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2018年12月 9日 (日)

西郷隆盛の弟・吉二郎は柏崎で亡くなったのか?

 2時、就寝。

 7時に起床し、大粒納豆、厚切りベーコン焼き、水菜サラダ、野沢菜、ジャガイモと玉葱の味噌汁でご飯2杯の朝食をとる。

 8時40分から市内まわり。

 12時10分、自宅に戻ったところ、緊急で相談をしたいことがあるとの来客があり、今後の法的対応などの相談を受ける。

Dsc_0029 14時55分、インスタントの袋ラーメンの定番である「サッポロ一番みそラーメン」が誕生50周年を迎えるということで限定発売された「サッポロ一番みそラーメン 50周年記念豪華版 三重県産伊勢海老使用」とご飯1杯、海藻サラダで昼食をとる。
 インスタントの袋ラーメンでは、「サッポロ一番塩らーめん」が一番好きであるが、二番はこのみそラーメン。「ラーメン」の表記が、塩だけ平仮名であることに今更気が付いた・・・。

 食後から修理が終わったノートパソコンの発送や資料のお届けなどで市内をまわる。

 18時10分、事務所に戻り、明日の一般質問の準備を行う。

Dsc_0032 22時、冷凍庫の奥に眠っていた1年半前の冷凍グラタンを温めたもの、鶏ささみ肉のスモーク、コンビニで購入したローストビーフ(山葵醤油味)のサンドイッチ、ビール500ml3本で夕食をとる。
 食事中、この3日間行われた「第一回ご当地キャラExpo in高雄」で配った、柏崎市多言語パンフレットの中国語繁体版、英語版がどれくらい受け取ってもらえたかの報告が妻からあった。

中国語繁体版400部用意 残約20部

英語版100部用意 残約50部

とのことである。残ったものはそのまま台湾の妻の実家で保存してもらい、来年度以降の台湾訪問時に使いたいと思う。

 食後からも事務所で事務仕事。

 明日の一般質問で触れる西郷隆盛の弟・吉二郎について、調べれば調べるほど分からなくなる点があり、一般質問の原稿作成が遅れ気味になってしまった。

 今年1月からNHK大河ドラマ『西郷どん』が放送され、10月14日放送分、第38回「傷だらけの維新」では、我が柏崎市が登場し、西郷隆盛が弟の吉二郎を看取ったというシーンが放送された。
 この西郷隆盛が看取ったというのは、史実ではない。
 明治元(1868)年8月、三条市の五十嵐川周辺で負傷し、柏崎市西本町の聞光寺(もんこうじ)の野戦病院に送られたところまでは事実である。
 その先が文献によってバラバラであり、柏崎市内で亡くなった、高田(現・上越市)の野戦病院まで送られて亡くなったなどの説があり、上越市の金谷山にある「薩摩藩戦死者墓」には「吉二郎」と名前が刻まれている。

Takadasatsuma

 この謎をどう解くのか。
 幕末から明治維新にかけて日本での医療活動に従事したイギリス人医師(医学博士)ウィリアム・ウィリスは、明治元(1868)年から高田(上越市)・柏崎・新潟・新発田・会津若松へと医師として巡回、治療し、その詳細を日記に残しているので、そこを辿れば答えがある可能性もある。

 来年の選挙が終わったのち、時間を見つけて調査したいと思う。

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