« 総務常任委員会議案追加説明(シティセールス、新潟産業大学への支援) | トップページ | 平成28年柏崎市議会2月定例会一般質問(水球のまち・柏崎、外国人観光、防災行政無線と市役所新庁舎問題) »

2016年3月 8日 (火)

台湾・日本統治時代の台中市役所を活用し、地域活性化

 5時、就寝。

 8時に起床し、大粒納豆、子持ちししゃも(カペリン)、卵焼きでご飯2杯の朝食をとる。

 午前中は依頼された調査と資料の作成。

Dsc_0001 10時過ぎ、念願のパラオ共和国のペリリュー島へ行ったという某K氏からお土産に頂いた、パパイヤ、マンゴー、バナナが入ったフルーツ・クッキーと低脂肪乳でおやつにする。箱のなかには、美しいパラオの絵葉書も入っていた。
 天皇皇后両陛下が慰霊のため、パラオへ行幸啓されたように、この激戦で散華された帝國陸軍将兵の慰霊に、いつか行ってみたいと思う。

 11時30分から母、妻と墓参りで結婚の報告。

Dsc_0004 12時過ぎ、一旦、自宅に戻り、一人用の小鍋に焼いた小鯛を出汁にしたつゆを入れ、冷凍讃岐うどん、白菜、長葱、人参、玉葱、キャベツ、豆麩、ロースハム、小松菜、生卵を入れてから煮込んだ、鯛出汁の鍋焼きうどんで昼食をとる。

 食後から市内まわり。

 15時、市役所に移動し、同じ会派、他会派の議員との意見交換などを行う。

 18時30分、自宅に戻り、国産の牛モモ肉スライスを使ったすき焼き(糸こんにゃく、椎茸、白菜、人参、えのき、長葱)、麦茶で夕食。

Dsc_0005

 咳が止まらないため、20時から2時間ほど仮眠する。

 22時過ぎから事務所で明日の一般質問のための資料の再確認などを行う。

 先日も台湾・台南市の日本統治時代の建築物を活用したまちづくり(民間の事例でいえば林百貨店)を視察してきたが、同じく日本統治時代の明治44年(1911年)に作られた台中市役所庁舎がこの度、生まれ変わって、活用されるという。
 こういった古い建物をうまく活用したまちづくりの事例を聞く度、かつて柏崎市内にあった第四銀行柏崎支店の重厚な西洋建築物を無くしてしまったことが悔やまれる・・・。


2016年3月1日『フォーカス台湾』

日本統治時代の台中市役所
カフェに変身
地域活性化に期待/台湾

(台中1日 中央社)日本統治時代の1911年に建てられた「台中市役所」(台中市中区)が先月27日、2年余りにおよぶ修復工事を経て、カフェ「CAFE 1911」として生まれ変わった。
 建物がある中区は旧市街地。歴史的建築物が多く残る一方、地域衰退の問題に面している。同日行われた開業セレモニーに出席した林佳龍市長は、台中市役所が地域再生の中心的スポットになることに期待を示した。
 さらに、同区の古い建物を再利用し、観光客の人気を集めているスイーツ店「宮原眼科」や「第四信用合作社」、建設中の高層ホテルなどを例に挙げ、「中区はすでにどん底から這い上がった。速度はますます加速するだろう」と活性化への自信をのぞかせた。建物再生のために投じた費用は1000万台湾元(約3400万円)に上るが、林市長は費用の回収を楽観視している。
 施設の運営は民間企業が手掛ける。カフェは1階を利用し、定食や丼物など和風の食事メニューのほか、かき氷やソフトクリームなどのスイーツを提供。2階はアートセンターとなる。
 台中市役所は、赤レンガと白い石を組み合わせた「辰野式」の洋館。台中初の鉄筋コンクリート造りの建物として建てられた。市役所としての使用が始められたのは1920年で、当時最も華やかな市役所として知られた。2002年に市定歴史的建築物に登録されている。

Taicyuu
*写真は『聯合新聞網』より

« 総務常任委員会議案追加説明(シティセールス、新潟産業大学への支援) | トップページ | 平成28年柏崎市議会2月定例会一般質問(水球のまち・柏崎、外国人観光、防災行政無線と市役所新庁舎問題) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 台湾・日本統治時代の台中市役所を活用し、地域活性化:

« 総務常任委員会議案追加説明(シティセールス、新潟産業大学への支援) | トップページ | 平成28年柏崎市議会2月定例会一般質問(水球のまち・柏崎、外国人観光、防災行政無線と市役所新庁舎問題) »