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2011年5月

2011年5月31日 (火)

放射線:健康被害解決への専門家の声

 被災地にいく前に終わらせるべき仕事が終わらず、4時から7時まで事務所のソファーで仮眠する。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、たらこ、鰊と筍の煮物でご飯2杯の朝食をとる。

 9時、11時と事務所に来客。まだ片付けていない汚い事務所であったが、陳情や調査の依頼を受ける。

 12時、コンビニで買ってきた冷凍食品のつけ麺でさっと昼食をとり、軽キャンパーに依頼された支援物資の積み込みを行う。

 14時、15時と来客があり、被災地で避難されている方への伝言や品物を預かる。途中、納豆に関するマスコミ取材の回答をするのを忘れていたので、あわててメールを打つ。その他、多くの返事をしなければならないメールも溜まっており、先方には申し訳ない限り。

 16時、複数の方から田中角栄元首相の秘書で国家老と言われた本間幸一氏がご逝去されたとの情報が入った。
 最近は年賀状のやりとりが主なものであったが、市議会議員になってからは何回かお手紙も頂戴していた。
 名秘書らしく、信条であった「秘密は墓場まで」の通りであった。合掌。

Cimg2771

 18時過ぎに自宅を軽キャンパーで出発し、途中、新潟県内各地で被災地である宮城県内で確認してほしいと言われたものや物資を預かりつつ、移動する。途中、おにぎり3個(筋子、昆布、梅干し)で夕食をとる。
 移動にあたっては、眠っていたIBMの名機「ThinkPad X40」をメモリ最大(1.2GB、X41なら2GB可能)にして復活させ、GPSアンテナと地図ソフトをインストール。ついでにハードディスクもシリコンディスク(SSD)に交換したので、快適なカーナビゲーション兼ネットブックとなった。電源は12Vシガーから16Vへの変換である。

 今日、事務所にお越しになった方から放射線の人体への影響に関しての質問を多く頂戴した。
 震災から2か月を越え、いまだ避難所での生活であることを考えると放射線の影響もさることながら、その他の健康を害する要因も多くなってくる。
 以前、視察でお世話になった静岡がんセンターの山口建総長 のご見解をジャーナリスト・櫻井よしこ女史が分かり易いかたちで書かれていたので、以下に引用し、ご紹介したい。


平成23年5月19日『週刊新潮』

櫻井よしこ
日本ルネッサンス

健康被害解決への専門家の声

 福島第一原発から半径20km圏内の警戒区域への住民の一時帰宅が10日から始まる。危険回避で避難中の人々は現在7万8,000人、約2万6,000世帯に上る。避難所生活は特にお年寄りには重い負担である。
 すでに少なからぬ方々が亡くなり、認知症が進んだ方もいる。働き盛りの世代は田畑も家畜も失い、仕事にも行けない。将来の生活の目処が立たない不安の中にあるからこそ、一時帰宅の発表に歓声が上がった。
 それにしても、人体に健康被害を及ぼす累積放射線量とはどのレベルなのか。政府や国際放射線防護委員会(ICRP)の厳しい基準はどこまで厳密に適用すべきものなのか。
 癌医療の専門家として長年、放射線を取り扱ってきた県立静岡がんセンター総長の山口建氏は、原発事故で多数の住民がすでに年間1ミリシーベルト以内という一般住民向けの基準を超える放射線を浴びたいまこそ、新しい発想が必要だと語る。
 一人ひとりの住民の被曝線量を正確に把握し、健康管理を厳密に行い、健康被害を防ぎつつ、住民を自宅に戻すことによって、種々の健康問題を生じさせている避難所生活から解放することが大事だという。
 一時帰宅者が白い防護服、ゴーグル、二重手袋などで重装備してようやく立ち入りを許されるような場所にも住民を戻し暮らさせるという考えは、癌患者やバセドウ氏病に対する放射線治療の第一線での知見から生まれた。
 キュリー夫人以来、人類が放射能の知識を持ち始めてたかだか100年、放射線の身体への影響の分析は、未だ大半が推測の世界にとどまっている。
 現在、確実なことは年間100ミリシーベルト以上の被曝では健康被害が生じる可能性が高いという点だ。にも拘わらず、一般人の被曝許容量として、年間で自然に浴びる2.4ミリの放射線に1ミリを加えただけの厳しい基準が作られた背景には、100歳まで生きて初めて100ミリシーベルトに達することと、未知の事象について人間は慎重になりがちなことが反映されていると、山口氏は見る。

論理的に矛盾

 一方で、ICRPは病院で放射線を取り扱う医師や技師や原発の作業者の被曝許容量の基準として、「5年間で100ミリ(年平均で20ミリ)、または1年で50ミリを超えないこと」を提唱している。「この範囲では健康被害はなにも起こらないと思います」と山口氏は語る。
 「年間1ミリシーベルト以内という一般人に対する基準は、絶対に健康被害を出さないという点で、今後も守るべきだと思います。特に乳幼児や学童や妊婦については大切です。
 一方、医療の現場で働き、多くの症例を見てきた立場でいえば、40~50歳以上なら、一人ひとりの被曝線量をしっかり管理すれば医師や放射線業務従事者の基準は絶対に大丈夫な数値といえます。
 この点を踏まえ、現在のような非常時にどう対処するか。避難による健康被害と放射線被曝による健康被害の可能性を考えれば、ICRPの緊急時の勧告を踏まえて成人の一般人向けの限度はもっと上げてよいと思います」
 国際社会や国の定める安全基準は法的には正しくても、論理的に矛盾しているとも氏は指摘する。なぜなら、一般人と、医療現場や放射線業務に従事する専門家の基準がダブルスタンダードになっているからだ。
 「過去のデータによれば、100ミリシーベルト未満であれば、癌の発生は増加していないというのが国際社会の見方です。それを超えると癌の発生率はわずかに増加傾向を示し始めます。
 1,000人の日本人の内、癌で命を落とす人は300人程度ですが、仮にこの1,000人が100ミリシーベルトの放射線を浴びたとすれば、癌で命を落とす人が5人増えて、305人になると計算されています。
 いま、福島で語られているのは20ミリシーベルト。成人であれば、医学的に癌が発生しないといってよいレベルです」
 人類は自然界や原水爆実験、或いは医療目的で多くの放射線を浴びてきた。ICRPの2007年の勧告やUNSCEARの2000年の報告書などによると、人間が受ける年間の自然放射線量は世界平均では2.4ミリだが、日本は1.5ミリだ。一方ブラジルでは場所によって10ミリを超え、イランのラムサールでは、なんと100ミリを超えている。
 他方、放射線量に限界が設定されていないのが医療で、必要に応じて高い線量が使用される。胸部CTスキャンでは1回毎に6.9ミリの線量を浴びる。1年に3回受ければ、年間許容量の20ミリを超える計算だ。PET検査1回でおよそ3.5ミリを、X線CTを組み込んだPET/CT検査では数ミリから十数ミリを浴びる。
 甲状腺の診断に薬を飲ませるシンチグラムという検査があるが、それによる内部被曝は10ミリ前後だ。バセドウ氏病の治療ではベクレルで億単位という極めて大量のヨウ素131が投与されるが、長年の観察でも晩発性の放射線障害はなく、安心して用いられる治療になっている。

医学者の声に耳を

 「医療では病気予防と治癒のためにリスクとベネフィットを考えて放射線を浴びせます。また私たち医師は、すでに触れたように一般人より高い放射線量を浴びる法的物理的環境の下で働いています。かといって医師の健康が危険に晒されるのではなく、きちんと守られる範囲内です。
 であれば、福島で年間1ミリまでを許容値とする厳しい基準を守った結果、お年寄りが避難所で亡くなり、働き盛りの人が働けない現状を、40~50歳以上の住民に、医療従事者に近い年間20~50ミリの基準を適用することで変えたらよいのではないか。本人が望めば自宅で暮らせるようにする方が望ましいと考えるのです」
 但し、そのために守るべきことが少なくとも3点ある。(1)各人に医療従事者と同じ放射線量測定記録用のバッヂをつけさせ、線量計を用いて、住居周辺の線量を把握する、(2)子供や若い人々の家庭は対象にしない、(3)生活に必要な物品の供給や警備を充実させること、である。
 (1)は一人ひとりの厳密な健康管理に欠かせない。記録した各人の放射線量は政府の責任で管理し、研究機関を設置し医学の発展に役立てる。そのうえで、20~50ミリシーベルト近くになったら1年間の限界値を超えないように地域を離れる。温泉でも旅でもいい。費用は東電または国の負担でよいではないかと山口氏は語る。
 (2)は若年者については、十分なデータがなく、チェルノブイリでも多くの被害者が 「若年層であったことを考えての措置で、(3)は健康被害が生じない高齢の職員が住民をサポートすればよいと思います」
 放射能の人体への影響について、明確な基準が確立されていない中で、医療現場で放射線障害と向き合い、症例と体験に裏打ちされた医学者の声に耳を傾けたい。

2011年5月30日 (月)

全員協議会(東京電力からの説明)福島第一・第二の報告、柏崎刈羽の対応

 2時、就寝。

 6時に起床し、7時から市内某所での農作業のお手伝いを行う。長時間腰をかがめるため、頭が重いこともあり、背中が凝ってしまった。たまにしかやらないので、なかなか馴れない。

 作業終了後、帰り際に被災地に行った際に食料にするよう米を頂戴した。あとは消費電力の少ない電気炊飯ジャーを購入すれば、現地で長期の支援活動ができる。

 10時、自宅に戻り、大粒納豆、モクズ蟹の味噌汁、卵焼き、ししゃも(カペリン)焼きでご飯2杯の朝食。

 狸がよくでるとのことで、駆除をしたいとの相談の電話があり、市役所の担当課である環境政策課に問い合わせたところ、駆除用の網も貸してもらえるとのことであった。

 11時過ぎから12時30分まで事務所で事務仕事。

 13時から某宅で陳情をお聞きしたのち、郵便局などで所用を済ませ、市役所に移動する。

Cimg2767 13時30分、全員協議会に出席。東京電力からの福島第一、福島第二原子力発電所の状況と今後、柏崎刈羽原子力発電所の現状と津波対策についての説明である。
 内容は以下の通り。

(1)地震および津波の発生と事故の概要
・福島第一・第二の地震観測記録では、基準地振動Ssに対して、最大加速度値が越えたのは、福島第一・2号機東西方向(438ガルに対し、550ガル)、福島第一・3号機東西方向(441ガルに対し、507ガル)、福島第一・5号機東西方向(452ガルに対し、548ガル)。ただし、新潟県中越沖地震の柏崎刈羽原子力発電所は1号機の地下で680ガル。
・想定津波は福島第一で5.7m、福島第二で5.2m。福島第一は14~15m(整地レベルは+10m)。福島第二は+6.5~7m(整地レベルは12m)。
・地震後(津波前)は、地震発生と同時に全制御棒が全挿入。地震により一部の送電線が損傷。福島第一においては非常用発電機(DG)が起動。
・津波後、大部分の電源が喪失。福島第一:3ルート6回線全て使用不能。福島第二:2ルート4回線中、3回線が使用不能。内部電源は、福島第一で6号機の1台以外が使用不能、福島第二は3号機の2台、4号機の1台の計3台を除き使用不能。海水系機器が使用不能。
・各プラントの
冷温停止に向けた進展(概要)
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・福島第一・1~4号機の状況
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(2)福島第一・第二原子力発電所の状況
・福島第一・第二の設備状況
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・ロボットによる原子炉建屋内調査
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(3)福島第一・第二原子力発電所の今後の見通し

・発電所内における主な対策の概要図
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・事故の収束に向けた取り組み状況

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(4)柏崎刈羽原子力発電所における地震および津波対策の状況
・地震については、建屋の揺れ1000ガルに対して、必要な設備の耐震強化工事を行っている。
●中越沖地震で推定された地震動:基準地震動(ガル)
1号機 1699:2300
2号機 1011:2300
3号機 1113:2300
4号機 1478:2300
5号機  766:1209
6号機  539:1209
7号機  613:1209
・外部電源の信頼性評価
(1)500kV送電線2ルート4回線、154kV送電線1回線
(2)各号機の電力供給の信頼性向上のため、全ての送電回路を各号機に接続する
(3)電源送電鉄塔の耐震性・基礎安定性について必要により補強等の対応
(4)発電所等の開閉所の電気設備について津波による影響を防止するための対策(防潮提、防潮壁、原子炉建屋の水密扉化、緊急用高圧配電盤の新設及び原子炉建屋内非常用高圧配電盤への常設ケーブルの布設)
・津波対策について
(1)全交流電源喪失時の電源確保
 → 500kVA高圧電源車:4台
   エンジン付き発電機45~350kVA:5台
   仮設ケーブル(15m~300m)
   大容量高圧電源車(4500kVA):1台
(2)原子炉への注水機能確保
 → (1)と(3)
(3)使用済み燃料プールへの注水機能確保
 → 消防車:5台予備含めると8台
   接続ホース
(4)注水用淡水水源の確保
 → 可搬式発電機、接続ホースに加え(1)(3)
(5)原子炉格納容器の減圧機能確保
 → 減圧用ベント弁(空気作動)の予備として窒素ボンベを配置
(6)逃がし安全弁による原子炉の減圧機能確保
 → 減圧用ベント弁の予備として窒素ボンベを配置
(7)可搬式水中ポンプによる海水系機能確保
 → 可搬式代替水中ポンプ4台バックアップ4台
   専用フランジ付き注水ホース
   バックアップとして海水ポンプ予備電動機3台配備し、今後12台を追加
(8)建屋の防水性の改善
 → 1~7号機の原子炉建屋、海水熱交換建屋の外部扉の防水化(83カ所)
   1~7号機の配管及びケーブルラックの建屋貫通部の防水化(69カ所)
・緊急時訓練の実施
・今後実施する津波対策の概要
(A)浸水防止対策の強化
 (1)防潮提の設置
 (2)防潮壁等の設置
 (3)原子炉建屋等の水密扉化
(B)電源確保の強化
 (1)ガスタービン発電機車等の追加配備
 (2)緊急用の高圧配電盤の設置と原子炉建屋への常設ケーブルの布設
(C)注水、除熱機能の強化
 (1)代替水中ポンプ及び代替海水熱交換器設備の配備
 (2)発電所構内に水源(貯水池)を設置
(D)水素滞留の防止
 (1)原子炉建屋トップベント設備の設置
(E)その他
 (1)モニタリングカーの追加配備
 (2)高台への緊急時用資機材倉庫の設置

 続く質疑応答では、以下のようなやりとりが行われた。

Q.水素はどこから発生して、建屋の爆発に至ったのか。(共産党)
A.ジルカロイが800度を越えると冷却水と反応し水素が発生した。その後、圧力調整のため、格納容器に放出した。格納容器の圧力が上がり、配管の貫通部といったところから水素が漏れでて、原子炉建屋に流れ込んだと想定している。

 ここから社会クラブの某議員から質問が続いた。基本的に科学的な話ではなく、陰謀めいたことや気持ち的なこと、そして政府が決めるべきこと(退避や地元に戻る基準放射線量)を東京電力に質問するため、怒りをぶつけるパフォーマンスにしか聞こえない。チェルノブイリの場合、石棺が早急にできたのに福島でできないのはおかしいと叩いていたが、作業員が大量被曝しても関係ないのだろうか。いくら事故対応でも作業員にも人権はあり、配慮が必要である。
 その後も何人かの議員からの質問が続き、基本的なやりとりがあったので、次のような質問をした。

Q.2点ほど確認したい。再臨界が起こっているという風説を流して不安をあおる輩がいる。しかし、ボロン(ホウ酸)が入り、中性子束の測定もされており、そのようなことはないと思うが、再臨界と中性子束の測定に関しての現状が1点目。2点目は、最高責任者たる総理大臣自らが東電本店にどやしつけにいくような、どうしようもない政府の対応であるが、東京電力から情報があがってこないからこのような対応になっていると国会で答弁している。そのような事はないと思うが、オフサイトセンターも機能し、また所管の官公庁も一緒に対応にあたっているなか、政府との情報のやりとりについては実際にどうなのか。
A1.外部専門家によれば再臨界の可能性は非常に低いといわれており、それでも可能性は0%ではないため、さらにホウ酸を入れている。
A2.ある程度安定した今の時点と当時の状況は違っており、現時点では情報伝達ができている。当時としては、制御室の電源もなく、7基の原子炉の対応が一度にあったため、情報の伝達に問題があった。大熊町にあるオフサイトセンターの機能は、当初、電源が入らなかった点があり、福島市に移動された。今後の事故対応の検証のなかで明らかになってくると思われる。

Cimg2768 15時55分から議会運営委員会に出席。議題は、監査委員の選任、農業委員の配分、議会改革に関する特別委員会の設置等である。
 監査委員については、立候補が整風会・荒城彦一議員、他薦が共産党・持田繁義議員。市長が提案する人事案件のため、議会側で選挙するわけにもいかず、両名の話し合いということになった。
 農業委員は、大志クラブ・星野正仁議員、整風会から三井田、もう1名はのちほど共産党か社会クラブから1名から選出することで決定。
 議会改革に関する特別委員会を設置する件については、各会派からの意見を述べあうこととなったので、整風会として以下のような書面で提案をした。今回、同様に書面で議会改革に関する提案をだしたのは整風会と公明党のみである。


         平成23年5月30日
          柏崎市議会 整風会

議会改革に関する特別委員会設置について

 議会改革に関する特別委員会を設置するにあたっては、先の議会改革特別委員会のように決定事項が守られないといった【信頼関係を損ねる事態がないこと】の合意を前提に、以下のような議会改革に取り組むべきとする。

1.通年議会の早期導入
 前議長の表明及び今回の議長選挙においても、二名の立候補者が導入すべきとしたことに加え、全国の各議会でも試行がはじまっている。議会基本条例の検討をせずとも実施できるものである。

【先行事例】北海道白老町議会、宮城県蔵王町議会、北海道福島町議会、神奈川県開成町議会、千葉県長生村議会、長野県軽井沢町議会、熊本県御船町議会、福岡県川崎町議会、岩手県紫波町議会、長野県小布施町議会

2.議員倫理条例の制定
 行政職員により高い倫理観を求めるのと同様、議員自らも行動のあり方を規定すべきとし、入札等への口利き、兼職の禁止、審査会などの具体的な事項も記載する。

【先行事例】長崎県長崎市議会、福島県会津若松市議会、岡山県真庭市議会、兵庫県南あわじ市議会、三重県鈴鹿市議会、兵庫県朝来市議会、秋田県小坂町議会、岐阜県多治見市議会、大阪府高槻市議会、岡山県新見市議会、滋賀県草津市等

             以 上


 そもそも前回の議会改革に関する特別委員会は、議員定数に関して議論した合意事項が守られず、しかも今回の議長となった議員が決定事項(議案には署名しながらも)とは違う投票行動(退席)をとったことから、委員長が抗議の意味から辞任し、頓挫した。
 その意味で、事前に信頼関係の構築がない限り、中身の議論には入ることができない。
 結果的に各会派から書面で意見を提出することとなった。

 17時過ぎ、事務所に戻ったところで来客と電話が続き、22時まで対応に追われる。

Cimg2769 買い物にでかけたのち、23時、スーパーで半額になっていたまぐろづくしの鮨、刺身3点盛り(赤貝、ハマチ、シメ鯖)、ひき割り納豆汁、ビール500ml3本で夕食をとる。
 食後から被災地にでかけようと思ったものの、準備が間に合わず、明日の出発に予定を変更。

2011年5月29日 (日)

第36回東部体育協会大運動会

 依頼されたビデオ編集や独自システムのリカバリーDVD作成などで時間がかかり、5時からやっと仮眠。

Nec_0018 8時に起床し、お泊まりしていた姪っ子と昨夜仕掛けた蟹の仕掛けをとりにいく。
 昨夜からの雨で川が増水し、流れが速くなっていたので、二つの仕掛けのうち一つが流されてしまったものの、残った仕掛けには5匹のモクズ蟹がかかっていた。

 9時30分、大粒納豆、にしんと筍の煮物、ポテトサラダでご飯2杯の朝食をとる。

Cimg2764 10時過ぎ、あいにくの雨のため、室内で開催されることになった「第36回東部体育協会大運動会」のため、甥っ子、姪っ子とともに柏崎市立柏崎小学校に移動。
 5つの町内会で構成する体育協会で毎年行なっている運動会であるが、昨年にも増して自分の町内は子供が少ないために人数確保が大変である。

Cimg2765 自分の町内が担当の競技の説明やスターターをやったのち、中座して市内某所に移動。
 11時30分からの懇親会に出席し、お集まりの皆さんに酒を注ぎつつ、意見交換させてもらう。意見の多くが津波や原子力災害などの防災に関するもの、そして若い世代の就職に関するものであった。
 いずれも重要なことであるが、まずは防災体制について、議会の場で議論し、行動に移したい。

 14時、柏崎市立柏崎小学校に戻り、「第36回東部体育協会大運動会」の残りの競技に参加。
 最後のリレーも終わったところで、閉会式となり、結果が発表された。優勝は諏訪町二丁目、次いで諏訪町一丁目、東栄町、諏訪町三丁目、最後が我が町内である東学校町となった。優勝チームにトリプルスコアで負けてしまったのは残念。

 16時30分、市内某所での懇親会に出席させてもらう。ここでも多くのご意見を頂戴したが、リフォーム支援制度への苦情や来年に行われる市長選挙での候補者の話が大半を占めた。

Nec_0019 17時過ぎ、自宅に戻ったところで、十日町市議会・庭野茂美 議員がお越しになり、山筍(根曲がり竹)を頂戴するとともに、東日本大震災への支援活動として、現地入りする日程などを調整する。
 お声がかかっているのは、宮城県石巻市渡波地区、宮城県本吉郡南三陸町、福島県南相馬市、福島県いわき市であり、体が一つしかないため、スケジュール調整が難しい。

 支援活動に行くために、自己完結できるよう軽自動車をキャンピングカーに改造したものの、そのときに使った工具やら部品の片付けに手間がかかり、22時にやっと綺麗になった。

 23時、頂いた山筍をバター焼きにし、今朝獲れたモクズ蟹を茹で、小粒納豆の大根おろし和え、ほっけの一夜干しとともに夕食にする。

2011年5月28日 (土)

福島第一原子力発電所:海水注入、所長が独断で継続
軽キャンパー完成

 シャワーを浴びたのち、2時に就寝。

 7時に起床し、大粒納豆、生卵でご飯2杯をかっこむ。

 8時過ぎ、某氏の車に乗せてもらい、長野県での弔問にでかける。

 弔問を終えたのち、コンビニの納豆巻き、たまごサンドイッチ、ピンクグレープフルーツジュースで昼食をとりつつ、13時に帰宅。

Cimg2766 事務所で溜まった事務仕事をしたのち、軽自動車の改造の仕上げ作業を行う。最後は鉄パイプ(イレクター)を組み合わせて、棚を作って固定。
 18時過ぎに何とかそれらしい軽自動車キャンピングカーの完成となった。お泊まりにきた甥っ子と姪っ子が二人して、この車に泊まると言い出したため、なだめつつ蟹獲りのための仕掛けを置きに、海岸に向かう。

Nec_0016 20時30分、30%引きになっていたフランスパンを切り、トマトピューレとトマトケチャップ、おろしニンニク、バターを混ぜたものを塗り、大粒納豆、さつま揚げをみじん切りしたものをのせ、最後にとろけるチーズをかぶせてオーブンで焼いた納豆トーストとビール500ml3本で夕食をとる。

 福島第一原子力発電所1号機への海水注入の決断について、これまでの対応の責任をウヤムヤにしたい菅首相は自分が指示しただの、指示した覚えはないだの騒いでいるが、ここにきて事実が浮き彫りになってきた。
 海水注入は現場の所長の判断で継続したという。原子力災害対策特別措置法の15条通報を行い、緊急事態宣言を発出しているため、政府が原子力災害対策本部を立ち上げ、責任をもって対応するのが本来である。
 政府に配慮したのか、これまでの東京電力の発表は違っていたが、現場での実情が見えてきた今、事故対応ができない現政権のお粗末さがさらに明確になってきた。
 早くこの政権に倒れてもらわないと救える国民も救えない。


平成23年5月26日『読売新聞』

海水注入、実は原発・吉田所長が独断で継続

 東京電力福島第一原子力発電所1号機の炉心を冷やす海水の注入が、東日本大震災の発生翌日に一時中断していたとされる問題で、東電は26日、「実際には海水注入は継続していた」と発表した。
 同原発の吉田昌郎所長が、事態の悪化を防ぐため必要と判断し、東電本店の意向に反して独断で継続したという。この問題をめぐっては、政府・東電統合対策室が中断の根拠として示した班目春樹・内閣府原子力安全委員長の発言内容が訂正されたばかり。政府・東電の情報発信のあり方が改めて問われそうだ。
 統合対策室は21日、海水注入中断の経緯を公表。その中で、東電は3月12日午後7時4分に海水の試験注入を始めた後、原子炉の再臨界を懸念した官邸の意向に配慮し、7時25分に独断で注入を中断。その後、首相の指示を受け、8時20分に再開し、55分間の中断が起きていたとしていた。しかし、実際には、官邸詰の東電社員から「首相の了解が得られていない」との連絡を受け、東電は東電本店と第一原発を結んだテレビ会議で中断を決定。吉田所長は、この場で反論はしなかったが、独断で注水を継続した。
 午後8時20分に注水を再開したとの連絡が、吉田所長名で入ったため、東電は中断が起きたと判断した。東電は今月24、25の両日、吉田所長らに聞き取り調査を実施。吉田所長は事実を明かした理由について「国際原子力機関(IAEA)の調査もあり、正しい事実に基づき評価が行われるべきだと考えた」と説明したという。吉田所長は1979年入社。昨年6月から所長を務めている。
 
東電の松本純一・原子力立地本部長代理は「最初に公表した調査結果は、本店の関係者と、本店に残っているメモだけを基にした」と調査が不十分なまま公表したことを認めた。

2011年5月27日 (金)

地方自治法改正案と通年議会

 なかなか事務仕事が終わらず、4時から7時まで事務所のソファーで仮眠。

 8時、大粒納豆、おから入りのさつま揚げ、蕗の薹味噌、若布のポン酢醤油和えでご飯2杯の朝食をとる。

 9時、事務所に来客。

 10時、市役所の会派室に移動し、議会人事や今後の議会内での活動について、会議を行う。

 11時30分に事務所に戻り、被災地に行くための日程調整や持参する物品のリストアップ。

Nec_0014 13時、来客があったので、頂きものの焼きそば麺を使い、キクラゲ、豚バラ肉、キャベツ、茄子、ピーマンを入れたコテコテのソース焼きそばを作り、一緒に昼食をとる。
 ソース焼きそばには茄子を入れるという某氏のアドバイスの通り、油とバラ肉の脂がでてきたところで茄子を投入して作ったが、思った以上に相性が良い。

 15時、事務所に来客。今後、選挙を行うにあたって、家族選挙から組織を作っての選挙にすべきとのアドバイスを頂戴した。ありがたい限りである。

 依頼されたパソコンの緊急な修理のために長岡市までパーツを買いに行ったのち、市内某店で懇親会。急な用件もあって、懇親会のメンバーを待たせてしまったのは申し訳ない限り。

 19時30分、懇親会を中座し、地元5町内会で構成する東訪振興協議会の会議に出席する。
 先日の平成23年度柏崎市元気なまちづくり事業補助金公開審査会の報告や今後の方針について話し合われた。

 その後、別の懇親会にて挨拶だけさせてもらう。何故一緒に飲まないんだとのお叱りを受けながらも中座。トリプルヘッダーのため、申し訳ない限りである。

Nec_0015 22時30分から市内の某格安カラオケ店にて、懇親会。
 飲み放題となっているためアルコールも飲んだが、それ以上に面白そうなメニューに心惹かれ、つい大型のパフェも注文してしまった。食べるとアイスの部分や甘いチェコが歯にしみ、歯医者に行くべきと悟った次第である。

 24時、帰宅。

 改選後の新しい議会となってから議会改革をすべきとの声があがるものの、総論賛成、各論反対の感がある。
 国による法改正も行われる予定であり、かつ働く議員を作ることができる通年議会(議会を年4回、市長が招集するのではなく、1年間丸々議会開会とし、開会中の会議招集権は議長)をやるべきと先の柏崎市議会議員選挙の最中も訴えてきた。
 この通年議会をやるのかやらないのか!で、今回の改選された各議員が柏崎市民のために働く議員になろうとしているのか、はたまた名誉職的な議員で良いと思っているのかがよく分かる。
 報酬が一定である議員だからこそ、できる限り公のために尽くすべく、通年で働くべきであるとして、引き続き訴え、議会改革に取り組みたい。


平成23年1月27日『朝日新聞』

地方議会、通年開会も選択OK
自治法改正案

 菅政権が通常国会に提出する地方自治法の抜本改正案の概要が判明した。現在は年4回程度の定例の会期制となっている自治体議会を1年間にわたる通年制にもできるようにするほか、直接請求制度(リコール)は必要署名数の要件を緩和。国が違法な事務処理を続ける自治体を裁判所に提訴することもできるようになる。
 現在の地方議会は定例会や臨時会があり、国会と同じように1年のうち一定期間中に議会が開催されている。総務省の「地方行財政検討会議」(議長・片山善博総務相)では「幅広い層の住民が議員として参加するため、議会は長期にわたり開会されていることが必要」といった意見が出ていた。
 鹿児島県阿久根市では、市長が市議会を招集しなかったため首長と議会の対立が深刻化した。こうした事態を防ぐため、通年開会を望む自治体は、条例で定めて通年会期も選択できるようにする。
 直接請求制度の改正は、片山総務相の「住民による監視、住民自治の強化が必要」との意向を反映したものだ。
 議会の解散請求や議員の解職請求について現行制度では、有権者が40万人までは3分の1の署名が、有権者が40万人を超える場合は「40万人の3分の1」に「40万人を超える有権者数の6分の1」を足した署名が必要だ。大都市部でこれだけの署名を集めるのは難しく、名古屋市で市議会解散の直接請求を主導した河村たかし市長(当時)も要件の緩和を訴えていた。
 今回の改正案では、有権者数16万~40万人については6分の1に、40万人を超える部分は10分の1に必要署名数のハードルを下げる方向だ。
 国が是正を求めても違法な事務処理を続ける自治体に対し、国が裁判所に違法確認を求めて提訴できるようにすることも改正点の一つだ。
 現行では、自治体が法令に違反する事務処理をしていると国が判断すれば、国は自治体に是正要求・指示ができる。自治体は是正要求に対し、第三者委員会の「国地方係争処理委員会」に審査申し立てができ、その結果に不服な場合は高等裁判所に提訴できる。だが、国はこうした申し立てや提訴はできない。
 このため自治体が是正要求に応じず、係争処理委に申し立てもしないまま違法事務を続けた場合、国の提訴権を事実上の対抗策として認める。(稲垣直人)

■地方自治法改正案の主なポイント
・地方議会は定例会・臨時会の区分を設けず、通年の会期とすることができる
・議長などが臨時議会の招集請求をしても首長が招集しないとき、議長が臨時議会を招集できる
・首長の専決処分は、副知事・副市町村長の選任を対象外とする

・議会の解散、解職請求に必要な署名数の要件を緩和する(有権者数16万~40万人は6分の1に、有権者数40万人超は10分の1に)
・「大規模な公の施設」の設置について、住民投票に付すことができる。住民投票で過半数の同意が得られなければ設置はできない
・国が自治体に違法の是正要求をしても応じず、その自治体が「国地方係争処理委員会」への申し立てもしない場合、国は訴訟を起こすことができる

2011年5月26日 (木)

東日本大震災と自衛隊:原子力発電所に向かう自衛隊員

 熱めの風呂に入ったのち、2時に就寝する。

 6時、起床。事務所に行き、依頼された映像の編集を行う。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、ほうれん草の胡麻和え、べったら漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 9時過ぎ、愛車で長岡市に移動し、10時から某ホテルロビーで仕事関係の打合せを行う。

Nec_0010

 帰路でホームセンター等に寄り、買い物をしたのち、14時に帰宅。
 山芋入りの乾麺の蕎麦を茹で、小粒納豆、揚げ玉、山芋とろろをのせた納豆とろろたぬき蕎麦で昼食をとる。
 食後、打合せの内容を議事録に起こし、先方に送信。

 16時、市内某氏宅に伺い、環境問題の現状についてお伺いするとともに今後の対応についても話し合う。

 17時30分、市内某所でイベントに関する打合せ。

 19時、事務所に戻り、これまで頂戴した各陳情に対する対応の状況などの回答文書を作成する。

Nec_0012 市内のスーパーで買い物をしたのち、22時過ぎに自宅に戻り、半額になっていた鰹のタタキ、トマトがメインのサラダ、小粒納豆、ご飯、若布たっぷりの味噌汁で夕食。
 今日まで飲み会が続いたため、大きめにスライスしたニンニクを鰹のタタキに挟んで、スタミナ食にする。

 食後から事務所で事務仕事。

 自衛隊に深い理解があり、また応援隊でもあるジャーナリストの桜林美佐女史が『夕刊フジ』に連載している「東日本大震災と自衛隊」が非常に読み応えがあり、国を守る自衛官の生の声が分かる内容となっている。
 以下にその一部を引用し、ご紹介したい。


平成23年5月16日『夕刊フジ』

【誰かのために】
桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」

原発所長は涙ポロポロ
自衛隊幹部「最後は我々が必ず」

 福島第1原発対処をめぐって、陸上自衛隊隊員の間では、ちょっとしたモメ事が起きた。
 「ダメです班長!」
 通常、消防車は3人で乗り込むが、いざ突っ込むことになったとき、被曝量を最小限にするために2人で突入することになったのだ。
 「オレが行く」という班長に、あとの若い2人が語気を強めて言った。
 「独身者の自分たちが行きます。何かあったら奥さんに合わせる顔がありません!」
 新婚の班長に対し、初めて意見具申した。
 「独身は将来があるんだから行くな」
 そう家族持ちが言えば、「家族持ちこそ、守るべき人がいるんだから行っちゃいけない」と反論する。そんなやり取りが繰り返された。

 そのうちに、「もう希望をとるのはやめてください。『行け』と言ってください」と多くの隊員が言い出した。
 海上自衛隊では「年寄りが行こう。若い連中は未来がある」と、40歳過ぎが集合した。
 実は、1991年の4月、海自の掃海部隊がペルシャ湾に派遣され、これが自衛隊初の海外での活動となったが、その際、危険な機雷の見張り任務を進んで請け負ったのは、当時40代以上のベテランたちだった。 「年寄りに任せろ」は、その時のセリフだ。
 あれから20年、当時の「若い連中」が自称「年寄り」になった今、歴史は繰り返されている。
 しかし、海自らしく、洋上での出来事ならともかく、まさか原発に突っ込んでいくことになるとは、想像だにしなかっただろうが…。
 震災3日後に爆発事故が起きたことは、確かにショックだった。しかし、その後、自衛隊幹部は、現場責任者である東京電力の所長を訪ねている。
 「『安全です』と言いながら事故を起こしてしまった」と、所長は深々と頭を下げたが、投げかけられた言葉に耳を疑った。
 「大丈夫です。もう隊長も復帰しました。最後はわれわれが必ず助けます」
 責められ、罵倒される覚悟だった所長の目からぽろぽろと涙がこぼれた。

 支え合わなければ、この国難を乗り越えることはできない。街から灯りが消えたが、東電関係者の心の内も暗闇に違いない。そんな中では「人の真心」だけが唯一の灯だ。批判されながらも、命令一下、現場で汗を流してきた自衛官には、それがよく分かっていた。
 自衛隊消防隊などはすでに帰隊している。しかし、今も福島では自衛隊による除染作業など、必死の活動が続いている。

2011年5月25日 (水)

えっ?政権与党が採決ドタキャン
機能してない現政権

 熱めのシャワーで酔いを覚ましたのち、買っておいた文庫本、雑誌の2冊を読み、2時に就寝。

 5時に起床して、柏崎市倫理法人会のモーニングセミナーに出席する予定であったが、目を覚ましたところ7時になっており、完全に寝過ごしてしまった。

 7時30分、大粒納豆、塩鯖焼き、筋子、蕗の煮物でご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎから移動し、市内外で2件の弔問。同世代の親御さんが亡くなることが続いており、自分自身も父を亡くしているので同じ気持ちとなる。

 12時、自宅に戻り、冷凍うどん、レトルトカレー「ビーフカレーLEE 辛さX20倍」、ひきわり納豆でカレー納豆うどんを作って、昼食。

Cimg2761 食後から18時過ぎまで、被災地にでかけたときに自己完結できるための軽キャンパー作り5日目(実質4日目)の作業を行う。
 途中、来客や部品不足からホームセンターに買い出しに行くこともあったが、何とか水回り、電装品を入れるための仕掛けは完成することができた。あとは軽自動車への取り付けとカーペット張りである。

Nec_0007 19時30分、米山町で獲れた若布のメカブを軽く茹でてから刻み、ポン酢醤油をかけたもの、若布のしゃぶしゃぶ、赤貝の刺身、トマト、ビール500ml3本で夕食をとる。
 午後の軽キャンパー作業で一切、水分を口にしなかったので、獲れたての若布の美味さもあり、ビールがグイグイと入る。

 21時、某氏から話があるとのことで、某スナックに移動。
 市政や国政の話をしたものの、結局、他の人も電話で呼び、カラオケ大会となってしまった。
 今回は結婚式で歌われる歌ということで、自らの体験も踏まえ、加山雄三「僕の妹に」 (作詞:岩谷時子 作曲:弾厚作)を選択。良い歌であるが、肝となる台詞が小っ恥ずかしい。

 24時、帰宅。

 混乱の菅政権であるが、田舎の地方議員である私たちの目から見ても、バカにしたくなるような事を国会がやっていることが報道された。
 議院内閣制をとる国会において、与党である民主党が土壇場で採決をキャンセルしたというのである。
 国民が知らないと思って、民主党もいい加減な事をやっているのであろうが、国会の開会には1日あたり約3億円の経費がかかっている。
 一番の無駄遣いである。


平成23年5月24日『産経新聞』

国会も機能不全?
民主が採決をドタキャン
衆院決算行政監視委

 衆院決算行政監視委員会は23日、民主党が福島第1原発事故に関する決議案の採決を開会直前にキャンセルしたため、野党の反発で流会となった。
 与野党はこの日に決議案と平成20年度決算の質疑を行うことで合意していた。しかし、委員会開会前の理事会で民主党側が突然、「決議案について、政調や政府の了承が今日中に得られない」と通告。民主党理事の連絡不足が混乱の原因といい、
与党内からも「民主党は首相官邸も国会対策も機能不全だ」とのため息が漏れた。

2011年5月24日 (火)

平成23年第4回定例会一般質問通告
これからの柏崎を考える会

 2時、就寝。

 6時に起床し、届いた月刊誌等をもって1時間ほどの風呂に入る。読まなければならない本が溜まってきたので、外部からの連絡をシャットダウンして速読である。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、筍の煮物、野沢菜でご飯2杯の朝食。

 9時、議会事務局に行き、6月9日から開会となる平成23年第4回定例会の一般質問を以下のように通告した。


1.「海の柏崎」としての取組みについて、既存資産をどのように活用するか
      → 市長(一問一答)

 すでにある「海の柏崎」としての資産をいかに活用するか。柏崎港観光交流センター「夕海」の運営、釣りレジャーへの対応(港湾施設の開放等)等について、今夏に向けた取組み及び今後の方針について問う。

2.東日本大震災による福島第一原子力発電所事故に鑑みた、柏崎市民を守るための施設整備、組織の体制について
      → 市長(一問一答)

 東日本大震災発生から政府による対応が右往左往している福島第一原子力発電所事故。収束していないが、現時点においても柏崎市が早急に対策をとるべき施設整備や組織の体制などが見えてくる。柏崎市民の生命・財産を守るため、市長がどのように捉えているのか問う。


 他の通告者がいなかったため、一般質問トップバッターとなり、

 6月10日(金)10時から

の登壇となった。

 10時から12時まで市内まわりをしつつ、何件かの陳情を受ける。行政に頼らずとも民間の力で解決できるものであったため、協力してもらえそうな組織との橋渡しをさせてもらった。

 12時30分、自宅に戻り、カレーパン、チーズフランス、低脂肪乳、グレープフルーツジュースで昼食をとる。

 14時、事務所に来客があり、1時間ほど意見交換。

 15時から17時まで市内某宅に伺い、壊れたパソコンからのデータや使える機器の取りだしを行う。

Cimg2759 18時過ぎ、市内某所に移動し、18時30分から「これからの柏崎を考える会」に出席。選挙後の議会活動・政治活動の報告を行うとともに、今後やっていきたいことをお話させてもらった。
 その後、懇親会となり、ビールや酒を注ぎつ注がれつつで、ざっくばらんに意見交換。アルコールが入ったからか、柔軟な面白い意見を多く聞くことができた。

Nec_0003 21時過ぎ、市内の某スナックに移動して二次会。
 カラオケ大会となるも色々な年代の方がいるので、どんな歌を選択すれば良いか迷う。
 せっかくなので、自分の生まれた年代周辺にしようと、エルヴィス・プレスリーがカバーしたバージョンの「明日に架ける橋:Bridge Over Troubled Water」を選択。オリジナルはサイモン&ガーファンクルである。

Nec_0005 他の方もいわゆるオールデイズの曲が多くなり、お約束のフランク・シナトラの「My Way」もでた。私にとっても「My Way」のベストシングは、1977年、エルヴィスが亡くなる直前に歌った「My Way」である。体の不調(紙で歌詞も確認するほど)、離婚、孤独、人生のつらさを背負ったこの年代のエルヴィスを表している。オリビア・ニュートンジョン「If You Love Me, Let Me Know」のエルヴィス・バージョンとニール・ダイアモンド「Sweet Caroline」のエルヴィス・バージョンも良い。
 柏崎で獲れたモクズ蟹を食べたのち、24時、自宅に戻る。

2011年5月23日 (月)

平成23年第3回臨時会(議長、副議長選挙)

 2時、就寝。

 6時に起床し、熱めのシャワーを浴び、事務所にてブログやメールなどを書く。

 8時30分、大粒納豆、昨日、スーパーで半額になっていた鶏の照り焼き(スパイシー味)、べったら漬けでご飯2杯の朝食をとる。

 9時、市役所に移動し、会派室で議長、副議長選挙に関わる打ち合わせ。 【行政と議会の二元対立がわかっていない勢力】による活発な下工作があり、議会の会派室がある市役所5階は右へ左への大騒ぎである。
 これまで議長選挙に出馬するとして、所信表明を申し出た某女性議員は、申し出を取り下げ、一度は所属会派である市民クラブを抜けたとしていた斎木裕司前議長が元の会派に戻ったとの情報も入った。議会は人事で揉めて、会派が割れるほどになると言われるが、混沌とした状況になった。

 アホなことに、 「話し合いができていない」として社会クラブ、市民クラブ、自治研究会、柏崎のみらいが議会開会を遅らせてほしい、との申し出が議会事務局にあった。そんな事は許されないとし、提示通りに議会を開会するよう返答。公の理由がない限り、議会開会の変更などはできない。

Cimg2740 5分遅れとなったが、10時5分から本会議、会期1日、改選後初の平成23年第3回臨時会が開会。
 議長が決まっていないため、最年長議員である整風会・丸山敏彦議員が議長となり、まず議長選挙が行われた。
 所信表明を行ったのは、市民クラブ・霜田彰議員、公明党・真貝維義議員。
 両名とも、これまで私も訴えてきた通年議会(議会会期を1年と設定し、いつでも動けるようにする)への改革を入れており、違いは議会の責務について、「議会が行政(市長提案)の追認機関ではならない」と言及したか否かである。
 ここでいきなり柏崎のみらい・佐藤敏彦議員から休憩の動議が出され、過半数で成立し、暫時休憩となった。かの勢力は、これで話し合いの時間を確保したわけである。このようなイレギュラーな形式をとってまで、自分たちの有利に物事を進めようとするのは、市民の代表たる議会軽視そのもの。この休憩となった間の職員の時間・経費は、まるっきり無駄となる。

 10時40分に再開。議場が閉鎖され、投票が行われた。
 結果、公明党・真貝維義議員11票、市民クラブ・霜田彰議員13票、共産党・持田繁義議員2票で、市民クラブ・霜田彰議員が議長に当選。異例の休憩動議まで出した甲斐があったのであろう。
 議長が決まったので、議席も宣言され、「20番」。
 続いて、副議長選挙。所信表明する者はなく、議場を閉鎖し、そのまま投票となった。
 結果、柏崎のみらい・池田千賀子議員14票、整風会・荒城彦一議員9票、大志クラブ・星野正仁議員1票、白票2票で、柏崎のみらい・池田千賀子議員が当選。
 最後の選挙事案である新潟県後期高齢者医療広域連合議会議員選挙では、共産党・持田繁義議員4票、社会クラブ・高橋新一議員15票、白票7票で、社会クラブ・高橋新一議員が当選した。
 ここで所属する常任委員会が選任され、前期と同様に総務常任委員会に配属、そして議会運営委員会にも任命された。

 暫時休憩となり、総務常任委員会の委員長、副委員長の互選。委員長は柏崎のみらい・佐藤敏彦議員、副委員長は自治研究会・砂塚定広議員が指名された。

Cimg2741 議会運営委員会は、大きい会派でも小さい会派でも代表者1名で構成されるため、多数決を決するという場合には、本当に民主主義の観点(会派の人数で代表者数を案分すべき)で良いのかとの疑問が今期もそのままである。委員長の互選については、私の名前もあがったものの、副議長経験者である社会クラブ・高橋新一議員が5票、三井田が4票で、社会クラブ・高橋新一議員に決定。副委員長は、大志クラブ・星野正仁議員となった。

Cimg2742 そのまま昼休みとなったため、「やぶ」(電話:0257-22-3482)の「カツ丼 810円」を出前でとり、会派室で会議を行いながら、昼食をとる。
 被災地への支援は個人で行く予定はあるものの、会派として現地の状況を確認し、今後の柏崎市の防災体制に反映させる調査計画について、詳細を話し合う。

 13時、議会が再開し、各常任委員会などの委員長、副委員長の人事結果報告。
 続いて2件の国民健康保険条例の改正、各会計の専決処分報告(東日本大震災の被災者受け入れ、現地での支援に関係する費用等:職員人件費は4493.8万円)5件が行われたので、以下の点だけ質問した。

「110523_東日本大震災の柏崎市の対応について」(pdf形式)

Q.「10款 教育費」の災害支援費用について確認したいが、義務教育の課程にある被災された生徒の学籍等の扱いはどうだったのか。義務教育を平等に受けられる環境を整えることはできたか。
A.避難されてきた生徒が通っている学校それぞれに問い合わせをすることができないので、一律に区域外通学として柏崎市内の学校で学籍を作成し、教育を受ける環境を整えた。

 承認案件5件が承認された後、続いて委員会付託なしで補正予算「議第47号 平成23年度一般会計補正予算(第3号)」の審議。避難者緊急雇用事業や支援に係わる経費が計上され、総額5012.4万円の補正予算である。

<避難者緊急雇用>
 行政改革室 事務1名
 福祉課 事務1名
 子ども課 事務1名
 さざなみ学園 清掃1名
 子ども課 保育補助2名
 元気支援課 事務1名
 クリーン推進課 庁内清掃1名
 西山町 用務補助2名分
 避難者見守り支援事業 2666万円
  (8名、うち5名が避難者)
 避難者生徒を受け入れた学校への補助
         817万円

 
 最後に諸般の報告「市有財産に係る事故による和解及び損害賠償額の決定」(4.1万円を相手方に支払い)等があり、13時40分に閉会。

Cimg2744 13時50分から議会運営委員会に出席し、東京電力からの報告を受ける全員協議会の開催(インターネット中継あり)、6月議会の日程(平成23年6月9日に開会)、監査委員の人選、農業委員の配分(割り振り表は正副議長に一任)、議員表彰、防災服について議論された。
 今日の議会人事でみられたように、在の議会で過半数をもつ勢力はほぼ全ての重要ポストをとった(慣例では、保守と革新でバランスを取っていたが現在はなし)が、さらに狙うは監査委員(柏崎市の予算の執行を抜き打ち検査できる。議会からは1名を選任)。ここで決めることができないので、日を改めて、議会運営委員会を開催することになった。

 14時40分に終了。会派室で資料整理をしたのち、15時30分、事務所に戻る。

 作業服に着替えをしたのち、被災地に持参する機材などの整理。

 18時、事務所に来客があり、1時間ほど市政について意見交換を行う。

Cimg2745 19時過ぎ、「でん」(電話:0257-32-2428)に移動し、遅参したが二十三夜講に出席する。
 ビールを飲みつつ、今後のえんま堂周辺の開発や中央地区のあり方などを話し合う。

 21時30分、自宅に戻り、熱めの風呂に入る。

 23時から事務所で資料作成を行う。

2011年5月22日 (日)

原子炉海水注入、首相が中断
突貫工事:軽キャンパー作り4日目

 3時、講演会で使う資料のドラフト版ができあがり、就寝する。

 7時、起床。大粒納豆、コーンとほうれん草のバター炒め、なめ茸おろしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時、事務所に来客があり、1時間ほど懇談。

 W氏も手伝いに来てくれ、10時から被災地にでかけたときに自己完結できるための軽キャンパー作り4日目(実質3日目)の作業を行う。
 システムキッチンなどの開閉に使われているキャッチ付インセットアングルの取り付けに手間取り、素人大工の限界が見えてしまった。
 甥っ子、姪っ子には、作業をしながらの周りの片付けや木材を持つなどのお手伝いをしてもらう。

Nec_0002 12時30分、地元で釣れた鯛のアラを使った鯛飯、頂き物の宇都宮餃子を羽根付きで焼いたもので、手伝ってくれたW氏と甥っ子、姪っ子とともに昼食をとる。
 釣れたあと、熟成させた鯛であったが、血抜きが十分ではなかったため、鯛飯にも若干の生臭さがでてしまった。

Cimg2732 13時から作業再開。
 軽キャンパー用に新たにカーナビケーションを購入しようと思ったが、これまで大事に使ってきたIBM製のノートパソコン(ThinkPad)があるので、USBのGPSアンテナと地図ソフトを購入し、パソコンカーナビをセットアップした。加えて、運転席から操作できるようノートスタンドを車体に固定。

Cimg2733 18時、シンクを取り付け、シリコンでのコーキングも行い、電源スイッチ、折りたたみテーブルを組み込む。
 全体的に電動サンダーでやすりをかけ、あとは二度のニス塗りと電装品の組み込みを残すのみとなった。

Cimg2739 19時、3名の友人と新規開店したという「博多拉麺 豚骨一本 KAZU」(電話:0257-32-9773)に行く。行列ができていたため、20分ほど待って、入店。「特とんらぁ麺 630円」に「半熟煮玉子 100円」を注文しつつ、「生ビール 550円」を飲むも、なかなかラーメンが到着せず、注文後にも注文を2回聞かれる。テーブルの上にある無料のキムチもやしをつまみに生ビールを4杯。約50分後に、注文の品が到着した。開店当初のオペレーションミスであろう。

 買い物をしたのち、22時、帰宅し、軽キャンパー作りで散らかった作業場や工具入れの整理を行う。錆びている工具もあったので、錆び落としやグリスアップなど手を入れる。

 福島第一原子力発電所の事故対応については、先般、対策会議などの議事録がない、とのキナ臭さ満載の報道があったが、隠されてきた事実も次第に明らかになってきた。
 1分、1秒を争う原子炉の事故対応(リカバリー)において、1号機への海水注入の中断は何故起こったのか。これまでは東京電力の判断との報道がされてきた。しかし、原子力緊急事態宣言がされている以上、政府の判断が入るため、それもおかしい。今回の報道により、改めて天災が人災に変わっていった最大の原因がここにある事を理解したところである。


平成23年5月21日『産経新聞』

【放射能漏れ】
震災翌日の原子炉海水注入
首相の一言で1時間中断

 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発1号機に関し、3月12日に東電は原子炉への海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が「聞いていない」と激怒したとの情報が入り、約1時間中断したことが20日、政界関係者らの話で分かった。
 最近になって1号機は12日午前には全炉心溶融(メルトダウン)していたとみられているが、首相の一言が被害を拡大させたとの見方が出ている。
 政府発表では3月12日午後6時、炉心冷却に向け真水に代え海水を注入するとの「首相指示」が出た。だが、政府筋によると原子力安全委員会の班目春樹委員長が首相に海水注入で再臨界が起きる可能性を指摘、いったん指示を見送った。
 ところが、東電は現場の判断で同7時4分に海水注入を始めた。これを聞いた首相が激怒したとの情報が入った。東電側は首相の意向を受けてから判断すべきだとして、同7時25分に海水注入を停止した。その後海水注入でも再臨界の問題がないことが分かった。同8時20分に再臨界を防ぐホウ酸を混ぜたうえでの注水が再開されたという。
 自民党の安倍晋三元首相は20日付のメールマガジンで「『海水注入の指示』は全くのでっち上げ」と指摘。「首相は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべき」と断じた。これに対し、枝野幸男官房長官は20日夜「安倍氏の発言が偽メール事件にならなければいいが」と牽制(けんせい)。首相周辺も「激怒はしていない。安全を確認しただけだ」と強調した。

2011年5月21日 (土)

平成23年度柏崎小学校大運動会
平成23年度柏崎市元気なまちづくり事業補助金公開審査会

 3時、就寝。

 7時、起床し、熱いシャワーを浴びてから、大粒納豆、地元で釣れた鯛の刺身、野沢菜でご飯2杯の朝食をとる。

Cimg2669 8時40分、母校である柏崎市立柏崎小学校に移動し、平成23年度大運動会に来賓出席。今年のスローガンは、 「ぶつかり合え 二色の魂 はばたけ! 燃えろ! 柏小大運動会」である。
 全校生徒が「北海」(赤)、「荒波」(青)チームに分かれ、8時50分から恒例の応援合戦。まずは互いのチームにエールを行ったのち、双方が制限時間内にオリジナルの振り付けを入れた応援を行うが、どちらが良いか判定することになったので、基準(声が大きい、声がそろっている、応援に工夫が見られる、応援リーダーがリーダーシップを発揮し、チームがきびきびと行動している、応援合戦以外の応援態度がしっかりしている)に沿って、審査する。双方甲乙付けがたかったが、きちんと制限時間内に応援を終えた、「荒波」(青)に一票入れさせてもらった。

Cimg2672 その後、開会式が行われ、最初の種目「ダンス」となった。双方のチームがダンスを競うが、曲目は「仮面ライダーOOO(オーズ)」の主題歌である「Anything Goes!」(作曲:tatsuo 作詞:藤林聖子)。先に分かっていれば、アトラクションも・・・。
 元気の良いダンスバトルで大運動会が幕を開けた。

 陳情の件があったので失礼させてもらい、10時から某所にて3名の方から住宅リフォーム制度に関わる苦情を頂戴する。次の議会の委員会審査等で確認することをお約束した。

Cimg2675 12時20分、自宅に戻り、もやしを茹で、日清食品「トマトのつけ麺」で昼食をとる。
 温かいトマトソースに太めの中華麺をつけて食べるもので、本来は麺に粉チーズをまぶすそうであるが、食感を気にして、つけだれに投入。限りなく冷製トマトパスタに近く、つけ麺を食べている気がしなかった。

Cimg2685 13時過ぎ、柏崎ショッピングモール「フォンジェ」の地下広場に移動し、「平成23年度 柏崎市元気なまちづくり事業補助金公開審査会」を傍聴する。
 昨年から始まった「元気なまちづくり事業補助金制度」に、今年は16団体からの申請があり、その公開審査会である。
 上限30万円の「種まき」部門に7団体、上限50万円の「チャレンジ」部門に8団体、そして上限100万円「開花」部門に1団体の申請があり、「種まき」部門が3分、「チャレンジ」部門が4分、「開花」部門が5分のプレゼンテーションが行われた。

【種まき部門】
1.杉平百年プロジェクト
 地域の食を活かして、地域力を発信、体験交流集落づくり
2.柏崎バイシクル協会
 休みの日は親子で自転車に乗って楽しもう
3.東訪振興協議会
 5町内会 協働プロジェクト
4.花工房
 アイ(愛)ハーブ ビレッジ
5.竹炭同好会せきの
 竹の持つスパーエネルギーを活用し、環境改善・生活改善をして地域が元気になる事業
6.日本UT柏崎設立準備会
 日本UT(ユニバーサルツーリズム)柏崎 設立準備事業
7.柏崎Stagehand
 イベント制作・運営のための人材の発掘・育成・派遣ができる組織づくり事業

【チャレンジ部門】
1.比角子ども育成会
 安心安全♥支え愛いっぱい 比角のまちづくり
2.新橋二区町内会
 新橋なごみ会
3.岡野町自治振興会
 すべてが元気!輝きのまちづくり事業
4.ZION SKATE PARK
 ZION UNITY
5.ぷれジョブ柏崎
 「ぷれジョブ」チャレンジ大作戦
6.松美町内会
 町内の町並み通りと橋に名前を付けよう!
7.共に育ち合い(愛)サロン「むげん」
 地域の人材や市民活動を通じて発展し、自立に向けて起業になる事業
8.セブンさぽーたーズえんまの手鏡
 閻魔堂に賑わいを取り戻す伝統行事の企画とえんまグッズの開発

【開花部門】
1.米山地区コミュニティ振興協議会
 親しみのある米山コミセン茶屋の効果的運営~弁慶の力餅販売プロジェクト・ふるさと探究コミセン寺子屋~

 公開審査の後半や結果が知りたかったものの、来客があったため、15時に事務所に戻り、1時間ほど懇談。

 甥っ子と姪っ子がお泊まりに来たため、お手伝いをさせつつ、17時過ぎから被災地にでかけたときに自己完結できるための軽キャンパー作りの細かい作業(ギャレーの扉付け)や明日の本格作業の準備を行う。

Nec_0001 21時、食事をとっておらず、また甥っ子がどうしてもマクドナルドのハッピーセット「仮面ライダーオールスターズ(人形)」がほしいとのことで、「マクドナルド 8号線柏崎店」(電話:0257-20-4441)に行き、ハッピーセットを色々な組み合わせで3セット購入し、夕食にする。完全に宣伝にハマっている。
 「仮面ライダーオールスターズ(人形)」は「キバ」が2個、「555」「ブレイド」であった。

 21時30分、自宅に戻り、花火をしたのち、甥っ子と姪っ子を寝かしつけ、事務所にて資料作成。

2011年5月20日 (金)

外国資本の森林買収:半数以上が中国
突貫工事:軽キャンパー作り2日目

 3時、就寝。

 7時に起床し、熱めのシャワーを浴びる。

 7時30分、大粒納豆、酢味噌をかけた茄子焼き、白菜の浅漬け、筋子でご飯2杯の朝食をとる。

 8時30分から市内まわり。

 12時、自宅に戻り、冷凍うどん2玉とひき割り納豆、独活の天ぷらで納豆天ぷらうどんを作って、昼食をとる。

Cimg2665 13時から昨日に続き、被災地にでかけたときに自己完結できるための軽キャンパー作りを行う。
 電装関係が終わったので、今日は木工技術が物を言うギャレー作り。発泡スチロール板で現物の型をとり、集成材を電動ノコギリや電動ジグソーでカットし、電動サンダーでなめらかに仕上げる。詳細な設計図をひくことなく、現物合わせという、素人丸出しの作業。
 途中から某氏にも手伝ってもらい、18時30分、まさに突貫工事でギャレーがある程度できあがった。あとは、蓋を作成し、スイッチ類のパネルや開閉金具を取り付けるなど細かい作業と床へのカーペット張りである。柏崎青年会議所としても、5月30日から被災地入りするため、あと2日以内の完成を目指す。

Cimg2668 19時40分、数人で閉店間際の「盛来軒 岩上店」(電話:0257-22-2182)に行き、 「駅前と違うヨ!」と書かれた「味噌ラーメン とん骨味 740円」で夕食をとる。
 作業で汗をかいたからか、基本的に豚骨と味噌のコンビが好きであるからか、スープをほぼ全部飲んでしまった。

 21時、事務所に戻り、会社関係の仕事を行う。
 途中、衝撃的なニュースが入った。これまでその団体が中越沖地震のどさくさに紛れて起こした、賃金や代金の未払い、公金問題を追っていた某団体の代表が、今朝、急死したとのことである。水面下で調査していただけに、裏取りをしたのち、今後の対応を考えたい。

 昨年話題となった外国資本による日本の森林資源の買収。警戒すべきである、と意見書原案を作成し、柏崎市議会でも可決したが、その実態について平成22年中のデータが公表された。
 森林資源も重要であるが、防衛に関わるところ、そして原子力施設も早く規制すべきである。


平成23年5月11日『産経新聞』

外国資本の森林買収、
昨年は計約45ヘクタール

半数以上が中国、林野庁など発表

 外国資本による日本の土地取得が進んでいる問題で、平成22年中に居住地が外国にある外国法人・外国人に買収された日本国内の森林は4道県で10件計45ヘクタールにのぼることが11日、国土交通省と林野庁が実施した調査で分かった。21年中(363ヘクタール)と比べると取得面積は大幅に減っているが、北海道で中国資本による取得が目立っており、同庁は「適正な利用がなされているかどうかチェックしていく」としている。
 調査は、国土利用計画法に基づき、市町村に届け出があった土地取引情報を都道府県を通じて集約する形で実施。最も多かったのは北海道の森林で、蘭越、ニセコ、倶知安の3町で7件計31ヘクタールが取得されていた。
 うち6件が中国(香港)の法人・個人によるもので、残りはギリシャの個人。利用目的は資産保有・販売や別荘、住宅などとなっている。
 そのほか、シンガポールの個人が資産保有などの目的で山形県米沢市の10ヘクタールを、英領バージン諸島の法人が別荘などの名目で神奈川県箱根町で0.6ヘクタール、長野県軽井沢町で3ヘクタールをそれぞれ取得していた。

 外国資本による土地取得をめぐっては、政府が法規制の強化などを目的としたプロジェクトチームを発足。新規に森林を取得した際には市町村に届け出ることを義務づけた改正森林法が今国会で成立し、来年度から施行される。

2011年5月19日 (木)

原発事故の議事録ほとんどなし
突貫工事:軽キャンパー作り1日目

 2時、就寝。

 6時に起床し、倉庫から各種電動工具や道具をだして、まずはメンテナンスを行う。前回、保管する前に十分に油を与えたものは綺麗であり、やはり道具は大切に使うべきと再認識。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、蕗の薹味噌、トマトでご飯2杯の朝食をとる。

 8時30分、事務所に来客があり、1件の相談を受ける。その後、市内某所で会議。

 12時30分、8つ切りの食パン2枚を軽くトーストしてから、トマトソース、ひきわり納豆、とろけるチーズをのせて、再度トーストし、最後にバジル、クレイジーソルトをかけた納豆ホットサンドで昼食をとる。

Cimg2661

 13時30分、各種材料を買い出ししてから、被災地にでかけたときに自己完結できるための軽自動車改造に着手する。いわゆる軽キャンパー作り。ベース車はスバルの名車サンバー(TV1)である。
 作業方針を次のように決めた。

・臨時議会終了(平成23年5月23日)までに仕上げる。
・車検(軽自動車2名/4名貨物)がそのまま通る。
・サブバッテリーから1000wまで100V機器が使えること。
・シャワーを兼ねたシンク付のギャレーを作る。
・サブバッテリーはメインバッテリーと併用して充電する。
・フラットな寝床を作る。
・ポータブルトイレを設置。

Cimg2662 サブバッテリーは自動車用バッテリーの「80D26L」を購入し、メインバッテリーと併用してサブバッテリーにも充電するシステムには「New-Era」の60Ah大容量タイプの「サブバッテリーチャージャーシステム SBC-002」を使用。アクセサリー電源をラジオからとり、ACCスイッチと連動するようにした。軽自動車の小さなオルタネーターで充電が十分なのかどうか不安な部分もある。

Cimg2663

 20リッターの給水用タンク、排水用タンクを用意し、シャワーは12V用のポンプと汎用シャワーを接続。
 途中、電話や来客もあり、作業も中断もしたが、18時50分に無事シャワーも手元のスイッチから制御できるようになった。
 突貫工事1日目はここまでである。

 20時から市内某所での会議。

Cimg2664 買い物をしながら23時に帰宅し、スーパーで半額になっていた鯖の押し寿司入りの寿司セット、インゲンとチーズを巻いた豚肉の揚げ物、頂き物の独活の天ぷら、ひき割り納豆汁、ピンクグレープフルーツジュースで夕食をとる。
 鯖の押し寿司はそのまま食べても面白くないため、バーナーで表面をさっと炙ってみた。

 食後から事務所で資料作成。

 福島第一原子力発電所の事故が起きて以来、放射線量もある程度の落ち着きをみたことで、内部に人が入っての調査により、原子炉水位などの各パラメータが明らかになってきた。
 炉心溶融の状況はもとより、今回、原子力災害対策特別措置法の15条通報を行っているため、政府、東京電力の対応がどうであったかの検証が重要となる。

*15条通報:安全機能の喪失または放射線量の異常な上昇の100倍があるとき

(原子力緊急事態宣言等)
第十五条  主務大臣は、次のいずれかに該当する場合において、原子力緊急事態が発生したと認めるときは、直ちに、内閣総理大臣に対し、その状況に関する必要な情報の報告を行うとともに、次項の規定による公示及び第三項の規定による指示の案を提出しなければならない。
 一  第十条第一項前段の規定により主務大臣が受けた通報に係る検出された放射線量又は政令で定める放射線測定設備及び測定方法により検出された放射線量が、異常な水準の放射線量の基準として政令で定めるもの以上である場合
 二  前号に掲げるもののほか、原子力緊急事態の発生を示す事象として政令で定めるものが生じた場合
 2  内閣総理大臣は、前項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、原子力緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(以下「原子力緊急事態宣言」という。)をするものとする。
 一  緊急事態応急対策を実施すべき区域
 二  原子力緊急事態の概要
 三  前二号に掲げるもののほか、第一号に掲げる区域内の居住者、滞在者その他の者及び公私の団体(以下「居住者等」という。)に対し周知させるべき事項
 3  内閣総理大臣は、第一項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、前項第一号に掲げる区域を管轄する市町村長及び都道府県知事に対し、第二十八条第二項の規定により読み替えて適用される災害対策基本法第六十条第一項 及び第五項 の規定による避難のための立退き又は屋内への退避の勧告又は指示を行うべきことその他の緊急事態応急対策に関する事項を指示するものとする。
 4  内閣総理大臣は、原子力緊急事態宣言をした後、原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要がなくなったと認めるときは、速やかに、原子力安全委員会の意見を聴いて、原子力緊急事態の解除を行う旨の公示(以下「原子力緊急事態解除宣言」という。)をするものとする。

 特に主務大臣(経産大臣)をはじめ、菅首相がお好きな何とか会議での対応を確認すべきであるが、この各会議録がほとんどないという。
 あれだけの官僚がいるなか、税金で会議を運営しておきながら、議事録がないとは危機管理もへったくりもない・・・・・。


平成23年5月11日『産経新聞』

原発事故の議事録ほとんどなし
枝野長官「多分、記憶に基づく証言求められる」

 枝野幸男官房長官は11日午後の記者会見で、東日本大震災発生直後、原子力災害対策本部(本部長・菅直人首相)の会合など、東京電力福島第1原発事故の対応をめぐり開催された会議の議事録がほとんど作成されていないことを明らかにした。
 政府は今月中旬にも原発事故調査委員会を発足させるが、枝野氏は議事録がない部分については「多分、記憶に基づく証言などを求められることになる」と述べた。政府内の議論の模様を示す資料がないことで、検証作業に支障を来すのは避けられない。
 枝野氏は、事故調査委の発足にあたり「首相だけでなく私も含めた政府関係者や東京電力の事故以前と以後のプロセスを、すべて検証しなければならない」と強調した。
 ところが、 「原子力災害対策本部などについては一定の議事メモは残っているが、危機管理対応で議事録を取る場がほとんどなかったのが実態だ」と述べた。
 また、枝野氏は「制度的な問題を含め、事故を事前に抑止できなかったのかということが一つの大きなポイントだ」と、自民党政権時代の対応も検証の対象になるとの考えを示した。

2011年5月18日 (水)

中国大使館が都心一等地を購入

 2時過ぎに帰宅し、シャワーを浴びたのちに就寝する。

 6時に起床し、長岡市に移動。

 7時30分から某ホテルにて、ビュッフェ形式の朝食をとりながら、某氏と打合せを行う。

 柏崎に戻り、9時から市内某所で陳情をお聞きする。その後、事務所に戻って、資料整理などを行う。資料作成が常にあるため、なかなか資料が片付かない。

Cimg2660 13時30分、「うれっ子」(電話:0257-22-4648)の「チャーシューメン」をとり、昼食。
 食事中に某地方議員や某団体の代表から電話があり、早く被災地での活動を一緒にしようとのことであった。まずは被災地での自己完結(寝泊まり、食事、トイレ)できるような装備を整えるのが先となるため、準備への意欲に火がついた。

 14時、16時と事務所に来客。その後、即対応すべきものは関係機関と調整した。

Nec_0001 19時30分、数名とともに「船栄 柏崎店」 (電話:0257-22-0288)に移動し、市政に関する意見交換を行う。
 揚げ物よりは、先に蟹味噌に手が出てしまう。蟹味噌を食べながら、そろそろ、モクズガニ採りの季節であることを思い出す。甥っ子と姪っ子に蟹採りをまた経験させてあげたい。

Nec_0002 21時、市内の安い某カラオケボックスに移動し、二次会。
 アルコール類が飲み放題ではあるが、それよりも最近ありがちなアイスタイプの素を使うソフトクリームではなく、きちんと練っているソフトクリームに目がいってしまい、つい多めに食べてしまった。

 23時に帰宅し、被災地での自己完結機能をもつため、軽自動車を改造するプランを練る。高柳町への訪問記も掲載されている専門誌『軽キャンパーfan vol.8』などが非常に参考になる。

 これまで新潟中国総領事館による新潟市・万代小学校跡地の購入や同様に名古屋での購入に反対の声を挙げてきたが、東日本大震災への対応に目がいっているなか、今度は国家公務員共済組合連合会が持つ都心の一等地を中国大使館が一般競争入札で落札したという。
 「日本は中国の土地は買えないが、中国は日本の土地を買うことができる」という不平等な状況であり、法整備をしないからこのようになる。
 まともな国会議員に是非、徹底的に追及してもらい、自分としても国民として声をあげたい。

 ちなみに周囲には有栖川宮記念公園もある。


平成23年5月13日『産経新聞』

中国大使館が都心一等地購入
外相「反対理由ない」


 国家公務員共済組合連合会(KKR)が一般競争入札で売り出していた都心の一等地約5677平方メートルを中国大使館が4月下旬に落札していたことが13日、分かった。松本剛明外相は「適法に取得することに反対する理由はない」と述べ、政府として問題視しない考えを示した。
 
自民党の小野寺五典氏が衆院外務委員会で指摘した。中国大使館が購入したのは港区南麻布の同大使館別館に隣接した土地で、周囲は高級住宅街として知られている。松本氏によると、中国側は入札前に「老朽化した大使公邸用地のため」と外務省に説明したという。外交に関するウィーン条約は、受け入れ国が大使館などの土地取得に便宜を図るよう定めている。
 
中国政府の土地取得に関しては昨年、名古屋市にある総領事館の移転先として中国側が国有地約3万3800平方メートル、新潟市でも市有地約1万5千平方メートルの取得を計画している。だが、昨年9月の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件による対中感情悪化もあって地元では反対運動が起き、松本氏も13日、「土地を所管しているところと情報交換して今後の対応を考えたい」と述べるにとどまった。

2011年5月17日 (火)

平成23年5月柏崎市倫理法人会イブニングセミナー

 3時から6時まで事務所のソファーで仮眠したのち、引き続き、急ぎの依頼である事業プランの見直しや細部の詰めを行う。

 9時、大粒納豆、鶏レバーとニラもやしの炒め物、野沢菜でご飯2杯の朝食をとる。ニラや野沢菜など歯にはさまりそうなものばかりとなってしまった。

 10時、来客があり、まだ片づいていない汚い事務所であったが、2時間ほど柏崎に対する想いをお聞きする。

 12時過ぎ、現在は長岡市となった三島町で毎年恒例のイベントで行われている「全日本丸太早切り選手権」で使っているノコギリや今後について、事務局に問い合わせる。夏に柏崎で企画している親子の自然体験キャンプでやってみようという試み。できれば、興味をもった親子が「全日本丸太早切り選手権」に出場すれば万々歳である。
 ノコギリは、老舗である株式会社カバサワさんの製品だそうで、小学生部門の1mもので1.8万円。「全日本丸太早切り選手権」の方は、今年第20回を迎えるにあたり、初期の頃の豪華賞品に立ち戻ろうと軽トラックが追加されるという。これまで何回も「全日本丸太早切り選手権」に出場したが入賞3位が最高位なので、できればまた挑戦してみたい。

 14時から18時まで市内まわり。途中、頻繁に議会内人事に関する「生臭い」電話などが入り、非常に効率が悪くなってしまった。

Cimg2656 18時30分、柏崎市産業文化会館に移動し、柏崎市倫理法人会イブニングセミナーに出席する。
 冒頭は、会長の挨拶にて倫理法人会で学ぶことの説明と活力朝礼の実践が行われた。

Cimg2657 メインである講演のテーマは「倫理と清掃」。講師として、小野寺貫一氏(倫理研究所法人局 法人アドバイザー)氏にお越し頂いた。
 主な内容は以下の通り。

・倫理経営は実践である。
・苦難があるから幸せになれる。
・現在は相談役として10の倫理法人会単会をみるので、忙しく、苦しいときもあるが、貴重な学べる機会をもらっている。
・最初、倫理法人会は宗教だと思っていたため、手をつけなかった。
・手形の回収が悪く、何とか経営をしているものの、平成7年の大晦日に3200万円の不渡りをだした。そのときから経営は悪化し、倫理経営の実践を行うようになった。やっと従業員に目を向けることに気づいた。
・従業員の研修のために倫理研究所にだそうとしたら、まずは経営者が研修に来て下さいと言われ、驚いた。
・宗教には翻弄されないぞ、との思いで研修を受けたが、宗教でもなく、また自分で気づかない多くの事を気付かせてもらった。「ハイ」と返事をする自分になれた。
・しかし、時間が経つと多くを忘れる。忘れないように倫理を学び続ける必要がある。
・その後、社員を2名ペアで倫理研究所の研修にいってもらい、社員の方から活力朝礼をやろうという声もあがった。
・盆暮れに工場の周りの民家に挨拶するようになった。
・掃除を積極的にするようになったら、心の環境も変わった。会社近くの高速道路(東北自動車道)の隧道もゴミにあふれていたので、掃除した。病気を治すために免疫力を高めるというが、掃除で無心になることがつながるのではないか。
・気付いた事を実践してきた。理屈なしで素直に実践することで、良い結果がでる。
・倫理に出会ってから、夫婦も仲良くやっていたが、2年前に先立たれてしまった。今でも感謝してもしきれない。

Cimg2658 懇親会は申し訳なく欠席させてもらい、19時50分、柏崎エネルギーホールに移動し、柏崎青年会議所の所属委員会である青少年未来創造委員会の委員会に出席。
 今年8月6日(土)から7日(日)に実施する自然体験キャンプについて、大まかな予算の使い方を議論する。飯盒でのご飯炊き、カレー作成、親子丸太早切り、「海の柏崎」への原点回帰の釣りイベントなど、盛り沢山である。

Cimg2659 22時過ぎ、委員長をはじめ有志と「やきとり大吉 柏崎店」(電話:0257-21-4655)に行き、好物の鶏のレバー刺しやニンニクのしそ漬け、焼き鳥各種をつまみつつ、生ビールを飲む。
 午後は何も水分をとっていなかったので、グイグイと3杯も飲んでしまった。

 22時30分、一旦、帰宅したのち、政治的な意見交換のため、市内某店にて懇親。

2011年5月16日 (月)

政治評論家・花岡信昭氏ご逝去

 1時過ぎ、某氏からの連絡があり、市内某所にて懇親会。

 4時30分に事務所に戻り、そのままソファーで仮眠する。

 8時、起床。さすがに酒が残っているので、朝食として大粒納豆、生卵、山芋とろろでご飯2杯をかっこむ。

 9時、市役所に移動し、会派室の引っ越し作業を行う。その後、議長や副議長などの議会人事に関する打合せ。市民のために働く議会にするため、やるべき議会改革(通年議会、議員倫理規定)は決まっている。行政と議会の二元対立を守り、それを実行できる人物か否かである。

Cimg2653 12時20分、某事業の関係者と「ガッツリ食堂ドカメン」(電話:0257-32-1523)に行き、一番辛い鬼しびれ、無料の大盛りにした「黒しびれみそ 780円」で昼食。
 農業とリサイクルのより深い結びつきのため、今後行うべきことや各種の情報交換をしながら、大汗をかきつつ食べる。

 13時30分、16時と市内某所で市政に関する陳情や打合せ。途中、被災地支援に行くための準備を行うため、材料を買い込む。数日以内に、軽自動車を自己完結できるようキャンピング仕様に改造したい。

 18時から某集まりの会に出席し、冒頭でご挨拶をさせてもらう。「海の柏崎」を盛り上げるような、楽しいイベントを実現できるよう、色々なアイデアや関係者もご紹介してもらった。

Cimg2654 20時20分に帰宅し、スーパーで格安になっていたマグロの血合いを使ったフライ、トマトとモッツアレラチーズのサラダ、ひき割り納豆汁、ビール500ml3本で夕食。
 マグロの血合いのフライは魚とは思えないほどの濃厚さなので、カツ丼のようにしても楽しめる。

 まさに突然の訃報があった。これまで何回か酒席を共にさせてもらった元産経新聞論説副委員長で、拓殖大学院教授の花岡信昭氏が急性心筋梗塞により、65歳という若さで急逝。メールマガジンでも骨のある文章で、勉強になり、かつ楽しませてもらっていただけに残念でならない。合掌。
 以下に東日本大震災直後の花岡信昭メールマガジン906号【2011・3・16】を引用したい。

<<「イラ菅」に戻ってしまった・・・>

 国難ともいえる今回の巨大地震。そのとき、国家リーダーはどうあるべきか。
 阪神淡路大震災のときの村山富市首相は「なにせ、初めてのことじゃから」と対応の遅れを釈明した。
 今回は菅直人氏。いずれも社会主義から政治の世界に入って行った政治家が、政権交代によって首相になったという奇妙な一致がある。
 菅首相は15日早朝、東電本社に乗り込み、福島原発への対応について、「テレビで爆発音が放映されて1時間ぐらい官邸に連絡がなかった。いったいどうなっているのか」と幹部たちをどやしあげた。
 廊下にまで聞こえるほどの怒りようだったという。
 これはだめだ。東電の対応のまずさはあれこれ指摘されているが、こういう国家の緊急事態に直面して、国家リーダーがそんな姿を見せて、どうする。
 発生の翌朝にヘリで現地に入ったり、自衛隊の増員を一気に倍の10万人にせよと指示したり、やることなすこと、感情のおもむくままに思いつきで行動しているように見える。
 そうではない、ちゃんとやっている、というのだろうが、国民の側からそう見えてしまってはだめだ。
 関係者すべてが不眠不休で、ぎりぎりの力を出して対応に当たっているのだ。どやしまくりたい思いをこらえ、部下たちの力をどう引き出すか、腐心している地方の首長たちも多いはずだ。
 「イラ菅」が戻ってしまった。この首相は何度もこういう場面を見せつけてきた。厚生相としてエイズ問題などにあたったときもそうだった。
 厚生省では大臣室から灰皿を撤去したという。ときに灰皿が飛んでくるからだ。(あの当時はまだ大臣室で喫煙できた)
 国民すべてがさまざまな境遇、立場で不安にかられているときに、国家リーダーがこういう「短慮型」では困ったことだ。
 「殿、しばしお待ちを」とうしろから羽交い絞めにしていさめる側近はいないのか。
 もっとどっしりと、周辺にまかせるものはまかせて、テレビカメラの前では、いたずらにピリピリした表情を見せるのではなく、国民に少しでも安心してもらえるように・・・そういう注文をつけたいのだが、無理だろうか。
 無理ならば、これはまず民主党に考えてもらわなくてはならない。解散・総選挙をやっているような余裕はないから、党内でこれぞ国家リーダーという人に代えてもらわないといけない。
 日本人の礼節さ、倫理観が世界中から賞賛されているのだ。首相がひとりで青筋立てていきり立っているのでは話にならない。

<<韓国紙が絶賛>>
 今回の事態で、日本人の倫理性の高さを指摘する声が世界中に起きている。これは日本を国際社会の中で再認識してもらうためには格好の機会だ。前号でもご紹介したが、韓国での評価がこれほど高いことに驚く。その続きを。
 以下、韓国紙の引用。

※「朝鮮日報」11/03/15

日本人の市民意識

 韓国語も満足にできない私の娘が日本で暮らし、3歳のときに習った言葉は「順番」だった。この言葉を教えてくれたのは保育士ではなく、同じ年ごろの子どもたちだった。滑り台で遊びたかった子どもたちは、先を争うことなく「順番、順番」と言って列を作り、自分の番を待った。われ先に滑り台で遊ぼうとしていた私の娘も、いつしか「順番」と言って列に並んだ。
 日本の母親たちは「他人に迷惑をかけてはいけない」という言葉で家庭教育を始める。地下鉄では終日「足を組んだり伸ばしたりしたら、ほかの人の迷惑になります」という案内放送が流れる。『菊と刀』の著者ルース・ベネディクトは「日本人は他人が自分をどう見ているかに敏感だ」と語った。他人に配慮し、自分は節制する「修身文化」だ。47都道府県は「迷惑防止条例」を定め、他人にひどく迷惑をかける行為を法的に禁じている。
 2009年11月、釜山で起きた射撃場火災で10人の日本人観光客が命を落としたときも、釜山を訪れた家族たちは泣き叫ぶのではなく、沈痛な面持ちでひざまずき、むせび泣いていた。自分の悲哀を表に出すことすら、他人に迷惑をかけることだと考えているためで、日本では葬儀も静かに行われる。
 11日の大地震で日本人が示した配慮と市民意識に、世界が感嘆している。外信各社は日本人の忍耐と秩序を「人類精神の進化」と称賛した。足を痛めたけが人は、救助隊が到着すると、申し訳なさそうに「私よりもっと大変な人がいるんじゃないか」と尋ねた。生活必需品が不足しても略奪の事態は起こらず、スーパーの前には数百メートルもの行列ができたが、割り込みはない。東京電力は、14日から地域ごとに輪番で電気を止める計画停電を行うと発表したが、当日午後まではそのまま電気を供給していた。地下鉄各社が運行を制限し、市民が家庭や職場で節電に務めたからだという。インターネットユーザーは「パチンコや遊興業の社長さん、少しだけ我慢しよう」というメッセージを送った。
 避難所にいた女性は「夫と連絡がつかない」と痛切な救助要請をする際、絶叫するのではなく頭を下げた。道路が寸断され車が通れない仙台市では、今でも市民たちが青信号を待って道路を渡っている。公共放送のNHKは興奮することなく、ニュースと避難情報を速やかに伝えた。日本人は今、こみ上げる血の涙をこらえ、驚くべき精神で試練に耐えている。

※「中央日報」11/03/15

<東日本大地震>客の安全から考える職員…混乱の中でも料金を支払っていく客

  11日午後2時49分。 新世界(シンセゲ)百貨店のチョ・ウンシク氏(32、購買担当)は東京・六本木のラーメン店で食事をしていた。 カウンターとテーブル5つほどの小さなラーメン店だった。 ラーメンを食べていると大きな揺れを感じた。 「いつもの地震だ」と思いながら10秒ほど静かに座っていると、窓の外の4階建ての建物が傾き、大量の水が下に落ちるのが見えた。 ラーメン店の店員は落ち着いて20人余りの客を20秒ほどで外に避難させた。 驚いたチョ氏と一緒に新世界の職員も慌てて道路に出た。 「どれほど揺れていたのか分からないほどパニック状態だった」というチョ氏。 しかし周囲の日本人の落ち着いた対応を見て平常心を取り戻した。
ラーメン店の職員は客が全員避難したかどうかを確認してから外に出た。 揺れが止まると、店の前で静かに待っていた客はまた席に戻った。 その後、順に各自の料金を支払って店を出て行った。
  チョ氏の日本出張は8-12日の5泊6日だった。 もともとデパートと酒販売店で日本のワインと酒をベンチマーキングするのが目的だった。 しかし地震を体験したチョ氏は「日本人の秩序意識、職業精神にもっと感動した」と語った。 危機の中でのラーメン店の職員の行動は、高度に訓練された一流ホテルの職員に劣らなかった。
  似た状況は、余震が発生した30分後、東京ミッドタウンでも見られた。 また震動が始まると、ミッドタウン案内デスクの職員は無線で状況を伝えながら、客を建物の外に避難させた。 すべての客が出た後、自分たちも建物の外に出てきた。 催促するような声もなく、慌てた表情の職員もいなかった。普段のマニュアル通りに行動するような落ち着きだった。 チョ氏は「サービス業に従事する視点で、日本人の職業意識は体に染み付いているようだった」と話した。
  地震が発生する前、チョ氏は酒販売店を回っていた。 ミッドタウンの「福光屋」では若者の口に合うホワイトデーのギフトセットを販売していた。 地震の翌日の12日午前、チョ氏は帰国を控えてまたミッドタウンの「福光屋」へ行った。 店は閉鎖されていた。 チョ氏は「日本業界の特有の強みを生かして、一日も早く正常に戻ればいい」と語った。

※「東亜日報」11/03/15

大災害にも屈しない「思いやりの日本人」 

 東北関東大地震の現地取材のため、日本の福島空港に到着したのが12日。それから、3日間の間に会った人の中で、忘れられない3人がいる。
 日本に到着して初めて会った人は、江川洋さん(25)。宮城県仙台市で働くタクシー運転手だ。12日午後3時頃、仙台へ行くため、江川さんのタクシーに乗り福島を出発した。高速道路が利用できないため、国道を利用した。夕方になると、お腹が空いてきた。コンビニエンスストアに立ち寄ったが、無駄だった。多くのコンビニエンスストアは店を閉め、開いていたところは食べ物が全くなかった。仙台に近づくほど、コンビニエンスストアには、アイスクリームすら、売り切れていた。
 営業している飲食店は1ヵ所もなかった。何日かかるか分からない地震取材で、水と食べ物がなければ大問題だ。ろくな準備もせず、日本へ来たことを悔んだ。心配げな記者を見た江川さんは、仙台にある自宅へ向かった。江川さんは、「ご飯があったらもっと良かったのに、なくて申し訳ない。代わりにパンと菓子、ミネラルウォーターを持ってきました」と、ビニール袋を手渡してくれた。福島から仙台まで約6時間かかったが、江川さんの思いやりで、疲れが取れた。
 2人目は、仙台市内の臨時避難所の東六番町小学校で会った瀬野結衣子さん(28)。12日午後10時頃に仙台に到着し、まず臨時避難所を訪れた。仙台は停電しており、避難所は真っ暗だった。記者は、小学校の入口にいた瀬野さんを市の関係者だと思い込み、あれこれ尋ねた。瀬野さんは、親切に避難所の隅々を案内してくれた。後から分かったことだが、瀬野さんは東北大学博士課程の学生で、避難に来ていたのだ。瀬野さんは、「明日(13日)は、特に予定がありません。ご希望であれば、仙台市内の取材をお手伝いします」と言ってくれた。記者は、13日午前9時に避難所で瀬野さんに会い、300人余りの遺体が発見された仙台の海岸沿いの村、荒浜まで案内してもらった。誠心誠意手伝ってくれたおかげで、被害を受けた日本人とインタビューをすることもできた。
 3人目は、12日夜遅くに訪ねたプリンスホテルの従業員の佐藤清香さん(31)。仙台に到着して夜遅くまで避難所を取材したため、ホテルを取ることができなかった。ホテルは、余震が続いているため、追加の宿泊客を受け付けていなかった。午前0時近くにホテルに行き、事情を説明すると、佐藤さんは、「韓国から来られた記者の方なら、お部屋をご用意致します。ここに暮らす日本人は泊まる所がありますが、韓国から来られたなら大変でしょう」と話した。
 「日本の惨状をしっかり伝えてください」という言葉も忘れなかった。佐藤さんは、取材に行く地域の地図をコピーしてくれただけでなく、詳しく説明もしてくれた。津波に流された安否不明者が1万人以上と推定される宮城県女川町に行くと言った時は、「そこは浜辺なので危険です。それに原子力発電所もあるので、絶対に行ってはいけません。余震で原子力発電所で事故が起こる可能性があります」と引き止められた。災害に遭っても人間味を失わない日本人を見て、これがまさに国のレベルだという気がした。

2011年5月15日 (日)

パンダ外交:「日中友好」というまやかし

 2時過ぎから5時まで事務所のソファーで仮眠する。

 引き続き、依頼されていた資料を作成。

 9時、大粒納豆、筋子、こごみのおひたし、蕗の薹味噌でご飯2杯で朝食をとる。

 9時30分過ぎから市内まわり。

Cimg2650 12時30分、「ラーメンガキ大将柏崎店」(電話:0257-32-3355)に行き、「本格・坦々麺 810円」を「大盛りラーメン 100円増し」にして、昼食をとる。
 自分で胡麻をすりおろせるよう、すり鉢に胡麻が入っており、また激辛味噌もついてきたので、香ばしく、好みの辛さで楽しめた。

 13時過ぎ、事務所に戻り、イベント企画の調整をはじめ、事務仕事を行う。市内まわりもまだ終わらないが、事務仕事の期限も近く、板挟みである。

 15時、気分転換がてら、愛車の清掃をはじめたところ、夢中になってしまった。さすがに14万キロを走っているだけにボディーは傷だらけである。

Cimg2651 18時、友人2名、甥っ子、姪っ子とともに家で作った餃子を羽根付きで焼き、蕗の薹味噌、博多のお土産で頂戴した辛子明太子、白菜の浅漬け、日本酒で夕食をとる。
 餃子でビールも良いが、少し多めに唐辛子を入れた白菜の浅漬けに冷や酒というのもオツである。

 市内まわりをするなか、中国による日本の土地買収の動きを警戒すべきとのご意見を頂戴するなか、パンダをもっと中国から借りれば子供が喜ぶというお声もあった。
 しかし、パンダはもともとチベットの動物であり、中国共産党の侵略の結果でもある。
 パンダ外交の裏面を良く見るべきであろう。 


平成23年3月5日『産経新聞』

【土・日曜日に書く】
「日中友好」というまやかし
論説委員・皿木喜久

◆パンダは「友好の印」か

 中国からレンタルされるパンダ2頭が先月21日、上野動物園に着いた。リビア情勢の緊迫化やニュージーランド地震などで、新聞の扱いは比較的地味だった。だが当日のテレビニュースは上野の町の熱狂ぶりなどを大々的に伝えていた。いや、テレビそのものが熱狂しているように思えた。
 日本にパンダファンが多いのは事実である。高いレンタル料も、「町おこし」のためというのなら分からなくもない。しかし、ある局のニュースが「日中友好のために良いことじゃないですか」という「街の声」を流したのには、さすがに興ざめした。
 39年前の昭和47年10月、最初のパンダ、ランランとカンカンが中国からプレゼントされたときも、日本中が「日中友好」に沸いた。1カ月前、国交回復が実現した記念だったからである。
 だがその後の日本人は、中国の「好意」そのものに思えたパンダが、実は日本に親中派を増やすための巧妙な外交戦術だったことを知ったはずだ。「日中(中日)友好」が中国にとっては、日本が膝を屈する意味だったことにも気づいたはずである。
 実際、その後の日本は「日中友好」という4文字に縛られ、中国が教科書問題で事実上の「内政干渉」をしようが、日本の領土を脅かそうが、文句ひとつ言えなくなっているのだ。

◆「実用理性」で動く中国

 立命館大教授で中国近代史に詳しい北村稔氏は雑誌『歴史通』3月号の対談の中で、中国人には真理を追求しようという姿勢はなく常に政治的な思惑が介在しているという。ノーベル平和賞の劉暁波氏はこれを「実用理性」と呼んでいるのだそうだ。
 中国にとって日本との関係は常にこの「実用理性」で動いていることがわかる。とりわけ対日本の最大の「武器」としてきた歴史認識の問題はそうである。
 同じ北村氏と中国人、林思雲氏(ペンネーム)との共著に『日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本』がある。日中戦争を日本の侵略戦争とする歴史観の呪縛から解き放つことを目指して、日中双方から綿密に考察した力作である。
 その中で林氏は、日中戦争中に南京で多くの市民が日本軍に虐殺されたと中国が主張している「南京事件」などを例に、中国の歴史観をこう批判している。
 「西洋の歴史学者は、歴史の真相追求を目的としている。しかし中国の歴史学者は、国家の姿を擁護することを歴史研究の第一の目的としている」
 南京で実際に何人死んだかは関係なく、少しでも多く言うことが中国のためになるなら愛国者として認められる。「愛国虚言」だという。だとすれば、日中戦争を日本が一方的に仕掛けた侵略戦争だと主張して譲らないというのも、国の体裁を守るためなのだ。
 これに対し日本はと言えば、政治的にはこうした中国側の「歴史観」を、唯々諾々と受け入れてきた。中国のご機嫌を損ねて「日中友好」に逆らうことになってはいけないからである。

◆押しつけ歴史観の呪縛

 昭和57年、高校の歴史教科書の検定で、華北への「侵略」を「進出」と書き換えられたとマスコミ各社が報道した。誤報だったのだが、この誤報が独り歩きするや、中国や韓国が抗議、当時の鈴木善幸政権は「検定基準を改め、近隣諸国に配慮する」という、国辱的官房長官談話を発表した。
 平成7年に村山富市首相が発表したいわゆる「村山談話」は、ほとんど議論も行わないままに、先の日本の戦争を「植民地支配と侵略」と決めつけている。

 平成20年にはこの「侵略戦争」史観に疑問を示す論文を発表した航空自衛隊の田母神俊雄幕僚長を当時の麻生太郎内閣が更迭した。「村山談話」に抵触するというのがその理由であり、一言の弁明も与えない強引さだった。
 中国にとって、外交相手としてこれほど扱いやすい国はないだろう。「中日友好」と「日本は侵略国家」という歴史観を前面に出してさえおけば、何でも言うことを聞くと思うからだ。
 昨年秋の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件でも、当初中国は事実関係を無視して「悪いのは日本で漁船は被害者」と強弁した。日本政府も「その通りだ」とばかり、逮捕していた船長を釈放してしまった。
 さすがにこの時は流出したビデオテープで中国漁船が一方的に悪いことがわかり、日本国民の対中感情も悪化した。しかし今「商取引」とはいえ、
パンダを借り受けたことだけで、中国に好感を持つ日本人が増えるようなら、またしてもその「思う壺(つぼ)」となる。

2011年5月14日 (土)

第55回自民党新潟県連青年部定期大会

 紙の資料をpdf形式に変換しつつ、事務所を掃除し、3時に就寝。

 7時に起床し、熱めの風呂に入る。

 8時、大粒納豆、鰺のひらき、わらびのおひたし、蕗の薹の天ぷらでご飯2杯の朝食をとる。

 9時から市内まわり。

Cimg2643 12時、「トップ 柏崎原町店」(電話:0257-23-8259)に行き、「ダシが効いた冷たいラーメンです」「40.8度という日本最高気温の記録保持市である山形県。そんな暑い暑い山形の夏から生まれた冷しらーめん」との表記が、つい目に入った「山形冷しラーメン 500円」を「麺大盛り 100円」にして、昼食をとる。本場の冷やしラーメンが無性に恋しくなる味であった。

Cimg2644 18時過ぎ、新潟市内に入り、ANAクラウンプラザホテル新潟に到着。遅参となったが、第55回自民党新潟県連青年部定期大会の懇親会から出席させてもらう。
 昨年の第54回自民党新潟県連青年部定期大会で優秀青年部員表彰を受けたものの、現在は離党届けを提出し、承認待ちというバツの悪い出席。

Cimg2645 今回の講演講師として、先の柏崎市議会議員選挙で為書きを頂戴した自民党・宇都隆史参議院議員がお越しになり、また同じく選挙で応援頂いた自民党・長島忠美衆議院議員がいらっしゃるとのことで、直接御礼もしたかったこともあり、厳しい日程であったが出席させてもらった。
 今回の大会決議は以下の通り。

大会決議

一、我々は、今や青年層をまとめる中核組織として、郷土の将来を見据えた現状把握に努め、多岐にわたる研鐙の機会を通じ、保守復興と党再生に焦点を絞り、一致結束した活動を展開するものである。

一、我々は、次世代に誇りを持てる国づくりを進めるため、若く優れた英知を結集し、その責任と自覚を持って地域に根差した行動を持線するものである。

一、我々は、さきの参議院議員選挙並びに統一地方選挙の結果を踏まえ、一層地域の声に耳を傾け政治は国民のものとする立党の原点に立ち返りながら政権奪回に向けた戦いに邁進するものである。

右 決議する。
平成二十三年五月十四日
自由民主党新潟県支部連合会 青年部大会

Cimg2646 新潟県議会・皆川雄二議員の発声で乾杯したのち、懇親に入る。青年部長でもある南魚沼市議会・塩谷寿雄議員、新潟市議会・栗原学議員、三条市議会・名古屋豊議員をはじめ、知った顔と近況報告や最近の各自治体の状況などを聞く。こういった場面での情報が後日、意外に役立つときがある。

 20時30分、中締めとなったため、帰路につく。

 22時から事務所にて、依頼された放射線防護に関する資料を作成する。色々な団体からの講演依頼を頂戴しているため、できるだけ万人に分かるような内容とした。

2011年5月13日 (金)

不明な浜岡停止要請の根拠

 3時過ぎ、帰宅。シャワーを浴びたのち、4時過ぎに就寝する。

 7時、起床。大粒納豆、空豆かき揚げ、こごみのおひたしでご飯2杯朝食をとる。

 8時30分過ぎから市内まわり。愛着のある田んぼがある女谷から各地をまわりつつ、元市議会議員の大先輩のご自宅に伺い、色々なご意見を頂戴する。

Cimg2638 13時30分、「麺の家 渚」に行き、「期間限定 ねぎだくせあぶらつけめん 780円」を無料の大盛りにしてもらい、昼食。
 背脂スープの海に、ザク切り長葱と海苔の船に乗った魚粉が浮いているといったつけだれで、好みのタイプであった。

 16時30分、事務所に戻り、資料整理や急ぎのメールを処理。

 17時30分から19時30分まで、陳情を受けたことにより、市内某所での現地調査を行う。

Cimg2640 19時40分、柏崎エネルギーホールに移動し、柏崎青年会議所の所属委員会である青少年未来創造委員会の委員会に出席。
 今年8月6日(土)から7日(日)にかけての自然体験キャンプということで、親子参加を基本として、丸太早切り選手権、「海の柏崎」への原点回帰の釣りイベントを実施すべく、アイデアを出し合う。

 22時過ぎに自宅に戻り、冷やご飯、ひきわり納豆、げそ天ぷらで作った納豆天茶2杯で夕食をとり、その後は事務所で資料作成。

 菅首相による中部電力浜岡原子力発電所の停止要請は、一般的には好意的に受け止められているが、我が柏崎市をはじめ、原子力発電所立地自治体は困惑するだけである。
 福島第一原子力発電所の事故後に、原子力安全・保安院は日本全国の原発に対して緊急安全対策を講じるよう指示をし、平成23年5月6日、菅首相が浜岡原子力発電所の停止を要請した日に、浜岡原子力発電所を含む全国の原子力発電所の緊急安全対策が「適切に実施されている」と発表した。
 つまり、適切であるとしながら、いきなり停止要請をしたことで、菅首相自らが原子力安全・保安院の判断は信用できないと言ったようなものである。
 これでは、原子力発電への賛成・反対うんぬんではなく、国の許認可のあり方自体が揺らいでしまう。
 また、東海地震が高い確率で発生するとされているが、今回の東日本大震災はもとより、新潟中越大震災、そして新潟中越沖地震も予想した地震発生率が低い場所で起こっている。
 この事も説明もまだされておらず、さらに言えば、菅首相の献金問題の説明もない・・・。


平成23年5月12日『産経新聞』

【櫻井よしこ 菅首相に申す】
浜岡停止要請の根拠

 5月6日夕方、菅直人首相が突然発表した中部電力浜岡原子力発電所の停止要請は、福島第1原発事故で生じた強い原発忌避の世論に巧みに訴えかける運動家としての面目躍如の決断だった。
 メディアには、首相決断を「政治主導」として評価する論調が目立ち、在日韓国系金融機関の元理事から政治献金を受けていたことが判明して辞任直前だった2カ月前の状況が、まるでウソのようだ。
 そんな中、首相の違法献金受け取りの告発が5月10日に東京地検特捜部に受理されたというニュースもほとんど無視され、「産経」社会面に報じられただけだった。
 報道や世論で高く評価されている浜岡原発停止要請の根拠は「30年以内にマグニチュード8程度の想定の東海地震が発生する可能性は87%と極めて切迫している」ことだと首相は述べた。
 数字は具体的であるがゆえに説得力をもちがちだ。首相が引用したのは文部科学省地震調査研究推進本部の数字だったが、首相が本部長を務める福島原発事故対策統合本部も、30年以内に震度6強以上の地震が起きる各原発の、今年1月1日時点での確率を発表した。
 その中に興味深いもう一つの数字がある。浜岡原発の危険度が84%と際立って高いのは同じだが、福島第1原発の確率は0・0%、福島第2原発は0・6%となっている。
 今年1月に発生率0・0%と分析されていた地域に、3月、マグニチュード9・0の大地震が発生したのだ。地震予知の難しさを示す事例であり、それだけにこの種の数字だけでは浜岡原発の停止要請は説得力に欠けると考えたのか、首相は6日夕方の会見で、「浜岡原発が東海地震の震源域内にある」ことをもうひとつの理由として掲げた。しかし、これさえも今回の事例に明らかなように、震源区域と見られていない場所で巨大地震が起きたことを考えれば、危険なのは浜岡だけで、他は安全だという首相の言葉の信頼性を支えるものではない。

 一方、中部電力は寝耳に水の首相要請を重く受けとめた。火力発電に移行するために、たとえ年間2500億円の追加経費がかかっても、安定した電力供給のために死に物狂いの努力を迫られ、初めての赤字決算が避けられないとしても、彼らにとって首相要請を断る選択は、政治によるしっぺ返しと世論の原発不信の前ではあり得なかっただろう。
 こうして、現在合計出力250万キロワットの4号機と5号機、定期点検中の3号機を加えると360万キロワットの浜岡原発は早晩停止され、東京電力向けに行ってきた75万キロワットの電力融通も止まる。電力供給が減少するなかで求められるのが他社の定期点検中の原発の運転再開である。
 日本の原発54基中、大災害で15基が停止した。現在20基が営業運転中だが、内6基は夏までに定期検査で停止する。別の12基は定期検査ですでに停止中だ。さらに定期検査を終了して運転再開の予定だった7基がいま、東日本大震災と首相の浜岡原発停止要請の根拠の曖昧さで、再開延期となっている。日本の電力供給はまさに風前の灯、心許ない状況に陥っている。
 再開延期の理由は、これまで再開に前向きだった九州電力玄海原発を擁する佐賀県の古川康知事や、関西電力美浜原発を擁する福井県の西川一誠知事ら各地の首長らが、浜岡原発と地元の原発の違いを住民に説明できないでいるからだ。原発の運転再開は地元住民や国民全般の同意なしには難しい。浜岡原発が否定されるとき、なぜ地元の原発だけは安心だといえるのかについて、合理的かつ詳しい政府説明を知事や首長が求めるのは当然だ。
 対して海江田万里経済産業大臣は、「他の原発は安全上問題ない」との「見解」を表明し、「国がしっかりと責任を持つ」と述べるにとどまり、各地の首長や住民の疑問に答えていない。
 首相発言の驚きは、個々の原発の安全性を無責任に論ずることにとどまらない。10日の会見で首相はいきなりエネルギー政策の大転換を宣言した。原子力と化石燃料に支えられる2本柱体制から、太陽光など再生可能な自然エネルギーを基幹エネルギーに加え、省エネ社会をつくるという4本柱体制にすると語った。昨年民主党政権が決定したエネルギー基本計画-2030年までに原発を14基以上増やし、CO2を出さない原子力などが総電力に占める割合を70%にする-という決定を白紙に戻すと宣言したのだ。
 エネルギー戦略は、国防と外交に匹敵する重要事だ。決定には国益を踏まえた十分な議論が必要だ。しかし、首相宣言の背景にはそうした党内議論の裏打ちはない。国家戦略も見えてこない。
 政府内で議論が行われた痕跡がまったくない中で、細野豪志首相補佐官は、首相は4月上旬から浜岡原発について考えていたとの見方を示している。首相は少数の側近とはかって浜岡原発停止要請への世論の反応などをひそかに探っていたとの見方も報じられている。国家のエネルギー政策よりも支持率挽回や政権の求心力回復を優先して思案していたと言われても弁明できないだろう。
 政治主導の名の下に、結論だけがいきなり降ってくるのが菅政権だ。
国益や国家戦略を欠いた首相の思考と、民主主義のプロセスをとび越えた首相の手法こそ、日本国が背負い込んだ最大の負の要素である。

2011年5月12日 (木)

木村茶道美術館(花時の懐石展、茶席:御本李朝17世紀)

 2時、 就寝。

 6時過ぎに起床し、自宅のなかの掃除やゴミの片付けを行う。選挙期間中にでたゴミや整理すべき書類がまだ多い。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、筋子、わらびのおひたしでご飯2杯の朝食をとる。

 8時30分から市内まわり。途中、柏崎市選挙管理委員会に行き、供託書を返してもらい、供託原因消滅証明書とともに新潟地方法務局柏崎支局に提出。柏崎市議会議員選挙の供託金30万円の返還手続きを行う。

Cimg2632 11時30分、木村茶道美術館にて、某氏と待ちあわせをし、ご紹介がてら入る。料金は、展示室(大人 400円、小・中・高 200円)に加え、特別展示室(屋内茶席付で大人1000円、小・中・高 700円)の計1400円であるが、その価値は十分にある。
 第一展示室は茶入と茶杓展・特別展示は、花時の懐石展と遠藤満夫ぐい吞コレクション(春夏の酒器)となっており、特に懐石の器はもとより、こういった順序での宴席は一度経験したいと思うほどであった。

<配布資料より>
1、配膳

 折敷の向こう正面に向付、手前左に飯椀、右に汁椀、前に箸を積にして置き合わせます。この時はご飯と汁のみを食べ、向付には手を付けません。
2、初献
 食事がすむと亭主が銚子と盃を持ち出し、酒をお客様に勧めます。酒を一献受けたら初めて向付に箸を付けます。
3、煮物
 別名椀盛と呼ばれる事もあり、季節の魚や鳥類をそのままかしんじょう等にした味を薄口に煮含め、野菜や海草類を1、2加え澄まし汁をはり、吸い口をのせ合わせます。
4、焼物
 焼物鉢に青竹の箸を添えて、亭主が正客に持って出ます。焼物は人数分あり、取り回して熱いうちにいただくのはお客の礼儀です。主に魚の切り身が使われます。
5、預け徳利
 焼物を出したら、亭主は比較的大振りな徳利に酒を入れ、趣向を凝らした盃を出し、お酒を楽しんでいただきます。
6、預鉢
 預鉢は、亭主が相伴している間、客に預けておく料理のことで、煮物・和え物などが盛られます。元来はご飯に合わせたものであるが、酒の肴にもなるので、強肴・進肴とも云います。
7、箸洗
 筆洗は、今までの御馳走の口をあらため、箸を清めると云う意味で、ごく淡泊な吸物が出されます。
8、八寸
 箸洗の後、八寸に2種類の肴を盛り合わせ供します。
9、湯・香物
 納盃されたら、湯と湯の子・香の物が出されます。器を洗い清めつつ、香の物と湯をいただきます。
10、縁高
 最後にお菓子が出ます。正式には五重の縁高に盛りますが、銘々皿や蓋物の菓子器に盛る事もあります。

Cimg2633 5、6月の「青楓茶席」で用意されたのは、床に石川丈山筆「五言絶句」、花入は李朝「彫三島瓶」、釜は「天明子鑵釜」、水指はちょっと変わった「南蛮芋頭」、茶器は「嵯峨棗」、茶碗は李朝17世紀の「御本 銘 夕雲」、茶杓は杉木普斎「銘 似号」というラインアップ。
 最上屋さんのお菓子「青楓」で口を甘くしてから、お茶を楽しむ。不作法は御勘弁してもらった。

Cimg2635 12時30分、一旦、自宅に戻り、ほぐし紅ずわい蟹の缶詰を使った蟹炒飯を作り、こごみを茹でてマヨネーズとポン酢醤油をかけたものとともに昼食にする。
 普段から化学調味料の変わりに干し納豆パウダーを入れているため、蟹の風味が変わらないか心配したが、大きな影響はでなかった。

 食後からも市内まわり。放射線防護に関する質問を多くお受けするとともに、若者の就職先をもっと確保するよう要望を頂戴した。
 その間、選挙期間中から施設にお願いしていた祖母が帰宅。やっと平常に戻りつつある。

Cimg2636 18時30分、自宅に戻り、昨日お土産に頂戴した「讃岐生うどん てっちゃん」(電話:0877-45-2000)を茹で、福島県産の葱と生卵、アゴだしを混ぜた再仕込み醤油で「釜玉うどん」を作り、夕食。
 上から生卵を乗せるのではなく、事前に丼のなかで生卵を溶いておき、茹で立ての熱いうどんを投入するという現地式に従った。

 食後から事務所で事務仕事をするも、某集まりの懇親会の二次会に顔をだすことになり、22時から合流。

2011年5月11日 (水)

『ふるさと北条の足跡』『長鳥いにしえロード』

 2時、就寝。

 6時過ぎに起床し、祖母が施設から帰ってくるための部屋の片付けなどを行う。

 8時、大粒納豆、野菜さつま揚げ、茹でオクラのサラダ、蕗の佃煮でご飯2杯の朝食をとる。

Cimg2628 8時30分から市内まわり。途中、 「昭和懐物ランド こどもの時代館」に寄り、展示の状況や今後の企画について、ちょうど居合わせた出展関係者とともに話し合う。
 在庫もそれなりに出すということで、以前、「ウルトラマンメビウス」のアマガイ・コノミ隊員役・平田弥里嬢に来てもらった際にサインをしてもらった「メビウス・フェニックスブレイブ」を1000円で購入。

Cimg2626  12時、「盛来軒」(電話:0257-22-2181)に移動し、「チューシューメン 830円」(食券には「焼肉麺」とある)で昼食をとる。
 最近は魚粉入りや色々なラーメンに挑戦しているのが好感的であるものの、どうしても定番を選んでしまう。懐かしいステンレスのスタンドに差して運ばれてくるソフトクリームも捨てがたい。

 12時30分から再度、市内まわり。何回行っても、間違う道があり、未熟であることを再認識する。

 18時、事務所に戻ったところで来客があり、近況報告。貴重な讃岐うどんのお土産を頂戴した。

 20時過ぎ、市内某所での勉強会に途中から出席させてもらい、市政に関する情報やご意見を伺う。

Cimg2629 22時、自宅に戻り、頂きもののこごみを茹でてマヨネーズとポン酢醤油をかけたもの、地元の若布の刺身、牛蒡サラダ、酢味噌をかけたえご、小粒納豆、ビール500ml4本で夕食をとる。
 最近の気候は、ずいぶんと暖かく、いや暑くなってきており、さっぱりとした食べ物にビールが合う。

Cimg2627 食後、北条で購入した『ふるさと北条の足跡』『越後北条毛利氏 山城と隆盛のあと』(2冊で700円)、コミュニティセンター関係者の方から頂いた『長鳥いにしえロード』『北条毛利いにしえロード』を読み込む。
 祖父が北条出身であり、親戚も多いことから、『北条町史』などは読んでいたが、詳細に書かれているが故に人に説明するときの資料としては、使い勝手が悪かった。この4冊は、非常にコンパクトにまとまり、分かり易い。

2011年5月10日 (火)

柏崎市議会議員、3期目最初の会派構成

 資料のコピーも終え、2時から5時まで事務所のソファーで仮眠。

 6時30分から某朝の集まりで放射線に関する基礎知識について資料に沿って、約50分間お話させてもらい、その後に質疑応答を行う。質問の大半は、マスコミによる過剰な報道に起因するものであった。

 8時、帰宅し、大粒納豆、目玉焼き、地元産若布の刺身でご飯2杯の朝食をとる。

 市内まわりをしたのち、自民党柏崎支部の事務所で会派構成に関わる打ち合わせを行う。
 これまで柏崎市議会では、30名の議員で会派が最大10会派があったこともあり、多くの柏崎市民から苦言も頂いていた。そのため、先の2期目途中で整風会として合併し、大会派を目指したが、他の会派は同調しなかった。少人数会派でも大人数会派でも会派の代表者1名(本来であれば、会派人数で案分)というスタイルをとっている以上、今回も同様になる可能性がある。

Cimg2618 12時、今後の行く末も込み入ってきた話になったため、寿司の仕出し弁当で昼食をとりながら、さらに話し合う。
 これまでいわゆる「雑巾がけ」の期間だと思い、さらに会派数が多いことへの対応を考えてきたため、独り立ちしたい気持ちもあったが、整風会に会計担当として居残りとなった。

 13時から市内まわり。

Cimg2619 18時、自宅に戻り、米沢牛のすじ肉を漬け込んだ「つぼカルビ焼」、小粒納豆と大根おろしの和え物、筍ご飯、ビール500ml3本で夕食をとる。
 すじ肉に切り込みを細かく入れて、筋膜などを切断し、さらに十分叩いてから漬け込んだ米沢牛は、味わい深く、今度は自分でも作ってみたいと思う。

 20時から事務所で資料作成。

2011年5月 9日 (月)

11柏崎JC5月例会「震災より立ち上がれ日本」
昔の遊びクラブ「貝合わせ」

 2時から4時まで事務所のソファーで仮眠。

 起床後、今日のクラブ活動で使う参考資料を作成する。

 7時過ぎ、某所の朝礼にてご挨拶。

 その後、陳情を頂戴していた市内数カ所の現場を確認する。

 9時、大粒納豆、粗挽きウインナー、解禁になったばかりの地元産若布の刺身でご飯2杯の朝食。

 9時30分から市内まわり。途中、陳情を2件ほど頂戴する。

Cimg2589 12時、乳児をつれた某氏と「やぶ」(電話:0257-22-3482)にて、近況報告を兼ねた懇談しつつ、「五目中華 750円」の昼食。
 ちょうど居合わせた方々から、「奥さんとお子さんですか?」と聞かれてしまい、改めて30代後半独身男への世間の目を感じる。

 13時、柏崎警察署の交通課に行き、交通事故多発交差点への信号の取り付けについて、陳情の意味合いを含めて、話し合いをさせてもらう。

 その後、市内まわり。

Cimg2590 15時、母校である柏崎市立柏崎小学校に移動し、今年も担当する「昔遊びクラブ」の講師としてK氏、W氏とともにクラブ活動を行う。
 予定人数15名のところに24名もの参加があったとのことで、嬉しい限り。
 2年目の記念すべき第1回のクラブ活動は、貝会わせの貝の絵付けである。昔の遊びとしては、昭和どころではない、昔のもの。しかし、こういった経験をしておくことで、今後、歴史的な貝合わせを博物館などで見たときに何か感じてくれると思う。
 使う貝は、先日、福島県いわき市に行った際に拾ってきたものである。
Cimg2607 サンプルも用意しなければならないと今朝方作成したのは、貝の模様が台風のように見えたことから、荒波の中進む帆船の絵、バックを金色に塗ったなかにウルトラマンの変身パースポーズの2つ。
 他にも綺麗な貝合わせの写真を見てもらったのち、実作業に入る。
 まずは紙やすりをかけてもらい、その後に色付け。
 東日本大震災の被災者への想いを書いたものから春らしい桜の絵柄、仮面ライダーOOO(オーズ)のタジャドル・コンボなど色々な作品ができあがった。

Cimg2608

 片づけをしたのち、17時過ぎに事務所に戻り、選挙スタッフととも選挙の後処理についての打ち合わせを行う。

Cimg2612 18時40分、柏崎エネルギーホールに移動し、19時から柏崎青年会議所、国家ビジョン検討委員会担当の5月例会「震災より立ち上がれ日本」に出席する。
 セレモニーののち、第一部として今例会の主旨説明、これまでの大震災についての説明が行われた。

Cimg2614 第二部は、2007年度日本青年会議所北陸信越地区新潟ブロック協議会の会長であった目黒哲也先輩、2007年度の柏崎青年会議所理事長である矢島博生先輩から中越沖地震での支援活動の経験を中心に、

ボランティアセンター3原則
 1.被災者本意
 2.地元本意
 3.無理をしない

などのノウハウを、当時の関係メンバーへのブラッシュアップとしてもお話頂いた。
 矢島先輩はもとより、ちょうど自分自身も2007年当時に日本青年会議所北陸信越地区新潟ブロック協議会にアドバンス新潟創造委員会に出向していたため、目黒先輩にもお世話になったことがまざまざと思い起こされた。
 このように定期的に経験やノウハウを先輩から未経験の後輩に伝えるのは非常に重要なことである。

Cimg2615 セレモニー終了後、21時30分過ぎ、マイクロバスで「みずち」(電話:0257-22-2455)に移動して、懇親会。
 例会に出席頂いた両先輩を含め、自粛ムードではなく、経済を動かすという意味からの積極的な懇親会であるため、あれよあれよという間に飲み物が無くなっていった。

Cimg2616 懇親会終盤では、目黒先輩、矢島先輩からの熱いメッセージもあり、大盛り上がりのまま、懇親会が終了。
 そのまま二次会への移動となったが、明日の早朝で行う講演の資料ができていなかったため、目黒先輩には申し訳なく、事務所に戻らせてもらう。

2011年5月 8日 (日)

管首相:浜岡原子力発電所の全面停止要請

 メールの処理をしたのち、3時に就寝する。

 7時、起床。大粒納豆、叩いたオクラ、生卵でご飯2杯をかっこんで朝食にする。

 8時30分から、問い合わせを受けた市内某所の現場の現状確認、市内まわりを行う。

 12時30分、一旦、自宅に戻り、冷凍うどん、レトルトカレー「ビーフカレーLEE 辛さX20倍」、ひきわり納豆でカレー納豆うどんを作って、昼食。

 13時過ぎから市内各所において、三井田孝欧個人として今後の議会内でどのような活動をするのか、また最初の臨時議会における議会人事(議長、副議長、監査委員、農業委員)にどのような態度でいくのか、元議員の大先輩や同僚議員と意見交換を行う。
 議長に関しては、年議会(1年間が議会開会期間として機敏に対応し、市長ではなく、議長が会議を招集)をはじめ議会改革をするか否か、が判断基準であり、それよりも今任期の人事で最大の関心は「監査委員」である。
 議会からの1名、ほかは市民から選任される(地方自治法第196条第1項、第197条)が、柏崎市役所としてこれだけの不祥事や会計ミスが連続しているなか、この「監査委員」の議会側代表が誰になるのかが問題。しかも任期は4年である。
 つまり、行政側の事務レベルの抜き打ちチェックや住民監査請求の審査など、行政をキチンと監査できる議員を選ぶか否かであり、 「問題を隠くそうとする誰かを支える、守る」と選挙中に公言していた方々?がどのような手を打ってくるのかが注目となる。

 18時、事務所に戻ったところで、選挙スタッフと市内まわりの打合せ。

Cimg2582_2 打合せが一段落したところで、20時、「ガッツリ食堂ドカメン」(電話:0257-32-1523)に行き、「生ビール 500円」を飲みつつ、「岩のりらぁめん 880円」を無料の大盛りにしてもらい、さらに「鬼脂」にしてもらって、30代後半の健康とはほど遠い夕食をとった。

 21時過ぎ、事務所に戻り、溜まった資料をpdf形式に一気に変換する。

 管首相が、中部電力・浜岡原子力発電所の全号機の原子炉停止を要請した。
 なぜこのタイミングなのか、また浜岡原子力発電所だけなの何故か、まったく分からない。
 今後30年以内に87%の確率で発生すると言われる東海地震の想定は、今回の福島第一原子力発電所の前から言われていたことであり、実際に今年3月末の浜岡原子力発電所3号機の起動について、津波を想定した訓練を約1週間行い、静岡県知事も国も起動にお墨付きを与えている。
 東北地方太平洋沖地震発生後に、地震対策や津波対策ができていると一回認めておきながら、この対応。これは国の許認可自体への疑問にもつながることであり、当然、我が柏崎市を含む、原子力発電所立地自治体はすべて疑心暗鬼となる。東日本大震災の影響が続いたから停止と言うなら、全国すべての原子力発電所に同様の厳しさを求めるのが、原子力発電に賛成・反対の立場は関係なく当たり前のことであろう。
 しかも、要請ということで、中部電力に責任を丸投げしており、緊急的な代替のエネルギーの確保、火力に頼った場合の電力料金の値上げ、企業の工場稼働、原子力発電所立地自治体への交付金の調整、雇用されている関係者の生活など、国民にすべき必要な説明や調整もされていない。さらに首都圏停電をさせないための中部電力から東京電力への電力融通の話も消えることになり、どう電力量を見積もって、要請したのかも聞こえてこない。
 つまりは、世間受けをねらった菅首相のパフォーマンス
 不況のなか、甚大な被害をもたらした東日本大震災に加えて、国のトップによるこの人災があり、日本の行く末が心配される。

2011年5月 7日 (土)

震災チャリティイベント「7.16ハートプロジェクト」

 3時過ぎから事務所のソファーで仮眠。

 6時に起床し、選挙期間中に処理しなかった書類がまだあるため、書類の整理を行う。

 9時、大粒納豆、しそ入りかまぼこ、イカ塩辛でご飯2杯の朝食をとる。

Cimg2578 9時30分過ぎ、ショッピングモールのフォンジェ前に行き、募金活動の準備。今日は、柏崎市倫理法人会のメンバーとして、本町マルシェ、Act for 東北! 震災チャリティイベント「7.16(なないろ)ハートプロジェクト」のお手伝いである。
 10時からイベントが開催となり、まずはチャリティ募金の呼びかけを行う。

 11時過ぎ、姪っ子にも参加してもらい、その後は福島県産野菜の販売の手伝い。西会津産の独活、ねぎ、こごみ、アスパラ、きゅうりなどを販売する。
 姪っ子は恥ずかしいらしく、なかなか「いらっしゃいませ」の声がでなかったが、お店屋さんごっこと言い聞かせたところ、少しずつ声がでるようになった。

Cimg2579 12時30分、交代の休憩となり、福島ご当地グルメとして今回販売された浪江町名物の「ふとっちょ焼そば」で姪っ子とともに昼食をとる。
 浪江町で食べるときは、必ずビールとセットにしており、口の周りがラードとソースでヌラヌラになったところでビールで流し込むというのが、王道であろう。

 野菜が完売した14時過ぎ、打合せの約束があるため、自宅に戻る。

 あまりの暑さに大汗をかいた姪っ子をシャワーで綺麗し、お昼寝してもらう。

 15時から市内某所での打合せ。職に恵まれない彼等なりに、東日本大震災への支援ボランティアをやりたいとのことなので、現地に向かう日程や装備品などについて話し合う。そのうち、人生って何?といった若者らしい熱い話になり、結局4時間。

Cimg2581 19時過ぎ、一旦、自宅に戻り、甥っ子と姪っ子が食べたいという炒飯を作る。
 ご飯、干し納豆パウダー、卵、刻み葱というお約束の食材に加え、今回は焼きたらこ、刻み生姜、おろしニンニクも入れて、少し大人の味に仕上げてみた。

Nec_0003 20時から「おはしカフェ・ガスト 柏崎日吉店」(電話:0257-20-4741)にて、今日、某集まりで東日本大震災への支援活動として、何回も福島県南相馬市に入っている経験を含め、講演を行った某女史と、近況報告や意見交換。せっかくなので、「イチゴのミニパルフェ 460円」「ドリンクバー 209円」で軽食をとる。ドリンクバーでは、つい色に釣られてメロン果汁の入っていないメロンソーダを選択してしまった。

 23時30分に帰宅し、おにぎり2個(筋子)を食べたのち、事務所にて資料整理。

2011年5月 6日 (金)

燕西蒲倫理法人会及び南魚沼市議会「市政クラブ」勉強会にて講演

 なかなか仕事が終わらず、シャワーを浴びたのち、2時にやっと就寝する。

 4時30分、起床。身支度をしたのち、ホテルをチェックアウトして新潟ダイヤモンド電子 さんに移動する。

Cimg2570 6時から燕西蒲倫理法人会第437回経営者モーニングセミナーに出席。
 講師として、「納豆(菌)の歴史そして栄養、成分の秘密」と題し、自己紹介ののち、「納豆の歴史」「納豆の栄養素」「納豆から生まれるテクノロジー」についてお話させてもらいつつ、福島第一原子力発電所の状態が収束しないこともあり、放射線防護と原子力発電についてもリクエストがあったので、時間を割かせてもらった。

Cimg2571 7時過ぎ、会場を移して、「味彩燕」(電話:0256-63-4624)の弁当で朝食をとりつつ、燕西蒲倫理法人会役員の方と懇談。
 原子力発電のみならず、日本のエネルギーの行く末、民主党の新潟県議会・高倉栄議員がいらっしゃったこともあり、北陸新幹線をはじめとする県政の今後についても活発な意見交換が行われた。
 つい民主党政権のダメさ加減にも言及してしまった・・。

 食後、ご挨拶をしたのち、所用を済ませながら、愛車で南魚沼市に向かって移動。

Cimg2572 10時20分から南魚沼市役所塩沢庁舎にて、南魚沼市議会・会派「市政クラブ」(今井久美議員、阿部俊夫議員、腰越晃議員、関昭夫議員、山田勝議員、桑原圭美議員)の勉強会に出席させてもらい、「放射線についての基礎知識、原子力発電所周辺地域における安全対策と危機管理」をお話させてもらう。
 原子力発電への是非に立場はどうであれ、事故が起こった場合の当該発電所からの同心円(半径10km、20km圏内といった地形や風向きを考慮しないもの)での一括避難指示ではなくSPEEDIデータをキチンと取り扱うこと

110506_speedi

現実の津波対策、旧式BWRと現在のBWRの違いについてをもう少し詳しく話したかったものの、やはり時間と資料が不足しており、申し訳ない限り。

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*プレス資料より。旧式BWRでは非常用電源は一般的なタービン建屋にあるが、現在のBWRでは堅牢な原子炉建屋のなかに既に変更済み。こういった、GE製の旧式プラント等で改善すべき事が分かっていたのは正直に説明すべき。

Cimg2574 12時過ぎ、庁舎前の「松井食堂」(電話:025-782-1856)に移動し、意見交換をしつつ「ラーメン カツ丼セット 1050円」で昼食をとる。
 放射線の話だけではなく、実際の議会運営や議会改革の話にもなり、柏崎市としては、まずは行政組織のコンプライアンスの徹底が先であり、議会としては報酬が一定である以上、より機敏により働けるよう通年議会の設定が必要である。こういった点から幅広く、意見交換をさせてもらい、非常に充実した時間となった。

 その後、十日町市議会の庭野茂美議員のお店へ近況報告に伺ったのち、長岡市の自民党・長島忠美衆議院議員の事務所に寄り、同じく近況報告と応援の御礼をお伝えする。

 16時40分、自宅に戻ったところで来客。

Cimg2575 18時、頂き物のぶっとい独活を使い、歯の部分は天ぷらにモンゴル塩、メインは水にさらしたのち信州味噌をつけ、ビール500ml3缶を飲む。
 シメは小粒納豆と大根おろしの和え物と乾麺を茹でた蕎麦。

 21時から長らく掃除していなかった、寝室の片付けを行う。とにかく本の収容場所がなく、いずれは書庫を増築したい。

2011年5月 5日 (木)

東日本大震災:消防車に敬礼をした小学生

 溜まっていた仕事を少しずつ片付け、4時に就寝。

 8時に起床し、週刊誌数冊をもって、ぬるめの風呂に1時間ほど入る。

 9時30分、大粒納豆、生卵でご飯をかっ込み、長野県長野市に某氏の車で移動。

 11時から某氏宅へ弔問に伺い、お参りをした後、そのまま帰路に着く。
 途中、コンビニで買ったおにぎり2個(筋子、昆布)、低脂肪乳、ピンクグレープフルーツジュースで昼食をとる。

 14時、事務所に戻ったところで来客。福島県をはじめ、東日本大震災の被災地でのボランティア活動として何を行うか、自己完結できるような装備をどうするか打合せを行う。
 せっかくなので、軽自動車を活用し、高齢者のため避難所と病院との往復するという案がでた。

 16時から明日の2つの講演会で使用する資料作り。印刷してからステイプラーで綴じ込む作業に手間取る。

 19時過ぎ、愛車で燕市に移動。

Cimg2564 20時、燕三条ワシントンホテルにチェックインし、柏崎市内のスーパーで買ってきた半額になったチャーシュー、シメ鯖巻き、焼き餃子、インスタントの納豆汁、ビール500ml3缶で夕食をとる。
 野菜が不足しているので、さすがに食後にクロレラのサプリメントや青汁を飲む。

 ホテルの部屋に溜まった仕事を持ち込み、作業。

 昨日の『産経新聞』に感動的な話かつ、日本政府の弱腰ぶりが如実に表れた記事が掲載された。
 以下に引用し、ご紹介したい。


平成23年5月4日『産経新聞』

被災地の皆さんへ
野口 健(アルピニスト)

消防車に敬礼をした小学生

 忘れられない光景がある。
 宮城県気仙沼。日はどっぷりと暮れ、全国から応援に駆けつけた消防車十数台もその日の業務を終え、宿舎に引き揚げようとしていた。そのときである。
 道ばたから、小学3年生ぐらいの男の子がパーッと飛び出してきた。彼はピンと背筋を伸ばし、帰路につく消防車を見送りながら一台一台に「敬礼」をしたのである。
 後ろで見ていた僕は涙が出そうになった。彼には分かっているのである。「(消防士たちが)自分たちを、町を助けに来てくれた人たちなんだ」と…。

 3月下旬に初めて被災地を訪れ、がれきに埋もれた現場に立ったとき、あまりの惨状に僕は言葉がでなかった。こんなひどい状況の中でも生き残った方がいたのは奇跡だと思った。
 消防官、自衛官、警察官…が現場に立ち、朝から晩まで懸命に働いている。時には、命の危険を冒してまで、だ。そんな人たちに対して、現場も知らない大臣が、ひどい言葉を投げつけたと聞く。その大臣にこそ、あの小学生の敬礼を見てほしかった。
 被災地の自治体の首長さんの中には、家族を失ったり、自宅を流された人もいる。だが、自分のことは後回し。被災者の支援、復興の先頭に立ち、「これからの街づくり」について熱っぽく語る人もいた。
 彼らにはやはり「おらが愛する街」なのである。それに比べて、政府や国会議員たちはどうだろう? みんながそうだとは言わないが、「わが日本への思い」がなかなか伝わってこない。こんな話がある。
 
大震災の翌日、台湾の李登輝元総統は、レスキュー隊の派遣を日本政府に打診した。1999年の台湾の大地震で日本の救援隊がいち早く駆けつけてくれ、多くの支援をもらったことを李登輝さんが感謝し、その恩返しをしたい、と考えていたからである。
 ところが日本側の対応が煮え切らない。こうした震災の救助は時間との闘いである。業を煮やした李登輝さんは日本の了解を待たずにレスキュー隊の派遣を決め、日本のNPO法人と連携して作業にあたった、という。いろんな事情があったのかもしれないが、もし「中国への配慮」があったとすれば、こんなに情けないことはない。

 被災者が生活している避難所へ、支援物資を持っていくと、「私たちはいいから、他の困っている人たちに渡してください」という人がたくさんいた。平時はともかく、こんな非常時にモラルや理性を保つのは大変なことなのに…日本人はすごい、と思った。
 だから被災者の皆さんに「頑張ってください」とは声をかけなかった。もう十分過ぎるほど、被災者は「頑張っている」のである。その代わりに、「あまり、がまんしないでくださいね」。僕はそう言った。
 そして、こんなときでも子供たちは笑顔である。その笑顔に僕は希望を感じた。そして逆に勇気と元気をもらった気がした。

【プロフィル】野口健
 のぐち・けん アルピニスト。昭和48年、米ボストン生まれ。25歳で7大陸最高峰世界最年少登頂記録(当時)を達成。地球温暖化によるヒマラヤの氷河湖崩壊問題やエベレスト・富士山の清掃登山、戦没者の遺骨収集問題など幅広いジャンルに取り組んでいる。東日本大震災の被災地には3、4月の2回、大量の支援物資(寝袋、下着、文房具など)を持って訪問した。

2011年5月 4日 (水)

原発立地町村被災地訪問:柏崎市議会

 なかなか仕事が終わらず、3時過ぎに就寝。お祝いのメールなどの返信が間に合わず、申し訳ない限り。

 7時、起床。大粒納豆、目玉焼き、若布サラダでご飯2杯の朝食をとる。

 8時過ぎから11時まで、柏崎に避難されてきている方の支援活動。その後、選挙に使った道具の片付けを行う。

 13時、頂き物のフランスパン(バゲット)にチェダーチーズ、たらこマヨネーズ、ひきわり納豆をはさんだもの、低脂肪乳、グレープフルーツジュースで昼食をとる。

 14時、18時と来客があり、市政に関する意見交換や陳情を受ける。

 19時から事務所にて、後援会報の発送に関する作業を行う。

Cimg2559 23時20分、低脂肪のシーザーサラダドレッシングをかけたグリーンサラダ、ひきわり納豆、ジンギスカンともやしの炒め物、ビール500ml3缶で夕食をとる。
 もやしを軽く炒める程度にしたので、シャクシャクと食感が良い。

 改選前、30名の柏崎市議会議員で義援金を出し合い、原子力発電所立地市町村議会議長会の会員である6町村(福島県富岡町、福島県大熊町、福島県楢葉町、福島県双葉町、茨城県東海村、宮城県女川町に各10万円)に送った。
 その報告が議長からあったため、以下にご紹介したい。


議員各位           平成23年4月30日

 東日本大震災・原発立地町村被災地訪問について

            柏崎市議会議長 斎木 裕司

 麗春の候、議員各位、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素はひとかたならぬ御愛顧を賜り、ありがとうございます。
 2年間議長として、任務を果たせたことは皆様方のお陰であります。
 さて、上記の件につきまして飯塚副議長と伴に4月26日~28日まで、6町村を訪問し、各地域に赴き、哀悼の意とお見舞いを申し上げて義援金をお届すると同時に、現在の心境・原発立地市町村議会への要望等を承り、今後の活動のステップとすることを誓いながら帰郷致しました。

*福島県双葉町(埼玉県加須市)
 井戸川町長・佐々木副議長と面談
・県立高校跡地へ1200余が集団避難。役場機能も一緒に移転する。
・東京電力・国への対応の悪さに苛立ちを感じる。特に霞が関と永田町との連携の悪さは目に余るものがある。
・一時帰宅の対応を国は町に任せているが、町職員では無理で、国、県で対応をお願いしたい。
・福島第一原発問題を、いろんな角度から検証し、柏崎刈羽原発に活かして欲しい。
・中越沖地震では、柏崎・刈羽の皆様にお見舞いに行けなかった事に大いに反省している。当時は、財政再建中であったが、緊急事態の時は、町民は理解してくれると思う。

・避難者の再就職の職場はいくらでもあるので、安心している。
・行政・町長と議会・議長と一致団結し、災害本部会議にも参加しながら対応している。

*茨城県東海村
 村上町長・飛田議長・井坂副議長と面談
・農業で570haの農地が液状化現象・塩害によって耕作不能となる。
・ライフライン(特に水道・下水道)の漏水によって大混乱、庁舎も被害が甚大であった。

*宮城県女川町
 安住町長・宮元副議長と面談
・議員16名の内14名が家を消失した。議員2名死亡・2名行方不明である。
・人口10010名の内、遺体452名、不明359名(4/26現在)
・現場を視察した時には、辺り一面漁港の周辺建物の基礎部分以外には、何もなかった。庁舎・保健センター等が町の真ん中に立っている以外は、がれきの山であった。絶句して言葉にならない。涙が流れて止まらない、一分間の黙とうと、お祈りを捧げた。まだ行方不明者を捜索中である。
・女川原子力発電所は無事であったが、町が全滅である。安住町長・宮元副議長との面談で、国の早急な仮設住宅の建設・避難住民への早急な救済対策への支援要請があった。

*福島県富岡町(福島県郡山市内)
 遠藤町長・猪狩議長と面談
・福島第一原発事故の早期終結に、東京電力・国が全力で努力して欲しい。
・国・東京電力からの避難民への早急な救済対策への支援要請があった。
・町長・議会が両輪となって一致団結して町民のために、国・県・東京電力への陳情を一緒に行動を起こしている。
・原発立地市町村議長会からの側面からの御支援願いたい。

*福島県大熊町(福島県会津若松市)
 鈴木副町長及び鈴木総務課長と面談
・町長・議長は、総理官邸に陳情活動にいった。
・福島第一原子力発電所の早期終結と早期な救済要請の陳情に上京した。

*福島県楢葉町(福島県会津若松市)
 草野町長・山内副町長・松本議長・鈴木副議長と面談
・まず福島第一原発事故の早期終結を東京電力・国への要請。
・早期の救済要請え国・県への陳情。
・原発立地市町村議長会からの側面からの御支援願いたい。

2011年5月 3日 (火)

新成人フェスティバル2011
憲法改正で携帯電話が使えない?

 2時、就寝。

 6時に起床し、自宅周りの冬囲いや不要な物を片付ける。

 8時、大粒納豆、目玉焼き、筋子、焼き椎茸でご飯2杯の朝食。

Cimg2545 10時、自転車で柏崎市市民プラザに移動し、新成人フェスティバル2011の来賓出席の受付を行う。
 今年の新成人フェスティバルは、例年会場となる総合体育館が東日本大震災の避難所となっていることから、まちなかの柏崎市市民プラザで出身中学校別に午前と午後の二回に分けて実施するという変則的な開催である。
 式典は一回で行うべきではないかと思っていたが、まちなかが若者で華やかになるという点では良い試み。新成人のなかには知った顔も多くあったので、式典がはじまるまでの間、思い出話にも花が咲いた。

Cimg2540 毎年のお約束である柏崎刈羽九条の会の皆さんも幟を立て、ビラ配りをしており、現職の某Y市議会議員をはじめ、首から「9条」のパネルを下げながら、新成人にビラを渡していた。
 思想信条はまったく違えど、積極的な活動に敬意を表しつつ、せっかくなので、一部を頂戴して読んでみると、これがまた論理の飛躍だらけ。ついツッコミを入れたくなる。

Cimg2563 もし憲法が変わったら・・
  こんな日本が待っています

◆自衛隊が軍隊となり、海外での戦闘にあなたも狩り出されるかも・
 国連が反対決議をしても、アメリカ軍と海外で戦争が可能に。
 「国民は国を守る責務を共有する」と前文に書いてあり、青年層の徴兵制も可能になります。軍事裁判所が出来るので、徴兵を拒否できません。

→ 徴兵制度と軍事裁判所まで誰が書いているのであろうか。

◆国民の人権が狭められ、携帯も自由に使えなくなるかも・・・
 自由と権利は「公益(国防など)および公の秩序に反しない」範囲に制限されます。機密保護法がつくられ、知る権利、思想や表現の自由が侵害され、マスコミへの統制も強まり、自由にものが言えなくなるでしょう。

→ 機密保護法をはじめ、妄想・・・。

●震災で活動する自衛隊の皆さんに心からの感謝と敬意を表明します。
 しかし、自衛隊はもともと武器を持ち、戦争に対処する組織です。世界が地震の活動期に入っている今こそ、自衛隊を"災害救助隊"に改組するよう求めましょう。

→ そもそも自衛隊は違憲と言っていたのではないのか。

Cimg2546_2 10時30分から式典。会田市長の挨拶、改選後の議長選挙が終わっていないため、最年長議員の丸山敏彦議員による祝辞、立派な新成人二名によるメッセージがあり、閉会にあたっては柏崎市教育委員長がこれからの人生の試練を乗り越えていくべきとの激励が添えられた。
 新成人の皆さんには、是非、失敗を恐れず、色々な挑戦してほしい。
 ちなみに、新成人が生まれた1991年は市制施行50周年として蒸気機関車D51-1がサハリンから祖国・日本に戻って柏崎に寄贈され 、柏崎市総合体育館が完成した年である。世間的には、東西ドイツの統一とスーパーファミコンの発売があった。

 12時、自宅に戻り、冷やご飯に冷えたじゃがいもの味噌汁と小粒納豆、削り節をかけた「納豆ねこまんま?」で昼食。春らしい気候となり、冷えた味噌汁と冷やご飯の組み合わせがしみじみ美味い。

 13時から18時まで市内をまわるも、途中、途中で来客があるとの連絡があり、事務所との往復を繰り返す。

 18時過ぎから事務所でメールやブログなどを書く。返信すべきメールが溜まりに溜まっており、先が見えない状況にある。

Cimg2558 23時40分、牛バラ肉で作ったカレーに大量のガラムマサラ、小粒納豆を投入し、さらにご飯にかけたあとにレッドペッパーをかけた即席激辛カレーに三つ葉のおひたし、ビール500ml2缶で夕食をとる。
 咳がひどくなってきており、熱もあるため、気合を入れる食事である・・・が、余計に咳き込んでしまう結果になった。

2011年5月 2日 (月)

改選後の議員懇談会、時間間違い

 2時にホテルの部屋に戻り、就寝する。

Cimg2523 7時、起床。シャワーを浴びたのち、「スターバックスコーヒー 新潟万代シテイ店」(電話:025-249-5110)にて、「エクストラコーヒー キャラメル フラペチーノ」を飲む。
 開店10周年とのことで、オリジナルコーヒーとビスケットを頂いた。

Cimg2525 8時、新潟市内の万代に来たらお約束のバスセンターに行き、浦浜ソバコーナー名物「普通カレーライス 460円」で朝食をとる。
 「大盛カレーライス 530円」にしようか迷ったが、甘いフラペチーノを先に飲んでいたので、普通盛り。
 変わらぬ味を楽しんでいたところ、隣にきた実年世代のおじさんが、常にスプーンでカレーとライスをカン!カン!と力強く突き、さらにペチャペチャと食べ、不快この上ない。

 食後、愛車で帰路につく。

Cimg2526 9時、議会事務局から携帯電話に連絡があり、議員懇談会がはじまるとのことであった・・・ガーン
 いつも議会日程は10時開始であったため、10時からと思い込んでいた完全なるイージーミステイクである。選挙ボケであろうか。
 遅参となったが、あわてて市役所に移動し、出席。すでに各議員の自己紹介も終わっておりバツが悪い。猛省。
 今年6月1日をもって、地方議会議員年金制度が廃止されることが閣議決定されているため、新人議員の方々は1か月分のみ支払い、その80%しか戻ってこない。私の場合も年金支給要件(在任12年)を満たしていないので、これまで8年間の積み立て金額の80%しか戻らない。国会議員互助年金制度が既に廃止されているため、地方議会議員年金制度も廃止すべきであるが、改正法自体がまだ成立していないものの、これほどアホな物事の進め方もないであろう。

 議員懇談会終了後、会派室にて若干の意見交換を行う。
 これから会派結成の流れとともに、議長、副議長、監査委員などの議会人事について駆け引きが行われるが、柏崎市民にとっては議会人事よりも「ちゃんと行政をチェックできる議会か否か」が重要であろうと思う。
 今回の選挙期間中にも訴えていた通り、色々な政策など打ち出すにしても執行する行政組織がキチンとしているのが前提である。

 14時まで市内まわり。

 14時10分、事務所に来客があり、差し入れで頂いた米粉パンで昼食をとる。

 18時、20時と市内某所での会合でご挨拶。

 22時過ぎに帰宅し、冷凍うどん2玉にひきわり納豆、レトルトの牛丼をかけたもので夕食をとる。

 食後から事務所で書類の整理。

2011年5月 1日 (日)

日本海側初!ダブル仮面ライダートークショー
祖父13回忌法要

 2時、就寝。

 7時に起床し、買ってあったものの、読まずに積んでおいた各週刊誌3冊をもって、長風呂に入る。

 9時、大粒納豆、生卵でご飯をかっ込んで朝食。

Nec_0011 9時40分、親族とともに菩提寺である勝願寺に移動し、父方の祖父の13回忌法要を行う。
 父方の祖父は、北条の出身であり、帝國陸軍を経験した消防署員であった。

Cimg2491 11時過ぎ、自宅に戻り、「割烹おくい」(電話:0257-24-6486)の仕出しをとり、親族で慎ましやかに祖父のことを思い出しつつ、食事をとる。
 祖父が亡くなって13回忌となるが、よく考えれば「露営の歌」(作詞:藪内喜一郎 作曲:古関裕而)は祖父がよく風呂で歌っていたため、私が覚えたものである。お湯に浸かり、百を数えるというのは良くあるが、「露営の歌」が終わるまでというのは珍しい家庭であった。

 12時30分、N氏と合流し、新潟市に移動する。

 Cimg249814時過ぎ、新潟市に到着し、 「昭和嗚呼怪物 万代パビリオン」のオープン記念、仮面ライダー40周年記念「ダブルライダー ファンミーティング」に出席。「仮面ライダーW(ダブル)」ではなく、あくまで昭和のダブルライダーである。
 基本的に私はウルトラマン派であるが、「新仮面ライダー(スカイライダー)」「仮面ライダースーパー1」世代として、客演した仮面ライダー1号、2号も記憶に刻まれている。企画関係者に挨拶したのち、二人の熱い話をお聞きする。
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 15時、宿泊する万代シルバーホテルにチェックインし、その後は周辺で買い物など所用を済ませる。

 17時30分、N氏、某組織のI氏とともにホテル内の「銀鈴」(電話:025-243-3711)に行き、瓶ビールを飲みながら、主賓の登場を待つ。

Cimg2511 18時、2号ライダーである新潟県新発田市出身の佐々木剛氏が到着し、まずは乾杯。
 仮面ライダーのみならず、特撮が好きなメンバーと酒を酌み交わす。お約束で佐々木剛氏から仮面ライダー2号の人形にサインをもらうとともに、色紙にもサインを書いてもらった。
 また、地元を愛し過ぎるが故に、つい地元の悪口を言ってしまう佐々木氏から熱い想いをお聞きすることもできた。最後の変身ポーズも最高であった。

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Cimg2520 21時、今回のダブルライダー企画関係者とともに、ホテル近くの「日本海庄や 新潟万代店」(電話:025-249-1301)で二次会。
 生グレープフルーツハイを飲みつつ、仮面ライダーシリーズとウルトラマンシリーズの思想の違い、なぜか山本五十六の評価(有能か愚将か)など熱い議論が続いた。

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