2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« アメリカ「嗜好用」大麻合法化の住民投票、2州で可決 | トップページ | 中性子でがん細胞を狙いうち:ホウ素中性子捕捉療法 »

2012年12月23日 (日)

祝!天長節:台湾有情-天長節の歌

 1時過ぎ、帰宅。熱めの風呂に入ったのち、3時に就寝する。

Nec_0019 8時に起床し、「天皇誕生日」、天長節であるため国旗を掲揚。その後、大粒納豆、昨日買ってきた馬刺しの燻製、野沢菜漬けでご飯2杯の朝食をとる。
 さすがに昨日の長時間運転が効いたのか、腰が痛いため、食後に熱めのシャワーを浴びる。

 10時過ぎから家長としての挨拶まわり。

Nec_0020 12時30分、自宅に戻り、蟹でとったダシ、干し納豆パウダー、冷蔵庫にあった余りもの(粗挽きソーセージ、エリンギのバター炒め)、豚汁の具を使ったカレーを作って昼食にする。
 豚汁の具としてあらかじめ食材を切っておいたものの、辛いものを食べたくなったので、つい使ってしまった。

 14時、16時と事務所に来客があり、各種情報交換。

Nec_0021 19時、頂きもののミートローフ、久々のアンチョビ、挽き割り納豆、レッドチェダーチーズ、カマンベールチーズなどをクラッカー、トーストなどにのせつつ、ビール500ml4本を飲んで夕食にする。
 甥っ子と姪っ子もお泊りするというので、楽しみながらの食事になると思ったものの、食材のチョイスが酒飲み用だったので、不評であった。

 20時から事務所で新聞や雑誌など読み損ねたものを一気に通読。

 今日は今上陛下の79歳の誕生日、天長節である。ご公務が多いことから負担を減らすべきとの声もあった。しかし、平成24年12月19日の記者会見においては、昭和天皇が80歳を越えても公務をされていたことから、負担軽減は望まないと陛下ご自身が望まれた。とにかくご健康を願うばかりである。
 現在、日本国内で「天長節の歌」は聞かれなくなったが、台湾にはしっかりと残っている。


平成24年12月20日『産経新聞』

台湾有情
天長節の歌

 「滅びた文化を学んで何になる」と苦悩しつつ、「そこに歌壇があったから」と短歌を詠み続けた。
 今秋の外国人叙勲で、短歌の普及によって旭日双光章に輝いた台湾歌壇の元代表、鄭[土良]耀さん(88)はこう振り返る。日本統治時代の台湾で台北帝大予科の受験にも挑戦した努力家は、日本が去った戦後の台湾で「日本文化に飢えていた」とも。
 その鄭さんへの勲章伝達式が18日、日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)で行われ、駆けつけた大勢の台湾歌人らが祝福した。
 1967年に歌壇を立ちあげた先人、呉建堂氏(故人)は「短歌(うた)詠み継げる人や幾人(いくたり)」と嘆いたが、現会員数は約130人。若者や日本人の入会も増えた。

 「天皇を神と思ひし彼の日々を 空虚なりしと我(われ)は思はず」

 鄭さんの歌集「国替りの記」の一首にちなんでか、式典後、現代表の蔡焜燦さん(85)が、「もうじき天皇誕生日ですから」と歌壇全員での合唱を提案。勲章を着けた鄭さんを囲み「今日のよき日は大君の…」と、「天長節の歌」が会場にこだました。協会の若い日本人職員が目を丸くする中、日本に心を残したままの台湾の高齢歌人の歓喜の歌声に、涙がこぼれそうになった。(吉村剛史)

« アメリカ「嗜好用」大麻合法化の住民投票、2州で可決 | トップページ | 中性子でがん細胞を狙いうち:ホウ素中性子捕捉療法 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 祝!天長節:台湾有情-天長節の歌:

« アメリカ「嗜好用」大麻合法化の住民投票、2州で可決 | トップページ | 中性子でがん細胞を狙いうち:ホウ素中性子捕捉療法 »