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2009年4月

2009年4月30日 (木)

父七回忌法要
自転車泥棒?と間違えられる

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、茄子の味噌油炒め、もやしサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 最終号となった『諸君!』をはじめ、届いた月刊誌をもって2時間ほどの長風呂に入る。

 10時、父の遺骨と家系図帳を持って、菩提寺である「勝願寺」に移動。今日は、父の七回忌法要であり、久しぶりに兄弟3人が揃った。
 本堂でお経をあげてもらったのち、先祖からの墓に移動して、遺骨を納める。
 墓は支那事変で戦死した祖母の兄のために建てられたものであり、「勲八等功七級陸軍歩兵伍長」「昭和一二年十月二十六日日支事変於新木橋戰歿」と刻んである。
 祖母はすでに歩けず、孫である私の事も認識していない状況のため、息子である父の法要ではあったが参列できなかった。

Cimg0086  12時、うちうちでの法要のため、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)からの仕出しをとり、家族で会食。
 納骨したため、一段落した感がある。
 亡き父の話をしながら、ゆっくりと食べさせてもらう。旬のほたるイカが美味であった。

 13時、事務所に来客。起業に関する再度の練り直しを一緒に行う。

 14時過ぎから市内某店のレコードのエキスパート、店主のところへ行き、柏崎市政20周年記念制作「柏崎慕情」(作詩:田辺一夫 補作:石黒敬七 作曲:鴨下三郎)や「海の柏崎」(作詩:赤川真一 作曲:箱岩周平 編曲:鴨下三郎)などを鑑賞。先日の「柏崎小唄」「アノソ節」と合わせて、是非、復活させたい曲である。
 個人的には、 「どんGALA!祭り」など柏崎でのよさこいには、こういった曲をアレンジ、復活させるようなチームがでてきてほしいと思う(当日はスタッフとして手伝いのため自分ではできず)。

Cimg0087  市内まわりや某TV番組の取材対応のため、慌ただしく過ごし、19時、今朝米山町であがった鰺を半生に近い塩焼きにしたもの、小粒納豆で作ったイカ納豆でご飯2杯の夕食をとる。
 マスコミから、旧柏崎トルコ文化村のアタチュルク像問題についての問い合わせが何件かあり、公にされている資料、一次資料を提供した。

Cimg0088  19時40分、柏崎青年会議所の事務局に移動し、第10回目となるエネルギー環境問題検討委員会に出席。
 ある程度作成してきたプレゼンテーション資料を通して、確認する。
 3部構成となっており、柏崎の海の状態を含めた環境の変化、そして企業人としてできること、個人としてできることを伝える内容となっている。

Cimg0090  22時20分過ぎ、やっと終了し、自転車で家路に向かったところ、警察官に呼び止められ、自転車の防犯登録ナンバーの確認から身元確認もされ、すっかり自転車泥棒と間違われてしまった。
 治安を守るために必要なことであり、この調子で不審者?を見廻ってほしいと思う。

 23時、自宅に戻る。

2009年4月29日 (水)

あの長野事変から1年
チャンネル桜にご支援を!

 会社の仕事が溜まっており、5時にやっと就寝。

Cimg0067 9時、起床。新潟県妙高市に住む母の親友が山菜を大量に送ってくれたとのことで、家族そろって朝からウキウキ気分となる。
 タラの芽、蕗の薹、よもぎをはじめ、春を感じるものばかり。いつもより遅い昼食ということもあり、早速、天ぷらに調理。
 蕗の薹は、蕗味噌にしても良いかと思ったが、せっかく油に熱を入れるので、全部天ぷらにすることとした。
Cimg0069 大粒納豆、春の山菜の天ぷら、野沢菜の古漬けでご飯2杯の朝食をとる。
 揚げたての山菜の天ぷらには、抹茶塩か岩塩を削った粗塩がよく似合うため、モンゴルの岩塩、そしてその岩塩に抹茶を加えたものを用意。熱々の天ぷらを揚げたそばから岩塩につけて食べた。

 食後、地元テレビ局制作の高橋翼君の生き様を追った特別番組を鑑賞する。感動的な内容であり、より多くの子供たちや、年間3万人とも言われる自殺者が自殺を考える前に是非、見てほしい番組であった。あらためて、ご冥福をお祈りしたい。

 午前中は事務所で事務仕事。

 12時過ぎ、冷やご飯と冷蔵庫にあった残りもの、ひきわり納豆でおじやを作って軽い昼食をとる。

 14時から事務所に来客。休日とはいえ、起業を真剣に考えている方からの相談だったため、3時間以上もかけ、事業内容などを検討する。

Cimg0072 18時、甥っ子、姪っ子の夕食を作ることになったため、カタクチイワシの煮干しをミルサーにかけた煮干しパウダー、花鰹、鯖節、干し納豆でダシをとり、朝の天ぷらでできた天かすをのせた、たぬきうどんを食べさせる。
 小さいうちに、化学調味料のないダシの味を覚えてもらうべく、天然の素材のみで調理。二人ともおかわりすることになり、結局自分の分がなくなってしまった。
Cimg0076  残ったダシにカレー粉を投入し、レンジで加熱したジャガイモ、人参、豚肉を投入し、即席のカレーを作って夕食にする。
 辛さが足りなかったので、ガラムマサラ、レッドペッパ-をたっぷりとふりかけた。

 食後、事務所にこもり、依頼された音声やビデオ映像の編集作業を行う。

 昨年、平成20年4月26日に長野県長野市で行われたの北京2008オリンピック聖火リレーでの在日中国人や中国人留学生の暴動は凄まじいものであった。
 そして1年を経過した現在でも、チベットは中共に弾圧をされ、チベット人は次々と犠牲となり、「平和の祭典」を行った国とは思えない状況である。


平成21年4月27日『産経新聞』

聖火リレー1周年
チベット平和祈願

<長野>長野市で北京五輪の聖火リレーが行われ、1年が経過した26日、追悼法要などが行われた。善光寺本堂で「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」長野支部代表、若麻績敬史住職がこの1年間で犠牲となった123人のチベット人らの名前を読み上げ冥福を祈り、参加者も祈りをささげた。
 その後、約30人が善光寺から聖火リレーのゴール地点の若里公園までの約3キロを歩き、チベットの平和を訴えた。参加者らは交流を深め、最後にチベットの歌を合唱した。奈良市の会社員、近藤青さん(35)は「チベットに問題があることをこれからもみんなで共有していきたい」と話した。


 忘れないためにも、当日の模様をレポートした平成20年4月28日放送のチャンネル桜「防人の道 今日の自衛隊」の一部を以下に掲載する。
 なお、本ブログでも報告はこちら

 上記のような番組を放送し、真実を追及するチャンネル桜を心ある皆様にご支援を賜れば幸いである。

【応援の仕方にも多種あり】

<二千人委員会> 月額1万円

<チャンネル桜 友の会>
・一般会員 月額1口 2千円
・桜サポーター(準会員) 金額や期間問わず 

2009年4月28日 (火)

草莽全国地方議員の会
田母神俊雄氏と靖國神社昇殿参拝

Dsc00100 大粒納豆1パックをすすったのち、8時過ぎ、一緒に参拝する友人と車にて、出発。柏崎インターチェンジからではなく、六日町インターチェンジから高速道路にのることにし、9時30分、六日町インター付近に到着。空腹で力がでないため、「マクドナルド 17号六日町店」で「マックホットドッグ メガソーセージ」で朝食をとる。なんと1個で506kcalもあるホットドックである。

Cimg0050  12時近く、靖國神社に到着。既に参拝を終えた知人やこれから参拝する方と世間話などをしながら、他の地方議員が来るのを待つ。
 今日、4月28日は「主権回復の日」であり、停戦となった8月15日よりも意味がある日として、田母神俊雄・前航空幕僚長とともに全国の保守系地方議員で組織する「草莽全国地方議員の会」で昇殿参拝しようという試みである。
Cimg0045  我が国が昭和27年(1952年)4月28日、主権回復と同時に出版された、東京裁判(極東国際軍事裁判)を否定する最初の書籍が『パール判事の日本無罪論』である。
 著者は、東京裁判の判事11名の中、一人日本「無罪」を主張した判事のなかでは唯一の国際法学の専門家・パール判事。靖國神社にはパール判事顕彰碑が設置してある。
 詳細は、下記サイトをご覧頂きたいが、是非、『パール判事の日本無罪論』は多くの日本人が読むべき書物であろうと思う。

【東京裁判 賛否 国民投票】日本を取り戻そう!!

Cimg0048 15時から昇殿参拝。天候もよく、素晴らしい雰囲気で参拝できた。
 当然のことながら写真撮影はできない。
 我々の団体以外にも多くの方が昇殿参拝されており、順番待ちをするほどであった。

Cimg0058  参拝終了後、全員で九段会館方面に移動。
 15時30分から「セレブリティクラブ 九段迎賓館」(03-3261-5521)で、遅めの昼食「フレンチ三段重弁当 2200円」をとりながらの会食となった。値段が値段だけに凝った内容の弁当である。

Cimg0059  軽い飲み物を飲みながら、昇殿参拝に参加した各自治体の議員の自己紹介をはじめ、田母神俊雄・前航空幕僚長から現状や今後に対する話など熱い時間となった。
 こういった時間に他の自治体の議員と色々な情報交換できるのは貴重であり、失敗事例や成功事例など多くを聞くことができた。

 17時過ぎ、お開きとなり、帰路につく。

Cimg0061  19時30分、関越自動車道の上里サービスエリアで休憩。連休前突入であるからか、かなりの数の車があった。
 喉が渇いていたこともあり、野菜ジュース「一日分の野菜」と「長門牧場バニラソフト 350円」を購入。「長門牧場バニラソフト 350円」は、かなり濃厚で美味いものの、通常のコーンではなく、ワッフルコーンになっているため、クリームを楽しみたい身としては多少食べにくい感がある。

Cimg0065  再度、車を走らせ、22時近くに柏崎市内に到着。
 空腹を感じたので、2回目となる「中華そば 幸楽苑 柏崎店」 (電話:0257-20-6021)に移動し、運転を交代するため 「生ビール(中ジョッキ) 450円(税込472円)」で喉を潤す。つまみとして、定番の「ギョーザ 180円(税込189円)」(このお店はカタカナ表記)を注文し、ビールと餃子の黄金コンビでラーメンを待つ。
Cimg0066  ラーメンは「醤油とんこつらーめん (税込514円)」にトッピング「メンマ 100円(税込105円)」、「味付玉子 100円(税込105円)」を追加。多加水麺が好きなため、本当はさっぱりしたスープで食べたかったが、ちょっと試そうという気が起こり、こってりスープを選んでみた。あっという間に完食したが、脂ヌルヌルには多加水麺はあまり似合わないような感があった。

 22時過ぎ、自宅に戻る。その後、電話があり、市内の某スナックに移動。
 いきなりカラオケ大会の様相を呈すところに入ったため、焼酎のかけつけ3杯や歌となった。
 誰も知らないようで実は知っている歌、という訳の分からない選曲をせよ、ということになり、刑事ドラマ『特捜最前線』のエンディング曲であるチリアーノ「私だけの十字架」(作詞:尾中美千絵 作曲:木下忠司 編曲:青木望)を歌ったところ、案の定、ドン引き。

 24時、自宅に戻る。


平成21年4月28日『産経新聞』

正論
主権回復記念日がなぜ必要か

東京大学名誉教授・小堀桂一郎

13回目の国民集会を開く

 4月28日といふ日付は今から57年前のことになる昭和27年のこの日に、日本と連合国との間に締結された講和条約が国際法上の効力を獲得し、真の意味での終戦が実現した記念的な日である。
 昭和20年9月2日に調印されたのは戦闘行為の停止を相互に確認した休戦協定に過ぎないのであつて、軍事占領といふ形での戦争状態はそれから昭和27年4月までの6年8カ月の間、なほ執拗(しつよう)に日本帝国の破壊工作を継続してゐた。
 この重大な歴史的事実を忘れてはいけない。日米戦争についての直接の記憶を持たない世代が国民の大多数を占める様になつてゐる今日こそ、米軍の占領がもたらした禍害についての認識は、これまでの半世紀に於けるより更に重大な、凡そ外交と安全保障の問題を考へる人にとつて不可欠の要請になつてゐる-と、さう考へてこの日を「主権回復記念日」といふ祝日とし、国民の誰しもが独立国家の主権の尊厳についての思ひをめぐらす機縁たらしめようとの運動を始めたのが平成9年のこの日のことであつた。
 その運動も既に12年の歴史を閲し、本年は第13回目の記念国民集会を催して記念日祝日化の訴へを繰り返すことになるのだが、集会自体の連年の盛況にも拘(かか)はらず、呼びかけの実際の効果は年を経てもなかなか眼に見える様な形では現れて来ないのが現状である。

いまだ占領行政の後遺症

 祝日化の目標は、現実には祝日法の一部改正といふ立法問題なのであるから、成否はこれに賛同してくれる国会議員の中の同気同憂の士がどれほど力を伸張し得るかにかかつてをり、運動の発起人達がいくら焦つてもそれだけの効果はない、といふ面がある。
 然(しか)し、運動の本来の目標たる国家主権意識の再生・昂揚(こうよう)といふ懸案に向けての私共の言論活動が如何(いか)に非力なものでしかなかつたかといふ惨めな結果に直面して、苦い反省と落胆に陥ることが屡々(しばしば)である。
 最近の占領行政資料の入念な探索と発掘により、あの7年に近い米軍占領期間中に我が国民が蒙(こうむ)つた言論・報道・出版の自由に対する圧迫と毀損(きそん)が、従来の認識よりはるかに深く広く、且(か)つ陰険な手口のものであつたといふ実態が徐々に明らかになつてきた。
 戦時体制からの解放を謳歌(おうか)した戦後民主主義の旗標(はたじるし)の下で、我が言論界一般が、実は屈辱的な表現の自由の逼塞(ひっそく)と、その後遺症たる言論の自己規制といふ病気から恢復(かいふく)できてゐない、といふ実態も次第に暴露されつつある。
 昨年秋の前航空幕僚長の筆禍・失脚事件は、今や痼疾(こしつ)となつたこの業病の急激な発症の一例といふより他のないものだつた。つまり、独立国家としての主権の尊厳といふ意識は、旧敵国や近隣諸国に向けての敗戦国民としての恐縮・謝罪の感情に呪縛(じゅばく)されたままになつてゐる、しかもその緊縛の手綱を握つて放さないのは今や占領の主役を演じた旧敵国ではなくて、直接の戦争相手ではなかつた中国共産党政府の脅迫に常に恐々たる我が日本国政府の閣僚達であるといふ倒錯した構図が、国際社会の視線にさらされてしまつた。
 精神の自由を麻痺(まひ)させる、この様な持続効果の強い病原菌を、我々日本人が意識の深層に接種されてしまつたのは今から50年以上も昔の占領時代の事である。その頃未だ此の世に生まれてゐなかつた世代にもこの種の麻痺性疾患が明らかに看て取れることから判断するに、この病菌は遺伝性すらも具へてゐる執拗な毒性を帯びたものであるらしい。

日米同盟の逆説的な意味

 日本民族にこの病毒を伝染させた当時の占領政策強行者の世代は夙(つと)に隠退して、今はそれよりはるか後の世代の為政者が、先人達の用意しておいてくれた「拒否できない日本」(関岡英之氏の警世の指摘)といふ好餌の旨味(うまみ)を享受する、といふ構図になつてゐる。
 我々の側からすれば、いつたい日本人はいつまで奪はれ続け、毟(むし)られ続けるのか、国政、殊に外交の衝に当たる責任者はまだ目が覚めないのか、汝(なんじ)等に国家主権の尊厳についての意識はほんたうに欠けたままなのか、と声を大にして叫びたいところである。
 本年の主権回復記念日国民集会は、特に安全保障・防衛の問題について、切実なる現場の経験を持つてをられる自衛隊出身の方々を含めての達識者に登場して頂く。
 当然ながら、安全保障条約に基盤を据ゑての日米同盟の堅持は当面の必須の要請であることが確認されるであらう。重要なのは、その際我々が同盟相手の国の正体を見抜き、その過去の罪業と現在未来に亙つての我に対する侮弄の邪念とを判然と知悉(ちしつ)した上で彼と堅く手を結ぶといふこの逆説的な選択である。
 我が国の人士は、知識人も大衆も、とかく同盟と友交とを混同して理解する。溯れば日独同盟締結に際しても我々はその失敗を犯した。国家間同盟の厳しい意味についての甘い錯覚を防ぐのも亦、国家主権についての確たる認識である。

2009年4月27日 (月)

消えた柏崎の文化
新民謡:アノソ節

 ネット上での会議、映像編集などが終わらず、4時から7時まで仮眠。

 熱いシャワーを浴びて目を覚ましたのち、8時、大粒納豆、鰺の開き、ベーコンでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は事務所で会社関係の作業。

Cimg0025  12時30分、冷凍庫の奥に眠っていた水蛸の切り身、アサリのスープストック、イノシシ肉入りのサラミとデミグラスソース、干し納豆パウダー、ホールトマトを使ったスパゲティ・ミートソースもどきを作って昼食にする。
 アサリの殻が凍った際に粉砕されたようで、スパゲティのなかに貝殻の粉が入ってしまった。

 13時、15時と市内某所での打ち合わせ。その後、市役所などで所用を済ませる。

Kusimoto  先日、和歌山県串本町議会事務局にお願いした、串本町議会でのアタチュルク像や日本・トルコ友好120周年記念事業などに関する議事録が柏崎市議会事務局に届いたとのことで、本日、入手できた。ありがたい限りである。
 昨年末の議会議事録は、署名議員の署名があり、確定した内容のため公開できるが、つい先月にあった議会の議事録はまだ署名もされていない未確定のもの。後日、その辺を考慮のうえ、串本町議会での議論をご紹介したい。

Dsc00098 18時30分、先日も購入した岩手県宮古市の秋刀魚の寒風干し、木の芽(あけびの芽)と水菜、山ウドにクルトンを加え、ゴルゴンゾーラドレッシングをかけたサラダ、ひきわり納豆汁でご飯2杯の夕食をとる。

19時から 「やまゆり」の2階にて、本町七丁目町内会主催による「うろのひびき 新作語り芝居」を見させてもらう。
 「うろのひびき」の活動と今日の芝居は、チラシによれば以下の通りである。

   1999年に第一弾として宮沢賢治の「よだかの星」「なめとこ山の熊」を発表致し、各所で好評を得ました。2004年に第二弾・「セロ弾きのゴーシュ」宮沢賢治、「貧の意地」太宰治を発表し、宮沢賢治の作品以外でも良い感触を得ました。そこでこの度の第三弾では人情物二題、山本周五郎の「鼓くらべ」、太宰治の「赤い太鼓」と賢治以外の作品を用意致しました。ニ題ともに作者の深い人間愛に根ざした作品です。
 情けが果て、心きしむ世の中をぶっ飛ばす心意気で演じます。

Cimg0032「赤い太鼓」
太宰治作 40分 演者 伊藤創

 京都は西陣の織物職人・徳兵術は腕は立つし律儀者だが、なぜかいつも貧乏であった。そのうちに年を越すこともままならず、夜逃げの覚悟で道具類を売り払うところを町内の顔役に見つかってしまう。顔役は十人の職人仲間で一人十両づつ合わせて百両の金を徳兵衛に差し出す。
Cimg0035 祝いの宴となり大騒ぎして皆が帰った後、早速諸支払いの算用をしようと、神棚に供えてあった一升枡に入れてある百両を取りおろして見ると、枡はからっぽである。一家心中と腹を決めたところを間一髪で押しとどめられるが、百両の金はいったい何処に・・・
 西の名判官板倉殿の裁きの妙と、裁かれる庶民夫婦の有様を暖かい心で描写しています。
 抱腹絶倒、泣き笑いの動く落語調にて演じます。

Cimg0040 「鼓くらべ」
山本周五郎作 50分 演者 伊藤純子
 加賀の納問屋の娘おるいは鼓の腕前に優れ、城で催される鼓くらべに出るよう師匠に勧められていた。あるとき離れで鼓の稽古をしていると、みすぼらしい身なりの老人が庭の小柴垣の陰で鼓に聞き入っていた。
Cimg0044  おるいが咎めると老人は低頭して謝るも、これからも庭の外から鼓を開くことを許してもらえないかと頼む。おるいがそれを許すと、老人は毎日やってくるようになった。実はこの老人は数十年前の鼓くらべで勝ち残った鼓の名人だったのだが・・・
 芸術とは、音楽とはいかなるものか、心優しく、ピシャリと言い切っています。

 今までに見たことがないスタイルの素晴らしい公演であった。最後にアンケートがあったため、リクエスト作品として山本周五郎の『小説 日本婦道記』を書いた。是非、この本のなかにある珠玉のエピソードを演じてもらいたいと思う。

 会場の後片付けも手伝い、21時30分過ぎに帰宅。

Cimg0913 昭和6年(1931年)11月に発表された新民謡「柏崎小唄」、「アノソ節」のレコードのデジタルリマスター作業を行っているものの、なかなか綺麗な音にならないのがもどかしい。
 レコードでは2番から歌われており、唄はあの「淡谷のり子」、伴奏はコロンビアオーケストラ。昭和6年8月12日に発行された久我政治著『柏崎の小唄』柏崎日報社刊によれば、歌詞は以下の通りである(*表記等できるだけ再現)。

「アノソ節」(mp3形式)

「アノソ節」作:相馬御風

(1)
雪の米山ほんのり霞みや
里は櫻の花ざかり
海にゃ長閑な
海にゃ長閑な浮寝鳥(うきねどり)

(2)
濱でヤ網曳く町には人出
石油工場でヤ、ポーが鳴る
山はかすみの
山は霞の薄化粧

(3)
忘れまいぞェお野立山で
開いた松風、波の音
空のひなりの
空のひばりの歌ごころ

(4)
人の心と閲魔の粽(ちまき)
キリリ結んだほどがよい
中にゃ香もある
中にゃ香もある味もある

(5)
祇園祭の花火は謎か
三階節踊りの手がそろや
空にゃ夢のやうな
空にゃ夢のやうな天の川

(6)
海は瑠璃泳げば波が
金とかがやき銀と散る
磯でヤ松風
戦でヤ松風音頭とる

(7)
濱松原砂山行けば
裾にからまるグミの枝
ほろろこぼれる
ほろろこぼれる實の赤さ

(8)
秋の浪音身にしみじみと
呼んでゐるよな佐渡が島
暮れりゃ番神さんの
暮れりゃ番神さんの鐘が鳴る

(9)
米山くもれば彌彦も曇る
あひの柏崎や日照り雨
里は稲刈
里は稲刈汗の雨

(10)
波はどんと打つ日は暮れかかる
空は雪空啼く千鳥
街にゃ悲しい
街にゃ悲しい灯がともる

(11)
アノソ、コノソで今日の日もくれる
暮れて身に泌む濱風も
なぜか親しい
なぜか親しい柏崎

(12)
越後柏崎スポーツの都
廣いグラウソド日はうらら
若い血が燃え
若い血が燃え腕が鳴る

(13)
競馬見に来て気も浮き浮きと
浴びてうれしや砂けむり
残る思の
残る思の柏崎

(14)
立たうとねまろと佛は佛
石の地臟さん物言はぬ
物は言はねど
物は言はねど願を聞く

(15)
生田萬よ貞心さんよ
浪よ千鳥よ松風よ
さてもゆかしい
さてもゆかしい比の町よ

2009年4月26日 (日)

消えた柏崎の文化
新民謡:柏崎小唄

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、牛肉のそぼろ、山うどのごま和えでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、事務所に来客。2時間ほど市政に関する話や雑談などを話す。

Cimg0912  10時過ぎ、レコード愛好家である店主の市内某店に行き、やっと入手した戦前、昭和6年11月発売のコロンビアレコード「柏崎小唄/アノソ節」、そして某氏に頼んで入手できたヒコーキレコードの旧軍・第四師団歩兵第三十七聯隊演奏によるラッパ演奏(発売日不明)をレコードからICレコーダーに録音させてもらう。
 旧軍・第四師団歩兵第三十七聯隊のレコードは、陸上自衛隊第37普通科連隊が駐屯する信太山駐屯地に寄贈しようかと思う。

 12時、一旦自宅に戻り、ひきわり納豆で作った納豆茶漬け2杯をかっ込み、市内での買い物や打ち合わせに出かける。

 14時、事務所に戻ったところで来客。その後は映像編集など作業を行う。

 18時30分から市内某所、有志による市政を考える集まりに出席。ここ数年の柏崎市政の流れに加え、アタチュルク像問題などを説明させてもらう。
 「柏崎が恥ずかしいまちだと思われてしまう」という危機感は共有するものの、地元で商売をしている関係もあり、なかなか表立って活動できないとのことであった。

 22時、自宅に戻る。

Cimg0024 23時過ぎ、集まりに行ったものの、結局食べることなく大量の刺身が残ったため、持ち帰って特製のタレに漬け込み、ヅケにした。
 ご飯の上に小粒納豆を敷き、その上に刺身のヅケ、卵をのせた納豆ヅケ丼、わかめスープ、山うどの天ぷらで夕食をとる。

 先日4月22日4月23日と十日町市議会議員選挙に4期目の出馬をしている庭野茂美候補の応援に行ったが、まずは当選確実が報じられており、一安心。
 同時に行われていた十日町市長選挙は、2期目を狙う現職・田口直人(63)候補を破り、新人・関口芳史(50)候補が当選した。2000票(実質は行って帰っての1000票差)とはいえ、強いと言われる2期目を破っての勝利は、やはり時代の流れであろうか。

Img_1811 昨年の柏崎市長選挙では、 アタチュルク像問題、柏崎ぶどう村破産、震災復興の不手際、番神浜茶屋問題、次々と明るみになった市職員の不祥事と生ぬるい処分など
「一期で末期」
と言われた現職であったが、この時代の流れは新人に吹かなかった

Dsc00085 十日町市議会議員選挙は、有権者数50,158名で、投票者数42,014名、投票率はかなり高い83.76%。定数30名に対し、立候補者は34名で4名が落選する。
 24時近くの最終確定票では、庭野茂美候補は前回票を上回る約1425票の9位当選が報じられており、華々しい4期目のスタートとなった。

 コロンビアレコード「柏崎小唄/アノソ節」のA面は「柏崎小唄」であり、唄は「新橋南地 久龍」、三味線は「豊吉、濱榮、色千代」、ピアノ伴奏付きのもの。ちなみに、B面は「アノソ節」で、唄はあの「淡谷のり子」、伴奏はコロンビアオーケストラ。
 唄は当時の柏崎在住の芸者さんによるものであり、男性名がついているのは請求書を送った際に奥さんにバレないための工夫である。
 昭和6年8月12日に発行された久我政治著『柏崎の小唄』柏崎日報社刊によれば、歌詞は以下の通りである(*表記等できるだけ再現)。
 歌詞を見れば、戦前の柏崎の文化が垣間見える。
 これから音源のデジタルリマスターを行い、復権させたいと思う。

「柏崎小唄」(mp3形式)

「柏崎小唄」
柏崎日報社、越後タイムス社:募集
相馬御風校訂
村山清盆作

(1)
笹に青菅(あおすげ) きりきりしゃんとも
巻いた粽が 忘らりようか
祇園花火の 散り頃ほひは
鐘は鳴ります 番神様に
かけた願ひは なんぢややら

(2)
海はヒスヰか 波ャしろがねか
泳ぎやひらひら 舞ふ鴎(かもめ)
オール持つ手も 赤銅色よ
昨日おぼえた 三階節の
踊る手ぶりで 舟もやろ

(3)
佐渡も彌彦も 一目に晴れりゃ
日本一の あのグランドで
あがる勝鬨 山まで響く
山ぢや茸狩(たけがり) 田は金の波
栗も色づきや こぼれます

(4)
雪の米山 夕日に映えりゃ
スキーかついで 西東
町と村とを つないだ道に
添ふて離れぬ あの橇(そり)の痕
どこであふやら 果て見えぬ

2009年4月25日 (土)

H21 綾子舞:後援会特別公演

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、もやし炒め、野沢菜の古漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 8時から11時過ぎまで、市内各所での打ち合わせを行う。

 12時30分から13時30分まで告別式。70歳と女性にしてはお若い年齢でのご不幸に驚いた。

Cimg0005_3 14時、柏崎市産業文化会館に移動し、柏崎市綾子舞後援会特別公演(主催:柏崎市綾子舞後援会 共催:柏崎市綾子舞保存振興会)に出席。本来であれば、13時から始まっており、遅参したため、見ることができたのは、公演第1部の最後の演目「小切子踊(高原田)」からであった。
 その後、10分間の休憩となり、知った顔の方々へのご挨拶や柏崎市綾子舞後援会への入会手続きなどを行う。
Cimg0018 グッズの販売もしており、『重要無形民俗文化財指定20周年記念誌』『重要無形民俗文化財指定30周年記念誌』を購入。
 『重要無形民俗文化財指定20周年記念誌』には「綾子舞入門講座」というコラムもあり、綾子舞について次のように記載されていた。


 綾子舞を初めて見る方、どうせ見るなら少し予習をしておこうという方のために、ここでは鑑賞に役立つと思われる基礎的な知識を凍供したいと思います。ぼんやりした「あやこまい」像からより鮮明な「綾子舞」像への、六つのテーマからなる入門満座です。
 ではまず、全体的な輪郭をおさえるために、今日最も権威のある百科事典の一つ、『世界大百科藁(平凡社)に記載された「綾子舞」の解説を紹介することから、このレクチャーを始めることにしましょう。

あやこまい 綾子舞 新潟県柏崎市女谷下野、高原田(旧、刈羽郡黒姫村)に伝わる民俗芸能。少女によって踊られる小歌桶と、男性による囃子舞、狂言がある。掃りの扮装や振り、歌詞、また輝子に三味線が入らないことなど、女歌舞伎の踊りにきわめて似通うものがあり、狂言にも、現存三流の曲目になく、若衆歌舞伎の演目にあるものを伝えているなど、初期歌舞伎のおもかげを残す芸能として注目される。土地に伝わる由来伝承には、京都北野神社の巫女文子が舞ったものが伝わったとするものと、上杉房能の奥方綾子が伝えたとするものがあるが、いずれもこの芸能が京から伝来したことをうかがわせる。ことに京で北野神社を本拠地としていた出雲のお国が、歌舞伎桶以前に名のっていた<やや子踊>との名称の相似も考え合わせると、女歌舞伎の踊歌に伝わる<ややこ>と同じ歌詞の曲を<常陸蹄>として伝承していることなどからも、この芸能がお国もしくはその模倣者の女歌舞伎の座によってこの地に伝えられたことはほぼ確実であろう。おそらくはお国自身の座によると思われる。(後略)

 この解説は綾子舞に関心を寄せる気鋭の研究者・小笠原恭子氏の手になるもので、綾子舞の芸能史上の位置付けを適格に述べるとともに、その伝播定着の経緯を「おそらくはお国自身の座によると思われる」と、かなりの自信を持って仮説している点が注目されます。これが事実だとすれば、私たちは出雲のお国らが演じた舞台とほぼ同様ものを、四〇〇年後の今も見ることができるというわけです。
 ところで当時は流行の最先端を行き、絶大な人気を博したと言われるこの芸能も、四世紀を経た現代人にとっては文字通り「古典」芸能と言えます。どこがおもしろいのか、さっぱり分からないという人もあるでしょう。この四〇〇年の落差を克服するためには、出雲のお国や彼女が活躍した中世末期から近世初期の時代について知っておくことが肝要です。綾子舞を楽しむための近道、それは皆さんが「中世びと」に近付くことなのです。


 第二部がはじまり、出演者のインタビューとしてこれまで綾子舞の保存にご尽力されたFさんをはじめ、継いでいかれる方のお話となった。

Cimg0010 会場から笑いもおきたインタビュー終了後、狂言「海老すくい(高原田)」を見させてもらう。
 その後、後ろ髪を引かれるように会場を後にし、中央地区コミュニティセンターに移動。平成21年度中央地区町内会長会定期総会及び平成21年度中央地区コミュニティ振興協議会定期総会にオブザーバー出席する。
Cimg0011 総会終了後、16時から会場を移しての懇親会。
 冒頭、ご挨拶をする時間を頂戴したので、十日町市議会議員選挙の応援に行った際に気付いた以下のことをお話させてもらった。

・中越大震災の被災地でもある十日町市の中心市街地は、被災により取り壊した箇所が多くあり、未だに一部のまちなかは歯抜け状態となっている。
・震災復興のあと、いかにして中央地区に人を戻し、賑わいのあるまちにすべきなのか議論されてきた。
・豪雪地帯であり、除雪などを含め、より行政コストがかからないよう、真剣にコンパクトシティを議論すべきときにきている。
・以上の十日町市の実情を捉え、我が柏崎市の中心市街地はどうすべきなのか、是非、中越沖地震から二年となる今年、皆さんと一緒に真剣に考えたい

 雑談をしつつ、酒の飲みながら陳情なども受け、17時40分、関東一本締めでお開きとなった。

 18時、事務所に戻ったところで、来客。委託調査をお願いしていた件での報告書や精算を行ったのち、先ほどの懇親会で残って持ち帰った総菜とビール、焼酎で、懇談。
 途中、甥っ子、姪っ子が事務所に入ってきたので、ウルトラマンの話などで盛り上がる。

2009年4月24日 (金)

中国:麻生首相の靖国奉納「重大な不満」

 資料作成を行い、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、大根菜の油炒めでご飯2杯の朝食をとる。

 9時、11時と事務所に来客。就職や住まいに関する相談を受ける。ご本人にも言ったが、自分で選んだ就職先を一ヶ月も経過せずに辞め、もっと条件の良いところを探してほしいというのは、あまりにも世の中を甘く見過ぎている。

 12時、チーズフランスパン、唐揚げサンド、グレープフルーツジュースで昼食をとる。

 13時から市内某所で政治に関する打ち合わせ。

 15時から議会事務局など事務的なことで、市役所まわり。

 17時、事務所に戻り、事務仕事。まだ返信していないメールも大量にあり、あせるばかりである。

 19時、事務所に来客。某事案に対し、詳細な調査をしてきてもらった件の報告を受ける。

Dsc00097 昨日、十日町市議会議員選挙の応援にいった際にお土産で頂戴した「木の芽」を入れたサラダ、ひきわり納豆をかけた冷や奴、鯖の味噌煮で夕食をとる。
 「木の芽」は一旦茹でであったものを頂戴したが、さすがに一回の茹ででは苦みが抜けず、しばらく水にさらした。この「木の芽」は、あけびの新芽である。

09bc  19時30分、柏崎青年会議所の事務局に異動し、エネルギー環境問題検討委員会に出席。主に、5月例会で使うプレゼンテーション資料などの確認を行う。今回は、オブザーバー参加として、柏崎青年工業クラブ、経営フォーラム21、柏崎市役所環境政策課の皆さんが出席されることになった。
 また来月末(平成21年5月31日(日))に開催予定の「かしわざきビーチクリーンデー」の周知方法やポスターについても打ち合わせを行う。

 22時過ぎ、帰宅。

 麻生首相が靖國神社に真榊を奉納したことを、わざわざ中共に分かるように報道して、中共に媚びを売るマスコミは、どこの国の報道機関なのか分からない。

 日本国内の先祖を敬う行為に、しかも麻生首相は私費で奉納しているにも関わらず、イチャモンをつける中共。
 「国のため」と散った先人への感謝はもとより、日本がいつまでもナメられないためにも、これは内政干渉であることをしっかりと世界に発信し、麻生首相の靖國神社参拝を願う。
 ちなみに、今年2月、草莽全国地方議員の会として、全国の同志の地方議員とともに、麻生太郎事務所に対し、靖國神社参拝の要望書を提出した。


平成21年4月24日『毎日新聞』

中国:
麻生首相の靖国奉納「重大な不満」--表明

 【北京・浦松丈二】中国外務省の姜瑜副報道局長は23日の定例会見で、麻生太郎首相が靖国神社に「真榊(まさかき)」を奉納したことについて、日本政府に「重大な関心と不満」を表明したと明らかにした。姜副局長は「日本側の誤った行動は両国関係に重大なマイナスの影響を及ぼすだろう」とし、「日本側が言行を慎み、適切に処理するよう要求する」と訴えた。
  ◇
 松本純官房副長官は23日の記者会見で、麻生首相が靖国神社に真榊を奉納したことについて中国側から同日午前、外交ルートを通じて申し入れがあったことを明らかにし、「政府としては、戦略的互恵関係を包括的に推進するために引き続き努力していく」と述べた。【念佛明奈】


平成21年4月21日『産経新聞』

【麻生首相ぶら下がり詳報】
靖国神社への真榊奉納「朝日新聞に説明する必要ない」
(21日夜)

 麻生太郎首相は21日夜、靖国神社の春季例大祭に合わせて「真榊(まさかき)」を奉納したことについて「真榊料を納めるか、自分で行くかの理由を朝日新聞に説明する必要は感じない」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 ぶら下がり取材の詳細は以下の通り。

【靖国神社真榊奉納】
 --最初の質問です。靖国神社に「内閣総理大臣」名で真榊を奉納したということだが、いかなる考えに基づいているのか

 「昨年10月も、真榊を納めたと記憶しますが。昨年10月にはこの種の質問をいただいていないのかしら」

 --おそらく。記憶が確かなら…

 「はい。昨年の10月にも納めさせていただいたと記憶しますぞ。僕は基本的に、国のために尊い命を投げ出された方々に対して、われわれとして、国民として、感謝、敬意というものを表するものだと思ってますけど」

 --今年、靖国神社に参拝する考えはあるか

 「適切に判断させていただきますと。その質問も、毎回、同じことをお答えさせていただいていると思いますが」

 --過去には何度も参拝されているが、今回、例大祭に参拝、参列ではなくて…

 (秘書官)「名前、名前(を言ってから質問して)」

 「まず、自分の名前を言ってから、質問をやってよ」

 --朝日新聞です。

 「朝日新聞? あぁ、見ない顔ですね。初めて見る?」

 --いえ、何度も質問している

 「あっ、そう」

 --過去には何度も参拝していると思うが、今回、真榊奉納という形にした理由を改めて聞きたい

 「あの、真榊料を納めるか、そのとき、自分で行くか、理由を朝日新聞に説明する必要は感じませんので、お答えは致しかねます」

 --靖国神社をめぐっては、参拝を首相に望む方、反対される方もいろいろいるが、そういう状況を勘案した上での判断か

 「いろんな状況を勘案して判断する。当然のことだと思いますが」

 --関連の質問になるが、今回、真榊を奉納したことに関連して…

 「今回と言われないでね。前回もですから」

 --あのー…

 「昨年の10月も、そうでしたから。今回はと言われると、ちょっとお答えの仕方も変わりますね。今回だけしたように言われると違いますよ。昨年10月に引き続いて今回もと言われていただくとお答えのしようがありますが」

 --昨年に引き続いて今回も奉納したことについて、日中首脳会談も控えているが、日中関係に悪影響を及ぼす懸念は

 「中国に関して、中国とはこれまでも、何回となく、未来志向ということを考えてやっていくということを申し上げてきましたし、歴史を直視して、とも申し上げてきたところで、今まで通りです」

2009年4月23日 (木)

議員定数削減レポートは嘘?
09十日町市議選応援二日目

 2時、就寝。途中、祖母の世話で何回か起きつつ、6時に起床する。

Dsc00082 納豆1パックをすすりこんで身支度をしたのち、えんま通り商店街のY氏をピックアップし、十日町市に向かう。
 途中、高柳町の天然酵母のパン屋「麦麦ベイク」(電話:025-741-3032)に寄り、「チーズ棒」で軽い朝食をとる。

Dsc00085 8時、庭野茂美候補(現職)の選挙事務所に到着。時間調整をしたのち、街宣活動に出発する。
 十間町市議会議員選挙は、現職が36名。定員を法定定数の30名にし、前回の選挙区制とは違い、全市一斉の選挙(柏崎市も同様)となった。定数30名に対し、34名が立候補している。

「庭野茂美パンフレット」(pdf形式)

Dsc00087  庭野茂美候補(現職)は、平成19年7月16日の中越沖地震発生後、即!バイクにまたがり、アルファ米のわかめご飯70名分をはじめ、多くの食料・救援物資を、えんま堂駐車場に集まっていた周辺住民のために、持ってきてくれた。
 そのときの経緯や感謝の言葉などをこめ、えんま通り商店街のY氏も応援演説。大変、気持ちのこもった応援であった。

Dsc00084 街頭演説の場所としてお借りした某新聞店さんに大きな狸の置物があり、なかなか重みのある言葉が書かれていた。

”たぬきの訓え八章に学ぶ
 人生心の基礎学”

一、笠=人の笠になる心
二、顔=慈しみの心
三、杖=支えあう心
四、徳利=健康の心
五、通帳=信頼の心
六、腹=思いやりの心
七、金袋=助け合いの心
八、尾=共存の心

Dsc00086 今日は主に商店街周辺など庭野茂美候補(現職)の地元であり、また商売をやっている関係上からの仲間であるところなど、いわゆる地盤を中心にした街宣活動である。
 途中、「小林肉店」(電話:025-752-2387)で「コロッケ 60円」を購入し、街宣部隊でおやつ。おまけ?差し入れ?で牡蠣フライも頂戴した。

Dsc00088  12時、昼食のため、一旦、選挙事務所に戻る。
 昨日よりも天候が悪く、寒さも増してきたため、体が完全に冷え切っており、味噌汁がしみじみと美味い。味噌汁を3杯も飲みつつ、漬け物や山菜の煮付けでおにぎりを頬張る。

Dsc00090  13時から街宣活動再開。要所要所で街頭演説を行い、昨日に続いて応援に来ている元・東京都小金井市議会議員である若竹りょう子氏、えんま通りのY氏、私、そして候補者本人の順で十日町市民の皆さんに訴える。
 途中、あまりの寒さに「温かい飲み物を飲もう」と十日町地域地場産業振興センター(略称:クロス10)に寄り、喫茶コーナーで「オレンジペコ」を飲む。

Dsc00092  17時30分、十日町市内の某町内の方を中心に40名以上集まってくれた場所で街頭演説。道路事情などもあり、予告した街頭演説の時間に遅れたにも関わらず、ずっと寒い中、待っていてくれたとのことで、ありがたい限りである。

Dsc00093  18時、選挙事務所に戻り、街宣部隊と立ち会い演説会部隊と交代。
 揚げた大豆を味噌で絡めたもの、豚バラの塩野菜炒め、冬菜(ご当地では五月菜)のおひたしなどで夕食をとる。やはり体が冷えているためか、味噌汁が恋しくなり、またも3杯飲んでしまった。バカの3杯汁である。

Dsc00094  19時から袋町の稲荷神社をお借りしての立ち会い演説会。
 地元周辺の知った方がお集まりとのことだったので、

・若い候補で経験があるからと気を抜ける選挙ではない。
・十日町市単体ではなく、柏崎をはじめ周辺自治体とライバルでありながら、共に地域を盛り上げていく時代になっている(北陸新幹線などを事例に)

と少し生臭く、また大きな視点でのお話をさせてもらった。

 20時過ぎ、ご挨拶をしたのち、帰路につく。

 21時、柏崎に到着。事務所にこもって、今日、不在の間にあった依頼などをこなす。

 平成21年4月20日の朝、柏崎市内に配布した議員定数削減に関するレポートに対する反響は、思った以上であった。
 なかには、家族・親族+数名でしか選挙活動をしていない私を気遣ってか、

 「(定数下げたら)
  落ちんのオメさんだねっか」

とのお言葉も頂戴したが、自分の立場うんぬんは別であり、自治体間の競争となり、自分の地元周辺だけ見ていれば良いと思うような議員ではなく、柏崎市全体、新潟県、そして世界最大の原子力発電所を抱える我が柏崎市にとっては国政(エネルギー政策)をも見渡せるような議員を選ぶ体制にしなければならないのである。

 また反響のなかには、こちらのレポートにおける審議過程の紹介に嘘があるかのような周知をはじめた市議会議員がいるとの情報もあった。
 市議会の本会議はもとより、委員会も公開が原則であり、秘密会でない限り、発言は<公の発言>である。
 該当する議事録を以下に転載し、皆さんにご判断頂きたい。
*改行等の位置は、読みやすくするために一部変更。議題の(1)~(4)及び(6)は省略。


議会運営委員会会議録

1 日   時  平成20年11月18日(火)午後1時01分
1 場   所  第一委員会室
1 出席委員
  委員長  斎木 裕司  副委員長  村田幸多朗
        持田 繁義  入沢 徳明  加藤 武男
        飯塚 寿之  笠原 浩栄 本間 厚幸
        真貝 維義  星野 正仁 三井田孝欧
                           以上11人
1 欠席委員   な し
1 特別出席   議長 霜田  彰  副議長 中村 明臣
1 委員外議員  野中 栄司
1 説 明 員  な し
1 事務局職員  事務局長          阿部 忠夫
         事務局長代理(議事調査係長)  佐藤 正志
         庶務係長            池田 廣文
1 議   題  (1)12月定例会について
         (2)年末懇親会について
         (3)新年度議会費予算について
         (4)全員協議会の開催について
         (5)議員発案第8号 
            議会の議員の定数を定める条例の一部
            を改正する条例
         (6)その他
1 署名委員   加藤 武男        星野 正仁
1 開   議  午後 1時01分
1 会議概要


(5)議員発案第8号 議会の議員の定数を定める条例の一部を改正する条例

○委員長(斎木 裕司)
 次に、議員発案第8号議会の議員の定数を定める条例の一部を改正する条例を議題とします。
 本案については、9月定例会に提案され、閉会中の継続審査となっていたものでありますが、提案説明は9月の本会議でいただいておりましたことから、委員会での説明は省略したいと思います。これに御異議ありませんか。
                 (異議なし)
○委員長(斎木 裕司)
 異議なしと認めます。したがって、本案については説明を省略いたします。
 ここで、三井田委員から修正案が提出されました。修正案について説明を求めます。
 三井田委員。
○委員(三井田孝欧)
 議員発案第8号議会の議員の定数を定める条例の一部を改正する条例の議案に対して、修正案を議会会議規則第94条の規定により、提出させていただきます。
 この修正案の内容についてですが、本議案の一部を次のとおりに修正したいと思います。付則の第1項中、平成20年10月1日を施行日としておりますが、これを交付の日に改めたいという修正案です。御審議のほど、よろしくお願いします。
○委員長(斎木 裕司)
 質疑に入ります。質疑は原案及び修正案を一括して行います。質疑はありませんか。
 飯塚委員。
○委員(飯塚 寿之)
 議事進行。ただいま審査中の本案につきまして、修正案も含めてですけれども、審査打ち切りの動議を提出いたします。
○委員長(斎木 裕司)
 ただいま、飯塚委員から議員発案第8号の原案及び修正案について、審査打ち切りの動議が提出されました。
 お諮りします。飯塚委員から提出されました審査打ち切りの動議に賛成の委員の挙手を求めます。
                (賛成者挙手)
○委員長(斎木 裕司)
 賛成多数です。したがって、審査打ち切りの動議は可決されました。

2009年4月22日 (水)

現時点でのアタチュルク像と台座
09十日町市議選応援一日目

 依頼されていたCGビデオ編集などを終え、3時から6時まで仮眠。

 熱めのシャワーを浴びた後、大粒納豆、胡麻豆腐、鰺の開きでご飯2杯の朝食をとる。

 7時過ぎ、愛車で十日町市に移動。

Dsc00073  8時、選挙事務所に到着し、打ち合わせを行ったのち、街宣活動に出発する。今日から2日間、十日町市に通い、全国若手市議会議員の会でもお世話になり、また中越沖地震発生後、すぐに多くの食料とともにえんま堂まで救援に来て頂いた、庭野茂美候補(現職)の応援を行う。

「庭野茂美パンフレット」(pdf形式)

 応援には、元・東京都小金井市議会議員である若竹りょう子氏、秋田県議会の淡路定明議員もいらっしゃった。思想信条も色々な応援者が揃った。

Dsc00071  午前中はひたすら中心市街地をまわり、街頭演説も合わせて行う。
 途中、諏訪神社がある諏訪町で街頭演説を行った際、「宮本茂十郎」顕彰碑を見つけた。
 「宮本茂十郎」は、十日町が絹織物で飛躍するきっかけを作った人物である。

Dsc00076  12時過ぎ、選挙事務所に戻って、昼食。
 山ウドの油炒め、ウドとアブラコゴメの胡麻和え、塩蔵していたキノコとわらびをたっぷり入れたけんちん汁、ワカメおにぎり、筍と人参の寿司飯にぎりなど、まさに地元の味であった。
 ガバガバと食べ、そして遠慮なく、けんちん汁も3杯飲んでしまった。
Dsc00077  また、若竹りょう子氏が作ってきてくれたという自家製のパン(シナモン、ラム・レーズンの2種類の味)もテーブルに用意された。
 さすがドイツ人の旦那さんをもつ家庭だけあって、天然酵母を使い、ガッチリと中身がつまったパンであった。

Dsc00078  13時から街宣活動に出発。市街地を抜け、旧・川西町、旧・松代(まつだい)町に向かって、各地での街頭演説を行う。
 15時近くに、北越急行ほくほく線のまつだい駅でトイレ休憩。この駅には、「ほくほく線発祥の地」の碑がある。

Dsc00079 休憩ののち、市街地に戻る方向に走りながら、各地で街頭演説を行う。
 途中、信濃川の水を不正取水していたことで話題となったJR東日本の信濃川発電所用の貯水湖を見学させてもらう。
 問題発覚のこれまでの間、この水で山手線など首都圏の電車の電力を賄っていた。

Dsc00081  17時30分過ぎ、選挙事務所に戻る。
 明日の日程調整や応援の話をしたのち、ちょっと早めの夕食を頂戴した。昼食に続いて、これまた絶品の地元の味で、大好物の山うどの芽の天ぷら、コシアブラの天ぷらが用意されていた。わがままを言って、塩を用意してもらい、働いた分以上にガバガバ食べてしまった・・・反省。

 18時過ぎ、次の予定があるため、失礼させてもらい、帰路につく。

 途中で買い物などし、20時、自宅に到着。着替えをしたのち、市内某店で行われている懇親会に途中から出席する。既に満腹だったため、生ビールを2杯ほどで終了。

 22時、帰宅。

0904_daiza1 平成21年4月現在、旧柏崎トルコ文化村内のアタチュルク像がどうなっているのか、問い合わせを多く頂くとともに、現地を望遠で撮影したという方からもご連絡を頂戴した(左の写真は平成21年4月現在)。
 アタチュルク像問題が大きく取り上げられるようになってから、寝転がし放置されたままのアタチュルク像はどこかに収納されたようである・・・やり方が汚い。
0904_daiza2  あれだけの重さのものを移動し、かつ収納するのであれば、早々に台座に据え付け、元に戻すのが筋である。しかし、これも写真を見れば分かるように、いまだ据え付けられていない。
 中越沖地震の余震で倒壊する恐れがあることから外した、と主張するのであれば、中越沖地震から既に2年を経過しようとしているなか、台座の補強などを行い、据え付けるべきであろう。
 昨年の平成20年第5回定例会での私の一般質問に対し、会田市長はアタチュルク像はどこにあるのか不明であり、ウェステックエナジー社(以下 ウ社)にも問い合わせる気がない、といういい加減な答弁をしており、上記写真がその業務怠慢の証拠である。

0904_sand_2  そして、ウ社への売却契約としては、重大な問題と思える事も判明した。
 旧柏崎トルコ文化村内の地権者とウ社が、未払いの地代について係争中であるなか、本来は売却公募時に応募した計画通り、パークゴルフ場などを展開するはずが、ウ社の本業であるブツ(この詳細も後日)の置き場も作られているのである。
 詳細については、地権者側の代理人と連絡をとったのちに証拠写真とともに公開したい。

2009年4月21日 (火)

柏崎トルコ友好協会の抗議
会田市長からの文書での回答なし

 3時、就寝。

 5時、起床。7時過ぎまで、情報を頂いた現場の確認にでかける。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、明太子でご飯2杯の朝食をとり、食後、そのまま上越市に移動する。

 上越市に到着し、9時から某社、11時から某事務所にて打ち合わせ。

 打ち合わせ中、J-CASTニュースから電話があり、記事『「トルコ建国の父」像山中に放置 ネットで柏崎から串本町へ移設運動』にあった、私への誹謗・中傷のコメントを削除したとの連絡。
 旧柏崎トルコ文化村を購入したウェステックエナジー社と地権者の両方を裁判に巻き込んでいる、逮捕された等の内容で、この問題をうやむやにしたい連中がいかに汚いのか、を表すものであった。
 ログの保存をお願いし、今後、法的な対応をとれるようにした。

Dsc00068  打ち合わせ終了後の12時過ぎ、近くにあったスーパーに入り、総菜コーナーにあった「カツ丼・うどんセット 398円」と野菜ジュース、低脂肪乳を購入し、車中で昼食をとる。
 本当は野外で食べたかったが、風がかなり強い天候のため断念。

 13時から同市内の某喫茶店にて、打ち合わせ。終戦直後の混乱期のお話などもお聞きした。

 16時、柏崎市内に戻り、某所で打ち合わせ。

Dsc00069  18時、事務所に来客。若干の意見交換ののち、自民党・長島忠美衆議院議員を応援する「柏崎・刈羽 長島クラブ」の打ち合わせに出席する。
 前回の打ち合わせに出席できなかったため、今回が初出席。根本的なところに戻ってしまう質問もしてしまい、申し訳ない限りであった。

Dsc00070  20時30分、自宅に戻り、カレイの煮付けをご飯にのせた「カレイ・ライス」、ひきわり納豆汁、水菜のサラダで夕食をとる。
 アタチュルク像問題や昨日発行した「議員定数削減の経緯」レポート等について、問い合わせや激励メールが多くきており、食後はひたすら返事を書く。

DSC01244

 アタチュルク像問題について、柏崎にある「柏崎トルコ友好協会」はどのような活動を行ったのか問い合わせがあり、早速、協会関係者より関係文書を入手したので、以下に公開したい。
 柏崎トルコ友好協会は、この問題が明らかになった平成19年10月の時点、日付では平成19年10月15日付けで柏崎市とウェステックエナジー社(以下 ウ社)に「厳重な抗議と早急な善処についての要望書」を送っている。
 要望書のなかでは、善処を求め、その結果を、在日トルコ大使館並びに柏崎トルコ友好協会に文書で報告することを求めている。

平成19年10月15日
「厳重な抗議と早急な善処についての要望書」
「柏崎トルコ友好協会・柏崎市へ要望」(pdf形式)

平成19年10月15日
「厳重な抗議と早急な善処についての要望書」
「柏崎トルコ友好協会・ウ社へ要望」(pdf形式)

Img_1811 しかし、上記要望書を送付後、3ヶ月以上経過しても、ウ社及び柏崎市からは、何も返答がなかったという。
 民間企業であるウ社はまだしも、公であり、かつ売却した当事者である柏崎市の会田市長はどう対応しているのか、再度、その報告を求めるため、「柏崎トルコ友好協会」は平成20年1月23日付で会田市長宛に「放置されたアタチュルク像の対処に関する誠意ある回答についての催告」を送付。

平成20年1月23日
「放置されたアタチュルク像の対処に関する
      誠意ある回答についての催告」

「柏崎トルコ友好協会・柏崎市へ回答催促」(pdf形式)

 しかし、1年以上経過した現在でも、正式な文書での回答は未だ無く、柏崎市役所としてはダンマリを決め込んでる。

 「市民の声を聞く」を公約に市長選挙を戦った会田市長にとって、アタチュルク像問題を追及する議員や柏崎トルコ友好協会の会員は柏崎市民ではないようである。

2009年4月20日 (月)

議員定数削減チラシを折り込み

 0時過ぎ、五十嵐哲夫候補(32歳、最年少立候補者)の応援に行った新潟県糸魚川市議会議員選挙の投票開票を確認。有権者数40,765名で、投票者数32,247名(有効:31904票 無効:344票)、投票率はかなり高い79.1%である。定数26名に対し、立候補者は28名で2名が落選となる。
 結果、五十嵐哲夫候補は753票で、28人中27位と非常に残念な結果となった。しかも700票台が他にも2名いるだけに悔やんでも悔やみきれない。
 敗因は色々あれど、外部から見ての感想としては、前市長が市長選挙に立候補せず、市議選に立候補し、トップ当選(1581票)するという異例な事があり、票読みができなかったこともあると思われる。
 一番若い候補者が落選してしまったことの意味は大きい。

 1時、就寝。

Cimg1920  7時、起床。大粒納豆、シーチキンとシメジの炒り卵、イカの塩辛でご飯2杯の朝食をとる。
 今日の朝刊各紙に柏崎市議会の会派・平成会と所属会派である整風会の合同で、議員定数削減に関するチラシを折り込んだ。
 これまでの柏崎市議会内で議論され、また反対されてきた議員定数削減に関する経緯についての報告である。

「議員定数削減審議の経緯」(pdf形式)

 9時から市内某所で意見交換。

 10時過ぎから市内某社でパソコンの修理作業を行う。キーボードを変更したところ、特定キーが受け付けないという現象。
 「mskey.exe」でも特定キーのみraw inputがないため、メーカー修理を依頼した。

 13時、事務所に戻り、ホットドック2個、低脂肪乳、野菜ジュースで昼食。

 15時、17時と事務所に来客があり、市政に関するご意見や陳情を伺う。

 18時から市内某店でイベント関係の打ち合わせ。

Cimg1921  20時、自宅に戻り、キッチンの奥底に眠っていた手延べそうめんを茹で、卵2個、ひきわり納豆を入れたつゆで夕食にする。4年ものであったため、茹で上がったものを流水ですすいでも乾物臭がとれず、美味しく食べることはできなかった。

 食後、事務所にこもって、資料作成。

 今日折り込んだ、議員定数削減に関するチラシの反響が大きく、激励の電話やメールを頂戴した。なかには、某・会田市長与党議員の議会報告会に出席して聞いた話と違うため、本当の事が分かったとのご意見もあった。ありがたいことである。

2009年4月19日 (日)

高田駐屯地創立59周年記念行事
上坂冬子氏、死去

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、板わさ、セロリスティックでご飯2杯の朝食をとる。食事中、自宅の方に初老の市民の方がお見えになり、家庭ごみの有料化について聞きたいとのこと。30分ほど説明をしたものの、お怒りは収まらないようであった。私は時期尚早として「反対」したのであり、「賛成多数で可決」となった詳細な理由は、できれば「賛成」した会田市長与党の議員のところで問い質してほしいと最後にお願いした。

 今日、新潟県十日町市議会議員選挙が告示となる。柏崎商業高校出身で、全国若手市議会議員の会、そして中越沖地震発生の際にもお世話になった庭野茂美候補(現職)も立候補しており、今週中、2日間応援に入る予定である。

「庭野茂美パンフレット」(pdf形式)

 8時40分、市内の某氏を車でピックアップ。合計3名で、上越市の陸上自衛隊高田駐屯地に移動する。

 10時近く、陸上自衛隊高田駐屯地に到着。受付をしつつ、今日投開票である新潟県糸魚川市議会議員選挙に出馬している五十嵐哲夫候補と合流する。

Cimg1895  10時から高田駐屯地創立59周年記念式典が開始。
 来賓の紹介、祝辞があったが、秀逸だったのは地元国会議員である自民党・高鳥修一衆議院議員の格好と挨拶。燕尾服にシルクハットであり、観閲式に出席するシビリアンとしては最大の敬意を表現されていた。しかも、そのシルクハットは御曽祖父様にあたる貴族院議員・高鳥順作氏(1868~1958年、能生町名誉町民第1号)が旧軍の観閲式で使用したもの。 高鳥順作氏は、高田駐屯地の発祥に関わった第13師団長・長岡外史中将と親交があり、また高鳥修一衆議院議員の母方の御祖父様は高田駐屯地で訓練に励んだ山砲兵第19聯隊だったという。
 ただ微妙だったのは、今年、衆議院が任期満了、解散になることから、

「この場に立たせて頂くのは、
  今日が最後になるかも知れませんが・・・」

との発言。笑いとともに、熱心な支持者からは「そんな事言うなぁ!」との声もあった。

Cimg1899  観閲行進は、陸上自衛隊公式行進曲である「大空」(作曲:須摩洋朔)。来年の高田駐屯地創立60周年、軍都・高田100周年には、旧軍への敬意も込めて、明治19年に発表された「陸軍分列行進曲」(作曲:シャルル・ルルー)でお願いしたいところ。
 駐屯地が管轄する範囲の自治体の旗も高く掲げられ入場し、それぞれの自治体からきた関係者を喜ばせていた。ちなみに会田市長は出席せず、代理の出席。市議会議員も私一人であった。議場への国旗、そしてこの市旗の掲揚でさえ反対する会田市長与党議員の出席はまずないであろう。
Cimg1901 観閲式ののち、第12音楽隊と高田駐屯地音楽クラブの合同演奏。曲目は、「崖の下のポニョ」(作曲・編曲:久石譲)、『ROOKIES』(ルーキーズ)の主題歌「キセキ」(作詞:GReeeeN 作曲:GReeeeN)、そして高田駐屯地ラッパ隊との競演で会場を沸かせた。
 その後は、訓練展示。ポール台を敵陣地と想定し、空と陸からの立体的な総合攻撃で敵陣地を奪取するまでを行った。

Cimg1906  12時、会場を隊員食堂に移し、祝賀会食となった。
 NPO特定非営利活動法人「おぢや元気プロジェクト」のW女史をはじめ、上越青年会議所、各自治体の議員をはじめ、知った顔の皆さんにご挨拶。こういった機会でしか会わない方もいらっしゃり、つい話し込む。

Cimg1908  ラッパの合図で、祝賀会が開始。
 冒頭、来賓挨拶として、自民党・長島忠美衆議院議員が登壇され、今日の訓練展示で、ヘリが巻き上げる砂が頭にかかる感覚を久しぶりに味わったことから、中越大震災の際、山古志村長として、いかに自衛隊のお世話になったのか、感動的に話された。
 鏡割りをしたのち、乾杯。祝賀会は13時40分まで続き、最後は萬歳三唱で終わった。

 関係者に御礼のご挨拶をし、14時過ぎ、陸上自衛隊高田駐屯地を後にした。

Cimg1912 14時50分、米山サービスエリアにて休憩をしつつ、旧柏崎トルコ文化村の遺産とも言える、トルコ・イスタンブル名物の「サバサンド 250円」を食べる。バターたっぷりのパンに、レタス、脂がのった鯖フライが挟まれてくるので、そこに入れ放題のオニオン・スライスをたっぷり入れ、レモン汁をかける。晴れた日本海を見ながら食べるサバサンドは美味い。
Cimg1914 写真のシャッターを頼まれた親子連れに色々と話を聞いたところ、やはり高速道路の安価な利用が旅行にでるきっかけになっているとのことであった。ETC1000円政策は思った以上の効果である。
 シメとして、「まるごとブルベリソフト 300円」を食べる。濃厚なソフトクリームに甘いブルーベリーソース、そして凍ったブルーべーリー果実がのっており、美味しいものの、治療中の歯にしみて仕方がなかった。

 15時過ぎ、自宅に戻る。

 16時から市内某所でイベントに関する打ち合わせ。柏崎市ではイベントが多いので、実施時期、コンセプトとともに工夫が必要である。

 18時から20時まで某町内会の会合に出席する。

Cimg1919  23時、卵白4個、卵黄2個、ノンオイルシーチキン2缶、ひきわり納豆、大量の刻んだ長葱で作った炒め物、ビール、焼酎水割りで夕食をとる。
 食事をとりながら、録画しておいたNHKの歴史番組などを見るも、あまりのいい加減な歴史観や史実と違う紹介に怒りがわき、途中で消してしまった。

 学生時代、夏休みに読んだ『硫黄島いまだ玉砕せず 失われた髑髏を求めて』で初めてその名を知った、上坂冬子氏が亡くなられたという。


平成21年4月18日『産経新聞』

作家の上坂冬子さん死去

 本紙「正論」の執筆メンバーで、近現代史に切り込む著作で知られるノンフィクション作家、上坂冬子(かみさか・ふゆこ、本名・丹羽ヨシコ)さんが14日、東京都内の病院で死去したことが分かった。78歳だった。
 昭和5年、東京都に生まれた。名古屋文化学園を卒業後、勤務した自動車会社の労働争議にテーマをとった作品で昭和34年に第1回「思想の科学」新人賞を受賞。その後、戦犯、中国・台湾、北方領土、原発問題など幅広い分野で数々の作品を生んだ。きめ細かな取材と冷静な事実検証に定評があり、菊池寛賞、第9回正論大賞を受賞した。
 北方領土ではロシアによる占拠の非を訴え、平成16年、四島の一つ国後(くなしり)島に本籍地を移して自ら返還運動にも参加した。正論の最後の原稿(昨年6月26日付)も、北海道沖でロシア警備艇に銃撃された日本漁船の扱いをめぐる外務省の不手際に苦言を呈するものだった。
 最近では、病をおして本紙1面コラム「老いの一喝(いっかつ)」を執筆、その反骨精神に裏打ちされた歯切れのよい社会評論が注目された。3月21日付の「郷愁誘う戦時下の童謡」では「戦時中に歌われていたのを、軍国歌謡として毛ギライする人もあるが、あまりに浅はかで無分別だ。いい歌が多い」と見直しを訴えた。
 また、若者の育成のため設けた「産経志塾(しじゅく)」では昨年12月、車いすで講師をつとめ、若い塾生たちを前に、生きるうえでの「志(こころざし)」の大切さを力説した。


 日本のエネルギー政策に対しても、原子力発電を積極に取り上げており、コラムも楽しみにしていた。
 かつて、新潟市での憲法記念日の講演について、新憲法制定を願う立場であることから、当時の社会党と共産党の市議会議員の猛反対にあい、講演自体が中止になる事件もあった。あの当時から、左翼は「護憲」と言いながら、憲法第21条で保障された「表現の自由」を弾圧していたのである。
 とにかく、長きに渡り、保守論断でご活躍された上坂冬子氏のご冥福をお祈りしたい。


平成21年3月21日『産経新聞』

【老いの一喝】
ノンフィクション作家・上坂冬子
郷愁誘う戦時下の童謡

 病院のベッドで過ごすようになってから、NHKの深夜放送を聞くようになった。
 明け方にかけて昭和30年代の歌が流れて、私たちの世代には懐かしい。藤山一郎さんや、霧島昇さん、夫人の松原操さんなど、名前だけで郷愁が沸く。
 3月6日の放送で、すでに海沼実さんの孫が祖父の名を継いで童謡の解説をしていた。海沼実さんといえば「汽車ポッポ」の作曲で一世を風靡(ふうび)した草川信さんと親交のあった人だ。「兵隊さん、兵隊さん、バンバンザイ(万々歳)」と歌い上げたところが、戦時下で喝采(かっさい)をあびたのである。
 当日、ご本人の口から語られたことだが、音羽ゆりかご会という童謡の集団がいまでも活躍しているのは周知の通りで、「汽車ポッポ」の作曲をした草川信さんと海沼実さんとが協力して、戦後も「ちんから峠」とか「みかんの花咲く丘」、「月夜の田んぼで、ころろころろ、ころろころころ鳴る笛は」にはじまる「蛙の笛」など、私の世代でなくとも覚えているだろう。
 以後も時々「音羽ゆりかご会」の名で海沼実さんの歌を聞くのが何よりの楽しみだった。私の青春とかさなるからである。
 特に戦後の印象として強いのは「兵隊さん、兵隊さん、バンバンザイ」の部分が一夜にして「トンネルだトンネルだうれしいな」に変わったことだ。
 その後、海沼実さんは「平和の鐘は鳴ったけど、私の父様かえりゃせぬ、春、夏、秋、冬待ったけど」-私の父様はいつ帰るのかとシベリア抑留の父親の身を案じる歌などを次々に作曲した。
 それを、川田正子、孝子、美智子の三姉妹がうたいあげた時期は意外に短く、3年ほどだった。思えば歌とは人々の胸に強烈に残るものだ。
 インドネシアはいまでも親日的だが、案外、歌が影響しているのではないか。
 ジャカルタでは「とんとんとんからりと隣組」だの「見よ東海の空明けて」などがごく普通に歌われている。
 戦時中に歌われていたのを、軍国歌謡として毛ギライする人もあるが、あまりに浅はかで無分別だ。いい歌が多い。
 たとえば、高木東六さんの作曲による、

「藍より青き、大空に、大空に
 たちまち開く百千の…
 見よ落下傘、空をゆく」

のメロディーなどは、いま歌っても快感が沸く。せめて深夜の放送で聞きたいものだ。

「花は桜木 人は武士
 語ってくれた人よりも
 港のすみで 泣いていた
 可愛いあの娘が 目に浮かぶ」

あらためて歌詞をみれば、紀元2600年の歌だって批判に値しない。

「金鵄(きんし)輝く 日本の
 栄えある光 身に受けて…
 紀元は2600年
 ああ 1億の胸は鳴る」

 60年もたって、この歌詞にこだわる方が理解できない。

2009年4月18日 (土)

第32回帝国陸海軍軍樂隊大演奏会

 3時、就寝。

 6時30分、起床。身支度をし、納豆1パックで軽い朝食をとり、愛車で東京に向かう。

Cimg1855  小千谷インターチェンジから関越高速道路に入り、加速して本線に乗ったところで、後ろからパトライトを点灯させた覆面パトカー。
 小千谷インターチェンジ付近は最高速度80km/h規制中であり、109km/hで29Km/hのスピード違反であった・・・・不覚。反則金18000円、3点の減点となる。

Cimg1853 9時20分、休憩がてら赤城高原サービスエリアにて、「天ぷらうどん 530円」で軽い食事をとる。
 移動中は、松本零士氏の名作「ザ・コクピット」のOVA「成層圏気流」「音速雷撃隊」「鉄の竜騎兵」の3話を見る。なかでも、航空特攻兵器「桜花」を扱った「音速雷撃隊」はTVでも放送してほしいと思うほどの名作であった。

Cimg1859  12時過ぎ、九段会館に到着し、「第32回帝国陸海軍軍樂隊大演奏会・軍装会」の会場に入る。
 これまでは秋の定期会に毎回、大正生まれの祖母を連れて参加していたが、今回は春の定期会に友人とともに参加した。主催者である那須戦争博物館の栗林白岳館長をはじめ、旧軍楽隊出身の演奏者の高齢化なども考え、歴史を継ぐためにも、今年からはできる限り、春と秋の両方に顔をだそうと思ったからである。
 受付の東條由布子さんをはじめ、東京都議会の古賀俊昭議員やご子息の日野市議会の古賀壮志議員、一緒にインパールに行った旧帝國陸軍人の北村氏、作家・牧野弘道氏など知った顔の皆さんにまずご挨拶。
 会場は約1000人の満員であり、12時20分から参加者全員が起立しての国歌斉唱、英霊への黙祷(「国の鎮め」奏楽)から演奏会が開会となった。
 栗林白岳館長による軍人勅諭、教育勅語奉読ののち、高澤智昌氏指揮により、演奏は「陸軍分列行進曲・君が代」が最初となった。今回の演奏メンバーの平均年齢は、前回より1歳上がり84歳である。
 2曲目は、陸軍軍歌名曲集(明治編)として、メーデー歌の「聞け万国の労働者」にも変わった「歩兵の本領」(作詞:加藤明勝 作曲:栗林宇一)、斥候から始まる「日本陸軍」(作詞:大和田建樹 作曲:深澤登代吉)、「敵は幾万」(作詞:山田美妙斎 作曲:小山作之助)の3曲。
 指揮者が元・海上自衛隊東京音楽隊の青木凱征氏に変わり、海軍軍歌名曲集(明治編)として「勇敢なる水平」(作詞:佐々木信綱 作曲:奥好義)、「如何に狂風」(作詞:佐戦児 作曲:田中穂積)、「広瀬中佐」(作詞・作曲:不詳)の3曲。
 続くは、現在では滅多に歌われなくなった、「一月一日」(作詞:千家尊福 作曲:上眞行 )、「紀元節」(作詞:高崎正風 作曲:伊沢 修二)、「天長節」(作詞:黒川真頼 作曲:奥好義)、「明治節」(作詞:堀沢周安 作曲:杉江秀)の四大節の歌であり、非常に勉強になった。
 福岡県は博多の軍歌の店「博多アンカー」の皆さんは、古関メロディの傑作「海の進軍」(作詞:海老沼正男 作曲:古関裕而)、「元寇」(作詞・作曲 永井建子)を熱唱。
Cimg1884  続いて、司会でもある歌手・三枝万祐さんに変わり、同じく古関メロディの傑作である「愛國の花」(作詞:福田正夫 作曲:古関裕而)が歌われ、会場内の昔・少女の皆さんが大合唱されていた。
 昭和13年発表の「愛國の花」は歌詞、メロディともに素晴らしい。
 インドネシアのスカルノ元・大統領は、この歌が好きであり、自分でインドネシア語の歌詞をつけて「ブンガ・サクラ(サクラの花)」という歌としていた。第3夫人である、デヴィ夫人が好きかどうかは不明。昭和37年(1962年)2月、当時の皇太子明仁親王・美智子ご夫妻、現在の天皇皇后両陛下がインドネシアを訪問した際、歓迎式典でこの「ブンガ・サクラ(サクラの花)」が歌われた。

 そして、フィリピン遺族連盟「曙光会」の皆さんもステージに上がり、「ああモンテンルパの夜は更けて」(作詞:代田銀太郎、作曲:伊東正康)を合唱。この曲も会場内の多くの方が一緒に歌われ、フィリピン戦線に征かれていた旧軍人は涙をぬぐっていた。
 このときの軍装隊の服装も当時のフィリピン戦線の軍服に合わせるという凝りよう。

Cimg1870  続いて、三枝万祐さんに変わり、ベテランのわかばちどりさんが登場。
 軍歌ではなく戦時歌謡に分類される、戦地に出征した夫、残された子供のことを歌った昭和13年の「皇國の母」(作詩:深草三郎 作曲:明本京静)、昭和17年の「明日はお立ちか」(作詩:佐伯孝夫 作曲:佐々木俊一)の2曲を切々と歌い上げた。

 ここで大御所・三鷹淳さんが登場。最後の聯隊歌である「牡丹江重砲聯隊歌」(作詞:天田達也 作曲:第三軍軍楽隊)、東京軍歌歌唱愛好会とともに「暁に祈る」(作詞:野村俊夫 作曲:古関裕而)、大東亜戦争中には禁止された「戦友」(作詞:真下飛泉 作曲:三善和気)が歌われた。ちなみに「戦友」の歌碑は、京都・知恩院の塔頭である良正院にある。
 わかばちどりさん、三枝万祐さんも一緒になっての「大東亜聖戦の歌」(作詞:中村粲 作曲:高澤智昌)。
 第一部の最後は、大正14年に発表された意想曲「攻撃」(作曲:山本銃三郎)であった。

Cimg1878 15分間の休憩ののち、第二部。第二部は当時の映画を見ながらの軍歌という企画であり、曲目は「戦友」(作詞:真下飛泉 作曲:三善和気)、「水師営の会見」(作詞:佐々木信綱 作曲:岡野貞一)、「愛馬進軍歌」(作詞:久保井信夫 作曲:新城正一)、「出征兵士を送る歌」(作詞:生田大三郎 作曲:林伊佐緒)、「加藤隼戦闘隊(飛行第六十四戦隊歌)」(作詞:田中林平・朝日六郎 作曲:原田喜一・岡野正幸)、「九段の母」(作詞:石松秋二 作曲:佐藤富房)、「熱砂の誓(建設の歌)」(作詞:西條八十 作曲:古賀政男)、「ああ紅の血は燃ゆる(学徒動員の歌)」(作詞:野村俊夫 作曲:明本京静)、最後は「青年日本の歌(昭和維新の歌)」(作詞・作曲:三上 卓)であった。
 「出征兵士を送る歌」では送った側、送られた旧軍人ともに涙を流しながら一緒に歌い、「青年日本の歌(昭和維新の歌)」は会場が一体になっての大合唱となった。
 「青年日本の歌(昭和維新の歌)」の歌詞こそは今の日本の状況にも合致し、個人的には特に6番の歌詞をより強く感じるところ。

 天の怒りか地の声か そもただならぬ響きあり
 民永劫の眠りより 
醒めよ日本の朝ぼらけ

 15分間を休憩をとって、世界三大マーチの一つである「軍艦行進曲(軍艦マーチ)」(作曲:瀬戸口藤吉)から第三部がスタート。
 三鷹淳さんによる「ラバウル海軍航空隊」(作詞:佐伯孝夫 作曲:古関裕而)で会場はさらに盛り上がる。

Cimg1873 続いて、横浜軍歌愛好会による「回天追悼の歌」(作詞:田中彰 作曲:堀籠次男)、「太平洋行進曲」(作詞:横山正徳 作曲:布施元)。
 特攻兵器である人間魚雷「回天」については、回天特別攻撃隊で出撃した若者の姿を描いた映画『出口のない海』があったため、多くの人が知ることになったが、この歌とともにもっと語り継ぐべき事柄であろう。
Cimg1882  毎回恒例、旧帝國陸軍出身者がステージ上に上がっての「陸軍士官学校校歌」(作詞:寺西多美弥<第36期生> 作曲:陸軍戸山学校軍楽隊)、「陸軍経理学校校歌」(作詞:大戸裕輔<第1期生> 作曲:堀内敬三)となったが、やはり年月の流れは止められず、前回に比較しても参加者が少なくなってきている。
 次は、日下部修氏のトランペットによるソロから「同期の桜」(作詞:西條八十 作曲:大村能章)。

 その後は、かつての関東軍軍楽隊の一員であった木下浩司郎氏による「関東軍軍歌」(作詞:米田俊 作曲:松下哲)、ハーモニカと詩吟でアレンジした「水師営の会見」(作詞:佐々木信綱 作曲:岡野貞一)で渋い雰囲気となった。
 続いて、三枝万祐さんによる「南の花嫁」(作詞:藤浦洸 作曲:古賀政男)、三枝万祐さんが自らが作詞した「空の彼方」(作詞:三枝万祐 作曲:村沢良介)、わかばちどりさんによる「母子船頭唄」(作詞:佐藤惣之助 作曲:細川潤一)、「岸壁の母」(作詞:藤田まさと 作曲:平川浪竜)と戦争の悲しさを含みつつ、盛り上がっていった。
 戦時歌謡メドレーとして、途中に「佐渡おけさ」を入れ込んだ「麦と兵隊」(作詞:藤田まさと 作曲:大村能章)、「千人針」(作詞:サトウ・ハチロー 作曲:乗松昭博)、「陣中髭比べ」(作詞:徳土良介 作曲:佐藤富房)、「緑の地平線」(作詞:佐藤惣之助 作曲:古賀政男)があったのち、昭和15年に大阪毎日新聞、東京日日新聞が公募した行進曲「国民進軍歌」(作詞:下泰 作曲:松田洋平)。
Cimg1885  三鷹淳さんをメインに「轟沈」(作詞:米山忠雄 作曲:江口夜詩)、「月月火水木金金」(作詞:高橋俊策 作曲:江口夜詩)、客席と一体になっての「愛國行進曲」(作詞:森川幸雄 作曲:瀬戸口藤吉)、「日の丸行進曲」(作詞:有本憲次 作曲:細川武夫)でフィナーレとなった。
 最後は、全員起立しての「海ゆかば」(作曲:信時潔 作詞:大供家持)、萬歳三唱で終了。

Cimg1887  17時、知った顔の皆さんや旧軍人の方に秋にまたお会いしましょう、とご挨拶をし、会場である九段会館を後にした。
 数分後のところにあった駐車場に車を置き、靖國神社を参拝。
 参拝ののち、神職の熱い男・N氏と偶然に会うことができたため、先日、占守島で戦われ、シベリア抑留されたお祖父様をもつ方から「歴史や関係者をもっと知りたい」という相談があった件などを調整する。

Cimg1892  神社を後にし、靖国通りにある「らーめん じょんのび」(電話:03-5213-0103 *以前は「元祖醤麺 じょんのび」)に寄り、「全のせ ら~めん 1000円」で夕食をとる。
 このお店に入るのは二回目。店主は、津南町の出身とのことで、席の名前には柏崎をはじめ、新潟県内各地の名前がついている。
 ラーメンは、手の込んだ天然素材重視のもので、以前と同じように麺も太さも好みであったが、チャーシューの脂身が多いことと、味玉がトロリとしたタイプの半熟でなかったところが少し残念であった。

 食後、眠くなりながらもひたすら愛車をとばし、22時過ぎに自宅に到着。風呂に入ったのち、事務所にこもって、手紙やFAXなどの処理を行う。

2009年4月17日 (金)

「教師の権威」を大切に

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、チーズはんぺん、高菜炒めでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、10時とそれぞれ市内某社にて、打ち合わせと作業。

 12時、一旦自宅に戻り、ピーナツバターコッペパン、カレーパン、牛乳、バナナで昼食をとる。

 愛車で移動し、14時過ぎから長岡市の某社で打ち合わせ。

 16時、新潟市での予定であったが、長岡市駅前に変更してもらい、目玉焼きのせハンバーグ定食(ご飯大盛り)を食べながらの打ち合わせ。

 19時、事務所に戻り、今日の作業報告や議事録などを書く。

 切り抜きした新聞を整理していたところ、「教師の権威」を大切にすべきという記事がでてきた。
 市議会議員となってから、未成年に関わる相談も多く受けてきたが、結局は一緒に相談にきた親御さんとの間に原因があるのではないか、と思うような事案もあった。
 そういった事の解決について、一つの提案がこの記事だと思う。
 黙っていても「教師の権威」を認めるような風潮にすべきであろうし、また逆に教師の振るまいにも、それなりの品格あるものが要求される。
 全日教連とは対立する側の教職員組織「日教組」では、労働闘争のみならず、公務員という立場にありながら、政治活動(当市であれば、反原発運動)にも関わっている。そこにもメスを入れなければ、「教師の権威」は低下していくばかりではないかと思う。


平成21年1月14日『産経新聞』

解答乱麻
何より大切な教師の権威
前全日教連委員長 三好祐司

 昨年10月、ある新聞の山口県版の「不登校、島の学校で受け入れ」という記事が目に入った。不登校傾向の児童生徒を離島の小規模校が受け入れる事業を周南市が始めるというものだった。記事を見た私は「これだ」と心の中で叫んだ。
 全国の不登校の児童生徒は約13万人。すべての学校が不登校対策に全力をあげており、それを支援するために文部科学省も学校カウンセラーの配置を進めている。しかし、不登校の解決には至っていない。その一方で暴力などの問題行動を起こす子供もここ数年増加傾向である。
 これら子供の問題の背景に、しばしば家庭の事情がうかがえる。いや、ほとんどは家庭の事情である。私は「家庭に問題がある」と切り捨てるような考え方ではなく、「その家庭には事情がある」と考え、この子の幸せのためにどうすればよいかを家庭と学校が一緒になって考えたいと思っている。必要ならばその子を家庭から引き離すことも十分にあり得るとも思う。
 不登校をはじめとして、さまざまな問題行動の当事者となった子供たちは、その状況から抜け出せるものなら抜け出したいのだ。
 もし、食べることや寝ることといった生活の基本が不十分な家庭にいるとしたら、あるいは、かけてもらうべき愛情を十分にかけてもらえない家庭にいるとしたら、さらには、教えてもらうべき人としての道を教えてもらえない家庭にいるとしたら、小手先の対症療法をいくらしても問題は解決しない。家庭の事情がその子供を問題行動に追いやっているのだから、一定期間家庭から子供を引き離すという選択肢も十分に考えるべきである。
 ただし、現実としては、子供を受けいれる施設が圧倒的に不足している。お金をかければ引き受けてくれる民間の施設はあるが、経済的に安くすむ公的な施設はほとんどない。さらには、親が同意しない限り、何もできないのである。
 もしも、教師の権威を社会全体が認め、多くの親がそれに従うならば、状況は劇的に変化する。つまり、何よりも大切なことは、教師の権威だ。「学校の先生に言われたから」と、素直に教師の言葉に従い、家庭での親子関係を見直すことができればよい。もしも、「一定期間子供を施設に預けなさい」と言われたら、世間体を気にせずに従うことである。これらができたら、多くの問題は解決するだろう。子供に対しても、「先生が言うのだからきちんと従うのだよ」ということができればなおのこと問題は解決する。
 今、救いを求めている多くの子供に対して、 「人権」にとらわれすぎて、行動を躊躇することがあってはならない。判断できない親に対して、教師が的確なアドバイスを行い、親はその教師の権威の下に素直にそれに従うことである。受けいれ施設が全国津々浦々に設置され、さらには親が教師の権威を認めることができたとき、ほとんどの問題は解決する。教育とは、「教師の権威」を認めることから始まるのである。

2009年4月16日 (木)

撃論ムック:世界に愛された日本
誰も教わらなかった日本近現代史

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、野菜さつま揚げ、菜の花のおひたしでご飯2杯の朝食をとる。昨日のかなり大がかりな歯の治療のため、まだ口の中が薬品臭く、味をまともに感じない。

 9時、11時と事務所に来客。

 13時、コロッケパン、やきそばパン、グレープフルーツジュース、トマトで昼食をとる。

 14時から17時まで市内まわりや市役所での調査、雑用などを行う。アタチュルク像の件で、和歌山県串本町の関係者に調査に行くべく、日程調整を議会事務局にお願いした。

Cimg1848  18時、昨日食べた蟹の殻で取ったスープ、干し納豆、鯛のあら(頭、中骨)、利尻昆布、モンゴルの岩塩をご飯に炊き込んだ特製鯛飯で夕食をとる。ほんのりとした蟹の甘みが残っており、鯛の脂との相性も悪くない。貧乏性が生んだ安いグルメメニューである。

Cimg1850  19時、柏崎エネルギーホールにて、日本会議柏崎支部の第2回勉強会に出席する。
  冒頭、西川勉支部長(前・新潟県議会議員)からのご挨拶があり、続いて天皇陛下御即位ニ十年新潟県奉祝委員会からの祭典企画の説明となった。以下のような予定となっている。

・平成21年9月26日(土)
 奉祝パレード
 場所:新潟市内目抜き通り

・平成21年10月25日(日)10時~
 奉祝県民式典
 「新・潟・人 まつり ~ありがとうの心で~」
 場所:東北電力ビッグスワンスタジアム
 参加者数:2万人

・平成21年11月22日(日)
 奉祝式典
 場所:朱鷺メッセ

 出席者に配りたい資料を置き、次の会議があるため、中座。

Cimg1851  20時、柏崎青年会議所事務局に行き、エネルギー環境問題検討委員会の委員会に出席。
 メンバーそれぞれが集めてきた資料の確認とこれからのまとめ作業のおおまかな流れを話合う。

 22時、事務所に戻り、事務仕事。

 現在発売中のオークラ出版『撃論ムック:世界に愛された日本~誰も教わらなかった日本近現代史』に、拓殖大学の藤岡信勝教授がトルコと日本の交流史について、「日本・トルコの絆は百年の時を超える エルトゥールル号遭難とイラン・イラク戦争」として、お書きになっている。
 分かりやすく、感動的に書かれているので、大変オススメの一冊である。
 次回の撃論ムックには、この紹介を踏まえたうえで、旧柏崎トルコ文化村のアタチュルク像問題が掲載される。

2009年4月15日 (水)

09糸魚川市議選応援二日目

 2時、就寝。

 6時、起床。大粒納豆、生卵でご飯をかっ込んで、愛車にて糸魚川市に移動する。途中、荷くずれのトラックとすれ違い、荷物の回収を手伝う。

Cimg1819  五十嵐哲夫候補(現職市議会議員)の選挙事務所に到着し、軽いミーティングののち、街宣活動にでる。 お手伝いにくる方も多く、ミーティングの最中の雑談も増えてしまった。

「五十嵐哲夫パンフレット」(pdf形式)

 今日の街宣先は旧・能生町と遠いものの、プロのウグイス嬢がいるので気が楽である。

 糸魚川市は合併後、その面積は746.24平方km(人口は約4.8万人)となり、かなりの大きさとなった。柏崎市は442.70平方km(人口は約9.2万人)であり、倍近い面積でありながら、人口は半分。街宣していても、なかなか手応えは感じられない。
 ちなみに、旧・能生町は11時にチャイムが一斉放送される。

Cimg1826  11時過ぎ、ちょと早めの昼食をとろうということになり、「越王らーめん」(電話:025-567-2968)に入る。一見、ただのドライブイン風であるが、地元民からは根強い人気があるという。
 色々迷ったものの、お店のおかーさんに一番でているラーメンを聞き、「みそちゃーしゅうめん 950円」を「大盛り 120円増」にして注文。
Cimg1824  野菜たっぷり、薄めのチャーシューたっぷり、ついでに午後には歯医者に行くというのに、ニンニクもたっぷりで、トラック運ちゃんも納得のラーメンであった。
 また店内に新潟県立海洋高校の生徒さんが作った鮭の燻製、その名も

「すもう君サーモン」
*この高校は相撲も強い事から

・・・思わず購入してしまった。

Cimg1829  食後もしばらく街宣で流し、選挙事務所に戻る。どうしても歯の痛みが我慢できず、ここで選挙活動から離脱。
 ただこのまま帰っては申し訳ないので、帰り道がてら糸魚川市内で色々なものを買い歩く。まち歩きしてみるとなかなか面白いもので、昭和40年代でストップしたようなおもちゃ屋さんや薬屋さんもあり、ちょこちょこ入っては会話を楽しみつつ、買い物をした。お陰で、使わないようなカラーボールや今治水(歯が痛いとおばちゃんと雑談したら買うはめに)、蟹などで愛車内はいっぱいとなった。

 15時から17時過ぎまで歯医者に長時間の治療。詰め物をした内部で虫歯が拡大し、神経まで達していたとのことで、この半年ほどずっと痛いのを我慢していたことが災いした。

 19時、事務所に戻り、事務仕事。

 22時、やわらかいものしか食べられないので、蟹を食べ、シメに納豆茶漬けを食べる。

 食後も事務仕事。スケジュールがかなり過密になっているため、お声がけ頂いた色々な式典への欠席のお詫びを書くことが多くなってきた。

2009年4月14日 (火)

09糸魚川市議選応援一日目

 2時、就寝。

 6時に起床し、愛車で糸魚川市に移動。移動中にフランクフルトドック、納豆巻き、低脂肪乳で朝食をとる。

Cimg1806  8時、五十嵐哲夫候補(現職市議会議員)の選挙事務所に到着し、しばし雑談をしたのち、街宣活動にでる。
 五十嵐哲夫候補(現職市議会議員)は、私が以前に副会長を拝命した全国若手市議会議員の会での仲間であり、中越沖地震の際にも駆け付け、得意のバイクで各種のボランティアに協力してもらった同志である。

「五十嵐哲夫パンフレット」(pdf形式)

Cimg1807 今回の糸魚川市は市長選挙と市議会議員選挙が同日開催。しかし、市長選挙は現職のみの出馬で無投票当選となった。市議会議員選挙は、元市長も出馬するという異例もあり、定数26名に28名が立候補し、2名が落選する。
 カラス(ウグイス嬢に対し、男性アナウンスはカ ラス)をやりつつ、市内をまわっていると、早速ポスターへのイタズラを発見。目を隠すようにマジックで線が引かれている。嫌がらせするにも、やり方が汚い。

Cimg1812 12時過ぎ、事務所近くの「スタンド割烹 紬」(電話:025-552-4838)にて昼食。
 揚げたての具がたっぷりのかき揚げ、冷や奴、秋刀魚の煮物、豚汁という豪華メニューで思わずご飯をおかわりしてしまった。

Cimg1809 13時から再度、市内での街宣活動。
 合併後、初めて選挙区制を無くしての一括選挙区で広くなったためか、他の候補者の街宣車とあまり出会わないのが不思議であり、また盛り上がり感もない。
 カラスをやりつつ、所々で応援演説をして街頭での訴えを行う。

Cimg1816  15時過ぎ、創業27年という「喫茶 古麻樹」(電話:025-55 5-3780)で休憩タイム。メニューのなか、非常に気になった「ベトナムコーヒー 600円」を注文してみたところ、グラスの底には練乳が沈み、その上にかなり苦みの濃い特製ブレンドのホットコーヒーが注がれた二層コーヒーであった。
 苦みと甘みを両方楽しめ、すっかり気に入ってしまった。

 休憩後から18時過ぎまで、街宣、街頭演説を行う。途中、スーパーに寄りながら、関西圏マーケットである糸魚川で入手できる納豆を購入しつつ、買い物に来ている方や店員の方と雑談。当然、選挙の話もでてしまう。

Cimg1820 選挙事務所に戻り、「スタンド割烹 紬」(電話:025-552-4838)の弁当、もずくスープ、支持者の方からの差し入れのたこ足天ぷら、イカ飯、漬け物などで夕食。さすがにイカ飯はイカが新鮮な事に加え、餅米の独特な味付けが、漁師のまちらしく力強い。今回も思いっきり食べ過ぎた。

 眠気と戦いながら、愛車で帰路につき、20時、事務所に到着。今日、会社にいなかった分貯まった仕事を処理する。

2009年4月13日 (月)

議会運営委員会開催
議員定数削減の議論なし

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鰺のひらき、しらすおろしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時から9時過ぎまで、事務所に来客。何件かの仕事の依頼を頂戴する。

Cimg1803_2  市役所に移動し、10時から議会運営委員会に出席。
 議題は、一会派の合併による会派議員控室の調整と議会委員会条例の一部改正(11会派から10会派になったため、議会運営委員会が11人から10人。次の議会初日で議決予定)、議会慶弔内規の一部改正である。
 会派議員控室の件は、調整がつかずに次回持ち越し。
 議会慶弔については、会田市長は市政功労者表彰を15年から10年に短くする提案(より多くの方にあげたいのであろう)を行ってきたことから、これまで議会として10年で行ってきた議員勤続表彰を10年を15年に変更したいというものである。

「柏崎市議会慶弔内規一部改正(案)」(pdf形式)

 今回の改正をそのまま適用すると2回同じことを表彰される方もでてくるため、経過措置の提案もしたが、議員の表彰自体をやめるべきではないか、との意見がでてきたため、議会自体での議員の表彰を廃止にすることに賛同。
 また、市長側からの10年目の表彰についても、辞退すべきという提案をし、次回の議会運営委員会に各会派の回答(賛否)を持ち寄ることとなった。

・議会内の柏崎市議会議員表彰→廃止
・柏崎市からの市政功労者表彰→
辞退

 予定されていた議題が終わったので、先の議会で継続審査となった「請第2号 柏崎市議会議員定数の削減に関する請願」の審議をなぜ今回行わないのか、発言しようとしたところ議会運営委員長からとんでもない発言があった。

 「現在、『継続審査』となっている請願の審査ですが、このまま流すことで皆さん宜しゅうございますか。賛否をとりたいと思います。」

 はぁ? 本来であれば、先の議会終了後初めてとなる、今回の議会運営委員会で審査しなければならない事項である。
 すかさず次のように発言した。

 「我が会派は、先の請願に対し、『継続審査』の反対、つまりキチンと採決すべきという立場をとりました。しかし、議会として『継続審査』が多数となった結果であります。本来であれば、『継続審査』に賛成した方から、議論すべきという声を挙げるべきでありませんか?次回開催予定の議会運営委員会の場で審査することを要望します。」

 平成会、公明党、民友からも同様の意見がでたことで、次回の議会運営委員会、

 平成21年5月19日(火)10時~

で請願の審査が行われることになった。

 12時、自宅に戻り、冷凍うどんとひきわり納豆、コロッケで作った納豆うどんで昼食をとる。

 13時から15時まで、市内での依頼された修理業務などを行う。調子が悪いパソコンを数台みたが、本体内のほこりが尋常ではなく、ファンの吸い込み部分にフィルターを追加した。

Cimg1804  15時、16時、17時と事務所への来客が続き、その後は事務所で懇談。
 カレーコロッケ、牛肉コロッケ、青森地鶏の唐揚げ、冷凍しておいた茶豆などを中心にビールなどを飲みながら、情報交換などを行う。

 23時、納豆茶漬けをシメにすすったのち、酔っていてもできる事務仕事に没頭する。

2009年4月12日 (日)

09日野市長選挙投開票日
09糸魚川市議会議員選挙告示

 昨日の街頭演説で喉が疲れていたにも関わらず、カラオケでは「ウルトラマンレオ」や「ダッタン人の踊り」など歌い、2時、自宅に戻る。1時間ほどゆっくりと風呂に入ったのち、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、辛子明太子、笹かまぼこでご飯2杯の朝食をとる。

 9時から12時過ぎまで、事務所でパソコン修理などの貯まった仕事をこなす。

 今日から新潟県糸魚川市議会議員選挙が告示となっており、14日から2日間ほど仲間である五十嵐哲夫候補(現市議会議員)の手伝いに行くため、仕事を前倒しする。

 13時、冷凍うどんとひきわり納豆で作った納豆うどんで昼食。

 14時から16時過ぎまで、市内某所で継続的なイベントか小さなお店をやりたい、という若いカップルと打ち合わせ。出来る限り夢は叶えてあげたいが、先立つ予算が必要なのも現実である。補助金制度などを紹介し、まずは一歩前に進んでもらった。

 17時から柏崎青年会議所のエネルギー環境問題検討委員会の委員長と二人でプレゼンテーション資料についての打ち合わせ。

Cimg1802  18時30分、 「中華料理店 ハルビン」(電話:0257-32-8158)にて、某商店街振興会の皆さんとの意見交換を兼ねた懇親会。
 飲んでるときに「やろう!」と威勢の良い声はでるが、実際には進まないことが多いとのT氏の指摘もあり、かなり突っ込んだ内容まで話す時間となった。

 22時過ぎ、自宅に戻る。

Cimg1763 2日間だけであったが、渡辺眞候補のお手伝いにあがった日野市長選挙。
 開票結果は有権者数13万9787人(男性:7万0527人 女性:6万9260人)のち、投票者は6万5111人、投票率46.58%で、

当 馬場ひろみち 現職 35059
  くぼた之喜  新人 19228
  渡辺眞    新人  9909

という残念な結果に終わった。無念である。
 現職でもあり、自民党から社民党まで市議会オール与党体制の組織選挙は、かなり強かったといえる。

2009年4月11日 (土)

09日野市長選挙応援2日目

 2時過ぎ、原稿の送信を終え、そのままソファで仮眠。

 6時に起床し、ブログの書き込みやメールの返信などを行いつつ、コンビニで買っておいた納豆巻き1本、16品目サラダに加え、インターネットカフェには珍しく置いてあった若布スープで軽い朝食をとる。

Cimg1774  7時、高幡不動駅前で渡辺眞候補(前・日野市議会議員)と合流し、スピーカを使った街頭演説ができない時間、駅前での挨拶活動などを行う。

「渡辺眞パンフレット」(pdf形式)

 ありがたいことに、 「最後まで頑張って下さいっ!!」と声をかけにきてくれる方もおり、嬉しい朝の活動となった。その後、8時になった段階で街宣車のスピーカーを使っての街頭演説。

Cimg1775  一旦事務所に戻り、神棚への礼拝を行ったのち、最終日のミーティングを行う。
 朝食を食べずに来た方も多いようで、事務所で朝食会となり、つられて小さなカップそば「緑のたぬき」を1個食べる。

Cimg1786  9時から確認団体用の街宣車に乗り込み、ずっとマイクを握ったままの活動。
*写真は、候補者街宣車。Z旗を揚げて走る。
 確認団体は候補者の名前を連呼できるわけではないため、公職選挙法に抵触しないよう、喋る内容にも気を遣うところである。
 また、隣接した自治体(府中市、国立市、立川市、昭島市、八王子市、多摩市)も多く、日野市内だけをまわるよう注意をはらう。

Cimg1777  途中、学生時代によく通った百草ショッピングセンターに寄っての休憩。小さなスーパーに加え、肉屋さん、総菜屋さん、喫茶店、電気店などの商店がところ狭しと並ぶ、昭和の香りがするところである。
 懐かしの肉屋さんで、「特製コロッケ」「豚レバー唐揚げ」を購入し、食べながら市長選挙の話で盛り上がる。

Cimg1778 ショッピングセンター内をウロウロとしていると、定額給付金配布に伴う日野市のプレミアム付き商品券「新カワセミ商品券」の販売ブースを見つけた。
 15%のプレミアムがついており、発行総額は2億3000万円。1000円券と500円券での綴りになっている。
 人口18万人のまちとしては発行額が多少少ないのではないかと感じたところである。

 休憩ののち、引き続き確認団体の街宣車での活動。気のせいか、手を振ってくれる方も昨日よりも多く感じる。

Cimg1779  12時40分、選挙事務所に戻っての昼食。
 多くの支援者の方、手作りの梅干しまぶしおにぎりや和菓子、総菜などの差し入れをもってお越しになっており、テーブルの上は華やかになっていた。
 なかでも、春を表現したという粒あんの手作り和菓子は、その見た目といい、ほんのりした上品な甘さといいプロ級であった。
 差し入れの食べ物ですっかり満腹になって、13時20分、今度は候補者の街宣車に乗り込み、街宣活動に出発。

 最終日となるため、日野市内をくまなく周り、要所要所で街頭演説を行う。
 今回の日野市長選挙は、自民党から社民党までが相乗りする4期目挑戦の現職・馬場弘融氏(63)、無所属候補・窪田之喜氏(64)、そして渡辺眞候補(前・日野市議会議員、63)の3名が争っている。
 争点は色々あれど、大きくは次の3点ほどである。

1.オール与党体制と多選防止
 自民党から社民党まで相乗りという異常な状態になっており、しかも3期12年の長期政権であるため、一区切りすべきではないか。

*渡辺候補は、多選禁止条例(3期まで)を制定する公約を揚げた。

2.立川市からのゴミの受け入れ
 ゴミ有料化をしていない立川市からの年間約5万トンのゴミを受け入れるために、大型焼却炉(国庫補助など抜き、約100億円の市の単費)を作るか否か。日野市はゴミ有料化を行っており、年間約3万6000トン。

*この件に反対し、渡辺候補は自民党系会派を離脱、自民党も脱党。

3.赤字続きの市民病院の今後

Cimg1797 17時30分、一旦、事務所に戻り、夕食。
 渡辺眞候補の妹さんがお作りになった、ざるそばを頂く。薬味として、刻んだ長葱、大葉、茗荷があったので、たっぷりと入れ、気合い?も入れる。

Cimg1799 19時30分から日野駅前ロータリーで最後の街頭演説。
 これまでの街頭での応援演説で主張していたことを、さらに整理し、約8分間の応援演説を行った。
 続いて、地方議員の同志である東京都中央区議会の二瓶文隆議員、東京都国立市議会の井上健議員も駆け付けて応援演説、最後に候補者本人がこれまででも一番熱いと言える内容で訴えを行い、選挙戦は終了。
 あとは天命を待つのみである。

 選挙事務所に戻り、挨拶をしてから帰路につく。

 運転の最中、強烈な睡魔と戦いながら23時40分、自宅に到着。某集まりの2次会に呼ばれていたので、そのまま市内の某スナックに移動する。

2009年4月10日 (金)

ヤングが知らない「浜ぼうふ」
柏崎の海が失ったもの。

 2時、仕事に見通しがついたので、東京に向かって愛車で移動する。

Cimg1801  5時から7時まで車中にて仮眠ののち、群馬県伊勢崎市の伊藤純子議員と待ち合わせて、東京都日野市長選挙(平成21年4月12日投開票)に出馬している渡辺眞候補(前・日野市議会議員)の選挙事務所に向かう。

 渡辺眞候補は、平成19年7月16日の中越沖地震の際、柏崎までこられ、拙宅の駐車場にて寝泊まりし、瓦礫の片付けをはじめ、危険家屋に入っての荷物の取り出しなどにご尽力頂いた。従来からの交流に加え、その恩返しもあり、手足となるべく手伝いにあがった次第である。

「渡辺眞パンフレット」(pdf形式)

 8時から10時30分まで、街宣活動。学生時代に長く住んだ日野市だけに懐かしい風景にも数多く出会う。

Cimg1752  10時40分、運転手交代などがあるため、一旦、事務所に戻り、とにかく腹に入れば良いと、朝食?として「ニュータッチ 懐かしの高菜とんこつ」をすする。乾燥野菜として、高菜が大量に入っているものの、安っぽい油で揚げた麺が気になるところ。

 その後、街宣活動を行う。ウグイス嬢の連呼に、渡辺眞候補の政策を盛り込んだ合いの手を入れる。

Cimg1754  12時30分、事務所に戻り、焼肉弁当、若布と蛸の酢の物、煮豆などで昼食をとる。差し入れの筍ご飯のおにぎりや沢庵などもあり、すすめられるがまま食べていたら、すっかり満腹となり、動くのもつらいほどとなってしまった。

Cimg1762 13時から街宣活動。各地での街頭演説に、日野市で青春時代を過ごした者として、また地方議会に関わる者として応援演説を行う。
 ある場所で応援演説をしていたところ、上越市出身という方に出会って激励をもらい、またある場所では、私の母校である東電学園(日野市百草)を知っている方とも出会い、世間の狭さとご縁の面白さを痛感した。

Cimg1773 18時、事務所に戻り、渡辺眞候補の妹さんが作ってくれた味噌汁とともに、筍ご飯のおにぎりやそのほかのおにぎり(たらこ、紅しゃけ)、グレープフルーツ、差し入れのファミリーマートの「Wクリームエクレア」で夕食をとる。選挙の応援にきたのか、太りにきたのか分からなくなってしまった。

 食後は街宣部隊を交代し、20時過ぎまで事務所の留守番。
 お手伝いに来ている「新しい教科書を作る会」の皆さんをはじめ、色々な方と交流させてもらう。柏崎というと、必ず原子力や拉致の話題になるため、本当のところをお話する。特に原子力の仕組みについて説明すると、

 「もっとこういう事、学校で教えてくれなきゃ」

というご意見であった。漠然と「原子力は怖い」という魔法にかかった状態は、エネルギー資源の乏しい我が国にとって、好ましいことでない。
 また、 「女性専用車両に反対する会」の方もいらっしゃり、面白いお話を聞けた。個人的にも一度、知らずに女性専用車両の停車口近くにいただけで、なぜか駅員に大きな声で注意された事があり、漠然とした違和感をもっていたところであった。外国からこの状態を見れば、日本人の男性は、女性に痴漢や暴行を働く者が多いから、女性専用車両があるのだと誤解されるところであろう。こういった事には、男女共同参画の活動家はどう答えるのか、じっくりと聞いてみたいところである。

 21時、府中市に移動し、高校時代以来の恩師のご自宅にお邪魔して、懇談。犬好きの恩師であるが、新しく飼い始めた甲斐犬の雑種(黒)がおり、恩師へのその甘えっぷりに亡き豆柴の愛犬を思い出す。
 また、読んでみると良いと恩師から2冊の本を頂戴した。

 22時過ぎに高幡不動駅周辺に戻り、待ち合わせをしていた某企画会社のN氏と痛飲。

 24時、駅近くのインターネットカフェに入り、原稿の推敲などを行う。

 先日の柏崎青年会議所の例会「趣味で柏崎改造計画」で、「海の柏崎」と言われる柏崎が失った大事な海の資産として「浜ぼうふ」を紹介した。
 世代的にも知っている人が少なく、それが逆に柏崎が失ったものの証左であった。
 「浜ぼうふ」に関する当時の状況を知る資料として、前川政三郎編著『海の柏崎 よもやま話』の一部を以下に引用する。


○浜ぼうふを掘る

 海辺の柏崎は雪が積ると云う程ではないが、それでも雪から開放された春一番の私
の行動は、浜ぼうふ掘りから始まる。
 浜ぼうふは、以前は柏崎の海岸線の至る処にあったか、今はそうやたらにない。従ってその香も忘れて、これを掘りに行く人も趣く限られている。じつはそれでよいのだ。春の山菜探りや秋のきのこ探りのように、ものよりも人数が多くてはたまらない。
 だいたい今のヤング達は、ぼうふと云っても何んのことやら、ぼうふ掘りの魅力は知るまい。お蔭でこちらは肋かる。
 私のぼうふ探りは最近柏崎市の区域をはずれる。米山峠を越えて、あちらの浜辺に行く。米峰をあちら側から見る。暖かい日を選んで行くのだが、山に雪のあるうちは寒い。 おまけに浜はどうしても浜風があるから陽が輝いていても寒い。
 ぼうふの存在は大体渚から千米位が限界でなかろうか。従って渚近くのものは強風で砂はとばされ、荒波に根は洗われてみじめそのものである。それを見ると私も、折角ぼうふ掘りに来ていなから、掘る手を躊躇せざるを得ない。
 砂の余計ある処は、それでも青々として大きな葉を砂から顔出している。成長のおくれているものは葉は黄色味を帯びているが、余り小さい新芽なので、砂を手でならさねば発見しにくい。
 かたまって無数にある場所へ行って、どっかり砂場に膝つくか、私のように膝の故障で膝付けぬ者は寝転んで、その葉の囲りに手シャベルを入れる。掘られた小穴に砂がこぼれこぼれして、漸くぼうふの茎が出る。白い茎だ。魚釣りの糸をたぐって銀鱗がひらめくのを見たように、このぼうふの白い茎が見え出すと心がおどる。香もつーんと鼻にきて、この辺かぼうふ掘りの醍醐味と云うべきか。掘る程に黒い根が出てくる。その根は下に延びて段々太くなる。時には黒根にコブがあるのかある。
 私はこのコブが何んのためにあるのか知らない。前年ここから根切られて脇芽が出たと考えるのか妥当だろうが、私は砂漠を歩く騒舵の背中から追想して、やはりぼうふも炎天下水分が枯れた熱砂の時、補給する水槽みたいのものが必要だと、知らぬが仏の一人合点もしてみる。
 それ程にしてと決めてはいけないが、とにかく生き抜いて来たぼうふだ。その根は欲張って切ってはならぬ。来年のために残さぬばならぬ。いやこの種の滅亡を保護せねばならぬ。前記ぼうふの採収場所を明記しなかったのも、心なしの人の乱採を防ぎたいからである。
 きいた風のことをいうが、やはり私達明治年代生れの者にとっては、このぼうふの香りはうせない。遠慮し、遠慮しつつ知らぬ間にポリ馬尻一杯にする。ここを限界とする為に、予め予備のポリ袋も持たぬ。後は砂場にあお向けになって、碧い海と青い空を見る。雲雀が盛んにさえずっている。「声はすれども姿は見えず」でもない。汐の香を含んだ大気のオゾンを一杯吸い込んで、冬中蟄居のよごれた自分の肺臓を一掃除する。ハマヒルガオ・ハマエンドウ・ハマタザオ・ハマダイコン・スミレ・タンポポ、こう云った野草が、ぼうふよりはもう少し渚を離れ内陸に咲いていて、これに眼を向けることは私にとっては派手な桜の花吹雪に勝って好ましい。
 いくらでもとればとれるものを自ら制限したぼうふは、家に持ち帰っては貴重なものだ。一流料亭ではその新芽をさしみのつまに使うが、私の家では新芽も茎も生のままマヨネーズをかけたり、酢味噌合えにして両三日の食膳を飾る。これでは使い切れぬ筈のぼうふの余分は、ほんとは粕漬けにでもすればおいしく、楽しみも又何時までも続くものを、何はさて置き近所の老人宅にくばるのを常とする。年に一度のこの行事みたいのものは、「初ものを食べると七十五日長生きする」と、人に喜ばれ、自分達も又、今年も達者なりのあかしとして嬉しく思うのである。

2009年4月 9日 (木)

第22回新潟JCフォーラム
「どうなる日本の食料!」

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鶏肉の挽肉そぼろの卵とじ、大根サラダでご飯2杯の朝食をとる。

 明日から2日間ほど家を空けるため、午前中は家のことや前倒しでできる仕事を片付ける。

Cimg1743_3 いつも会議に持ち歩いているデジタルメモ「ポメラ」DM10の愛機が、ファームウェアのバージョンアップ作業から返ってきた。いままではVer1.0.1であり、今回の作業によりVer.1.1.0となった。
 主な変更点は以下とのこと。


1.ローマ字・かな入力状態が電源OFFされても保持されるようにしました。
2.カナ漢モードで「SHIFT+無変換」操作により全角英数字を入力できるようにしました。
3.変換候補を数字キーで選択できるようにしました。
4.「ファイル名の変更」時に半角「.」(ドット)を入力するとテキストデータが「ポメラ」で読めなくなる現象を修正しました。
5.UNDOを含んだ、ある特定操作を行うとポメラが正常動作しなくなる現象を修正しました。


 12時、バタートースト、粗挽きウインナー、野菜ジュース、グレープフルーツジュースで昼食をとる。

 13時過ぎ、長岡市に向かって、愛車で移動。

 14時、長岡市内の某社にて打ち合わせ。ビジネスモデルの再確認と、相手国との調整事項の確認などを行う。

Cimg1744  打ち合わせ終了後、新潟市に移動し、新潟県水産海洋研究所を訪れる。
 今週初めにほしいデータを海洋課の課長にお願いしていたところ、海洋課の専任研究員の方からデータと、その詳しい説明をして頂いた。ありがたい限りである。データの詳細は、柏崎青年会議所の来月の例会で発表となる。

Cimg1745  新潟県水産海洋研究所から新潟駅に向かう途中、ふと大きな石碑が見えたので、車を駐めて近くに寄ってみた。
 場所としては、内野小学校前にあるバス停脇といったところで、石碑の正面には大きく「忠魂碑」とあり、「国務大臣 大野伴睦」とも書かれていた。また側面には、「戦歿者一覧」があり、昭和28年の建立とあるため、大東亜戦争の戦歿者慰霊塔と思われる。
 後年のためにも、是非、こういった慰霊塔などには教育委員会主導で説明パネルをつけてほしいと思う。
 ちなみに、大野伴睦の名言、

「猿は木から落ちても猿、
  代議士は選挙に落ちればただの人」

は未だに語り継がれ、すっかり定着している。

Cimg1746  17時、新潟市内の某経営者と安い回転寿司屋で夕食をとりながら意見交換。喫茶店に入ろうかどうか迷う時間帯であり、なぜか回転寿司となった。
 久しぶりの回転寿司であるが、最近流行のネタは一切食べず、ひたすら鰯やしめ鯖などの青魚系とミル貝、納豆巻きなどを食べる。一皿100円とはいえ、鰯は1カンに半身が乗っており、お得な感じで4皿も食べてしまった。計15皿を完食し、眠気が襲ってきた。

Cimg1749  18時過ぎ、新潟市万代市民会館に到着。新潟青年会議所の「第22回新潟JCフォーラム」であり、以前からお世話になっている小池松次先生が講師として来られているため、柏崎名物として「明治饅頭」を持参し、ご挨拶をさせてもらった。
 今回のテーマは、 「どうなる日本の食料!~日本人が生き残るための真の食料問題とは~」となっており、小池先生の最新の著書『餓死迫る日本』による講師依頼であったと思われるが、小池先生の面白さはやはり教育問題である。
 機会があれば、柏崎でも是非、教育問題のご講演を!とお話させてもらい、日野市長選挙の応援のため、失礼させてもらうことをお詫びして、会場を後にした。

 また、会場では、昨年の日本青年会議所北陸信越地区新潟ブロック協議会への出向時にお世話になったT谷氏にご案内頂いたので非常に助かり、司会の準備をしていた同い年の新潟県議会・大渕健議員とも久しぶりに会えた。

 新潟市内で別件の用事を済ませたのち、柏崎に戻る。

 21時、事務所に戻る、本来は新潟市からそのまま東京へ移動予定であったが、急な仕事の依頼が入り、事務仕事。

2009年4月 8日 (水)

商工会議所との意見交換会
平成21年度倫理経営講演会@長岡西

 介護や仕事で4時から仮眠。

Cimg1727  6時、起床。1時間寝坊をしてしまい、あわててシーユース雷音に移動し、柏崎市倫理法人会の経営者モーニングセミナーに出席する。
 今日の講師は、十日町市倫理法人会の会長でもある、株式会社フラワーホームの藤田真実社長。講演テーマは、 「失敗して 失敗して 社員から オーナー様から 社会からいい と言われる会社をつくります。」である。


1.倫理法人会とのご縁
2.昭和58年6月  フラワーホームを創業
3.藤田真実の事業観
4.フラワーホームの理念
5.失敗して経営危機へ
1)健康機器の販売
2)在宅パソコン学習
  地区代理店になったこと
3)フランス料理店の開業
4)三俣高原ペンション建築
5)遠方での受注
6)長岡ニュータウン 2棟分譲
6.学んだこと
1)不相応
2)本業第一
3)得意なこと、好きなことを一生懸命する
7.なぜ再建できたか
8.売り物が決まる
1)私が住みたい家をつくります。
2)私が住みたい街をつくります。
3)顔のある建物をつくります。
4)店舗は儲かるお店で競争します。
9.フラワーホームの街づくり
1)鳥と花と人の物語
  フラワーパーク太子堂 15区画
2)フラワーパークやまと 11区画
3)フラワーパーク高山 第一期 8区画
            第二期 8区画
10.フラワー通信
1)会社の宣伝はしない。
2)手書き
3)手配り
11.「魚沼の家」ができた
12.フラワーホームのお客様は
13.社員は家族 オーナー様と協力業者は身内
14.倫理法人会 会長職はあずかりもの


 7時過ぎ、自宅に戻り、祖母の朝食を用意するとともに、大粒納豆、目玉焼き、粗挽きソーセージ、トマトでご飯2杯の朝食をとる。

 9時から11時過ぎまで市内某所にて、打ち合わせ。

 12時、市内での買い物をすませたのち、自宅に戻って、味噌汁と冷ご飯、冷蔵庫にあった煮物、ひきわり納豆、生卵を使っておじやを作り、祖母とともに昼食。

 13時、事務所に来客。所有のビデオコレクションをDVDに変換してほしい、との依頼であった。

Cimg1728  14時、市役所に移動し、文教経済常任委員会・柏崎商工会議所意見交換会に傍聴出席する。
 最初に、議会側から文教経済常任委員会委員長の挨拶ののち、委員メンバーの自己紹介。続いて、柏崎の産業全体の状況を含め商工会議所・松村会頭、電気自動車などの次世代の事業創造にかける西川副会頭、建設業を含めた今後の柏崎の産業界の見通し、そして柏崎市の一般入札制度の矛盾をお話になった三井田副会頭からのご挨拶、出席者(正副会頭、部会長)の自己紹介および各部会毎の経済・雇用情勢についての説明があった。

【小売・商業部会】
・長岡市、糸魚川市など他市の入札に呼ばれたことはなく、柏崎市は地元企業を保護せず、他市の事業者が参入してきているのが実態。
・柏崎のまちの特徴を生かした、都市間競争ができていないのではないか。
・市職員の採用試験や人事の選考はどのようにやっているのか質問したい。

 → 今年は29名を採用。一般事務大卒10名、短大1名、社会人9名、保育士1名、消防8名。職種ごとに採用試験を行っており、第一次が筆記、第二次、第三次が面接試験となっている。消防は、筆記に加え体力テストを行っている。
 かつて一般事務も体力テストを行っていたが、ここ最近(5~6年)は行っていない。
  (人事課長)

【卸商業部会】
・卸といっても業種は多岐にわたり、小売が売り上げの大半を補っている会社もある。
・自動車の燃料だけではなく、工業用の油もおろしているため、工業界、製造業と売り上げが連動し、6割までダウンしてきている。
・国内の売り上げダウンから輸出に切り替えるところもでてきている。
・少し小売の話に触れれば、柏崎への定額給付(14億4000万円)に伴う柏崎市のプレミアム商品券の発行3億円は少なかったのではないかと思う。

【機械金属工業部会】
・今、金曜日を休みにしており、3日出勤、4日休暇にしている会社もある。雇用に関する助成がでたところで、雇用の維持は難しい。自分の経営が何をしたからではなく、世界の情勢でこうなったのであり、自分でも答えはまだない。
・過剰在庫がなくなるまでは動かないため、6月、7月には少し好転するかという期待はある。
・マイスターカレッジによる従業員のレベルアップ、新入社員の教育などできることから、企業としての次のステップを用意している。この状況を少しでもプラスに変えたい。
・柏崎は受注企業が多いので、大いにアピールし受注したいが、なかなか成果に結びついていない。
・柏崎刈羽原子力発電所からの地元企業への発注も増えてきているが、もう少し広がればと思っている。
・不況のときこそ、前向きになるべきという勉強会を行い、気持ちはもっているが、現実がついていっていない。

【一般工業部会】
・色々業種があるが、とりあえず自分の印刷業界のことをお話したい。
・中越沖地震の報告書を見てもらえれば分かるように、市外の業者で印刷しており、デザインだけは市内の3業者が行った。市内業者でJVを組むから、柏崎市からの発注がほしいと言ったが、柏崎市からは取り合ってもらえなかった。中越沖地震で被害を受けているからこそ、JVで地元企業に仕事を頂きたかった。
・市外業者の話でいれば、これまで小国で仕事もしていたが、長岡市と合併したことで、柏崎市の業者は入れず、長岡市内の業者の独占となった。
・柏崎市の定額給付金の封筒は、柏崎市内の業者が見積もりをしたが、結局は市外業者に仕事が発注されてしまった。しかもその市外業者は封筒業者に丸投げの状況。
・柏崎市内のイベントなどの寄付金や協賛金は市内業者に来るが、仕事は市外にでているのはどうかと思う。

【総合建設部会】
・中越沖地震でなんとか一息つけた。地震前は平成7年度がピークで、最大45%のマイナスであった。
・柏崎市内では、公共土木工事をメインにしている会社が多くある。
・この4月以降は、9割以上の中越沖地震関係の復旧工事が終わるため、中越沖地震前以上の厳しさになる。今年、倒産や自主廃業もあるとみている。
・建設業とは何たるものか、と本業回帰を考えている。その一方、倒産を防ぐため、農業をはじめ新規事業にも取り組む会社がある。
・人を雇っている以上、簡単に会社をたたむわけにはいかないので、地域とともに歩んでいきたい。

【一般建設部会】
・地震の対応について、相談のブースがあり、建築士会もついていたことは柏崎市の良かった点であった。他の自治体ではかなり手こずった。
・これから先の仕事がない、これが一番の問題。
・公共工事の支払い決済を早くしてほしい。
・分離発注などきめ細かい発注を地元企業にだしてほしい。
・今年は、職人フェアを行う。ご協力いただきたい。

【交通部会】
・タクシー、バス、運輸、自動車販売、自動車修理などの部会。
・タクシー業界は、新潟市の大手老舗2社が倒産したように厳しい。規制緩和で増えたので、減車を検討している状況。
・バス業界は路線バスで新車をおろしても商売にならず、関東で使えなくなった中古車を再生して使っている状況。
・運輸業界は、貨物業の減少による仕事の取り合い、低価格化が進んでおり、さらに燃料代が負担となっている。
・自動車販売については、今年度は乗用車が前年比3割減、トラックは5割減、中古車もこの時期(入学や就職、異動)に売れるはずが売れない。インターネットによる個人売買で、消費税がかからない選択をする人が増えている。
・中古車でも使える中古車は海外に輸出していたが、円高により海外の状況も変わってきている。
・自動車整備などに関しては、不況により車を比較的に長く乗るようになってきており、車検などである程度の収入は確保できている。
・板金、塗装業界などは、小雪だったこともあり、仕事がすいている。例年は、雪による事故などでかなりの仕事量が発生している。

【金融部会】
・中越沖地震による制度融資など38億円以上の融資が発生しており、産業活性化資金で44億円もあり、かなりの資金が入っている。
・金融業界としても、貸出先企業をまわり、相談にのっている。限界まで借りていても、返済額を調整するなどの対策を行っている。
・復興にかかわる制度融資は一巡したと見ている。
・住宅ローン関係の問題が発生してきており、ボーナス併用型で借り入れした方などが厳しくなってきている。

【サービス部会】
・美容室に限っていえば、人間を多く使っている店は少なく、組合に加盟もしない店が増えている。ただ、美容室自体は増えてきており、柏崎市の人口が増加しないため、苦しい競争をしている。値上げもせず、値下げダンピングをしてきており、良い仕事ができない状況。
・まちの中の人口で成り立つのは難しくなってきている。イベントなどを使ってうまく市外からの経済を流れを作る必要があるのではないか。
・定額給付金に伴うプレアム商品券など早く出回ってほしい。ドンドン地元で使うよう盛り上げてほしい。

【所業部会】
・経営状況を見ると全国平均よりは多少は良いという感覚はある。
・市民のなかには、4人家族で月収20万円や家は建てたがローンが払えず、手放す例も多い。またモチベーションもなくなってきており、大変なものがある。
・交付金、助成金で中越沖地震を乗り切ることはできたが、長期的な視点では生活防衛から抜け出せないという感がある。
・外に打ってでる企業を公が助成など厚い支援を行うべきではないか。
・生活防衛のみに陥らないよう、環境エネルギーで柏崎の本当の復興を目指すべきと思う。
・公設のマーケットを作るなどの新しい仕掛けも必要ではないか。

 各部会からのご説明のあと、プレミアム商品券のついての議論が沸騰した。その中心は、金額3億円が多いか少ないか。
 個人的には、もっと根本的なところに意見があり、本当に地元で使ってもらいたい制度であれば、台湾の定額給付(消費券3600台湾ドル 約10100円)のように

・全額、期限付き(今年9月末)商品券で配布。
 → 貯金ができない。
・おつりが出ない商品券に設定。
 → 現金を追加して高いものを購入。
・消費券利用の客には、商工会のような組織で
 さらなる割引販売を提唱。

という検討があっても良かったのではないかと思う。
 その他、鉄道網の話がでたため、発言したかったが、あくまで傍聴出席であったため、発言指名をもらえず、終了となった。

 17時、市内某社玄関に柏崎市倫理法人会のメンバーと待ち合わせをし、その後、長岡市に移動。

Cimg1729 18時、長岡グランドホテルに到着し、長岡西倫理法人会主催の倫理経営講演会に出席する。
 冒頭は長岡西倫理法人会役員による朝礼の実践であった。さすがにキビキビした動きで、「ハイッ!」の返事も大きい。
 講演会の講師は横田保法人局参事、テーマは「日本創生の心~朝礼が企業を変える~」である。
Cimg1730  現在73歳の横田保氏は県内の中之島出身。15歳で東京に集団就職し、22歳で独立し、当初は理容店のみを開業したという。そのうちパーマが登場し、単価も高いことから事業を拡大していったという。
 最近の若い人に対し、以下のことを強く話すそうである。

「夢は逃げない、
 夢から逃げる奴がいる」


実践こそ人生に勝利する
今、自分で実践している事

①あいさつの実践
②感謝の生活の実践
③家族の絆を深める実践
④明朗の実践
⑤愛和の実践
⑥喜働の実践
⑦約束を守る実践
⑧早寝、早起きの実践
⑨ハイの実践
⑩お仏壇への実践


 講演の途中であったが、別件があるため19時に中座させてもらう。

 柏崎に戻り、遅刻したものの19時40分から某町内の集会に出席。陳情に加え、市政に関する色々な問いかけを頂戴した。

 21時、自宅に戻り、おにぎり2個(五斗納豆、昆布)、鮭のムニエルで夕食をとる。

 22時から事務所にて、依頼された資料を冊子にまとめるならの事務作業を行う。

2009年4月 7日 (火)

平成21年度柏崎小学校入学式
柏崎青年会議所「趣味で柏崎改造計画」

 2時過ぎから4時まで祖母の介護をし、5時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、ほぐし紅鮭、菜の花のおひたしでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg1721  9時40分、母校である柏崎市立柏崎小学校に移動。他の来賓の方と校長室で懇談しているなか、地域をあげて、小学校入学1学年を100人にすべきではないか、との提案がだされた。真剣にそういった事を考えるべき時期であろう。
 10時から平成21年度柏崎市立柏崎小学校入学式に出席。
 78名の元気な新一年生が入学となった。顔なじみの子も多いので、感慨深い。

 11時、事務所に戻り、会社関係の仕事。年度初めだからなのか、パソコン関係の依頼が多い。

 13時、事務所で差し入れにもらった唐揚げ弁当を食べながら、打ち合わせ。相談は受けてものの、現時点ではできない事などを確認する。

 17時、事務所に来客。

Cimg1724  19時、柏崎商工会議所に移動。遅刻してしまったが、柏崎青年会議所の4月公開例会「趣味で柏崎改造計画」に参加する。
 今回の公開例会は、 (有)NAMARAエンーターテイメント・代表取締役 江口歩氏を講師にお迎えして、趣味を通して柏崎を変えていこうというもの。
 第一部の講演には間に合わなかったが、第二部の「趣味で柏崎ミーティング」から参加でき、グループ分けは「スローライフA」グループであった。もちろん、一般参加者と一緒である。
Cimg1725  「俺ならこーする!柏崎」のテーマで個人がアイデアを出し合い、そのアイデアをグループで絞って発表するという内容。
 「スローライフA」グループでは、「生命(いのち)のまちづくり」というテーマに決め、これまでの農業に加え、消えた浜辺の農業などを、若者が老人(ジェロントロジーの考えも入れ)の知恵、経験を聞きながら実践し、かつ若者も男女が一緒に作業することによって、出会いの場になるというもの。実際の作物としては、浜ぼうふや浜の西瓜、こしあぶら、タラの芽などを提案した。
 各グループの発表はかなり盛り上がり、「まちづくりA」グループから「柏崎を鎖国にして、秘境にする」というものや、「祭り・イベントA」グループからは「男女が服装を入れ替える奇祭」の提案などもあった。

 21時過ぎ、熱気で会場がムンムンとなり、予定をオーバーして「趣味で柏崎改造計画」が終了。後片付けを手伝ったのち、自宅に戻る。懇親会のお誘いもあったが、原稿の締め切りもあり、失礼させてもらった。

Cimg1726  22時過ぎ、自宅に戻り、冷蔵庫のなかに残っていたおかず類、ひきわり納豆をご飯にのせ、サルサ・デスソースとガラムマサラで激辛にしたカレーをかけて夕食にする。
 食後から、事務所にこもり、原稿を書く。書きたいことがありすぎて、文章を削るのがきつい。

2009年4月 6日 (月)

平成21年度第一中学校入学式
温家宝首相:ウルトラマンたたき

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、山芋とろろ、目玉焼きでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg1716  午前中は、会社関係や政治に関する問い合わせ(アタチュルク像、家庭ごみ有料化)が相次ぎ、事務所での仕事に終始する。
 定額給付金の案内封筒が届いていたため、早速必要事項を記入し、返信。祖母2万円、母と自分で1.2万円ずつの計4.4万円である。是非、主旨の通り、地元で使い切りたいと思う。

Cimg1717  昼食をとる時間もなく、13時30分、母校である柏崎市立第一中学校に移動し、その後、平成21年度柏崎市立第一中学校入学式に出席。
 柏崎市立柏崎小学校から中高一貫校に進んだ生徒さんが11名であり、入学者数は70名であった。
 新入生には、多感な中学生時代に色々な経験をしてほしいと思う。
 また、学校運営に関して、県からの教職員配分は2クラス分であるが、3クラスを編成しているため、教職員への負担も懸念されるところである。

Cimg1718 15時、コンビニに寄ったついでに、日清食品「どん兵衛 特盛 かき揚げうどん」、おにぎり(たらこ)を購入し、遅めの昼食にする。
 インスタントといえども、侮れない製品である。
 すっかり満腹となり、その後の事務仕事の際に、眠気が襲ってきた。

Cimg1719  19時、柏崎エネルギーホールのロビーに移動し、柏崎の鉄道活性化を考える会議を行った。
 決まった内容は以下の通り。

1.事例研究:現地調査
 <行き先>
  長野駅、上田駅、小諸駅、佐久平駅(新幹線へ対応したまちの違い、しなの鉄道など)
 <日程>
  平成21年5月23日(土)もしくは24日(日) 柏崎駅に朝8時、集合。
 <費用>
  本来の趣旨からいけば、すべて鉄道利用が望ましいが、時間の都合もあり、長野駅まで高速道路による車の移動。長野-佐久平間の電車賃、昼食などを自己負担にて計画。

2.意見交換会
 <内容>

  ・1の調査報告
  ・柏崎市役所企画政策課に取り組み実態を説明
  ・新潟県による信越本線高速化調査委託報告書の内容確認(→三井田が入手)
 <日時>
  6月中

Cimg1720  打ち合わせ終了後、有志と近くの「やきとり大吉 柏崎店」(電話:0257-21-4655)に移動し、夕食がてら生ビール、タコハイ(青リンゴ、リンゴ酢)などを痛飲。
 このお店に来た際は、必ずレバ刺しを注文する。今回もあっという間に完食し、もう1皿追加しようか迷ったほどであった。

 22時過ぎ、事務所に戻り、資料整理などを行う。

Cimg1723  オリンピックを開催するなど近代国家とは言いつつも、著作権や意匠などを気にすることなく、パチもんを作ってきた某国で「ウルトラマン」バッシングが行われているというニュースがあった。


平成21年4月5日『時事通信』

中国で「ウルトラマン」たたき
=温首相の問題視きっかけに

 【香港6日時事】中国の温家宝首相が最近、孫がテレビで「ウルトラマン」の番組を見過ぎて困るという趣旨の発言をしたことから、同国内でウルトラマン非難の声が起こっている。
 5日付の香港紙・リンゴ日報などによると、温首相は3月31日、湖北省武漢市のアニメ関連会社を視察した際、 「わたしの孫が見るテレビ番組はウルトラマンばかり。もっと中国のアニメを見るべきだ」と述べた。
 中国政府の指導者がテレビキャラクターについて言及するのは異例。このため、温首相の発言はインターネット上で大きな反響を呼び、
「ウルトラマンが怪獣を倒すのを見た子供が、まねをして同級生をいじめるので、頭が痛い」「ウルトラマンと言えば(戦争中の)日本人を思い出す。人を殴ったり、殺したりすることしか能がない」などと批判が相次いだ。


 温家宝首相は自国内の産業発展のことを願って発言したのであろう。
 しかし、民衆は「ウルトラマン」を暴力的だの表面上のことだけで批判すらならまだしも、

 ウルトラマン=(中共がねつ造した)日本人観

という飛躍までしている。ここまで来ると、あきれて何か言う気力も失う。

Cimg0850_2 こういった雑音に負けず、スタートから40年を越えた日本のウルトラマン・シリーズとしては、子供と昔の子供だった人に夢を与えるためにも、是非『ウルトラマンメビウス』の続編か、『ウルトラマンメビウス』のように昭和のウルトラマンの世界観を継いだ新しいウルトラマンを作ってほしいと思う。
 ちなみに、個人的に見たいウルトラマンは以下の3つである。

・『ウルトラマンメビウス』で『ウルトラマン80』のその後を描いた(主役・矢的猛を演じた長谷川初範氏本人が出演の第41話「思い出の先生」)ように、ウルトラマンタロウの人間体:東光太郎(篠田三郎氏を説得し)が出演する『ウルトラマンメビウス』続編。

・渋いおゝとりゲン(現在の真夏竜氏)が主役の『ウルトラマンレオ』の続編。

・劇画『ウルトラマンSTORY0』を実写特撮で映画化。

「最後まで諦めず、
  不可能を可能にする。
   それがウルトラマンだ!」

             『ウルトラマンメビウス』より

2009年4月 5日 (日)

北朝鮮、ミサイル発射
日本・自主防衛、Salvo!

 本を読んだり、祖母の話し相手になどをし、5時過ぎから4時間ほど仮眠。

 9時過ぎ、大粒納豆、長いもと卵黄と岩のりの和え物、白菜浅漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 10時から市内の某宅に伺い、陳情を受ける。

 自宅に戻る途中、防災行政無線が入り、北朝鮮によるミサイル発射の周知があった。


[柏崎市] (H21.4.5 11時50分)北朝鮮によるロケット発射について

柏崎市より防災情報をお送りします。

[概要]
国からの情報によると、北朝鮮から発射されたロケットについて、
わが国への落下による影響は、無いものと思われます。
引き続き、テレビやラジオ等の情報に注意してください。


 ミサイルの最終到達地点はまだ明らかになっていないが、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental ballistic missile)相当の距離を目指したと思われる。これによって、北朝鮮は、ICBMをもつアメリカ、ロシア、中国と並び、中東など反米を掲げる国に売り込みができ、外貨獲得が容易となるからである。
 また、本当かどうか分からない核兵器開発とのセットで、アメリカへ遠回しの軍事威嚇にもなったであろう。
 それにしても情けないのは、我が国・日本。


平成21年3月30日『産経新聞』

対北自制要求決議から「国連決議違反」を削除

 北朝鮮の弾道ミサイル発射問題で、与野党が30日、発射の自制を求める衆参の国会決議の原案から、北朝鮮のミサイル発射を「国連安保理決議に明白に違反」とした文言を削除したことが明らかになった。共産、社民、国民新の野党3党の要求によるものだ。
 自民、公明両党は削除を受け入れたが、自民党内からは不満の声も出ている。また、決議案の名称も「北朝鮮による飛翔体発射に対して自制を求める決議」とし、「弾道ミサイル」ではなく「飛翔体」とあいまいな表現にとどめた。
 衆参両院は31日の本会議で、それぞれ全会一致で採択する。
 民主、共産、社民、国民新の野党4党の国対委員長は30日午後、国会内で会談。決議原案の「国連安保理決議に明白に違反」との表現に対し、共産、社民両党が「北朝鮮は人工衛星と称しており、『明白に違反』とまでいえるのか」と難色を示した。国民新党は「中国、ロシアが新たな安保理決議に慎重な構えで、外交面の配慮も必要だ」と削除を求めた。
 これに対して、民主党も与党に削除を要請することで一致。野党側の要請を受けて、自民、公明両党の国対幹部は対応を協議し、削除を受け入れた。
 参院は30日午後、「明白に違反」との表現を盛り込んだ決議案でいったん合意し、自民、公明、民主、国民新の4党が共同提案を終えていた。しかし、与野党の衆院国対間の合意を受けて、決議案を修正して再提出することになった。
 自民党国対幹部は30日夜、「『明白に違反』を削っても、安保理決議違反と規定できる。発射が迫っており、早く採択する必要がある」と説明する一方、決議案に「国連安保理決議第1695号及び第1718号は、北朝鮮の弾道ミサイル計画に関連する全ての活動は停止されなければならない旨規定しており」との表現があることを削除容認の理由に挙げた。
 だが、「明白な違反」との表現を削れば「人工衛星」と称する北朝鮮におもねる印象を与え、決議のインパクトが落ちかねない。自民党の防衛庁長官経験者は「いかにも及び腰だ。弾道ミサイルの発射後、日本が新たな国連安保理決議を求めても、北朝鮮や国連決議に慎重な中国、ロシアに足をすくわれるかもしれない」と不満を表明した。
■「北朝鮮による飛翔体発射に対して自制を求める決議」案の削除部分
【衆院決議案】
 国連安保理決議第1695号及び第1718号は、北朝鮮の弾道ミサイル計画に関連する全ての活動は停止されなければならない旨規定しており、『今回の北朝鮮による行為は、国連安保理決議に明白に違反するものである』
【参院決議案】
 国連安保理決議第1695号及び第1718号は、北朝鮮の弾道ミサイル計画に関連する全ての活動は停止されなければならない旨規定しており、『北朝鮮による飛翔体発射は、仮にこれが北朝鮮のいう人工衛星の打ち上げであっても、国連安保理決議に明白に違反するものである。』

※上記のうち、『 』の部分がそれぞれ削除される。


Cimg1722  「ミサイルを迎撃しちゃったら、破片が落ちてきて住民が危険」と意味不明な主張を党首・福島瑞穂大先生が行った社民党や共産党など「憲法9条を守っていれば平和」の信念があれば、是非、北朝鮮の将軍様以下、北朝鮮の軍人に憲法9条の精神を叩き込みに行き、ミサイルの発射を止めてほしいものである。
*写真は、柏崎市内によくあるポスター風景
 また、マスコミは北朝鮮の脅威だけ伝えているが、もっとやっかいなのはお隣・中国。核を搭載したICBM「東風」は日本にも向けられている。
 いつまでもアメリカの核の傘の下にノホホンといるべきではない。今回のことで、より多くの日本人が、日本の自主防衛を考えるようになることを期待したい。

 12時、帰宅。甥っ子と姪っ子が来ていたので、ニュースなど見ながら、冷蔵庫の残りものと挽き割り納豆で作ったうどんを一緒に食べて昼食にする。

 13時から1時間ほど事務所で報告書や議事録等の事務仕事。その後、長岡市に移動する。

 15時から16時過ぎまで、長岡駅前の某店での番組企画の打ち合わせ。

Cimg1712  18時、帰宅。越後もち豚のもも肉があったため、油なしパターンの「豚のしょうが焼き」を作る。
 手順は、

(1)豚肉に丁寧に塩、胡椒、小麦粉をまぶす。
(2)油をひかないフライパンで豚肉をこんがり焼く

(3)豚肉が焼けたところで、玉葱を投入。
(4)その間に、みりん、酒、しょうゆ、おろし生姜、干し納豆パウダーでたれを作る。
(5)玉葱に火が通ったところで、たれを投入し、1分ぐらい煮込む

Cimg1714というもの。さっぱりした味わいで、柔らかく仕上がったので、祖母も食べられるようであった。
 食後、事務所に戻り、家庭ごみ有料化や旧柏崎トルコ文化村問題に関して頂いた手紙やFAXなどの返事を書く。メールもかなりの数が到着しており、多くの方からご興味をもってもらっていることをありがたく思う。

2009年4月 4日 (土)

北朝鮮のミサイル発射誤報

 読書をしつつ、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、からし菜のおひたし、ごま豆腐でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から11時過ぎまで市内某所でのパソコン関係の作業。作業中の雑談のなかから、色々なご要望をもらい、今後、無職となっていながらパソコン関係に知識がある人の雇用など新しい展開の材料をもらった。

 12時過ぎ、自宅に戻ったところで、北朝鮮によるロケット(政府表現に合わせ)の発射があったと、柏崎市防災無線での一斉放送でアナウンスがあったが、のちに誤報との修正がされた。
 聞くところによれば、午前中の10時頃にも秋田県が「10時48分にミサイルが発射された」と発表したが、15分後に「誤報」と訂正したという。
 北朝鮮のミサイル問題とは別に我が国の緊急連絡体制の不備はどうなっているのか、心配になる出来事であった。
 ちなみに、同じ朝鮮半島を出自とする韓国系と北朝鮮系の在日団体同士でもモメている。


平成21年4月3日『産経新聞』

【北ミサイル】
民団が朝鮮総連に発射中止要求
「同族として怒り」

 在日本大韓民国民団(民団)の鄭進団長は2日、記者会見し、北朝鮮が「人工衛星」として発射準備を進める長距離弾道ミサイルの発射中止を北朝鮮に働き掛けるよう求める文書を在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)に送付したと発表した。
 民団によると、文書は同日午前、宅配便で送ったが、朝鮮総連は受け取りを拒否。文書が戻ってきたためファクスで送信したという。
 文書はミサイル発射が「東北アジアの平和と安定に著しい脅威を与えているだけでなく、在日同胞社会に緊張をもたらしている」と指摘。「私たち在日韓国人を代表する民団は、(発射計画に)同族として到底理解できないばかりか怒りすら覚える」としている。


 13時、冷凍うどん、ハンバーグの残り、トマト、パプリカの切れっ端を使って、イタリアンな焼きうどんを作って昼食。うどんにトマトソーズも意外に合うものである。

 午後からは事務所の掃除をしつつ、来客対応。

Cimg1710  18時、諏訪町1丁目公会堂に移動し、柏崎東部地区体育協会の平成21年度総会に出席。
 平成20年度の事業報告、決算報告を承認したのち、平成21年度の事業計画と予算案を承認した。今年は、トキめき新潟国体があるため、審判補助員もでることとなった。

Cimg1711  19時から懇親会。ビールからはじまり、いつの間にかヤカンで熱燗を注ぎ合う盛り上がりっぷり。
 音響に詳しい某町内会長と、「アノソ節」「柏崎小唄」のSPレコードの話になり、先日やっと入手したことを伝えると、デジタル化し頒布してみてはどうかという案がでた。時間ができたところで、実現してみたいと思う。

 21時過ぎ、帰宅。保守系月刊誌をはじめ、海洋環境に関する本など読まなければならない本があるため、風呂に持ち込み、3時間ほどの長風呂に入る。

2009年4月 3日 (金)

アタチュルク像問題『週刊新潮』に掲載
自己流『週刊新潮』の読み方

 2時に就寝しようとするも、朝方まで祖母の部屋といったりきたりで、5時に就寝。

 8時、起床。身支度をし、大粒納豆と生卵でご飯をかっこんで、二件の告別式に出席する。

Dsc00064  12時、友人と買い物がてらの「MEGAドン・キホーテ柏崎店」内の「ビストロキッチン 浪漫亭」で昼食。色々と迷ったあげく、「イベリコ豚の煮込みカレーうどんセット 1029円」でミニ丼を「天丼」にした。ゆずこしょうがついてきたのは嬉しかったが、米がイマイチだったため、天ぷらをよけ、煮込みカレーうどんに投入。なかなかイケるカレー雑炊となった。

 14時、16時と来客。来客中も依頼されていたものの、遅くなってしまっていたVHSビデオ・8ミリテープからDVDへの変換作業を行う。

Cimg1707  18時過ぎ、甥っ子と姪っ子が来たので、フランスパンに特製トマトソース(生バジル、にんにく、オリーブオイル、干し納豆パウダー、無塩発酵バター)を塗り込み、トマト、スライスした玉葱、ベーコン、コーンをのせて、ピザオープントーストを作って一緒に夕食にする。

 19時から某町内会の有志の会合に行き、家庭ごみ有料化をはじめ、現在の市政で実際に起こっていることをご説明する。市長与党の某議員も説明に来たそうであるが、政策決定までのプロセスを説明してもらえなかったとのことで、コピーした議事録を証拠にし、キチンと説明した。アタチュルク像についても説明し、途中、「ホントかねぇ~?」の声もあがったが、事実は事実である。

 21時、事務所に戻り、事務仕事。

Cimg1708  今日も旧柏崎トルコ文化村のアタチュルク像に関する問い合わせのメールなどを多く頂いたが、なかには昨日発売された『週刊新潮』2009年4月9日号をご覧になった方もいらっしゃった。
 『週刊新潮』2009年4月9日号の「B級重大ニュース」P55に、「汚れた英雄像」としてアタチュルク像問題が掲載されたのである。
 ちなみに、『週刊新潮』は毎週購入しているが、読み方としては、

1)裏表紙からめくり、まずは高山正之「変見自在」。
2)2ページほど前ページに戻って
     櫻井よしこ「日本ルネッサンス」。
3)十数ページ前ページに戻って、
    「B級重大ニュース」で一息。
4)最後に表紙から順番に通読。

というパターンである。
 また、他の出版社からもアタチュルク像問題に関する原稿の依頼があり、より多くの良識ある日本人に、この問題を知ってもらえることとなった。
 今月中になんとかスケジュールをやりくりし、和歌山県串本町をはじめ、諸条件を調査したい。

2009年4月 2日 (木)

フランス、チベット独立不支持
人権問題よりも経済か

 2時過ぎに寝ようとするも、介護の関係で4時、7時からそれぞれ2時間ほど仮眠。

 9時30分、大粒納豆、山芋とろろ、生卵で丼ご飯をかっこんで朝食をとる。

Cimg1703_2  10時、市役所に移動し、議会だより編集委員会に出席する。
 表紙の写真に、取り壊される現在の市民会館の緞帳の写真をリクエストしておいたが、市役所内関係課でも写真が存在しておらず、結局は市民会館の建物の写真となった。
 また、トキめき国体開催ということもあり、トッキッキマークの掲載も提案。
 各会派の政務調査費による視察報告をはじめ、予算審査の討論の原稿なども確認した。

Cimg1704  11時40分過ぎ、一旦、自宅に戻る。甥っ子と姪っ子が来ていたので、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューつけめん大盛り」をとり、分けての昼食にする。
 甥っ子はさすがに男の子なので食の成長も著しく、ほぼ一人前を食べるようになってきた。

 事務所でのパソコン修理の仕事、市内への配達などをしつつ、15時、17時とそれぞれ来客。商売の話から市政に関することまで、話し込む。

Cimg1705  19時、一段落がついたので、ゴーダチーズ、削りスモークサーモン、クルトン、三つ葉などにゴルゴンゾラチーズが入ったシーザーサラダドレッシングをかけたサラダ、魚肉ソーセージ揚げ、ひきわり納豆で作ったイカ納豆で夕食をとる。

 20時、事務所に来客。就職に関するご相談であったが、紹介先との条件などが折り合わず、難航した。

Tibet 昨年12月、フランスのサルコジ大統領がチベットの人権問題を看過できないと、ダライ・ラマ14世と会談した。その際、中国側は反発し、予定されていた欧州連合(EU)の首脳会談を取りやめている。
 このニュースを見たときには、人権問題を取り上げる姿勢としたたかな外交に感心したが、今日、フランスが中国の経済力に屈したとも思われる下記ニュースを見てガックリきた。
 内政干渉しないために、「チベット独立を不支持する」というのである。内政干渉うんぬんなら、独立も何もそういったことを約束しないことが本当であろう。
 チベットは、紛れもなく中国の侵略行為であり、人権問題。フランスの人権意識は経済原理に負けるのであろうか。


平成21年4月2日『新潟日報』

チベット独立不支持明言
仏 中国と関係修復
首脳会談へ

【北京、パリ1日共同】中国とフランスの外務省は一日、共同コミュニケを発表し、フランスがチベットの独立を支持しないと明言した上で、両国は適切な時期にハイレベルの接触や戦略対話を行うと表明した。これを受け、第二回金融サミットに合わせロンドンで一日か二日に、胡錦清国家主席とサルコジ大統領による首脳会談が実現する見通しとなった。
 サルコジ大統領が昨年十二月、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ十四世と会談して以降、悪化していた両国関係が大きく改善されることになる。
 コミュニケは「フランスはチベット問題の重要性を十分に理解し、一つの中国の政策を堅持し、チベットは中国の不可分の領土との立場を堅持する」と明言。「フランスは内政不干渉の原則に基づいて、いかなる形式のチベットの独立も支持しない」とも約束した。
 一方で「中仏関係を高度に重視し、国交樹立四十五周年を契機に、全面的な戦略パートナーシップを強化する」ことを確認。ハイレベル接触の復活に加え、共に国連安全保障理事会の常任理事国として金融危機対策など国際間題でも協力していくことをうたった。
 フランス公共ラジオによると、フランス政府報道官は「(首脳会談は)恐らく二日になるだろう」と語った。

2009年4月 1日 (水)

財団法人海洋生物環境研究所視察

 祖母が自宅に戻ってきたものの、安定しないようで、夜中に呼び出しベルを何回も押しては、 「自分では呼んでいない。オメさん誰だね」の連続。結局、3時、5時それぞれに2時間ほど仮眠したのみで、柏崎市倫理法人会の経営者モーニングセミナーにも出席できず。

 8時、大粒納豆、銀鮭の酒粕漬けを焼いたもの、ほうれん草の胡麻和えでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、弔問一件と会社関係での市内まわり。

 13時、事務所に戻り、チーズフランスパン2個、牛乳、グレープフルーツジュース、低脂肪ヨーグルトで昼食をとる。

 14時、事務所に来客。

Cimg1690  15時、柏崎青年会議所で副委員長を務めるエネルギー環境問題検討委員会の委員長以下3名のメンバーとともに、財団法人海洋生物環境研究所を訪れる。
 所長さんから研究所の設立過程(高度成長期の公害問題に端を発する)や研究内容の概要などをご説明頂いたあと、施設内を見学させてもらった。
Cimg1698  全国の海岸が生息地である海草を食べる魚「アイゴ」が温暖化により海水温が上がることで食べる量が増え、海草の森が丸坊主になる「磯焼け」の問題、Co2増加により海水の酸性化が進み炭酸カルシウムでできたサンゴやウニの骨格が溶け出す問題などをパネルで説明してもらい、その後は稚魚などを見せてもらう。
*Co2は海水中の水H2Oと反応し、溶存態二酸化炭素(H2Co3)、重炭酸イオン(HCo3 -)、炭酸イオン(Co3 2-)として海水中に存在する。その際、水素イオンH+を放出するので、海水が酸性化(pH低下)する。
 稚魚はプテラボゴン・カウデルニイ。インドネシア周辺の海にいる熱帯魚で、オスが口のなかで子供を育てるという変わった魚であるが、実験用としては最適だそうである。
 他にも施設内を見せて頂いたが、新年度がはじまったばかりで、実験の端境期となり、多くの魚を見ることはできなかった。5月以降、甥っ子、姪っ子を連れて、また見学させてもらおうと思う。
 所長さんからの「『海の柏崎』なのに海の研究や楽しむ施設が少ない」とのご指摘には、地元民としてズキンとくるものがあった。

Cimg1701 18時30分、厚切りのラム肉と大量のもやしを特製のたれで炒めたもの、卵豆腐、ひきわり納豆のイカ納豆で夕食をとる。
 ラム肉は大量に買い込んで、一回ごとに小分けし冷凍してあり、もやしが安いときにアクセントとして活躍する。特製のたれは、近所の肉屋さんでもらったものにおろし生姜とリンゴジュースを加えたもの。

Cimg1702_4 19時30分、柏崎青年会議所の事務局に移動し、エネルギー環境問題検討委員会の委員会に出席する。
 今日の昼間の財団法人海洋生物環境研究所の視察内容の報告と、5月31日に開催予定のビーチクリーンについての担当割り振りなどを行う。

 22時過ぎ、帰宅。

 海上保安庁にするか、海上自衛隊にするのか、はたまた武器使用の基準はどうするのか、すったもんだした上、あいまいなままに海上自衛隊を送り出したソマリア派遣。
 その周辺のイエメン沖にて、海賊が軍隊に対し発砲するという事態が起こったとの報道があった。このイエメン沖は、昨年4月には我が国やトルコなどをはじめ、諸国の船が海賊に襲われている。
 さらに言えば、以下の記事では、海賊が軍艦に発砲するのは極めて異例としているが、昨年(2008年)11月11日には、海賊に襲われている貨物船をイギリス海軍のフリゲート(イギリス海軍では駆逐艦以外をフリゲートと呼称)が救助に駆けつけたところで、互いに発砲し、ドンパチをしている。
 こういった事実を見れば、商船構造の海上保安庁の船ではなく、軍艦構造の海上自衛隊の護衛艦の派遣が、しごく当然の事と分かる。しかも長い期間のオペレーション。

 ソマリア沖周辺を通過する諸国の船の安全、そして海上自衛隊の無事の帰還を祈るばかりである。


平成21年4月1日『新潟日報』

独軍艦に発砲 海賊7人拘束
海自派遣のアデン湾

【カイロ30日共同】AP通信によると、海上自衛隊の護衛艦が派遣されたイエメン沖のアデン湾で二十九日、小型船に乗った海賊七人がドイツ海軍の補給艦に発砲、海賊らは欧米の海賊対策艦の追跡を受け、拘束された。米海軍第五艦隊(バーレーン)が三十日明らかにした。死傷者はなかったという。
 海賊が軍艦にまで発砲するのは極めて異例。
 第五艦隊によると、海賊らは補給艦を商船と誤認し、乗っ取ろうとしたとみられる。追跡には米海軍やスペイン、ギリシヤ、オランダ軍が加わり、米軍ヘリなども動点された。

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