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2010年8月24日 (火)

靖国神社の特攻隊員ら戦没者遺書
「泣かずにほめて下さい」

 3時、就寝。

 6時、起床。大粒納豆、生卵でご飯をかっ込んで自宅をでる。

 長岡駅まで愛車で移動し、新幹線で東京都内まで移動する。

 13時過ぎ、品川区の風力発電に関する会社を訪問し、意見交換。

 15時、中央区の環境に関する某社事務所に行き、情報収集と思いがけぬ得たビジネス情報に地元メーカーのものの売り込みなどを行う。

 Cimg006319時、有志2名とともに、東京駅ビルの中にある「まぐろ茶屋 北の浜」(電話:03-3201-0706)に入り、まぐろかま焼き、茶豆、玉子焼きなどをつつきながら、コーラを飲み、夕食をとる。氷点下まで冷やされたドライの生ビールを飲みたかったが、今日得た情報を早めに書類にまとめたいため、我慢してレモンを搾ったコーラを飲んだ。

 21時過ぎ、チャンネル桜に寄り、今後の番組についての意見交換。

 22時、インターネットが使えるホテルを探して、チェックインする。

 現在、靖國神社が全面協力した、『国民の遺書「泣かずにほめて下さい」靖國の言
乃葉100選』が一気に6刷、ベストセラーになっている。
 これまでも英霊の言葉は、「英霊の言乃葉」として靖國神社において頒布されていたが、一般図書となるのは今回が初めてであろう。

 副タイトルになっている「泣かずにほめて下さい」は、新潟県出身、21歳で散華した陸軍伍長・島田美好命(昭和20年7月20日、フィリピン・ルソン島マンカヤンにて戦死)の遺書からである。


泣かずにほめて下さい

            陸軍伍長 島田 美好命

お母さん 永々のお世話感謝します
私もいよいよ国家のため お役に立つ時が参りました
私は赤紙を受けし日より すでに吾が身は大君に捧げて仙台部隊に入隊した私です
男と生れこんなうれしい日はありません
一旦召されたからには生きて帰る事なく第一線に出陣し死を覚悟して行きます
万が一戦陣で散った時 父母をはじめ兄妹なかよく幸福に暮らすことを草葉の陰より見守ります
私 建築士の職務上 兄上の部屋を改築し喜んで戴いた事 なによりの置土産だと思ひます
父母 兄弟に告ぐ 白木の箱が届いたら泣かずにほめて下さい

父母さまへ


 『国民の遺書「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選』、より多くの人にこの本を読んでもらいたいと思う。
 また、以下に引用した記事にて紹介されている野田権禰宜は、靖國神社の神職のなかで一番アツイ男である。


平成22年7月19日『産経新聞』

靖国神社の特攻隊員ら戦没者遺書
初の選集

65年前の若者の思い「今は」
日本人として「強さ感じた」

 靖国神社(東京都千代田区)に祭られた246万6千余柱の戦没者の遺書や手紙から100編を選んだ「国民の遺書 『泣かずにほめて下さい』靖国の言乃葉100選」(産経新聞出版)が出版された。靖国神社の全面協力を得た初の選集。太平洋戦争末期の特別攻撃隊員をはじめ戦没者が遺した父母、妻子、弟妹、そして祖国への最期の言葉が収められている。今時の若者たちは、65年前の同世代の思いをどう受け止めるのだろうか。

100824_tokkou 靖国神社は昭和35年から境内の掲示板に毎月1通ずつ、戦没者の遺書や遺詠、手紙を掲示している。これまで靖国神社発行の冊子「英霊の言乃葉」(1~9集)にまとめられてきたが、靖国神社でしか買えなかった。今回、漫画家の小林よしのりさん(56)が100編を選び、靖国神社史科課が解説をつけた。
 沖縄戦で戦死した29歳の陸軍中尉は妻へこうつづった。

<<愛する日本、その国に住む愛する人々、その為に吾等は死んで行くのだと考へることは真実愉しいものです。…あなたの夫はこのやうな気持ちで死んで行つた・・・>>

 本書を読んだ若者に聞いた。成城大3年の大城翔太郎さん(21)は「父母や妻への思いに共感する一方、死地へ向かうことに腹をくくった強さを感じた。自分の今の生活でここまで覚悟を決める場面があるだろうか」。
 日本女子大4年の鈴木景子さん(22)は「自己中心的な私たちの世代と這い、最期であるにもかかわらず他者のことを考えている。ただ、国への思いというものは正直よく理解できない」と話した。
 全国最年少の16歳6カ月で神風特攻隊に参加した野村龍三・2等飛行兵曹は、遺言書で勇ましい辞世の句を披露しつつ最後にあふれ出たのは次の言葉だった。

<<龍三ヨクヤツテ呉レタト一言デモヨイカラ云ツテ下サイ 出撃一時間前 御両親様>>

 野村2等兵曹と同じ16歳で国士舘高1年の小田潤平君は、野球少年の日焼けした顔で遺言書を読み「自分の命よりも国を守ろうとした当時の若い世代の気持ちを、今の若者ももっと知るべきだと思った」という。
 「そうすれば、今の社会で『死にたい』と考える人も減るのではないか」

 小林さんは、本書のまえがきで「英霊の遺した言葉は今時のネットのコメントやブログ、政治家の泡より軽い言葉とはまったくの対極にある。日本の国が続く限り、何度もよみがえって読む人の心を打ち続けるだろう」と述べている。
 靖国神社史料課長の野田安平権禰宜(48)は「当時の若者たちの、人間として、日本人としての思いを多くの人に知ってほしい」と話す。

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