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2012年1月29日 (日)

産経新聞記者から地方議員に転身

 2時、就寝。

 6時に起床し、大粒納豆、叩きオクラ、生卵でご飯をかっこんだのち、車に乗せてもらい、新潟市に移動する。

 大雪による渋滞もあり、やっと10時に某施設に到着し、イベント関係の打ち合わせを行う。

 新潟市内のラーメン屋にでも寄って昼食をとろうと思ったが、帰りの所要時間が読めないため、コンビニでおにぎり(筋子)、納豆巻き、低脂肪乳、グレープフルーツジュースを購入し、昼食をとりながら、帰路につく。

 16時、事務所に戻り、今日の議事録の作成など事務仕事。

Cimg1553 20時、冷凍しておいた鶏のササミをフライにしたもの、茹でブロッコリー、水菜のサラダ、ひきわり納豆と大根おろしの和え物、ビール500ml4本で夕食をとる。
 鶏ササミのフライは最初の一切れを、「のっけてジュレ ぽん酢」で食べたものの、パンチが足りず、結局、とんかつ中濃ソースをかけた。

 食後から買っておいた本を読み込む。

Cimg1569 かつて産経新聞新潟支局に勤務され、旧柏崎トルコ文化村問題の記事を書いた永岡栄治氏から葉書を頂戴し、昨年6月、地方議員ながら目標とした政治家としてのスタートを切ったことを知った。
 産経新聞記者から政治家への転身を決意し、国会議員秘書、そして今回、ふるさと徳島県石井町議会議員に見事、16人中3位(1229票)で当選。早速、議場への国旗・町旗の掲揚などを実現している。
 是非、 「動機善なりや、私心なかりしか」の初心を忘れず、頑張ってほしい。


平成21年5月6日『産経新聞』

「トルコ建国の父」救え
銅像の寄贈先破綻
「友好危機」ネットで署名活動

 屈指の親日国、トルコ共和国の親日感情が悪化しているのを憂慮し、インターネット上でつながった有志が立ち上がった。トルコから新潟県柏崎市のテーマパークに寄贈された建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領(1881~1938年)の銅像の行き先がテーマパーク破綻(はたん)をきっかけに決まらない問題が影響しているとみられ、ネット上で署名活動を始めたのだ。有志らは「1人1人が声に出して行動することで、解決に向けて前進する」と協力を訴えている。
 署名活動を始めた「ムスタファ・ケマル像を移転する会」の代表は、愛知県大口町の会社員、江口保さん(20)。ネット上で知り合った有志8人が中心となって運営している。 江口さんは英BBC放送の調査で、世界有数の親日国トルコの対日感情が年々悪化し、今年は「肯定的30%、否定的47%」と大きく逆転しているのを知った。その原因を調べるうちに、アタチュルク像問題に突き当たった。
 アタチュルク像は平成8年、柏崎市にテーマパーク「トルコ文化村」が開園したのを祝い、トルコが寄贈した。2度の閉園で再建を断念した市は18年、トルコとの友好関係に配慮するとの条件を付け、上越市のプラスチック製品製造業「ウェステックエナジー」に像も含めて売却。ウ社は19年6月、施設を改装して結婚式場を始めたが、1カ月半後に中越沖地震が発生。倒壊の恐れがあったとして像は台座から外され、当初は屋外に横倒しにされた(批判を浴びたため、現在は屋内で保管)。「建国の父」に対して非礼だとして、トルコ紙でも報道された。
 さらにウ社と柏崎市、敷地内の民有地地権者の3者の間で訴訟合戦が勃発。訴訟と切り離して像の譲渡を求める市に対し、ウ社はその条件として市の謝罪を要求。会田洋市長は「市が引き取ってしかるべき場所に移設したいが、市の落ち度を認めると裁判で不利になる」と対応に苦慮している。 柏崎市などに電話して問題の背景を知った江口さんらは「自分たちにできることから始めよう」とネット上に経緯をまとめたサイトを立ち上げ、4月11日からは署名活動に乗り出した。
 像の移転先に挙がっているのが和歌山県串本町だ。明治23年、遭難した軍艦エルトゥールル号の乗組員を住民総出で救助したのが縁で、串本町はトルコと100年以上にわたり交流を続けている。来年は遭難から120周年を迎え、「トルコにおける日本年」も開かれる。昨年3月にはトルコ大使館が「像の移設費用は負担するので、土地を提供してほしい」と町に要請し、町議会は全会一致で賛成したが、「裁判の結果が出ないことには動けない」(町総務課)のが現状だ。
 事態打開に向け、江口さんらは訴える。「事は両国の外交、友好にまで及んでおり、まず銅像を訴訟から切り離してほしい。一致団結してトルコとの友好を取り戻そう」と。 会は目標の署名を集めて会田市長とウ社、外務省に提出する予定。署名目標数は1万人で、5日現在で2200人を超えた。署名サイトのアドレスは
http://www.shomei.tv/project-932.html

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コメント

永岡氏が政治家に転身した事は、サンケイ新聞に掲載されていましたよ。早速の彼の仕事は、町議会に町の旗と、国旗の掲揚をする事だと、頑張っていましたよ。彼は記者時代を通して、つくづく日本ほど自由な国家はないのだという事を、実感したそうです。社民党はろくでもない政党であるという事も、忘れずに発言していましたよ。これは、フジテレビでお昼のニュ―スで報道していましたよ。『知りたがり…』という番組でも報道されました。

投稿: ぺんぺん草 | 2012年2月 2日 (木) 01時02分

 ぺんぺん草さん、コメントありがとうございます。
 テレビは見ていなかったので、後日、ご本人に録画していないか聞きたいと思います。

投稿: 三井田孝欧 | 2012年2月10日 (金) 03時59分

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