尾道「戦艦 大和」ロケセット
7時起床。シャワーを浴びたり、メールの返信をして、9時過ぎにホテルをでる。
JR呉駅から快速で広駅、三原駅と乗り継ぐ。途中、車窓から見えるのは、島が多い景色で日本海側とはまったく違った感じである。11時、JR尾道駅に到着。駅からの風景もよく、「駅を中心にしたまちづくり」を実感する。我が柏崎駅ではこうはいかないだろう。せっかく美しい米山が見える位置にあるのに活用していないとつくづく思う。
朝食をとらなかったので、ブランチとして名物の尾道ラーメンを食べようと、製麺所経営母体とし、直営店である「尾道ラーメン いのうえ」(電話:0848-37-3646)に入る。
その町の美味しいラーメン屋というと、駅から遠い場合が多いと思うが、このお店は徒歩1分程度のところにある。
尾道を訪れた知人からは、是非、一度は食しておくべきと聞いていたので、どんなラーメンなのか楽しみである。
早速、「チャーシューメン 650円」、「餃子 5ヶ 200円」を注文。餃子が先に到着。片面がカリカリになっており、肉汁が広がる正当派の焼餃子。一気に食べてしまい、メニューの下にあった違うタイプの餃子「一口ピリ辛餃子10ヶ 300円」を追加注文。
チャーシューメン到着。醤油ベースながら、透き通るような色合いに細かい背脂が浮いている。早速、スープをすすってみると、骨でダシをとったような獣系の味わいのなかに魚介類の香り。唇を背脂が通過するときのヌルヌル感も心地良い。しかしさっぱりとしている。
麺は細いストレート麺。さすが製麺所直営店、チュルンと入っていく麺はスープともよく絡み、たまに青ネギもアクセントとして参加してくる。ただ唯一、チャーシューの臭みが若干気になった。
一口ピリ辛餃子到着。ぴりぴりと一枚ずつはがして、食べてみる。辛味と肉の量もちょうどよく、これはビールにぴったりの一品。ビールを飲もうかと思ったが、歩いて尾道を楽しもうと思っていたので、我慢、我慢。
最初に美味しいラーメンを食べ、幸先の良いスタートである。
歩き回るため、宿泊先の尾道第一ホテルに行き、荷物を置く。
大和ロケセットのある向島までの船の往復チケットと入場券がセットになったものをJR尾道駅にて500円で購入。船の発着所に向かう。駅や船の発着所近くの自動販売機は、「男たちの大和/YAMATO」仕様になっていた。ここまで徹底されると観光客としても気持ちが良い。
「男たちの大和/YAMATO」ロケセットがある日立造船所に到着。ここで、無料のシャトルバスに乗り換える。シャトルバスと同じくらい、観光バスがひっきりなしに入ってきており、大和ブームであることを再認識する。
まずは直径1.5メートルの菊花紋章がある船首からセットに上る。
「と、とにかくデカイ」
「はい、チーズ」
「はい、ヤマト!」
と言って撮影していた。こういう場合は笑っていいものかどうか分からない。
ロケセットを見る前からパラパラと雨が降っていたが、甲板を歩きまわることになると雨脚が強くなってきた。
運命の昭和20年4月7日の戦闘前の天候は、高度1000メートル以下、灰黒色の積雲層。12メートルの南の風、波のうねり高し、11時35分、日本艦隊から70キロメートル付近に2群以上の敵機接近を探知。雨脚が次第に激しさを増して、雨の中の戦闘となっている。
12時32分、戦闘開始。敵機386機と交戦。14時05分、「軽巡洋艦 矢矧」が沈没。駆逐艦が必死に「戦艦 大和」を護るも、14時23分、世界最強最大の不沈艦「戦艦 大和」は爆沈した。
実は、せっかくと思い、運命のこの戦闘時間に合わせてロケセットを訪れたのである。傘なしではいられない雨脚となり、なにやら運命めいたものを感じる。(考え過ぎ?)
セットを見たあとはロケに使った品などが飾ってある部屋を見学。見学していると初老の男性が、「大和は左側を集中して狙われたんだ!」と説明してまわっていた。つい「米軍もシブヤン海での『戦艦 武蔵』で学んだんでしょうね」と返答してしまった。
次いで、お土産を売っている「ええもんや売店」、ロケのときの賄い場をそのまま食堂にしている「圭ちゃん食堂」に行く。
「圭ちゃん食堂」では、「大和カレー 500円」や「尾道ラーメン 500円」があったが、ラムネ工場を艦内にもっていた「戦艦 大和」にちなんだ「大和ラムネソフトクリーム 300円」(合成保存料、酸化防止剤なし)を購入。
「戦艦 大和」では、消火装置の炭酸ガスを利用したラムネ製造機や羊羹の工場があった。
ちなみに引退したが、米海軍の「空母 ミッドウエイ」にはコーラの工場があった。
「大和ラムネソフトクリーム」は、ソフトクリームとしては優秀で、乳脂肪分たっぷりの美味しいクリームであるが、ラムネの清涼感が乳脂肪分と相殺された感じになっており、残念に思う。
「圭ちゃん食堂」をでると、すっかり天気は晴れていた。再度、シャトルバスに乗り、ロケセットを後にする。
尾道の街並みを楽しみながら、徒歩で尾道御袖神社に行く。
「学問の神様」となった菅原道真公が祭られているから来たのではなく、この神社に登る階段を見たかったからである。
大林宣彦監督の映画『転校生』で、尾美としのり氏演ずる「一夫」と小林聡美氏演ずる「一美」が、この階段を抱き合いながら転がり落ち、性が入れ替わっているシーンに使われた場所だ。
階段を見て、映画と同じことを確認し、もちろんのことながら参拝した。
続いて千光寺山ロープウェイで街並みを見ようと、ロープウェイの駅まで徒歩で移動。駅までくると甘ーい香りが漂っていた。ワッフル専門店「コモン」であった。覗くと女性客しかいないようなオシャレなお店である。普段であればこの系統のお店には入らないが、いずれ自分のお嫁さんになってくれるような女性を連れてくるかも知れない(永遠に無いとの噂も)ので、工学のため入って、バターワッフルを注文。
甘い物が苦手なので、メープルシロップをつけずに食べたが、軽い味わいでサクサクッと食べてしまった。
往復のロープウェイチケットを購入し、早速乗車。しかし、修学旅行生なのか、集団とぶつかってしまい、ロープウェイからの景色は楽しめず。
だが、頂上では素晴らしい景色を楽しめた。ロケセットを見てみると、その大きさが改めてよく分かった。
また、坂や山など有機的な曲線で構成された、尾道のまちの美しさも分かった。
頂上で、独りでバシバシとデジカメで写真を撮っていたら、20代のカップルにシャッターを頼まれた。
「じゃあ、いきますよぉー、
はい、ヤマトぉー!」
(カップル)「・・・・・・・」
ドン引きである。
修学旅行生でいっぱいにならないうちに帰りのロープウェイに乗車。
同乗する案内のお姉さんと二人っきりという危険な状況?になったが、お姉さんは淡々と半音高い観光ガイド口調で説明を開始する。
「『男たちの大和』で
お客さんは増えました?」
と聞いてみたところ、
「えっえっ、すっ、凄いですよ。」
とあわてふためいた返事ののち、またも半音高い観光ガイド口調に戻り、説明をはじめた。すっかり、怪しまれたようである。
ロープウェイを降りてから、徒歩で曹洞宗天寧寺に移動。五百羅漢像をしばし凝視。亡くなったお釈迦様の教えを世に広める、悟りをひらいた五百人の弟子である。しばらく見つめていると、なんだか言葉には表せない気持ちになった。
天寧寺のあとは、ひたすら町歩き。商店街とチェーン系の企業の共存、路地裏のちょっと変わったお店の存在など、とにかく楽しく、そして参考になる仕掛けが多くあった。
閉店時間となってしまい、立ち寄ることはできなかったが、銭湯を喫茶店に改装したお店は非常に興味深かった。
せっかく広島県に来たのに、牡蠣を食べていない事に気づき、地元のスーパーで半額になっていた広島産の生牡蠣や好物のじゃこ天を購入。
これにエイショクの「広島納豆」で食事にしようと思ったが、もう一品ほしくなり、別のスーパーに行く。
「きざみはもの皮」が売っていたので、ポン酢醤油とともに購入。
ホテルにいそいそと戻り、ポン酢醤油で生牡蠣、鱧の皮を。ポットのお湯の湯気でじゃこ天を熱々にしてビールのつまみにし、夕食。
つい納豆を食べるタイミングを逃してしまったので、明日の朝食べることに変更する。
『ビートたけしのTVタックル』を見終わったところで小腹が空いたので、昼に食べたラーメンとは違うタイプのラーメンを食べることにした。
尾道にはキャバレー街があり、その近くに創業42年の老舗ラーメン屋があるということで、ホテルをでて、繁華街に向かう。
スナックなどが立ち並ぶなか、ガラスショーケースのタバコ屋があり、本当に懐かしい感じがする。自分の家で煙草屋をやっていたときに使っていたガラスショーケースがまだ現役であった。
目的の老舗ラーメン屋「中華そば 一楽」に到着。まず、瓶ビールと餃子を注文。餃子は韮が思いっきりたっぷりと入っており、臭いなどを気にせず、ひたすらアチラ方面の効果も求める人間にはもってこいの餃子であった。ビールが終わったところで、紹興加飯酒「会稽山(カイケイザン) 600円」に切り替え。
「中華そば 450円」を注文。1957年に1杯45円でスタートしたラーメンだそうである。
ダシは鶏で、あっさりと透明なスープ。尾道ラーメンの特徴と言われる背脂はまったくなく、昭和の正統派ラーメンといった佇まいである。スープをすすってみると、素直なクセのない、飽きのこない感じであった。
麺は、細いストレート麺。あっさりとしたスープにこれまた個性が強すぎない麺で、毎日でも食べられるラーメンである。
また、お店を切り盛りしているお母さんと娘さんの会話も味わい深い。
このお店の名物として、中華ちまきも有名なようであるが、すっかり満腹になっていたので、次の楽しみとして、お店をでた。
ホテルまで歩いて戻り、23時過ぎに就寝。
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