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2011年4月

2011年4月30日 (土)

東日本大震災現地視察:福島県いわき市

 1時、就寝。

 5時、起床し、愛車に食料や水などを積み込む。

 6時30分、Kさん、女性Kさん、Wさんの4名とともに愛車に乗って、西山インターチェンジから福島県に向かう。

Nec_0007 7時30分、朝食をとっていなかったので、阿賀野サービスエリアに寄り、「カツ丼(単品) 580円」を食べる。
 さすがに米の味は悪くなかったが、カツは完全に冷凍の出来合いもので若干の後悔。

Cimg2362 8時50分、磐梯山サービスエリアにて休憩をとる。
 なぜかアントニオ猪木チックなたこ焼き等を売る売店「元気ですカァ」に惹かれる。「元気ですかぁ~」ではなく、なぜカラスも書かれた「元気ですカァ」なのか、はたまたアントニオ猪木の似顔絵が似ておらず、アントキの猪木、もしくは春一番といった様相。不思議である。

 10時過ぎ、いわき市内に入ったので、スーパーに立ち寄り、納豆のメーカー勢力図を調べるとともに、少しでも地元の品を買おうと「いか人参」などを購入する。

Cimg2374 11時、いわき市立小名浜第一中学校に到着。M校長先生をサプライズ訪問しようと思ったが、見通しが甘かった。
 ついでに校内を若干見させてもらうと、校歌の碑があり、作曲は福島県が生んだ「日本のスーザ」古関裕而大先生、作詞は神保光太郎氏。

朝さわやかに 晴れわたり
眼瞼に親し 湯の嶽よ
真理をもとめ たゆみなく
われら 小名浜一中
日本の希望 誇りの母校

沖はるばると 船は航く
とどろく彼方 黒潮よ
理想をめざし 鍛え合う
われら 小名浜一中
日本の希望 誉れの母校

父母の愛 身に享けて
教えも深し 師の言葉
世紀の扉 開くもの
われら 小名浜一中
日本の希望 輝く母校

 その後、小名浜港をはじめ、被害の酷かった場所を視察させてもらう。

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 「ありがとう自衛隊」と掲げているお店に入り、買い物をしながら、避難していた方々にお話をお聞きした。
 つい先日まで海水で酷いことになっており、自衛隊がいなければ生活もままならなかったという。

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 そのまま海沿いの被害を確認。津波を恐ろしさを実感する。
 自分でできる支援はどれくらいなのかを考えつつ、長い海岸線を持つ我が柏崎市として何をすべきなのか、非常に考えさせられた時間となった。

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 まさかこんなコンクリートブロックは動かないであろうといったものが、おもちゃのブロックのように動いている。「まさか」のレベルを改める必要がある。
 また、なぎさ亭という旅館では、女将さんが近くの松の木につかまって辛うじて助かったという話があり、その建物自体を見に行ったところ、発生当時がいかに凄かったかを確認できた。日本海で同規模の津波が起きる可能性は低いが、地震との複合災害はあり得る。

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 13時、いわき市立小名浜第一中学校のM校長先生とお会いすることができ、選挙期間中の激励に御礼申し上げるとともに、今後の支援活動についてご報告。

Cimg2462 13時20分、被災したが何とか工場が復帰したという「創作かまぼこ かねまん本舗」の工場直売所に立ち寄り、チーズ、蟹、たらこのシーフードケーキを試食させてもらいつつ、少しでも被災地の地元振興になればと思い、大量に買い込む。
 自分なりにできる小さな支援である。

Cimg2467 13時40分、せっかくなので太平洋側の海岸で食事をとろうと浜辺にキャンピング用品をおろし、お湯を沸かす。
 カップ天ぷら蕎麦「緑のたぬき」、Kさんが持参された「越後みそ西」の味噌漬け入り五穀米おにぎり、ソーセージロールパンで昼食。意外に高カロリーな食事である。食べている最中に震度4の地震もあり、余震の恐怖も体験させてもらった。

 食後は柏崎小学校で今年度も担当する「昔の遊びクラブ」で使う貝殻を拾う。福島県の被災者への想いを込めた貝殻工作に使いたい。

 よく考えれば、この浜辺も水没し、3mの防波堤も越えて津波が人を襲ったことになる。

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 その後も関係施設を視察したが、見ているだけで涙がでそうになる風景ばかり。

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 15時、帰路につく。

Nec_0008 16時30分、磐梯山サービスエリアに休憩のため立ち寄る。
 美味しそうな苺のソフトクリームの写真があったため、つい「ソフトクリーム 300円」の食券を購入。写真のような苺にしようか迷ったものの、味覚が保守化したのか、結局はノーマルのバニラで濃厚なミルク味を楽しむ。

 17時30分、再度、阿賀野川インターチェンジにてトイレ休憩。車のなかで「ウルトラマンメビウス」を後半クライマックスから観ていたので、時間があっというに過ぎる。

 19時、柏崎に到着し、それぞれに解散し、自宅に戻る。

Nec_0009 買い物をしたのち、20時30分、スーパーで半額になっていた上生寿司、ひきわり納豆、ボイルほたるイカに特製のゆず胡椒酢味噌をつけ、ビール500ml3缶で夕食をとる。
 少し甘めに作った酢味噌にゆず胡椒を多少混ぜ、ほたるイカをつけるとビールのつまみに最適である。

 食後から事務所の書類整理。

2011年4月29日 (金)

粒子線がん治療の普及

 1時過ぎに帰宅し、煙草臭かったので、1時間ほどの風呂に入る。

 3時から6時まで事務所のソファーで仮眠。

 7時、大粒納豆、赤魚の粕漬け、野沢菜でご飯2杯の朝食をとる。

 8時30分、10時と事務所に来客。

Nec_0001_2 12時、市内某所にて特製弁当を食べながら、政治に関する会議を行う。
 今回の柏崎市議会議員選挙の結果を見ての保守・革新陣営の数、会派が多すぎるという市民からのご批判にどう応えていくのかという事を話し合う。会派がまた乱立するような事がないことを願う。

 14時から17時まで市内まわり。その後、選挙を手伝ってくれたボランティアスタッフとともに、後援会報の発行の準備を行う。

Nec_0004 21時、お泊まりにきていた姪っ子とともに「ガッツリ食堂ドカメン」(電話:0257-32-1523)に行き、「生ビール 500円」を飲みつつ、「岩のりらぁめん 880円」を無料の大盛りにしてもらい、さらに「鬼脂」にしてもらって、ヌルヌルで高カロリーな夕食をとった。

 自宅に戻ってから、甥っ子、姪っ子とともに花火で楽しむ。

 市内をまわっているなか、再度、選挙中に訴えていた粒子線によるがん治療の事を聞かれたので、以下の記事をお渡しした。
 地域産業として、若者が就業できるようにするためには、それなりの人材育成も必要となることからも、柏崎市として刈羽村と手を携えても取り組むべき事業である。


平成23年3月10日『原子力産業新聞』

粒子線治療の普及に向けて

曽我文宣
医用原子力技術研究振興財団参与

 人間の日々の生活において、最も重要なことは健康であると思う。社会的な活動、種々の趣味的行動、いずれにおいても、まず、充実した体力、それに付随した精神力が幸福の基礎を支えている。一方、不幸にして重篤な病気になった人達も、近来の医療技術の発展によって、随分、回復、治癒されるようになってきた。
 しかし、この闘いはまだまだ続いている。日本人の死亡率の原因の中で、ガンによるものは全体の約三分の一を占め、二、三番目の心臓病、脳疾患を大きく上回っている。年間のガンによる死亡者は約三十四万人で、高齢者社会で、その数は急上昇を続けており、ガン克服は国民の健康にとって最大の課題といってよい。
 がん患者の総数は百五十万人を越え、一旦、ガンと診断されると、不治の病ではないかと考えて患者および家族は深刻な状況に陥る。ガン治療の一般的療法は、患部の摘出除去による手術、抗ガン剤の投与、そして放射線照射というのが三大療法である。放射線療法による対処の比率は、日本では今のところ約25%で欧米の比率の半分以下であるが、機能の温存、副作用の軽減において、前二者に対してより優れた特徴を有している。最近は単独ではなく、この三者の間での併用療法が行われることも多くなっている。
 放射線治療というと、従来、コバルト等のラジオ・アイソトープからのガンマ線、及び電子線形加速器からのⅩ線を指していた。多くの病院にある小型の医療用電子加速器は日本で約800台という数で、Ⅹ線治療が放射線治療の大半をなしている。これらの電磁波放射線に対して、ここ十数年、加速器によって加速された粒子を直接、悪性腫瘍であるガン患部に照射しガン細胞を残減するという治療法が進んできた。
 この粒子線治療(陽子線および炭素線)の特徴は、患部に吸収される放射線線量の局所集中性が電磁波放射線に比べて圧倒的に良いこと、さらに炭素線は、同じ物理的線量を与えてもⅩ線等に比べて生物学的効果が数倍商いという点にある。
 日本では、炭素線治療は放射線医学絵合研究所で建設されたHIMAC(Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba)を用いて1994年から開始され、そこでは以来、約6000人の患者を治療している。また、日本での粒子線治療患者は、急増し、今や年間2300人を超えるようになってきた。
 粒子線治療専用加速器として建設され運用されている施設は、日本は陽子線が六か所、炭素線が三か所で、建設が進行、または計画が決定しているものは、現在、陽子線が三か所、炭素線が一か所である。特に炭素線治療は、兵庫県播磨、群馬大学でも行われているが、昨年秋にドイツで専用加速器が初めて治療を開始した外国に比して、質、量ともに断然、世界をリードしている実績を持っている。物理工学者の懸命な努力により、群馬大学の装置は、HIMACに比べて、装置の大きさ、費用ともに約三分の一に小型化されている。
 粒子線治療の対象は、局所的ガンのほほ全てに亘る。即ち、鼻腔ガン、耳下腺ガンのような頭頚部ガン、脳腫瘍、肺、肝臓、膵臓、子宮、前立腺、骨軟部ガンなどである。適応外の疾患は、白血病、悪性リンパ腫などの循環器系の全身に亘るガンであり、また胃ガンのような消化器系疾患は原則的に除かれている。
 治療成績が従来のⅩ線照射に比べて著しく良好であること、特に炭素線治療は骨軟部ガンのような他では治療不可能である対象に対しても優秀な結果を招来していること、従来のⅩ線治療では三十回の分割照射が標準であるのに対し、肝臓ガンでは二回照射、肺ガンでは一回照射というような短期間治療が可能になっていることなど、患者にとって数々の朗報が獲得されている。このような治療施設を全国的に設直し、ゆくゆくは国民に対する一般健康保険の適用も可能になることが強く望まれる。
 また、これと同時に重要な問題はこれらを有効に利用するための人材の育成である。医師、放射線技師、医学物理士、加速器運転員等、将来全国的に施設が拡がるとすれば、相当の人数の、職員となるべき人々が準備されなければならない。
 以上の両者を満たすことによって、近未来に日本のみならずアジア周辺国の人々にまで、粒子線治療の恩君が受けられるようになることを目指したい。

2011年4月28日 (木)

シベリア抑留中の文集・写真見つかる

 事務所の片付けがなかなか終わらず、3時に就寝。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、筋子、ほうれん草のおひたしでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから市内まわり。

 12時過ぎ、一旦自宅に戻り、冷やご飯にひき割り納豆と永谷園「たらこ茶漬けの素」をかけた簡易版納豆たらこ茶漬けで昼食をとる。

 食後から再度の市内まわり。

100509_shibe 途中、普段からお世話になっているシベリア抑留体験者であるMお爺さんにお会いした。いまだご自分の足でシャンシャンと歩かれており、まだまだ長生きをしてほしい。
 悲劇であり、かつポツダム宣言に背いたソ連による違法行為であったシベリア抑留。当然のことながら、資料の持ち帰りはできなかったため、その全容は未だ不明な部分は多い。
 以前、当時の抑留生活の苦労を記した文集や写真が見つかったというニュースがあった。非常に貴重な資料である。靖國神社に寄贈されたとのことなので、是非、見に行ってみたい。


平成22年5月9日『産経新聞』

過酷な生活 望郷の念
昭和の日 靖国に寄贈

シベリア抑留中の文集・写真見つかる

 昭和20年代にシベリアに抑留された人たちが、抑留生活の苦労を俳句や詩などに記した手書きの文集や、当時の労働の様子を写した写真が、埼玉県草加市の民家で見つかった。収容生活を経験し、平成19年に亡くなった駒杵健治さん(享年88)が保管していたのを遺族が見つけた。貴重な文集は4月29日の昭和の日に靖国神社に寄贈された。(大坪玲央)

 駒杵さんは朝鮮半島北部で中隊長として20年8月の終戦を迎えた。
 しかし、旧ソ連によって日本から約6千キロ離れたタタール(現タタルスタン)共和国のエラブカ収容所に23年まで収容。同収容所には約3千人の日本人のほか、ドイツ、イタリア兵も連行されたという。
 文集のタイトルは「やぶれ傘」。「昭和22年4月1日発行」と記されている。作品を寄せた日本人収容者らが貴重な1冊を回覧していたようだ。
 文字や挿絵が万年筆で書かれており、色あせしているが60年以上たった今もはっきりと読める。
 全33ページに11人が随筆や俳句、川柳や詩などを寄せている。文集の初めには「創刊の歓び」として、「ダモイ(帰国)説濃厚に吾々の身辺を取り巻く時 愈やぶれ傘創刊号が発刊された事は皆と倶に大ゐなる歓びとしたい」などとあった。
 「帰るべくして 帰らぬ吾に 星月夜」など望郷の念を示唆する句や、「まっくらな大きな静かな室 病みてうごめく人々…」という療養中の生活を記した詩もある。
 駒杵さんの友人で同じ収容所にいた、飯島英雄さん(89)=横浜市=は、「文集には帰国の思いがはっきりと記されていない。帰れないつらさが増すので、あえて入れなかったのでは」と推し量った。
 やはり同収容所にいた相沢英之元衆院議員(90)は「収容所から出ることはできず自由はなかった。現地で書かれたものはほとんど持ち帰れなかった」と、振り返る。
 同時に見つかった写真は9枚。木材運搬や死者を運ぶ様子などが写っている。同じ収容所で知り合ったドイツ人捕虜が撮影したもので、帰国後にドイツから送られてきたものだった。
 駒杵さんの妻(84)は「靖国神社が預かってくれるならば、これほどうれしいことはない」と、夫らの苦労をしのんでいる。


Cimg2357 19時30分、柏崎商工会議所の会議室に移動し、柏崎青年会議所の所属委員会である青少年未来創造委員会の委員会に出席する。
 婚活事業は、東日本大震災のため自粛し、事業中止となったが、子供に自然体験をさせる8月の事業の準備である。
 「海の柏崎」への原点回帰という意味から、釣りイベントを提案させてもらった。

 20時過ぎから市内某所での打合せ。

 22時から市内某所での懇親会二次会に顔をださせてもらう。空きっ腹に焼酎の水割一気飲みが続いたので、かなり酔いがまわってしまった。

2011年4月27日 (水)

照射精度さらに向上:陽子線治療システム

 1時に帰宅し、シャワーを浴びたのちに就寝する。

 6時に起床し、最終的な選挙事務所の後片付けを行う。

 7時30分、恩師のO先生がお泊まりになっているホテルのロビーに出かけ、近況報告と御礼を申し上げる。

 9時、大粒納豆、板わさ、ごま豆腐でご飯2杯の朝食をとる。

 10時、11時と事務所に来客。

 12時30分、6枚切りのトースト2枚でスライスチェダーチーズ、ひきわり納豆、レタスを挟んだチーズトーストサンドイッチで昼食をとる。

Cimg2353 13時、15時と事務所に来客。
 途中、選挙事務所として使ったプレハブの3坪ハウスの回収のため、業者の方がこられたので、作業を手伝うとともに、借りていた土地の掃除を行う。

 16時過ぎから市内まわり。

 18時、事務所に戻り、急ぎの仕事を片付ける。

Cimg2356 22時40分、鯖を入れたカレーをひき割り納豆をのせたご飯にかけた納豆鯖カレーにカラシ菜のおひたしで夕食をとる。
 シーフードカレーの種類は多々あれど、魚でカレーに合うのは鯖であると常々思っており、今回も一度焼いたものをほぐしてカレーに入れてみた。鯖の水煮に代表されるように、鯖は偉大である。

 事務所にお越しになられたなかで、ご母堂がガンに悩んでいるとのお話をお聞きしたので、最新の研究結果や国内施設をご紹介した。
 まさにガンは日本の国民病であり、先の選挙前から訴えてきたように我が柏崎としても早急に取り組むべき課題である。


平成23年2月24日『原子力産業新聞』

照射精度さらに向上
日立製作所 陽子線治療システム

 日立製作所はこのほど、国内初となるスポットスキャニング照射技術を適用した「陽子線治療システムPROBEAT-Ⅲ」の販売を開始する。
 同システムは、患者体内の固形がんおよび脳腫瘍に対して、高エネルギー陽子線を照射する。従来方式の二重散乱体方式に加え、スポットスキャニング照射技術を適用したビーム走査方式にも対応可能となっている。厚生労働省から1月27日、薬事法に基づく医療機器製造販売の承認を取得している。
 陽子線治療は、水素の原子核である陽子を加速器で加速させ、ビーム状に取り出した陽子線を患部に照射することでがん組織を集中的に治療する。陽子線は、体内に進入した直後は線量が小さく、陽子エネルギーの強さに応じた深さで最大線量を放出(ブラッグピーク)し、その後は急激に線量が減少するという特性があり、ピンポイントで患部に線量を付与することでがん細胞を壊死または増殖能力を失わせることができる。
 スポットスキャニング照射技術を通用したビーム走査方式は、複雑な形状のがんにも精度よく陽子線を照射することができるので周囲の正常な細胞への影響を抑えられ、陽子ビームの利用効率が高いため不要な放射線の発生が少ない。また、患者ごとに準備が必要であったコリメーターやボーラスなどの装置は不要となる。

2011年4月26日 (火)

CREW GUYS・サコミズ・シンゴ役:田中実氏逝去

 0時、就寝。

 6時に起床し、熱めのシャワーを浴びたのち、選挙事務所の物品類の片付けを行う。母親と二人での片付けなので、なかなか時間がかかる。

 9時、大粒納豆、目玉焼き、山芋サラダでご飯2杯の朝食をとる。

 食後から寒気がきたので、熱をはかったところ39度近くあったため、解熱剤を飲み、13時まで仮眠。

 14時、じゃがいもと玉葱の味噌汁、卵、ひきわり納豆で作った納豆おじやで昼食をとる。

 食後から市内まわり。

 18時、差し入れのチーズフランスパン、グレープフルーツジュースで夕食をとる。

 19時、高校時代の恩師O先生が東京都内から柏崎までお越し頂いたので、お泊まりになっているホテルに出かけ、まずは当選の報告を行う。
 ゆっくりと他の事も報告したかったが、その後の予定も入っていたため、約10分ほどのお話となり、失礼な事をしてしまった。

 19時30分、某町内会施設にて、防災に関する会議。

 22時過ぎ、二次会に突入していた某団体の懇親会に途中から出席し、選挙でお騒がせしたことをはじめ、今後の政治活動について意見交換を行う。

Sakomizu 俳優の田中実氏が44歳という若さでこの世を去った。
 色々な役を演じられたが、最近の作品ではやはり「ウルトラマンメビウス」の防衛チームCREW GUYSのサコミズ・シンゴ隊長役が印象的である。
 本当はGUYS JAPANの総監であり、科学特捜隊の宇宙隊長時代に宇宙でゾフィーと出会い(「ウルトラマンメビウス」第42話)、ウルトラマンメビウスの正体も知っているという謎深い役を爽やかに演じられていた。
 最大の見せ場は、「ウルトラマンメビウス」の最終回でゾフィーとともに変身したシーン。
Cimg2355 柏崎で行うウルトラマン関係のイベントに、同じCREW GUYSのアマガイ・コノミ隊員役の平田弥里嬢とともにお呼びしたかったのに非常に残念である。
 勢いで買ってしまった「刻-KIZAMI- ウルトラマンメビウス CREW GUYSリミテッドウォッチ」にはサコミズ隊長のサインが刻まれている。
 ご冥福を祈り、合掌。

2011年4月25日 (月)

柏崎市議会議員3期目当選証受領

 3時過ぎから6時まで選挙事務所のソファーで仮眠。

Cimg2332 大粒納豆を生卵でかっこんだのち、朝の挨拶運動にでかける。
 走りゆく車から、ありがたいことに多くの方から手を振って頂いたり、わざわざ窓をあけて、お祝いを言って頂けたりと、疲れが吹っ飛ぶような時間となった。
 また、いつも挨拶していた自転車通学の高校生からも「おめでとうございます」との声をもらった。

Cimg2335 朝の挨拶運動ののち、2軒ほど伺ったのち、選挙スタッフに買ってきてもらった「マック ソーセージエッグマフィン」「ハッシュポテト」「カフェオレ」で朝食をとる。昨夜からの慌ただしさに食材もなかったので、今朝はファーストフード。
 多少、脂質が多いが、このメニューはマクドナルドのなかでも一番好きなものである。

Cimg2336 10時から2時間ほど、選挙事務所の解体撤去作業を親族と選挙スタッフで行いつつ、合間合間で市内まわり。
 なるべくコストをかけずに作った選挙事務所であるため、自分自身でも工具をもっての解体作業を行う。お借りした土地の返却期限もあるので、急ぎの案件。

Cimg2339 13時、「ラーメンガキ大将柏崎店」(電話:0257-32-3355)に行き、「鬼がらしラーメン 810円」を「大盛り 100円」にし、「焼餃子 310円」とともに昼食にする。
 今日も解体撤去作業で汗をかいたので、体が塩分を求めているらしく、スープを多めに飲んでしまった。

 食後から市内まわり。

Cimg2341 15時、市役所に移動し、今回の市議会議員選挙の当選証書を受け取る。
 1464票を頂戴しての3期目の当選となったので、これまで以上の重みを感じる当選証である。
 選挙期間中はお互いに敵ではあるが、選挙結果がでた以上、あとはいかに柏崎市政発展のため、行政をチェックしつつ、数々の提案を行うかという点に行動基準は移る。
 ただ、どこかの新人当選者は保護者?同伴で当選証受領に来ていたが、挨拶をしても無視。選挙準備期間中、選挙期間を通じ、私への誹謗中傷を繰り返していたからであろう。

 16時過ぎから市内まわり。

Cimg2352 18時50分、自宅に戻り、同世代や若い世代で今回選挙を手伝ってくれたスタッフ3名とともに夕食をとる。多分、今回の選挙でも最小人数のスタッフであろう。
 鶏モモ肉の塩焼き、豚バラ肉からでた脂で炒めた卵たっぷりの炒飯、ポテトサラダ、イカのみりん干しなど手作りや頂き物を中心にしたメニューで、選挙の反省をしつつビールを飲む。

 20時過ぎから市内某スナックに行き、二次会。

 23時、帰宅し、熱めのシャワーを浴びる。

2011年4月24日 (日)

【開票結果】第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)

 出来る程度まで事務所を片付けたのち、2時過ぎに事務所のソファーでそのまま就寝する。

 6時、起床。昨夜の雨のため、ブルーシートで作ったテントに雨水が溜まったので、その水出しや選挙事務所の撤去作業を行う。

 8時、一旦休憩し、大粒納豆、スーパーで半額になっていたローストビーフにホースラデッシュを多めにのせたもの、なめ茸おろしでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg2283 お泊まりした甥っ子と姪っ子に加え、今回の選挙を手伝ってくれた20代のメンバーも合流し、午前中は選挙事務所から開票待ち事務所への変更作業を行う。
 選挙事務所という大きな看板はコストをかけない選挙にしようと作成していないが、もし作成していた場合には、公職選挙法第132条による制限により、投票所から300m以内に選挙事務所があるため、撤去する必要がある。

Cimg2286 12時30分、「ガスト 柏崎店」(電話:025-720-1384)に移動し、「もちふわモッツァレラバーグ 628円」に「ライス&日替わりスープセット 282円」、さらにライスを「大盛り 42円」にして昼食をとる。
 姪っ子のリクエストで久々のファミリーレストランであったが、思った以上の満腹感があった。

 食後から17時まで選挙事務所や街宣車の撤去作業を引き続き行う。その後、市役所に行き、残務整理。

 18時30分、一旦、自宅に戻ってから買い物にでかける。

Cimg2288 19時、冬菜のおひたし、牛カルビ焼き、ひきわり納豆、ご飯2杯で夕食をとる。
 食事中から問い合わせの電話が続くとともに、何故か「選挙に落ちたら、うちの会社にこないか」との対応に困るような電話もあった。いずれにせよ、注目してもらっているのはありがたい限りである。

 21時過ぎ、今回の柏崎市議会議員選挙の投票率が発表された。

選挙当日の有権者数
 74712人(男 36462人、女 38250人)

投票者数
 49787人(男 24212人、女 25575人)

投票率
  66.64%(男 66.40%、女 66.86%)

 マスコミが原発選挙と煽ったわりには、思った以上に投票率が低く、前回より4.52%低い。自粛選挙の影響もあるのだろうか。

Cimg2304 なかなか票が開かず、やっと22時40分過ぎに1200票を越えたとの連絡があり、続いて1400票の報告があったので、当選確実となった。
 ありがたいことに、前回の票より409票多い、1464票で3期目の当選。これも今回の選挙を手伝ってくれたボランティアスタッフ、地元各町内をはじめ応援してくれた各地域の方々、そして親族のお陰である。

Cimg2309 高校生時代からの恩師O先生から頂いた達磨に成就の目を入れたのち、現職時代からお世話になっていた「親分」こと、武藤司郎元市議会議員から音頭をとってもらい、お集まり頂いた皆さんとともに万歳三唱を行った。
 その後はマスコミからのインタビューに答えるとともにお越し頂いた皆さんへ感謝を伝える。

2011年4月23日 (土)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
7日目:最終日

 頂戴した激励の手紙やメールに返信を書き、2時過ぎに就寝。

 6時に起床し、熱めのシャワーで目を覚ました後、大粒納豆を生卵で混ぜ込み、かっ込んでから自宅をでる。

Nec_0002 7時から50分間、朝の挨拶運動をしたのち、柏崎市内西部地区に移動して、街頭演説を各所で繰り返し行う。
 私に対する根も葉もない話を広げたくれた方々の周辺地域でも、本当の事をお話させてもらった。新人のある方も「三井田は暴力団員」と柏崎市民の方々にお話をして、宣伝してくれたようであった。
 演説の内容は約5分間ほどにまとめ、今回の柏崎市議会議員選挙の争点を分かり易く話すことに努めた。

Nec_0005 12時、一旦、選挙事務所に戻り、冷凍うどん、頂き物のタラの芽や冷蔵庫にあった材料で作ったかき揚げの天ざるうどんで昼食をとる。
 昨日にブルーシートと足場組立用の鉄管で仮設のテントを作ったので、そこで食べたものの、周りが青く見えてしまい、気のせいか食欲も多少減退。食べ物を青色にしてダイエットするという、カラーダイエットは効果がありそうである。

 午後からも街頭演説を中心に市内各所、特に地元でる中央地区をまわる。途中で激しい雨も降ってきたが約20か所で柏崎市民の皆さんに現在の柏崎市政の実態と今やるべき事を訴えさせてもらった。

Cimg2278 18時30分過ぎ、街頭演説を終え、着替えてからえんま堂に移動。
 中越沖地震の被災から約4年、無事に再建され、今週4月15日に落慶法要となったえんま堂での初の二十三夜講に出席する。
 今回の柏崎市議会議員選挙においても、過去と同様にえんま堂前で出陣式を行っており、えんま様に誓って嘘をつかない政治を約束してきた。今回も同じ気持ちで選挙にのぞんでいる。
 また、今回の再建に伴い、大きな「やっとこ」が奉納されていた。木やプラスチックではなく、本当の鉄板を曲げて作ったもので、かなりの力作である。

Cimg2279 読経が終わったのち、「でん」(電話:0257-32-2428)に移動し、ビールを飲みながらの懇談。
 つまみはタラの芽の天ぷらや鰹の刺身に加えて、面白い地元の昔話であった。自宅近くの裁判所あたりで昔はスキーを楽しんだという。

 21時、自宅に戻り、明日の準備や選挙期間中に溜まってしまった資料などを一気に読みあさる。

2011年4月22日 (金)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
6日目:中央地区個人演説会

 メールや手紙の返事を書いたのち、2時過ぎに就寝。

 6時に起床し、大粒納豆と生卵を混ぜたものをかっこみ、7時過ぎから50分間、朝の挨拶運動を行う。

 その後、市内某所にてお話をさせてもらい、その後、市内を自転車で街宣。

Cimg2249 12時、選挙事務所に戻り、甘海老刺身、山芋とろろ、茹でてから叩いて生卵を混ぜたオクラ、小粒納豆、温泉卵をご飯にのせ、薄口醤油をぶっかけた「ネバトロ納豆丼」、甘海老の頭をダシに信州白味噌で作った甘海老の味噌汁で昼食をとる。
 選挙戦終盤でのスタミナ食である。

 12時30分から15時まで、弔問など選挙中でもやるべきことを行う。

 15時過ぎから市内各地で街頭演説。地元テレビ局であるUX新潟テレビ21が追跡取材をするとのことで、自転車による街宣から、街頭演説まで隠すことなく、これまで通りの選挙活動を行った。

 17時、個人演説会の最終会場となる柏崎市産業文化会館に移動し、準備を行う。

 色々な方がお手伝いに来てくれたので、ありがたいことに準備はあっという間に終わった。

 ウルトラマンシリーズの各主題歌をブラスバンドで演奏したBGMでお集まり頂いた方をお迎えしたのち、19時、「ウルトラマンメビウス」のメインタイトル「君はウルトラマンだ!」をかけて、個人演説会を開始。
 司会は、南魚沼市議会の桑原圭美議員にお願いした。会場には100名を越える皆さんにお集まり頂き、それだけでも嬉しい時間となった。

 冒頭、本来は国政報告を兼ねて「災害時のリーダーのあり方」というお話でお越し頂く予定であった自民党・長島忠美衆議院議員から、急遽の欠席のお詫びと激励のメッセージを紹介させてもらった。


「祈」必勝

 本日はお忙しい中にもかかわらずご参集いただいた皆様に、私、長島忠美からも心からの御礼と感謝申し上げます。
 東日本大震災の復興会議にかかわる急務のため、本日の三井田孝欧の個人演説会に出席ができず、誠に申し訳ありません。
 あの中越沖地震を乗り越えられた柏崎市民の皆様には十分ご理解いただいているように、危機管理ができる政治家が身近に必要です。三井田孝欧候補は常日頃から危機管 理の重要性を訴え、政治活動を行っております。
 市民と「真正面から向き合う」という姿勢こそ、三井田候補の政治姿勢です。三井田候補はご当地柏崎市には無くてはならぬ存在です。
 柏崎市民の生命と財産を守るため素早く行動し、全国の色々な人脈・ネットワークを持つ三井田孝欧候補を、何としても皆様のお力で再び市政に送り出してください!
 切に切にお願い申し上げ、長島忠美からの激励のご挨拶とさせていただきます。

           平成23年4月22日 
            衆議院議員  長島忠美


Cimg2257 最初の応援弁士として群馬県伊勢崎市議会の伊藤純子議員から中越沖地震の際の体験を中心に応援演説をしてもらう。
 伊藤議員は、中越沖地震の際には、車のなかで寝泊まりをしながら、柏崎市内各地での支援活動に奔走し、一緒に活動してくれた同志である。
 今回の選挙では、中越沖地震での支援活動のことはできる限り言わずに、議会内での活動実績を訴え選挙活動を行ってきたが、伊藤議員が当時の活動内容を紹介してくれた。

Cimg2259 ここで、叔父さんのお葬式という大事な時間を抜けてまで、元新潟県議会議員の西川勉先生から応援に駆けつけて頂き、 「保守とは何ぞや、よく聞きなさい」といった深みあるお話を頂戴した。
 続いて、先日の新潟市議会議員選挙に見事初当選された新潟市議会の深谷成信議員から新潟中国総領事館問題などを中心に応援演説をして頂いた。深谷議員は、議員になる前の中越沖地震の際、大量の支援物資を持参し、えんま堂駐車場にて炊き出しも行ってくれた方であり、お世話になるばかりである。

Cimg2271 3名の方から応援演説を頂戴したのち、自分自身の口から今回の選挙に皆さんに訴える。
 今回の選挙で使ったキャッチフレーズ「かしわざきの勇気~これでいいのか柏崎」に沿って、行政改革、議会改革、そして次世代への種まきとしての粒子線がん治療や防災対策などをお話させてもらった。

三井田孝欧後援会資料(pdf形式)

Cimg2274 話をしているなか、他の候補者の個人演説会を終えたタイミングで西川正純前市長から急遽、応援に駆けつけて頂いた。
 西川正純前市長からはブレない、権力者に媚びないことをお褒め頂きつつ、少しはうまくやっても良いのではないか、とのお話があった。確かに西川前市長とは議場でぶつかることも多かったが、 「それはそれ、これはこれ」「議会は議会の考え、行政は行政の考えの二元対立」である。またそれが健全な議会制民主主義とも言える。

 最後に自民党新潟県連青年部で地元柏崎在住のY君からガンバローコールをとってもらい、無事に個人演説会が終了となった。
 終了時のBGMは、ブラスバンドで演奏した「ウルトラマンレオ」。

 会場の片付けや応援弁士への御礼などを終え、20時30分過ぎに選挙事務所に戻る。

Cimg2275 21時、養殖鯛のアラで作った鯛飯と、ダシを取り終えた鯛のアラ、鯛の頭を使った潮汁、ジンギスカンで夕食をとる。
 鯛のアラは頭を割ったかたちでパックに入っており、3割引なので140円。多少の手間はかかるが、かなり安い材料費で贅沢な感じの夕食に仕上がる。

2011年4月21日 (木)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
5日目:自粛選挙の難しさ

 各テレビ局からの緊急アンケートなどへの回答をし、2時過ぎに就寝。

 6時に起床し、大粒納豆と生卵を混ぜたものをかっこみ、7時過ぎから8時15分まで朝の挨拶運動を行う。

Cimg2232 8時50分、ご飯を炊く余裕もなかったので、選挙スタッフから「マクドナルド 8号線柏崎店」(電話:0257-20-4441)で買ってきてもらった「マック ソーセージエッグマフィン」「ハッシュポテト」「アイスカフェオレ」で朝食をとる。やや脂分が多い朝食だが、自転車での移動が多い日程のため、消費することを期待する。

Cimg2233 食後から市内を自転車で街宣する。
 一応、柏崎市内全域にいくことを心がけているため、今日まで行っていなかった高柳町をはじめ、鯖石川に沿って各地区をまわる。
 ありがたいことに何度か話しかけられ、現在の市政の実態について説明させてもらった。

Cimg2238 選挙事務所に戻り、12時30分、選挙スタッフとともに「ほっともっと 柏崎錦町店」(0257-32-2370) の「特から揚弁当 430円」を「ライス大盛り 50円」で昼食をとる。
 今回の選挙も今までと同様に、企業や町内に動員をかけることもなく、できる限り、人に迷惑をかけないようにしているため、食事の準備もままならない。

 食後からも自転車での街宣活動にでかけるが、自粛モードであるため、あまり盛り上がりを感じられない。名前の連呼をするような街宣車の使い方や公営掲示板以外にポスターを貼るようなことがないよう自粛決議をしたが、実際の自粛選挙をやってみると非常に難しい。今後、研究が必要な選挙である。
 共産党は、

 【自民・公明の「自粛」攻撃を打ち破り、「脱原発」を乗り越えて市民の共同をつくる市議選に】

「自粛選挙は陰謀?」共産党ビラ(pdf形式)

などというビラを配布(選挙期間中のポスティングなどのビラ配布は公職選挙法違反)して、自粛選挙自体が原発推進派の陰謀だとしている。陰謀なら、他の自治体(長岡市、加茂市)でも行った自粛選挙も陰謀なのであろうか。
 また、統一地方選挙延期に反対した勢力による自粛選挙としているが、これは嘘である。いくら勝ちたい選挙であろうとも、市民に嘘をついてはいけない。

 また、行政をチェックすべき議会の選挙にも関わらず、行政の長である会田市長の応援を得ている候補もおり、やり方はそれぞれである。


平成23年4月18日『毎日新聞』

原発城下町で論戦
統一地方選・後半戦告示

「不安だが生活も」
柏崎 戸惑う有権者

 東日本大震災や福島第1原発事故の影響が続く中、17日スタートした統一地方選挙後半戦。新潟、福井県の原発城下町では原発の是非やあり方をめぐって論戦が始まった。被害が大きかった地域では、延期されるケースが多い一方、被災地ながらも選挙選に入った自治体も。有権者に配慮し、選挙カーの使用を自粛したり、拡声機の音量を絞るなど、一部では異例の選挙戦が展開される。

 東京電力柏崎刈羽原発が立地する新潟県柏崎市議選(定数26)には、現職21人、新人9人が立候補した。安全対策強化などを訴える原発推進・容認派に少数の反対派が論戦を挑む構図だ。
 「今回の選挙は世界最大の柏崎刈羽原発にどう対処するのか、市民が考えるチャンス」。長年、反原発運動に携わってきた現職が第一声を上げた。応援に駆けつけた会田洋市長は「一緒に発電所問題にしっかり取り組んでいきたい」と述べた。
 震災発生後に出馬を決めた無所属新人も「推進派が主流だから代替エネルギーの開発が遅れてきた」と、反原発を鮮明に打ち出す。
 推進派は戦術の変更を強いられている。保守系現職は「原発への不安は尾を引く」と、訴えてきた2基増設を封印し、推進派は戦術の変更を強いられている。保守系現職は「原発への不安は尾を引く」と、訴えてきた2基増設を封印し、安全対策の徹底を強調する作戦だ。別の保守系現職は「原発なしの生活や雇用への不安の方が強いのでは」と言う。
 原発への不安が広がる中、東電の清水正孝社長が13日、07年の中越沖地震で運転停止中の柏崎刈羽原発3号機の年内運転再開に言及したことも波紋を広げる。会田市長は「理解し難い」と反発、候補者らも困惑した。推進派の新人は「正確な情報を発信し、再び信頼してもらえる努力をするしかない」と語る。
 有権者の心中も複雑だ。原発から約7キロ離れた市中心部のスーパーに買い物に来た女性(78)は「原発はない方がいいが、ないと職を失う身内や友人もいっぱい出るから、なくせとは言えない。これ以上は造らず、絶対に放射能漏れがないようにしてもらいたい」。買い物客の男性(84)は「すべての候補者は原発への立場を明確にして」と注文した。
 19日には刈羽村議選(定数12)も告示される。


Nec_0001 19時30分、地元の東学校町集会所に移動し、平成23年度町内会総会並びに自主防災会総会に出席させてもらう。
 町内からのご推薦も頂いていることもあり、今回の選挙に皆様に約束したいこと、取り組みたいこと、そして優先的にやるべき防災対策についてお話させてもらった。

 その後、市内の別の集まりでも挨拶をさせてもらい、20時過ぎに選挙事務所に戻る。

Cimg2247 自宅に三重県松阪市の「東京納豆」奥野食品さんからの荷物が届いており、開けてみると好物の納豆に加え、松阪市の名店「中華そばの不二屋」(電話:0598-23-9605)の中華そば、やきそばが入っていた。
 タイミングといい、メニューといい、非常にありがたい限りである。
 早速、中華そば、やきそばを作って、夕食。やきそばの中盤にはウスターソースを追加するお約束の食べ方も実践する。
 いつもはお伊勢参りのときに現地のお店で食べているが、今年はお伊勢参りに行っていない。選挙が終わってから、時間を見つけて、現地に行きたいと思う。

2011年4月20日 (水)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
4日目:米山町個人演説会

 会社関係の仕事もあり、2時過ぎに就寝。

 5時に起床し、公選葉書の宛名印刷を行う。

 大粒納豆だけをかっこみ、7時過ぎから8時15分まで朝の挨拶運動。

 選挙事務所に戻り、おにぎり2個(ビリ辛納豆、ますこ醤油漬け)、茹で卵で朝食をとる。

 9時過ぎから12時まで選挙事務所への来客が相次ぎ、激励や色々な情報を頂戴する。途中、選挙運動として自転車で斎木裕司議長がまわってきたので、寄ってもらって情報交換。
 また、昨年の新潟県三条市議会議員選挙で見事、トップ当選をした名古屋豊議員が激励に訪れてくれた。

Nec_0003_2 12時30分、ブリのづけ丼と小粒納豆、インスタントの味噌汁で昼食をとる。
 選挙期間中はやはり手軽な丼ものがよく似合うが、特にこのブリ丼は自転車街宣活動にはもってこいのメニューに感じる。

Cimg2209 食後から市内各地を自転車でまわる。ハンドスピーカーやマイクを所有していないため、街頭演説のときにだけ、自前の車とマイク設備を使うが、他はすべて自転車。
 これまでの選挙では「本人」との幟を立てて自転車で走っていたが、なぜか違反になるとの話を他陣営から聞き、一応、幟を外して走る。
 名前が入った幟などはもちろん違反であるが、「本人」の幟の扱いが毎回異なっている。

 17時、米山コミュニティセンターに移動し、個人演説会の準備を行う。何人の方に来て頂けるのか、非常に不安であった。

Cimg2213 ありがたいことに60人を越える皆さんからお集まり頂き、19時から個人演説会を開始。
 冒頭、先の新潟県議会議員選挙においてトップ当選された自民党・東山英機議員から応援演説を頂戴した。
 この後にも応援演説に向かうところがあるとのことで、地元挨拶の前というイレギュラーなかたちとなった。

Cimg2216 続いて、地元・米山町の町内会長さんから応援の言葉を頂く。
 東日本大震災という国難に向かっているなか、国政では民主党のふがいなさ、自民党との政局争いもあり、国民は置いて行かれているのではないか、との問いかけもある熱いお話であった。

Cimg2217 町内会長のあとは、前回の選挙でも応援弁士としてお越し頂いた新潟県十日町市議会の庭野茂美議員。
 庭野議員は柏崎商業高等学校を卒業され、BMXの昭和54年全日本チャンピオンである。全国若手市議会議員の会からのお付き合いであり、3年前の中越沖地震発生直後には、バイクにて支援物資を持参し、柏崎市民を支援してもらった。今回も選挙の応援に来て頂き、お世話になるばかりである。

Cimg2224 ここでサプライズゲストとして、忙しい公務の合間をぬって、自民党・長島忠美衆議院議員から応援弁士としてお越し頂いた。
 本来であれば、4月22日(金)の個人演説会にお越し頂く予定であったが、急遽、震災復興会議に関わる緊急案件が入ったための日程変更である。
 長島代議士からは、

 「私も三井田さんも思ったことを正直に言うタイプなので、敵を作ってしまいがち。しかし、地域や国を思ってのことであり、皆さんにはご理解賜りたい。」

との最大の応援を頂戴した。ありがたい限りである。

Cimg2226 各応援弁士からお話を頂戴したのち、約15分間、自分の思いをお話させてもらった。
 ここ米山町地区は、現在想定されている新潟南西沖地震が発生し3mの津波が17~18分後に到達した場合には、ほとんどの住宅が被害を受ける。

Cimg2227 市民の生命と財産を守るためにもやるべきことは多くある。そのためにもまずは各種の施策を実施する組織、行政の体質を改善することが大切であり、それに加えて今回の選挙に向けての公約を説明した。
 最後には、N氏からガンバローコールをしてもらい、大盛り上がりで個人演説会を終えることができた。
 地元関係者の皆さんには重ね重ね御礼申し上げたい。

Cimg2228 片付けをしたのち、20時30分、「ラーメンガキ大将柏崎店」(電話:0257-32-3355)に行き、「鬼がらしラーメン 810円」「焼餃子 310円」、さらに「ライス(大)200円」を加えて夕食をとる。
 大汗をかいたからか、塩気と辛みのスープをいつも以上に飲んでしまった。

 21時30分、選挙事務所に戻り、個人演説会の道具の片付けや事務仕事を行う。

2011年4月19日 (火)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
3日目:松波個人演説会

 早く寝ようと思うも結局、雑用が溜まっており、2時に就寝する。

 6時に起床し、熱めのシャワーで目を覚ました後、大粒納豆を生卵で混ぜ込み、かっ込んでから自宅をでる。

Cimg2189 7時から8時15分まで朝の挨拶運動。
 昨日までの晴天に変わって今日は雨となったが、失礼ながら帽子をかぶっての挨拶をさせてもらった。
 なかには車を停めて激励を下さる方もいらっしゃり、寒い朝の雨のなかで非常に心が温かくなった。

 午前中は選挙事務所への来客やマスコミ取材が続き、雨のなかの自転車街宣活動との行ったり来たり。
 南魚沼市から牧野晶議員と塩谷寿雄議員が激励に駆けつけてくれた。泡沫候補と聞いての心配の声ばかりである。

 Cimg219111時50分、牧野晶議員が巻いたという「本当にぶっとい太巻き」にかぶりついてから、自転車街宣にでかける。
 途中、他の某現職議員から「選管(選挙管理委員会)にあんま刺す(違反報告)なや」との連絡が入った。
 たった3人の選対であるこちらでは特に選挙管理委員会への違反報告は行っていないため、お約束の「三井田選対ですが・・」と誰かが勝手に名乗っての仕業であろう。

 17時まで街頭演説などを柏崎市内各地に行ったのち、松波会館に移動し、個人演説会の準備を行う。

Nec_0001_2 18時20分、「ささ川」(電話:0257-23-2702)の弁当で夕食をとる。いつものように凝った弁当で、個人演説会に何人の方に来てもらえるかどうか不安か気持ちよりも、一瞬、食欲が勝ってしまった。
 変わり種の卵焼きがご飯によく合う。

Cimg2196_2 19時から30分間の個人演説会を行う。あまり長く個人演説会をやっても迷惑なだけと、短時間で割り切り、伝えたいことを簡潔にするという方針である。
 ありがたいことに用意した会場いっぱいの70人超の方にお集まり頂いた。松波地区でご協力頂いた皆様にはただただ感謝。
 開会宣言後、ちょっと長すぎる後援会長の挨拶にヤキモキしたが、応援弁士をお願いした現職時代からお世話になっていた「親分」こと、武藤司郎元市議会議員からも力強いお言葉を頂戴した。

Cimg2199 引き続き、先の新潟県議会議員選挙で再選された自民党・三富佳一議員からも応援を頂戴し、国旗をはじめ、伝統文化を大切にする男であるとの応援をして頂き、自分自身から今回の市議選にかける思いを約10分間、演説をさせてもらった。
 最後は地元・松波でお世話になっているI氏から「ガンバローコール」をやって頂き、大盛り上がりで個人演説会を終えることができた。
 ご協力頂いた松波地区の皆様には、心からの感謝しかない。

 片付けを終え、21時過ぎ、選挙事務所に戻り、事務仕事。

2011年4月18日 (月)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
2日目:街頭演説

 2時、就寝。

 6時に起床し、熱めのシャワーで目を覚ました後、大粒納豆を生卵で混ぜ込み、かっ込んでから自宅をでる。

 7時から8時まで朝の挨拶運動。

Nec_0001 8時、選挙事務所に戻り、コーンサラダとおにぎり2個(筋子)で朝食をとる。おにぎりの塩気が足りないと感じるのは運動量が増えてきたからであろうか。
 ありがたいことに今朝方は激励のFAXが多く事務所に届いていた。やる気がでてくる激励であった。

 某団体の朝礼にてご挨拶をさせてもらったのち、自転車で柏崎市内各地をまわる。自粛の選挙戦だけに雰囲気がなかなか掴めない。
 それでも、見に行く方から直接、色々な市政に関するご意見も頂戴することができた。

Nec_0002_2 12時、選挙事務所に戻り、カレーライスと小粒納豆で昼食をとる。
 途中、某マスコミからの取材を受けるも、元東京電力に勤務していたというだけで、東京電力から推薦状や選挙活動員の動員をもらっているとの話がある、と切り出され、親族や3名の選挙スタッフで運営している実態をよく見てから記事にしてもらいたいと述べた。もちろん推薦状も動員も、あるわけはない。

Cimg2185 午後から他のマスコミからの取材もあり、選挙事務所と中央地区内での街頭演説で行ったりきたりとなったので、15時過ぎに期日前投票にでかける。
 途中、知っている顔の何人かに会い、 「ちゃんと選挙活動してんだけぇ~」とのからかいを受ける。自粛選挙は非常にやりづらい。

 また、某団体で一緒の仲間が激励に訪れてくれた。経済人団体なので、一線を引くよう自分で心がけているが、ありがたい限り。

Nec_0003 18時40分、冷凍うどんに煮干しパウダー、干し納豆パウダー、帆立貝柱でダシをとったスープをかけた月見うどんと、熟した5年ものの南高梅、筋子を入れたおにぎりで夕食をとる。
 月見うどんの麺が3分の1になったところで生卵を溶き、おにぎりを投入して炭水化物祭りの男飯にする。選挙活動で太るパターンである。

 食後から選挙事務所で事務仕事。

2011年4月17日 (日)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
1日目:告示

 3時過ぎ、ぬるめの風呂に入ったのちに就寝する。

Cimg2086 7時、起床。大粒納豆、スーパーで半額になっていたマグロの切り落とし、蓮根の油炒めでご飯2杯の朝食をとる。
 食後、氏子でもある柏崎神社に行き、落選確実と言われているものの、必勝を願って参拝。毎回の恒例である。

110417_kuwa 選挙事務所に戻り、立候補届やポスター貼り部隊との打合せを行う。
 糸魚川市からは元糸魚川市議会議員であり、前回の選挙では非常に残念な結果となってしまった五十嵐哲夫氏の仲間からも2名お越し頂いた。なるべく町内や企業関係者に迷惑をかけない選挙を心がけているため、こういった外部からのお手伝いはありがたい。
 また、南魚沼市議会の桑原圭美議員も到着し、為書きを頂戴した。
 8時過ぎ、立候補の届け出をしてくれるスタッフが選挙事務所をでると同時に、出陣式の準備を行う。

 選挙中には、協力者のようなふりをし、実際にはこちらのイメージが悪くなるよう、勝手に「三井田孝欧後援会」を名乗って色々な方面に喧嘩をふっかけるような方がいるため、その点を注意するよう選挙事務所内で相互に確認。

Cimg2090 9時、えんま堂前にて出陣式。政治活動において「嘘をつかない」との想いから毎回出陣式はえんま堂の前で行っている。
 一切の動員もなく、ありがたいことに60名以上の皆さんにお集まり頂き、東日本大震災でお亡くなりになった方へのご冥福を祈り、黙祷を捧げたあと、後援会長挨拶、祝電披露となった。出陣式にあたっては、自民党・長島忠美衆議院議員、自民党・塚田一郎参議院議員、自民党・中原八一参議院議員、自民党・三富佳一県議会議員、自民党・東山英機県議会議員、同志である埼玉県議会・鈴木正人議員から祝電を頂戴した。
 毎回の恒例となった恩師のO先生から頂いた必勝達磨に入眼したのち、今回の選挙にかける想い、

「キチンと行政をチェックできる議会になるかどうかが最大の争点」

を訴える。その後、南魚沼市議会の桑原圭美議員からガンバローコールをしてもらい、自転車で街宣活動に出発。

Nec_0002 市内中央地区をまわったのち、中央海岸に行き、毎年恒例で参加している柏崎マリンスポーツ連絡協議会主催、柏崎観光協会共催による海岸清掃に合流する。毎年行っている柏崎青年会議所ビーチクリーンは、東日本大震災への支援も行うために事業変更となったので、有志が合流した。
 毎年参加しているだけのことであり、選挙活動のために来たと思われるのも嫌なので、「三井田孝欧」と書かれた襷をはずし、できる部分のゴミ拾い。某氏からは「こんなとこにいると落ちるぞ」との激励?を頂く。

 海岸清掃終了後、再度、中央地区を自転車で街宣。

Cimg2111 12時過ぎ、一旦、選挙事務所に戻り、選挙スタッフとともに「ほっともっと 柏崎錦町店」(0257-32-2370) の「まんぷくのり弁当 480円」で昼食をとる。通常ののり弁に焼きそばがついており、炭水化物たっぷりの1155kcalである。

 事務所を留守にしている間に、新潟県上越市の渡辺隆議員が来てくれたとのことであった。渡辺隆議員は予備自衛官であり、東日本大震災の復興のため、招集に応じて現地にいかれるとのこと。無事の帰りを願うとともに、公のため、負けないよう選挙後に支援に行きたいと思う。

Cimg2119 食後、米山町に移動し、町内会の取り計らいでお祭りのなかで約5分間、お話をさせてもらう。楽しい祭りのなか、政(まつりごと)の話をさせてもらい申し訳ない限り。
 晴天のなか、米山町から中央地区まで気持ち良く、街宣を行う。

Cimg2136 15時過ぎから、市内各所で街頭演説。今回の選挙は自粛決議もあり、街宣車での連呼などは行わないものの、やはり市政をどうすべきかは柏崎市民の皆さんに訴える必要がある。
 今回は、自前の車とマイク設備を使って街頭演説を行い、選挙に出やすいようにする公費負担のうち、ガソリン代・自動車レンタル料補助金を使わないものとした。

Cimg2181 17時50分、選挙事務所に戻ったところ、長年の親友である韓国人(親日派であることは韓国内では御法度)のYさんから、ビタミン剤やお菓子、大量の海苔が届いていた。
 選挙への激励ということだけではなく、福島第一原子力発電所の放射線核物質の被害が柏崎にも来ているかも知れないとのことで、送ってくれてたようである。どちらにせよ、ありがたい事である。

Cimg2182 その後、選挙スタッフとの会議、とは言いながら、いつもの通りに少数の3人で予定などを確認しつつ、カツカレーで夕食をとる。
 候補によっては自分の町内から選挙活動のための動員をしたり、企業への動員をしている場合があるが、これまで通り、できるだけ人に迷惑をかけない選挙を実施することを方針とした。

 18時30分からご推薦を賜った本町8丁目町内会の総会でご挨拶させて頂き、今回の選挙で訴えたいこと、特に防災対策などについてお話をさせてもらった。

 20時、選挙事務所に戻り、書類など事務処理を行う。候補自らも事務仕事をする選挙事務所である。

2011年4月16日 (土)

第二次世界大戦「情報操作の研究」
アメリカ宣伝分析研究所

 なかなか事務仕事が終わらず、4時から7時まで仮眠。

 8時、大粒納豆、山芋とろろ、辛子明太子でご飯2杯の朝食をとる。

Folwer 9時過ぎから選挙事務所にて打合せ。その後、数件の来客があり、力がわいてくるようなお話を頂戴した。
 また、3坪コンテナハウスの貧乏選挙事務所に、まさに「華を添える花」をご用意頂き、感謝。花があるだけで雰囲気がガラリと変わり、鯉のぼりがさらに映えるようになった。

Nec_0002 12時20分、後援会長、選挙スタッフとともに「やぶ」(電話:0257-22-3482)に移動。選挙の必勝をかけてカツ丼にしようか、はたまたYシャツが汚れるのを覚悟のうえカレー南蛮にしようか迷ったものの、結局は定番の「五目中華 750円」を「大盛り 100円」にしてもらって昼食をとる。

110416_seishin 選挙事務所に戻ったところで、突然の来客。
 以前に柏崎にもお越し頂いた、埼玉県久喜市議会の井上忠昭議員率いる「誠慎律志会」の皆さんが埼玉県からお越し頂き、激励と日の丸入りの為書きを頂戴した。ありがたい限りである。
 明日の告示日を前にバタバタとしていたため、ゆっくりとお話することはできなかったが、今度は埼玉の地で飲みながらでも意見交換でもできればと思う。
 その後も来客が続き、ありがたいご支援のお申し出やマスコミの取材を受ける。マスコミ的には、やはり今回の柏崎市議会議員選挙を原子力発電の賛否にもっていきたいようである。

110416_capter 激励の電話も何本か頂き、昨年、特撮・アニメソング界のアニキ・水木一郎氏をお呼びした企画のようなものを是非、選挙後にも企画してほしいとの要望もあった。個人的には、堀江美都子女史(水木一郎氏との珠玉のデュエット曲「忍者キャプター」「マグネロボ ガ・キーン」は生で聞きたい)でも企画したいところであるが、自粛ムードと被災地現地での支援活動を行いたいため、今年は難しいとの回答をさせてもらった。
 ウルトラセブン、モロボシ・ダンの森次晃嗣氏と一番好きなウルトラマンであるウルトラマンレオ、おゝとりゲンの真夏竜氏のトークイベントはやってみたい。

110416_ko 19時、選挙事務所で選挙スタッフ4名とともに、近所の肉屋さんのコロッケなどを中心につまんで夕食をとる。
 いわゆる後援会活動ができるのが今日までであり、明日の告示以降は本ブログの更新も停止することとなる。再開は、柏崎市議会議員選挙の投票箱が閉まる平成23年4月24日20時である。

 市内まわりで会った方や選挙事務所にこられた方から、私に対する根も葉もない噂や政治的プロパガンダが流されている(特に某首長関係者からの流言)ことを多くお聞きした。
 政治上のやりとりでの真っ当な批判ではなく、本ブログの記載の一部を切り抜き、他の案件も結びつけたプライベートなものなど卑劣なものが多い。
 こういった政治的プロパガンダ(情報操作)の手法はだいたい決まっており、先の大戦中にアメリカの宣伝分析研究所は法則をまとめている。
 逆を返せば、こういった手法を知ることで本当のことかどうかの確認がしやすくなる。


1.ネーム・コーリング
 攻撃対象の人物・集団・組織などに対し、憎悪や恐怖の感情に訴えるマイナスのレッテルを貼る(ラベリング)。
 メディアやネットによって繰り返し流されるステレオタイプの情報により、情報受信者は、徐々に対象に憎悪を深めていく。

2.(華麗な言葉による)普遍化
 飾りたてた言葉で自分たちの行為を正当化してしまう。文句のつけようのない、文句がつけずらいフレーズ・正義を強調し、共感を煽り立てる。

3.転換
 さまざまな権威や威光を用いて、自分たちの意見や目的や方法を正当化する、正しく見せかける。

4.証言利用
 尊敬される・権威ある人物を使って、自分たちの意見や目的や方法が正しいことを証言・後援させる。

5.平凡化
 自分たちの庶民性や、情報受信者と同じ立場・境遇であることを強調し、安心や共感や親近感、一体感を引き出す。

6.カードスタッキング
 都合のいい事柄を強調し、都合が悪い事柄を矮小化したり隠蔽したりする。

7.バンドワゴン
 大きな楽隊が目を惹くように、その事柄が、世の中の趨勢であるかのように宣伝する。情報受信者は、それに従わないことにより取り残される情緒的不安を覚え、結局はその「楽隊」に同調していくことになる。

2011年4月15日 (金)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
自粛チラシ・選挙争点は何か?

 0時過ぎ、風呂に入ったのち、事務所で机に向かったところ、そのまま突っ伏して寝てしまい、3時に一旦起きる。

 メールなどを書いたのち、5時から7時まで仮眠。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、ひじき煮、たらこでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は選挙事務所への来客の他、個人演説会にお越し頂ける応援弁士の事務所との調整に追われる。
 ありがたいことに、国政がお忙しいなか自民党・長島忠美衆議院議員から平成23年4月22日の個人演説会にお越し頂けることになった。
 柏崎市議会議員選挙ではあるが、是非、国難といえる今、国政がどのようになっているのかお話頂きたいと思う。

Nec_0001 12時30分、頂き物の食パンやバゲットを軽くトーストし、バターやたらこマヨネーズ、目玉焼きで昼食をとる。
 たらこマヨネーズは、ほぐした無着色たらこにマヨネーズ、レモン汁、パセリを混ぜたもの。

 13時から市内まわり。

Nec_0003 14時30分、「詩瑠絵都」(電話:0257-28-5758)で「春のスイーツ~苺ワッフル~ドリンクセット 850円」のドリンクをグレープフルーツジュースにし、打合せをしながら食べる。
 久々のワッフルに心浮かれたが、苺ソースやクリームなど甘いものが歯にしみる。

 16時過ぎ、事務所に戻り、マスコミ各社からのインタビューに答える。原子力発電に関する発言をして落選するという記事を作成するためであろうか。質問の内容はほとんどが原子力発電に関してであった。

Nec_0005 20時、選挙スタッフ2名とともに「麺屋 嵐」へ行き、「塩チャーシュー 850円」を無料の大盛りにしてもらい、今日のマスコミ取材の報告をしながら夕食をとる。
 今日何社かの記者の方とお会いしたが、私が原子力関係の会社から選挙活動のスタッフ動員や推薦状をもらっていると思い込んでいる記者もおり、さらには某月刊誌の記事を書いていると思われている記者もいた。
 原子力分野に限らず企業関係からは推薦状もなく、選挙活動の動員もしておらず、同世代か若いボランティアスタッフと親族だけで選挙をしている。町内会に対しても負担をかけないよう配慮しており、もちろん企業献金もない。某月刊誌の記事を書くような大物でないことも明か。
 まったくの嘘を流すのは、それだけ議会で追及・情報公開されると困ることが多いからであろう。

Cimg2075 昨日、今回の柏崎市議会議員選挙を行うにあたっての選挙カー(いわゆる街宣車)、選挙ポスターの自粛決議について、全朝刊に新聞折り込みを行った。
 この折り込みチラシは、賛成した会派のなか「整風会・自治研究会・市民クラブ・公明党」所属議員の負担で発行した。
 なかには自粛決議には賛成したものの、金銭負担はもとより、反対した他会派への配慮からか柏崎市民に本当の事を伝える事に反対した会派もある。

「選挙カー・選挙ポスターの自粛」(pdf形式)

 また、福島第一原子力発電所の状況が収束しないからか、複数の新聞社から今回の

「柏崎市議選の最大争点である原発反対か容認か」

についてコメントを求められた。
 原子力発電については争点の一つではあるものの、それだけではなく、民意は直近の新潟県議会議員選挙において示されている。
 某記者によれば、反原発派市議に取材したところ、

「今度の市議選は、県議選の復讐戦。
     原発推進か反対かの選択だ」

との回答だったという。県議選の結果がどちらになっても反原発派市議にとっては、自分の選挙に有利に活用するという老獪な作戦である。
 だが、今回の柏崎市議会議員選挙における最大の争点はハッキリしている。

「1年間に2名の逮捕者をだし、
 他にも不祥事が続く、
 現市政を追認する議会・議員で良いのかどうか。
 柏崎の行政のあり方にメスを入れられるか否か」

である。

平成19年 市職員の就業時間中における経済活動。インターネットオークション事件。
平成19年 喬柏園壁崩落、柏崎市による補償撤回事件。
平成19年 市職員による住民基本台帳情報漏洩事件。公務員が最もやってはならない情報漏洩事件であり、刑事告発すべきものを減給という甘い処分。神戸市の同様の事件では、即、懲戒免職かつ刑事告発で実名公表。
平成19年 番神浜茶屋恒久建設問題。法人格をもたない番神浜茶屋組合に市有地である土地を30年、貸し出し、恒久的な建物を建設。柏崎市民からの反対署名が多く集まったにも関わらず強硬。番神の通年観光のためというが、営業実態は異なる。
平成20年 じょんのび村改修工事不手際。柏崎市が行った工事で、柏崎市が工事改善命令を柏崎市にだすというお笑い状況。その修繕に2000万円以上の税金が無駄に使われた。関係者は減給処分のみ。
平成21年
→職員逮捕
市役所職員公金詐欺事件。市内建築業者に水増しの請求、偽造の相見積もりを提出させ、実際の工事金額に上乗せした金を市職員が着服。県警から家宅捜査に入られ、資料を押収されるという柏崎市政の歴史のなかで大きな汚点となった。
平成22年
→NPO代表
 書類送検
NPO全国防災ネットワーク会議事件。中越沖地震直後、NPO全防災を名乗る、実態は個人の任意団体に対し、副市長や幹部職員・議員が懇親会などで酒食をともにし、婚活事業、農業支援の委託、低コスト住宅建築の斡旋などを行い、柏崎市の税金及び中越沖地震復興基金から総額5000万円の金が同団体に流れた。委託事業に従事した柏崎市民や商材を納入した業者(柏崎市の紹介があったと安心して納入)は、未だにすべての金銭を回収できていない。同団体代表者は、別の団体名を名乗り、長野県天竜村においても、行政職員への取り込みから各種事業を行って裁判沙汰になっている。平成23年4月8日、賃金の未払いで書類送検された。
平成22年
→職員逮捕
ガス水道局収賄事件。市職員が業者からノートパソコンなど、仕事を発注する見返りに求め、公判のなかではそういった職場環境であったこと、堂々と職場で受け取っていたことが分かったトンでもない事件。こういった職員を処罰すべき柏崎市役所が、逮捕後に弁護士を紹介していたことも発覚し、追及よりも身内をかばう体質が露呈した。
平成23年
→続行取組み
柏崎港粉じん問題。柏崎港のスクラップ等からの粉じんが周辺住民に被害を与えており、当初行政が解決したものとしたが、市長に継続問題であることを認めさせ、再調査と徹底した対応を求めた。問題解決に向けて継続的に取組中。

 加えていえば、議会内での行動と選挙のときに市民に訴える内容が180度違う議員が誰なのかを、判断してもらうチャンス。
 常々、民主主義の観点から原子力発電についても、容認派・反対派の双方いる事が健全だと思っているが、議会のなかでは原子力財源を容認しつつ、目立つような全員協議会や柏崎市民の前では原発反対をセンセーショナルに訴えるという矛盾を、柏崎市民、特に反原発派の市民の皆さんによく確認してもらいたいと思う。

2011年4月14日 (木)

第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)
柏崎日報社アンケート

 2時、就寝。

 6時に起床し、熱めのシャワーを浴びたのち、事務所にて溜まったメールや手紙の返信を書く。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、ひじき煮でご飯2杯の朝食をとる。

 平成23年4月17日に告示となる第17回統一地方選挙後半(柏崎市議選)にあたって、柏崎日報社から候補者アンケートがあったため、以下のように回答した。
 字数に制限があるため、すべてを表現するのは難しいが、有権者たる柏崎市民の皆様に伝わってほしい。


1.今回の選挙で重点的に訴えたい政策を2つ挙げて下さい。

 議会改革はもとより、まずは議会本来の仕事である行政の監視役として、不祥事が続く市役所の行政改革をより推進。 粒子線治療など「がん」治療を行う施設をはじめ、高齢化社会を迎えるための、医療体制の充実を図る。

2.会田市長2期目の市政をどう評価していますか。

 各事業の細かい点よりも、柏崎市民の生命、財産を守る公務員としての倫理観や仕事への心構え等について疑問。一年間に2名の逮捕者をだす前代未聞の不祥事の前には、小さなミスの芽が多くあり、トップの指導力が不足。

3.柏崎の議会改革についてお考えをお聞かせ下さい。

 議員数の削減に続き、これからは議会の会期を1年間と設定し、いつでも機敏に動ける議会にする「通年議会」。地域のことはもちろんのこと、自治体間の競争である地方分権の時代に対応した、全市的な発想での議論。


 午前中、選挙事務所に来客3件があり、その後、市内まわり。

Nec_0001 12時30分、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「焼きそば」をとり、母、叔母と選挙期間のスケジュールを確認しながら、昼食をとる。
 企業や友人でも商売をやっている人を極力、政治に巻き込まないために親族や少人数での選挙戦を行っているため、いかに少人数を効率よくまわすかが重要である。

 食後から市内まわり。共産党員の市民とお会いした際、先日行われた共産党関係者による原子力発電の勉強会で「整風会には票を入れるな」と共産党の持田繁義議員に言われたとの話があった。数ある会派のなかで、わざわざ宣伝してもらってありがたい限りである。

 18時過ぎ、選挙事務所に戻り、街頭演説に使うための街宣車の整備や許可申請の準備を行う。
 街宣車での連呼やアピールなどには使わないものの、街頭演説を行うためのマイク設備があるため、自前の車で準備を進めてきた。

Nec_0002 20時30分、冷凍うどん2玉、生姜を多めに入れたかき揚げ、山芋とろろ、生卵で作った天玉うどんと小粒納豆1パックで夕食をとる。
 帆立の貝柱をパウダーにしたものが残っていたので、つゆは薄口醤油をベースに帆立パウダー、昆布、鰹節、干し納豆パウダーでダシをとってみた。

 「まだ被災地にいかないのか」と思っていたところ、やっと会田市長が福島方面に行ったとの報道があった。
 しかし、よく読めば被災現場に行ったわけではない・・・・。
 柏崎日報社のアンケートには「トップの指導力が不足」と答えたが、それ以上に柏崎市の危機管理を行う立場の認識も薄いことがよく分かった。
 福島県に入ったなら、原子力発電への賛否は別として、こういった場合に住民や自治体運営がどうなるのか、柏崎市で起こった場合に何をすべきなのか、それらを実感するために、できる限り(入域制限ギリギリ)原子力発電所立地自治体もしくは周辺自治体に行くべきであろう。
 自分の部下たる消防署員を現地に派遣するのに見送りにもこなかったことも、その認識の薄さを示している。

 自身の選挙が終わり次第、第一段階の情報収集のため現地入りしたいと思う。


平成23年4月14日『毎日新聞』

「中越沖地震の恩返しを」
柏崎市長 福島県で支援約束

 柏崎市の会田洋市長は13日、福島市の福島県災害対策本部を訪れ、松本友作副知事と会談。「中越沖地震で支援していただいた恩返しをしたい」と述べ、東日本大震災の義援金1OO万円の贈呈と、柏崎市内に避難している福島県民約1600人への物心両面の支援を約束した。
 東京電力柏崎刈羽原発がある同市は、福島第1原発事故に強い関心を寄せている。会談後、会田市長は報道陣に「事故は原発立他市として強い衝撃を受けた。起こってはいけないことが進行している。国の安全規制の全面的な見直しは避けられない。国には今回の事故の原因と対応を徹底的に検証してほしい」と語った。
 会田市長は12日には、福島第1原発がある双葉町の井戸川克隆町長を避難先の埼玉県加須市に、同第2原発がある富岡町の遠藤勝也町長を避難先の福島県郡山市に訪ねた。「避難生活の長期化が予想される。連携を密に取り、支援できるものはしたい」と話した。

2011年4月13日 (水)

福島第一原子力発電所、事故評価レベル7へ

 3時過ぎから7時まで、事務所のソファーで仮眠。喉が痛くなってきたので、風邪の予感である。

 8時、大粒納豆、カスベの煮こごり、玉子豆腐でご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから選挙事務所に2件の来客。

 11時から14時まで市内をまわり、会社関係や選挙に関係する事務的な手続きを行う。

 15時、一旦、自宅に戻り、生卵、釜揚げシラス、ひきわり納豆をご飯にぶっかけて遅めの昼食。

 16時から市内まわり。途中、福島第一原子力発電所の事故評価レベルが7になったとの報道を受け、その内容の問い合わせをマスコミから受ける。
 原子力発電所事故の深刻度については、「国際評価尺度(INES)」に基づいて原子力安全・保安院が、レベル0から7までの8段階で評価している。これまでは暫定評価としてスリーマイルアイランド事故の「レベル5」と同等としていたが、最悪の「レベル7」となった。
 このレベルについては、大気に放出した放射性物質の量・強さで計測されるため、テラ(10の12乗、1兆)のオーダーとなり、まだ正確な値は計測できないものの、ヨウ素131の換算値で、

原子力安全・保安院試算
  37万TBq(テラベクレル)

原子力安全委員会試算
  63万TBq(テラベクレル)

とされたため、最上級のレベル7である。
 ただし、同じレベル7とされるチェルノブイリ事故の場合は、ヨウ素131の換算値で、

 520万TBq(テラベクレル)

であり、かつ格納容器のない原子炉が爆発したことで、急速に大気中へ放射性物質が広がり、被曝による死亡者が約30名、作業員も24万人が被曝するという大惨事であった。
 福島第一原子力発電所の場合は、格納容器・原子炉圧力容器の一部破損であろうことから、放出の総量や時間あたりの量もチェルノブイリ事故の規模とは違う部分もある。

*政府はこの違いをキチンと説明しないと、過剰反応でさらに風評被害を生んでしまうことに気付いているのであろうか。

 しかしながら、とにかく冷却系を再稼働しなければ、事態は良い方向になることはない。
 今後、要注意の主なパラメータは、

・原子炉圧力容器下部の温度(150度程度なら問題なし)
・中性子束(ホウ酸も投入してあるため可能性は極めて低いものの再臨界を懸念)
・使用済み燃料プールの温度

 現場の苦労を思いつつ、今はとにかくいち早い収束を願うばかりである。

 18時、選挙事務所に戻り、事務仕事。

Nec_0001 19時過ぎ、手作りハンバーグ(牛挽肉、玉葱、生パン粉、牛脂)にトマトケチャップとウスターソースで作ったソースをかけ、レタスを中心にしたサラダ、スナップえんどうの胡麻和え、全米麹手造り味噌を使った麩の味噌汁、ご飯で夕食をとる。

 食後から個人演説会の進行や選挙期間中の人の配置などを決める。
 個人演説会の会場については、選挙告示日(4月17日)にはじめて施設の予約ができるかたちなので、前回は場所を事前に周知したところ、某陣営に邪魔(告示日直前に一般団体名を名乗り、同時間に予約)された。
 今回もできる限り、事前に周知しようと試みたため、前回選挙同様、邪魔をされるか否か楽しみである。

2011年4月12日 (火)

東日本大震災対応:官邸機能せず

 2時過ぎ、年度末に依頼された仕事が終わらず、事務所のソファーでそのまま6時まで仮眠。

 8時、大粒納豆、筋子、なめ茸おろし、生卵でご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから市内まわり。

Nec_0002 12時、自宅に戻り、ハヤシライスのルーをベースに牛挽肉やたまねぎで作ったミートソースにアル・デンテに茹でたパスタを入れた、即席ミートソーススパゲティで昼食をとる。
 食事中に自宅の固定電話に非通知着信が数件あり、どんな電話かと思い、受話器をとると「与板警察署」を名乗る振り込め詐欺であった。

 13時から市内まわり。

Nec_0003 15時、選挙事務所に戻り、後援会長とともに鯉のぼりをあげる。
 一回目の市議会議員選挙挑戦時から毎回のお約束となっており、誹謗中傷をふき流すという意味を込めている。
 今回も市内まわりをしていると、 「三井田は女たらしでバツ2」「企業にたかって金をもらっている」「某月刊誌の経営に関わっている、執筆者である」などと、まったくの捏造情報を流す輩がいることも分かり、鯉のぼりの意味も大きくなっている。

 15時過ぎから来客3件。その後、事務用品や食材の買い出し。

Nec_0004 19時30分過ぎ、スーパーで3割引になっていた養殖鯛のあらを使った鯛飯、大根ときゅうりのマヨネーズ和え、酢豚、中粒納豆をかけたおじや、ビール350ml4缶で夕食をとる。
 食後から後援会報の発送作業などを手分けして行う。今回も3名のスタッフと家族・親族での手作り選挙である。誹謗中傷されているような「企業にたかって金をもらっている」なら、もっと楽に選挙活動をし、料理も自分で作ることはないであろう。

 市内まわりのなか、これまで民主党を支持していた方からも現政権への失望の声(特に原子力発電所への対応)が多々聞かれた。かと言って、「自民党が良い」ともなっておらず、 「まだ自民党の方が少しはマシだった」「入れる政党がない」との声であった。
 貴重なご意見ではあるものの、柏崎市議会議員選挙よりも国政に関するご意見が多かったのは、立候補予定者としては微妙な感じである・・・。


平成23年4月10日『産経新聞』

官邸機能せず(上)
「開かずの扉」のその奥は・・・

 首相官邸に「開かずの扉」がある。5階の首相・菅直人の執務室。3月11日の東日本大震災発生後しばらくは早朝から深夜まで怒号が響いていたが、震災から1カ月を迎える最近はトンと静かになった。中の様子はどうなっているのか。

<官僚の足遠のく>
 「やっと精神的な安定期に入った」「気力がうせているのではないか」-。そんな臆測が乱れ飛ぶ。各国外交官も政府関係者に「首相は本当に大丈夫なのか」と真顔で問い合わせてくるという。
 なぜ扉が開かないのか。理由は一つ。よほどの緊急時でない限り、誰もノックしようとしないからだ。官僚であろうが、政務三役であろうが、誰かれかまわず怒鳴り散らす。ある官僚は東京電力福島第1原子力発電所の事故の最新状況の報告に入ったところ、菅から頭ごなしにこう言われた。

 「そんな話は聞いていないぞ!」

 日本の官僚は「首相がすでに知っている話を報告したら恥だ」と教育されてきた。マスコミに政策をスクープされることを嫌う最大の理由はここにある。ところが菅には通用しない。
 官僚の訪問は絶えた。4月に入り、官僚が首相執務室を訪ねたのは7日まででわずか8組。ある官僚は吐き捨てるように言った。

 「民主党政権であろうと大連立であろうと何でもいい。とにかく首相だけは代わってほしい。もう官邸を見るのも嫌だ・・・」

 さすがの菅もまずいと思ったらしい。3月26日、前国土交通相・馬淵澄夫を首相補佐官に起用したあおりで首相補佐官を外された衆院議員、寺田学の机を首相秘書官室に置かせ、「開かずの扉」の“開閉係”を命じた。34歳の寺田は64歳の菅と親子ほど年が離れているせいか、腹も立たない。腰が軽く頭の回転が早いところも気に入っているようで妻・伸子と並ぶ「精神安定剤」となっている。
 もう1人、頻繁に首相と会っている男がいる。内閣情報官・植松信一。官邸の裏通路を使い首相執務室に出入りするので新聞などの「首相動静」に載ることはないが、週に2~3回は報告に入っているという。
 植松の報告で菅がもっとも神経をとがらせているのは政界の「菅降ろし」の動き。次に気になるのは内外メディアが自らをどう報じているかだという。
 ある官僚は執務室に山積された新聞や雑誌の切り抜きを見て愕然とした。記者団のぶら下がり取材に応じないどころか、災害対策基本法に基づく中央防災会議さえ開こうとせず、執務室に籠もって一人で新聞や雑誌を読みふけっていたとは・・・。そこに未曽有の国難にどう立ち向かおうかという発想はない。

<「現場見てないだろ」>

 「どんなことがあっても原発の異常を食い止めるんだ。みんな覚悟はできているだろうな!」

 3月11日午後4時25分すぎ。東電福島第1原発の異常を伝え聞いた菅は、首相官邸地階の危機管理センターから執務室に移ると、官房長官・枝野幸男ら官邸スタッフを前にこう命じた。鬼のような形相に一人はこう感じた。「死者が出ることを覚悟しているな・・・」
 東工大応用物理学科卒で「ものすごく原子力に強い」と自負する菅はさっそく執務室にホワイトボードを持ち込み、原子炉の格納容器への海水注入などを次々に指示。午後10時に経済産業省原子力安全・保安院から炉心溶融の可能性を指摘されると菅は12日午前1時半に炉内の蒸気を排出するベントを急ぐよう指示した。
 ところが、東電の反応は鈍かった。しびれを切らした菅は午前6時14分、陸上自衛隊のヘリに乗り込み第1原発の視察を強行。「こっちは人命を考えてやっているんだ。早め早めにやらなきゃダメだ」と東電副社長・武藤栄に詰め寄った。

 「東電の見通しは甘い。どうなってるんだ!」

 菅の意気込みはますます空回りし、秘書官らに当たり散らした。保安院幹部らの説明にも「お前たちは現場を見てないだろ!」。面識もない官僚に突然電話で指示を出し「何かあったらお前らのせいだぞ」と責任をなすりつけた。
 そして東電が第1原発からの撤退を検討していることを聞きつけると15日午前4時15分、東電社長の清水正孝を官邸に呼びつけた。

 菅「清水さんだったらどうしますか?」

 清水「残ります…」

 菅は言質を取ったとばかりに5時35分に東京・内幸町の東電本社に乗り込み、「撤退などありえない。撤退したら東電は百パーセント潰れる」と恫喝した。
 感情まかせの行動にしか見えないが、菅は「原発問題は官邸主導でやれる」と確信したようだ。政府と東電の統合連絡本部を設け、東電本店に経産相・海江田万里と首相補佐官・細野豪志を常駐させた。
主要官庁の閣僚不在により政府機能はますます失われた。

<説明に逆ギレ>

 「助けてくれないか!」

 3月16日夜、元防衛政務官、長島昭久の携帯電話に細野の悲痛な声が響いた。

 長島「何を?」

 細野「『何を』なんて次元じゃないんですよ…」

 菅は自衛隊にヘリからの放水を指示したが、自衛隊は放射線量を気にしてなかなか応じない。地上からの放水のオペレーションも自衛隊、警察、消防の調整がつかないという。
 その間も菅からは「早く放水させろ」と矢のような催促が続き、細野はすっかり参っていた。
 原子力災害対策特別措置法を適用すれば、首相はいろいろな指示が出せる-。これを説明すべく2人は17日に菅と面会した。

 「指示はとっくに出した。なぜ進まないんだ!」

 菅は逆ギレした。ところが菅の「指示」とは口頭で個別の官僚に命じただけ。これでは官僚組織は動かない。長島らは慌てて指揮系統を自衛隊に一元化させる関係閣僚への「指示書」を作成させた。これがその後の放水作業につながった。
 それでも菅は納得しなかった。18日に官邸を訪ねた元連合会長で内閣特別顧問・笹森清にこんな不満を漏らしている。

 「現場の意思疎通がうまくいっていないんだ…」

<「セカンドオピニオン」>

 菅の官僚機構と東電への不信は深まるばかり。東工大教授で原子炉工学研究所長の有富正憲らを次々と内閣官房参与として官邸に迎えたことは証左だといえる。
 その数はすでに6人。「セカンドオピニオン」を背後に付け、菅はますます高飛車になった。東京電力や原子力安全・保安院などが自らの指示に抵抗すると「俺の知ってる東工大の先生と議論してからこい」と言い放った。
 ところが、3月末になると菅はすっかり淡泊になった。細野が日課となった東電福島第1原発の状況を報告しても「そうかあ・・・」「それでいい」-。どうやら事態の長期化が避けられないことを悟り、気合を持続できなくなったようだ。
 菅は4月1日の記者会見で「専門家の力を総結集しているが、まだ十分安定化したというところまでは立ち至っておりません」と長期化をあっさり認めた。
 
淡泊になったのは理由がある。東日本大震災の発生後、菅の頭は原発でいっぱいだったが、ようやくガソリンや物資供給など被災者支援が後手に回っていたことに気づいたようだ。

<政務3役も無言>

 実は首相官邸の指示がなくても各省庁は阪神・淡路大震災を先例にさまざまな被災者支援や復旧策をひそかに準備していた。ところが政務三役の「政治主導」が障害となった。
 ある局長級官僚は「官邸も動かないが、政務三役も何も言ってこない」といらだちを隠さない。民主党政権になり政務三役に無断で仕事をやってはいけないという「不文律」ができた。「勝手なことをやりやがって」と叱責されるのを覚悟の上で官僚機構は黙々と対策を練ったが、実行のめどは立たない。政治不在がいかに恐ろしいか。官僚らは思い知った。

<自衛隊に多大な負担>

 自衛隊も官邸の機能不全の被害者だといえる。

 「遺体の搬送や埋葬まで自衛隊が背負わされているんだぞ!」

 3月23日、防衛相・北沢俊美は厚生労働省に怒鳴り込んだ。自衛隊の本来任務は行方不明者の捜索だが、遺体を発見すれば市町村に渡す。ところが市町村は被災で動けず葬儀業者も見つからない。やむなく遺体安置所から埋葬地までの遺体搬送や埋葬までも自衛隊が請け負った。救援物資輸送やがれき撤去などの任務にも影響が及んでいた。
 北沢は3月18日に枝野に調整を求めたが、官邸の最終的な返答は「関係省庁でよく協議してほしい」。そこで北沢は埋葬を所管する厚労省との直談判を試みたのだ。
 厚労相・細川律夫も「確かに自衛隊ばかりにお願いするわけにはいかないな」と応じ「官邸抜き」の調整が始まった。結局、事務レベルの関係省庁連絡会議が開かれたのは4月1日。運輸行政を担う国土交通省の協力を得て民間業者による遺体搬送態勢が整ったのは4月5日だった。

 「政治家だけじゃなくてあらゆる者を総動員させるべきだ。要は役人をどう使うかなんだ」

 国民新党代表・亀井静香は2日、こう忠告したが、菅はのんきに返答した。

 「まあ役人を使えるのは一に亀井さん、二に私、三に仙谷さんだな・・・」

2011年4月11日 (月)

東日本大震災:東北地方太平洋沖地震発生から一ヶ月

 3時、就寝。

 7時、起床し、熱めのシャワーを浴びたのち、事務所にて会社関係の仕事を行う。

 午前中は、来週告示となる柏崎市議会議員選挙に関する選挙広告等の原稿を作成。

Cimg2072 12時、いつもは席を埋めないようにラーメンを取りに行く「うれっ子」(電話:0257-22-4648)に後援会長と行き、「チャーシューメン 730円」で昼食をとる。
 食べながらの話題は昨日の新潟県議会議員選挙と来週の自分の選挙についてであった。

 13時から市内まわり。途中、被災者の方の就業について、2件ほどお願いに伺う。

 18時、選挙事務所に戻り、各種案内の発送準備。

Cimg2074 20時過ぎ、秋刀魚のぬか漬け、小粒納豆、白菜と油揚げの味噌汁、ご飯2杯の夕食をとる。
 塩気が強い秋刀魚のぬか漬けを少しずつほぐし、大根おろしとともにご飯を頬張り、時折、小粒納豆を口中に入れるのは至福のひとときである。

 今日で東北地方太平洋沖地震発生から一ヶ月となった。
 柏崎市内の避難所におられる方、また親族や友人を頼って来られている方も多い。

<避難所の状況>
・中央地区コミュニティセンター
       173人(61世帯)
・田尻コミュニティセンター
        89人(31世帯)
・北鯖石コミュニティセンター
        29人(9世帯)
・柏崎市総合体育館
       66人(25世帯)
<合計>357人(126世帯)

 長期戦になることに鑑み、旅館・ホテル滞在への移行は準備が進められているが、次のステップは行政による民間アパートの一括借り上げ、柏崎市民のなかで空き家を貸し出しても良いという方との橋渡しである。
 本来であれば選挙などやっている場合ではないが、とにかく選挙で柏崎市民の皆様からの審判を受けたのち、柏崎市内、そして現地での支援活動に邁進したい。

2011年4月10日 (日)

子供対象イベント「エガオの力」
【結果】第17回統一地方選挙前半

 ビールを飲みつつ、事務所で書類整理やメールの返事を書いているうちに机で突っ伏して寝てしまい、5時過ぎに寒さで起きる。 

 週刊誌3誌をもって1時間ほど長風呂に入ったのち、8時、大粒納豆、おから炒め、生卵でご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから依頼された書類作りや資料のお届け。

 110410_egao10時30分、柏崎市総合体育館に移動し、柏崎青年会議所で主催する「東日本大震災支援事業 子供対象イベント エガオの力の準備を行う。
 震災で柏崎市内に避難してきた子供を中心に笑顔になれる事業として急遽、企画された。
 内容は、

・わたあめ
・炊き出し(肉うどん、他)
Cimg2062・ミニSL
・ストラックアウト
まちしるべかるた
・足湯
(柏崎管工事業協同組合さん協賛)

等である。
 ある程度の準備が終わったのち、中央地区コミュニティセンターにお迎えに上がる。

Cimg2065 シャトルバスに参加するご家族や子供をのせたのち、一時的に離脱し、「ささ川」(電話:0257-23-2702)にて刺身定食での会食。
 新鮮な刺身に加え、ほたるイカの酢味噌和えに空豆が入っているあたりはニクい趣向である。
 今日、投開票となる第17回統一地方選挙前半の話もそこそこに、ついご飯をおかわり。

Cimg2066_2 14時過ぎ、再度、柏崎市総合体育館に戻り、参加している子供たちと交流をしつつ、ちゃっかり自分でも楽しむ。
 会田市長をはじめ、某議員なども避難所となっている柏崎市総合体育館を訪れており、なかには被災者と話す光景をわざわざ写真に収めている場面にも出くわした。こういった事は黙って支援するものであろう。

Cimg2067 炊き出しには柏崎市社会福祉協議会さんからもご参加頂き、白い鯛焼きをご提供頂いた。
 ひとつ味見を、との事だったので、いきなり頬張って食べたところ、熱々で口のなかがベロベロになってしまった。白い鯛焼きの皮の原料は、タピオカだそうである。

 イベント終了後、参加者をお送りし、戻ったのちにテントなどを片付け。作業をしていたところ、柏崎青年会議所某メンバーから、

「それより自分の選挙せーてぇ」

との檄?を頂戴した。

 17時過ぎ、事務所に戻ったところで、選挙関係の打合せ。

 18時から避難されている方へ支援物資を届けたり、他のボランティアの方と不足品についての情報交換をする。

Cimg2068_2 19時過ぎ、自家製豆板醤、豚と牛の合い挽き肉、絹ごし豆腐、大量の花椒とニンニク、ラー油、塩辛納豆、干し納豆パウダー、刻み長葱で激辛麻婆豆腐を作って、選挙スタッフとともに夕食。
 今回は特に花椒とニンニクを多めにし、アクの強い麻婆豆腐に仕上げてみた。

 20時30分、自民党柏崎支部に移動し、第17回統一地方選挙前半の開票結果を待つ。自民党現職の三富佳一候補、同じく自民党現職の東山英機候補、そして原発反対のみのワンイシューで挑戦した武本和幸候補が定数2の議席を争う。

 21時20分、第一報が入り、まずは柏崎市での投票率63.58%、総投票数47542票との投票データが伝えられた。刈羽村との合計では、投票率64.16%、総投票数50556票となった。

 21時40分で刈羽村の開票が終わり、三富佳一候補1485票、東山英機候補375票、武本和幸候補1114票

Cimg2070 なかなか柏崎市の開票速報がなく、22時過ぎ、柏崎市の開票率59%を足して、三富佳一候補9485票、東山英機候補11375票、武本和幸候補9114票となり、続く開票率71%で、三富佳一候補12485票、東山英機候補11375票、武本和幸候補12114票との情報が入った。

 22時40分、開票率98%で東山英機候補18175票、三富佳一候補16585票、武本和幸候補14814票となり、残票以上の格差がついたことから現職2名の当選が確定
 自民党柏崎支部内で保守系市議会議員で万歳三唱したのち、両選挙事務所に伺って当選を祝う。
 最終確定データは以下の通り。

有権者数 74766人
    (男36488人、女38278人)
投票者数 47542人
    (男23281人、女24261人)
投票率  63.58%
    (男63.79%、女63.37%)

東山英機候補 17905票 当選
三富佳一候補 15159票 当選
武本和幸候補 13772票

無効票 706票

 また、昨日応援にでかけた新潟市議会議員選挙中央区に出馬した深谷成信氏(たちあがれ日本推薦)も、定数12に20名が立候補という激戦のなか、2366票(得票率4%)で見事当選した。嬉しい限りである。

 24時、帰宅。

2011年4月 9日 (土)

第17回統一地方選挙前半最終日(新潟県議会、新潟市議会)

 1時、就寝。

 4時30分に起床し、急いで身支度をして某氏の車で某団体の早朝勉強会に出席する。今日は緊急で講師として呼ばれ、放射線防護の考えについて、約50分間の講演をさせてもらった。

 8時に帰宅し、大粒納豆、ますこ醤油漬け、おから煮、卵豆腐でご飯2杯の朝食をとる。

 食後から1時間半ほど市内まわりをしたのち、選挙事務所に戻って、会議を行う。

Cimg2060 会議終了後、愛車で新潟市まで移動し、現在、選挙期間中である新潟市議会議員選挙(中央区)の応援に駆けつける。
 新潟市中央区で出馬している候補者には知人も多くいるが、今回は昨年に言挙げをした新潟中国総領事館拡大移転問題に取り組んだ「深谷成信」候補の応援である。

Cimg2058 13時過ぎから、深谷成信候補と公認政党である「たちあがれ日本」の事務局長とともに街頭演説を2カ所で行う。
 深谷成信候補はこれまで拉致問題にも積極的に取り組んできており、新潟中国総領事館拡大移転問題に加え、新潟市議会が新潟市長追従型になっていることにも警鐘を鳴らしている。
 議会と行政は別組織であり、途中、他の候補者がすれ違ったが、

 「篠田市政を支え・・・」

などとアホな事を言っていた。それなら行政のチェック機能たる議会は必要ない。
 良識ある議会、そして中国の手先となるような新潟市にならないためにも、深谷成信候補の当選を願うばかりである。

Cimg2059 14時20分、魚のフライ&カツをのせたポークカレー、女池菜のおひたしなどを頂戴し、「たちあがれ日本」の事務局長と昼食をとる。
 女池菜は冬菜の一種であり、かなり甘みが強い。醤油なしでも食べられるほどで、ついバクバクと食べてしまった。

 16時過ぎ、選挙事務所に戻って打合せや事務作業、県議会議員選挙に関わる諸連絡等を行う。

Nec_0002 18時から自民党・三富佳一県議会議員の事務所にて、現在の状況について意見交換を行う。自分自身に自民党の党籍がまだある以上、自民党公認2名の候補者を均等に応援しなければならず、活動の仕方が難しい。昼食が遅かったため、空腹ではなかったが、他の人が食べる手前、自分だけ食べないわけにもいかず、トンカツの弁当を食べる。

Cimg2061 19時過ぎ、柏崎市産業文化会館に移動し、19時30分からの自民党・三富佳一県議会議員の個人演説会に来賓出席する。
 400名を越える来場者があり、会場は熱気に包まれた。
 地元の応援弁士に加え、忙しいなか自民党・長島忠美衆議院議員も応援に駆けつけ、災害時のリーダーのあり方を山古志村長としての経験を踏まえながらお話された。

110409_yaho 22時30分、事務所に戻り、雑務をしたのち、スーパーで半額になっていたかつおのタタキ、細巻きで夜食をとる。
 納豆の細巻きを食べて落ち着きながら、ビールを飲み、かつおのタタキをつつく。さすがに半額となるほど時間が経ち、ドリップ分が多くなっていたので、臭みもあり、マヨネーズで誤魔化す。

2011年4月 8日 (金)

いよいよ書類送検・NPO全防災問題

 2時、就寝。

 6時に起床し、熱いシャワーを浴びたのち、事務所にてイベント関係で依頼された書類を作成する。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、ひじき煮、マカロニサラダでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから市内まわり。

Cimg2049 12時、「おにお食堂」(電話:0257-48-2617)に入り、「マーボーメン 大盛 750円」で昼食をとる。かなりトロみがついており、熱くて味があまり分からないほどであった。
 食べている最中に隣に座ったお客さんが、店に入ってくるなり、漬け物で熱燗を一合チビリ。その後にラーメンでシメるという、なかなか味わい深い昼食の光景に出会った。蕎麦屋の酒の通じるものがある。

Cimg2053 13時から再度、市内まわり。
 途中、地元である中央地区にて、自民党・東山英機県議会議員の街頭演説があったため、自分の選挙スタッフとともにその訴えの内容を聞く。
 雨のなかであったが、多くの方がお見えになり、口々に「原発(論争)だけの選挙ではない」といった声が聞かれた。

Nec_0001_2 18時30分、自分の選挙事務所に戻り、選挙スタッフや支援頂いている方と一緒に夕食を食べながら、情報交換を行う。
 色々と食べるものはあったが、頂き物のシューマイはなかなかの味。ついビールを飲んでしまった。
 食後、来客も多くあり、県議会議員選挙の行く末などについて話し合う。

 これまで一般質問や委員会審査の場など、議会で追及をしてきたNPO全国防災ネットワーク会議(以下、NPO全防災)の代表理事が書類送検された。


平成23年4月8日『柏崎日報』

全防災代表
書類送検

長岡労基署が最賃法違反で

 長岡労働基準監督署(大島厚夫署長)は8日、NPO全国防災・災害支援ネットワーク会議の代表理事(49)を最低賃金法違反の疑いで地検長岡支部に書類送検した。
 調べによると、同代表理事は労働者5人の2010年1月21日から同年5月20日までの賃金について最大3カ月、最少で1カ月の定期賃金計約123万円のうち、最低賃金(当時時間額669円)にして計約105万円を所定の日に支払わなかった疑い。同団体は当時、柏崎市東本町1で同市の災害復興支援や住宅建設事業を行っていた。
 労働基準法に基づく定期賃金不払いの罰則は30万円以下の罰金、最低賃金法では50万円以下の罰金。同署は「最低賃金法に触れる事案は、より刑罰の重い同法で送致する」としている。


 NPO全防災は、NPO法人の法人格はもっておらず、あくまで代表理事・羽鳥大成氏の個人団体。当初は、商店街において、人力車や商店街活性化などで注目を集めるも、同時期に行っていた建築工事で業者への未払い、柏崎市からの委託事業を行った際の職員の給料未払いなどが問題となった。
 柏崎市は、市長交際費という税金(8000円)で副市長以下、市職員がNPO全防災の懇親会(市長以下の行政、議会、地元マスコミに呼びかけ)などで酒食をともにしており、婚活事業、農業支援の委託、低コスト住宅建築の斡旋などを行い、柏崎市の税金及び中越沖地震復興基金から総額5000万円の金が同団体に流れた。委託事業に従事した柏崎市民や商材を納入した業者(柏崎市の紹介があったと安心して納入)は、未だにすべての金銭を回収できていない。
 こういった指摘に対し、行政側はあくまで問題ない、との答弁を繰り返した。
 問題のない個人団体との契約などではなかったことが、これでハッキリとしたのである。

 会田市長の足を引っ張るために三井田が問題を捏造した、と言っていた某市議会議員をはじめ、ある勢力の皆さんはどう説明するのか楽しみである。

 なお、羽鳥氏は以前、別の団体名を名乗り、長野県天竜村においても、行政職員への取り込みから各種事業を行い、建築工事において裁判を起こされている。

2011年4月 7日 (木)

平成23年度柏崎小学校入学式
菅氏では国民はもう頑張れない

 2時、就寝。

 6時に起床し、熱めのシャワーを浴びたのちに事務所にて、会社関係の仕事を行う。

 8時、大粒納豆、筋子、スライスオニオンでご飯2杯の朝食をとる。

 9時から選挙事務所で後援会長とともに選挙対策会議。

Cimg2040_2 9時40分、母校である柏崎市立柏崎小学校に移動し、10時から平成23年度柏崎小学校入学式に来賓として出席する。
 式が始まる前に東北地方太平洋沖地震での犠牲者に対し、黙祷。今回の被災により柏崎に避難し、新たに柏崎小学校の生徒となるのは3名である。
 校長先生やPTA会長からの「ご入学おめでとうございます」の言葉に、

「ありがとぉ~ござぁいまぁーす」

と元気よく返事をする新入生の姿が微笑ましい。

Cimg2041_2 入学式終了後、某町内会長から依頼された調査や資料作成のため、市役所にて作業。
 その後、自民党・三富佳一県議会議員の事務所に移動し、所属会派である整風会の市議会議員とともに昼食をとりながら、現在、選挙期間中である県議会議員選挙の動向について、対策会議を行う。

110410_egao 午後から、昨日の柏崎青年会議所臨時総会で承認された特別委員会で実施する

「東日本大震災支援事業
 子供対象イベント
 
エガオの力

を周知するため、柏崎市立柏崎小学校や避難している方がいる中央地区コミュニティセンターなどにチラシをもってまわる。

 市内まわりをしたのち、18時、選挙事務所に戻ったところで来客。

Cimg2042 19時、若いスタッフとともにオクラの天ぷら、キスの天ぷら、白海老を入れたかき揚げ(玉葱、生姜、ピーマン、人参)、筍ご飯などで夕食をとる。
 揚げ物をすると料理前には食べたかった気持ちが、油っぽい臭気を吸うことですっかり失せてしまう・・・。

Nec_0001 天ぷらと筍ご飯の他に若いスタッフもいたので、頂き物の米粉80%、小麦粉20%の米粉うどんを使って、かけうどんも作る。つゆは、干し椎茸、モンゴルの岩塩、薄口醤油、干し納豆パウダー、煮干しパウダー、みりんでとった。
 米粉うどんは一回茹でてあるタイプのため、給食のソフト麺と同じ感じである。

 市内まわりをするなか、頼りない民主党政権と野党・自民党との連立政権が良いのか否かとの話が多くでた。
 いまは挙国一致内閣として取り組むべきという意見が大方であるが、私としては管首相が本当に国民のために命をかけて動くのか信じることができず、現体制の延命だけになるような気がしてならない。
 この違和感を払拭するような支援対策を、現政権が行うかどうか、まずは注視したい。


平成23年4月6日『産経新聞』

【正論】
菅氏では国民はもう頑張れない

拓殖大学大学院教授・遠藤浩一

 岩手県陸前高田市を訪問した菅直人首相は「少し長い戦いになるが、政府も最後の最後まで一緒になって頑張るので、皆さんも頑張ってほしい」と、被災者を激励したという。
 この発言自体はごく当たり前のことで、異とするものではない。しかし菅氏の口から「長い戦いになる」だの「最後の最後まで一緒に頑張る」だのと言われると、違和感-いや、むしろ不安感に襲われるのは、私だけだろうか。

≪民族、国家にも生き残り本能≫

 生物に生存本能があるように、民族や国家にも生き残る本能があると、私は信じている。被災地の復旧も、原子力発電所の事故処理も一定の時間を要するにしても、必ず成し遂げることができるだろうと、私は信じている。多くの国民はそう信じて、必死の努力を重ねている。繰り返し放映されるテレビCMで「日本は1つのチームだ」と某サッカー選手が訴えているが、まさに日本国民は一体となって立ちあがろうとしている。
 それは災厄を免れた地域が被災地を支援することにとどまらない。今回の大震災及びそれに伴う原発事故によって、わが国の社会資本、経済構造、エネルギー供給態勢、食糧自給、国民心理、ひいては国防・安全保障面にいたるまで深刻な後遺症が懸念されている。まさに国家的な危機であり、粘り強く克服していかなければならぬ、文字通りの「国難」といわなければならない。

≪不安の淵源は無能政権にあり≫

 にもかかわらず、3月11日以来、日に日に疼(うず)きが大きくなっていくこの不安感はどうしたことだろうか。それは当事者能力を欠いた政権にこのまま危機の克服や復興の舵(かじ)取りを任せておいていいのかという怖(おそ)れだと思う。本当に菅氏のもとで、あるいは菅氏とともに、「長い戦い」を、最後まで一緒に頑張れるのか、と。
 この間の首相官邸の周章狼狽(しゅうしょうろうばい)ぶりや不手際についてはすでに指摘されているのでここで個々には論(あげつら)わないが、原発事故の初動の遅れに影響したとされる現場視察や東電本社への怒鳴り込み、あるいは結果的に指揮命令系統が混乱して「省庁間の調整」が主任務となってしまったポストの乱発や機構いじりなど、菅氏らによる薄っぺらなパフォーマンスや「政治主導」という名の素人主導が混乱に拍車をかけているのは否めない。
 震災直後に“政治休戦”が成り、野党が菅内閣による危機管理を見守ることにしたのは、あの時点ではそれ以外の選択は考えられなかったからだ。震災直後の世論調査で内閣支持率が上昇したのは、とにもかくにも菅氏のもとで初動せざるを得ないと、国民が大人の判断をしたものと思われる。
 しかし残念ながら、民主党政権にとって、この未曽有の危機は荷が勝っているようだ。菅氏以下官邸の面々はそれなりに一所懸命やっているつもりかもしれないが、如何(いかん)せんリーダーとしての水準が低すぎる。こういう危機に際して指導者が求められるのは、冷静に全体状況を把握し、複雑で多岐にわたる問題を整理し、それぞれに信頼できる責任者を任命し、動けるチームを作り、彼らが持てる全てを傾けて職務を遂行しうる環境を整えることである。それと同時に国民と諸外国に向かって決意と自信を示すことである。

≪新首相で大連立→1年内解散≫

 いま、国民は菅氏から頑張れと言われるまでもなく、頑張っている。目の前の苛酷な現実に、一人ひとりが必死で立ち向かっている。しかし、オロオロするか、怒鳴り散らすか、自己保身のための弁明に言葉を費やす指導者とともに、この頑張りをいつまで続けることができるだろうか。この際一致団結して国難に立ち向かうためにも指導者の交代と政権の補強は避けられない課題ではないか。
 ここにきて、与野党一体となった大連立を形成してはどうかという議論が出てきた。しかしこれが現政権の延命に利用されることがあってはならないし、新たな無責任体制の出現になってもならない。有能な指導者のもとでならば挙国一致体制はそれなりに機能もしようが、指導力なきオール与党体制は、より混乱を拡大させる危険性がある。
 それでも現在の体制に限界があるのならば、大連立も検討すべき選択肢なのかもしれない。ただしその場合、いくつかの条件を設定する必要がある。第一に、菅首相にはこの際退いてもらうこと。第二に、何らかの時限的制約をつけること。時期を区切るよりも、むしろ1年以内に解散・総選挙を断行して国民の信を問うという内々の約束をしてはどうか。与野党間の緊張関係を損なうことなく(つまり無責任な合意体制に堕することなく)、国難打開のための与野党協力関係を構築するためには、こうした工夫が必要だろう。
 
昭和20年8月に焦土の中で敗戦を迎えたわが国は、そのわずか8カ月後の21年4月に衆議院選挙を行っている。本格的な復興を進めるためにこそ、当面の危機が管理できる見通しが立った段階で、国民の信を問う必要がある。

2011年4月 6日 (水)

平成23年度第一中学校入学式
柏崎青年会議所臨時総会(震災支援)

 2時、就寝。

 6時、起床。熱めのシャワーを浴びたのち、事務所にて柏崎市議会議員選挙立候補届の最終チェックを行う。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、粗挽きソーセージでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから12時まで、避難されてきた方の職探しや電化製品の手配などのお手伝い。

Cimg2033 12時50分、茹でたもやし、スーパーで3割引になっていたチャーシュー(モモ肉)、冷凍の極太中華麺、市販の豚骨醤油ラーメンスープ、干し納豆パウダー、煮干しパウダー、削り節を使って、即席つけ麺を作り、昼食をとる。
 魚介系のダシは十分であったが、急いで作ったため、干し椎茸を入れ忘れて、少しパワー不足の感があった。

Cimg2034 食後、母校である柏崎市立第一中学校に移動し、13時30分から平成23年度第一中学校入学式に来賓出席する。
 式が始まる前に東北地方太平洋沖地震での犠牲者に対し、黙祷。今回の被災により柏崎に避難し、新たに第一中学校に入学することなった生徒は新入生で3名、2年生で7名、3年生で5名おり、他の転入生もあったことから計69名の生徒が入学を許可された。
 また今回は来賓として、柏崎市立柏崎小学校の6年生担任2名が出席するという新しい試みも行われた。

Cimg2035 入学式終了後、選挙事務所に今月17日に告示となる柏崎市議会議員選挙立候補届の書類を取りに行ったのち、市役所に移動して、書類関係の事前審査を受ける。
 大きな問題はなく、書類を入れ封筒をのり付けし、一安心。

 17時から市内某所での打合せに出席する。選挙があろうがなかろうが、困っている人を自分ができる範囲でどう助けるか、やらなければいけない事が多くある。

Cimg2038 18時45分、柏崎商工会議所に移動し、19時10分から柏崎青年会議所4月例会兼臨時総会に出席。
 最初に東北地方太平洋沖地震での犠牲者に対し、黙祷を捧げる。国歌斉唱など4月例会のセレモニーを終えたのち、そのまま臨時総会に移行。
 今回の臨時総会は4月、5月、6月の事業の中止や変更、東北地方太平洋沖地震の震災支援のための特別委員会の設置などについて、予算も含めての協議である。
 公益法人としての支出の割合などを確認のため質問をし、その後に承認された。

Cimg2039 21時過ぎ、「いしと」(電話:0257-23-2095)に移動し、懇親会。この時期に懇親会など自粛すべきとの意見もあったが、やはり地元経済のためにも、まずはお金をまわすという事も必要である。
 風評被害対策のために福島県産の農産物・海産物を所望していたものの、市場に流通していなかったとのことで、刺身のツマのみ茨城県産。

 23時、帰宅。

2011年4月 5日 (火)

2011新潟産業大学・新潟工科大学新入生合同歓迎会

 2時、就寝。

 6時、起床。熱めの風呂に入ったのち、事務所で資料づくりを行う。

 8時、大粒納豆、塩鯖、シーチキンと大根のマヨネーズサラダでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg2021 9時30分、柏崎市市民プラザに移動し、「2011新潟産業大学・新潟工科大学新入生合同歓迎会」の準備を行う。
 新潟産業大学及び新潟工科大学の学友会をはじめ、多くの地元企業からの協賛により、開催するもので今年で6回目となる。

Cimg2022 準備も一段落したところで、キャベツが入ったコロッケパン、おにぎり2個(梅干し、鮭)で早めの昼食。コロッケパンのパンは、柔らかいコッペパンではなく、ちょっと固めのパンで、これはこれで味わい深いものであった。B級グルメとしては、やはり安めのコッペパンにデロデロとソースがかかったコロッケパンが思い浮かぶ。

Cimg2024 12時、入学式を終えた新潟産業大学及び新潟工科大学の新入生を拍手で迎え入れ、合同歓迎会が開会。
 今回はスペシャルゲストとして、新潟産業大学の卒業生でもある三叉路の松井正道氏にお越し頂き、歌とご自身の柏崎での学生生活についてお話頂いた。

Cimg2025 地元企業であるブルボンさんのお菓子をはじめ、柏崎観光協会さんによる鯛茶漬けなど多くのお土産や出し物が用意されたが、秀逸だったのは新潟産業大学及び新潟工科大学の学友会が作成した「柏崎攻略ガイドマップ2011-柏崎を100%楽しもう」である。非常によくまとめられている冊子であった。

 盛会で終了となり、その後後片付けをしてから市内まわり。

Cimg2027_2 18時、夕食として、コロッケや煮魚中心の弁当をつつきつつ、現在、選挙期間中である県議会議員選挙の動向について意見交換を行う。
 現実的な雇用や財政問題を抜きに理想を語るのは楽であり、選挙もやりやすいが、政治の場は実際にはそういかない。原子力発電に関しての賛否のみで県政が行われているわけではないため、そういった観点での訴えが必要となろう。

Cimg2030 食後、米山コミュニティセンターに移動し、19時から新潟県議会議員候補である自民党・東山英機県議会議員の応援演説を約10分間行う。
 冒頭、米山地区連絡協議会(上輪、高畔、青海川、笠島、上輪新田、米山町、大平)が今回の東北地方太平洋沖地震による被害(東日本大震災)が甚大なことから、中越沖地震の御礼も込め、107万円もの義援金を寄付したことに触れさせてもらった。
 また、原子力発電に関する賛否も争点ではあるものの、実際に津波が来た際に当地区がどうなるのか、またどういった対策をとるべきなのか、政治が解決すべき問題をお話した。

 応援演説終了後、事務所に戻り、急ぎの事務仕事を行う。

2011年4月 4日 (月)

自治労県本部街宣車が政治活動

 2時、就寝。

 6時過ぎに起床し、熱めのシャワーを浴びたあと、事務所にて事務仕事を行う。

 8時、大粒納豆、海老しんじょ、もずく酢でご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎから来客が続き、選挙期間中である新潟県議会議員選挙やその後の柏崎市議会議員選挙などについて、意見交換を行う。

Nec_0001_3 13時過ぎ、やっと手元に投票所入場券が届いたので、早速、市役所第二分館に行き、期日前投票を行う(選挙管理委員会も無投票と読んでいたのであろうか)。
 一昨日からの期日前投票について、防災無線で「選挙人名簿に登録されている方は、入場券がなくても投票できます」と放送されたが、やはり投票所入場券で投票すべきと今日まで待った。

Nec_0003_2 13時30分、某氏と「ガッツリ食堂ドカメン」(電話:0257-32-1523)に行き、一番辛い鬼しびれ、無料の大盛りにした「黒しびれみそ 780円」で昼食をとる。
 山椒のしびれに加え、唐辛子味噌も大量に投入し、大汗をかきながら食べた。

Nec_0004 昼食後、事務所に戻ろうとしたところで、やたらうるさい街宣車があったので何かと思えば、「反戦・平和」「自治労県本部」という大きな看板をつけ、スピーカーを通したマイクで「反原発」「ヨウ素剤が必要」「原発を無くす応援を」といった内容の連呼をしていた。
 今は新潟県議会議員選挙の選挙期間中であり、公職選挙法により選挙期日の告示(4月1日)から選挙期日(4月10日)まで、いわゆる政治活動が規制されている。周知の通り、今回の新潟県議会議員選挙は、現職2名の自民党立候補者に対し、廃炉を掲げた反原発の立候補者という構図。確認団体なら街宣活動も可能であるが、「自治労」という組合名での活動するのには驚いた。純粋な政治活動、組合活動とでも言い張るのであろうか。主義主張は自由であるが、選挙はルール通り、クリーンに行いたい。

 14時過ぎから来客が続き、情報交換も行う。その後は市内まわり。

Nec_0001 買い物をしたのち、22時過ぎに事務所に戻り、スーパーで半額になっていた鶏唐揚げ、枝豆、ボイルほたるイカ(別途、ゆず酢味噌を購入)、炙り鯖寿司、小粒納豆、ビール500ml2本で夕食をとる。
 そろそろ美味しいほたるイカの季節となったため、濃厚なわたを楽しめる日が近い(旋尾線虫が寄生しているため、一旦、冷凍した刺身)。

2011年4月 3日 (日)

東北地方太平洋沖地震
透析避難者・震災孤児への支援体制

 1時、就寝。

 5時に起床し、そのまま事務所にて、会社関係の仕事を行う。緊急で依頼されたハードディスクのデータ復旧などに着手。

 8時、大粒納豆、大きめのおにぎり2個(筋子)、低脂肪乳で朝食をとる。

 9時30分から市内まわり。
 ちょうど消防団による火災報知器取り付けの確認活動と出くわし、今回の東北地方太平洋沖地震に関する消防団の役割など立ち話であったが、色々と意見交換を行う。

Nec_0001_2 その後も市内を歩いていると、中越沖地震直後に倒壊していた石碑などが復元されていることに気付いた。二十三夜講や庚申講に加え、米山塔も多く見受けられる。
 米山塔は、霊峰・米山への信仰、米山山頂に日本三大薬師の一つである米山薬師堂があることから薬師信仰として、五穀豊穣を願い建立されたもの。
 我が母校である柏崎市立第一中学校の校歌(作詞:中村葉月 作曲:團伊久磨)にも「ふるさとのまち見守りて 大空に立つ米山の・・・」とある。

Nec_0002_2 12時過ぎ、事務所に戻り、差し入れで頂戴した高柳町の天然酵母のパン屋「麦麦ベイク」(電話:025-741-3032)のパン2個(チーズパン、ソーセージパン)、ミルクティーで昼食をとる。
 噛んでいるうちに顎が痛くなってくるような、質量の多い好きなタイプのパン。

 13時過ぎから市内まわり。柏崎に避難している被災者のなかで透析患者がいれば、いくらでも家を貸すという方や、震災孤児がいるようであれば子供も独立したので引き取っても良いという方もいらっしゃり、その言葉を聞くとありがたく、そして胸が熱くなる思いであった。


平成23年3月29日『産経新聞』

“震災孤児”見えぬ実態

 「いつ迎えに来てくれるの?」。少年は母を待ち続けた。だが、自分を愛してくれた人はもういない。東日本大震災で両親を失った“震災孤児”の実態が見えてこない。
 宮城県石巻市の市立小学校の避難所。同小1年の少年は、母親の迎えを待ち続けた。少年の両親は車で避難する途中、津波にのまれて命を落とした。学校にいた少年は難を逃れたが、両親が亡くなったことは知らされていなかった。
 避難所には近所の住民も多く、親代わりを務めて一緒に遊んでくれたが、避難所にいる親子連れをみると少年の目から涙がこぼれた。泣きながら大人たちに聞いた。「お母さんはいつ迎えに来てくれるの?」
 地震から1週間ほどたったころ、少年は一家の安否を心配して避難所を訪れた親族に引き取られた。避難所を出るときまで、母親の迎えを待っていたという。
 避難所で少年を見守り続けた男性は「子供に必要なのは親や親族だった。自分たちの無力さを痛感した」と、声を震わせた。
 石巻市教育委員会によると、市内だけでも数十人の震災孤児がいるとみられるが、その実態は明らかになっていない。
 自治体の調査は難航している。宮城県子育て支援課は県内の全自治体と全児童相談所に孤児の実態把握を要請。存在を確認すれば、児童養護施設への入所や里親への養育依頼を行う計画だが、今も多くの自治体から報告は届いていない。沿岸部の自治体は「児童生徒の安否確認さえ終わらず、孤児にまで手が回らない」と話す。
 岩手県でも、地震の被害で親が亡くなったり行方不明になったりしている子供の数を把握しようと、児童相談所の職員と応援に来ている横浜市こども青少年局の職員が避難所を回り、責任者に親を亡くした子供がいないかなどを聞き取っている。
 同県陸前高田市では、市の教育委員会も同時に調査を実施。市の担当者は「地震後、親戚(しんせき)などを頼って市外や県外に出た子供も多くいるため、実態把握には相当の時間がかかるだろう」と話した。


Nec_0003 18時、事務所に戻り、小鰺を二度揚げした南蛮漬け、春菊の胡麻和え、青椒肉絲、小粒納豆、ビール350ml二缶、日本酒で夕食をとる。
 青椒肉絲のピーマンは火が通ったか否かぐらいのやや固めが好みであり、シャクシャク感と苦みを楽しむ。
 

2011年4月 2日 (土)

「なっとういち」ミツカンに納豆事業を譲渡

 1時過ぎ、事務所の机でそのまま就寝。

 6時に起床し、熱い風呂に入ったのち、引き続き事務仕事を行う。

 8時、大粒納豆、野菜さつま揚げ、生卵でご飯2杯の朝食。

 9時過ぎから市内をまわる。

Nec_0001 12時、事務所に戻り、削ったパックの鰹節、干し納豆パウダー、干し椎茸、煮干しパウダーで出汁をとり、冷凍うどん2玉、生卵、乾燥若布で月見うどんを作って昼食。
 時間がないときの手抜きのうどんつゆである。

 13時30分、某氏宅に伺い、柏崎の文化について意見交換。やはり先の平成23年第2回定例会で議題となった博物館、ふるさと人物館の冬季閉鎖について、厳しい意見が続いた。

 15時30分から市内をまわる。私の事について、色々な根も葉もない噂が流されているようで、またも金、女性問題という低レベルなものであった。こういった悪評を立てて、喜ぶ勢力は特定でき、よほどこれまでの追及が効いているのであろう。

Nec_0002 20時過ぎ、市内某店にて、軽くビールを飲みつつ、地元の刺身をつまみ、地元の方との意見交換。
 冒頭は、投票立会人の輪番制度を説明し、その後、今回の東北地方太平洋沖地震に鑑みた地元の防災体制や設置すべき表示、続いて柏崎に避難されてきた被災者に対する支援についてを話し合う。
 早速、行政関係の資料を集め、本格的に検討することなった。

 22時30分、帰宅。

 東北地方太平洋沖地震の影響により、「スーパーに納豆がない」とのメールを多く頂戴した。震災による東北地方の工場の被害はもとより、震災前に納豆業界大手メーカーの一部再編の動きもあり、その影響もあろう。
 食文化の多様性のためにも、納豆はとにかく安ければ何でも良い、との風潮を再考する機会になればと思う。


平成23年1月21日『トーヨー新報』

旭松が納豆事業を譲渡
ミツカンと基本合意発表

譲渡対象は営業権と商標権

 「なっとういち」で知られる納豆メーカー、旭松食品(木下博隆社長、本店=長野県飯田市、本社=大阪市)は、納豆事業を大手メーカーのミツカン(伊藤公一社長、本社=愛知県半田市)に4月1日付で譲渡することを基本合意したと発表した。譲渡価格は14億円。譲渡対象は納豆事業の営業権と「なっとういち」などの商標権で、工場や土地は含まない。今後は、本契約に向け2社間で具体的な検討作業を進め、事業譲渡契約の締結への手続きに入る予定。
 譲渡理由について旭松食品は「納豆市場は依然として縮小傾向にありながら、一方で供給過剰による熾烈な価格競争が繰り広げられている。原材料は高止まりのままで、5年先、10年先を見通しても明るい材料はなく、将来にわたって収益確保が見込めない。昨年5月に埼玉工場を閉鎖し、関東や東海地方での販売から撤退、長野や山梨、近畿以西の営業活動に注力していたが収益の回復はできず、撤退を決意した」として、1月11日の取締役会において、かねてから業務提携関係にあったミツカングループへの譲渡を決めた。
 本年3月期の納豆事業の売上高予想は約38億円。今回の事業譲渡に伴い、兵庫の小野工場は3月末をもって閉鎖する。同工場の従業員98人のうち正社員18人は配置転換を行うが、パート従業員の契約更新はしない模様。
 1984年から手がけていた納豆事業からの撤退を惜しむ声がある半面、同社の主力事業の凍り豆腐やみそなど加工食品に経営資源を集中させることに好感を持つ市場の反応もある。当面は主力2事業を中心に収益体質の強化に努め、その過程で将来的に成長が期待できる新分野への進出も視野に入れている。
 一方ミツカングループは、「なっとういち」ブランドを生かして、西日本の営業基盤を強化したいとしており、4月から子会社のミツカンフレシア(愛知県高浜市)の三木工場で同製品を製造する予定だという。

2011年4月 1日 (金)

小千谷準倫理法人会にて講演
2011新潟県議会議員選挙告示

 1時から4時30分まで仮眠。

Cimg1991 愛車で小千谷市商工会議所に移動し、6時から小千谷準倫理法人会第92回経営者モーニングセミナーに出席する。
 講師として、「納豆(菌)の歴史そして栄養、成分の秘密」と題し、自己紹介ののち、「納豆の歴史」「納豆の栄養素」「納豆から生まれるテクノロジー」について、約50分間お話させてもらった。

Cimg1994 7時過ぎ、ビジネスホテルニュープラザに移動し、ホテル内の「レストラン梓」にてビュッフェ形式の朝食をとる。朝食を美味いという評判通りに、500円という価格にも関わらず、地元野菜を使った野菜炒めや煮物、辛味大根、そして納豆もあり、震災支援などついて話しつつ、ご飯2杯を食べる。

Cimg1996 食後、柏崎市内に戻り、三富佳一選挙事務所に移動し、自民党・三富佳一県議会議員の出陣式に出席する。
 今日から統一地方選挙の新潟県議会議員選挙が告示となり、柏崎刈羽地区定数2を3名の立候補者で争う約10日間の選挙戦。

Cimg1997 引き続き、柏崎ベルナールに移動して、自民党・東山英機県議会議員の出陣式に出席する。
 昨日までは無投票で自民党現職2名の再選か、との報道がされていたが、以前にも県議会議員選挙に出馬経験のある第三の候補が「原子力発電所の廃炉」を出馬。選挙の争点が 「原子力発電所と共存か廃炉か」ということになった。

 事務所に戻ったところで来客があり、13時過ぎまで意見交換。

 おにぎり2個(筋子、ビリ辛納豆)、低脂肪乳、グレープフルーツジュースで昼食をとったのち、会社関係の仕事で市内をまわる。
 途中、柏崎に避難されてきた被災者の方から連絡があり、中古の電化製品などを手配。

Cimg2012 18時30分、事務所に戻って、スーパーで半額になっていた海苔弁当、小粒納豆、もずくの味噌汁で夕食をとる。
 新潟県議会議員選挙が無投票だと思って予定を組んでしまったため、食後からスケジュール調整などを事務仕事を行う。

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