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2009年7月

2009年7月31日 (金)

世界の原子力動向
GE日立とインドのL&T社

 すっかり月末ということを忘れていたため、事務処理をし、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、粗挽きウインナー、鰹の酒盗でご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は会社関係の仕事で市内まわり。

 13時、一旦、帰宅し、冷やご飯とたらこ、筑前煮、ひきわり納豆汁で昼食をとる。

 14時、事務所に来客。就労に関するご相談であり、親御さんと一緒にお見えになった。

 その後、16時から来客。市政に関することや面白い商売はないか等、雑談も含めての懇談となる。

 17時15分から某整形外科に通院。手首の状態がいっこうに良くならず、結局、後日MRIで見ることになってしまった。

 19時近くに帰宅。

 20時、市内スーパーをまわり安くなっている食材などを購入する。途中、顔見知りの方と何人かお会いしたので、買い物をしながらの雑談。

Cimg0779  21時50分に帰宅し、祖母の介護のため、施設で食べようと買ったものの予定変更で食べなかった「ほっともっと 柏崎錦町店」(0257-32-2370)の「特から揚弁当 450円」に冷やご飯を加え、ひきわり納豆汁で夕食をとる。
 食後、事務所にこもり、資料の作成を行う。

 世界初の「改良型沸騰軽水冷却水炉」 (Advanced BWR) は、1996年の柏崎刈羽原子力発電所6号機、続くは翌年の7号機である。
 そのABWRが、いよいよインドでも導入がはじまるとの報があった。
 大きな事故がなく、ちょっとした不具合でもキチンと対処してきた日本の風土が反映した結果であろう。これはカウンターパートとしての反原発派にも感謝の念がある。

 世界は原子力を選択している。世界最大の原子力発電所がある我が柏崎市は、いつまでも萎縮している必要はないと私は思う。


平成21年5月28日『原子力産業新聞』

 GE日立とインドのL&T社
 ABWR開発で覚書 締結

 GE日立ニュークリア・エナジー(GEH)社は十九日、インドに複数のABWRを建設する供給ネットワーク強化のため、同国大手のエンジニアリング・建設企業であるラーセン&トゥブロ(L&T)社と「BWRおよびABWR開発の了解覚書(MOU)」を締結したと発表した。
 両社の提携は、昨年十月に米国がインドと民生用原子力協力に関する協定に調印して以来、米国系企業による原子力技術貿易の予備協定としては最初の部類だとGEH社は強調。L&T社のようにインドにおけるABWR建設で助力となる地元供給業者と広範囲なネットワークを構築することはGEH社の重な戦略の一部だと説明した。
 今回の合意により、両社は今後、ABWR建設に必要なエンジニアリング管理や建設の計画を策定。GEH社はL&T社にABWRの原子炉系統設備や主要機器の技術、および関連するエンジニアリング、助言サービスなどを提供する。同社はまた、ABWRの最新モジュール建設技術も協力対象に含める考えだ。
 一万、L&T社は原子炉のエンジニアリングや機器製造および建設でGEH社と協働するとともに建設管理サービスを提供。これまでインドにおける加圧重水炉(PHWR)の機器製造や建設、およびプロジェクト管理で主要な役割を果たしてきた同社にとって、今回の覚書締結は同社がABWRの機器・システムを製造・建設していく上で大きな一歩になったとの見解を発表している。
 GEH社によると、ABWRはインドが現在の原子力設備容量である約四百十万kWを二〇三〇年までに六千万kWまで拡大するために検討している炉型の一つ。第三世代の先進的原子炉設計として世界でも商業的に実証されている唯一の技術だと強調した。
 インドにおいて同社はこのほか、三月に原子力発電公社(NPCIL)ととABWRを複数開発するための合意文書に調印。現地供給チェーンの構築や原子炉サービスおよび燃料の供給を含めた新たな原子力ビジネスを模索している。

2009年7月30日 (木)

新潟県出身・山岡荘八著
『小説太平洋戦争』

 2時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、ひじきの煮物、ウドの漬け物でご飯2杯の朝食をとる。

 食後、届いた月刊誌をもって、2時間ほどの朝風呂に入る。

 10時から市内某所で打ち合わせ。今後の選挙に向けての打ち合わせなどを行う。

 12時、一旦、自宅に戻り、冷凍うどん2玉と昆布茶の粉末、生卵で釜玉うどんを作って、昼食にする。

 13時、長岡市に移動。14時から15時過ぎまで打ち合わせをしたのち、そのまま上越市に移動する。
 16時から18時まで打ち合わせをし、その後、買い物をし、20時に帰宅。

Dsc00181  20時30分、スーパーで半額になっていた山芋とろろ付きイカそうめん、青大豆豆腐、ビール500ml4缶で夕食をとる。
 シメはひきわり納豆汁の粉末をつかった納豆おじや。
 毎日、納豆は欠かさないが、できれば豆腐も欠かさないようにしたいところ。

Ra 市内外問わず、戦争経験者とお話する機会が多くあるが、 「終戦後復員してきてから聞いたラジオで大東亜戦争の実態を知った」という方に会うことがしばしばある。
 このラジオというのは、占領軍(GHQ)指導による「真相はかうだ」というラジオ放送(昭和20年12月9日から10週間)である。放送内容は、本としてもまとめられ、昭和21年8日に出版された。
*写真をご覧頂ければ分かるが、聯(連)合国最高司令部民間情報教育局編とある。
 多くの従軍者がこの放送を聞いて、多くの日本人がすっかり「日本がすべて悪かった」と洗脳されてしまったが、かつて事実とは違うと燃え上がった作家がいた。
 新潟県は旧・小出町(現在は魚沼市)出身の作家・山岡荘八氏である。氏の代表作には『徳川家康』があり、これは当時ブームにもなった。
 ちなみに民主党の山岡賢次衆議院議員は氏の養子である(養父の熱い想いは伝わっていないようであるが)。

 大東亜戦争中に従軍記者として、戦地で実体験したうえで、敗戦をむかえた山岡氏は一時は自決を考えるものの、恩師である小説家・長谷川伸氏に手厳しく諭され、思いとどまる。
 終戦後、生きていくうえで一番辛かったのは占領軍(GHQ)が日々ラジオで語りかける「真相はかうだ」であったという。放送では、

 連合軍側はすべて正しく、
 日本の正義を信じ散っていった
         英霊は皆犬死であった

といった風潮で伝えられた。それに対し、自分の従軍記者としての任務はまだ終わっていなかったと悟ったという。

 この想いを秘め、昭和37年から昭和46年9月まで、足掛け10年、800枚余の大作にしたのが『小説 太平洋戦争』である。
 支那事変を泥沼化させたのは誰か?何のためにこの戦争は起こり、どのような経過を辿って敗れ去ったのか?作家の鋭い視点からあぶり出されている。

 「執筆を終えて」において、著者は以下のように結んでいる。

 「 - 父よ、あなたは強かった!」
 それは戦時中の軍歌の一節ながら、白欧文明に圧迫され続けた有色人種の、歴史の転機に際会して、否応なく引き出された戦場での無名戦士の哀しさを語り尽くして余りある一句であったと思う。
 それにしても何と高価な犠牲であったことか。この一戦だけで大西洋を除くほとんどすべての海域に、日本人はいまだにその遺骨を打ち捨てられたままになっている。故国へ戻ったのほほんの一部に過ぎまい。その痛みをひしひしと感じながら、改めて合掌して許しを乞いたい。
 拙作ながら、筆を措くに当って、私は私にひそかにこう命ずる。

 「- 大本営報道班員山岡荘八 本日限りその職を解く」と。

    (昭和四十六年九月二十九日 空中観音小堂において)

 読み継いでいきたい名作である。

2009年7月29日 (水)

海上浮揚型原発

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鮭の塩焼き、トマトでご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎ、長岡市に移動し、11時過ぎまで政治関係の打ち合わせ。柏崎に戻りながら、コンビニで買った納豆巻き、レタスサンドイッチ、グループフルーツジュースで昼食をとる。

 一旦自宅に戻り、看板用の木材のペンキ塗りをする。

 13時40分、自民党柏崎支部に行き、衆議院総選挙への体制に関する資料作成。自分自身は広報委員長となった。

 15時から16時過ぎまで、独り暮らしの高齢者の方から頼まれた買い物など市内まわり。

 事務所前に立て看板などを設置し、手伝ってくれた方と事務所で懇談する。

Cimg0778  21時40分、ジンギスカン用ラム肉と豆もやしを炒めたもの、カボチャと卵をあえたマカロニサラダ、ひき割り納豆茶漬けで夕食をとる。
 ラム肉は油をひかず、ラム肉自身の脂で焼けるよう片面を強めに焼き、その後、日本酒、醤油、みりん、おろしニンニクを投入した。

 ロシアで海上浮揚型の原子力発電所の建設が始まったそうである。
 かつて日本でも浮島形式の原子力発電所建設が研究されていたが、日の目を見なかった。
 今回のロシアの取り組みがどうなるのか、色々な意味で完成を楽しみにしている。


平成21年5月28日『原子力産業新聞』

 ロシアがサンクトペテルブルクの造船所で
 海上浮揚型原発の組立開始

 ロシアの総合原子力企業であるロスアトム社は十九日、サンクトペテルブルクにあるバルチック造船所(BZ)で世界初の海上浮揚型原子力発電所(FNPP)の組み立てを開始したと発表した。
 原子力砕氷船用の舶用炉KLT-40S(出力3.5万kW)を二基搭載するバージ型(タグボートで曳航・係留)原発は「アカデミック・ロモノソフFNPP」と名付けられ、二〇〇七年四月にモスクワの北方セベロドビンスク市(アルハングリスク州)にあるセブマッシュ・ブリドプリヤチェ造船所で製造が始まった。しかし、軍事関係契約の急増により、同造船所の作業は昨年八月にBZに移管され、ロスアトム社の傘下でFNPPの建設を担当するエネルゴアトム社は今年二月、BZと世界初のFNPP建設契約を締結した。
 同社は二〇一一年までに最初のFNPPを完成させ、二〇一二年第2四半期までに極東カムチャツカ地方のビリュチンスクに配置・運転を開始する考え。また、二番目のFNPPは二〇一〇年秋に建設を開始し、カムチャツカ地方に隣接するチュクチ白治管理区のベベク港に係留する計画。同管理区当局とはすでに協定を締結済みとなっている。
 建設工期は三~三.五年と短く、費用は約三億ドル。発電だけではなく熱供給や海水脱塩も可能で、メンテナンスと放射性廃棄物の処理は専門企業が実施することになる。稼働年数は四十年ほどで、燃料交換は十年に一回の頻度だと同社は説明している。
 FNPPの利用は、自前の燃料資源を持たない上、燃料の輸送が難しいロシアの極北、極東地域などで特に適しており、可動式で大型河川の河床にも係留できるため、アジア太平洋地域の島国などでも活用が可能。エネルゴアトム社ではロシア用に最初のFNPP建設した後は、海外の顧客用に七基の建設を検討していく方針だ。

2009年7月28日 (火)

文教経済常任委員協議会
「現下の経済情勢・雇用経済対策について」

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、海老たまご、ピーマンのしめじの油炒めでご飯2杯の朝食をとる。

 9時、事務所に来客。就業に関する相談を受け、2時間ほど話し込む。

 12時、冷やご飯にひきわり納豆、焼きたらこをのせ、永谷園のお茶漬けの素をかけた納豆たらこ茶漬けで昼食をとる。

Cimg0775 食後、郵便局などで所用を済ませたのち、市役所に移動。
 市役所の前に掲揚されている市旗が上下逆さまであったため、議会事務局から所管の人事課に連絡してもらった。
 市旗、国旗の掲揚について、柏崎市役所は雇用対策から委託しているが、最終的な確認はやはり市職員が行うべきである。

Cimg0776 13時30分から文教経済常任委員会協議会に傍聴出席。
 柏崎市の現在の有効求人倍率は0.33であり、来年の高校新卒採用にも影響がでることが懸念されていることから、市の緊急経済・雇用対策本部、ハローワーク柏崎との情報・意見交換の場として設定された。
 冒頭、ハローワーク柏崎の田中所長から柏崎の雇用情勢と国の雇用政策についての説明。
 一つの職種にこだわらず、できる限り集中している職種から求人率の高い職種への変更をお願いしているとのこと。

配布資料「最近の雇用失業情勢」(pdf形式)

 続いて、市の緊急経済・雇用対策本部からの経営者向けの金融対策、雇用創出のための制度の説明があった。

配布資料「緊急経済・雇用対策について」(pdf形式)

 その後、意見交換。雇用開拓員が市内をまわっての感覚はどうかっといった質問に対し、景気が底を打ったと言われるが、かなり厳しい状況にある等の答弁があったり、現状をどう認識しているのかという議論と対策の進み具合の確認がされた。
 笑ったのが、共産党の宮崎議員の発言
 いままで「廃炉」の議論をしてきたにも関わらず、

 「東電で何で雇用しないんだ!」

・・・・。柏崎の子供たちが、こういう恥知らずな大人にはならないよう願うばかりである。

 一通りの議論がでたところで、以下のように要望させてもらった。

・まず全体的な事であるが、2次電池の企業誘致の件、原子力発電所を有している柏崎市という特性をよく理解し、さらに念押しをしてほしい。
<閑話休題>

・雇用開拓員が企業さんを回っていると思うが、どのような研修を受けた人間を市内企業がほしがっているのか、その情報をキチンとフィードバックしているか。色々な経営者の方、特に若い世代から話を聞くと、意外に就職支援のOA研修で得る知識と中小企業でほしがる最低限のリテラシーにミスマッチがある。よく精査してほしい。
・また、現在の求職者に対し、職種変更をお願いするという話があったが、気分的にも技術的にもなかなか難しいと思われる。これまでの話は、書類上でもできる話ではあるが、きっかけは人間的な部分もあると思うので、きめ細かい対応が望まれる(ここで事例を話したが個人特定できるため割愛)。コーディネーターが望まれる。

 15時、文教経済常任協議会が終了となったので、市役所内で調査活動を行う。

 17時から市内で会社や政治関係の買い物。木材などを購入し、衆議院議員選挙用のポスターを貼る看板板を作る準備を行う。

 18時、事務所に戻ったところで来客。

 19時、長岡市に移動し、大阪から来られた某氏が泊まられているホテルまで行き、ロビーで懇談する。

Cimg0777 22時過ぎに帰宅。地の鯛を冷凍しておいたものを焼いてから鯛飯にし、中央に筋子。また母親の青森の友人からもらった帆立をバター焼きと刺身にして、夕食にする。

2009年7月27日 (月)

37歳の誕生日
民主党と外国人参政権

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、筋子でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から10時過ぎまで市内まわり。「市役所に聞いてみてくれ」と頼まれた件など、現場の写真を撮影する。

Cimg0770 11時30分から自民党柏崎支部の拡大役員会に出席。
 昼食として、「米山山荘」(電話:0257-26-2611)の弁当がでたため、食べてからの会議となった。ご飯が美味しい弁当であるが、上あごに傷がつくのではないかと思うほどの海老フライが微妙であった。
 食後、会議を開始。主な議題は、衆議院議員選挙の対応である。
 2区で出馬する自民党新潟県連会長でもある近藤基彦・前衆議院議員、比例区単独になるであろう長島忠美・前衆議院議員、それぞれの事務所から秘書の方も出席し、今後の体制などについて話し合う。
 マスコミによる過剰なまでの民主党びいき、そして自民党内の自分の事しか考えない議員の迷走など、自民党への逆風があり、さらには昨年末の柏崎市長選挙のしこり、そして柏崎市議会において社民党、共産党と手を組んでしまっている自民党高柳支部、自民党西山支部との兼ね合いなど、話は白熱した。

 民主党が今日、マニフェストを発表したが、反対し続けてきた自衛隊派遣や北朝鮮関連船舶への貨物検査実施などを容認したり、


平成21年7月23日『産経新聞』

【09衆院選】
麻生首相、民主の安保政策転換を批判

 麻生太郎首相は23日夜、民主党がマニフェスト(政権公約)の原案で、海賊対策での自衛隊派遣や北朝鮮関連船舶への貨物検査実施などの容認を打ち出したことを受け、 「現実的対応になったというのは違う。あれだけ国会でテロ対策などに反対だったのに選挙直前になったら変わるのか。理解できない」と強く批判。自らが「ぶれた」と批判され続けたことを念頭に「『ぶれた』というのはそういうことではないのか、と言いたくなる」と皮肉った。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 公明党の北側一雄幹事長も23日の記者会見で「これまでの民主党の国会対応はなんだったのか。現実路線に転換したと言うなら今まで現実的でない国会対応をしてきたのか。政策よりも政局で判断をしてきたと言わざるを得ない」と批判した。


大韓民国民団と歩調をとって推進の立場であった外国人参政権についてもマニフェストから外した。案の定、韓国の日刊新聞『中央日報』はその事を伝えている。


2009年7月23日『中央日報』

在日韓国人参政権、マニフェストからはずれる

 来月30日に行われる日本の衆議院選挙で政権交代の可能性の高い民主党が、選挙公約(マニフェスト)に日本の永住資格をもつ外国人に地方参政権を付与する内容を含めないことにした。岡田克也民主党幹事長は18日、三重県四日市市で開かれた講演会で「私を含み、小沢一郎前代表、鳩山由紀夫代表らは永住外国人に地方参政権を与えなければならないという立場だが、党の意見がまとまらなかった」と述べた。これは今月末に発表される総選公約にこの問題を含めないという方針を確かにしたものと解釈されている。
 民主党はこれまでこの問題を外国人参政権に反対している自民党と差別化するための政治論点としてきた。1998年党結成時、永住外国人の地方参政権問題を党の基本政策に明記している。
 鳩山代表は「日本列島は日本人だけの所有物ではない。永住外国人たちは税金も支払い、地域に根付いて暮らしている」という破格的な発言も躊躇せず、外国人参政権に積極的な立場を表明していた。小沢前代表も昨年1月、李明博(イ・ミョンバク)大統領当選者の特使資格で訪日した李相得(イ・サンドゥク)議員に「(外国人参政権に)個人的に賛成だ。早く論議を通じて処理できるようにする」と約束していた。
  そうした民主党執行部がこの問題を公約から除くことにしたのは、来月の総選挙を意識したためとみられる。勝利が有力視されている中で、論難になる政策と法案に対しては慎重に対処するというものだ。「参政権はあくまでも帰化して日本国籍を取得しなければならない」という党内保守派たちとの意見調整が成り立たなかったからだ。
  日本永住権をもつ外国人83万人のうち半分以上の47万人が在日韓国人だ。在日本大韓民国民団は15年以上、日本政府に在日永住外国人の地方参政権を許容せよと要求している。
 
民団は昨年年末、東京で行われた民団中央本部会議に小沢前代表を招待するなど、民主党との連帯を強化している。総選挙でも民主党を支持する立場だ。


 内部でゴタゴタする自民党も自民党であるが、「現実路線への転向」として今までと180度違う対応に加え、まさに売国の政策を隠して政権を奪取しようとする民主党もいい加減なもんである。
 今までは「現実路線」ではなかったのか、とツッコミたくなる。

 民主党、自民党の各候補者、関係者の手持ち資料は以下の通り。

「090716_民主党主要政策のポイント」(pdf形式)

「090723_今回の選挙は、「保守主義」の自民党か、「社会主義」の民主党か、の選択」(pdf形式)

 大方の予想では「民主党が政権をとる」ことで一致しており、ほぼそうなるであろうことも予想される。
 自民党が大敗し、民主党単独政権になった際、期待すべきは民主党内の保守・良識派であり、また第3極であろう。
 先日、平沼グループも会見を行った。
*同志である大阪府八尾市議会の三宅博議員もいよいよの挑戦。


平成21年7月22日『読売新聞』

「平沼グループ」結成、第3極目指し15人で

 平沼赳夫・元経済産業相(無所属)は22日、都内のホテルで記者会見し、元衆院議員や地方議員らでつくる保守系無所属の「平沼グループ」の結成を正式に発表した。
 衆院選には平沼氏や城内実・元衆院議員(静岡7区)ら計15人が立候補を予定しており、さらに賛同者を募る方針だ。
 平沼氏は「既存政党は国民の不信をかっている。歴史や伝統、文化を守る保守政治を目指す」と抱負を語った。そのうえで、「自民党や民主党の同じ考えの人を糾合して、新しい第3極を作りたい」と述べた。衆院選は各人が無所属で戦い、衆院選後に新党結成を目指す方針だ。
 また、自民党の鳩山邦夫・前総務相や無所属の渡辺喜美・元行政改革相らとの連携について、「選挙後の選択肢の一つだ」と指摘。自民党や民主党との連立政権の可能性についても、「将来的に考えられないわけではない」と含みを持たせた。
 平沼グループのメンバーと立候補する選挙区は次の通り(敬称略)

青森1 升田世喜男▽秋田1 藤井陽光▽同3 村岡敏英▽山形1 伊藤香織▽栃木4 植竹哲也▽埼玉11 小泉龍司▽東京4 宇佐美登▽静岡7 城内実▽大阪1 堺井裕貴▽同14 三宅博▽兵庫4 石原修三▽岡山3 平沼赳夫▽香川3 真鍋健▽徳島1 岡佑樹▽熊本3 三浦一


「平沼グループ政策綱領 日本再建」(pdf形式)

 とにかく暑い、熱い夏の選挙戦がいよいよスタートする。

 会議終了後、市内での買い物などをし、15時から市内某所で打ち合わせ。

 17時、事務所に戻り、今日までが期限の原稿などを慌てて書く。

Dsc00180

 18時、残りもののハッシュド・ビーフに調味料としての干し納豆パウダー、粗挽きウインナー、マッシュルーム缶詰を加え、スパゲティと和えたもので、夕食をとる。
 よく考えたら、今日が誕生日であり、37歳となった。もちろん、ケーキなどもなく、残りもので寂しく夕食。
 最近、親族に話しかけられる内容のほとんどが「結婚」の2文字で、当然といえば、当然なのであろう。家庭環境と仕事の負担が減ればと思うが、なかなかそうもいかないのも実態である。

 22時過ぎ、明日以降の食材を買い出しに、閉店時間が近くなり安くなったであろうスーパーにでかける。

 23時、帰宅。

2009年7月26日 (日)

雨のち晴れ、海の大花火大会
北朝鮮拉致、日本人協力者

 1時から5時まで、プレゼンテーション資料の作成などを行い、6時から8時まで仮眠。

 9時、大粒納豆、目玉焼き、山芋梅酢かけでご飯2杯の朝食をとる。

 10時、事務所に来客。仕事の関係で柏崎に一時期お住まいになっていた方で、今日は海の大花火を見るために、お越しになられたという。1時間ほど、最近の柏崎の情勢について話し込む。

Cimg0768  12時、冷凍うどん、干し納豆パウダー、豚バラ肉、キャベツ、エリンギ、本しめじ、ピーマン、煮干しパウダーで焼きうどんを作り、家族で昼食にする。味付けはブルドッグのウスターソースおたふくの焼そばソースを混ぜたソースに、隠し味として薄口醤油を入れた。

 午後も事務所で事務仕事。ここ最近のイベント続きで、メールの返信や会社の業務がかなり遅れており、関係者には申し訳ない限り。

 15時過ぎから大粒の雨が降ってきたため、「今日、花火あるの?」といった問い合わせを数件受ける。
 佐藤ヶ池球場とのシャトルバスも満員御礼の状態であり、いまさら中止はないと思うが、一応確認したところ、実施するとの回答であった。

 19時、家族や親族一同が花火会場に移動するなか、自宅で独り留守番。
 ビールを飲みながら、読まなければならないエネルギー関係、粒子線医療関係の本を読みつつ、ドンという音とともに窓の外に目をやる。
 手の故障がなければ、自宅の屋根の上に席を作ったのであるが、残念ながら2階の窓のから鑑賞。
 昨年は風がなく、前の花火の煙が残ってるなか、次の花火があがったため、不評であったが、今年はタイミングが良い。また、雨が降ったあとのせいか、空気が綺麗である。

Cimg0769  20時、生中華麺2玉を買ってきて作った冷やし中華、越後もち豚のモモ肉を使った豚しょうが焼き、ひき割り納豆汁で夕食をとる。
 冷やし中華には、しょぶしゃぶ用のごまだれと若干のマヨネーズ、八丁味噌を混ぜたものをかけた。

 我が柏崎市と目と鼻の先である佐渡で拉致された曽我さんの拉致の情報が産経新聞に掲載された。北朝鮮による拉致事件において、前々から言われていた日本国内の協力者の存在についてである。
 現時点では、私個人の推測となってしまうが、柏崎での拉致にしても当時の周辺状況を考えれば、日本国内の協力者がいなければ成功しえないであろう。
 当市においても同様の捜査を望む。


平成21年7月23日『産経新聞』

 曽我さん拉致
 綿密に計画か
 勤務シフトを把握

 北朝鮮による曽我ひとみさん(50)拉致事件の実行犯として、国外移送目的略取と国外移送の疑いで国際手配されている北の女工作員、通称キム・ミョンスク容疑者は、当時看護助手だった曽我さんの勤務シフトを完全に把握した上で犯行に及んでいたことが22日、政府関係者への取材で分かった。曽我さんは事前に完全に調べ上げられた上で、拉致対象に選ばれていたことになる。警察当局は曽我さんの地元、新潟・佐渡に北の協力者がいたとみて調べている。

 警察当局の調べによると、曽我さんは昭和53年8月12日夜、新潟・佐渡の真野町(当時)の自宅から約400メートル離れた雑貨店で、母のミヨシさん=拉致当時(46)=と買い物をした帰りに拉致され、工作船で北朝鮮に連れ去られた。ミヨシさんも一緒に拉致されたとされるが、北朝鮮側は「入国していない」と否定している。
 曽我さんは帰国後、政府関係者の聴取に対し、「3人組の男に口をふさがれて袋に入れられた後、船で北朝鮮へ連れ去られた」と証言していたが、北朝鮮・清津(チョンジン)に到着後、キム容疑者が曽我さんに「あなたが土曜日の夕方に帰宅し、日曜日の午後に病院に戻る勤務シフトで働いていることを知っていた」と話していたことが新たに判明した。
 また、曽我さんがキム容疑者に「佐渡のどのあたりに隠れていたのか」と尋ねると、キム容疑者は「サワダの海の方にいた」と答えたという。曽我さんは政府の係官に「拉致されたのは偶然ではない。計画されたものだ」と話しているといい、拉致は犯行グループの綿密な計画と連携によって行われた疑いが濃厚になった。
 警察当局によると、キム容疑者は朝鮮労働党の工作機関「対外情報調査部」に所属。当時40~50歳。身長は150センチぐらいだった。
 曽我さんらの拉致にはキム容疑者のほかに3人の男が関与していたとみられるが、清津に到着したときには、2人しかいなかったという。もう1人の男は日本語を話していたといい、この男が国内の協力者だった可能性もある。
 曽我さんは政府の係官に「佐渡は方言がきついこともあり、よそ者が入ってきて長期間待機することは考えられない」と指摘、「地元の協力者だったはず」との見方を示したという。
 北朝鮮側は日本人拉致を認めた平成14年10月、曽我さんの拉致について、「(日本人の)現地請負業者が拉致してきた」と説明していた。警察当局は、曽我さんの証言を精査し、キム容疑者の配下にいた日本人協力者の割り出しを進める


 ちなみに拉致事件と日韓併合(朝鮮と日本で戦争したわけではなく、双方の条約で成立)を強引に結びつけ、そして存在しない従軍慰安婦、強制連行(拉致)などを結びつける意味不明な方も柏崎市内にはいらっしゃる。


平成19年10月23日『柏崎日報』

 響:拉致解決に戦略の転換を
 市内常盤台 ●● ●●一 71
    (柏崎刈羽九条の会代表)

 十月十三日の本紙に、拉致被害者である蓮池薫さん、祐末子さんご夫妻のコメントが掲載された。異国での異常な生活を強いられた体験を持つお二方のお気持ちに心を動かされ、真剣に拉致問題の有効な解決策を考えさせられた。
 福田首相は、拉致問題の解決を公言されたが、その戦略は「対話と圧力」という日本国政府の従来の方針を踏襲するようだ。
 私はかねてより機会あるごとに、朝鮮の方々に三十六年間に及ぶ植民地支配の過ちをわびるのか先決だと訴えてきた。朝鮮半島から「内鮮一体」の論理で数十万人を拉致して、重労働・従軍慰安婦・兵卒・軍属として使い捨てたのはわが国である。しかも彼らへの賃金すら没収している。
 一つの懸案を本当に解決したければ、相手側の立場にも立って、真筆(しんし)に打開策を講じるべきであろう。このまま政府の外交努力に任せておけば、百年河清を待つ結果となろう。私は拉致されている未帰還者を返せと要求する前に、まず誠実に過去の過ちをわび、遺骨や貸金などを速やかに返還して、次に拉致問題の解決を切り出すべきだと思う。旧西ドイツの首相は、ナチスによるユダヤ民族虐殺の罪をわびて、ワルシャワの「英雄記念碑」前で土下座して謝罪し、戦後補償にも取り組んだ。このような誠意が、頑(かたく)なな相手側の心を動かすと私は確信している。国際連帯による圧力では、拉致問題は絶対に解決できない。


*新聞紙上では、氏名公表。

2009年7月25日 (土)

護衛艦「DD-158 うみぎり」乗艦
町内子供御輿

 2時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、粗挽きウインナー、きゅうりと若布の酢の物でご飯2杯の朝食をとる。

 7時30分過ぎ、祖母、母、甥っ子と姪っ子とともに愛車で新潟市に移動。途中、昼食用にピザパン、鶏竜田揚げハンバーガーをスーパーで購入する。

Cimg0764_2 9時、新潟市の山の下埠頭に到着。
 今日は、海上自衛隊の護衛艦「DD-158 うみぎり」に体験乗艦があり、護衛艦に乗艦したことがない家族を連れての参加である。
 乗艦しようと受付にいったところで、お子様限定で海上自衛隊グッズは配っており、甥っ子、姪っ子ともに旭日期と日章旗がセットになったピンバッチをもらった。
Cimg0760 護衛艦「DD-158 うみぎり」は、あさぎり型護衛艦の8番艦。第4護衛隊群第4護衛隊に所属するため、通常の定係港は呉である。
 「うみぎり」という名称の艦は、旧大日本帝国海軍では夕雲級駆逐艦「海霧」として建造が計画されていたものの、起工前に建造中止となったため、旧大日本帝国海軍から現在の海上自衛隊を通して、「DD-158 うみぎり」だけとなる。
Cimg0762 乗艦後、姪っ子を連れて、しばらくは艦内の散策をする。
 艦内の食堂には航海中のための娯楽としてDVDが大量に用意してあったが、映画やTVドラマが中心。是非、チャンネル桜も見てもらいたいと思う。
 また、神棚があり、賽銭箱も据え付けられていたので、今後の「うみぎり」の無事を祈り、お詣り。
Cimg0758 装備品展示は、62口径76mm単装速射砲(オート・メラーラ76mm砲)、74式アスロック8連装発射機、艦対空誘導弾(短SAM)8連装発射機シースパロー(ランチャー)が行われた。
 約2時間の航海ののち、11時45分に接岸。
 お礼を述べつつ、港に降り立ったところで、自民党・吉田六左ェ門前衆議院議員や自衛隊・新潟地方協力本部の皆さんにご挨拶し、選挙情勢などを雑談する。

 愛車のなかで昼食としてのパンを食べつつ、柏崎まで戻る。

Cimg0765 14時、甥っ子と姪っ子を連れて、地元・東学校町町内会の子供御輿に参加。アンパンマンのお面をかぶり、力作のアンパンマン御輿での町内まわりを行う。ハンドマイクでの「ワッショイ」のかけ声役である。
 異常なほど暑く、途中の差し入れアイスに救われる。
 また、祭りのつきものの、冷たいビールも用意されたが、酔って血の巡りが良くなると、ヒビが入った左手首が痛むため、スポーツドリンクで我慢。
 途中、何回か御輿をモミ、雨に打たれることなく、15時過ぎに無事に終了となった。

 一旦自宅に戻って水風呂に入ったのち、17時から柏崎にお越しになった某ご家族をご案内する。
 その後、20時過ぎまで、自宅と市内のホテル、「ぎおん柏崎祭り」たる仁和賀などを行ったり来たりし、市外からお越しになった方に柏崎を楽しんでもらった。

 21時、頂き物の焼き鳥(皮、塩)、たまご豆腐、三色そぼろ丼、ひきわり納豆汁で夕食をとる。
 食後から眠気が襲ってきてしまい、24時近くまで仮眠する。

2009年7月24日 (金)

無念の高校野球
「ポイ捨て」過料1000円

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、さつま揚げ、海草サラダでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、会社関係の市内まわりと市役所内の会派室での調べ物を行う。

Cimg0751 13時、買い物をしたのち、自宅に戻り、自家製の豆板醤を使っての激辛麻婆豆腐を作る。
 豆腐は安くなっていた絹ごし豆腐を湯通しし、胡麻油で炒めた豚挽肉、鷹の爪、にんにく、茄子、エリンギ、ひきわり納豆と炒め、最後に花椒(ホアジャオ)を大量にふりかけ、大汗をかいて食べる。

Cimg0753 食後、汗をかきついでにガジュマルの鉢植えを大きい鉢に移す。
 枝の切り戻しを楽しめる日はまだ遠いが、沖縄や台湾で見たガジュマルのように、精霊がでてきそうな大木になることを願って大切に育てていきたい。

 14時からマーチングバンドパレードのため、商店街に行こうと思うも、高校野球「柏崎高校vs五泉高校」が気になり、ついテレビに釘付け。
 結果、2対1で惜しくも柏崎高校が負けたが、良い試合であった。

 マーチングバンドパレードの終盤を見たのち、長岡市に移動。

 16時過ぎから長岡市の某店にて、福祉関係の方との意見交換を行う。

 17時、事務所に戻り、事務仕事。

Dsc00177 19時、秋刀魚塩焼き、鮪と鯛、甘海老の刺身、ひきわり納豆茶漬けとビール500ml2本で夕食をとる。ビール1本目は気にならなかったが、血の巡りが良くなった2本目あたりからヒビが入った手首が痛くなり、悶絶。
 痛みをこらえながら、市内のホテルまで某家族をお迎えに行き、民謡街頭流しをご案内する。

 21時、帰宅。

 どの自治体でも、そしてどんな祭りや観光地でもゴミのポイ捨ては問題になる。
 これまで新潟県内では新潟市がポイ捨てによる過料を定めた条例があったが、このほど佐渡市も導入した。
 先に行われたえんま市のゴミ状況もそうであったが、柏崎市としてはイベントに出店する業者も含めて、こういった検討はかるべきかと思われる。


平成21年6月30日『新潟日報』

空き缶、ガム・・・
「ポイ捨て」過料1000円

あすから佐渡市 観光客も対象

 佐渡市は7月1日から、島内で空き缶などのぽい捨てや飼い犬のふんを放置した人に過料1000円を科す。清潔で美しい島を目指し、4月に施行した「佐渡ポイ捨て等の防止に関する条例」に基づくもの。市民だけでなく観光客も対象になる。ぽい捨て違反者に過料を科すのは新潟市に続き県内で2番目。

 同条例では、たばこの吸い殻やかんだガムのぽい持ても禁止。飲料を販売する専業者には回収容器設置を求めている。
 同市はこれまで、看板やポスター、佐渡汽船の旅客名簿の広告などを通じて条例を周知。環境美化指導員に選ばれた市民10人が監視活動をしてきた。
 7月以降は同指導員がぽい捨てをした人に告知書を交付し、市に過料を納めるよう求める。また回収容器の設置を勧告しても従わない事業者にも、市が過料を科す。
 市廃棄物対策課は「過料を取ることが目的ではなく、抑止効果を高めることが狙い。ぽい捨てがなくなることを期待したい」としている。


 現在の柏崎市では「新潟県柏崎市環境クリーン推進条例」があり、柏崎市民については

(市民等の責務)
第4条 市民等は、家庭外で自ら生じさせたごみを持ち帰り、又は適切な回収容器に収容すること等により、自らの責任において適正に処分するよう努めなければならない。
2 市民等は、自主的に清掃活動を行う等、地域の環境美化に努めるとともに、市が実施する施策に協力しなければならない。

と責務が規定され、同条例内には罰則規定もある。

(罰則)
第15条 第9条又は第10条第3号若しくは第4号の規定に違反し、第13条第2項の規定による命令に従わない者は、5万円以下の罰金に処する

 第9条は「何人も、みだりにごみを捨ててはならない」、第10条第3号、第4号は「飼い犬のふんや屎尿の回収義務」が書かれており、その行為について市長による改善の勧告、そして勧告があっても改善されなかった場合の命令がさらにあっても改善しない場合に、やっと罰金となっている。
 この部分をより厳格化するだけでも、市民、そして観光客のポイ捨て抑制効果が見込めるのではないかと思われる。また、指導員は緊急雇用対策を含めた財源も確保できる。
 今後、議会の場において、提言したい。

2009年7月23日 (木)

柏崎トルコ友好協会が活動を再開
テュルク系諸民族と中国

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、温泉卵、野沢菜の古漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 9時、市内某所での打ち合わせ。

 11時、市役所に移動し、会派室で調べものや資料のコピーの作成などを行う。

Cimg0749 13時、自宅に戻り、グリコの「炎のカレー職人 燃える辛さ大辛」にエリンギのバター炒め、手作りハンバーグ、ひきわり納豆をのせて、昼食にする。
 「燃える辛さ大辛」と書いてあるが、気合いを入れるには、辛さが足りないので、レッドペッパー、ガラムマサラを大量にふりかける。

 14時、事務所に来客。衆議院議員選挙に関わる柏崎市内の情勢について情報を交換を行う。

 16時、事務所に来客。最近の市政に関する苦情等をお受けする。

 20時、急遽の打ち合わせということで、事務所に来客。

Cimg0750 22時、カレイのカレー風味揚げ、冷や奴、ビール500ml1本、ひきわり納豆の納豆茶漬けで遅い夕食をとる。
 親父ギャグのような名称の「カレイのカレー風味揚げ」であるが、香ばしく揚がった縁側部分はボリボリと食べることができ、ビールの肴にぴったりである。

Turky_1 柏崎トルコ友好協会が活動を再開したとの報道があった。
 総会のなかで、裁判の関係で膠着状態となっているアタチュルク像問題についても話題がでたとのことであるが、裁判となっている以上、協会としての関与はしないという。
 しかし解決に関しては前向きにご協力頂ける組織と思われるため、今後の裁判の動きがあり次第、接触してみたいと思う。


平成21年7月23日『柏崎日報』

 柏崎トルコ友好協会
 活動再開し総会
 新会長に高橋さん

 中越地震以来、活動休止状態だった柏崎トルコ友好協会の総会が十七日、産文会館で開かれ、新会長に高橋篤一さん(65)が選任された。来年が「トルコにおける日本年」にあたることから改めて活動を再開したもので、総会には新会員も含めて約三十人が出席した。
 高橋さんは「純粋に地道に友好親善活動を積み上げていきたい」と抱負を述べ、「できるだけ大勢の人、特に若い人にも入会してほしい」と会員拡大を今年の最大の目標に掲げた。組織強化、事業、広報、総務の四つの委員会を設けた。
 事業としては、トルコの子どもたちの絵画展やトルコグッズの販売、トルコのお茶・チャイを楽しむ茶話会、講演会などを実施していきたいという。ホームページも開設する。できれば数年に一度、トルコ共和国を訪問したい考えだ。
 中越沖地震で倒壊の危険により台座から降ろされ保管されているトルコ建国の父・アタチュルクの像の問題については「関係者が係争中でもあり、協会としての関与は差し控えたい」としながらも、「トルコ国民の英雄に対する思いを考えると円満かつ早急に解決してほしい」としている。
 年会費は千円。会員にはトルコに関するパンフレットの送付や協会の催し物の案内など。入会希望者は事務局のスイコー(電話22-1414)へ。


Uu また、トルコ共和国のレジェプ・タイイップ・エルドアン首相は、現在問題になっているウイグル暴動に対しても、懸念の声を挙げている。
 ウイグル人とトルコ人が同じテュルク系民族であるためで、同じようにカザフスタンのカザフ人、ウズベキスタンのウズベク人、キルギスのキルギス人、トルクメニスタンのトルクメン人もテュルク系民族に分類される。


平成21年7月13日『産経新聞』

 ウイグル暴動厳しい世論
 経済か民族・宗教か

 トルコ「対中」に苦慮

 中国新産ウイグル自治区で起きた大規模暴動をめぐり、トルコのイスラム系与党・公正発展党(AKP)は綱渡りを強いられている。政府は経済大国化する中国との関係強化に動き出しているが、民族、宗教的なつながりのあるウイグル族への同情の世論も無視できなくなっているからだ。エルドアン首相は10日、世論に突き上げられる形で、「一言でいえば、ジェノサイド(大量虐殺)だ」と中国政府の対応を批判した。
 今回の暴動では、トルコ政府は国連安全保障理事会での討議を呼び掛けたものの、中国は「内政問題」と反発。こうした状況の中、極右の野党・民族主義者行動党(MHP)や一部のメディアから、首相の「弱腰」を非難する声が上がり、イスタンブールでは10日、亡命ウイグル人にトルコ人も加わった数千人規模のデモが起きた。
 トルコ企業の中国進出はめざましく、AKP出身のギュル大統領は先月、ビジネスマン約120人を引き連れ、トルコ大統領として15年ぶりに中国を公式訪問。通信や自動車部門のプロジェクトを協議し、ロイター通信によると、15億ドル相当の取引協定に調印したばかりだ。
 トルコは中央アジアを起源とする民族的なつながりを背景に、1960年代から亡命ウイグル人を受け入れてきた歴史がある。現在、2万~3万人の亡命ウイグル人がいるとされるが、今回、国内世論をかき立てているのは、主にMHPに代表される汎トルコ主義運動と、ソ連崩壊後の中央アジアの”イスラム化”を狙ってきたトルコのイスラム勢力だと指摘されている。
 両者は連携関係にはないものの、MHPは国外のトルコ系民族との民族的二体性を訴える。イスラム勢力の方は、90年代以降、中央アジアで活動を続けてきた、ある裕福な教団(指導者は現在、米国に在住)が無視できない存在だ。
 エルドアン首相は、競合関係にあるMHPの”得点”を封じ込めつつ、自らの支持母体である宗教勢力に配慮を示したのが今回の発言の背景とみられるが、AKPのもう一つの支持基盤である中小企業経営者たちの利益を損なうこともできず、そのかじ取りは難しい。


Gosei

 しかし、我が国と同じように、中国との経済的な「利益」も考えなければならない(情けない・・・)状況のようで、トルコ国内の新聞『Milliyet』では、中国側の主張が掲載されていた。
 今後トルコ国内でも世論が分かれると思われるため、どういった舵取りをするのか注目したい。


2009年7月15日『Milliyet』

中国、「エルドアン・トルコ首相は発言を撤回せよ」

 トルコのレジェプ・タイイップ・エルドアン首相が中国新疆ウイグル自治区の騒乱を「民族浄化だ」と明言したことに対して中国側は強く反発した。中国国内で英字で発行されている政府系の「チャイナ・デイリー」は昨日掲載された社説において、エルドアン首相に発言を撤回することを求めた。

■「歪めないように」

 同紙は、「真実を歪めないように」という見出しで、騒乱で亡くなった184人のうち137人は漢民族であり、このバランスが「騒乱の核心を明らかにした」と述べている。同紙はエルドアン首相に対し、「中国の内政に干渉する発言を撤回するよう」求めた。また同紙では、エルドアン首相の非難が、「無責任」で「根拠のないもの」だと述べ、この種の発言は「ウイグル族と漢民族が、永久的な平和を求める上で助けには到底なりえないもの」とも記された。
 中国外務省秦剛(シン・ゴウ)報道官も、新疆ウイグル自治区で起きた「深刻な暴力事件」の後で中国が秩序と安定を維持するために行動していると述べ、「いったい、どこの国で、これを民族浄化だと呼ぶのですか」と話した。

■中国人知識人による行方不明のウイグル人への支援

 中国の知識人によって発表された書簡で、先週から連絡をとれないでいるウイグル人経済学者のイルハム・トフティ氏を解放するよう求められた。100名以上の中国人知識人の署名つきでインターネット上で発表された書簡では、トフティ氏は人生を民族集団間の友好や問題の解決に捧げたウイグル人知識人だったと述べている。

2009年7月22日 (水)

柏崎市でも新型インフルエンザ
08年度黒字1位は北越急行

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、焼きたらこ、やっと収穫できた部屋栽培のミニトマトでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は事務所にて、依頼されたプレゼンテーション資料の作成や機器の修理などを行う。

 12時、事務所に来客。政治関係の情報交換を行う。

Cimg0747 13時、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「やきそば大盛り」をとって昼食。
 久しぶりに「やきそば」を頼んだので、気合いを入れて食べ始めたが、やはり量が多く、途中、くじけそうになる。完食がモットーであるため、最後は、スープで流し込む。

 15時過ぎ、電車で長岡市まで移動し、某ホテルロビーにて打ち合わせ。
 話題として、やはり柏崎刈羽原子力発電所7号機の営業運転再開了承の話がでる。
 約2時間の打ち合わせののち帰路につくも、車での移動に慣れてしまっているせいか、電車の待ち時間の使い方に無駄がでてしまう。

 19時、柏崎に戻り、事務所で議事録や資料作りを行う。

 21時、事務所に来客。雇用に関する相談であり、補助制度や融資などの資料と行政や商工会議所の窓口をお伝えし、その後の展開を待つこととした。

Cimg0748 22時、打ち合わせをしながら、煎餅(お気に入りの「新野製菓 かた焼せんべい 名作」)などをかじっていたが、さすがに空腹となったので、八丁味噌ソースをかけた手作りハンバーグとひきわり納豆、ご飯で夕食をとる。

 食事をとっている最中にFAXが入り、柏崎市でも新型インフルエンザの患者(20代、女性、学生)がでた、とのことであった。
 患者さん自身は安定しているそうであり、柏崎市としてもイベントの中止などは行わないという。
 あまり過敏になることもないと思うが、引き続きの感染予防が大切である。

 北陸新幹線開通への対応、いわゆる2014年問題であるが、一番影響を受けるであろう北越急行は、現時点で全国で一番体力がある第三セクターの鉄道である。
 しかも体力がある今のうちに積極的な手を打っており、沿線住民も「おらが鉄道」といった感覚をもっている。
 同じ2014年問題に対応するにしても、我々、柏崎市民が越後線、信越本線を「おらが鉄道」と思うようにすることが、まず最初にすべきことではないかと、痛切に感じている。 


平成21年7月17日『新潟日報』

三セク鉄道赤字34億円
08年度黒字1位は北越急行

 第三セクター鉄道等協議会は16日、加盟35社の2008年度の経営状況を発表した。経常赤字は30社で、損失は総額34億5000万円に上った。黒字は5社にとどまった。
 昨秋までの燃料費の高騰などの影響で、損失は8・0%増えた。協議会は「09年度は高速道路の値下げの影響で、経営がさらに厳しくなるのではないか。廃止が議論となっている会社もある」と話している。
 会社別の経営実績では、北近畿タンゴ鉄道(京都府、兵庫県)の赤字額が最も大きく、6億9400万円。次いで秋田内陸縦貫鉄道(秋田県)2億4300万円、天竜浜名湖鉄道(静岡県)2億3200万円など。
 一方で黒字は、トップが北越急行(新潟県)の13億2800万円、次いで智頭急行(兵庫、岡山、鳥取各県)3億500万円、愛知環状鉄道(愛知県)7100万円が続いた。
 輸送人員が07年度を下回ったのは、東海北陸自動車道の全線開通の影響で11万人減の長良川鉄道(岐阜県)など21社。全体では07年度を1・5%上回り、5668万人だった。
 協議会は、旧国鉄から路線を引き継いだり、JRが経営分離した在来線を運営したりする三セクが加盟している。

2009年7月21日 (火)

平成21年第5回臨時会
衆議院解散!麻生政権

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鮭のハラス塩焼き、わかめサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 風呂に入ったのち、9時、市役所に移動。会派室にて、今日の臨時議会の対応について会議を行う。

Cimg0744  10時から平成21年第5回臨時会。
 議案は一般会計の補正予算、国保事業特別会会計の補正、ガス事業会計の補正、水道事業会計の補正、財産の取得(ロータリー除雪車)、財産の取得(ロータリー除雪車2.2m級)の6つである。

 最初の議案は、一般会計の補正予算。
 新潟県緊急雇用創出事業臨時特例基金事業を活用しての経済危機対策がメインとはいえ、約8億円の予算を委員会付託なしで、その場で即決するという重さがある臨時議会である。
 今回の補正により、後年度負担のうち1億9000万円のメリットがあると会田市長の説明。
 緊急経済対策として、地上デジタル対応テレビ202台の購入、保存文書のデジタル化事業、化学消防車の購入、ICT環境整備事業(9校のLANの補強、33台の教育サーバーの入れ替え、市内各小中学校37校に各3セットの簡易電子黒板の設置)で小学校1億8370万円、中学校7630万円などがある。
 冒頭、予算の使い方について、

 「これはあくまで柏崎市の緊急経済対策であって、入札方法など地元企業に配慮したものであるか、確認したい」

と地元優先の入札方法になるようを発言したところ、財務部長より、

 「十分配慮して行いたい」

との答弁があった。

 今日、解散するしないでモメている麻生政権であるが、このように緊急経済対策もキチンと行っており、マスコミの民主党びいき、自民党さえ叩けば良いという風潮には歯がゆい思いがするところである(地方議員は予算直接見ているため、十分理解できる)

 続いて、委員会付託がないため、小さなことではあるが、確認のため以下の点を質問した。

Q.緊急雇用対策となっている、えん結びコーディネーター事業384.2万円の事業形態についてはどうなっているのか。
A.新潟県と連携をして、民間のNPOに業務委託を考えている。NPO側で雇用を発生してもらう。

Q.保存文書デジタル化事業として2895.1万円が計上されている。従来のデジタル化はただ単に画像としての電子ファイル化を行うようなものであった。しかし、本当のデジタル化とは電子データに置き換えるだけではなく、容易に検索できるようにすることが、デジタル化の主眼(テキスト埋め込みのpdfにする等)である。今回はその点は配慮するか。
A.できる限り検索が可能な方法をとって実施したい。

 問題の枇杷島小学校改築工事に伴う、遺跡調査事業1500万円については、次のような説明であった。

<念のために>枇杷島小学校改築工事着工まえに周辺を試掘したところ、遺跡がでてきた。範囲は不明確であった。
・記録保存を行うことで県との調整も終了した。
・文化財の保存に関しては義務ではない。

 しかし、平成19年には地盤調査を行い、かつ枇杷島小学校周辺である関町には遺跡があることは既に分かっていたはずである。
 さらにいえば、先月に開催した平成21年第4回定例会で枇杷島小学校改築工事の議案を審議する際に何故、このような話がでてこなかったのか不思議であり、遺跡などの文化財についての行政を進めるのが教育委員会という事を鑑みれば、まったくもってオソマツな話。過去の調査費用は何だったのかと思う。

 その後も議論が続いたが、なかなか納得のいく説明はなく、討論・採決となった。
 緊急の経済対策や経済対策が入っている補正予算であり、反対するわけにもいかないので、以下のような3点の意見を付しての賛成討論を行った。

1.地元企業、特に中小企業に十分配慮した入札方式にすること。

2.縁結びコーディネーターや女性特有がん検診など、行政側の論理では緊急雇用対策だから一定期間という答弁であるが、市民側から見れば待ち望んでいた政策である可能世もある。継続も含めて、今後十分検討頂きたい。

3.枇杷島小学校改築に伴う遺跡調査費1500万円。調査について義務はないとの答弁であったが、文化財を扱う教育委員会だからこそ、もっと事前に調査を行うべきではなかったか、現実的には平成19年の地盤調査の際に行うべきではなかったかと思われる。今後このような事がないよう、強く要望する。

 討論したのは私だけで、あとはシャンシャンの賛成となり、残りの議案も可決。
 12時、平成21年第5回臨時会は閉会となった。

Cimg0745 議会終了後、市役所内で調査活動をし、13時過ぎ、自宅に戻る。
 大量の郵便物が届いており、返事を書かなければならないものを優先的に処理。
 14時、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューメン大盛り」をとって昼食にする。

 昼食をとりながら、テレビを見れば衆議院解散の模様が放送されていた。
 いよいよ40日間の長い選挙戦となる。
 マスコミによる自民党叩きをはじめ、自民党内の自己保身をしたい議員の暴走もあり、逆風のなかの選挙運動である。
090118_dpj  党大会で国旗すら掲揚できず、日教組の影響が大である民主党の本質を多くの方に周知するほか、自民党内の売国奴もこの機会に整理?されればと思う。


平成21年1月15日『産経新聞』

民主・輿石氏、日教組にエール?

 民主党の輿石東参院議員会長は14日、おひざ元の日本教職員組合(日教組)が都内で開いた新春の会合であいさつし、 「教育の政治的中立はありえない」と述べ、「反日偏向教育」の根源ともいわれる日教組へのエールと受け取れる発言をした。教育や教員の政治的中立は教育基本法や教育公務員特例法で定められており、日教組に肩入れする同党の“危うさ”がまたぞろ浮き彫りになった。
 輿石氏は日教組傘下の山梨県教組(山教組)の元委員長。現在は日教組の政治団体、日本民主教育政治連盟(日政連)の会長でもあり、会合では「私も日教組とともに戦っていく。永遠に日教組の組合員であるという自負を持っている」と宣言し、政権交代に向け協力を求める場面もあった。
 平成16年の参院選の前には、山教組などで構成する事実上の輿石氏の政治団体が教員から選挙資金を集め、山教組幹部らが政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で罰金命令を受けるなどした。自民党の有志議員による日教組問題究明議員連盟(会長・森山真弓元文相)は、次期衆院選に向け日教組の偏向性を調査する構えで、議連から「輿石氏は標的になる」との声も出ている。


 また、ジャーナリストの水間政憲氏から、解散にいたるまでの今日の動きについて、情報を頂戴した。
 以下の通りである。


20090721113424 21日11時30分、自民党懇談会を取材するマスコミは、自民党本部9階を埋め尽くし、大混乱になった。いま細田幹事長の挨拶がしています。続いて麻生首相が、地方議会選挙を総括して「…自民党は、一旦結果が出たら一致団結して立ち向かってきたのであります…」と決意表明をして、締めくくった。最初に発言した議員から、開かれた自民党であるなら、正々堂々と公開で両議員院総会開催との要求が出ましたが、続いて発言した西川京子議員が、「麻生首相の判断で、この懇談会がマスコミに公開になった、自由に意見を述べれるので、何も問題がないじゃありませんか、民主党は安全保障問題に付いて触れないが、全英オープンを前にして、石川遼君は『北朝鮮の弾道ミサイルを打ったことです』と、17歳の若者が日本の安全を心配しているのです。」と民主党の急所を衝いていました。あとは、この場に及んで麻生首相を批判する方は、自民党から出て、すればいいなどの意見が飛び交っていた。


 15時、16時と事務所に来客。かなり重い内容の相談であったため、後日回答することとした。

Cimg0746

 18時、事務所に来客。
 19時、せっかくなので夕食をとろうと、昨日仕込んだ自家製のしめ鯖をお出しし、一緒に食べる。左手首の故障もあり、骨抜きが完璧にできなかったこと、塩気が少し足りなかったのが反省点。

2009年7月20日 (月)

海の日:海洋国家・日本と台湾
台湾学生「最も友好的な国は日本」

 会社の決算に関する整理などを行い、3時に就寝。

Cimg0742 7時、起床。祝日である「海の日」であるため、まずは国旗を掲揚する。
 大粒納豆、目玉焼き、ほうれん草のごま和え、蕗の煮物でご飯2杯の朝食をとる。
 食後、ゆっくりと風呂に入ったのち、身支度をし、依頼されていた相談や現場の写真を撮るため、市内まわりにでかける。

 今日は、NHK「JAPANデビュー」に抗議する国民大行動の第5弾として、「NHK大罪Tシャツ」を着て、山手線に乗り込み、各駅、電車内でNHKの大罪を多くの人たちにアピールする山手線「ぐるぐる祭り」が企画されていたが、明日の臨時議会の準備やその他の所用で参加できず残念である。

 12時過ぎから13時過ぎまで市役所の会派室にて、明日の臨時議会の資料の読み込みを行う。

Dsc00176  14時、昨日の頂戴した焼きそばの残りと妹が「たい夢 柏崎店」(電話:0257-32-2822)で買ってきた「冷やしたい焼き(夏鯛) 150円」の抹茶味で昼食をとる。
 「冷やしたい焼き(夏鯛)」にはホイップクリームがたっぷりと入っており、薄い皮との相性が良く、すっかり気に入ってしまった。ただ、個別の焼き方の問題であろうが、しっぽの方の皮が焦げめであり、苦みがあったのが残念。

 15時、事務所に来客。

 18時、鯨と夕顔の味噌汁の残り、小粒納豆を使ったおじや、カレーコロッケ、もずく酢で夕食をとる。
 食後、事務所にこもって、事務仕事。

 「海の日」ということで、海洋国家たる日本を考えてみれば、生命線となる国の大きな一つは台湾である。
 その台湾で、国際観を問うアンケートが学生を対象に行われ、その結果が報道された。


平成21年7月15日『時事通信』

「最も友好的な国は日本」
=その逆は中国-台湾の高校・大学生

 【台北15日時事】台湾の社会福祉団体が高校生や大学生を対象に行った国際観に関するアンケート調査で、台湾の若者の目に日本が最も友好的に映っている実態が明らかになった。一方、経済・貿易関係を中心に中台が急接近する中、若者の中国観はほとんど改善しておらず、政権や一部企業幹部らと民衆の間で認識に大きな隔たりがあることをうかがわせた。
 アンケートは「金車教育基金会」が6~7月に高校生や大学生2000人を対象に行い、86.9%に当たる1738人から有効回答を得た。
 それによると、 「台湾に友好的な国はどこか」との質問(複数回答)に日本と答えた人は44.4%で、2年前の前回調査に続きトップ。一方の「友好的でない国」の1位は中国の82.9%で、3回連続で断トツの首位だった。2位はそれぞれ米国(41.6%)と韓国(33.3%)。


 ありがたいことであり、これは我々の先人が努力してきた結果でもある。
 それをブチ壊し、中国共産党の目的通り、台湾を併呑しようというのが、NHK「JAPANデビュー」に見え隠れするような勢力であろう。

Indtaiwan また、台湾のなかには、日本(戦前の日本)を本当に愛してくれている方も多く、先日亡くなられた簡福源さんもその一人。一度、お会いさせてもらったが、綺麗な日本語を話す、凛とした方であった。
 こういった歴史を踏まえれば、海洋国家・日本としての安全保障はもとより、大切な友人として、戦後世代の我々は台湾の「国としての独立」を支持し続けるべきである。


平成21年7月15日『産経新聞』

最も日本を愛した台湾人
          台北支局長・山本勲 

 台湾「高砂義勇兵」戦没者の記念碑再建に尽力し、先月28日に亡くなった簡福源(民族名タリ・ワタン)さんの葬儀が昨日、台北県烏来(ウライ)郷でしめやかに行われた。生前の簡さんの口癖は「自分が今日あるのは日本のおかげ」だった。親日家が多い台湾でも誰よりも日本を愛した簡さんに感謝と哀悼の意をささげる一方、明日の日台関係を築くわれわれ戦後世代の責任の重さを痛感させられた一日だった。
 簡さんは1931年6月30日、日本植民地時代の烏来郷の先住民(日本時代は高砂族と総称)タイヤル族の部族長家に生まれた。日本名は「山田正太郎」、6歳から日本教育を受け、太平洋戦争では少年志願兵として飛来する米軍機を監視した。
 日本軍が組織した先住民部隊、高砂義勇兵(6千~8千人)としてニューギニアで戦死した叔父のあだ討ちをするつもりだった。学校と軍隊で日本精神をたたき込まれた。「日本精神は誠の精神。当時の日本軍人はまっすぐで正しかった」(簡さん)
 しかし敗戦で日本兵が一斉に日本に帰り、「なぜ僕らも帰らないのとおじいさんに聞くと、『内地の人とは違う』と言われた」「ああ僕は日本人じゃなかったのか」と初めて実感した。簡さんはこの思い出を語るたび涙ぐんだ。それほど日本人意識が強かった。
 戦後、台湾を統治した蒋介石・国民党政権は徹底的な日本否定を行った。しかし簡さんは日本教育をバネに台湾最年少の県議会議員に当選、烏来郷長を2期務めるなど地元の有力者として活躍を続けた。日本の桜3千本を烏来に移植したり、九州の姉妹都市との交流などで日本を20回以上訪れたりし、日台の民間交流に努めた。
 だが簡さんの最大の苦難は晩年に突然やってきた。タイヤル族の長でおばの周麗梅さんを中心に、92年に烏来に建立した高砂義勇兵記念碑が撤去の危機を迎えたのが発端だった。
 記念碑の敷地を提供していた観光会社が2003年の新型肺炎(SARS)流行で倒産、翌年には記念碑を移設せざるを得ない事態に追い込まれたためだ。
 「周さんはすでに亡く、長男の邱克平(マカイ・リムイ)さんやおいの簡さんが対応に苦慮している」との産経新聞報道を機に、日本から3千万円を超える義援金が寄せられた。
 06年2月、この資金をもとに台北県から提供された県有地にやっと移設を終えると、今度は親中国系紙、「中国時報」が県有地は「日本に占拠された」と報道。
 連動するように新任の周錫●県長(国民党籍)が、日本の遺族団体などが寄贈した石碑(8基)を「天皇称賛の誤った歴史認識が含まれている」として撤去、記念碑の碑文まで竹で囲って封印した。
 「日本の皆さんになんとおわびしたらいいのか」。簡さんは事件後、現地を訪れた日本人関係者にこう謝る一方、原状復帰を求める法廷闘争に全力を挙げた。そのかいあってこの3月24日、台湾高等行政法院が台北県の撤去処分に対する撤回命令を出し、事件はようやく本格解決に動き始めた。
 それから3カ月、簡さんは肩の荷をおろすように亡くなった。「3年間の心労が簡さんの健康を大きく損なった」と語るのは法廷闘争を全面支援した黄智慧・中央研究院所員。誰よりも日本を愛し日台交流に尽くした簡さんの後継者が双方から澎湃(ほうはい)と登場するよう願ってやまない。

●=王へんに韋

2009年7月19日 (日)

大観光交流年
「第10回どんGALA!祭り」

 3時、就寝。

 8時、起床。大粒納豆、野菜薩摩揚げ、ハムサラダでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg0733 身支度をしたのち、9時30分、みなとまち海浜公園の夕日のドームに移動。大観光交流年である今年、第10回目となった「どんGALA!祭り」の運営ボランティアとして、急遽ボランティアをお願いした方と待ち合わせをしたのち、担当の場所につく。

 どんGALA!祭り公認
 「柏崎おもしろ検定」問題(pdf形式)

Cimg0736 これまで5年ほど運営ボランティアとして関わってきたが、今回の担当は初めてのかき氷ブースの担当。この売り上げが、事務局の費用の一部になるということで、メロン、レモン、イチゴの無果汁シロップを用意し、気合いを入れて販売しようと思うも、早速、電源トラブルが発生する。給水所をはじめ、色々なブースが電源を使っており、20Aしかない電源容量はいっぱい。
Cimg0737 発電機をもってきてもらうなど1時間ほど悪戦苦闘したうえ、やっと問題が解決したかと思えば、今度は大雨となり、濡れそうな機材の収容など、慌ただしく作業。
 雨のなかではあったが、遠方から来てくれたチームを含め、気持ち良く踊って頂ければ良いと思い、販売ブースの皆さんと随時、周辺のゴミ拾いも行う。

Cimg0735 天候が晴れたり、滝のような雨が降ったりと、訳が分からない天気のためか、かき氷はほとんど売れず、他のブースの手が足りないところに入る。
 12時40分過ぎ、やっと一段落し、ボランティアに支給の弁当で昼食。雨がご飯にかかってしまい、シャバシャバの雨漬け?となる。

 その後17時まで、かき氷の販売をしつつ、踊り子さんの誘導を行う。

Cimg0738 17時過ぎ、片付けをしながら、出店されていた小国町ブースで「ふきのとうアイス 300円」を購入。苦みと青臭さがあるふきのとうと、濃厚で甘いバニラアイスクリームとの相性は微妙なところで、いっそのこと「蕗の薹味噌」にして、塩気があるアイスクリームにしても良いかと感じた。

 18時過ぎ、一応の片付けを終え、夕日のドーム担当のメンバーとシメの挨拶を行ったのちに解散となった。

Cimg0740  19時、自宅に戻り、販売ブースで売れ残ったために頂戴した焼きそば、ひきわり納豆汁、ビール350ml4本で夕食をとる。
 食後、シャワーを浴び、部屋の掃除を行う。自宅をでる際、窓を開けたままにした部屋があったため、いくつかの部屋がビチョビチョであった。

 22時から事務所にこもり、事務仕事を行う。

2009年7月18日 (土)

日の丸君が代訴訟、教職員側敗訴

 0時過ぎ、帰宅。風呂に入ってから就寝しようと思うも、アルコールによる血のめぐりの良さもあってか、ヒビが入った手首が痛むため、ひたすら冷やす。

 2時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、ジャガイモとピーマンの炒め物、自家製海苔の佃煮でご飯2杯の朝食をとる。

 8時、事務所に相談の来客2件。

Cimg0728 12時、冷凍うどん、エリンギ、乾燥納豆パウダー、じゃがいもで納豆焼きうどんを作り、昼食にする。
 栃木県栃木市の名物といえば、じゃがいも入りの焼きそばであるが、あの味、しかもじゃがいもが崩れかけた味が食べたくなり、朝食にも使った細切りのじゃがいもを使った。

 13時から15時まで市内某所での打ち合わせ。打ち合わせ中も手首がビンビンと痛みはじめ、16時からの大観光交流年「第10回どんGALA!祭り」の前夜祭、交流会には申し訳なく欠席させてもらう。
 ありがたいことに市外からどんGALA!のために来た方が多く市内の飲食店にでているようで、どこも満員に近いという嬉しい悲鳴も聞こえてきた。

Cimg0732 19時20分過ぎ、真鯖の刺身、オクラと山芋のネバネバサラダ、秋刀魚の塩焼き、ひきわり納豆の納豆茶漬けで夕食をとる。
 鮮度の関係から、今日中に食べるしかない真鯖の刺身であるが、脂がのっており、鰺の刺身よりも格段に上の感があった。

 食後、読書など、なるべく手を使わないよう過ごす。

flag 神奈川県の公立学校の教職員が日の丸や君が代が強制であり、思想・良心の自由を侵害していると、あまりにも愚かな訴えをしていたが、案の定、敗訴となった。
 そんな事やる暇があれば、生徒の将来を考え指導する時間にあててもらいたいものである。


平成21年7月16日『共同通信』

 日の丸君が代訴訟、教職員側敗訴
 原告の訴え全面棄却

 神奈川県立学校の教職員135人が、入学式や卒業式で日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱する義務がないことの確認を県に求めた訴訟の判決で、横浜地裁は16日、「県教育委員会の起立斉唱命令は思想・良心の自由を侵害せず、教職員は起立、斉唱の義務を負う」として、原告の訴えを全面的に退けた。原告は、指導は強制に当たり、思想、良心の自由が制約されているとして憲法違反だなどと主張していた。

2009年7月17日 (金)

漂着ゴミが宝の山に
左手首、ヒビ入る

 2時、帰宅し、シャワーを浴びたのち、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、イカの沖漬け、ほうれん草のごま和えでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、来客対応。福浦八景をはじめ、柏崎の海の良さが分かる場所をご案内する。
 柏崎駅でお見送りをしたのち、市役所に行き、資料の整理などを行う。

 13時、一度、自宅に戻り、乾麺のへぎ蕎麦、ひきわり納豆、生卵でぶっかけうどん風のぶっかけ納豆そばを作って昼食。
 食後、再度市役所に行き、交通費で赤字になっていたため、すっかり忘れていたテレビ出演料などの報酬の申告手続きを行う。

Cimg0731 15時、先週からかなり痛みがあり、テーピングと塗り薬ボルタレンでごまかしていた左手首であったが、どうしても我慢できない痛みになり、市内の某整形外科に駆け込む。
 かなり混んでいたため、2時間ほど待たされたが、レントゲンを撮った結果、骨にヒビがはいっているであろうとのことであった。

 18時、一旦、事務所に戻り、手を使う作業の手伝いの予定などをすべて変更する旨、連絡する。

Cimg0724 19時30分、柏崎商工会議所に移動し、柏崎青年会議所で副委員長を務めるエネルギー環境問題検討委員会の打ち合わせに出席。飲み物は最近すっかりお気に入りの「三ツ矢サイダー オールゼロ」である。
 今年10月に市民の皆さんにも公開する例会の内容について話し合う。
 原子力発電所があることの優位性、これからの二次電池産業、電気自動車など、例会の組み立てや分担を決めた。

Cimg0725 21時過ぎ、夕食も食べていないということで、委員会に出席したメンバー有志と先日行ったばかりの「Food&Drink 夕凪~ゆうなぎ~」(電話:0257-37-2758)に移動。
 生ビールを飲みながら、「馬刺し 650円」、「生ハムサラダ(シーザードレッシングにして) 650円」、「チーズ春巻き揚げ 600円」で腹を満たす。

Cimg0727 22時過ぎ、2次会として市内某スナックに移動。
 飲み始めは痛かった左手首であるが、すっかり酔いがまわったのか、痛みを感じなくなった。これでは治りは遅いであろう・・・反省。
 大雨のせいか他のお客さんがいなかったため、お約束の「ウルトラマンレオ」にはじまり、「太陽戦隊サンバルカン」などドン引き曲を中心に歌う。

 これまで柏崎青年会議所としては、3年間、市内の海水浴場の一斉清掃「ビーチクリーン」を行ってきたが、そのゴミの量は驚くばかりであった。
 海水浴や海を見にきた観光客が置いていったゴミもあるが、ゴミの大半は漂着ゴミであり、ペットボトルや発泡スチロールがかなり多い。
 そんな漂着ゴミが資源になるのではないか、という取り組みが産経新聞で報道された。
 面白く、そして実益あるチャレンジであり、今後どのような展開になるのか、注目したい。


平成21年7月15日『産経新聞』

 漂着ゴミが宝の山に

 海外から日本沿岸に漂着するゴミの処理が問題となる中、ゴミを燃料に変える試験プロジェクトを日本海難防止協会が沖縄県竹富町の鳩間島で今秋から始める。燃料の安全性やノウハウを検証するという。これまで離島では多額の輸送費をかけ処理していたが、試験が成功すると、コストがゼロになるばかりか、逆に燃料という資源も得られる。「厄介なゴミが宝の山になる」。地元も期待を寄せる。(森本充)

 発泡スチロール燃料化道筋
 沖縄県の離島で実証実験

 「島国の日本において離島は漂着ゴミのフィルター役」。海洋汚染防止の研究などをしている日本海難防止協会の大貫伸上席研究員は話す。離島には海流の影響で多くのゴミが流れ着くからだ。
 環境省が、竹富町の西表三島の2.74キロの海岸で、年間に漂着するゴミの量を調べたところ、229立方メートルあった。海岸線は全長約130キロで、年間約1万865立方メートルが漂着する計算になる。
 離島では現在、ゴミを船に載せて本土まで運び処理している。費用は1立方メートルあたり平均1万円。同町自然環境課の通事善則氏は「全部は到底処理できない」と話す。少ない予算で処理できるのは年間100立方メートル程度。現在、環境省が期間限定で約300万円の助成を行っているが、それでも処理できるのは押し寄せるゴミの4%に満たない。

▽プラント低価格化

 こうした現状の打開策として、大貴氏らが目をつけたのが、発泡スチロールを燃料となるスチレン油に変えるプラントだった。発泡スチロールは西表島調査でも漂着ゴミの半分近くを占める。
 プラントは近年、小型化が進み、値段も1台約1千万円に下がった。製造する「サンライフ」(神奈川県)などによると、1日8時間の運転で、約15立方メートルの処理が可能という。100キロの発泡スチロールから60キロ超のスチレン油の製造が可能。その油でプラントを動かすことが可能な上に余剰も出るという。
 西表島に漂着する発泡スチロールは年間推定4830立方メートルで、処理能力の範囲内に収まる。大貫氏は「輸送コストがゼロになるばかりか、逆に得する結果を生む」と話す。

▽「画期的な解決策」

 こうした点に注目し、日本海難防止協会では日本財団の協力を得て、竹富町で実証実験を決めた。作り出されたスチレン油の安全性や、漁船の動力に使えるかなども調べるという。
 プラントの設置は今秋だが、早くもゴミを集め始める島民が出るなど、期待は膨らむ。竹富町の通事氏は「ゴミ処理に頭を痛めていた。画期的な解決策だ」と喜ぶ。サンライフでは、発泡スチロールだけではなく、全ゴミを油にするプラント開発も進めており、宇野秀敏代表は「可能性は無限にある」と話す。
 漂着ゴミは世界共通の課題。大貴氏は「世界の問題解決に光が見えるかもしれない」と期待する。来秋までにまとまる実験結果に注目が集まる。

2009年7月16日 (木)

中越沖地震2周年合同追悼式
くすぶる「中越沖」名称問題

 3時、就寝。

Cimg0700 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、らっきょう、そして旬となった 塩鯨の脂身と夕顔の味噌汁でご飯2杯の朝食をとる。
 この味噌汁を朝に飲むと、「夏が来たなぁ~」という感じである。小さい頃は苦手な味であったが、中学生になった時ぐらいから大好物になった。

 9時、柏崎駅まで東京からお越しになった某政治関係者をお迎えにあがり、市内をご案内する。

Cimg0709 10時、柏崎市市民プラザに移動し、「新潟県中越沖地震2周年合同追悼式」に出席する。
 あの中越沖地震から、もう2年。地震発生から2日間ほどは、ほとんど寝ることもできず、市内を走り回っていたことを思い出す。

Cimg0710 品田宏夫・刈羽村長による開式の辞のあと、中越沖地震が発生した10時13分から1分間の黙祷。
 会田洋・柏崎市長による式辞、泉田裕彦・新潟県知事による追悼の辞、来賓挨拶ののち、代表献花となった。
 ご遺族を代表してのご挨拶で閉式となり、その後、献花させてもらった。
 K氏とともに、えんま通りで埋まっていた方の安否を、朝方まで見守っていたことを思い出した。

「震災復興計画の進捗状況について」(pdf形式)

 12時から16時過ぎまで、来客のご案内で市内まわり。震災の跡が残る場所から復興した風景までをご覧頂いた。途中、余りの幕の内?弁当をもらったので、移動しながら車中で昼食をとる。
 途中から雨が降ってきたため、一部予定を変更。

 18時15分、柏崎市市民プラザに移動し、中越沖地震2周年復興祈念事業「復興コンサート」を見させてもらう。
 柏崎市中越沖地震2周年復興祈念事業実行委員会の主催によるもので、構成団体は柏崎商工会議所社団法人柏崎青年会議所柏崎観光協会新潟県社会福祉協議会柏崎市社会福祉協議会、柏崎市コミュニティ推進協議会、株式会社柏崎コミュニティ放送 FMピッカラ社団法人中越防災安全推進機構 復興デザインセンター中越沖復興支援ネットワーク新潟産業大学新潟工科大学柏崎市である。
Cimg0713 「第12音楽隊」を「第2音楽隊」、「相馬原(そうまがはら)」を「相模原(さがみがはら)」と、してはならないイージーミステイクをした会田市長の挨拶のあと、柏崎市立剣野小学校平成19年度卒業生による合唱。
 地震のときに柏崎市立剣野小学校の6年生だった生徒さんが想いを込めて創った歌を合唱するということで、楽しみにしていた。
 パンフレットには以下のように記載。

<きらめき学年創作曲 プロフィール>

 平成7年に発生した阪神・淡路大震災。この年に生まれた子どもたちが、小学校6年生の時に新潟県中越沖地震が発生しました。
 同じように大地震を経験した人たちから、何か学べないかと考え、修学旅行で神戸に行きました。「この街が好きだから頑張ることができた」と話してくれた神戸市長田町商店街の皆さんの顔が忘れられません。
 帰ってきてから、自分たちに何ができるかを考え、会田市長に直接たくさんの提案をさせていただきました。その一つが創作曲「みんながいるから」です。
 この曲は、子どもたちがつづった詩に、先生がメロディーを付けてできたものです。
苦しいときもみんながいるから乗り越えられたという感謝の気持ちと、輝く柏崎のためにみんなで励まし合っていこうという希望の曲です。

<陸上自衛隊第12音楽隊 プロフィール>

 陸上自衛隊第12音楽隊は、昭和50年に創隊され、群馬県榛東村の相馬原駐屯地に所在しています。
 第12旅団の担当地域である群馬・栃木・長野・新潟の四県を中心に、東京・埼玉・神奈川などにおいても、国家的行事、自衛隊の儀式、部内外からの要請による演奏を任務とし、定期演奏会、学生の演奏指導、都内でのランチタイム・コンサート等現在、第14代隊長1等陸尉 村上康広 以下35名で、年間100回以上に及ぶ演奏活動を行っています。

 第12音楽隊が演奏、先生が指揮をした合唱は、非常に気持ちがこもっており、会場内には涙される方もいたほどで、しみ入る合唱であった。時計を見れば、約5分間が過ぎていたが、密度が濃く、時間を短く感じた。

*未成年のため、映像全体にボカシがかけてあります。

「みんながいるから」きらめき学年創作曲
(柏崎市立剣野小学枚 平成十九年度卒業生)

(1)
突然消えた みんなの笑顔 前ぶれもなく来た 大地の怒り
幸せな日々 楽しいこと 大切なものがくずれていった

こわれた街 つかれた心 みんなの笑顔 取り戻したい

新しい未来に進もう 一歩ずつ
つらいとき 苦しいときも はげまし合って
こわれた思い出を もう一度積み上げ
つらいこと乗り越えて歩こう みんながいるから

(2)
支えてくれた 励ましてくれた みんなの優しさを忘れないよ
今度はぼくらが 笑顔で言うよ 感謝の気持ち 伝えたい

「ありがとう」 支え合い 未来を作るんだ
どんなに時間かかっても きっと取り戻そう
大好き柏崎 輝くその日まで
つらいこと乗り越え歩こう みんながいるから

新しい未来に進もう 一歩ずつ
つらいとき 苦しいとさも はげまし合って
こわれた思い出を もう一度積み上げ
つらいこと乗り絶え歩こう みんながいるから

Cimg0715 続いて、第12音楽隊の演奏。
 1曲目はケネス・ジョゼフ・アルフォードの『ボギー大佐』で、映画『戦場にかける橋』での『クワイ河マーチ』である。
 2曲目は、中越沖地震では忘れてはならないKokiaの『私にできること』。隊員による伸びのある歌唱で、当時を思い起こすのか、やはり涙する方が会場内にいらっしゃった。
 その後は、日本レコード大賞の黄金期である昭和50年代のメドレーとして、『北の宿から』、『北酒場』、『ルビーの指輪』、『勝手にしやがれ』。
 ここで時間となってしまったため、会場をあとにしたが、曲目は以下の通りだったという。

・木管アンサンブル
 『ロンドンデリーの歌』
 『千の風になって』
・クラリネットアンサンブル
 『酋長の行列』
・金管アンサンブル
 『星条旗よ永遠なれ』
 『ジュピター』
・ディズニークラシックスレビュー
・演歌メドレー
・大河ドラマ『天地人』オープニングテーマ

Cimg0716 会場をでたところで、柏崎青年会議所のふるさとリフォーム委員会をはじめ、メンバーが気合いを入れて制作した光のオブジェの数々に驚く。
 約1万個の発光ダイオード(LED)や約600本のキャンドルを使用したという。
 家庭のことや、市外からのお客さんの対応のため、制作や当日準備も手伝えず、メンバーの一人としては非常に心苦しいところである。
 ただただ申し訳なく思い、次の会場に移動。

Cimg0717 19時から、いよいよ今週末に迫った大観光交流年「第10回どんGALA!祭り」の最終の打ち合わせに出席する。
 これまではぴっから通りでの地方車出しや交通整理、呼び出しをメインに行ってきたが、今回はなるべく新規のボランティアの方にそちらにまわってもらい、自分自身は夕陽のドームでの雑用を行うことにした。

Cimg0719 20時過ぎ、再度、ホテルまでお迎えに行き、東京から来られた方を駅通りを中心にご案内する。
 駅仲通りから市民プラザまでのライトアップや音楽、そして光のオブジェなどをご覧頂いた。あいにくの雨のため、約30分ほどで切り上げ、市内の某店にお送りする。

Dsc00175  22時、自宅に戻り、肉餃子、秋刀魚、たまご豆腐、ひきわり納豆で作った納豆茶漬けで夕食をとる。
 イベントや来客対応などで自分の仕事がなかなかできなかったため、今日からやっと来週の臨時議会の資料を読み込む。

 中越沖地震という名称が決まって以来、色々な意見がでていたが、今日も地震名称についてのご意見を聞くことがあった。
 いまになって・・・の話ではあるが、「柏崎刈羽沖地震」といった名称が良かったのではないかとつくづく思う。


平成21年7月15日『産経新聞』

あす「中越沖」地震2年
「中越」と混同・・・・反発
義援金で不信/風評被害も

 犠牲者15人を出した「新潟県中越沖地震」から16日で2年になる。被災地の柏崎市で追悼式が予定されるなか、気象庁が命名したこの震災の呼称に、地元では平成16年10月23日に発生した「新潟県中越地震」と1字違いで紛らわしい、どこが被災地かよくわからない-と、今でも不満がくすぶっている。
 震災で気象庁が名称をつけるのは建物の全壊戸数が100戸を超えた場合。気象庁は19年7月16日午前10時すぎに起きたこの地震を「震源地は新潟市南西約60キロの上中越沖、被害範囲は柏崎市と刈羽村を中心に広域に及ぶ」として、中越沖地震と命名した。
 ところが、長岡市や小千谷市、川口町に大きな被害をもたらした16年10月23日の中越地震と名称が酷似していることや、柏崎市の海岸線から内陸の群馬・長野両県境までの新潟県中部全域を指す「中越」を使ったことが事情を複雑にした。
 例えば義援金。県が受け付けた中越地震の義援金は発生から3年目の19年は少額で推移していたが、中越沖地震が起きた19年7月は約3100万円と前月の約87万円の35倍以上に激増。避難所で暮らす被災住民の間から「こんな名前をつけるから、義援金もほかに回ってしまう」と行政に対する不信の声が出た。
 あいまいな名称が原因で新潟県全域に及んだ風評被害も、不満に追い打ちをかけた。下越地方の村上市の温泉や、佐渡など被害と無関係な観光地でも宿泊のキャンセルが相次いだ。こうした事態に、県は被災地がより明確になる「柏崎沖地震」を県独自の呼称として提案したほどだった。
 発生から2年。原子炉7基のすべてが停止した東京電力柏崎刈羽原子力発電所は近く、7号機が営業運転を再開する見通し。柏崎市内の仮設住宅で暮らす282世帯(6月末現在)も8月末までに全世帯が退去、復興公営住宅などで新たな生活に入る。柏崎観光協会は今夏、震災前と同様の海水浴客100万人達成を目標にする。「中越沖」の呼称への不満がくすぶるなか、地元は完全復興に向けた正念場の夏を迎える。

2009年7月15日 (水)

何のための国会議員か?審議拒否
北朝鮮貨物検査法案廃案へ

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、蕗の佃煮、わかめサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、急遽依頼されたDVDのマスタリング作業に着手。

 10時から13時まで、依頼された刈羽村への水道供給や補助金に関わる資料を届けるため、市内まわり。途中、「MEGAドン・キホーテ柏崎店」でおにぎり(筋子)、ファンタゼロ、レタスサンドイッチを購入し、昼食をとる。

Cimg0708_2 「MEGAドン・キホーテ柏崎店」の飲料売り場でダイドーのウルトラサイダー第二弾が売っていたため、姪っ子が好きなウルトラマンタロウの2種類を購入。第一弾は全部で21種類であったが、第二弾はウルトラマン、赤いカラータイマーのウルトラマン、ゾフィー、ウルトラセブン、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ウルトラの父、ウルトラの母、ウルトラマンダイナ、ウルトラマンガイアにそれぞれのパターンがあり、全部で27種類という。マニア泣かせである・・・とは言うものの、第三弾としてウルトラマンレオを出してほしい願望は膨らむ。

 13時過ぎから事務所に来客2件。

 16時から20時過ぎまで、東京都内をはじめ首都圏から柏崎にお越しになった方のご案内のため、ホテルや拉致事件現場など市内各地を往復する。

 21時、自宅に戻り、ひきわり納豆、煮卵、わかめスープ、ご飯2杯で夕食をとる。

 食後からブログやメールなどを書く。

 衆議院の解散、選挙の日程が見えてきたことで、民主党をはじめとする野党は麻生太郎首相への問責決議を行い、その後の議案審議を応じないという方針をだした。
 選挙のために審議拒否をする民主党などの国会議員は、議員という職を何だと思っているのであろうか。
 これによって北朝鮮関連船舶への特別措置法や公務員制度改革法案など以下の17法案が廃案となる。

・貨物検査特別措置法案
・地方公務員法・地方独立行政法人法改正案
・労働者派遣法改正案
・障害者自立支援法改正案
・公務員制度改革関連法案
・組織的犯罪処罰法改正案(共謀罪創設法案)
・被用者年金一元化法案
・独立行政法人統計センター法改正案
・行政不服審査法案
・行政不服審査法施行関係法整備法案
・行政手続法改正案
・独立行政法人通則法改正案
・独立行政法人通則法施行関係法整備法案
・独立行政法人気象研究所法案
・成田国際空港株式会社法改正案
・確定拠出年金法改正案
・小規模企業共済法改正案

 まさに政局優先で、日本としての国際的な立場や改革の一歩を議論しないのである。
 地方議員が国会議員に行動に文句を言うな、という声もあろうが、議員という公の立場で税金から歳費をもらう意味では同じ。自分たちの政局のために本来の仕事である審議を拒否するなど、自民党、民主党など政党は関係なく、議員失格と思う。
 政権交代が第一!などと叫ばれているが、それは日本国内の政治体制の問題。北朝鮮への対応などは世界から日本を見れば

 「何やってんだ!日本は。
  言い出しっぺじゃないのか?」

ということになる。
 反対するなら反対でも良いが、野党の国会議員には、キチンと審議を行い、本分をまっとうしてほしいものである。


平成21年7月15日『産経新聞』

貨物検査法案廃案へ
対北包囲網 自ら崩す

 北朝鮮関連船舶の貨物検査を可能にする特別措置法案は14日午後の衆院海賊対処特別委員会と衆院本会議で与党の賛成多数で可決され、衆院を通過した。しかし、参院での麻生太郎首相の問責決議可決を受け、野党は一切の国会審議に応じない方針を決めたため、衆院解散に伴う廃案が決定的となった。
 北朝鮮の再核実験を受け、日本は国連安全保障理事会で対北朝鮮制裁決議を主導してきたが、これにより決議の完全履行は不可能となり、日本が国際社会による対北朝鮮監視網の構築を自ら突き崩す危険性をはらんでいる。日本が貨物検査に参加しないことにより、北朝鮮と密接な中国などが決議の履行を回避する可能性もあり、安保理決議の実効性に深刻な影響を与えることになりかねない。
 国連制裁決議は、核、ミサイル関連物資の北朝鮮への出入りを遮断するための貨物検査を各国に求めた。特措法案は国連が定める北朝鮮禁輸品目の貨物検査を行う権限を海上保安庁と税関に付与する内容だった。
 現行の海上保安庁法では、麻薬、武器など国内法令違反の貨物を積んだ船舶への検査は可能だが、核・ミサイル開発に転用できる民生品の検査は行えない。どうしても貨物検査を行う必要が生じた場合は、政府は「放置すれば日本への武力攻撃に至る恐れがある」として周辺事態と認定し、船舶検査活動法を適用するしかない。
 廃案により、北朝鮮関連船舶に関する日本の活動は自衛隊による情報収集や追尾に限られ、貨物検査は他国に委ねることになる。浜田靖一防衛相は14日の記者会見で「廃案は大変残念だ。われわれは淡々と通常任務の中で情報収集などをしっかりやっていく」と述べた。
 これまでの審議で、野党は日本が北朝鮮箱船の入港禁止措置をとっていることなどを理由に「日本が貨物検査を行う事態は考えにくい」と主張。政府は、北朝鮮船舶の日本近海通過や、北朝鮮の禁輸品目を積載した他国船舶が日本に寄港する可能性は排除できないと説明してきた。


平成21年7月15日『産経新聞』

政府提出の17法案、廃案へ

 民主党などの野党が14日、首相問責決議可決を受けてすべての国会審議に応じない方針を決めたことで、麻生太郎首相が21日にも衆院解散をすれば政府の提出法案計17本が廃案となる見込みになった。この場合、今国会では政府の新規振出法案69本のうち62本が成立しており、成立率は89.9%となる。
 廃案になる新規法案は、14日に衆院を通過した北朝鮮貨物検査特別措置法案のほか、公務員制度改革関連法案など7本。前国会からの審議継続となっていた法案については、共謀罪を創設する組織犯罪処罰法改正案や、被用者年金一元化法案など10本が成立しない。
 成立率は、昨年の通常国会(78.8%)と比べて大幅に上昇し、ねじれ国会前の水準に回復した。政府が提出本数を絞り込んだことに加え、民主党が解散の環境整備を図るため審議に柔軟に応じたこともある。
 今国会では平成20年度第2次補正、21年度、同年度補正と3回の予算審議があった。海賊対処法や改正国民年金法など8本が衆院の3分の2以上の賛成で再可決の上成立、消費者庁設置法や公文書管理法は全会一致で成立した。

2009年7月14日 (火)

許泰烈、「対馬島(テマド)はウリの領土」
対馬まで韓国領土?

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆 塩鯖焼き、筑前煮、わさび漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中、事務所への来客2件。

 12時、市内某所にて、コンビニで買った納豆巻き おにぎり(たらこ)、低脂肪乳で昼食を
リながら 出会いの場を作るイベントができないものか、アイデア抽出会議を行う。

 13時過ぎ、事務所に戻ったところで来客。

Cimg0684_2 来客が続いた18時30分、えんま堂に行き、二十三夜講に出席。
 約20分間の読経ののち、いなり寿司、串カツ、鰺フライがメインである弁当を食べつつ、ビール、冷や酒の会食となった。

Cimg0686 明日の新潟県内ニュースで紹介される某ハンコ屋さんを含め、今日の出席者は9名。年代も考え方もそれぞれで非常に参考になる時間である。
 えんま通りとしては、まちづくりのガイドラインも作り、マークを募集しており、これからが本当の勝負。直接の出店者ではなく、また町内が同じわけではないが、できる限り協力していきたいと思う。

Cimg0691 20時30分、二十三夜講を終え、サバイバルゲーム関係者とともにトルコ料理店「KEBAP TIME(ケバブタイム)」(電話:0257-32-4491)の退店に伴い、出店された「Food&Drink 夕凪~ゆうなぎ~」(電話:0257-37-2758)に移動。
 打ち合わせをしながら、伊佐焼酎の「伊佐美」のロックに続き、和歌山県産「いちご梅酒」を飲む。馬刺しなどが美味く、今度は空腹にしてから来たいと思う店である。

Cimg0693 23時過ぎ、ラーメンでシメるかどうか話したところ、甘いものでシメようということになり、 「船栄 柏崎店」 (電話:0257-22-0288)に行き、ハニートーストを注文。
 花火がついてきて、甘い蜂蜜がかかったアイスとカリカリに焼かれたトーストが光っていた。
 生ビールを飲みながら、甘いものを食べるのは得意ではないが、たまには悪くない。

 24時、帰宅。

 竹島を独島(ドクト)と呼び、日本固有の領土を実効支配している韓国であるが、今度は対馬まで自分の領土だと真剣に言い始めた。
 すでに竹島は韓国軍と一戦を交える覚悟でなければ、日本に返ってくることは難しいであろう。これまで毅然とした対応をとってこなかった日本政府に原因がある。
 同じミスを犯さないためにも、日本政府には早々に手を打ってもらいことを願い、そして我々国民は「目を離すと領土拡大を画策する」という隣人がいることをキチンと認識することが必要だ。 


2009年7月10日『聯合ニュース』

■許泰烈、
「対馬島(テマド)はウリの領土」討論会を開催

 
ハンナラ党の許泰烈(ホ.テヨル)最高委員は10日、国会議員会館で「対馬島(テマド)/私たちにとって何なのか」をテーマに討論会を開き、対馬に対する再証明に乗り出した。
 許最高委員は、
「対馬島が歴史的に我が国の領土の一部だったという歴史的文献が多数存在しており、地理的・血統的・文化的に見ても我が国と近いということは明らかな事実だ」として、「にもかかわらず、対馬島がウリの領土であることを強力に主張しないならば、子孫に顔向けできない」と表明した。
 許最高委員はまた、「国境は可変性を持っているだけに、歴史の大きな転換点で韓日間に 国境問題が台頭する時に備えて、対馬島に関する研究と主張を持続的に行なわねばならない」と付け加えた。
 釜山外語大の金文吉(キム.ムンギル)教授は、16世紀の朝鮮王の玉璽が捺された官職任命状、18世紀に日本で製作された朝鮮八道地図、対馬島固有言語のハイル文字の表記がハングル起源だという研究結果等を通じて、対馬島が朝鮮の一部だったと主張した。
 許最高委員は50人余りの与野党議員と共同で、対馬島返還に関する対策機構の設置等を盛り込んだ「対馬島の大韓民国領土確認・返還要求決議案」を国会に提出している状態だ。

2009年7月13日 (月)

えっ?日本への軍事威嚇は一度もない?
北朝鮮

 風呂に入ったのち、1時に就寝。いつもよりも早い時間の就寝となった。

 6時、起床。資料の読み込みや整理などを行ったのち、ホテルをでて、中野区に向かう。

 8時、JR中野駅前で、昨日の東京都議会議員選挙(中野区)に再選した、同志である民主党・吉田康一郎議員に会い、当選のお祝いを伝える。党は違えど、行動の思いは一緒の同志である。

Dsc00173_3 9時過ぎ、池袋に到着。あまりの暑さと時間調整のため、近くのマクドナルドに入る。
 朝食を食べていなかったので、「ソーセージエッグマフィンセット」、飲み物はコカ・コーラゼロに注文。ボリュームとカロリーはあれど、やはり米と納豆がないと食べた気がしない。

 10時からジャーナリストの清水典之氏と打ち合わせ。原子力発電と電気自動車など今後の日本、そして柏崎の進む道などをお話させてもらう。

 12時、コンビニで買った細納豆巻き1パック、グレープフルーツジュース、白身魚フライで昼食をとったのち、国会図書館で調べ物。

 17時、柏崎に戻り、身支度をしたのち、弔問や相談をお聞きするためでかける。

Cimg0681  20時、帰宅。郵便物が大量に届いていたため、その整理を行う。
 22時、スーパーで半額になっていた養殖の鯛のあらを使って、鯛飯、かぶと焼きを作り、クルトン、部屋で栽培したミニトマト、ハム、水菜、レタスを使ったサラダで夕食をとる。

 都議会議員選挙や衆議院の解散時期をめぐって日本の話題が国内に向いているなか、北朝鮮が面白い、というよりは、「らしい」発表をした。
 なんと、日本への軍事威嚇は一度もないというのである。
 「東京を火の海にしてやる」といった発言は威嚇ではないのであろうか。

 日本がまともな国防意識を持つことを、北朝鮮が恐れているのが、よく分かる。


2009年7月8日『Record China』

<北朝鮮>
「日本への軍事威嚇は一度もしたことがない」
                   ―北朝鮮紙

 7日、北朝鮮紙・労働新聞は、日本が警戒する「北朝鮮による軍事威嚇」は完全なでっち上げだとする社説を発表した。北朝鮮は日本に対し、1度も「軍事威嚇」を行ったことがないと主張している。写真は北朝鮮。
 2009年7月7日、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は、日本が警戒する「北朝鮮による軍事威嚇」は完全なでっち上げだとする社説を発表した。北朝鮮は日本に対し、1度も「軍事威嚇」を行ったことがないと主張している。新華網が伝えた。
 同社説は、北朝鮮人民は朝鮮半島や東北アジア情勢が緊迫化することや軍事衝突が起こることを望んでいないと強調。また、日本政府は今年末の決定を予定している新たな「防衛計画の大綱」(2010~14年度)で、北朝鮮による「威嚇」を公然と吹聴し、対策強化を提言しているが、実際は日本に根強く残る「北朝鮮侵略への野心」と「21世紀中にその野心を実現させるための策略」を暴露したに過ぎないと批判した。

2009年7月12日 (日)

東京都議選、民主党躍進
夜のお台場、実物大ガンダム

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、塩鮭、もずく酢、たまねぎスライスでご飯2杯の朝食をとる。

 9時から10時過ぎまで市内某所での打ち合わせに出席したのち、東京都内に移動。

 移動中、ミックスサンドイッチ、牛乳、味付け卵で昼食をとる。

 14時、日本青年館に移動。日本青年社創設50周年記念総会に出席させてもらい、中越沖地震の際に駆け付けてくれた方をはじめ関係者に御礼と現在の柏崎の状況をお伝えする。
 総会の講演では、山梨学院大学のコンスタンチン.O.サルキソフ教授から北方領土の返還についてのお話があった。

・0か1かの全島返還より3.5先行返還も大きな前進
・旧ソ連は領土問題自体がないと主張していたが、現ロシア政府は領土問題を解決すべきものと認識している。
・ロシア側から見た問題解決できない理由
(1)領土問題解決の政治的パイプがない
(2)本音と建前の違いが日本側にある
(3)政治に感情が持ち込まれる
(4)日本の政治情勢の不安定さ
  長期的な交渉相手がいない

Uu 15時過ぎ、途中で失礼させてもらい、打ち合わせがあるため、渋谷にタクシーで移動。
 途中、中国政府によるウイグル人虐殺に抗議するデモが行われている宮下公園の横を通り過ぎた。是非、参加したかったが、今回は時間が合わず残念である。
 今回の件については、台湾人からも支援の声明があがっている。


【声明文】ウイグルの民族防衛を支持する

     「台湾の声」編集長 林建良

1,このたび発生した東トルキスタンでの「暴動」とは、中国政府がウイグル民族を絶滅させる口実作りのため、意図的に誘発させたものといえる。

2,中国がこれまでもウイグル人へのジェノサイドを繰り返してきたが、それが人類全体に対する犯罪ではなくて何であろうか。ウイグル人にはこのジェノサイドに対抗する民族防衛権がある。

3,我々はウイグル人の民族防衛を支持するとともに、国際社会に対して中国のウイグル人への虐殺をやめさせるよう強く呼びかけるものである。


 16時過ぎから18時過ぎまで渋谷の某所で打ち合わせ。

Cimg0667  19時、空腹となったため、とにかく目の前にあるラーメン屋ということで「博多風龍 渋谷店」に入り、「きくらげラーメン 600円」で夕食をとる。
 3玉まで無料ということで、2玉以上食べようかと思ったが、空腹過ぎたためか、味が好みではないからか、1玉で終了。

Dsc00172  食後、せっかくなので、映画を見ようと渋東シネタワーに行く。
 日曜日の夜という時間だからか、まるで貸し切りのような状態で100%オレンジジュースを飲みながら、「真夏のオリオン」を観ることができた。
 内容として、軍人の物語としては少し軽く感じる展開であったこと、戦死した部下を送る際、 「靖國で会おう」という言葉があってしかるべきであったが無かったことなど、気にかかるところがあった。しかし、戦闘シーンなどなるべく事実に近いかたちに緻密に丁寧に作られていたことは素晴らしいと思う。

Cimg0673 映画の余韻もそのままにお台場に移動。
 「東京都立 潮風公園(東京都品川区東八潮一・二番)」に行き、話題の等身大ガンダムを見る。
 到着した際、すでにライトアップの時間は終わり、真っ暗な中であったが、現地にはざっと見で、多くの外国人を含み300名ほどの人がたむろし、それぞれに写真を撮っていた。
 高さ18メートル、重さ35トンの原寸大ガンダムはとにかくカッコ良く、柏崎にも飾ってほしいと思うほどであった。個人的には、横にシャア専用ザクがほしいところ。
 そうこうしている間に、東京都議会議員選挙の開票結果が分かり、同志である日野市の古賀俊昭候補、新宿区の吉住健一候補、中野区の吉田康一郎候補、南多摩区の小磯明候補がそれぞれ当選したことを確認し、一安心。しかし、自民党は第一党から転落、民主党が第一党となった。
 また、奈良県奈良市長選挙では仲川元庸候補が当選し、33歳の市長が誕生した。全国で続々と30代、40代の首長が誕生しており、そのうち20代もでる可能性もある。
 若さだけではなく、どうのような手腕をもっているのか、参考にさせてもらおうと思う。

 24時近く、空いているホテルを見つけ、チェックイン。

2009年7月11日 (土)

2009米山町海まつり
ウイグルにおける核実験

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、小玉貝のバター焼き、野沢菜の古漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 8時から10時まで家周りの仕事。クーラーの室外機の整備などを行う。

Cimg0661 10時30分、米山町の米山海水浴場に移動し、海開きを兼ねた「復興祈願 米山町海まつり」に出席する。
 玉串奉奠ののち、来賓として挨拶する機会を頂戴したので、今年5月30日に行ったビーチクリーンのことや、ロシアの観光に関する取材の対象にしてもらったことなどをお話し、今年の夏も無事に無事故であること願うことを最後に申し述べた。

Cimg0663

 神事を終えたあとは、子供御輿や貝拾いなどの催しものがあり、浜は賑やかになった。
 その後は懇親会。とにかく美味しい海の幸が味わえるので、毎年、この時間が非常に楽しみである。
 歯ごたえだけの刺身ではなく、ほどよく熟成させたトロリとしたメダイをはじめ、甘海老、鯛など絶品で、バクバクと食べてしまった。
 また、市政に関するご意見も多く頂戴し、日本酒がガバガバと注がれつつ、お話をお聞きした。

 12時過ぎ、中締めとなるも「府中屋」(電話:0257-26-2350)に移動し、二次会。
 さすが漁師町、二次会においても、かなりの量のビール、日本酒を飲むことになり、すっかり胃のなかは酒だらけとなった。

 現在の米山町の悩みの種は、樺太発見者である「松田伝十郎の碑」の再建である。
 中越沖地震により、地滑りし、崖下に落ちたものの、引き上げるまでは公のお金で行うが、再び土台を作り、建てる費用がない。
 募金活動や各種の補助制度など、是非、調査し協力したい。

 15時、母に迎えに来てもらい、帰宅。

 17時、酔いが残ったままで申し訳なかったが、病院に行き、祖母の様子を見る。

 19時、自宅に戻り、ひきわり納豆で作った納豆茶漬けをすすったのち、3時間ほど仮眠。

 23時から事務所で資料の整理などを行う。

Uu 暴動が報道されているウイグルであるが、ウイグルにおける核実験についてマスコミは報道していない。
 あの地において、中国は非人道的な核実験を行っているのである。
 その経緯を簡単にまとめたメモを頂戴したので、以下にご紹介する。

・中国の核実験は1964年から1996年(平成8年)までの間、計46回行われた。
・実験場所は、シルクロードで知られる楼蘭の近くであった。実験で遺跡も破壊された。
・実験地のウイグル人には何の警告もなかった。勿論、住民の避難も行われていない。このことは、ウイグル人の証言ばかりか、衛星写真からも明らかである。中国政府には住民の安全意識は全くなかったと言わざるを得ない。
・中国は、爆心地=ゼロ地点に関する情報も開示していない。
・中国がシルクロードで行った核実験は、長崎へ投下された核の200倍も大きい。
・高田教授の推計では、最も危険な3発のメガトン級核爆発により、19万人が急性原爆症で死亡、129万人が核放射性被害の可能性。
・一方、中国共産党の機密情報として75万人死亡説がある。この数字は高田教授の推定数とほぼ一致する。ウイグル人の被爆者は全く治療を受けていないので、129万人の急性症のうちかなりの人が死んだはずだからである。また、多くの被災者は医療手当も受けずに放置されたままである。
・中国共産党は、現地ウイグル人を単なる実験材料と見ていたに違いない。実験というよりも、核の蛮行だ。
ウイグルは、日本に継ぐ“被爆国”だ。
・中国当局は一切、無視・沈黙している。

2009年7月10日 (金)

祝!2009「納豆の日」
柏崎市職員の懲戒と公表基準

 2時 就寝。

 7時 起床。大粒納豆 目玉焼きトマトサラタ イカの塩辛でご飯2杯の朝食をとる。

 今日7月10日は「納豆の日」であり、例年、納豆に関する問い合わせを多くもらう日なので、午前中は事務所で事務仕事をしながら問い合わせに対応する。

 12時、市内某店にて、ミックスピザ、グレープフルーツジュースで昼食をとりながら某社の担当者と打ち合わせ。

 13時から市役所に行き、議会事務局や担当課などで調査や雑用をこなす。

 15時、市内某所でレモンスカッシュを飲みながら、政治関係の意見交換。「そこまでやるか?」といったゲスな情報も入ってきた。

 17時、事務所に来客。かなり複雑な問題になっており 途中で利害関係者にも来てもらい、なんとか問題解決となった。

Dsc00171_2  20時、ゆずが入った納豆をはじめ、今年の納豆の新作3品、クルトン、揚げオニオンを入れた水菜サラダ、豚のしょうが焼きで夕食をとる。
 水菜サラダには市販のドレッシングではなく、一口ずつテイスティングが終わった納豆とそばつゆ、マヨネーズを若干混ぜた納豆ドレッシングをかけた。

 先の議会の一般質問でも再度取り上げた柏崎市役所職員の不祥事に対する甘い処分について、今日も市民の方からかなり強い怒りのご意見を頂戴した。
 市民の個人情報を不正に取り出すという、公務員としての在り方の根本に関わる問題を起こしたにも関わらず、氏名の公表もなく、懲戒免職にもならなかった。
 柏崎市職員における処分の指針

「柏崎市職員の懲戒処分に関する指針」及び
「柏崎市懲戒処分等の公表基準」
(pdf形式)

には、次のようにある。

 情報セキュリティポリシー違反

 柏崎市情報セキュリティ対策基準に規定される倫理基準に違反して、公務の運営に重大な障害を及ぼしたり、又は市民に甚大な被害を及ぼした場合

 免職、停職又は減給

 会田市長の答弁は、基準通りの適用をし、さらには基準(ものさし)を厳しく変更する気もないというものであった。
 他の自治体に笑われるようなこの状態。柏崎市の行政はこのままでいいのであろうか。

2009年7月 9日 (木)

「天地人」セットのセット?
歩兵第58,30,130聯隊兵営跡記念碑

Cimg0633  1時30分、某秘書と一緒にJR高田駅前、その名もずばりの「駅前ラーメン」(電話:025-524-4886)に行き、「タンメン 650円」でシメる。太って当たり前の流れである。
 とりたてて美味でも、マズイわけでもなく、ホッとする味であった。

 ホテルに戻り、シャワーを浴びてから、事務仕事。一区切りした、5時に就寝する。

 7時に起床し、ホテルの周りをしばらく散歩する。近くのコンビニで購入した納豆巻き、おにぎり(たらこ)、グレープフルーツジュースで朝食をとったのち、ホテルをチェックアウト。

 一度、陸上自衛隊高田駐屯地に行ったのち、広報班長とともにジャーナリスト・桜林美佐氏をお迎えにあがり、上越市内の観光施設を視察させてもらう。
 まずは、 「天地人博」陸上自衛隊高田駐屯地は、番組やイベントの開催に協力している。
Cimg0665 上越市としてもNHKへの高額な版権料を支払ったそうであるが、申し訳ないがその内容は乏しく、番組「大河ドラマ 天地人」の収録セットの疑似セットを作るというもの。配布資料として、番組収録のスタッフが使う隠語集を用意するなど、歴史や文化を伝えるというよりは、NHK大河ドラマファンのための展示となっており、公金を支出しての展示に十分なものなのかどうか、疑問に思うものであった。
 昨日行ったジャズバー「コルトレーン」(電話:025-523-7108) のオーナー大橋氏が作成した春日山のジオラマを拝見したが、細かく丁寧な仕事が光っていた。
Cimg0664 せっかくなので、『上越市「謙信・兼続」検定公式ガイドブック』新潟日報事業社を購入。
 また、玄関近くで柿崎の知的障害者授産施設「ふれんどり~ミルはまなす」の皆さんが販売をしており、雨のなか頑張って販売されているので「水に浮くプチキャンドル」を2つ購入した。

Cimg0640  10時30分、大雨のなか、春日山林泉寺の宝物館を視察。
 管理者の方にご案内頂き、ケースに収められたものを説明してもらった。
 林泉寺の歴史について、パンフレットによれば以下の通りである。


林泉寺の歴史

 明応六(一四九七)年、越後国守護代長尾能景公が亡父重景公の十七回忌にあたり、長尾家の菩提所として創建されました。ご開山は曇英恵応禅師。
 それから四十年後、能貴公の孫上杉謙信公は六世天室光育大和尚に学問をまなび、さらに七世益翁宗謙大和尚について禅のおしえをまなび、さとりを開きました。
 あとを継いだ景勝公のとき、上杉家が会津に移封となり、かわって越後領主となった堀家、高田城主松平越後守家、榊原家の菩提所となり、また代々から「禁制状」を下され、あつく保護されました。
 また徳川二代将軍秀忠公以来、御朱印地の寺領を拝領し、「下野・下乗」の札を立てる特遇をも許されるなどの歴史を重ねて、現在に至っています。


 なぜか七福神のおみくじもあったので引いてみると、「福禄寿」と「吉」。「福禄寿」を財布に入れ、大切にすることにした。


Cimg0638 福禄寿(人望

 人望、福徳をさずける福神と云われており、背が低く、頭が長く、豊かなひげのお姿で、人に福と禄と寿命の三徳を与える福神と云われ、広く信仰を集めております。


Cimg0643  その後、旧師団長官舎を視察。その名の通り、大日本帝國陸軍第13師団長の長岡外史中将によって明治43年(1910年)に建てられたもので、平成3年までは高田駐屯地の幹部宿舎として使われていた。移築し、当時の状況をなるべく再現するよう手が加えられており、上越市内に残る数少ない明治の建物である。現在は、上越市の管理となっており、入場は無料。市民にも会合などの集会所として提供されている。非常に味わいのある建物で、また足を運びたいと思うほどであった。

Cimg0646  陸上自衛隊高田駐屯地に戻り、12時から駐屯地司令、業務隊長、施設隊長、副群長、司令業務室長、広報班長とともに昼食をとりながらの意見交換となった。メニューは炊き込みご飯、焼肉サラダ、味噌汁、野菜の卵とじ、めかぶ、キュウリのキムチ漬け、牛乳で約700kcal。いつもの通り、残さずに完食した。
 自衛隊の予算は年々削られてきており、1%のシーリングがかけられている。昼食をとった幹部食堂のクーラーも故障。予算の問題から、食事メニューにも工夫をこらしているとのことであるが、国民の生命・財産、国体を守る重大な任務を持つ自衛隊がこのような状況であることをより多くの国民に知ってもらう必要があろう。
 隣国は年2ケタの伸び率で軍事費を増やしており、我が国は核をもった超軍事大国に囲まれていることをよく考えるべきである。

Cimg0652  13時30分からジャーナリスト・桜林美佐氏による講演「私たちは何を守るべきか」。桜林美佐氏にとって、陸上自衛隊での講演は初めてとのことである。
 会場が体育館であり、大雨が降ってきたことで屋根に雨があたる轟音の中での講演となったが、隊員の皆さんも真剣に話を聞いていた。

Cimg0654 講演会終了後、歩兵第58,30,130聯隊兵営跡記念碑(上越市南新町2-2)を視察。
 この地に駐屯した旧大日本帝国陸軍の部隊は、歩兵第58聯隊、歩兵第30聯隊、歩兵第130聯隊、騎兵第17聯隊、野砲兵第19聯隊、輜重兵第13大隊である。そのうちの歩兵聯隊の兵営があった場所。
 碑文等は以下の通り。


明治四十一年十一月(1908年)
 この地に兵営が新設され歩兵第五十八聯隊が千葉県習志野から移駐
大正十四年五月
 軍備縮小のため歩兵第五十八聯隊は廃止され 歩兵第三十聯隊が村松町から移駐
昭和十二年四月
 第二師団の満州派遣により歩兵第三十聯隊は満州に移駐
昭和十二年九月
 第十三師団の動員下令により歩兵第五十八聯隊はこの地に再編成され中支那戦線に出征
昭和十五年八月
 編成改正により歩兵第三十聯隊は第二十八師団所属となり満州に常駐
昭和十七年十二月
 編成改正により歩兵第五十八聯隊は第三十一師団所属となりビルマ戦線に転戦
昭和二十年八月
 大東亜戦争終結に伴い兵営廃止となる


Cimg0655 歩兵第58,30,130聯隊兵営跡記念

このあたりは かつて歩兵聯隊の兵営として 長年郷土健児が練武にいそしみ 苦楽をともにしたところであります
歩兵は白兵突撃を本領とする兵科でした ゆえに訓練は猛烈を極め その雄叫びは高田の森にこだまし ラッパの音は妙高の峰に響いたものです またとくにスキー部隊として有名でした
ここ高田の部隊は シベリア出兵 満州事変 支那事変 ノモンハン事件 大東亜戦争に従軍して勇名をはせ とくに中支郡 ビルマ戦線では 郷土部隊の名を不朽のものにしました
しかし赫々たる武勲の蔭には 幾千幾万の若人が散華しています これら勇士の犠牲の上に 今日の平和が築かれていることを忘れてはなりません
いわれ深い兵営も 今はその姿を大きく変えようとしています この時にあたり兵営の歴史を伝え 亡き戦友を偲ぶため 我ら相計り記念碑を建立しました

 昭和四十四年八月三日


Cimg0657歩兵第130聯隊の歩み

 昭和十五年八月編成改正により第六十二独立歩兵団最初の常設聯隊として誕生。二月四日軍旗親授なお初代聯隊長は「悠久の大義に生く」の電文を最後に守備隊員二千余名と共にアッツ島に玉砕された軍神山崎保代中将である。昭和十八年六月第四十二師団隷下に入り仙台移駐。昭和十九年二月第四十二師団動員下令となり基幹部隊として中千島フルップ島展開北方の守りにつく。此の間輸送船の撃沈を始めとして多数の戦友を失う。昭和二十年八月十六日北海道宗谷の谷合いに於いて軍旗奉焼聯隊は茲に終焉を告ぐ。なお第三大隊のシベリヤ抑留の苦難を強いられたるは痛恨の極みである。


 16時、JR直江津駅までジャーナリスト・桜林美佐氏をお送りしたのち、柏崎に戻る。

 18時、事務所に来客。

 19時から市内某所での懇親会に出席し、市政に関する報告を行う。市役所職員OBの方も何名かいらっしゃり、刈羽村への水道供給について、

 「合併を前提に話を進めるべきであって、いまのやり方は間違っている」

とのご批判の声を多く頂戴した。
 唐揚げやフライなどの揚げ物と注ぎつつ、注がれるビールですっかり満腹となった。

 22時過ぎに帰宅。熱めの風呂に入り、月刊誌を2冊読む。

2009年7月 8日 (水)

北「核実験」は実施されたのか

 2時、就寝。

Cimg0611   5時、起床。身支度をしたのち、愛車で移動し、柏崎市倫理法人会の経営者モーニングセミナーに出席する。
 隠された昭和史に関するセミナーを聴講したのち、雑穀米、味噌汁、手作り梅干、漬物などで参加者有志とともに朝食をとる。健康にこだわった朝食であるが、納豆を持参すれば良かったと反省。

 8時過ぎ、一旦事務所に戻り、マーケティング資料の作成と精査。朝が早かったので、いつもよりも能率が良いように感じる。

 10時、ジャーナリストの桜林美佐氏をお迎えに行き、その後、東京電力柏崎刈羽原子力発電所に移動。

Cimg0624  4号機の現場をはじめ原子力発電所の仕組みから中越沖地震後の対応など、東京電力の皆さんから色々と視察対応していただいた。
 13時30分、「割烹 乃佐和」(電話:0257-22-4177)の弁当を食べながらの意見交換。

 14時過ぎ、柏崎市内の観光として桜林美佐氏を「こどもの時代館」、まだ建立まで復旧していない米山町の「松田伝十郎の碑」をご案内した。

 16時、鉄道公安職員が誕生する要因となった「直江津駅リンチ殺人事件」に関係して、JR黒井駅をご案内するも、かなりのドシャブリで大濡れになってしまった。

 17時、宿泊先のロワジールホテル上越にチェックイン。部屋に入ったところで、持参したパソコンで事務仕事を行う。

Cimg0628  19時、鮮魚店を併設している「割烹せがわ」(電話:025-523-2947)にて、陸上自衛隊高田駐屯地の司令、業務隊長、施設隊長、副群長、司令業務室長、広報班長、そしてジャーナリストの桜林美佐氏と、中越沖地震における自衛隊の動き、原子力発電所の防護についてを意見交換。

Cimg0629  21時過ぎ、ジャズバーの「コルトレーン」(電話:025-523-7108) に移動し、二次会となる。
 オーナーの大橋氏は、モデラーとしても有名で、柏崎市内であれば「こどもの時代館」に作品を展示し協力してくれている。また、現在「旬」である上越市内の「天地人博」においても制作したジオラマが展示されている。

Cimg0631  23時、自民党・高鳥修一衆議院議員の某秘書と一緒に某スナックにて、意見交換。
 自民党への逆風が吹いており、誰がどう考えても犯罪である民主党・鳩山由紀夫党首の「故人献金」は、たいして話題にならないというマスコミの偏り具合など、怒り酒?で盛り上がる。

 先の平成21年5月25日に行われた北朝鮮の核実験について、 実は「擬装だったのではないか」との見解がある。言われてみれば、そのようにも思える部分もあり、今後でてくる情報に注意していきたいと思う。


平成21年7月6日『産経新聞』

安全保障読本
北「核実験」は実施されたのか

 他国の軍事力を分析する場合、客観性を心掛けることは言うまでもない。とりわけ北朝鮮の場合は、収集できた希少情報を丹念に積み上げ、不明な部分を不明と認める、ある種の「かっこ悪さ」が必要だ。
 北朝鮮が5月25日に発表した「核実験」がそうだった。世界中の多くのメディアが早くもその日から「核実験」を実施したと断定した。だが、当時から今にいたるも、記者には確証がない。日米韓軍事当局には実験を「擬装」とする見方が根強く残っているからだ。
 5月25日時点で取材した日米韓軍事当局者に共通していたのは、「莫大(ばくだい)な量のトリニトロトルエン(TNT)火薬を投じた擬装核実験」の疑いを払拭(ふつしよく)できないでいた点だった。そのことが「実験」報道への足かせとなった。5月26日付の小紙3面に掲載した分析記事では最初に「北朝鮮が行ったとされる『核実験』の事実関係は定かでない」と“逃げ”を打ったうえで、TNT火薬による擬装実験の可能性をまず紹介した。
 次いで「実験」が仮に行われたとの想定に立った上で分析に入った。現時点でも「核実験」が実施されたか否かは、自らの中で結論に至っていない。
 そもそも、核実験ではクリプトン(Kr-85)やキセノン(Xe-133/135)など、自然界では発見されない放射性物質が外部へ放出される。
 従って、2つの放射性物質は、核実験実施を裏付ける最も確実な証拠と成り得る。実際、2006年10月の最初の実験で、他物質との化学反応が起き難いキセノンはカナダで検知され、米軍のWC-135(コンスタント・フェニックス)大気収集型偵察機も数日後、日本海で放射性物質収集に成功している。
 ただし、今回は両物質とも「実験」から42日を経た現在でも発見に至ってはいない。原因はいくつかある。例えば、風向・風速の影響で、放射性物質が急速に拡散し、測定不可能な濃度まで薄まっている可能性である。また、北朝鮮が最初の核実験後、地下核施設の建材・構造を補強し、放射性物質漏れの遮断に成功したとみる分析も存在する。だが、相当な遮断性を付加したところで、両物質は拡散が遅れる可能性はあっても、結局は少量ながら漏れる。WC-135偵察機なら、1グラム程度の超微量でも検出できるはずだ。ただし、キセノンは半減期が1週間程度で非常に短く、クリプトンは原子力発電所からも放出されるため、収集できても、その分析は容易ではない。
 こうした状況から、日米韓軍事当局は、「TNT火薬による擬装実験説」を払拭できないでいる。
 CIA(米中央情報局)など情報機関を統括するブレア国家情報長官は、「実験」から3週間もたった6月15日、「恐らく」と断りつつ「地下核爆発を行った」と「推測する」など、まるで歯切れが悪い。1週間後に「実験を確認した」と断じた最初の実験とは、発表の迅速度と明確度の双方において大きな開きがある。さらに、ブレア長官は爆発規模について、「数キロトン」との分析結果に言及している。「数キロトン」についは「3~4キロトン」と分析する当局者も多いが、一部では「1キロトン」説も根強い。「1キロトン」はTNT火薬1000トンの爆発力で、大量の高性能爆薬を地下核施設で爆発させても同程度の爆発力を作り出せる。
 日本では、日常から放射性物質を観測している三沢(青森県)と百里(茨城県)、築城(福岡県)の航空自衛隊3基地所属の航空機が収集を担任。文部科学省では、国内唯一の環境放射能・放射線分析専門機関である日本分析センター(千葉市稲毛区)が稼働しているほか、47都道府県などにも測定を委託している。環境省も日本海岸を中心に10カ所で観測を続行中だ。さらに、包括的核実験禁止条約(CTBT)に基づき、日本原子力研究開発機構では、核実験の有無を検知する放射性物質観測所を群馬県と沖縄県で運営している。一方、米露中のほか、韓国でも原子力安全技術院と海空軍が協力して収集に全力を挙げている。
 これだけの「包囲網」でなお、放射線物質は検出されていない。そうである以上、歯切れの悪い、「かっこ悪い」報道は続くことになる。

2009年7月 7日 (火)

台湾人出演者ら、NHKに抗議文
放送法第四条

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、オクラサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、事務所に来客。

 10時から12時過ぎまで市内での雑用や各種手続きなどを行う。

 13時、ひきわり納豆と卵を入れてかいたつゆで冷や麦を食べて、昼食。2年前の乾麺であったが、まったく問題なかった。

 14時から16時まで事務所で事務仕事。

 17時から19時まで愛車で市内まわり。

Cimg0601  19時過ぎ、シーユース雷音に移動し、日本会議柏崎支部の勉強会に出席する。
 今日は第3回目の勉強会として、先人をイジめる、貶める現在の日本人の歴史観がはたして良い国を作っていくのか、という観点から約1時間の勉強を行った。

Cimg0602 20時30分から懇親会。車の運転があるため、アルコールは飲まずに食べる。
 参加された方との意見交換のなか、「議員の決断」という話がでた。議員として、 「まだ勉強していないから」「唐突だから」と先送りする風潮にご批判の声があがり、私も同じ思いであることから、盛り上がる。
 議会では、初日に議案説明をしたのち、委員会審査を得て、最終日に採決がとられる。最終日までに態度を決定するのが、議員本来の姿であるが、現在の柏崎市議会は「継続審査」で先送りしたり、前述のような理由から議案そのものをつぶす「反対」などが横行している。

 22時過ぎ、自宅に戻る。熱いシャワーを浴びたのち、事務所にいき、会社関係の仕事を行う。

 問題となっているNHKスペシャル「シリーズ JAPANデビュー 第1回『アジアの一等国』」について、取材を受けた台湾人の方を中心に訂正の抗議文がNHKに送付された。
 放送法には、以下のような条文がある。

第四条  放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由について、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から、送のあつた日から三箇月以内に請求があつたときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から二日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送をしなければならない。
 放送事業者がその放送について真実でない事項を発見したときも、前項と同様とする。
 前二項の規定は、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定による損害賠償の請求を妨げるものではない。

 NHKがどうでるのか、今後も目が離せない。


平成21年7月4日『産経新聞』

台湾人出演者ら、NHKに抗議文

 NHKスペシャル「シリーズ JAPANデビュー 第1回『アジアの一等国』」(4月5日放送)が偏向している問題で、出演した柯徳三(か・とくぞう)さんら台湾人が3日、編集の偏向、歪曲(わいきょく)がうかがえる」とする抗議文を、福地茂雄・NHK会長あてに郵送した。放送法は、放送後3ヵ月以内に、出演者などから放送局に請求があった場合、局が調査し、真実でない場合は訂正放送するよう定めている。


NHK番組「JAPAN・デビュー」
に対する抗議と訂正を求める文書

 去る4月5日に放映されました「JAPANデビュー・アジアの一等国」では、台湾での取材で、多くの意見が出たにもかかわらずそれを公平にとりあげていなく、編集の偏向、歪曲がうかがえます。
 ことに下記の四つの点の歴史解釈については、間違いであるとして此処に抗議と訂正を要求いたします。

1.人間動物園
 これは当時の白人の優越感から生れた言葉ではあるが、バイワン族の正装した写真を「人間動物園」と字幕つきで紹介するのは、不適切である。高士村の人々は、今でもこれを村の栄誉としており、英国へ行った村の人々は、非常に優遇されていた様子が、1910年台湾総督府発行の「台湾日日新報」9月29日と30日付けの1面記事に詳しく記載されている。彼等の踊りは後に旧制台北高等学校で毎年の記念祭でも、圧巻のショーとして披露されている。パイワン族に対する人権問題である。

2.日台戦争
 戦争という言葉は、この場合不適切である。清国が台湾を日本に割醸して日本領台当初は台湾における反抗は強かったが、それは戦争ではなく「武装抵抗」という表現にするべきである。

3.漢民族
 台湾では、戦後大陸から逃げてきた中国人を除いては、自らを漢民族と思うより、台湾人と思っている人間が圧倒的に多い。番組で漢民族と強調することは、DNAも漢民族とは異なる台湾人に対して恣意的な解釈を押し付けられる感を免れない。ここ二十年間、台湾人としてのアイデンティティーが根付いてきて普及している現在、今更なぜ「漢民族」を強調するのか疑問に感じる。

4.中国語
 当時台湾の人々が使っていたのは、所謂台湾語と呼ばれている●南語、それに客家語 と、先住民族の各部族の言葉であり、決して中国語ではない。なぜ、( )までつけて(中国語)と説明するのか不可解である。

 以上の四つの点を特に、NHKに対して抗議し、訂正を求めます。

     台湾台北市******段*号*  柯 徳三 (印)
                         2009/6/15


*文中「●南語」(びんなんご)の●は「門の中に虫」。

2009年7月 6日 (月)

「国旗・国歌、嫌いなら辞めよ」
国歌斉唱で起立しない教員

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、鯖の塩焼き、煮卵でご飯2杯の朝食をとる。

 8時から12時過ぎまで、会社関係の支払いや集金、市役所での資料の整理などを行う。

 13時、一旦自宅に戻り、冷やご飯にひきわり納豆、丸美屋「家族のたらこ茶漬け」で納豆たらこ茶漬けを作り、昼食をとる。

 14時、事務所に来客。昨日、ご要望を頂いたので、早速、結婚支援の出会いの場作りイベントができないものか、相談する。

 16時から18時まで市内まわり。現場の写真を撮ったり、周辺の方から話をお聞きする。

Cimg0594  19時、事務所に来客。せっかくなので、頂き物の「株式会社あるぺん村 寿し工房 大辻」(電話:076-463-5065)の「ますの寿し」、野菜コロッケ、川海老の唐揚げなどを食べながら、懇談しつつ、夕食をとる。
 ます寿しは、ますが良いのか、今まで食べた市販の中でも上位ランクに入るものであった。

flag 柏崎市議会では、トキめきにいがた国体を目の前にしても、国旗・市旗の掲揚が否決されたが、国旗・国歌についての埼玉県・上田清司知事の発言が話題となっている。


平成21年7月2日『時事通信』

「国旗・国歌、嫌いなら辞めよ」
=起立しない教員に-上田埼玉知事

 上田清司埼玉県知事は1日の県議会本会議で、県立学校の式典で君が代斉唱時に起立しない教員がいることについて「式典のルールに従って模範を示さなければならない教員が模範にならないようでは、どうにもならない」と述べた。その上で「そもそも、日本の国旗や国歌が嫌いだというような教員は辞めるしかないのではないか。そんなに嫌だったら辞めたらいい」と強調した。
 君が代斉唱時に起立しない教員がいることへの解決法を民主党県議からただされ、答えた。これに対し、共産党県議団は「思想と良心の自由を定めた憲法19条の規定をないがしろにするもので、700万県民の代表にふさわしくない危険な発言だ」とし、撤回を求める談話を団長名で発表した。


 正論であり、そして「当たり前のこと」である。
 職業選択の自由があるなか、公務員を自らが選択した以上、職務に忠実に従うのが当たり前。いざ公務員になってから「思想と良心の自由」を理由に拒否するとは、まったく筋が通らない。「どうしてもイヤだ」というなら、上田知事がおっしゃるように、他の職業を選択すれば良いだけである。

2009年7月 5日 (日)

北朝鮮、ミサイル精度向上
有機栽培米、2回目草取り

 3時、就寝。

 7時、起床。大粒納豆、辛子明太子、もずく酢でご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎ、お泊まりしていた甥っ子と姪っ子を連れて、愛車にて市野新田に向かう。

Cimg0580 8時30分、前回も草取りをした、有機農法にチャレンジしている市野新田の田んぼに到着。
 まだ他の参加者は到着していなかったが、身支度をしたのち、できる範囲から草取りを行う。
 甥っ子、姪っ子はさすがに田んぼの中に入ることはできず、周辺でお遊び。虫や蛙を探していた。
 順次、 柏崎市消費者協会の皆さんやブルボンの社員の皆さんも集まり、作業に参加。
 農作業をしながらの話で、柏崎市としても結婚支援の政策を行うべきとの強いご要望を頂いた。自分自身も対象になりそうなだけに、言い出しっぺになって良いか迷うところである。

Cimg0588 昔のお百姓さんの体力はハンパない、と実感しつつ草取りをし、12時40分、やっと終了、昼食時間となった。
 昼食時間が目的といえるほど、美味しいもの揃いで、塩むすび、小ぶりのジャガイモも醤油煮、特製味噌の豚汁、煮物、きゅうりの漬け物など。大量の汗をかいた後の体に、塩気のあるものがしみじみ美味い。

Cimg0590 働いた分以上に食べたのではないかと思うほど食べたのち、甥っ子、姪っ子を連れて、田んぼ近くの「不動の滝」に行く。
 地元の方のお話では、中越沖地震以来、大雪が降っていないこともあるのか、水が極端に少なくなっているとのことであった。実際、現場に行ってみれば、水は少なく、滝のかたちでは見ることができなくなっていた。しかし、水はかなり冷たく、1分と入っていられないほどであった。

 14時、自宅に戻り、甥っ子と姪っ子を寝かしつけ、そのまま長岡市に移動。

 15時から18時まで某ファミリーレストランで、グレープフルーツジュースをガブ飲みしながら、打ち合わせを行う。

 19時、一旦自宅に戻り、シャワーを浴び、その後、某町内会の懇親会に出席させてもらう。市政に関する色々なご批判の声を頂戴しつつ、昼間の農作業時と同じく、結婚支援の政策を行うべきとの強いご要望を頂いた。

 21時、帰宅。事務仕事があるため、風呂に入って気分転換しようとしたところ、湯船で1時間ほど熟睡してしまった。

 23時から事務所にこもり、事務仕事。

 昨日(平成21年7月4日)、またも北朝鮮がミサイルを発射した。今回は7発のうち、5発がほぼ同じ地点に着弾したという。


平成21年7月5日『時事通信』

北、ミサイル精度向上
=約5発が420キロ地点に着弾-韓国通信社

 【ソウル5日時事】聯合ニュースは5日、北朝鮮が4日に日本海に向けて発射した7発のミサイルのうち、約5発が発射台から約420キロの同じ地点に着弾したと報じた。北朝鮮のミサイルは誤差が大きいとみられてきたが、命中精度を高めたことが確認された。
 韓国政府筋によると、約420キロの地点に落下したのは短距離弾道ミサイル「スカッド」の改良型と中距離ミサイル「ノドン」とみられるが、正確な分析にさらに数日が必要という。北朝鮮が発射した7発のうち2発は飛行速度が速く、ノドンの射程を短くして発射した可能性がある。


 ミサイルの精度も上がってきており、いい加減、 「憲法9条さえあれば、平和です」といった宗教のような状況から、日本は早く目を醒ますべきであろう。
 「日本に手を出すとヤケドしますよ」ということを見せ、そして我々自身がそれを強く覚悟する時期にきている。
 ちなみに、こういったミサイルに対応するためPAC3配備計画にも反対する方々がいるようである・・・・まったく意味が分からない。
 PAC3で完全とは言わないが、いまの日本の立場ではこれができうる精一杯である。
 それにしても、 「PAC3の危険性」とは意味不明。日本を攻撃するミサイルの危険性は頭に無いのであろうか?


平成21年6月19日『毎日新聞』三重版

ミサイル防衛:「PAC3」配備中止を申し入れ
--津市長に市民団体 /三重

  航空自衛隊白山分屯基地(津市)への地上配備型迎撃ミサイル「PAC3」の配備計画に対し、市民グループ「戦争をしない・戦争協力もしない三重ネットワーク」の伊藤一幸さん(63)ら5人が18日、配備中止と市民への説明を求める申し入れ書を津市の松田直久市長あてに提出した。
 
市役所を訪れた同ネットは、市防災危機管理課の松永桂一課長へ申し入れ書を提出した。ネット側はPAC3が白山基地に配備された場合の市の対応について質問。市側は「市としての対応は考えていない」と回答し、ネット側は「市民の財産や命を守るためにも、PAC3の危険性をもっと周知すべきだ」と強く訴えた。

2009年7月 4日 (土)

第57回自由民主党新潟県支部連合会大会

 癌治療に関する資料を読み込み、3時に就寝。

 7時、起床。シャワーを浴びたのち、大粒納豆、塩鮭、シラスおろしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、愛車で新潟市に向かって移動する。

Dsc00169 9時過ぎ、本日開催の「第57回 自由民主党新潟県支部連合会大会」の会場であるANAクラウンプラザホテル新潟に到着。
 自民党新潟県連青年部のメンバーとともに、大会の準備を行なう。
 準備が一段落したところで、1階のレストランで小休憩をとろうということになり、「グレープフルーツジュース 650円」を飲む。
Dsc00167 テーブルに面白いグッズがあったので、思わずチェック。
 ボールペンのようなノック式で岩塩や胡椒の粒を適量かけられるというスグレものである。メーカーはminosharpで、「ミノシャープ ワンハンドペパー&ソルトミルセット」 という商品。早速、自分でも購入しようと思う。
 休憩中、稲葉大和衆議院議員も秘書の方とお越しになったので、新潟県内の縦貫高速鉄道網や高速道路、そして原子力発電所があることによる医療施設への取り組みなどを直接、10分ほど熱く陳情。

Dsc00170 11時20分、ちょっと早い昼食として、ホ テル名物のカレーを食べる。昨年は「シーフードときのこのカレー」であったが、今年は「ビーフカレー」。
 おかわりしようかと思ったら、ホテルの体制が変わったのか、注文の仕方が違ったのか、おかわりはダメであった。ビーフだからであろうか。

Cimg0570 12時過ぎから、受付業務や出席者の誘導し、13時に「第57回 自由民主党新潟県支部連合会大会」が開会。
 国歌・党歌斉唱、関係の物故者への黙祷、開会の辞ののち、大会成立の資格審査報告のために登壇した。

 「ご報告します。
 大会構成員の資格審査をいたしましたところ、代議員総数・・・以上、県連規約第二十二条の『2分の1の出席』であることを確認しました。
 以上、ご報告申し上げます。」

Cimg0571  一仕事を終えたのち、自民党本部からの出席となる細田博之幹事長の案内とマスコミのぶら下がり防止のため、会場の外に出て準備。
 会場の外にいるとはいうものの、会場内の声は聞こえてきており、細田博之幹事長の講演では、北朝鮮の弾道ミサイル発射について

「『何とかに刃物』と言って、そんなものいい加減に撃たれたらかなわない。」

との発言に会場は反応。

 15時過ぎ、無事大会が終了し、帰り際、お話できる代議士にはそれぞれに

 「絶対!外国人参政権だけは反対してください!」

とお願いし、吉田六左ヱ門衆議院議員、高鳥修一衆議院議員は明確に「反対だから、大丈夫」とのお答えであった。

Cimg0572  16時から同ホテル内の会議室で自民党新潟県連青年部のメンバーでの会議。
 来週の比例区候補者である長島忠美衆議院議員の街宣活動をはじめ、今後の青年部の活動をある程度決めるも、結局のところ衆議院議員選挙が終わらなければ確実なスケジュールは決められないというところで、落ち着いた。

 17時、慰労会を兼ねた懇親会の案内もあったが、祖母の事もあり、申し訳なく失礼させてもらい、帰路につく。

Cimg0574  途中で買い物をし、病院に寄ってから自宅に戻る。
 18時30分、魚を食べたかったが調理する時間もなく、和牛のモモ肉を焼き、ニンニクと魚醤をきかせたタレをかけ、ひきわり納豆、ご飯、水菜のサラダで夕食をとる。

 食後、今週忙しくてできなかった掃除やこれから使うであろうクーラーのフィルター清掃など家のなかを仕事を一気に片付ける。

2009年7月 3日 (金)

中央地区町内会長会
国産ウラン現実味

 伝票整理に追われ、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、イカの塩辛、ほうれん草のおひたしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、事務所に来客。新商品開発に関する打ち合わせを行う。まずは試作品を作り、ウケるようであれば、地元企業での製造という段階方式とした。

 10時、郵便局をはじめ、市内で雑用。

 12時、一旦自宅に戻り、冷やご飯、ひきわり納豆、自家製の海苔の佃煮、こぶ茶で冷やし納豆茶漬けを作り、昼食をとる。

Cimg0567  13時過ぎ、中央地区コミニティセンターに移動し、13時30分から中央地区町内会長会の全体会議にオブザーバー出席させてもらう。
 
 開会の挨拶ののち、以下の事項が協議された。

(1)「自主防災組織・震災経験伝承支援について」
 防災・原子力課

・自主防災組織:市内246組織(241町内会、5コミニティ)、組織率85.5%(全国平均は71.1%)
 *中越大震災前は組織率30%、中越沖地震発生前組織率40.9%
  補助10/10で、補助金の上限額は100万円となってるため、利用してほしい。中央地区は組織率が一番低い。
・震災経験伝承支援
 中越大震災復興基金事業。平成20、21年の2年間で、10/10の補助となり、上限は100万円。

(2)「市のコミュニティ施策について」
 市民活動支援課

「配布資料」(pdf方式)

・地域懇談会の調整(復興、安全・安心の市長からのテーマを話したあと、地域の意見を受けたい)
町内会の合併をすすめたい。合併を考えている町内会から何が支障となっているか教えてほしい。合併した場合、翌年には2倍の補助金をだす。
・中央地区のコミュニティ組織ができたのは旧市内では24番目で一番最後。25番目は剣野だが、分割によるもの。
・地域コミュニティについて、条例化を考えている。柏崎市と地域コミュニティは対等。

Cimg0568 (3)「ゴミの有料化について」
 クリーン推進課

 外国人への対応(英語、韓国語、中国語)として、タイ語もお願いしたい、飲食店が多いことによる対応など、中央地区らしいご意見があった。

(4)「夏の交通事故防止運動について」
 柏崎地区交通安全協会中央地区


Cimg0569  協議ののち、連絡事項。その後、休憩をしてから懇親会となった。
 冒頭、ご挨拶をさせて頂く機会を頂いたので、中央地区に関わることとして、駅周辺の開発、えんま市のゴミ対策、ぎおん柏崎まつりの対応など自分の意見を入れつつ、市政報告をさせてもらった。
 酒を注ぎつつ、各町内会長さんのご意見を聞けば、色々であり、大変参考になる時間となった。
 18時、会場の掃除をして、終了。帰宅し、郵便物の処理など酔っていてもできる仕事を行う。

 20時から市内某店の懇親会に出席。ここでも色々なご意見を頂戴し、現市政に対するご批判や、指摘すべき情報などを多く頂戴した。

 23時、帰宅。

 以前にも本ブログで紹介したグラフト重合による新素材の開発により、海水からウランを採取する方法が確立しつつある。
 あとはコストダウンだけがネックであるが、原子力発電所を有する自治体としては、今後の成り行きに注目する必要があろう。


平成21年6月29日『産経新聞』

国産ウラン現実味
原子力機構海から採取、コスト減

 原子力発電の燃料となるウランを海水から採取する技術が実現に近づいている。日本原子力研究開発機構は、最大の課題である採取コストをウランの実勢価格の3倍弱に引き下げる技術を確立した。さらにコストダウンを進め、平成29年の実用化を目指す。日本には年間8千トンのウラン需要があるか、全量を海外に依存している。実現すれば、国産ウランに道を開き、日本のエネルギー安全保障にとっても朗報となる。
 ウランは海水1トンに3.3ミリグラムの割合で溶け込んでいる。海水中のウランを合計すると、ウラン鉱山の埋蔵量の1千倍にあたる45億トンに上るとみられている。
 同機構は、放射線を当てることで素材にさまざまな機能を付加するグラフト重合法の応用を進めてきた。その結果、布状のポリエチレン製捕集材を海中に漂わせるだけで、ウランを取り出す技術を確立した。捕集材1キログラム当たり4グラムのウランを採取できる。
 最大の課題であるコストは捕集材を8回繰り返して使うことで低減し、ウラン1キログラム当たり3万2千円程度に引き下げた。ウラン価格は1キログラム=1万3千円程度で推移しており、採取コストは3倍弱。耐久性の面で、これ以上、捕集材を繰り返して使えないが、捕集材の改良などでさらにコストを引き下げられるとみている。同機構では90億円の費用をかけ、来年からの5年間で100キログラムのウラン採取を目指す実証実験を沖縄で行う計画だ。

グラフト重合法
 繊維などの素材に放射線を当てることで、接ぎ木(グラフト)のように、さまざまな性質を付け加える技術。特定の有害物質を付着することもでき、クリーンルーム用のケミカルフィルターなどがこの技術でつくられる。日本原子力研究開発機構はポリエチレン素材にウランを吸着する性質を持つアミドキシム基と呼ばれる機能を付け加えた。

2009年7月 2日 (木)

全員協議会(原子力安全・保安院)
今になって、枇杷島小学校から遺跡

 積んでおいた新刊の本を通読し、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、野菜薩摩揚げ、キュウリとキャベツの浅漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎ、入院中の祖母に顔を見せたのち、長岡市に移動。

 10時から長岡駅近くの某店で、東京から出張できてもらった担当者との打ち合わせを行う。

 12時、自宅に戻り、干し納豆と煮干しでダシをとった醤油ダレでつけ込んだ卵、越後もち豚のモモ肉、梅干しのおにぎりで昼食をとる。

 食後、市役所に移動し、会派室で会議。
 今日の午前中に行われた議会運営委員会で報告されたようであるが、臨時議会が平成21年7月21日に開会され、枇杷島小学校の改築に関わる追加予算措置があるという。
 先日閉会したばかりの議会で予算を決めたはずであるが、何が必要になったかといえば、鎌倉時代の遺跡がでてきたという。

「枇杷島小学校改築に伴う遺構確認調査について」(pdf形式)

 遺跡は遺跡で大切であるが、

 「何をいまさら?今まで何を調査してきたのか?」

という思いである。平成19年に我々の税金を使い、地質調査を行ったのは何だったのか、市民にどう説明するのであろうか。場所が違うだの、プレハブを建てた場所がうんぬん等の理由をつけてくるであろうが、まったく話にならない、いい加減な行政である。

Cimg0564  13時30分から全員協議会に出席。
 今日の議題は「柏崎刈羽原子力発電所7号機及びその他の号機の安全確認の状況について」として、原子力安全・保安院からの説明である。
 内容は以下の通り。

1.7号機の機能健全性評価について
・プラント試験計画書の妥当性
・保安規定遵守状況
・プラント試験の状況
・プラント試験中に発生した不適合事象への対応状況
・プラント試験終了後の特別な保全計画の検討状況

→継続的、安定的な運転が可能。安全上の問題なし。

<今後の取り組み>
・設備健全性評価の結果を踏まえ、柏崎刈羽原子力発電所7号機の法令に基づく定期検査を引き続き実施し、これを終了させる。
・今後、東京電力より届出がなされる特別な保全計画を厳格に確認した上で、当該計画に基づく保全活動が的確に実施されることを確認していく。

2.6号機の耐震安全性及び設備健全性の確認状況について
(1)新しい基準地震動に対する6号機の建物・構築物、機器・配管系の耐震安全性評価結果の概要
(2)原子炉建屋等の基礎地盤の支持能力、津波等の地震随伴事象に関する評価結果の概要
(3)6号機と7号機の耐震安全性評価結果の比較
(4)中越沖地震において6号機の上下動が大きかった要因とその影響について
・解析モデルは妥当。解析結果は評価基準内であった。6号機と7号機の評価は同型原子炉であり、概ね同じものであった。6号機の上下動については、原子炉建屋のロッキング振動の周期が7号機(減衰定数も違う)に比べ大きくなることが原因と推定。耐震安全性については問題ない。

→6号機の起動に安全上の問題なし

<今後の取り組み>
・保安院は、プラント全体の機能試験の実施に当たっては、保安検査等により厳格に確認していく。
・今後、プラント全体の機能試験の各段階における評価に対する確認結果については、順次お知らせ、公表する。

3.原子力発電所の火災防止対策強化について
(1)原子力発電所における火災リスクの把握と対策の徹底
(2)火災の発生防止のための現場管理・組織の強化
(3)火災の発生防止に関する教育・訓練の充実
(4)火災事例、良好事例等の水平展開の推進
(5)火災対策に特化した事業者相互による確認の推進
(6)原子力安全・保安院による火災防止対策の指導の徹底

 約1時間の説明ののち、質疑応答となったが、またも反対派の独壇場となった。特に社会クラブの矢部議員は

 「7号機を再開して、しばらくお休み頂いて、
  6号機を再開して、しばらくお休み頂いて
  また再開して・・・・・」

などと、順次再開を認める、反対派としては訳の分からない事を言い出す始末。議場外で活動するように、廃炉を望むのであれば、そのような発言をすべきではなく、そして原子力財源が入った当初予算にも「反対」すべきであろう。
 議事録が残るような正式な議会の場では、廃炉は発言せず、原子力財源だけはしっかりともらうという態度であり、まったく筋が通らない。

 15時過ぎに終了し、その後は情報公開請求していた公文書や他の調査などを市役所内をウロウロ。

Cimg0565  16時30分、郵便局に用事があったので、窓口に行ったところ、「週刊少年マガジン」創刊50周年の記念切手が売っていたので、思わず購入。
 よく読んでいた『1・2の三四郎』、アニメ版を見ていた『The かぼちゃワイン』をはじめ、『コータローまかりとおる!』、『バリバリ伝説』、『ミスター味っ子』、『はじめの一歩』、『金田一少年の事件簿』、『GTO』、『RAVE』、『ダイヤのA』が切手となっている。

 17時から祖母が入院している病院に行き、洗濯物の回収や声かけをする。話しかけても、自分の孫であることすら認識できていない。

Cimg0566  買い物なども済ませ、20時近くに帰宅。
 しけてしまった海苔を煮詰めて作った自家製の海苔の佃煮を卵豆腐にかけたもの、鯖の塩焼き、きんぴらごぼう、ひきわり納豆汁で夕食をとる。
 食後、事務所にこもり、事務仕事。会社の決算時期であり、伝票類などを整理する。

2009年7月 1日 (水)

朝鮮戦争で戦死した日本人
桜林美佐:朝鮮動乱特別掃海史

 会社の決算資料の整理が終わらず、4時に就寝。

 8時、起床。大粒納豆、鮎の甘露煮、トマトサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎ、市役所に移動し、会派室内の資料の整理。

Cimg0562 10時から議会だより編集委員会に出席する。
 次回に発行する『市議会だより』の内容確認とともに、一つ提案をさせてもらった。現在のインターネット中継は蓄積されたデータの扱いが、2年程度保存といったあいまいなままであり、かつ予算措置を行政側で行っている。本来であれば、保存領域の予算は議会側が負担し、そして映像も出来る限り、少なくとも一期の4年以上は保存・公開すべきであろうということを提案させてもらった。次回の議会だより編集委員会までに、当局からのコスト計算、各会派の意見が集まることとなった。

 12時、自宅に戻り、冷凍うどん、生卵、桜エビかき揚げ、干し納豆で特製天ぷらうどんを作り、昼食をとる。

 13時からテレビや屋根裏のアンテナ分配器などの入れ替えのため、業者さんに来てもらい、作業。プレミアム商品券を使って、地デジ対応のテレビを一台購入した。

 16時から市内某所で打ち合わせ。新商品開発に関わるアイデア出しという苦しくも、楽しい時間となった。

Cimg0563  19時、柏崎市市民プラザに移動し、「2009どんGALA!祭り 第3回実行委員会」に出席する。
 当初の予定ではニコニコ通りの担当であったが、かき氷担当がいないため、かき氷担当にまわることとなった。気合いを入れた?かき氷を作ろうと思う。

 21時過ぎ、買い物をしたついで購入したパンで手早く夕食をとり、その後は事務所にこもって決算作業を行う。

 戦後日本の経済復興において、安全保障をアメリカに頼り、ひたすら経済発展に勤しんできた以外にも、朝鮮戦争での特需があったことは否めない。
 その朝鮮戦争において、日本の海軍として、機雷を除去するために活躍した掃海部隊、そして戦死した英霊がいる。その歴史を紐解いた本が、桜林美佐著『海をひらく』である。
 海にまかれた機雷は、海洋国家である日本にとって脅威であり、大東亜戦争においても同様であった。

 さらなる悲劇は、この機雷による「飢餓作戦」によって、すでに窒息寸前であった日本に対し、原子爆弾が落とされたことである。この実被害の大きさもさることながら、この原爆によって、日本を真の敗戦に追いやった原因である海洋政策の不備・不足は将来の戒めとして分析されることがなくなってしまった。またそれが議論されるときは「陸軍が悪い」「海軍が悪い」といった犯人探しに終始しがちである。いつまでも終わらない言い争いに終止符を打つために「原爆投下」は、言うなれば敗戦の原因や責任を突き詰める上で、日本にとってもいい言い訳になってしまったのだ。原爆が落ちるより以前に、機雷によってすでに日本は敗れていたのである。この「海上封鎖」の恐ろしさを忘れさせるためにも、原爆の力は大きかった。そして戦争は終わる。
 その時、日本には、えも言われぬ虚脱感と無数の機雷だけが残っていた。日本海軍が敷設した五万五千個の防備用係維機雷と、米軍残存機雷六千個あまりが不気味に漂っていたのである。何はともあれ、ますはこの「戦争の落し物」を大掃除することから、日本の戦後は始められなければならなかった。

と著者は説明する。
 戦死者まで出しながらも、いまだに顕彰すらされない朝鮮戦争での掃海部隊は苦労の連続であったという。

 朝鮮戦争における掃海部隊の活躍は、上陸作戦に先んじて行なわれた元山の掃海が最も緊迫した状況であったが、その他の水域でも苦労のほどは同様であった。
 いずれも貧弱な木造船で、船体や機関は戦後の日本周辺の連続掃海によって老朽化しており、その整備は困難を極めた。掃海現場は、冬の季節風が吹き荒れる悪天候、極寒の日本海や黄海であった。補給も十分とは言えず、真水がなくサイダーで米を炊くこともしばしばであったという。

 隠れた昭和史として、是非、ご一読をオススメしたい本である。

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