者が「私は一個人の父兄として貴方をクビにするまで闘う」というと、女性教師は突然、床に土下座して「クビになると食べていけない。みんな日教組の指示によるもの」と、泣訴哀願したのだ。
 また、京都では警察官の子は勉強ができても成績は「オール3」だったという事実もある。
 自虐史観の日教組は、日本のアジア侵略について、やった方は忘れても、やられた方は忘れないと言っている。同様に子供たちも忘れていない。日教組は、何の罪もないのに理不尽に心を傷つけられた警察官、自衛官の子供たちに謝ってから、ものを言うべし。


 やはり「日教組」ではなく、「日狂組」と表記した方が良いのだろう。

2008年11月 3日 (月)

議論は復興の邪魔なのか?
またも嘘のレッテル貼り

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、佃煮の盛り合わせ、冷や奴でご飯2杯の朝食をとる。

 9時から事務所に来客。選挙に関わる打ち合わせなどを行う。

 13時過ぎ、甥っ子、姪っ子を連れて、1時間ほど市内で遊んだのち、自宅に戻り、牛肉のみぞれ(大根おろし)焼きとご飯で昼食を一緒に食べる。

 14時から18時まで市内まわり。

 18時、栃尾揚げに黒豆納豆を詰めたもの、牛すじ入りのおでん、ビール500ml3本で夕食をとる。

 食後から事務所にこもり、『國民新聞』掲載原稿を執筆。

 昨日の18時30分から西山町・西山ふるさと館大ホールで現職・会田市長の集会が行われたが、そこでも以前と同様に罹災者公営住宅(復興公営住宅)の議論が、ねじ曲げて説明されていた。
 こんな調子である。

「081102_shimoda.mp3」をダウンロード

「その理由は非常にふるっております。
 ああいう良いところに
   お年寄りを住まわせるのはもったいない。
 もっと酷いのは、
   あそこにお年寄りがくると、
    まちの活性化に足手まといである。」

 ・・・・誰もそんな事は反対討論で言っていない。どうして、議会のインターネット中継議事録検索システム真実を確認できるのに、そのような嘘を言うのであろう。酷いのはどちらなのか
 加えて、会田市長本人も勝手な事を言っている。

「081102_aida.mp3」をダウンロード

「あたかも、まー会田市長をとにかく、
 市長から引きずり下ろすためには
 もう復興がどうなろうが、
 被災者の皆さんの生活再建がどうなろうが、
 市の財政の立て直しがどうなろうが、
 構わないという風に思っている、
 残念ながら一部の市会議員の人たちを中心にですにね、
 えー、この、相手候補を応援をしているということは、
 私は非常に、
  残念な事だという風に思っているわけでございます。」

081102_nishiyama  メチャクチャであり、それこそ誹謗・中傷の類。誰もそんな事を言っていないし、復興の手法について議論することすら許されないなら、議会の審議はいらない上、民主主義はないということになる。
 市長選挙で相手となる桜井雅浩氏に先日の公開討論会でガツンとやられている姿を見ても確認できたように、以下のような戦略・戦術をとっているのであろう。

1.桜井雅浩を叩きたいが叩けない
 →応援している人間を叩こう!

 2-a.議会の出来事をねつ造
  → 応援している市議会議員を悪者へ

 2-b.噂話を誇張
  → 応援している関係者を利権のある悪者へ
      *後日、法的手続き後に録音公開予定

 3.よって、桜井雅浩は悪者に応援されている。
  → 市長にふさわしくない

という、とても正攻法とは言えない三段論法。これこそ政策論争ではなく、感情での選挙である。
 こんな事をやっていることに、会田市長の発言内容を借りるなら、

 「私は非常に、
  残念な事だという風に思っているわけでございます。」

となる。

2008年11月 2日 (日)

田母神空幕長更迭と新潟日報

 2時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、がんもどきの煮物、もやしの酢の物でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から13時過ぎまでイベントの物運びのお手伝いなど。イベント全体を見ることもなく、ただただ単調な作業を行う。

 14時、事務所に一旦戻り、頂き物の焼きそば、肉まんなどで昼食をとる。

 15時から18時まで、政治関係での市内まわり。

Cimg0244 18時過ぎ、お泊まりにきた甥っ子や姪っ子とともに、 「里味 柏崎店」 (電話:0257-21-1800)で夕食。「生ビール中ジョッキ 480円」、「天重そばセット 1420円」で満腹となる。

 19時、21時過ぎとそれぞれ事務所に来客。会田市長陣営の資料がかなり多く手に入ったが、それにしても誹謗・中傷とこちらの事を言っておきながら、本当の誹謗・中傷をするという戦法には驚かされる。

 全国にホテルを展開する「アパグループ」が募集した、第1回「真の近現代史観」懸賞論文において、航空幕僚長・田母神俊雄氏が最優秀賞となった。
 これを受け、浜田靖一防衛大臣は昨日、平成20年11月1日、田母神俊雄航空幕僚長の更迭を発表した。浜田靖一防衛大臣は、まさにアホ
 田母神・航空幕僚長の論文は以下の通りである。

「日本は侵略国家であったのか」田母神俊雄(pdf形式)

 日本には日本の主張があるのは当たり前、武人であれば自国の主張をしてもおかしくはない。
 個人的には、支那事変を日中戦争という名称にした点、盧溝橋事件、張作霖爆殺の記述が多少気になるところではあるものの、史実に沿っており、現在の陸上自衛隊高田駐屯地がある高田で、蒋介石が日本の陸軍教育を受けたことも書かれている。
 今回の騒動が、自衛隊の現職最高指揮官が、外部に思想信条を発表してよいかどうか?という議論なら、まだ理解できるものの、マスコミは一斉に論文の内容について叩き始めた。
 その根拠の多くは、かの悪名高き「村山談話」である。
 平成20年11月2日『新潟日報』の社説は、このように始まる。


空幕長更迭 「文民統制」への挑戦状だ

 こんな偏狭な歴史認識しかない人物にシビリアンコントロール(文民統制)が利くのだろうか。自衛隊の存在そのものが問われかねない。
 防衛省の田母神俊雄航空幕僚長が、過去の中国侵略や朝鮮半島の植民地支配を正当化し、「日本が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」と主張した論文を発表した。
 浜田靖一防衛相は「政府見解と異なる」との理由から、田母神氏を即日更迭した。当然の処置だ。
 田母神氏に問いたい。一九九五年の村山首相談話をどう認識しているのか。村山談話では、先の大戦を「国策の誤り」と認め、「日本の植民地支配と侵略によって多くの国々に多大な損害と苦痛を与えた」と率直に反省している。これは麻生政権も踏襲している。
 ところが、田母神氏の論文は、政府見解を全面的に否定した主張を連ねたものだ。集団的自衛権行使や「攻撃的兵器」の保有解禁などにも踏み込んで自説を展開している。シビリアンコントロールへの重大な挑戦と言えよう。
 歴史的事実のとらえ方は不正確で、稚拙だ。例えば、論文では旧満州について「極めて穏健な植民地統治」としている。しかし実際には満州事変から日中戦争までの抗日闘争を武力で弾圧したというのが歴史家の指摘だ。
 論文はマンション・ホテル開発企業が主催する懸賞論文で最優秀賞を受賞した。空幕長という肩書が付いている。懸賞金は三百万円だ。


 ここには明確な間違いがある。論文自体には空幕長という肩書きはついておらず、論文選考の際にも、提出者を分からないようにしての審査となっている。
 歴史的な内容として、満州の統治のことと、支那事変時の敵(国民党軍、共産党軍等)をゴッチャにしている。ちなみに、満州国にもキチンと満州国軍があった。


 田母神氏が論文を出したことを防衛省はよく知らなかったらしい。省内で統一した見解でもない論文が事前チェックもされずに公表される。防衛省の管理は甘すぎる。
 一九七八年に当時の統合幕僚会議議長が「自衛隊が超法規的行動に出ることはあり得る」などと発言をして解任された。その後も問題発言により幹部が辞任や更迭されるケースが続いている。しかし、田母神氏の論文はこれらに比べても粗雑にすぎる。
 田母神氏は四月、航空自衛隊のイラク空輸活動を違憲とした名古屋高裁の判決について「そんなの関係ねえ」と発言した。論文と同様な発言は省内でも繰り返されてきたという。省内には、田母神氏の自説を容認するような空気があるのではないか。
 防衛省の信頼は著しく失墜した。日本の右傾化を懸念する中国や韓国などからは批判の声も出ている。麻生太郎首相の責任が問われるのは当然だ。田母神氏を放置していた事実は重い。
 田母神氏を更迭するだけでは済まされない。日本の侵略を認めない人物がなぜ登用されたのか。その経過や防衛省の体質、責任の所在が国会の場で究明されなければならない。


 普段、言論の自由を訴えても、田母神氏が自説を持つことは平気で弾圧。
 「日本の侵略うんぬん」言うのであれば、 『新潟日報』誕生の昭和17年(1942年)、満州国では康徳9年にあたるが、当時の新潟日報は「日本の侵略」と書いていたのであろうか。少なくとも、私が今まで見た当時の新聞各紙(マイクロフィルム収録分)で、日本の侵略戦争と書いたものは見つからない。是非、当時からそのように新聞社として指摘していたのであれば、ご教示頂きたいものである。

2008年11月 1日 (土)

ねんきん特別便の回答
小千谷「心の駅」大田楽披露

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、ソーセージエッグ、キャベツの浅漬け、なめこの味噌汁でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から12時過ぎまで市内まわり。柏崎市長選の告示である平成20年11月8日まで、あと一週間。できることを行う。

 13時、浅蜊の炊き込みご飯、豚の生姜焼き、冷や奴で昼食をとる。

Dsc00003 食後から16時まで事務所にこもり、溜まった事務仕事を片付ける。
 先日届いていた「ねんきん特別便」を見たが、キチンと記載されており、ミスは無かったので、そのまま回答。もちろんのこと、未払いはなしであった。
 途中、昨日の公開討論会の模様について、色々な方から電話が入り、投票について迷っていたが、決心がついたという、ありがたいお電話があった。

 16時30分過ぎ、愛車で小千谷市に移動。

081101_dengaku  17時30分から、グリーンパーク(小千谷市JA越後おぢや)にて、NPOおぢや元気プロジェクト主催の「地域復興交流会『心の駅』・・・大田楽披露(わざおぎ)」に出席。

「地域復興交流会『心の駅』・・・大田楽披露(わざおぎ)」(pdf形式)

 大田楽は、中世に流行した楽劇のことで、狂言師・野村万之丞氏により復元された。
Cimg0229 中越大震災後、小千谷市若栃地区で地域の活性化を願い、新しい取組といて行ってきているという。ちなみに、わざおざは、大田楽を演じる楽劇人という意味。
 現在、NPOおぢや元気プロジェクトは設立4年目であり、内閣府内閣官房地方の元気再生事業に選定され、「里山再生 よりみち大学」事業に取り組んでいるという。
Cimg0226 今回のような交流会も2回目であり、阪神淡路大震災、中越大震災、能登半島地震、中越沖地震などを通しての災害対策の人材交流、ネットワークの形成に重要な役目を果たしている。
 本当であれば、電車で来場し、酒も通して交流をしたかったが、30分程しか滞在できない日程のため、中座させてもらい、柏崎に戻る。

 19時から市内某所にて、某町内会町と役員の方を含めた陳情に関する打ち合わせ。1時間ほどで見通しがつき、その後は持ち寄った総菜で茶碗酒となった。麩で作ったカツ、「ふっカツ」が絶妙であった。

 22時、事務所に戻り、陳情に関する議事録をまとめる。

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