« 柏崎青年会議所創立55周年記念式典
記念講演会「今村克彦氏の絆教育編 心の花で絆を繋ぐ」
| トップページ | 東芝:62種放射性物質を除去装置 »

2012年8月26日 (日)

第10回特定失踪者問題調査会1万キロ現地調査

 4時、就寝。

 7時に起床し、大粒納豆、目玉焼き、紅鮭昆布巻きでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は、録画しておいた番組をまとめて観ながら、新聞や資料の整理を行う。最近のお気に入り番組は、NHKの「総合診療医 ドクターG」 。NHKは自虐史観やねつ造の歴史番組が多いのであまり観ないが、これは別である。

Cimg3051 11時30分、中央海岸に移動し、特定失踪者問題調査会、特定失踪者問題調査会を支援する会、山本美保さんの家族を支援する会、予備役ブルーリボンの会、庄内ブルーリボンの会、ブルーリボン柏崎、大澤孝司君と再会を果たす会、特定失踪者ご家族の皆さんと合流。
 10回目となる特定失踪者問題調査会1万キロ現地調査の目的は以下の3つである。

(1)現地調査により個々の事件及び北朝鮮による拉致・工作活動への認識を深める。
(2)広報啓発活動を通し今後の工作活動を抑止する。
(3)現地で特定失踪者家族から北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」のメッセージを収録する。

 まずは、蓮池夫妻拉致関連現場調査として、昭和53年(1978年)7月31日に蓮池薫さん(当時20歳)、化粧品会社社員、奥土祐木子さん(当時22歳) が拉致された状況を、自転車を置いたという旧市立図書館をはじめ、現場を実際に歩いて調査を行う。

Cimg3053 続いて、越後線荒浜駅に移動。
 昭和59年(1984年)6月4日、山梨県甲府市で一人の若い女性が消息を絶った。4日後、200キロ以上離れた我が柏崎市の荒浜海岸でセカンドバッグ等が発見されたのが、特定失踪者・山本美保さん事件である。山梨県警の発表では、荒浜駅に降り立ち、(手法は不明)荒浜海岸に向かったとされている。今回、妹である美砂さんをはじめ、実際に土地勘のない人間が歩いて荒浜海岸まで行けるのかどうか、というところから検証を開始した。

 目的地が分かり、かつ道案内がついて徒歩で40分、やっと荒浜海岸に到着。土地勘のない20歳の女性が歩くルートとしては、やはり現実的なものではない。山梨県警の発表では、荒浜海岸に到着し、セカンドバッグのみを置いて自ら海に入ったとされているため、引き続いて現地で調査を行った。

Cimg3055

Cimg3056

 当時の柏崎市、そして荒浜周辺は柏崎刈羽原子力発電所1号機の初装荷燃料輸送で反対派が大荒れしており、そのような状況のなか、女性一人で荒浜海岸まで歩いていれば、目撃者がいても良いはずである。

*長野茂『柏崎刈羽原子力発電所 誕生物語百話』の「第八十二話 一号機初装荷燃料の輸送」より


 五月三十一日新潟日報は一面トップで
「柏崎原発初の核燃料輸送、来月十二日の公算 東電警備を要請 反対派抗議 再び沸とう」
輸送が間近に迫ったことを報じていた。
同日上越では柏崎原発核燃料輸送反対上越ブロック連絡会議代表が上越市役所を訪れ
「核燃料は国道十八号線を通過するとのことであるが、万一の場合の防災体制を明らかにせよ。」
などデマ臆測が流れていた。
 六月四日県民共闘会議は核燃料輸送日時の公表を再度県商工労働部長に迫ったが公表する考えのないことを明らかにした。
 六月八日社会党県議団は副知事に
「核燃料輸送の通過市町村並びに住民に対して内容を明らかにせよ。不慮の事故の際の安全対策、避難方法等を周知せよ。」
など事故発生時の措置、損害賠償問題などの申し入れがされた。副知事は
「国の対応を信頼しており県として格別の方策は必要がないと考えている。日時経路は核ジャック等を考えると公表しない方が安全である。」
と拒否した。
 六月十日新潟日報は
 「十三日未明搬入の秒読み 柏崎原発核燃料 緊張高まる現地沿線」
と日時ルートを報じた。
 地元三団体は国道百十六号線沿線に「核燃料輸送反対現地対策本部」を設置、六月十一日夕刻「この町を危険が走る」「核燃料給送を中止せよ」と赤いポスターを沿線に張り出した。
 六月十二日午前十時三十分第一隊が横須賀市の日本ニュークリアフュエル(株)を出発した。
 同日午後八時県民共闘会議は最終戦術会議を開催、地区労単組代表者に戦術を伝達、終って午後十時四十分県評事務局長が記者会見
「可能な限り正面ゲート周辺で抗議行動を実施する。」
ことを言明した。
 翌十三日夜半、午前零時過ぎ発電所進入路脇の広場で千名余による核燃料輸送抗議集会が始められ現場は緊迫した熱気に溢れていた。午前零時四十分抗議集会を終えた集団は一.六キロメートル先の発電所正面ゲートに向って動き出した。その頃核燃料輸送第一隊は中蒲原郡横越村農協前を通過していた。正面ゲートに近付いた集団は道路上に坐り込みを始めた。これを阻止しようとする機動隊との間でこぜり合いが続いた。午前二時過ぎ機動隊は坐り込みの排除を開始した。双方のスピーカーが鳴り響き現地は騒然として緊張感が高まってきた。輸送隊は北陸自動車道西山ICを下りたところで待機していた。
 午前二時二十九分第一隊が発電所に向って発進、機動隊警護の中を激しいシュプレヒコールを浴びながら午前二時五十三分正面ゲートに入った。午前三時二十分第二・第三隊が到着、午前三時四十五分最後の第四隊が到着した。反対派はその都度立ち上がり
 「核燃料帰れ。」
 「機動隊帰れ。」

 激しいコールが繰り返された。午前四時過ぎ総括集会を開いて解散した。


 疑問点、今後必要な調査事項を確認し、14時に終了。今回の事も含めて、9月7日から開会となる平成24年第5回定例会の一般質問で取り上げ、当局にも十分認識してもらうようにしたい。

北朝鮮工作員侵入シミュレーション

 解散となったため、長岡駅までお見送りとして同行する。

 途中、コンビニで購入した納豆巻き、レタスサンドイッチ、低脂肪乳で昼食。

 16時30分、柏崎市内まで戻り、某所での意見交換会に出席する。

 18時、事務所に戻ったところで来客。

Nec_0001 20時、「Old El Paso」 のフラワートルティーヤ、ホットタコソースを使い、牛と豚の合い挽肉を特製スパイスで炒めたもの、レタス、トマト、スライスオニオン、ホワイトチェダーチーズを包んでブリトーにし、ビール500ml4本で夕食にする。
 ビールはメキシコらしくコロナビールあたりにすべきであったが、経済的理由から厳密にはビールではない、発泡酒。

 22時からネット上で会議を行う。

« 柏崎青年会議所創立55周年記念式典
記念講演会「今村克彦氏の絆教育編 心の花で絆を繋ぐ」
| トップページ | 東芝:62種放射性物質を除去装置 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第10回特定失踪者問題調査会1万キロ現地調査:

« 柏崎青年会議所創立55周年記念式典
記念講演会「今村克彦氏の絆教育編 心の花で絆を繋ぐ」
| トップページ | 東芝:62種放射性物質を除去装置 »